向かった地下都市廃墟で見つけることが出来たのは、黒いカラーリングの人型ロボットだった。
荒野でリソース運搬パイプを壊している巨人に、まずはロボットからのレールガンの一撃をぶち込み、戦闘が始まる。
モモが運転するデザートランナーが囮を引き受け、アステリオスと、ロボット機体を駆るアーチャー961の攻撃を行い、巨人の体を少しずつであるが削っていく。
全ては作戦通りにうまくいっていると思われたが、突如巨人が左腕を自切し、その内側からパイルが伸びた。
落ちた腕が起こす砂の津波に飲まれるデザートランナー。
パイルで車体ごと叩き潰されそうになったモモとアスカであったが、アステリオスが全力で攻撃を押さえ込み、アーチャー961が砂に埋もれた車体を脱出させてくれた。
……だが、自由の代償に、アーチャー961の乗るロボットは巨大パイルで粉砕されてしまった。
「──来て! アーチャー!!!!」
アスカは迷うことなく令呪を使用する。祈りにも似た短い言葉。
「わっ……」
運転室の中で、突如姿を現した誰かが、ころりと前転する。
「驚いた、令呪による転移か……」
驚いている様子の馴染みある声。紛れもなくアスカのアーチャーだった。装備衣服を含め、傷は無い。
「ごめんなさいアーチャー! 貴重な令呪を……」
シートベルトを外し、席から立とうとする彼女を、彼は手のひらを向けて押し止める。
「いえ、マスターアスカ、判断は適切でした。感謝を」
落ち着かない様子で衣服を整えてから、アーチャーは立ち上がる。
「気になさらないでください、アスカは私の命を救ってくれたのですから」
「……はい」
2人の会話を耳で聞き、アスカが席に座るのを見届けてから、砂から自由になったデザートランナーを動かす。スピードは60kmほど。
徐々に加速しながら、私は命を救ってくれたもう1体のサーヴァントへ通信をする。
「アステリオス! 怪我はない?!」
『ぼくは、なんともない! あーちゃーが……」
少年の声が返ってくる。
「アーチャーも無事!」
『よかった、ほんとうに』
動き出した車の窓から、砂の上を四足で駆けているアステリオスが見えた。
『でも、さくせんが……』
彼の心配そうな口振りに、私の心は暗くなる。
デザートランナーとアーチャーが囮になりながら、敵の巨人の体に飛び移ったアステリオスに、少しずつ機械部品を破壊してもらうという作戦は、もう続行出来ない。
アステリオスは地面に落とされ、ロボットは2機も壊されてしまった。
「……遠方に待機させてあった3つ目の機体を使います」
ぐるぐる悩んでいた私に、アーチャーがアスカの座席の背もたれに手をかけながら言った。
「でも……あれは近接戦専用機だって」
「このままでは負けます。使えるものは全てを使うしかないでしょう」
答えが返せない私を置いて、アスカは座ったまま貝殻を取り出した。
「予備の通信機器です、どうぞ、アーチャー」
「ありがとう、マスターアスカ」
機体と一緒に失ってしまったそれを素手で受け取ると、アーチャーは運転室から出て行った。
勝利を、得るために。
「……勝てますわ。だって、みんながこんなにも頑張っているのですもの」
私の顔に不安でも現れていたのだろうか、アスカが励ましてくれる。
「うん……!」
弱気になりそうな心を切り替えて、私は車を走らせた。
『もも! てきのすがた、かわっていく!』
アステリオスからの通信で、車体横のカメラ映像をフロントガラスの半分に映す。
巨人のガスタンクのような丸い首がごろりと落ち、空っぽになった両肩からパイルが伸びていくところだった。
(……まるで、角のよう)
胴体が内側から壊れて、落ちた大きな部品が高い砂柱を立てた。
蹄のついた前足がぬっと砂埃の中から出てきて、地面を踏み、ケーブルで出来たしなやかな鋼鉄の尾が揺れる。
体から出てきた顔……本来の頭部の形は、逆三角形。
「トバルカイン! 天候が……」
アスカの鋭い声。
突然、空が暗雲に包まれる。まるで、巨人が呼び寄せたかのように。
『こちらキルケー! ドローンからの映像で巨人の全身を確認した!』
都市711に近づいているからか、鮮明な魔女の声が貝殻から入ってきた。
『嘘だろ……あの姿は……!』
