フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 少女にしてあるサーヴァントの後継機、『グラン・カヴァッロ』は語り始めた。
 今から700年前、星見台、『人理継続保障機関フィニス・カルデア』がいかにして終わったかについてを。

 全ての始まりは、デミ・サーヴァントの素体として作られた少女、『トワ・キリエライト』の体に、本来望まれていた英霊ではなく『聖杯』が降臨したことから。
 聖杯はトワの素朴な願い、生命体ならば誰もが持つ「生き続けたい」という願いを聞き届け、彼女を不死にした。

 カルデアはその事実を隠そうとしたが、5年後、工作員の手により露呈。
 国連を含む世界はカルデアを責めた。
 それと関連してか、レイシフト実験前に二度の爆発テロが起きる。
 カルデアは、人員・設備共に致命的なダメージを受けた。
 ……この時、爆発からなんとか助け出され、冷凍措置を受けた人物がいたのだけど、それはまぁ、おいおいね。

 当時の所長であった『オルガマリー・アニムスフィア』は、捕らえられた後、行方不明に。
 カルデアは『ロマニ・アーキマン』を所長代理、サーヴァント『レオナルド・ダ・ヴィンチ』をその補佐とした。
 そして、彼らはトワと聖杯を守るため、2年間の籠城生活を強いられることとなる。

 ありとあらゆる軍勢が、聖杯を求めカルデアに殺到した。
 「どんな願いも叶える」という力に魅せられた世界は、過剰なまでにカルデアを攻撃。
 地上施設はほとんどが吹き飛ばされ、トワはさらわれてしまった。
 ロマニ達はカルデアを二両の車で脱出し、トワと聖杯を追うことに。
 その際作られた車の名前は『シャドウボーダー』。
 内一つが、モモ達が乗ってきたデザートランナーという訳さ。

 聖杯を巡り、世界では戦争が起こり始めていた。
 その戦火の最中を、ロマニ達は行く。
 旅の途中、『時計塔がトワと聖杯の分離に成功した』との情報を聞きつけた彼らは、破壊されつつあるロンドンへ向かったけれど……。
 時すでに遅し、トワと聖杯は新興魔術組織にかっさらわれた後だった。
 魔術組織の行く先は、ハワイ島、キラウエア火山。
 カルデアはスタッフの命を散らしながらも、彼らを追った。

 ──場所は運命の地、キラウエア火山に移る。
 決死の努力によってトワ・聖杯を奪取したカルデアは、ある魔術式を作り出す。
 それは、聖杯の力を誰にも悪用できないように封印する大魔術だった。
 術式を生み出した代償として、レオナルド・ダ・ヴィンチは消滅。
 残る数名のスタッフは、シャドウボーダーに乗って避難した。
 ……ただ一人、ロマニ・アーキマンだけがその場に残された。
 彼は結果的に、世界規模の聖杯戦争の勝者となった。
 そして、キラウエア火山に、聖杯と封印の術式を腕に抱いて身を投げたんだ。
 
 グラン・カヴァッロの話は終わり、続けてアダムがその後の世界の流れを話した。
 尊い犠牲が払われたとしても、争いの火は止まらなかった。
 戦争は拡大し、第三次世界大戦と化し、当時の地球人口の2/3が死亡。
 地上の大部分は汚染され、生存に適さない場所となった。
 そこまでいってもなお、人々は様々な理由で争いを続けた。
 西暦2300年代、『女神リリス』が作り出されるまで、ずっとそうだったのさ。
 
 それからのことを、モモは知っていた。
 女神リリスは人々に様々な発明品を授け、地下都市を整備し、人類を庇護したと。
 ……まぁもっとも、与えた発明品やAI、起動エレベーターといったものは、リリスが現れる前から研究されていたものだったのだけどね。
 
