フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 住民やAIが語る『島の守り神』が住まう神殿へ、モモは招かれる。
 目の前に現れたのは、薄い衣服を見に纏い、鷹のような翼を肩で羽織っている少女だった。

 少女は自らを『神じゃない。今の私は大魔女』と言い、神殿の中、宴の席にモモを座らせた。
 モモはこの上ない贅沢な食事を前にするが、周りを取り囲む豚と、部屋に満ちる異様な雰囲気に警戒し、食べたふりをして、食事を床に捨てていく。幾つか会話をしてみたが、大魔女から返ってくるのはぞっとする答えばかりだった。
 食事を捨てていることに気づき、押さえつける大魔女。彼女から逃れようともがくモモ。
 暴れる少女に対し、大魔女はあるものを見せた……紫の石がはめ込まれた髪飾りを。
 それは紛れも無くアスカの物で。宴の席にいた一匹の黒豚が、悲しげに鳴いていた。
 
 アスカが豚に変えられてしまったことを知ったモモは、令呪の使用によりサーヴァントを呼ぼうとするが、空間を支配している大魔女に阻止されてしまう。
 人を豚に変える毒が入った麦粥『キュケオーン』を、大魔女手ずから食べさせられそうになるモモ。
 窮地に陥った彼女の元へ降りたったのは、全身に稲光を纏わせたアスカのアーチャーであった。


第18話 だからこその神なのか

 

 

 天井を焼き切り、大理石のテーブルを踏みつけにして立っているアスカのアーチャーは、全身から稲妻をほとばしらせていた。

 

「流石は大英雄! あの結界を内側から破壊してくるとは!」

 褒めている魔女の話も聞かず、アーチャーは矢を放つ。

 彼女は一歩も動かず、周囲の地面から風を巻き起こし、攻撃を吹き飛ばした。

 

「きゃっ……」

 固められていた私の体が、余波を受けて押された。

 バランスを崩して床にへたり込んでしまったが、両手や足が動かせるようになっている事に気がついた。

 体の自由を取り戻せた、アーチャーが魔女を攻撃してくれたおかげだろうか。

 

「殺し合いをするのかい? やだなぁ」

 初撃を完璧にいなした彼女は口をへの字にすると、我関せずを決め込んでいたAIに声をかける。

 

「援護」

 そして、おもむろに地面に落ちていた『箱』を腕に抱えた。

 

「はーい」

 指示に従い、都市運営システムであるスローネが空間に指を躍らせ、何かを行う。

 

「この都市が所有する液体リソースの半分を、貴女に」

「えー……全部おくれよぅ」

「それは流石に流石に……」

 彼は言われた事だけやると、白衣をはためかせながら部屋からそそくさと逃げ出した。

 

「使うべき時に散財出来ないから、きみ達AIはだめなんだぞ」

 魔女がその背中に声をかけるが、すぐさま意識をアーチャーへ向き直した。

 軽い調子で杖を振り光弾を撃つ。アーチャーは腕でそれを弾き飛ばすと、矢をつがえ、再び狙いを彼女へ向ける。

 

「よっと……」

 ロケットランチャーもかくやの一撃を、魔女は羽で飛んで避けた。

 矢が激突した壁が、木っ端微塵に粉砕される。テーブルに並べられていた豪勢な食事は食器と共に吹っ飛び、ぐちゃぐちゃになってしまった。

 豚達は恐慌状態に陥り、ピーピー鳴きながら逃げ惑う。

 

「アスカ!」

 戦闘の影響が薄い内に、テーブルの上の髪飾りを回収し、まだふわふわ浮かべられていた彼女へ手を伸ばす。

 ジャンプしてから両手で掴み、腕の中へ収めた。

 

「アスカ、アスカだよね?!」

 黒色の子豚は、瞳を潤ませながら申し訳無さそうに頷いた。

 