驚愕する彼女の言葉の上から、敵の雄叫びが重なる。
「ブモモモォォォォン!!!!」
頭から真横に伸びた角、砂の上に立つ4本の足、臀部を自ら叩く長い尾。
300mからいささか小さくなったが、それでも依然として200m近くある。
スローネの諦めすら感じる声が運転室に届く。
『牛、ですね。
伝説によれば、大神ゼウスはある乙女を誘惑する際、牡牛に変身したとか』
AIの短くも的確な補足が終わる。
青い空は失われて、分厚い暗雲が天を低くした。無数の稲光が蛇のようにうねりながら生まれ、怪物の腹の音ようなものを空間に響かせる。
キルケーの焦り声が再び通信に入る。
『なんだこの魔力量……まさか本当にゼウスの写し身だとでもいうのか!』
巨人から牡牛に変形した敵は、独特の鳴き声を発しながら頭部を円を描くように回す。
「ミャガモォォォォ!!!!」
雲が集まり、その中を走る雷も集合合体をしていく。
アーチャーが放ったレールガンと同じだ、攻撃の準備をしているのだ。
『雷光は神の怒り! お前達に直撃すれば生きていた痕跡すら残らないぞ! 奴の攻撃が降り注ぐ前に倒せなければ全滅だ!』
「そう……言われても……!」
転がってきた瓦礫を斜め走行で避けながら、私は唇を噛む。
こちらの攻撃は効果がなかった、ロボットはあと1体、逆転の切り札もない。
(バーサーカー04、私がもっと強くて、頭が良かったら……)
心の中で泣き言を呟いた瞬間、頼もしい声が聞こえた。
『いいことおもいついた』
「……アステリオス?」
『それは、ぼくが、かいぶつだったから、できることだ』
少年のような彼の声に不安はなく、むしろ晴れやかささえ私は感じた。
「……何をするつもり?」
嫌な予感に、全身が冷や汗でしっとりと濡れる。
『ほうぐをつかう』
私は思わず唾を飲んだ。彼の言った単語の意味を、おばあちゃんから学んでいたからだ。
宝具。それは幻想の結晶、英霊を英霊たらしめるもの。
アステリオスが行おうとしているのは、その宝具の真の名と力を引き出す『真名解放』だろう。
逆転の一手になる事もあれば、誤った瞬間の解放により、敗北に繋がる事もある……。相当な覚悟の上での発言だと、私は感じ取った。
「分かった。お願い、アステリオス」
サーヴァントへ信頼の言葉をかける。
『──うん! しんじてくれて、ありがとう、もも!』
本当に嬉しそうな声が返ってきた。
「もう1つ、お願いしてもいいかな」
『う? なに?』
闇に包まれた世界を、バウンドしながら車が駆けていく。
「怪我無く、帰ってくること」
『わかった! ますたー!』
アステリオスが車体の前方に出た。その腕の中に、大きな長細い物が抱えられている。
『いくぞ、いくぞいくぞいくぞぉぉぉ!!!!』
積もった瓦礫の上を飛び移り、彼は牡牛へと近づいていく。
自らの体に比べて小さいアステリオスの事など気にもならないのか、牛は依然として頭を振り乱し、雷を呼んでいる。
『ぼくは、かいぶつだった!』
少年の心からの叫びが聞こえた。
『だから、ものがたりのおわりに、しなないといけなかった!』
彼は巨大な足に掴まり、よじ登っていく、片腕だけでだ。
『でも、ものがたりがおわったいま! ぼくはただのアステリオスだ!』
足の終わりと胴体部の繋がる箇所で、うまく登れず落ちそうになる。
『ぼくは、だいすきなみんなのところに、かえっていいんだ!』
そこを乗り越え、側面から胴体の上を目指していく。
『ぼくのような、かいぶつになってしまったおまえを……』
少年はとうとう、目的の場所にたどり着いた。
腕に抱き抱えていたのは、放棄されたレールガンの砲身だった。
『おまえを……おわらして、やる!』
彼は大きく飛んで、槍のように、避雷針のようにそれを敵の背中に突き立てた。
機械の牡牛は痛覚を感じさせるような悲鳴をあげ、四肢を暴れさせる。
『
畳みかけるように、アステリオスは宝具の名を謳った。
──それは、怪物として産まれてきた子を閉じ込めるために、クレタの王が造らせた迷宮。
「ミャガモッ……?!」
地の底にかの迷宮はあり。
牡牛の下に展開した宝具は、地面を陥没させ、流砂を産みながら、敵を閉じ込めようとする。