 話を聞き終えて、アダムは言う。
「過去……カルデアより全ては始まった。
 よって私は、この世界の救済にもカルデアの力が必要になってくるのだと思います。
 私達はカルデアに向かう必要がある」。
「カルデアに所属し、怪我により冷凍措置を受けていた人物を保護している。
 ダ・ヴィンチ嬢ならば、蘇生が可能なのでは?」と。
 
 アダムが、その人物を『落ちたリリスの空中庭園』で保護していると語る。
 そこに向かいたいというアダムの提案は、すぐに答えが出せるものではなくて、モモ達は情報や気持ちの整理のため一度会議をお開きにした。

 その夜、様々な情報を一気に受け取りすぎたモモは、落ち着かない気持ちになっていた。
 気分転換のため、前にレジスタンスのリーダー『ミライ』と話をした、移動要塞の屋上に向かう。
 屋上へと上った彼女は、遮る物のない空の広さに感動すると共に、ある事実を思い出す。
「……空の上には、機械化サーヴァント、『衛星軌道上展開兵器ヴリトラ』がある」
 モモが言い出そうとしていた言葉を補足するかのように、アーチャー961の声がした。
 聞けば彼も、気分転換に訪れたのだという。
 そして。
「少し、話さないか?」と、彼はモモに言った。


第121話 別れが来るとしても、いつか貴方と見た空は

 

 

 時刻は夜の7時頃。日もすっかり沈んだ。

 眼下に広がる果てしない荒野は、やや欠けた月の光を受け、夜空を薄めたような冷たい青に染まっている。

 超巨大移動要塞『カルナ』、その屋上部にて、私はアーチャー961と話をすることにした。

 立っているのもなんだからと、お互い隣り合うように座る。

 アーチャー961は左側に腰を下ろした。

 私と彼の間には少しだけ距離はある。これは異性同士だから仕方がないかも。

 

(もうすぐ、この要塞に来てから一ヶ月、か……)

 しみじみ時の流れを思う。そんな私の頬を、冷たい夜風が撫でた。

 隣にいる彼の様子がふと気になって、私は声をかける。

 

「アーチャー、こんな鉄板の上に座り込んで、お尻、冷たくなっちゃわない?」

「なっちゃわないが……」

 言われた彼は首を傾け、一瞬だけ腰の辺りを見たが、すぐにまた目線を前方へ戻した。

 移動要塞の屋上、なだらかな角度がついている鉄の板の上。

 ここから見えるのは、生命の存在を拒むかのような荒野だけだ。

 二人して前をぼんやりと眺めながら、世間話をする。

 

「勝手に出歩いてて良いの?」

「リーダーミライから許可は取った。

 それに……」

 アーチャー961の黒い眼差しが肩の方へちらりと向いた。

 

「この状態では、出来ることもたかが知れているからな」

 自らを自嘲するような声でつぶやく。

 私はふと、そんな彼の胸元……ローブで半ば隠されたそこに、月の光をきらりと反射する薄い板があることに気がついた。

 紐が通されてあり、推測するに首からかけられているのだろう。

 

「アーチャー、ひょっとして何か首からかけてる?」

「ああ、これのことか」

 彼が答えてくれた。

 

「ずっとガレスに預けていたんだが、今日のダ・ヴィンチの話を聞き、必要になるかも知れないと思い、受け取ってきたんだ」

 ガレス、アーチャー961と行動を共にしていた、少女騎士の姿をしたサーヴァント。

 私はそのことを思い出しながら、プラスチックか何かで作られた板の表面、そこに記されていた文字を読む。

 

「……えと、ロマニ、アーキマン?」

『アーキマン・レポート』を残した、カルデア所属のあの人の名前だ。

 

「俺は偶然にもこれを手に入れた。カルデアの職員証……だそうだ」

「どうやって手に入れたのかってことは、聞かない方がいい感じ?」

「そうだな、今は、話すのは難しい」

 言うとアーチャー961は、体をもぞもぞとよじらせて、身にまとうローブを動かし、職員証を隠してしまった。

 

