──西暦2713年。人類は荒廃した地上から逃れ、地下に作られた都市で、AIの管理と庇護を受けながら暮らしていた。
17歳の女の子、モモタ・トバルカイン(愛称:モモ)は、亡くなった祖母から相続したサーヴァント、バーサーカー04と家族のような関係を築きつつ、日々を過ごしていた。
モモはAIの管理と監視を受けつつも、自らのサーヴァント共に学園へ向かう。
そして、地下都市に住む多くの人間と同じように、生きるための権利、『生存権』の配給を受け取った。
その後、昼食を食べるために移動をしていると、学生同士の言い争いに遭遇。
原因となっていた幼なじみの少女、アスカの手をモモは握り、強引にその場から連れ出したのだが……。
「モモタ・トバルカイン、なぜわたくしを助けたのです?」
「お隣さんだし、幼なじみだし……」
「保育カプセルがたまたま隣り合っていた事を、貴女はお隣さんと表現するのですわね」
「そんなにツンケンしなくてもいいじゃん……」
「……簡単に礼を言う訳にはいきませんの、プライドがありますから」
校舎から離れ、人工植物の生い茂る裏庭へ。
ガラス繊維で作られた木々は、蛍光灯の光を透かしてきらきらとしている。
「……生存権の事で、いちゃもんつけられたの?」
「そのとおりです、トバルカインは聡いですわね」
「モモって呼んでよぉ……」
半べそで懇願しても、彼女は小さな唇を尖らせるばかりだ。
「でも仕方ないこと。羨まれて当然。だって、わたくしは上流階級ですもの」
そう拗ねたようにつぶやく彼女は、アスカ・ピオーネ。
世界の富……つまり、生存権の2割を握っている上流階級、ピオーネ財団のお嬢様だ。
「この黒髪も白い肌も、髪飾りも、全てが完璧で、上に立つものとして相応しい……。
ショッキングピンクな髪色のトバルカインもそう思いまして?」
「バーサーカー! 助けてー!」
離れた白いベンチに座っている鎧姿の彼に助けを求めてみるが。
「ははは、さすがアーチャー殿お強いですな。うっ、そこに石を置きますか……俺、勝てるか……?」
アスカのサーヴァント、アーチャー961とバーチャル碁で遊んでいる。
「アーチャー、勝ってね」
アスカの応援に、彼女のアーチャーは無言で頷く。顔に装着されたパーツの合間の、艶のある黒い髪が揺れた。
「お昼、食べよ?」
不機嫌さが治らないアスカへ、バーサーカーに食堂から取って来てもらったサンドイッチを差し出す。
「ありがとう」
演技のような高慢な態度で、中身入りの透明なフィルムを彼女は受け取とった。
精製炭水化物から作られたパンと、チーズとレタスを模した食用フィルムを挟んだサンドイッチが2つ。
アスカはフィルムをはがすと両手で持ち、食べた。
「……同じ味」
「そうだね、何時も同じ味」
私も彼女に続いて一口かじる。
ぺったりしたチーズフィルム、ちょこっとだけシャキッとしているレタスフィルム。いつも通りの変わらない味に安堵を覚えた。
裏庭に、数百年前に録音された鳥の鳴き声が流れ始める。
「わたくしに、突っかかってきたあの子」
「うん」
少し気持ちに整理がついたのか、アスカがぽつぽつと話し始めた。
「昨日、家族が処分されたのですって」
朝のニュースを思い起こす。
「そう、なんだ」
私は彼女の言葉を真剣に聞く。
「こう言われました……『上流階級であるお前達が、独占するから』って」
サンドイッチを握るアスカの白い手は、震えていた。
「アーチャーを、生存権に変えて、寄越せって、言われたのです」
サーヴァントを都市を管理するAIに提出し、その代わりに生存権を受け取れるサービスがある。
……アスカのアーチャーであれば、200年分は堅いだろう。
「そんな事……出来ない、アーチャーは大切な、家族なのに……」
バーチャル碁石を打つ音が、人工音声の鳥に混ざる。
「でも、みんなはそう思っていない。わたくしは、サーヴァントっていう富を見せびらかしてる悪いやつ」
2体のサーヴァントは穏やかに勝負を続けている。
「……何時まで悪者でいればいいんだろう。
いっそ、お母様みたいに死んでしまえばって……でも無理なの、それすらこの都市は許してくれない」
裏庭の天井をアスカは見上げた。紫の石がはめ込まれた髪飾りが光を反射する。
「壊れちゃえばいいのに、こんな世界。
そしたら、外の世界に出て、自由に死ねるのに……」
幼さを残す声が、閉ざされた学び舎に響いた。
帰宅時間になり玄関へ向かうと、お昼にぎくしゃくしたまま別れたアスカに出会い、なんとなく駅まで一緒にいる事にした。
「また明日ね、アスカ」
「ええ……トバルカイン」
駅の手前で別れの挨拶を交わす。
彼女は上流階級エリアに住んでいるので、そこ行き専用のリニアがあるのだ。
夕日を演出する赤い光が、太陽なんて生まれてから一度も見たことない私達を照らしてた。
「アーチャー殿、またバーチャル碁を打ちましょうね」
バーサーカーの提案に、素顔を機械で隠しているアーチャーは無言で頷く。
(……アーチャー961が話しているところ、見た事ないな)
前々から思っていたが、とても無口なサーヴァントだ。
「それではごきげんよう。行きましょう、アーチャー」
2人一緒に帰っていくアスカの後ろ姿。
まるで、家族みたいに仲良しで、お互いに心を許し合っているように見える。
「家族……か」
夕方だからか、少しだけセンチメンタルになった。
私に親類は居ない。10年前に死んだおばあちゃんだけが唯一の家族だった。
