フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 AI、スローネ・エーテルウェルに、自然豊かな地下都市を案内されるモモ。そこでは、人々は笑顔を浮かべながら自由に生きていた。
 アドリアという女性の家に預けられたモモは、そこで彼女の子ども3人と出会い、へとへとになるまで遊んだ。疲れてお昼寝をするモモ、不思議な夢を見る。バーサーカー04とよく似た幼い少年の夢だった。彼は、頭の中から聞こえる赤子の声に悩まされていた……。

 お昼寝から起きたモモは、アドリアとその夫、子ども達と夕食を囲み、家族と暮らす幸福を目にする。モモの心中に、仲間の安否を気にする気持ちとは別に、この場所で暮らしたいという気持ちも育ってきていた。

 食後、モモはバルドに、外から来た人間であることを見抜かれてしまう。(いざな)われ、月明かりが注ぎ、潮騒聞こえるバルコニーで彼の話を聞くモモ。
 バルドが語ったのは、聖杯戦争によって故郷を失った苦しみと、過酷な外で起きた悲劇と、再びAIに管理される生活を選んだ己の『弱さ』についてだった。
 モモは彼の言葉を胸に刻みつつも、彼の『弱さ』を否定する。

 決意を新たにしたモモは、また夢を見る。それは、バーサーカー04によく似た少年の夢の続き……彼は、全身を刻まれ、包帯に巻かれていた。そんな状態で『運命の人』について話す少年を、自らのサーヴァントだと確信する。

 翌朝、自分を引き留めようとするアドリアに別れを告げ、バルドから背中を押されたモモは、迎えにきたスローネと共に、島の守り神の下へ向かうのであった……。


第17話 美しく残酷で

 

 

 石畳の道をどんどん下っていく。

 周りの木々は天を突くように伸び、地面は石畳から湿った土へと変化していく。

 十数分くらい無言で、白衣を着ているAIの背を追うと、急に空間が開けた。

 磨き上げられた白い石で造られた神殿が、目の前に建っている。

 

「ギリシャの……神殿?」

 電子書籍や映画でのみ見たことあるような建物。

 

「いや、クレタ島様式だ」

 私の発言を、スローネが素早く訂正した。

 

「間隔の大きく空けて建てられた柱、必要な場所以外は存在していない壁……実に開放的だろう? 

 クレタ人は争いを知らず、想定すらしなかった民族とも言われている。最も、だから彼らは他の文明に攻め滅ぼされてしまったのだけど……」

 急に専門的な用語を交えながら早口になる彼。

 

「スローネ、知識を自慢げにひけらかすのは、きみ達の悪癖だな」

 そんな彼をいさめる言葉を放ちながら、真っ白な神殿から誰かが出てくる。

 耳に届く声は甘く。

 

「ごめんよ、島の守り神」

 日差しに照らされた体は幼い。

 スローネが会釈をした彼女を、私はつぶさに観察する。

 足は革で作られたヒールの高いサンダル。

 淡いクリーム色の短いスカートで腰は隠され、体は同色の薄布だけで覆われていた。

 浅く美しいへそは、恥じらいもなく露わにされている。

 剥き出しの腕や手首にはくすんだ金属の輪がはめられ、首元にも管をぶら下げたようなネックレス。

 頭には簡素なティアラのようなものが。髪の間から出ているぴんと尖った耳は、物語の中の妖精みたい。

 

「スローネ、私は神じゃない。今の私は……」

 けれど、目を引くのはその髪と瞳だ。

 腰下まで伸ばされた癖のない毛の色はピンク。瞳の上半分は緋色、下半分は澄んだ水色。

 まるで朝焼けを閉じ込めたかのようだ。

 

「大魔女さ」

 少女の形をした美しいサーヴァントは、肩を飾る大鷲のような羽をもさもさ動かし、私を神殿から見下ろしながらそう言った。

 

「宴の手伝いすらしない、きみの事は嫌いだね」

 大魔女と自らを紹介した彼女は、私を気にもとめずスローネと会話を続ける。

 