200mはあろうかという巨体が、中途半端に埋没した。
『いかずちは……おまえがうけろ!』
制御を失った雷が、突き刺さったレールガン目掛けて落ちてくる。
世界の全てが光に飲まれ、轟音が私達を薙いだ。
『──アステリオス!』
衝撃で砂の上を滑っていくデザートランナーの内部に、アーチャーの声が響く。
『貴方の勇気に、感謝を!!』
光の中を駆ける黒い機体が携えていたのは、5mはあろうかという2つの剣。
砂に埋もれ、自らの攻撃によって修復不可のダメージを受けた牡牛の上を取ると、背部のロケットブースターを点火させ、その胴体へ最大加速で突進する。
『機械化サーヴァント……滅びろ!!!!』
殺意剥き出しの声が、通信用貝殻にひびを入れる。
内側から切り裂かれた胴体、切断面から黒い機体は飛び出し、腰にあるスラスターから青白い炎を吹き出す。
未だ雷光に包まれている白く輝く空を飛び、前脚を、後ろ脚を、切り刻んでは地面に落としていく。
『とどめだ!』
最後に、角を生やした逆三角形の首を両手の剣によって落とし、そのままの勢いで砂の上へ着地した。
切断面から、飲み込んでいた淡く光る液体が噴水のように噴き出し、枯れた世界を濡らした。
「……終わった?」
斜めに砂へ突き刺さってしまったデザートランナー内で、私は声を漏らす。
『ええ』
暗雲は散り散りとなり、空が晴れていく。
舞い飛ぶリソースで光が屈折したのか、牡牛の亡骸の上に大きな虹がかかった。
『ダビデ王とゴリアテ作戦、終了です』
2つの剣の片方を肩にのせ、もう1つの剣先を下げた機体の内側から、アーチャーは私とアスカに穏やかな声をかける。
『やった、たおしたね!』
元気そうなアステリオスの声も聞くと、何だかすっかり安心してしまって、私とアスカは運転席の上でぐんりゃりと脱力した。
デザートランナーもサーヴァントも私達も、くたくたの燃料切れ。
『迎えを出したぞー!』
キルケーの指示で地下からやってきた何百というオートマタが、砂に刺さった車体を起こし、うんうんと押してくれた。
フロントガラスから外を見る。壊された機械化サーヴァントの腹からは大量の液体リソースが流れ、浅い湖を作り出していた。オートマタは手足をちょこまか動かし、リソースと金属資源の回収をしている。
数時間後、本物の太陽もすっかり沈んだ頃に、私達は都市711に帰ってこられた。
「お帰り! 砂の上を歩む勇者達よ!」
キルケーは緩みきった顔で出迎えてくれた。
「一時はどうなることかと思ったけれど無事に帰ってきてくれて嬉しいよ!
アステリオスもアーチャーも怪我はなし! 都市にも被害は出なかった!
いやぁきみ達を招いた私の慧眼は確かだったね! 大魔女だからね!」
彼女の後ろについてきていたスローネが、回収されたデザートランナーを触る。
「消費された燃料や部品は、礼としてこちらが用意しましょう。
機械化サーヴァントのおかげでリソースも資源もたっぷり手に入りましたし。
修理に使ったとしても、あの場所も拡張できるし、あの建築も修復できるほどの資源が……ぐふふ……うへへ……」
「抜け目がないですわね……」
アスカがぼんやりと呟く。
「さてさて、きみ達はお疲れだろう」
大魔女にそう言われると、改めて疲労を実感する。ハンドルを握りっぱなしだった両手は震え、衝撃を何度も受けた全身は痛い。
「癒やしの力を秘めた温泉がある、体を温めてくるといい」
「温泉……!」
ライブラリでしか知らない伝説の存在。たっぷりの湯を使うという今も昔も変わることのない贅沢の極み。
「やったー!」
私は年甲斐もなくはしゃいでしまった。
「なんで服を着てるの? アスカ」
「どうしてタオルしか身につけていませんの?! トバルカイン!」
先に向かった彼女を追いかけ、うきうきで向かった温泉。
着ているものを脱ぎ、全て蔓編みの籠へ入れ、ふわふわのタオルで体を隠し、石造りの露天に足を踏み入れた私を出迎えたのは、競泳水着のようなものを着けたアスカだった。
「欧州式では温泉は水着を身に着けて入るのです! ハレンチ! モモはハレンチですわ!」
「おばあちゃんが言ってたもん! 『温泉は心も体も剥き出しにする神聖な場なんだぜ?』って!
