瓦礫に腰掛け、電気ランプを中心にアサシン47の話に耳を傾けるモモ達。
創作活動や文化への郷愁と、マスターを失った過去、放浪の日々と、出会った仲間達との、壮絶な別れ。
彼女の話を聞き、胸が締め付けられる思いに駆られたアスカは、彼女をデザートランナー内へ招いた。
共に温かい食事を取り、他愛のない会話で笑い、楽しい時間を過ごす。
バーサーカー04にいじめられ、部屋に転がり込んできたアサシン47をちょっと可哀想に感じたモモ。
彼女に一晩同じベッドで眠る事を提案され、受け入れてしまった。
その夜、不思議な夢をモモは見る。
光に追いすがる男の腕と声、光に触れ、砕けていくその体。
とても悲しい夢だと、モモは感じるのであった。
元気がないモモを心配し、アサシン47は折り紙の作り方を教える。
アスカも交え、和気あいあいとする車内であったが、偵察に出ていたアーチャーが絶望的な報告をもってくる。
500体以上の人型の敵と、それを率いる謎の一本足の機械。それを、かつて仲間を倒した相手だと断定するアサシン47。
……異形の機械を相手に、戦いが始まろうとしていた。
「アサシン47は知ってるの?」
私の質問に、彼女は動揺で目を泳がせながら口を開く。
「……
映像の再生が終わると、画面の中の機械化サーヴァントの動きも止まる。
「周りにいた黒い人型は? なぜ水を撒いているの?」
私の問いを聞きながら、アサシン47は深呼吸を繰り返した。
「……ごめん。もう落ち着いた、1つずつ説明していくね」
彼女の細い指が、天井から下ろされているスクリーン画面中央の敵を示す。
「あれは機械化サーヴァント。何体ものサーヴァントをミキシングしてペーストにして、機械に詰めた、ふざけた代物」
「少しだけ知っていますわ」
アスカが頷く。
「真名はない、誇りも魂もない……殺戮を振りまくだけの道具だよ。
倒したのに……みんなが自分の存在を削りながら……やっつけたのに!」
「別個体か、何らかの不死性があったのでしょう」
感情を露わにするアサシンの声の熱を冷ますかのように、アーチャーの言葉が被さる。
「バーサーカー04」
アーチャーは顔を動かし、名を呼ぶ圧だけで運転席のサーヴァントへ意見を求めた。
「アーチャー殿、貴方はあれを水瓶と呼んだ……。
俺達が前に出会った機械化サーヴァントは蟹型だった、蟹に水瓶」
計器を操作しながら考察する彼。
「……黄道十二宮」
「星座だっけ」
バーサーカーの呟いた単語に、アサシンが言葉を付け足す。
「うん。太陽の通る見かけの道」
「それで……水瓶だったら何なのさ」
彼女は、04の座っている運転席の背もたれをじっとりとした眼差しで見た。
「神話によれば、水瓶の中身は神々に捧げる酒であり、その給仕役を預かった者は永遠の命と若さを与えられた」
「詳しい!」
「ごめん、今調べた」
「ズル!」
「ずるいし賢しい男なんだよ俺は」
バーサーカーは計器にキーボードを接続し、何かを書き込んでいる。
「あの機械化サーヴァント自体に不死性があるのでは、と俺は思う。
……周りの人影の考察までは及ばないが」
彼の言葉の後、アサシン47は怖々と口を開いた。
「あれは……死体だよ、何百年も前の」
声はわずかに震えていた。
「あの液体で、からからの砂になっていた肉片がまとめられているんだよ。
砕いても砕いても、機械が撒く液がかかれば復活する」
かつて行った行為を思い出したのだろう。彼女の顔は罪悪感からか青ざめた。
「水に触れた物は生き返る……給仕役に神が与えた不死の、拡大解釈でしょうか」
アーチャーが止まった動画を見つめながら考えを述べる。04がそれに続いた。
「周りの物体を神扱いにしてるのかもしれません、アーチャー殿。
何にせよ……殺しても死なないってのが一番やり辛い。俺みたいだねー」
バーサーカーは動きやすい軽い鎧をまとったままの体の背を伸ばす。
「……逃げよう」
真剣な声でそう言ったアサシンの考えを、アーチャーは否定した。
「難しいでしょう。出入り口に繋がる通路を塞いでいる」
「じゃあ……」
「協力プレイしようぜ、アサシン47」
彼女の表情はちょっとムッとしたように見えたが、きっと不安の現れなのだろうと私は思った。
「……水相手じゃ
「大丈夫だ、策はある」
使い終わったキーボードを肩に一時的に置くと、バーサーカーは自信満々に言い放った。
「囮じゃないですかやだー!」
「1人じゃない……俺と君とでダブル囮だ!」
地下廃墟の出入り口を、機械化サーヴァントと取り巻きが塞いでいる。ので、アサシン47とバーサーカー04で周りを倒し、注意を引きつける。
その間にデザートランナーでぎりぎりまで通路に近づき、隙間が出来た瞬間、フルアクセル。
