フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 アスカは子豚に変えられ、サーヴァント2体の行方は知れず。
 モモは状況を好転させるため令呪を使おうとするが、大魔女に強制的に止められてしまう。
 必死にまだ足掻く彼女へ、大魔女はキュケオーンを口元へ勧めながら言う。
「絶望という温かな粥を飲み、ピグレットにおなりよ」
 全ての希望が潰えたかと思われたその時、天井が焼き切れ、アスカのアーチャーが降りてきた。

 激しく戦闘をする大魔女とアーチャー961。しかし幾ら攻撃を受けても、大魔女の傷は瞬く間に治っていく。
 その現象に既視感を覚えたモモは、大魔女が抱えていた箱型の礼装を壊すようアーチャーへ指示する。
 箱は鏃によって壊され、その中からバーサーカー04が復活した。
 2体のサーヴァントによって取り押さえられた大魔女だったが、彼女は悪びれもない態度で、モモ達一行を褒めそやしたのであった……。



第6章 物語の始まりは運命の終わった後に
第19話 理不尽に現れて


 

 

「女の子を簀巻きにしてから正座にさせて、あまつさえその上に石を乗せようとするだなんて……きみ達には温かな人間の心がないのかい!?」

「アーチャー殿は石を積むのお得意ですか?」

「……」

「機嫌が悪いのですね、じゃあ俺がやりまーす」

 激闘のすえ、魔女を無力化する事に成功した2体のサーヴァント。

 バーサーカー主体で簀巻きにして、今まさに拷問を始めようとしている。

 アーチャーは都市運営システムであるスローネを捕まえてきて、同じく簀巻きにして地面へ転がしていた。

 

「1個目の石……これは『よくも俺の体をミンチにしてくれたな』罪です」

「わーんわーん! ピグレット達助けておくれよー!」

 大粒の涙をぽろぽろ流し始めた彼女の命令に従う豚はいない。

 みな、激しすぎる戦闘の余波でお腹を見せて気絶しているからだ。

 

「ほ、ほんとにそんな大きな石を乗せるのかい? 冗談だろう?!」

 涙目で彼の真意を伺うキルケー。バーサーカーはゆっくりと首を縦に動かした。

 

「……皆様、私から今回の件を弁明させていただきたいのですが、よろしいでしょうか」

 縄でぐるぐる巻きにされている自称医者のAIが言う。

 無言で右手に雷をためてぱちぱちさせ始めたアーチャーを、突っついて止めた存在が1体。

 

「ピー……」

 黒い子豚に変えられてしまったアスカだ。

 アーチャーがお腹の下から持ち上げ、椅子に座ると、膝の上に子豚状態のマスターを乗せた。

 

「どうぞ」

 機械パーツがいくつか剥がれた手をひらつかせ、スローネに発言権を渡す。

 

「恩情ありがとうございます。アーチャー961」

 大魔女は期待を込めた眼差しで、同じく簀巻きの彼を見つめた。

 

「彼女の名は魔女キルケー。女神より教わった術を使う高位のキャスターです。キルケーには、あなた方を殺す気はありませんでした。試練を与え、知恵と勇気、力を計ろうとしたのです」

「ふーん」

 バーサーカーは壊れかけの壁の一部を持ってきて、積み木みたいに上へと積み上げていく。

 

「乗り越えられなければ死を、乗り越えることが出来たのなら報酬を。

 そうお考えになられていたのです」

「へぇー」

 石を両手に乗せ、バーサーカーはより重い方を選びたいのか比べている。

 

「……キルケーは、勇者の素質を見せたあなた方に、褒美を渡したいと思っているはず」

「うんうん! 実はそうなんだよ!」

 全速力で相づちを打つ魔女へ、バーサーカーは冷たい目線を投げると、手に乗せていた石を鷲掴み、ばきばきと粉砕した。大きな固まりが床に落ちていく。

 

「まず黒いピグレットの治療だろ? 美味しいご飯だろ? 燃料だろ? 温泉だろ?」

 言葉が並ぶ度に、バーサーカーが放つイライラオーラが増していく。

 幼い頃、映画を見ていた途中にマシントラブルがあり、復旧後、再びチケットを要求された……あの時より、怒っている。

 