「巻き込まれるといけないから、部屋の端に……!」

「ピ!」

 そんなやり取りをしている私達の横で、サーヴァント同士の戦いは続いている。

 

「女神の魔術を見るがいい、そぅれ!」

 輝く光の固まりが浮かび、曲線を描きながらアーチャーへ襲いかかるが、彼は雷をほとばしらせてそれを消滅させた。

 

「わっ! びっくりだ!」

 一息の跳躍で5m以上の距離を詰め、魔女、キルケーへ肉薄する。

 彼女の翼が広がり、その内側が複雑に輝いた。魔力の弾が発生し、連続でアーチャーの体を撃つが、外付けパーツを数個ぱらばらと落としただけで、ダメージを与えられてはいない。

 

「うへー……」

 風で彼の体を押し、とにかく距離を取ろうとするが、その戦法はうまく行かない。アーチャーはとるに足らない攻撃は体で受け、矢を始めとする攻撃を続ける。

 

「あー!」

 とうとう金の矢が杖を持っていた右腕に当たり、肘から下を消滅させた。飛んでいた彼女の手から落ちた杖が、からんころんと床に転がる。

 

「まじか、まじだ」

 自体の深刻さとは裏腹に、キルケーの声は焦っていない。

 なぜならば。

 

「けど大丈夫! 大復活!」

 何もなかったかのように、白く滑らかな腕が再生をしたからだ。杖も、意志があるかのように右手へ戻る。

 

「……」

 アーチャーが深々と息を吸う音が聞こえた。

 彼は混乱も見せず、落ち着いた動作で矢をつがえ……放つ。当たれば体が消し飛ぶ絶命の一撃が、連続して魔女へ迫る。

 

「てぃ!」

 魔女は羽のような形の光を無数に飛ばし、一本の矢に大量に群がらせ、空中で消滅させる。

 何の感情も表に出さず、ただひたすらに射撃を続けるアーチャー。

 

「すごいな! もっと見せておくれよー!」

 直線上に放たれ、自らを追い立てていく矢を避けるため、大理石の美しい空間をキルケーは飛び回る。

 金属のアクセサリーを鳴らし、羽を上空から散らばせる彼女の姿は、神に踊りを捧げる太古の巫女のようだ。

 

「……っ」

 矢では決定打を与えられないと彼は判断したのか、両足で床を蹴り、空中へ戦いの場を移した。

 踏み込みの衝撃で、大理石に丸いひびが入る。

 

「ふふ」

 微笑みを浮かべる魔女の顔に、雷撃と炎をまとった弓が真横から迫る。

 彼女はくるりと宙返りをしてそれを避けた。金と青の残光が、見る者の瞳に焼き付く。

 

「じれったいな! 英雄!」

「……!」

 彼は矢を至近距離でつがえ、撃つ。

 届くかと思われた攻撃は、寸前で輝く壁のようなものにぶち当たって折れた。

 

「怪物はやりすぎだから、こっちに替えて……いでよ!」

 地面すれすれまでキルケーは降下し、飛びながら杖先で床をリズミカルに叩く。

 暗黒色の柱が何十本も次々生え、未だ空中にいるアーチャーへ殺到する。

 彼は弓を前面に出し、炎を噴出させるが、勢いに押されていく。

 

「どうだいどうだい? おしまいかい?」

 試すような声で、天井と暗黒色の柱にサンドイッチされそうになっているアーチャーをなじる魔女。

 

「……まだだ!」

 アーチャーが雷撃を体の表面から放つと、一瞬にして拘束が灰になる。

 

「貴様……!」

 激情のこもった声で敵を呼びながら、彼はすぐさま矢を放つ。

 次に天井を全力で蹴って、逃げようとする彼女に追いつく。靴裏から噴き出す青い炎が空間に線を描いた。

 

「足りないなぁ! アーチャー、もっとだよ!」

 雷、炎、矢、それら全てを織り交ぜて猛攻を続けても、キルケーへの決定打にならない。

 ダメージを与えられたとしても、彼女は即座に回復する。

 戦闘の衝撃でぐらぐら揺れる空間で、豚に変えられてしまった友達をお腹の下に庇いながら、攻略の手だてを考える。

 回復、回復? 待て、()()()()()()()()()()()()()()? 