「モモ?」
バーサーカーの顔を見る。私のサーヴァント、10年らいの腐れ縁。
「家に帰ろっか……腕でも組んで!」
「わっ! 何だよ!」
でも、今は彼がいる。家族みたいな存在が居る幸せを噛みしめつつ、流線型のリニアに乗って、帰路についた。
『就寝時間になりました。これ以上の活動は生存権の余剰消費につながり……』
「寝ます寝ます寝まーす! 運営さんお疲れ様!」
寝間着に着替えてベッドに入ると、速やかに部屋が暗くなっていく。
「……アスカちゃん、またお昼誘ってみようかな」
洗浄された毛布をかぶり、明日に思いを馳せてみた。
「起きろ、モモ! さもないと死ぬぞ!」
バーサーカーの切羽詰まった声で目が覚めた。
「な……に?」
心臓がばくばくとしている。それに何より……。
「暑いだろう、気分はどうだ」
言われてから体の異常に気づく。首の後ろが痛い、全身がひどくだるい。
(これが本物の暑さ……)
学校での運動の後に感じるあれとは比べものにならない。
「外気が流入している。現在の気温は60℃だ、逃げないと死ぬぞ」
「えっなんで? 世界なんて、何時も同じ温度……」
「都市運営を司ってるAIの野郎、狂ったらしい」
黒い鎧に身を包んでいるバーサーカーが、私をベッドから下ろし、背負う。
「待って、着替えさせて、シャワーも……」
白い薄地にズボンスタイルのパジャマのままだ。
懇願する私を、緑色の瞳が無感情に見た。
「……もう、この都市は終わりだ」
「終わりって……」
何を言っているのか理解できない。
「俺は君のサーヴァントだ。君を少しでも長く生存させる義務がある。
背中にしっかり掴まって。近くにいる内は、回復スキルで熱傷は治してあげられるから」
「……やだ、嫌だ! 私の話を聞いてよ! バーサーカー!」
彼は背の上で反抗する私を意にも介さず、合成樹脂で出来た食卓を蹴飛ばして、見慣れたドアを蹴り破り、走り出す。
「暑い……暑いよぉ……」
そんな幼い声が近くからする。
「助けてー!」
「お母さーん! お父さーん!」
「誰か手を貸してくれ! 誰でも良いから! なぁ!」
年齢も性別も様々な悲鳴が聞こえては、遠ざかっていく。
「助け……助けようよ! ねぇバーサーカー!」
いつも私の話をちゃんと聞いてくれるバーサーカーは、言葉を忘れた獣のようにひたすら走っていく。
照明を管理するシステムまで狂ったのか、極彩色の光が、瓦礫を、炎を、倒れて動かない人々を、照らしていた。
「うう……うう……」
途方もない無力感に襲われながら、私は彼の背の上で呻いていた。
しかし、いつまでもそうしているわけにもいかず、周りへ目を向ける。
「ひどい……どうしてこんな事に……」
今日の朝までは何事もなく清掃されていた、リニア乗り換え地点である中央ホールは、地獄と化していた。
何かが炸裂したのか、建物や床や壁の破片がごちゃ混ぜになってしまっている。
高い天井は、壊れた所からツル植物のようにケーブルが垂れ落ちていた。
立ち止まったバーサーカーは、背負っていた私を下ろし、短い黒髪の生えた頭をうろうろと動かして、何かを探している。
「何をしているの……?」
私は怖々と訪ねた。彼の漆と布で作られた鎧が炎に照らされ、血染めのように見えた。
答えず、不意にしゃがんだ彼は、何かを拾い上げた。その手に持っていたのは……誰かの手首。
「人体に内蔵されたデバイスがまだ生きているな。
モモ、俺のスキルを使ってこのデバイスをハッキングする」
「なんのため……?」
振り向いた彼は、眉を寄せた、張り詰めた表情で私に告げた。
「生きるためだ」
瞳が内側から明るい緑に輝き始める。こんな彼を始めて見た……いや、私が知らなかっただけか。
「俺と俺のマスターが生き延びるため、貴方の物を奪うぞ」
左の指が千切れた手首の皮膚の下に潜り込み、取り出す。
「デバイス……サーヴァントにも扱えるかどうか……」
小さな黒い粒を摘まんだまま、バーサーカーは躊躇する事なく、それを自らの右腕へねじ込んだ。
「……デバイス侵食完了、都市運営システムとの接続を開始」
右腕を左手で抑えながら、バーサーカーが腕を伸ばす。
その方向にあるのは……ニュースやお知らせなどを映す、天井から吊り下げられた巨大モニターとスピーカー。
『みな……さん、みなさん……』
幼いころから聞いている、都市運営を行っているAIの声が流れ出した。
「これって……?!」
「この都市が今の状態になる前に、AI……『都市運営システム』の野郎が流した音声を再生した。
……無理にねじ込んだからか腕がずきずきする」
バーサーカーは血塗れになった右手を、何回も握り直した。
『みなさんは優秀、で、しょうか?』
AIの声は、平坦で穏やかないつものとは違う。
イントネーションと発声が無茶苦茶で、聞く耳が痛んだ。
『みなさんは必要、で、しょうか?』
何かが爆ぜる衝撃が遠くから小さく伝わってくる。
『それは、どうやって証明するものでしょうか? ですーので……』
モニターに、突然誰かが映った。
『戦争です、生存競争です、分かりやすく噛み砕きますと殺し合いです』
白いクレヨンで黒い画用紙に描いたような、でたらめな人の顔。
『聖杯、戦争です』
「……ほざけ!」
バーサーカーがモニターに吠えた。
『この都市、でー! いっちばん! 優秀な者を決める! 戦争!』
白い顔は増殖し、画面を埋め尽くす。
『生き残っていいのはたった1人だけ! 優勝者にはこれあげちゃうかも?!