「……貴方の、腕のことも」

「あまり、話したくはない」

「そっか。じゃあ無理には聞かないよ。

 聞いちゃってごめんね」

 彼の方に顔を向けて謝罪する。見えた相手の表情は、少しだけ寂しそうな、大人びたものだった。

 

(きっと、私の知らないところで、アーチャー961にも色々あったし、大冒険も繰り広げたんだろうな)

 だったとしても、それを話す権利を持つのは彼だ。

 私が無理に聞き出したり、ずけずけと足を踏み入れるべきじゃない。

 

「……」

「……」

 話題が途切れてしまった。

 手持ち無沙汰になった私は、目線を夜空に向けてみた。

 星はぴかぴかに瞬いている。

 私とアーチャー961の間に流れる風は涼やかだった。

 夜風の音だけが、しばらくあった。

 

「──あの空の上に、衛星軌道上展開兵器『ヴリトラ』がいる」

 数分後、アーチャー961がぽつんと一言喋った。

 私は言葉を返す。

 

「ミライちゃんとアダムの話によると、リリスのサーヴァントであるカルナが、兵器として改造された姿が『ヴリトラ』……ってことだよね」

「……そのような話になるだろうな」

 彼は、重々しい口調で返事をした。

 

「もし、世界を救うのだとしたら、あの『ヴリトラ』と戦う……」

 続けて話す彼の黒い瞳は、強い感情の動きによるものか細かく揺れていた。

 

「戦う、ことになるのだろうな」

 そこまで言い終えて、彼は一息吐いた。

 どうやらこの話題に対し、ひどく緊張している様子だ。

 

「そうだね、なんとかしなくちゃいけないね」

『ヴリトラ』と言われても、まだ私はその存在を現実のものと思えないでいた。

 旅の最中で見た、爆撃された地下都市廃墟が頭に浮かぶ。

 

 地下にあったというのに、岩盤すら破壊され、地上からも内部の様子が伺えるほどになり、さらさらとした砂が吹き溜まる無人の建造物と化していたあの場所。

 

 次に脳内に浮かんだのは、ミライちゃんが教えてくれたこと。

 上級都市『ピオーネ』と、それに隣接する形で建っていた軌道エレベーターは、リリスの蛇たる『ヴリトラ』の攻撃によって焼かれ……蒸発した。そんな情報を私はミライちゃんから知らされていた。

 

 ……どこに逃げたとしても攻撃してくる、リリスの命令に忠実な兵器。

 威力は絶大で、建物を跡形もなく蒸発させられるほど。

 しかもその体長は、地球を一回り出来るほどあるのだという。

 そんな『物』を相手に、果たして勝ち目はあるのだろうか? 

 流石の私も、不安を覚えていた。

 

「もし戦う時が来るのだとしたら……俺が、『ヴリトラ』と戦うよ」

 言い出したアーチャー961の声は決意に満ちていた。

 けどそれは、『自信』を感じるものではなく、どこか『悲壮』な響きに聞こえた。そんな声のまま、彼は言葉を続ける。

 

「きっと俺は、『ヴリトラ』を殺すために召喚されたんだ。

 ──世界を救う。そのために、俺は()として世界に落とされたんだ。

 ……あの変わり果てた男を、殺すのが俺の役目なんだ」

 こわばった体。後ろ向きな決意に満ちた声。

 

(良くないな……)

 と私は思った。

 真面目で誠実なのがアーチャー961のとってもいいとこなんだけど、それが裏目に出ると、こんな感じで自分を追いつめるような振る舞いになってしまう、のだろう。

 私は思い切って話題を変えてみることにした。

 

「カルナとアルジュナって、兄弟なんだっけ」

 反応を知るため彼の顔を見る。虚を突かれたのか、眉を上げ目を見開いてびっくりしていた。

 

