住民やAIが語る『島の守り神』が住まう神殿へ、モモは招かれる。
目の前に現れたのは、薄い衣服を見に纏い、鷹のような翼を肩で羽織っている少女だった。
少女は自らを『神じゃない。今の私は大魔女』と言い、神殿の中、宴の席にモモを座らせた。
モモはこの上ない贅沢な食事を前にするが、周りを取り囲む豚と、部屋に満ちる異様な雰囲気に警戒し、食べたふりをして、食事を床に捨てていく。幾つか会話をしてみたが、大魔女から返ってくるのはぞっとする答えばかりだった。
食事を捨てていることに気づき、押さえつける大魔女。彼女から逃れようともがくモモ。
暴れる少女に対し、大魔女はあるものを見せた……紫の石がはめ込まれた髪飾りを。
それは紛れも無くアスカの物で。宴の席にいた一匹の黒豚が、悲しげに鳴いていた。
アスカが豚に変えられてしまったことを知ったモモは、令呪の使用によりサーヴァントを呼ぼうとするが、空間を支配している大魔女に阻止されてしまう。
人を豚に変える毒が入った麦粥『キュケオーン』を、大魔女手ずから食べさせられそうになるモモ。
窮地に陥った彼女の元へ降りたったのは、全身に稲光を纏わせたアスカのアーチャーであった。
天井を焼き切り、大理石のテーブルを踏みつけにして立っているアスカのアーチャーは、全身から稲妻をほとばしらせていた。
「流石は大英雄! あの結界を内側から破壊してくるとは!」
褒めている魔女の話も聞かず、アーチャーは矢を放つ。
彼女は一歩も動かず、周囲の地面から風を巻き起こし、攻撃を吹き飛ばした。
「きゃっ……」
固められていた私の体が、余波を受けて押された。
バランスを崩して床にへたり込んでしまったが、両手や足が動かせるようになっている事に気がついた。
体の自由を取り戻せた、アーチャーが魔女を攻撃してくれたおかげだろうか。
「殺し合いをするのかい? やだなぁ」
初撃を完璧にいなした彼女は口をへの字にすると、我関せずを決め込んでいたAIに声をかける。
「援護」
そして、おもむろに地面に落ちていた『箱』を腕に抱えた。
「はーい」
指示に従い、都市運営システムであるスローネが空間に指を躍らせ、何かを行う。
「この都市が所有する液体リソースの半分を、貴女に」
「えー……全部おくれよぅ」
「それは流石に流石に……」
彼は言われた事だけやると、白衣をはためかせながら部屋からそそくさと逃げ出した。
「使うべき時に散財出来ないから、きみ達AIはだめなんだぞ」
魔女がその背中に声をかけるが、すぐさま意識をアーチャーへ向き直した。
軽い調子で杖を振り光弾を撃つ。アーチャーは腕でそれを弾き飛ばすと、矢をつがえ、再び狙いを彼女へ向ける。
「よっと……」
ロケットランチャーもかくやの一撃を、魔女は羽で飛んで避けた。
矢が激突した壁が、木っ端微塵に粉砕される。テーブルに並べられていた豪勢な食事は食器と共に吹っ飛び、ぐちゃぐちゃになってしまった。
豚達は恐慌状態に陥り、ピーピー鳴きながら逃げ惑う。
「アスカ!」
戦闘の影響が薄い内に、テーブルの上の髪飾りを回収し、まだふわふわ浮かべられていた彼女へ手を伸ばす。
ジャンプしてから両手で掴み、腕の中へ収めた。
「アスカ、アスカだよね?!」
黒色の子豚は、瞳を潤ませながら申し訳無さそうに頷いた。
「巻き込まれるといけないから、部屋の端に……!」
「ピ!」
そんなやり取りをしている私達の横で、サーヴァント同士の戦いは続いている。
「女神の魔術を見るがいい、そぅれ!」
輝く光の固まりが浮かび、曲線を描きながらアーチャーへ襲いかかるが、彼は雷をほとばしらせてそれを消滅させた。
「わっ! びっくりだ!」
一息の跳躍で5m以上の距離を詰め、魔女、キルケーへ肉薄する。
彼女の翼が広がり、その内側が複雑に輝いた。魔力の弾が発生し、連続でアーチャーの体を撃つが、外付けパーツを数個ぱらばらと落としただけで、ダメージを与えられてはいない。
「うへー……」
風で彼の体を押し、とにかく距離を取ろうとするが、その戦法はうまく行かない。アーチャーはとるに足らない攻撃は体で受け、矢を始めとする攻撃を続ける。
「あー!」
とうとう金の矢が杖を持っていた右腕に当たり、肘から下を消滅させた。飛んでいた彼女の手から落ちた杖が、からんころんと床に転がる。
「まじか、まじだ」
自体の深刻さとは裏腹に、キルケーの声は焦っていない。
なぜならば。
「けど大丈夫! 大復活!」
何もなかったかのように、白く滑らかな腕が再生をしたからだ。杖も、意志があるかのように右手へ戻る。
「……」
アーチャーが深々と息を吸う音が聞こえた。
彼は混乱も見せず、落ち着いた動作で矢をつがえ……放つ。当たれば体が消し飛ぶ絶命の一撃が、連続して魔女へ迫る。
「てぃ!」
魔女は羽のような形の光を無数に飛ばし、一本の矢に大量に群がらせ、空中で消滅させる。
何の感情も表に出さず、ただひたすらに射撃を続けるアーチャー。
「すごいな! もっと見せておくれよー!」