「あのね、バーサーカー、アスカの治療は急務だし、何より……」

 私は彼の身につけている布の一部を引っ張るが、不自然なほど無反応だ。

 まるで。

 

「バーサーカー04。きみの、治療だろ?」

 具合が悪い人みたいな。

 ……バーサーカーの閉じていた口から、真っ黒な液体が伝い落ちた。

 口から溢れ出したそれを、彼は慌てて両手で押さえ込もうとしたが、勢いは増すばかりで。

 

「……キルケー、お前が、俺を、加工するから」

 途切れ途切れの言葉には、恨みがたっぷりこもっていた。

 

「遅かれ早かれそうなっていたと思うけどね……。

 機械化やらミックスやら神性注入やら、最近のサーヴァントは過搭載だよ、まったく」

 バーサーカーが心配なのか、膝の上でおろおろし始めたアスカを、アーチャーが手で支えた。

 

「食事に治療! 私からの褒美を、受け取ってくれるね?」

 キルケーは笑みを顔に貼り付けながら私達に聞く。

 私はバーサーカーを見た。

 

「ごめん、マスター、俺がへましたから……ごめん、本当にごめん……」

 彼は緑の瞳で、申し訳無さそうに私を見ていた。

 離した手の内側には、コールタールのような真っ黒な何かがべったりとついている。

 

「食事と治療を受けます。魔女キルケー」

 私はみんなの意見を代表として伝える。

 

「嬉しいなぁ……」

 彼女が頷くと、その動作だけで拘束していた縄が解けた。

 

「修理に使う物資については気にしないでくれ! 全部スローネのおごりだから」

 すっくと立ち上がり、明るく言い放つ彼女の態度に、簀巻きになっているAIはそのアンドロイドボディをぐったりとうなだれた。

 

「ピグレット……は、みんな気絶してるから、オートマター!」

 自由になった彼女が手を叩くと、別室から彫りの薄い顔の人形がぞろぞろ入ってくる。

 

「彼をあっちの部屋に。温泉からリソースパイプを伸ばしてきておくれ」

 肯定の意味を含んでいるのであろう電子音が、何十回も響く。

 

「スローネ、全都市への液体リソース供給パイプから、私の都市へ必要な分だけをちょろまかしてきて。いつもみたいに」

「他の兄弟姉妹に殺される……いつか必ず殺される……」

 簀巻きのまま彼は立ち上がり、ぴょんぴょん跳ねた。

 

「……いや、いやいや」

 作業を開始した彼の声に、焦りが混じる。

 

「なんだ、どうした?」

「……外部偵察用のドローンから映像を送ります、守り神」

 スローネがぐちゃぐちゃの大広間に、3Dのディスプレイを表示させた。

 外の荒涼たる風景が映し出されるが、そこに異様なものがあった。

 

「なんだあれ」

 呆れたような声のキルケー。

 空へ届かんばかりの砂塵の中に、100mを超える巨人のシルエットが見えた。

 それは体を折って地面へ頭を近づけ、何かを熱心に咀嚼している。

 

「うわー! リソース泥棒!」

 その巨人は地下に埋められているパイプを破壊し、淡く光る液体をがぶ飲みしていた。

 都市とサーヴァントの生命線である、あの液体を。

 

「……すごい棚上げを見た」

 黒い液体を口から滴らせながら、バーサーカーが半死半生でツッコミを入れた。

 

「やばい! やばいぞ!」

 わさわさ鷹の羽を動かして混乱する魔女を気にもとめず、スローネはドローンを操作し謎の巨人に迫る。

 砂嵐のぎりぎり際まで近づき、カメラを動かした。

 

「機械……?」

 私はその荒い映像を見て、刑部姫と倒した、あの水瓶の姿をした不気味な存在を思い出した。

 映っていたのは、やたらめったら機械部品をかき集めて作られた人型。

 熱い地面へつけられた両手の関節は砂が詰まり、ギチギチ音を立て、不快にキィキィと軋んでいる。

 ケーブルで伸縮を繰り返す顎が開き、コンテナのようなもので出来た歯が岩盤を砕いていた。

 ビニールのシートが巻かれた紫の舌が砂と岩をよけ、ずるずると光る液体を啜る。人間でいう喉仏辺りに備え付けられた球体がくるくる回り、飲んだものを体内へ送っていた。

 砂の狭間に見えたのはそこまで。

 