「……そうだ。

 そして運命の下、殺し合う定めとなった」

 アスカが『マハーバーラタ』を要約してお話ししてくれたから、おおよその内容は知っている。

 

(けど今、何より重要なことは)

 私は立ち上がり、彼を見た。

 ボロボロの衣服に身を包み、腕すらなくして外、内側共に傷だらけになっている彼を。

 

「……でも、『アーチャー961』は『アルジュナ』じゃない」

「……」

「でしょ?」

 いかに『ヴリトラ』がカルナの変性した存在だとはいえ、それに対抗するようにアーチャー961が立ち向かう必要はない、ないのだ。

 だって彼は、アルジュナとよく似た姿をしていても、『アルジュナ』ではないんだから。

 

「『自分がアルジュナの想いを継がなきゃ』とか『アルジュナの代わりにならなきゃ』とか、そう考える必要はないんだよ?」

 私が訴えかけたことに対し、しばし彼は無言だった。

 胸の内をさらに伝えるため、私は言葉を発する。

 

「アーチャー、どうか一人で悩みすぎたり、抱え込んだりしないで。

 もっと私やアスカを頼ってよ。

 仲間、なんだからさ」

「……分かっている。

 何かあったら、仲間を頼るよ」

 アーチャー961は言ったこととは裏腹に、瞬きもせず、体を堅くしている。

 体の緊張と同じくらい、彼の意志は堅くなっているみたいだ。

 私は一度座り、少し考えた。

 そしてふと、()()()()()を思いついた。

 

「本当に、戦うしか手だてはないのかな?」

 今までの旅、沢山の敵と戦ってきたけど、なるべく戦闘を回避しようとしてきたし、事実、何回か敵や資源回収用ワームをやり過ごしてきたことはあった。

 そもそもの話として、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 

 戦わずに行けるのなら、それが一番ではないかと私は考えたのだ。

 

「……何をおかしなことを言っているんだ、モモ」

 低い声を出し、眉間にしわを寄せ、やや不快感を表情に出してきたアーチャー961。

 私はそんな彼の態度に慌てながらも、考えを話す。

 

「だってさ、だってさ、『自分がやらなきゃ』って考えて、無理にアーチャーが戦う必要はないし、相手も人格のあるサーヴァントなら、そのっ、話し合いとか……出来るんじゃない?」

 思い出すのは、砂漠で戦ったサソリ型殺人機械と、内部に宿っていたAI。

 

(ヴォイドメロディとは、お話しできたけど途中で会話が破綻してしまった。

 それでも会話できたことには違いないし……うーん、いくらアーチャーの緊張を解いてあげたいとは言え、ちょっと無理矢理な考えだったかなー……?)

 久しぶりにやらかしてしまったかもしれない。

 昔、タブレットに入ってたのでやってみた恋愛ゲーム(楽しみ方が全然分かりませんでした。04がつまんなさそうな顔でサクサク攻略しクリアしてくれました)での、『BAD COMMUNICATION!』という赤い警告文が、頭の中で立体となりくるくる回りだす。

 その証拠だと言わんばかりに、アーチャー961は少し怒ったような声で話し出した。

 

「マスターモモ! 俺達は今までの旅路で、散々ワームや機械化サーヴァントと戦ってきただろう! 

 どれも凶悪で恐ろしく、油断ならない敵だった! 

 その内1体でも、俺達の話を……話を?」

 彼の顔を覆っていた怒りと緊張が解ける。

 自分自身の言葉で何か気づいたのか、はっとして、話すのを途中で止めた。

 次に言ったのは。

 

「……俺は『ヴリトラ』と話をした。

 一方的ではあるが、話をしたんだ、奴の声を聞いたんだ」

「……ええ?!」

 衝撃の真実に、私は座ったままかなり驚いてしまった。おっきな声が出た。

 

「私達と離れ離れになっている間に、そんなこともあったんだね。

 それで、相手はなんて」

「かなり支離滅裂なことを話していたが、俺に、かなり執着している様子だった。

 ……俺を、『アルジュナ』だと勘違いしているようだった」

 顎を引き、考え込む様子を見せるアーチャー961。

 

「奴の執着を利用すれば、もしかしたら、『殺す』以外の結末にたどり着けるかも知れない」

 そう口に出す彼の目は、月の光が入り込んで鋭い眼差しとなっていた。

 

(頑なだったけど、別の方向にも考えられるようになった……のかな?)