直線上に放たれ、自らを追い立てていく矢を避けるため、大理石の美しい空間をキルケーは飛び回る。
金属のアクセサリーを鳴らし、羽を上空から散らばせる彼女の姿は、神に踊りを捧げる太古の巫女のようだ。
「……っ」
矢では決定打を与えられないと彼は判断したのか、両足で床を蹴り、空中へ戦いの場を移した。
踏み込みの衝撃で、大理石に丸いひびが入る。
「ふふ」
微笑みを浮かべる魔女の顔に、雷撃と炎をまとった弓が真横から迫る。
彼女はくるりと宙返りをしてそれを避けた。金と青の残光が、見る者の瞳に焼き付く。
「じれったいな! 英雄!」
「……!」
彼は矢を至近距離でつがえ、撃つ。
届くかと思われた攻撃は、寸前で輝く壁のようなものにぶち当たって折れた。
「怪物はやりすぎだから、こっちに替えて……いでよ!」
地面すれすれまでキルケーは降下し、飛びながら杖先で床をリズミカルに叩く。
暗黒色の柱が何十本も次々生え、未だ空中にいるアーチャーへ殺到する。
彼は弓を前面に出し、炎を噴出させるが、勢いに押されていく。
「どうだいどうだい? おしまいかい?」
試すような声で、天井と暗黒色の柱にサンドイッチされそうになっているアーチャーをなじる魔女。
「……まだだ!」
アーチャーが雷撃を体の表面から放つと、一瞬にして拘束が灰になる。
「貴様……!」
激情のこもった声で敵を呼びながら、彼はすぐさま矢を放つ。
次に天井を全力で蹴って、逃げようとする彼女に追いつく。靴裏から噴き出す青い炎が空間に線を描いた。
「足りないなぁ! アーチャー、もっとだよ!」
雷、炎、矢、それら全てを織り交ぜて猛攻を続けても、キルケーへの決定打にならない。
ダメージを与えられたとしても、彼女は即座に回復する。
戦闘の衝撃でぐらぐら揺れる空間で、豚に変えられてしまった友達をお腹の下に庇いながら、攻略の手だてを考える。
回復、回復? 待て、
「箱」
呟いてから、彼女が左腕の中に抱えている礼装……『箱』を見る。
あの、不思議な夢の事を思い出した。
「961! あれを撃って!」
彼へ声を飛ばすと、即座に対象めがけて矢を飛ばす。
「へぇ……魔術も知らない小娘がやるじゃないか。でも無駄さ」
キルケーは何か言葉を唄い、何重もの光る壁を自分の前に発生させた。
障害物に当たった矢は真っ直ぐにへしゃげ、金属の固まりとなっていく。
「どうする? 世界を救うご一行さん!」
「──リミッターを、一段階解除」
アーチャーの獣を思わせる顎のギアが外れ、蒸気が漏れ出した。
「何かするのかい? 無駄だって……」
再び現れる壁。
アーチャーは助走をつけて牡鹿のように跳ねると、金の矢を降り注がせ、障壁を砕いた。
彼女の前に着地し、距離を詰めると、攻撃するのではなく……白と青の弓をそっと贈った。
「や……なんで突然情熱的になるんだ……」
乙女のように頬を染める魔女は、よほど驚いたのか箱を取り落としてしまう。
「ブロークン──」
アーチャーが呟いた言葉。私には分からないが、キルケーはその意味を理解したらしい。
「……バカバカバカバカバカ! 宝具を爆発させるつもりか?!」
青ざめた顔で弓を捨てると、広げた羽で風に乗り、後方へ下がる。
彼は爆発させるつもりなどなかったのか、前転しながら宝具をキャッチし、箱を矢で貫く。
矢尻が刺さり、箱を貫通し……数秒後、内側から膨らみ、爆発四散した。
「私のおニューの礼装がー!」
土ぼこりが舞い、誰も見えなくなる。だが、湿った、ひたひたとした足音が聞こえた。風がどこからか吹き、粉塵が晴れる。
「……あれ? 礼装の中身どこ行った?」
床に足をつけてきょとんとしている魔女の首に、誰かの腕が巻きついた。
「ここだ、鷹の魔女」
彼女の真後ろ。そこに、血濡れの足のみが立っていた。
「……」
B級スプラッタムービーのような光景を、私は緊張感を保ったまま見守る。
足首からじわじわと肉の繊維が集まり、足を作り胴体を形作り、その上に鎧が続いた。
喉が出来上がり、下顎に筋肉が貼り付くと、それを動かし、彼は言った。
「サーヴァントを、加工、するな」
日本刀の光る刃がキルケーの頬に添えられた。
空っぽだった左の眼下に緑の瞳が収まって、顔の右半分が木の仮面で隠される。
「バーサーカー……」
放心状態で名を呟いた私を、彼はちらりと見てから、腕の中のキルケーへ目線を戻した。
「……」
無言を貫く魔女へ、アーチャーの矢が向けられる。
前方と後方をがっちりと固められ、身動きの取れない彼女が次にどうするのか、はらはらした気持ちで見ていると。
「合格だ! きみ達はこの魔女の試練を乗り越えた! なんと素晴らしい勇者だろう!」
武器を向けられたまま、キルケーは満面の笑みで私達を褒めそやし始めた。
「アーチャー殿」
バーサーカーは淡々と声をかける。
「……拷問しないか?」
バーサーカーの提案に、アーチャーは矢をつがえたまま無反応を貫いた。
第18話 だからこその神なのか
終わり