「スローネ、リソース不足で私の都市が死んでしまうまでの時間を教えろぉ!」

 ぴーぴー泣く魔女の指示に従い、AIは素早く答えを出す。

 

「3日で海が死にます」

「それはまずい! サンゴ礁が死滅すれば都市内の酸素が無くなる!」

「4日で酸欠、生物死亡……ゲームオーバーです。

 はい教えましたー私の先祖がエネルギー管理計算ソフトであって良かったですねー」

「よくやったスローネ! 3日しかないんだな! 早速対策会議をしよう!」

 突如現れた巨人を映し続ける立体ディスプレイから目を離し、私達の方へ振り向く魔女。

 

「えっと、色々慌ただしかったし、まずは自己紹介からしたほうがいいかな……」

 もじもじと何故か急に恥じらい始めた彼女に、不安げにアスカは「ピー……」と鳴いた。

 

 

「私の名は魔女キルケー! アイアイエー島の支配者にして女神ヘカテから教えを受けた大魔女! クラスはキャスター! ……って、ここまではスローネが先走って話しちゃったんだった。

 番号札? ああ、あれか、ムカつくから捨てた」

 彼女の不思議な術によって、戦闘の爪痕が綺麗さっぱり拭われた大理石の大広間。

 天井からは『都市711滅亡まであと3日!』とやけくそのようなポップ体で書かれた横断幕が下げられていた。

 

「その……フルーツバスケットとかハンカチ落としとか、レクリエーション……するかい?」

 目を泳がせながら戸惑う声を出す魔女。彼女以外の全員がテーブル前の椅子に着席し、沈黙していた。

 ……本当に信じられない事に、大魔女の自己紹介タイムが始まっていた。

 

「ろくでもない軍議の予感がする……」

 私の向かい側に座っているバーサーカーが元気なくつぶやいた。

 オートマタに持ってきてもらった真鍮性の洗面器に、真っ黒な液体がなみなみ溜まっていた。

 

「バーサーカー04、それこぼすなよ、ヤバいから」

「そんなの俺が一番分かっているんですけどね……こほっ……」

「トバルカインのバーサーカーは、休んでいた方がいいのでは……」

 アーチャーの隣に座っていたアスカが心配そうにこちらを見ていた。

 ……子どもの黒豚に変えられていた彼女は、数分前にもくもくの煙に包まれて人の姿に戻りました、幸いなことにあっさりと。

 いつもより艶のない黒髪に、紫の石がついた髪飾りが光っている。

 

「対策、考えましょう」

 アーチャーが微妙な空気漂う会議を真面目な主題に戻してくれた。

 

「よし! 考えよう!」

 キルケーの指示に従い、スローネが再び3Dのディスプレイを出現させる。

 レーザーポイントを発生させる長細い装置が彼から手渡されると、魔女は薄い胸を自信満々に張りながら解説を始めた。

 

「ここが私達のいる都市711、巨人は……10km離れた地点のリソースパイプ近辺にとどまっている」

 彼女は装置をテーブルに置いた。

 

「……その……どうすればいいと思う?」

 頬を染めながら短すぎる状況説明を終えたキルケー。

 バーサーカーがテーブルへ突っ伏したゴンという音が部屋に響いた。

 

「この魔女、自分の土俵以外で戦った事がないとみえる……」

 私にしか聞こえないくらいの声量で、彼はつぶやいた。

 

「……ポインターを俺にください」

「いいとも! えーい!」

 バーサーカーへ渡すため、キルケーが滑らかな机の上に装置を滑らせる。

 

「あっ」

 テーブルに乗せていた私の腕に当たり。

 

「きゃっ」

 アスカの手で跳ね返り。

 

「びびっ」

 スローネの胴体に当たり、勢いを増しながらくるくる回って。

 

「……」

 アーチャーの濃い褐色の指に捕まえられた。

 