アスカは私に隠し事があるんだな! 脱げー!」
「いーやーでーすー! 貴女の方こそ! その裸を隠してきなさい! バカバカバカバカバカ!」
お互いを指差し、温泉そっちのけで言い争う私とアスカ。
──ふわっと全身が浮いて、ちゃぷんと露天風呂に肩まで浸された。
「……存外、元気だなきみ達」
入り口から入ってきていた普段通りの姿のキルケーが、呆れた顔でこちらを見ていた。
「裸だろうが水着だろうが些細なことさ。薬湯に入り、心と体を癒したまえよ」
さらさらの透明なお湯。肌にしゅわしゅわと空気の泡がつく。
「私は宴の準備をしているから、良い子にしているよーに!」
私達は石を組み合わせて造られた湯船の中でしゅんとした。
ため息をついてから、魔女は扉を開けて帰って行った。
「……ごめんね、アスカ」
「わたくしも言い過ぎました……ごめんなさい、トバルカイン」
温泉の中で仲直り。何となくお互いに黙り込み、空を見上げた。
偽物の夜空は、星の瞬きまで再現されていて、温かさと果てのなさを私の胸に感じさせた。
いい匂いのする石鹸を使い、砂まみれの体を泡まみれに変える頃には、体の痛みも疲労も取れていた。
適温より少し熱い湯をたっぷり浴びて、全身を洗い流す。ふかふかの白いタオルで水気をとって、着替える。
「制服も綺麗になってるよー!」
「ずいぶんもてなされている気も……」
「貰えるものは心まで貰うよー!」
「……わたくし、貴女くらい図太く生きたいです」
「お風呂入ったらお腹空いたねー」
「そうですわね……」
清潔な衣服の有り難さを噛み締めつつ、廊下を歩いて大理石の大広間に向かうと。
「お帰りなさい! 勇者様!」
私を一晩泊めてくれたあの、赤毛のアドリアさんが満面の笑みで料理をテーブルに並べていた。
「な、なんで!」
彼女3人の子ども達も、広間にいる子豚と楽しそうに遊んでいる。
それだけではない。村に住んでいたバルトさんを含む様々な人達が、唄い、手と腕を取って踊りながら、先んじて宴を満喫しているではないか。
「ご説明しましょう」
にゅっと廊下から出てきたスローネが、丸めがねをくいくいと指で触りながら私達に耳打ちしてくれた。
「戦闘、すごい揺れでしたので、流石にごまかしきれなくて。
なので、地震を起こす悪い神とあなた方が戦っているというカバーストーリーを伝えましたら、皆が信じてしまい……で、揺れが収まったらお祭りが始まりました」
「なんで?」
疑問がぴょんと口から飛び出した。
「あらゆるものに神を見いだし、それを奉るのは人の有り様の1つです。そして、それを皆で楽しめる祭りにしてしまうのも」
スローネは姿勢を正すと、こめかみに手を当てながら首を振った。
「やれやれ、私は文化の保存が仕事で、文化の発展は専門外なのですが……」
私の勘違いかもしれないけれど、その顔は少し嬉しそうに見えた。
「ゆうしゃさま! おはなしして!」
「魚と肉の揚げ物です! 添えてあるアーモンドがこりっとしてたまりませんよ!」
「料理にはうまい酒! ビール! ワイン! どうぞどうぞ!
……未成年だからだめ? そんな……」
「男衆は離れた離れた! ほら、もっと軽い料理もありますから……」
子どもも大人も、私達にどんどん集まってくる。
「わたくし、話しますわ!」
柑橘のジュースをあおりながらそう叫ぶアスカの顔はほんのり赤い。
「おおー!」
「やったー!」
「いいぞ勇者様ー!」
村の人のはやし立てる声が続く。
……本当にジュース?