聖杯! 願望を全て叶える万能の願望器!』
「聖杯……?」
聞き慣れない単語に私は首を傾げた。
『みなさん! 生きるため! 頑張って下さい! 都市運営システムは人類を応援しています!』
ぶつりと、映像は途絶えた。
「聖杯戦争だと……? 今更か! くそっ!」
バーサーカーは足で瓦礫を蹴った。
「殺し合いって……ねぇ……ねぇ!」
「モモ……いや、我が
大きなものが落ちる音が遠くに聞こえた。
「お前に召喚されたその時から、こうなる運命だったのかもしれない」
「運命……?」
「そう、
バーサーカーは私の肩に手をかけると、輝く緑の瞳で真っ直ぐに見つめてきた。
「……マスターは、どうしたい」
「どうって……」
「他人の命を喰らってでも生きるか、汚れないまま死ぬか」
「死……」
喉が異様に乾いて、唾を飲んだ。
(それって、何? 『死ぬ』ってどういうこと?
このホールに散らばっている人間の欠片みたいに、ただの物になるって事が、『死』なの……?)
舌が湿り気をなくし、表面がばさばさと毛羽立つ。
「私は……」
「トバルカイン?」
名を呼ばれ、思わずその方向を向いてしまった。
「生きていた……のね……」
白のナイトローブに身を包んだアスカが、瓦礫の上に立っていた。
トレードマークである紫の石がついた髪飾りが、乱れた長髪の上で光っている。
「アスカ! 良かった、無事だったんだね!」
瓦礫に両手で掴まりながら、恐る恐るといった様子で少しずつ下りてくる彼女。
「迎えに行くよ! 待ってて!」
知っている人間が無事だったのが嬉しくて、私はバーサーカーの問いかけも忘れて駆け寄った。
「わっ……」
小さな彼女を腕に抱き留める。
「アスカ、怪我してない?」
「わたくしは、何にもないの」
彼女が指を指すと、空間から彼女のアーチャーが突然に現れた。
白の衣服には汚れ一つ無く。顔と体を隠すパーツは、都市を燃やす炎の光を反射していた。
「守って、くれたの」
バーサーカーはアーチャーに学校で出会ったときのように会釈をしなかった。
ただ、緑の瞳で彼をじっと見つめている。
「わたくしが住んでいた場所に、爆弾を持った人が、たくさん、来たの」
アスカの黒い瞳は、からからに乾いていた。
「みんな、吹っ飛んでしまった。死んだの、みんな」
彼女の瞳孔は深い闇で満たされている。
「変なの、たくさん生存権、持っていたのにね」
幼い印象を受ける顔面は引きつって、けいれんしている。
「ねぇ、トバルカイン」
「何? アスカ」
彼女に安心感を与えるため、乾燥した肌の上に笑みを作る。
「殺し合い、しましょう?」
彼女の横に控えていたアーチャー。琥珀色のパーツの奥から、彼の目が鋭い光を放った。
第2話 黄昏は突然に
終わり
単語説明
生存権
生存権利の略称で『生存権』、若年層からは『チケット』と呼ばれることも。
その名の通り、生きる上での全ての行動に要求される。
デザートランナー世界における、貨幣のようなもの。
大人は労働、子どもは学園でのテストを行うことで、都市を運営しているAIから配給される。
0になった人間は回収、適切な手順で処分される。
自動的に消費される行為と、能動的に消費される行為の2パターンがある。
自動的
・呼吸、電気、水道など
能動的
・食事、入浴、映画、電子書籍の閲覧など
階級
下流・中流・上流の3種類が存在する。
生まれた時から決まっており、その振り分け基準は不明。
なので、市民達の間では『持っている生存権の量で区別されている』と考えられている。
モモタは中流階級。アスカは上流階級。