「バーサーカー」

 射手の手により、装置が今度こそ求めた存在の元へと滑っていく。

 

「お手をわずらわせてしまい申し訳なく……」

 元気なさそうな様子でそれをキャッチした。

 

「仕切ります……」

 完全満身創痍な彼は、座ったまま、装置から出る赤いレーザーポイントで映像を指した。

 

「ここ都市711……離れて10km、つまりほぼ目と鼻の先に巨人。敵の大きさ100mかもっと大きい……。

 巨人が動き始めてもおしまいだし、動かないままリソースをずっと横取りされても終わり」

 私は頷きながら彼の話を真剣に聞く。

 

「キルケー、スローネとかいう都市運営システム、巨人の正体に心当たりは?」

「動きに無駄が多いから、生まれついての巨人種でないと見えるが……」

 魔女はそれ以上の答えに迷うと、傍らに座っているスローネへ目線を投げた。彼は画面に顔を向けながら答える。

 

「あれは機械化サーヴァントの一種です。

 あの規模ですと、上級都市が開発なり鹵獲なりしていた自立兵器かと」

「……兵器?」

 アスカがスローネの言葉を繰り返した。

 

「ええ。反乱を企てる都市や団体がいれば、その芽を物理的に摘む……野蛮な考えを実行する道具です」

 彼は丸めがねの位置を直した。

 

「確固たる目的……液体リソースの窃盗を咎める、などの元に派遣されてきたのであれば、もうこの都市は終わっている。

なので、あれは野生化した兵器だと考えましょう」

 魔女とは真逆で、落ち着き払った態度で彼は続ける。

 

「失敗作として廃棄されたのか、所属都市が滅亡でもしたのか、何かを探しているのか……。

 何らかの理由で、あの機械は外に放り出された」

 画面の中の巨人はリソースをむさぼっている。

 

「AIでも機械でも、停止や消滅……つまり死は恐ろしいものです。

 生きるためにリソースパイプを破壊し、それを円滑に行うため肥大化。

 大きくなった分、増えた消費エネルギーを摂取するためパイプを破壊して、さらに巨大に……。

 そんな、性質(たち)の悪い自己進化を続けた結果でしょう。あの規模になると天災だ」

 スローネの説明が終わると、バーサーカーが暗い声を出した。

 

「……天災を殺さなきゃこっちが死ぬ。スローネ・エーテルウェル、この都市に対応できる兵器は?」

「上級都市以外は、兵器の製造も所有も禁止されています。

 それよりなにより、姉上含む上層部に目を付けられないよう、こそこそやってきた都市なので……」

「アーチャー殿を最大火力で運用できれば、撃破の可能性はあるが……」

 バーサーカーが、座っている彼を暗い緑の眼差しで眺めた。

 

「リソースが無いものな、別案を考えよう」

 アスカがほっとしたように息を吐くのが分かった。何か緊張でもしていたのだろうか? 

 

「うーん」

 私は、上から撮影した周辺の映像を、バーサーカーと共にじっくりと観察する。ふと気になるものがあった。

 

「バーサーカー、この巨人の後ろ、ちょっと離れた所にあるくぼみ……なんだろう……?」

 小さな点にも見えるそれを、操作されたレーザーポイントの赤い光が指す。

 

「教えてくれないか? 都市運営システム」

「はいはい」

 バーサーカーの問いに、彼もこの都市を滅亡させたくないのか、素早く言葉が帰ってきた。

 

「放棄された都市です、別に珍しくもない」

 真鍮の洗面器に、黒い液体が滴り落ちた。

 

「……この都市に、あのでかぶつに対抗できる兵器が存在する可能性は」

 その質問に、スローネはややしわのある顔をゆがめる。

 

「違法に作っていたのならば。ですが、そんな事実は私の調べにはありません」

「この都市との距離は?」

「通常であれば数時間ですが、あの巨人を避け、ぐるりと回り込む形になりますと、片道で半日」

「ぎりぎりだな」

 バーサーカーが仮面に覆われていない片目を閉じる。

 

「この都市を捜索し、対抗できる物がないか探す」

「バーサーカー、そんなもの存在しなかった場合は?」

 アーチャーがヘッドギアの内側の瞳から、提案をした彼をじっと見た。

 