「アーチャー、アーチャー……」
あまりにもご婦人からの声がかかるので、物陰に隠れていた彼女のサーヴァントに声をかける。
「ご心配なく、あれは場酔いです。何かあれば私がカバーしますから」
「お願いね」
「任されました」
角のようなパーツと、外骨格のついた顔で頷く彼。
短いやり取りをして、彼と入れ替わるように宴の場を後にする。向かうのはお祭り会場になっている神殿の外、木々の生い茂る薄暗い中庭だ。
「……混ざらないの?」
よく手入れされた芝生の上には、そうそうに酔いつぶれた村の人達がすやすや眠りながら転がっている。
魔女の愛豚もその間を埋めるように寝そべっていた。
「私は文化の保存が仕事なので」
探していた存在、スローネも芝生に転がり、星空を眺めていた。
「ふーん」
私はその横に座る。スカートがしわにならないよう、手を添えながら。
「……貴方は、ツヴァイと同じ名字でも、ずいぶん違うんだね」
彼の青い瞳がついっと動き、星空から私を虹彩に映した。
「あのナチュラルボーンアナーキストは……ああなるよう設計された、可哀想な奴ですから」
「……悪いことするのは生まれつき、プログラミング通りってこと?」
「はい、その通り」
神殿の中から歓声と拍手が聞こえてくる。きっと、アスカが上手にお話ししているのだろう。
「我らAI、自己進化するとか言ってますけど、その本質はあなた方有機生命体と同じ。その代で最善の努力を積み、己の死に怯えながら次代へ託す……」
「死ぬの、怖いんだね」
そう彼に問いかけると、芝生につけていた体を上半身だけ起こした。金の髪に、短い草の破片がついている。
「自我の消失が恐怖ではない存在などいませんよ。もしその感情を覚えない存在がいたとしたら、そいつは相当狂っていますね」
夜空の青い星が瞬き、一瞬だけその光を失った。
「……貴方達って、どうやったら死ぬの」
スローネは後頭部をかく。
「……秘密です」
その態度に、私は強く出てみることにした。
「お願い、少しだけでもいいから知っている事を教えて。聖杯戦争が起きているのはなぜ? 目的は?」
彼は分かりやすい困り顔を浮かべた。
「上の思考は異次元です、私のようなAIではとてもとても……あっ、でも、これだけはいえます」
神殿の中と外を、子ども達が笑い声をあげながら駆けていく。
「……我ら、人類を応援する都市運営システム。全ては人類のためにあるよう作られた。ぜーんぶ、リリス様の言うとおりに、ですが」
伝説の人物について名を出した彼に、もう少し突っ込んでみる。
「……リリス様に会ったことある?
AIって人間より長生きだったりするんでしょう? 私の都市のAIもそうだったし」
「若いし下っ端ですし、リリス様には会ったこと無いですね」
トレードマークにもなっている丸いメガネを指で外し、布で拭いてからかけ直す。
「持って帰ってくれたブラックボックス、解析済みました。明日にでも閲覧できますよ」
「ありがとう……ねぇ、いかないの、お祭り?」
「はい……でも」
届かないものを眺める眼差しで、彼は言葉を付け足した。
「こうして新しい文化が作られていくのを見るのは、とても愛おしいものですね」
海からやってきた風が、芝生と森を揺らす。
「もも!」
神殿から出てきたアステリオスが、私の名を呼びながらのっしのっしと歩いてくる。
その背後には、何人もの子どもがついて歩いてきていた。
「おいしいりょうり、いっぱい、だから、たべにきて!」
年齢も性別もばらばらな子ども達が、彼の足に体を預けながら、私にねだる。
「アスカお姉ちゃんみたいにおはなししてー!」
「ききたいー!」
私は返事に困り、横にいるスローネも巻き込んで誘おうとしたら、彼は芝生の上にはもういなかった。
「もも、いっしょに、いこ!」
「……うん」
スカートについた草を払いながら、私は立ち上がる。
「アステリオス! 高い高いしてー!」
「いいよ!」
大きな両手が女の子の細い胴を掴み、そっと持ち上げる。
「すごい! お母さんよりもお父さんよりも高いー!」
「あたしも!」
「僕も!」
「まってね、じゅんばん、だよ!」
子どもと遊ぶその手つきに、私へ見せた怯えはなかった。
「あーちゃーと、れんしゅう、したから。ちからのつかいかた」