 

「箱」

 呟いてから、彼女が左腕の中に抱えている礼装……『箱』を見る。

 あの、不思議な夢の事を思い出した。

 

「961! あれを撃って!」

 彼へ声を飛ばすと、即座に対象めがけて矢を飛ばす。

 

「へぇ……魔術も知らない小娘がやるじゃないか。でも無駄さ」

 キルケーは何か言葉を唄い、何重もの光る壁を自分の前に発生させた。

 障害物に当たった矢は真っ直ぐにへしゃげ、金属の固まりとなっていく。

 

「どうする? 世界を救うご一行さん!」

「──リミッターを、一段階解除」

 アーチャーの獣を思わせる顎のギアが外れ、蒸気が漏れ出した。

 

「何かするのかい? 無駄だって……」

 再び現れる壁。

 アーチャーは助走をつけて牡鹿のように跳ねると、金の矢を降り注がせ、障壁を砕いた。

 彼女の前に着地し、距離を詰めると、攻撃するのではなく……白と青の弓をそっと贈った。

 

「や……なんで突然情熱的になるんだ……」

 乙女のように頬を染める魔女は、よほど驚いたのか箱を取り落としてしまう。

 

「ブロークン──」

 アーチャーが呟いた言葉。私には分からないが、キルケーはその意味を理解したらしい。

 

「……バカバカバカバカバカ! 宝具を爆発させるつもりか?!」

 青ざめた顔で弓を捨てると、広げた羽で風に乗り、後方へ下がる。

 彼は爆発させるつもりなどなかったのか、前転しながら宝具をキャッチし、箱を矢で貫く。

 矢尻が刺さり、箱を貫通し……数秒後、内側から膨らみ、爆発四散した。

 

「私のおニューの礼装がー!」

 土ぼこりが舞い、誰も見えなくなる。だが、湿った、ひたひたとした足音が聞こえた。風がどこからか吹き、粉塵が晴れる。

 

「……あれ? 礼装の中身どこ行った?」

 床に足をつけてきょとんとしている魔女の首に、誰かの腕が巻きついた。

 

「ここだ、鷹の魔女」

 彼女の真後ろ。そこに、血濡れの足のみが立っていた。

 

「……」

 B級スプラッタムービーのような光景を、私は緊張感を保ったまま見守る。

 足首からじわじわと肉の繊維が集まり、足を作り胴体を形作り、その上に鎧が続いた。

 喉が出来上がり、下顎に筋肉が貼り付くと、それを動かし、彼は言った。

 

「サーヴァントを、加工、するな」

 日本刀の光る刃がキルケーの頬に添えられた。

 空っぽだった左の眼下に緑の瞳が収まって、顔の右半分が木の仮面で隠される。

 

「バーサーカー……」

 放心状態で名を呟いた私を、彼はちらりと見てから、腕の中のキルケーへ目線を戻した。

 

「……」

 無言を貫く魔女へ、アーチャーの矢が向けられる。

 前方と後方をがっちりと固められ、身動きの取れない彼女が次にどうするのか、はらはらした気持ちで見ていると。

 

「合格だ! きみ達はこの魔女の試練を乗り越えた! なんと素晴らしい勇者だろう!」

 武器を向けられたまま、キルケーは満面の笑みで私達を褒めそやし始めた。

 

「アーチャー殿」

 バーサーカーは淡々と声をかける。

 

「……拷問しないか?」

 バーサーカーの提案に、アーチャーは矢をつがえたまま無反応を貫いた。

 

 

 第18話 だからこその神なのか

 終わり


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