「調理は医者の領分ではないよ」

「全ての領域は繋がっている。調理は薬学に通じ、薬学は調理へ繋がる」

「耳が痛い……」

「ふん、心にもない事を……」

 彼女が半目で彼を睨む。すると、光彩は秋空を思わせる水色のみになった。

 

「さてと……おいで、私についてくるといい」

 彼女に招かれる。スローネはうやうやしく頭を下げ、先に行くよう手を動かした。

 

(魔女……)

 心臓の上に手を置きながら、人ならざる者の領域へ足を踏み入れる。

 

「こっちさ。料理のいい匂いがするだろう?」

 ひんやりとして薄暗い神殿の内側を見る。

 通路の壁には漆喰が塗られ、その上に牡牛と女性が描かれていた。フレスコ画……というものだろうか。

 床は磨かれた数種類の石で飾られ、華美過ぎず、落ち着いた雰囲気だ。

 スローネの語った通り、開放的な造りで、あちこちから湿気の少ない爽やかな風が吹き抜けていく。

 渇いた心地よい大気。それでも、私は前を行く大魔女の存在に、冷や汗を首筋に伝わせていた。

 

「可愛いピグレット達、お客人を迎えておくれ!」

 彼女が甘い声を空間に投げると、柱や壁の影から数十頭の子豚が出てきた。

 映像資料でしか知らない家畜の存在に、私はうろたえる。

 ピグレットと呼ばれた足の短いころころした豚達は、独特の鳴き声を上げながら私の足元にすり寄った。

 

「おいでおいで。宴を開こう、砂上を行く勇者もてなす魔女の宴さ!」

 体色様々な豚と、愛らしい彼女に案内されながら、四角い大広間に私はたどり着く。

 そこには、広間を横断するように非常識な大きさの大理石のテーブルがでんと置かれ、ご馳走が所狭しと並べられていた。

 映画でしか見たこと無いような、器に飾り付け、料理の数々。

 

 

「どうだい? 全て私のお手製さ! どの料理も、君が体験したこと無いほど香り高く、味わい深いぞ!」

 詰め物をした鳥の丸焼き、野菜のゼリー寄せ、古今東西の新鮮な果物の盛り合わせ。

 

「──そこの席に」

 有無を言わせぬ力が込められた魔女の命令に、私は従うしかなかった。

 私が来賓席に座ると、右斜め前の椅子に、可愛らしい黒豚がちょこんと座っていることに気がついた。

 黒豚と向き合う席には誰も居らず、宝石を散りばめた輝く王冠が置かれている。

 魔女の左横の席に後からやってきたスローネが座り、右側の席には……ガラクタのようなものが。

 彼女が一番最後に、私の真正面、料理で隔たれた遠い席に座る。

 なぜか、この場に相応しくない形の、手の平サイズの無骨な箱があった。

 

「では食事をしよう」

 彼女の言葉と共に、目の前の料理を見る。

 朝ご飯も食べていないし、こんなに美味しそうなのに、食欲は微塵も湧かなかった。

 アドリアが作ってくれた、温かい料理には感じないものがある。

 ──恐怖だ。

 

「肉料理は嫌いかい? 果物から食べたっていいんだよ?」

 彼女の声が大広間に響く。地面には豚が満ち、ブヒブヒと騒ぎ立てた。

 

「AIの私見ですが、食べた方が幸せですよ、トバルカイン」

 スローネはガラス製のグラスの足を持ち、琥珀色の液体をくゆらせている。

 椅子に座らされている小さな黒豚が、丸い瞳を潤ませながらジタバタもがいていた。

 

「……いただきます」

 バルトさんから聞いたお話を思い出す。

 

(「島の守り神は少女のような姿だが、この上なく残酷だ」)