 私はなにかヒントになるかもしれないと思い、『あれ』を話してみることにした。

 

「あのね、ミライちゃんがアルジュナからの伝言を教えてくれたでしょ? 

 実は私、彼女から別のお話も聞いているんだ」

 光を宿す眼差しが、彼から右側に座っている私を真っ直ぐに見た。

 私はちょっとだけ気恥ずかしさを感じながら、話す。

 

「『世界の果てに最後の海がある。その嵐の先に、楽園へ至る塔がある。

 竜を眠らせ、月を手にし、砕かれしものを持つべき者へ帰した時、世界は救われるでしょう』

 これ、『アルカディア伝説』って言って、地上じゃポピュラーなお話しなんだって。

 もしかしたら、『ヴリトラ』を何とかする手がかりがこの話に入ってるかもしれない。

 どうかな?」

 日記というかメモ帳に書いていたから、まだ鮮明に思い出せた。

 話を聞き、瞬きを二、三度するアーチャー961。

 

「レジスタンス達のおとぎ話……か。

 少しだけ聞いたことはあるが、詳細は知らなかった。

 教えてくれてありがとう、モモ」

 彼はそう言うと、聞いたばかりの伝説をもう一度繰り返す。

 

「『竜を眠らせ、月を手にし、砕かれしものを持つべき者へ帰した時』……。

『砕かれし』?」

 961の眉が上がり、目が大きく見開かれた。何かに気がついた様子だ。

 

「モモの言う通りかもしれない……何とか、なるかもだ」

 急に立ち上がったアーチャー961。その顔に、もう悲壮感はない。

 そんな彼を見上げていたら、ポケットから何かが落ちそうになっているのに気がついた。

 とうとうコロリとこぼれ落ちたそれを、私は座ったまま、左腕を伸ばしてキャッチする。

 

「なぁに、これ」

 大きさは手に収まるほどで、透明なビニールの包装に包まれている。

 中身は白っぽい丸いもの、かなり軽い。

 

「……すっかり忘れていた! 饅頭だ! ある人から貰ったんだ」

 ちょっとへしゃげているお饅頭が、なぜかここにあった。

 白い表面をしげしげと観察してみると、漢字と見られる何かの文字が焼き印されているのが分かる。

 

「……何日前のお饅頭なの?!」

 地下都市廃墟などでは、数百年前の缶詰めやレトルト食品が見つかることがある。

 そういった物達は、包装が頑丈に作られているし、きちんと滅菌されているので、表面が破れたり壊れていない限りは食べることが出来るが……。

 このお饅頭は、透明ビニール一枚という、あまりにも儚い防御性でここにある。

 必然的に、鮮度が気になった。

 

「焦らないでくれ、モモ。和菓子というのはとても日持ちするんだ。 

 召喚時に付与される知識で、そう学んだ」

 と言いながら、アーチャー961の目はちょっと泳いでいた。

 バーサーカー04に比べて分かりやすいなぁこのサーヴァント……。

 

「モモ、悪いんだが」

 彼は困ったような表情で饅頭を見る。

 

「……食べたいの?」

「他者から施された物だから、俺は食べたいと考えている。

 どうせなら半分ずつ分け合うことにしよう。

 君が要らないなら、俺一人で食べるが……」

「食べるよ! 