「……背後をとるように戦闘を仕掛け、パイプから離れさせる」

「あまりにも成功確率が低い」

 ひりつき始めた空気の中、私とアスカはうろたえながら2体を見守る。

 

「その通り。だから、俺はみなに託したいんだ」

 バーサーカーが先手をとるように、力の抜けた柔らかい笑みを浮かべた。

 

「勝手な……」

「無責任な事ばかりを言う俺を、嫌いになるのならお早めに」

 不気味なほど穏やかな態度に、アーチャーは無言になって目線をそらした。

 

「……方針決まったかい? 私は大魔女として何をすればいい?」

 じっと話を聞いていたキルケーが声を出す。

 

「話すのしんどいから書く」

 バーサーカーはスローネからタブレットを受け取り、素早く文章を入力した後、もう一度立っている彼へと渡した。

 受け取ったキルケーは、2種類の色が塗られた瞳を動かし、内容を確認をする。

 

「……ふむふむ、出来る事と出来ない事があるな。

 出来ない事だけ話すぞ。

 きみ達の船の燃料の事だが、満タンには出来ない、時間もリソースの余裕もないからだ。

 後は……誰が探索に向かうか。都市のためにも、私とスローネはここから動けない」

 彼女の言葉を聞くアスカは、覚悟の現れからか唇を固く結んでいる。

 

「アーチャー961とそのマスターは決定だな」

「2人じゃ手が足りないと思う、デザートランナーの運転手として私も行きます」

 食い気味でそう主張する私を、魔女はじとりとした眼差しで見た。

 

「きみのサーヴァントは同行できない、守ってくれる存在はいないぞ」

 私は迷うことなく頷く。

 

「それでも! ……何もせずにいるのは嫌です」

 言い切った私。それに対して、バーサーカーは嬉しそうにも心配そうにも見える、複雑な表情を浮かべていた。

 

「では、モモタ、アスカ、アーチャー961が向かうんだな」

「努めさせていただきますわ!」

「はい!」

「……あの」

 私とアスカ以外の返事が返ってきた。

 

「だ、誰?!」

 驚きつつも、聞こえてきた廊下の方へ、椅子をわずかに動かし体を向ける。

 

「ぼくも、ついて、いきます」

 壁に体を半分隠しながら、誰かがこちらをひょっこり覗いていた。

 身長は3m近く。

 衣服は赤い腰布以外ほとんど身につけておらず、代わりといっては可哀想な、拘束具にも見える鈍色のトゲ付の腕輪や足輪、鎧が体を守っていた。

 そこから伸びる鎖が、ふらふらと揺れている。

 毛量のある白い髪、黒と赤の瞳、そして頭から生えている緩く湾曲している真っ赤な角。

 人ならざる要素で構成された姿だというのに、その顔だけは人の幼子のようにあどけなかった。

 

「アステリオス!」

 魔女はよほどびっくりしたのか大きな声を出し、鷹の羽を動かしてパタパタと離席した。そして、『アステリオス』と呼んだ少年の側へ。

 

「なんだい? 私が心配で別邸から出て来ちゃったのかい?」

「うん。それに、みんなのはなしも、きいてた」

「あちゃー……」

 身長差1m以上ある2人は会話し、キルケーはばつの悪そうな顔をした。

 

「ぼくも、ばーさーかーだ。

 それに、このとし、すき、だから、まもりたい、おてつだいしたい」

 彼は大きな背を丸めながら、たどたどしく言葉を紡ぐ。

 

「決意は固そうだ……モモタとアスカ、ちょっと廊下で話をしよう。

 アステリオスは空いている席に座って待っていておくれ」

「うん、おばさま」

「アステリオス、どうぞこちらへ」

 アーチャーが立ち上がって席を引き、少年のような彼をいざなう。

 アステリオスはこくんと首を振り、椅子へ慎重に座った。

 

「こっちだ」

 立った私とアスカは、キルケーの後をついて廊下へ出る。

 しばらく歩くと、手近な小部屋に入るよう指示された。

 全員が入ると、彼女はドアを閉め、並んで立っている私達に向き合った。

 