これが、バーサーカーの立てた、2番目のプラン。戦わずに逃げる作戦だ、成功確率は低い。
今2体のサーヴァントが行っているのは……1番目のプラン。
逃げずに立ち向かい、水瓶型の機械化サーヴァントを撃破する手だ。
『マスター、第1プランがだめだったら全力で脱出な!』
無線越しにそう言いながら前方に走っていく彼に、運転席に座り、スピーカーの電源をつけながら言い返す。
「みんなを信じているから、しないけどね!」
「わたくしも!」
アスカも負けじと叫んだ。
『俺にはもったいないマスターなんだよなぁ……』
そんな言葉を最後に、彼からの無線がしばらく途絶えた。
運転席……私は初めて握るハンドルの固い感触に冷や汗をかきつつも、冷静に発進できるよう心を落ち着けた。
隣に座っているアスカは、シートベルトを白い手を動かして着用していた。
「えっと、このボタンを押せば、前線の映像と音声が送られてくる……でしたわね……」
アスカが口頭で確認しながら、指で丸ボタンを押し込む。
フロントガラスの半分に映像が映し出され、スピーカー越しにサーヴァント3体分の音が聞こえてきた。
バーサーカーが運転席で長々と作業していたのは、これの仕込みもあったからなのだろう。
『俺が突っ込むので横から援護を頼む! アサシン47!』
『りょーかい! フレンドリーファイアに気をつけるね!』
映像の中、両手に銃を持ったアサシンは走りながら頷くと、ダウンジャケットの内側からバラバラと何かを落としていく。
『いけ! キツネにネズミ……コウモリ部隊!』
車両を制圧した時の、あの紙製の歩兵にバリエーションを足した物が、前方を走るバーサーカー追い抜いて暗黒色の人型へ近づく。
『一斉射撃! ファイヤー!』
彼女の号令の下に、弾を打ち、コウモリが突進して、塵で出来た体を砕く。
『今です! バーサーカー04!』
彼女が亡者を倒して作った空間に彼は無言で降り立つと、緑の瞳を輝かせながら槍を振るい、それでも足りぬ分は刀を使って、群がる敵を大きく薙いでいく。
『よし……これなら……』
余裕のあるアサシンの声が無線越しに聞こえてきたが、デザートランナー内の私達は別の敵を気にかけていた。
「アーチョモミー……」
車内に居てもはっきり聞こえる、奇っ怪な鳴き声の主は、うず高く積まれた瓦礫の上に立つ、1本足の機械化サーヴァント。
そいつは立っている上から全体を俯瞰すると、礼をするように体を傾けた。水瓶があけられる。
内側から湧き出す暗い水が、瓦礫の平らな面を滑り、だんだんと流れて、サーヴァントの攻撃で砕かれ、地面を覆う砂になっていた亡者は、水に触れると、瞬く間に人の形へ固まっていく。
そして。
『う……やっぱり折り紙隊が……』
敵の流した水により、アサシン47の武器である紙の兵隊は全てふにゃふにゃになってしまった。
『じゃあ……ゲーム仕込みのガン=カタをくらえ!』
銃を両手でしっかり抱え突撃し、弾をばらまくアサシン。
彼女の剥き出しの柔らかな四肢にかぶりつこうとする亡者に対しては、ジャンプで避け、空中で回転を繰り返しながら下方向へ発砲する。
濡れた地面に着地した瞬間、衝撃で舞い上がる水しぶきと、遅れて薬莢がバラバラと床へ転がる。
周りを取り囲んでいた亡者達は、攻撃を受けて次々と暗い砂へ変わっていった。
『……ジュウネンハヤインダヨ!』
崩れ落ちていく敵の中心で勝ち誇る彼女。
一瞬だが、瓦礫の上の機械化サーヴァント……水瓶の姿をした敵に繋がる道が出来上がる。
その道を、バーサーカーは飢えた獣のごとく駆け抜けた。
『──おい水瓶、こちらを向け』
殺意を込めた声と眼差しを携え、彼は水瓶を支える足に接近した。
腕に力を込め、火花が飛ぶほどの勢いで槍の腹を打ちつける。しかし、それだけではダメージを与えることは出来ない。
彼は刀も気怠げに持ち出すと、切れ味を全く生かさず乱暴にガンガンガンガン打ちつける。武器をただの道具としか思っていない、そんな戦いぶりだった。
「ムアーミョロミー……」
水瓶が揺れ、不気味な暗黒色の液体がとぽとぽ撒き散らされる。床までこぼれ落ちると、倒された塵が次から次へと人の形を取り戻していく。
『貴方の相手は……
だが、全てアサシンの素早い乱射によって倒された。
バーサーカーの力任せの連撃により、詳細不明の金属で出来た足にひびが入り、上の水瓶の自重でつぶれ始める。
『アーチャー殿!』
数秒後、胴体である水瓶を支えきれず、ぐったりと機械化サーヴァントは横たわった。
その上が、やおら光り始める。
ドーム状の天井に、突き出すようにある棒、いや、鉄骨。
『10日分の燃料だ! もってけ雷神!!』