 私、『ワガシ』ってもの食べたことないから、実は興味津々だったの!」

 彼を傷つけないためにも、そう言うしかなかった。

 まぁ、まるっきり嘘を言っているという訳でもない。

『ワガシ』なんて、文献でしか知らないから、ワクワクドキドキはしている。

 ……半分くらい、賞味期限のことで胸がドキドキしているんだろうけど。

 

「じゃあ、私が半分こにするね。

 手で押して切れ目を作ってから……ちぎって分ける。

 うん、うまくいった」

 腕のない彼の代わりに、私が半分にした。

 表面が乾燥しているということもあってか、作業はスムーズに進んだ。

 手のひらに収まるサイズの小さなそれを、手で割って、アーチャー961へ。

 

「ありがとう、モモ」

 立っていた彼は一度片膝を地面につけ、姿勢を低くすると、私が差し出していたお饅頭を唇で受け取り、歯と舌を使って口の中に運ぶ。

 器用だなぁと思いながら、私も続いて食べた。

 

「ん……!」

 感動が胸に広がった。 

 サクッと軽い食感の皮を噛みしめた後、口の中に広がるのは、香り良く、奥深い甘みあるなめらかなペースト。

 配給で数回食べたことのあるゼリーやプリンとは全く違う、咀嚼を続けることで生まれる旨味が、お饅頭にはあった。

 きっとこれには、熱い飲み物がよく合うことだろう。

 そんなことを考えてから、私は少し笑う。

 

「ふふっ、こんなことしたのバレたら、アスカちゃんに嫉妬されそう……」

「? なぜアスカがモモに嫉妬するんだ?」

 お饅頭の白い皮の一欠片を頬につけたまま、彼は不思議そうに首を傾げた。

 

「……アーチャーにっぶ……」

 こんなにも鈍いと、アスカの『彼を想う気持ち』にも気がついてないかも知れない。

 

(──いや流石にそれはないか! 

 流石にね! 十何年も一緒にいるのなら流石にね!!)

 などと思いつつ、膝立ちしている彼の顔を見れば、私に「馬鹿にされた」と感じたのか、まぶたを半分下ろし、じとりとした不機嫌顔で私を見ていた。

 

「俺は鈍くなどない。

 腕を失おうが、鋭敏だ」

「そ、そうだね、アーチャーは敏感だもんね、敵の襲撃にも誰より早く気がつけるもんね」

「当然です」

 ……それから数分間、私は彼の機嫌を直すのに苦労した。

 

 話し始めてから一時間くらい経っただろうか。

 私は彼と隣り合って座り、始まった時と同じように夜空を見上げていた。

 星は瞬き、何光年も離れた場所の光を教えてくれている。

 

「……アスカやモモに、再会できて良かった」

 突然そんなことを言い出したアーチャー961に対し、私は微笑みながら言葉を返す。

 

「お饅頭食べられたから?」

「そうだな……こうして生きていないと、食事を楽しむことも出来ないし、それに」

 彼は穏やかな口調で、黒々としたまつげを瞳に被せながら、優しく話している。

 

「誰かに相談することも、美味しいものを分け合って食べることも、仲間と一緒じゃないと、出来ないから」

 そう言って、穏やかな表情でこちらを見る彼。

 

(……アスカが夢中になるのも分かるなぁ。

 だって、こんなにも純真な人なんだもん)

 私は、彼と再会できたことが改めて嬉しくなってしまい、胸がいっぱいになりもう何にも言えなかった。

 夜空をバックに立つ彼の髪を、冷たくも心地良い風が揺らしていた。

 

 

 

 ……思えばこの時から、私とアーチャー961と考えのすれ違いが起きていたのかもしれない。

 それでも私は、彼が元気を出してくれたみたいで嬉しくて、深く考えもしないで笑っていたのだ。

 ずっとずっと、アーチャー961と一緒に居れるのだと、根拠もなく思っていて──。

 

 第121話 別れが来るとしても、いつか貴方と見た空は

 終わり

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