 食べてはいけないと、本能的に私は理解した。

 なので、振りをする。

 首を曲げて口元を隠し、食事を口に入れる寸前にテーブルの下へ落とす。

 材料に対する申し訳なさが胸を苦しめたが、私に群がっている豚達が、嬉しそうにおこぼれをあずかってくれた。

 しかし、この演技にも限界はあるだろう。次の案を考えなければ。この都市を支配している魔女から、はぐれた仲間達の情報を聞き出さねば。

 

(何か、ないか)

 悟られぬように目を動かす。

 ……テーブルにのせられたガラクタと、無骨な箱が目に付いた。

 箱と目線が会う。ガタンと、それは動いた。

 

「大魔女様、ずっと気になっていたのですが、それはなんでしょう?」

 絞り出した私の声は震えていたが、彼女の機嫌を損ねないよう、精一杯へりくだる。

 

「『箱』の事が気になるかい? 先日作ったばかりの礼装さ、ちょっと口が悪いけど……」

 ねずみ色の箱を、彼女は細い人差し指で撫でる。

 

「それともこのガラクタかい?」

 そう彼女が言った瞬間、スローネは人工的にしわを分布された顔をしかめた。

 

「元人形……スローネの前任者さ。

 私を召喚し、逆鱗に触れたあげく、命令しようとしたから……殺した」

 まるで気に入らない服を返品したかのような気軽さで、彼女は殺害を語った。

 

「AIは直ぐネットへ逃げるから、精神も魂も入念に潰してやったさ、ふふっ……」

 言葉を付け足すと、彼女は口元に手を寄せながら笑いをこぼす。

 ……何がおかしいのか、理解出来なかった。

 

「さて、きみが私の料理をこれ以上粗末にする前に、終わらせるか」

 座っていた彼女の肩の羽が、本物の鷹のように広がると、小さな体が浮かび上がる。あっという間に高い天井の上まで行くと、急降下し、私の真横へ降り立った。

 彼女の人差し指と中指が私の右腕を這い、ナイフを握っている手を掴む。

 

「心を込めて作った料理を、食べる振りして捨てるなんて、ひどいことをするなぁ……」

 彼女の手を振りほどき、自分の手を脱出させようと試みるが、びくともしない

 甘やかな吐息が掛かるほどの距離で、彼女は私の耳に言葉を流し込んでいく。

 

「砂の上を行く船ときみ達を見た時は、つまらない世界に面白い奴らがまだ残っていたと、少し興味をそそられたけど……残念だ」

 彼女は空いている左手で、私の目の前に何かを置いた。湯気を立てる浅い皿の中身は、私の知らない料理。

 

「君より……アスカ君だっけ? の方が面白かったぞ。

 恋に自覚ある乙女はいいね、それになかなか悲劇的な人生を送っているようだった」

 皿の横に、小さなアクセサリーが置かれる。

 ……紫の石がついている。

 

「彼女の髪留めさ、私が預かっている」

 全身の血の気が引くのが分かった、心が恐怖でさめざめと冷え切っていく。

 

「肉も果物も口を通らないときは、これを食べるに限る」

 私の右腕を掴んだまま、彼女は話し続ける。

 

「これは麦粥……キュケオーンさ、とろりとしていてうまいぞぅ!」

 私は震える唇で、彼女に問いかけることにした。

 

「アスカを、どうしましたか……?」

「んー?」

 彼女の声は穏やかだ。

 

「あそこにずっと座っているじゃないか、ほら」

 右斜め前の椅子を見る。

 小さな黒豚が四肢を暴れさせ、もがいている。魔女が何かをしたのか、不思議な力でふわふわ浮かび上がった。

 

「ピギー! ピー!」

 そのお腹に、赤い紋様があった。

 サーヴァントのマスター、その証である、令呪。

 翼広げて飛んでいる鳥にも、空を行く船のようにも見える形。

 アスカの令呪を、私は初めて見た。

 

「──令呪を持って我がサーヴァントに命ず! 来て! バーサーカー!」

 目の前の現実に理解が追いついた時、理性が悲鳴をあげた。

 後先を考えない、恐怖に駆り立てられた命令が口から飛び出る。

 