「きみ達は……『ミノタウロス』について知っているか」

 伝えられた単語を頼りに、幼い頃視聴した映画を思い出す。

 やけに彫りが深い顔立ちの英雄が、セットで作られた迷宮に入り、人々を救う話だった。打ち倒された怪物の名前は……『ミノタウロス』。

 

「ゼウス神の授けた牛と、ミノス王のお妃の間に生まれた存在……でしたよね」

 アスカは小さな声で言う。

 

「ミノタウロスは怪物としての名前。

 今ここにいる彼の真名は、『アステリオス』という。

 きみ達の認識通り、人を喰らう怪物だった……でもそれは生前の話」

 魔女は話を続ける。

 

「怪物の運命を背負わされた存在が、運命の終わった後……死んだ後までそれを貫く必要もないだろう」

 キルケーの口から生み出された深い憂いは、瞳を細めている彼女自身の美しい顔を覆った。

 

「彼の事は、雷光を意味する『アステリオス』と呼んであげてほしい。

 ……叔母からのお願いさ」

 提案に、アスカと私は迷うことなく頷いた。

 

「雷光は好きですし、アステリオスは私の名前と響きが似ていて素敵です。

 ね? トバルカイン?」

「うん」

 彼女は肩の力を抜き、息を吐いた。

 

「モモタ、きみをアステリオスの臨時マスターとして任命する!」

 薄い手が私をびしりと指した。

 

「令呪とか用意出来れば良かったが……あー! 時間がない! 

 サーヴァント経験の浅いアステリオスに寄り添ってくれよな! 良い子だから!」

 かさかさと近寄られ、ばしんばしんと背中を叩かれた。

 

 

「おばさま! このひとが……」

 だだっ広い対策会議室に戻ると、アステリオスがおろおろとしていた。

 

「シンプルにしんどい」

 私のバーサーカーが机に突っ伏している。

 

「オートマタ、別室へ移送。黒いヤバい液体は、私が後で浄化しておくから触らないよーに」

 キルケーの短い指示に従い、部屋にぞろぞろ入ってきた人形達は、青い顔をしたバーサーカーを手際よく担架に載せた。

 

「大丈夫……?」

 私はとても不調そうな彼を見る。

 緑の眼差しが細められてから、私をはっきりと見た。

 

「これが別れの挨拶になるかもしれない。我がマスター、1つだけ言わせてくれ」

「なに?」

 いつになく真剣な空気を醸し出している彼に顔を寄せる。

 

「……アーチャー殿の登場、滅茶苦茶格好良かったな! 

 天井丸く切ってがしーん! すびずば、どんどん! ぼかーん! って感じで!」

「刑部姫の口調が移っていませんか? あと言うべき事それ?」

「それ!」

 脱力する私に、彼は至極真面目な顔を作った。

 

「……ふざけてごめんなマスター。

 きっとうまく行くのだから、そんな不安そうな顔するなよ。

 だめだったら一緒に死んでやるからさ」

 そう言い残すと、不調な彼はがたごと運ばれていった。

 

 

 第19話 理不尽に現れて

 終わり




 ……バーサーカー04のマテリアルが更新されました。


(更新部分のみ表示しています)
 狂化:EX
 どのクラスで召喚されようが外れない。
 彼は狂っている、■故に。
 ↓
 狂化:EX
 ……男の霊基はその始まりから狂っていた。
 初めは小さく、些細な声だった。けれど、次第に育つそれは、男の精神を蹂躙した。
 脳の隙間にああ、満ちる、満ち満ちる。
 ──あの赤子の声が、みなには聞こえないのか? 

 どのクラスで召喚されようが外れない。
 彼は狂っている、■故に。


 ■■■■:EX
 回復スキル。異常な耐久性の秘密。
 詳細不明。
 ……彼は開かずの箱。開く鍵は運命の手の中に。
 ↓
 ■■■■:EX
 回復スキル。異常な耐久性の秘密。
 男は生前から■■■■と繋がっており、更に、呪術的・外科的手法で器……『箱』へと改造された。
 そのおかげか、英霊となった後も入れ物としての適性が保たれている。
 ……彼は開かずの箱。開く鍵は運命の手の中に。

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