アスカのアーチャーが、金の雷をまとい、剥き出しの骨組みの上に立っていた。
車外カメラで彼をズームする。
ボトルの中身……すなわち液体リソースを十全に摂取した彼の白の衣服と外套は、雷光に満ち、風に吹かれる草原のようにゆっくりとたなびいていた。
『……この一撃が』
角のような頭部パーツが上に伸展し、眩く輝く。顎を戒めていた外骨格が開き、口元がぼんやりと見えた。
『お前という存在へ……終わりをもたらすだろう』
唇を動かし言葉を紡ぐと、彼はゆらりと鉄骨から落ちる。自由落下の中、全く余分な力を入れていない腕を、そっと機械化サーヴァントへ向けた。
『融解しろ!』
瞬間──落雷、いや、それ以上のものが、彼の体を弓として打ち出される。
空間をズタズタに切り裂きながら水瓶に直撃した。熱で風景が白く照らされ、歪んでいく。
割れた破片が落ちた周辺の地面ごと巻き込んで、アーチャーの攻撃が世界をぐんにゃりと飴色に溶かす。
余波の熱でゴミが発火し、廃墟にオレンジの炎が下から順に次々灯った。
「わっ!」
「きゃあ!」
安全な位置まで距離を取っていたはずのデザートランナーも、空間ごと激しく揺さぶられる。
……映像が切れ、無線もノイズしか聞こえなくなった。フロントガラス越しの景色は、砂埃でなにも見えないが。
「アーチャー殿かっこいいやったー! あわれ水瓶は爆発四散ー!」
バーサーカーの嬉しそうな声が外から聞こえてきた。
「……攻撃のスケールが違った」
埃が落ち着くと、茫然自失のアサシン47の姿が、カメラではなく肉眼で確認出来た。
「アサシンは大丈夫だったか? 俺は受けた衝撃で半身が蒸発した後戻ってきたんだけど」
「ノーマルなテンションでさらっと怖いこと言わないで?! ……えっ、まじなの? 小粋なジョークでなく?」
2体のコントのような会話に、運転席の私とアスカはくすくすと笑い声をもらしてしまった。
「神の雷で焼き滅ぼしましたが……これでも蘇るようであれば宝具使用を……」
バーサーカーが彼を思いやったのか無言でボトルを差し出したが、それをアーチャーは手でそっと押し返す。
「いらな……必要ありません」
「……では、さっさとずらかりましょうか、アーチャー殿?」
戦いを終えたサーヴァント3体を回収し、私達はオレンジに燃えていく地下廃墟を後にした。
無事に帰ってきたバーサーカーに運転を任せ、私達はアサシン47の側に寄る。
「……出てきて良かったの?」
「うん。もうあの廃墟には何もないから」
アサシン47は懐から何かを取り出した。
「番号札だけは、持って来ちゃったけど」
つるりとしたバンドが4つ。そして表面にある、101、120、230、74の数字達。
彼女の大切な仲間が、確かに存在していた証。
「みんなありがとう。仲間の仇が討てて、ちょっとすっきり」
緊張が解けた緩んだ顔で、彼女は優しく微笑んだ。
「バーサーカー04さんも、
ハンドルを操り運転している彼に、アサシンは感謝を含んだ声をかける。
「……俺は君をいじめていただけだ」
「だろうね……貴方の優しさは身内にしか向けられない。気づいてた、でも、嬉しかったよ」
「同じ国出身でもあったしな……」
「親近感?」
「いや違うけど……」
「対人関係での距離感の取り方が独特だなこの人……」
へんてこな言葉を返され、アサシンは本当にむっとした表情を見せた。
「あの~……961さん? すごく格好良かったです、一撃がヤバかったけど引いてないですよ……?」
もみ手をしつつそう言う彼女に、アーチャーは顔をちらっと向けたが、声を返さず、アスカの元へ歩いていく。
「アウトオブ眼中……すごくいい……実力がある故の塩対応……めちゃレアい……顔が良いA級サーヴァントはこうでないとねー……」
爽やかな敗北感を顔に浮かべたまま、アサシン47はうんうんと頷いた。
「アサシン47さん、これからよろしくね」
会話を終えた彼女へ、私は手を差し伸べる。
「そうですわ、これから一緒に旅、しましょうね」
アスカも彼女にトコトコ駆け寄ると、嬉しそうに手を出す。
「ん? 何のこと?」
彼女はとぼけた様子を見せる。
「えっ、ついてきてくれるんじゃあ……?」
「アサシン47、ついてきてくださいますのよね……?」
私達は彼女に、もう決まっているものだと考えていた事をたずねる。
「行かないよ。
戸惑っている私達の感情を置いてけぼりにして、彼女はあっけらかんと言い放った。
第13話 闇なんて飴色にとろけさせ
終わり
単語説明
地下廃墟
何らかの原因により棄てられた地下都市の事。原因は聖杯戦争であったり、階級制度に不満を持った市民達の暴動であったりと様々。こういったものも貴重な資源であるため、ワームロボットは見つけ次第発掘、回収をしている。