「あっ、だめだぞ」

 彼女が呟くと、手の甲で光り始めた令呪の輝きが消え失せた。

 

「私の神殿の中なんだ、勝手なことをされては困る」

 令呪が、不発に終わった。

 

「これで、きみの足掻きはお仕舞いかい?」

 少しだけつまらなさそうに言われる。

 

「……まだだ!」

 私は掴まれている右手の上に自分の左手を重ね、魔女の手を剥がそうとするが、びくともしない。

 彼女が左の人差し指を踊らせると、両腕が意に反して上げられ、体も宙に浮かぶ。

 座っていた椅子が倒れた。上空から、スローネが興味なさそうに丸メガネを拭いている姿が見えた。

 

「きみは甘いキュケオーンより、辛い現実がお好みのようだ」

 息が出来ない。

 彼女は羽ばたくと、浮かぶ私に顔を寄せる。

 2種類の色が宿る魔女の瞳へ、噛みつかんばかりに犬歯を剥き出しにして、にらんでいる私の顔が映っている。

 

「可哀想なきみ。

 絶望という温かな粥を飲み、ピグレットにおなりよ。

 この館に何百もいるような、苦しい目に遭って、自ら人間性を手放してしまった可愛い子豚達のように。

 私が永遠に愛をささやき、甘い夢だけを見せてあげよう」

 翼広げた魔女は、他者をとろけさせる声を出す。

 

「……返事を」

 体が床に下ろされた。

 立ち上がり、数回せき込んでから、私は上空の彼女に言い放った。

 

「ならない、絶望もしない。私は仲間を取り返しアスカを救う」

 魔女はつまらなさそうに顔をしかめると、テーブルに置いてあるスプーンと皿を持った。

 私は手の甲の令呪を横目でちらりと見る。変わらず2画、そこにある。

 

(逃げて、アーチャーかバーサーカーと合流し、立て直す……!)

 そう考えて足を動かそうとしたが、全身が動かなくなっていた。

 空気の固まりにすっぽり包まれ、拘束されているかのよう。

 

「この世界に召喚されて、実情を知り、私は少し考え方を変えたんだ。

 ……人間に優しくなろうってね!」

 言葉を紡ぎながら彼女は匙にそれをすくう。湯気立ちのぼる、麦の粥を。

 

「たった一口さ、それで全ておしまい! 楽しいだけの毎日が始まる!」

 魔女は蠱惑的な笑みを浮かべながら、温かい麦粥がのった匙を、私の唇に近づける。

 

「──さぁ、キュケオーンをお食べ?」

 大理石のテーブルから箱が落ち、鐘をついたようなごーんとした音が響いた。

 まるでそれを合図にするみたいに、天井から白い溶けたものが、ぽたぽた落ちてくる。

 首は動かせないので目線のみを向けると、石の天井に、真っ赤に燃える丸い線が描かれている所だった。

 まるで、スパイ映画の工作員が、分厚い壁を焼き切るときみたいに。

 

「むっ……」

 魔女は身を踊らせつつ後ろへ跳躍し、私から離れる。

 匙を投げ捨て、鈍い銀の色の杖を一瞬にして手の内に出現させると、彼女は天井から飛び出してくるであろう存在に声をかけた。

 

「私に勝負を挑むのか。

 この魔女、キルケーの領域で。女神ヘカテの祭壇で」

 丸く焼き切られた天井がテーブルの上に落ち、吹き飛ぶ食器や料理と共に、誰かが優美に着地した。

 青い飾りの施された白の外套、顔と全身を覆い隠す機械パーツ。

 構える弓は青白く燃え、それによって天井を溶かし、切ったのだと言うことが分かった。

 

「雷神を身に宿す、英雄よ」

 アスカのアーチャーが、全身から神気(オーラ)を放ちながら、魔女と相対した。

 

 

 第17話 美しく残酷で

 終わり


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