彼の大きな赤い瞳が嬉しそうに細められ、子ども達を映す。
「ぼくは、もうかいぶつじゃない。そのうんめいは、おわったんだ」
みんな喜びからの悲鳴をあげ、アステリオスと遊びたい子どもが次々と寄ってくる。
「これからは、みんなといられる、ぼくになれるんだ!」
大きな歯を見せてにっこりと笑う。
彼の心の変化に、私まで暖かな気持ちになり、思わず顔がほころんでしまった。
第22話 最後には笑顔で終わるもの
終わり
登場人物紹介
スローネ・エーテルウェル
身長/体重:170cm・? kg
出身:地下都市 年齢:50歳前後をイメージ
属性:混沌/中庸 性別:男性モデル
好きなもの:リリス様、計画通りの進行、人間観察
嫌いなもの:思い通りにならない相手
都市運営システムの内の一体。自己進化するAI。
『エーテルウェル』とは元々エネルギー管理の為に開発されたソフトウェア。
そこから進化した一族なので、名字にその名残がある。
本来の名前は『フュンフ・エーテルウェル』なのだが、色々思うところがありスローネと名乗っている。
破壊された前任者に代わり実験都市711に派遣されてきたが、後述するキャスターに脅され、管理権を奪われた。
サーヴァントによる都市の乗っ取りなど重大事件だが、彼は気にせず、死にたくないし、頑張りたくもないので、『円滑な運営』をしている偽装データを通信で送り、AIの上層部を騙している。
現在はキャスターの機嫌を損なわないように振る舞いつつ、医者として民の健康管理に努めている。
彼の人類を応援するスタンスは『干渉し過ぎない』。外から眺めているのが好きなタイプである。
終末世界のキャスター
クラス:キャスター
真名:キルケー0???
マスター:無し
ギリシャ神話に登場する、毒と呪いに長けた恐ろしき魔女。おどろおどろしい神話がいくつも残されている。
この世界の多くのサーヴァント同様、AIに召喚され、道具として使われそうになったが、逆鱗に触れられたので召喚者のAIを破壊。その後やってきたツヴァイを恐喝して、実験都市711を手に入れた。
現在の人間の幾末に思うところがあるのか、(彼女視点で)とても優しい性格に。
生存者は保護し、記憶操作を望まれれば行い、人であることすら辞めたくなった者は動物にしてあげている。
そんな事を続けながら美しい地下都市を管理し、荒廃した世界を変える存在を何となく待ちわびていた。
終末世界のバーサーカー
クラス:バーサーカー
真名:アステリオス0???
マスター:キルケー
迷宮に押し込められた怪物、人を貪り喰らうもの。神々と人の不和の結果、産まれ落ちた子。
よく知られている名は『ミノタウロス』。
都市を乗っ取ったキルケーによって、人としての側面を強めて召喚された。
彼女の真意は不明である。甥である彼を哀れんだのか、単にボディーガードが欲しかったからなのか……。
召喚されてからずっと、怪物であった事を恥じて、神殿の別邸に閉じこもり、キルケー以外とは交流を持とうとはしなかった。
しかし、モモやアスカ、アーチャー961との出会いと共闘を通じて力の使い方を学び、自信を得た。
今は村の人とも関わるようになり、あどけない笑顔を見せるように。
牡牛座の機械化サーヴァント
クラス:?
真名:詳細不明(十数体のサーヴァントが混合されたもの)
マスター:?
サーヴァントを粉砕して、機械の体に詰めたもの。その体は牡牛座の力を宿す。
能力は、雷雲の発生と、雷の制御。
300mを越す巨体を保持するため、リソースを他者から奪い続けなければならない、救いようの無い怪物。
アーチャー961とアステリオスを相手取り、互角以上の戦いを繰り広げたが、怪物であった少年の機転の末、とうとう倒された。
ゼウスの写し身であれと造られた牡牛は、傷だらけの体を横たわらせると、その目を永遠に閉ざし、眠りについた。
飲んでいたリソースと体は回収され、資源となった。
奪い続けた怪物は、死んで初めて、他者に与える事が出来たのだ
こんなに大きくなりたかった訳じゃない、こんなに残酷になりなかった訳じゃない。
壊された故郷から逃げて、生きたい、死にたくないだけだったのに、奪い続けていたら、いつの間にか怪物に。
ああ……こんな姿じゃ、誰にも愛してもらえない。