フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 牡牛座の機械化サーヴァントを死闘の末倒し、守ることが出来た都市711で、盛大な宴を村人と楽しんだモモ達。
 アステリオスは力の使い方をアーチャー961から学び、己が怪物であった事実を認め、敵を他者との協力の下倒せたことで、心中が晴れ、村の子ども達や人々とも関われるようになった。

 和やかな宴が終わった夜、モモが見る夢は……。


第7章 そして置き去りにされた愛に出会う
第24話 それぞれの秘密


 

 

「ねぇ」

「ん?」

 向かい側の薄い座布団に座る、昨年めとったばかりの妻が俺に声をかける。

 時間は朝。田畑の草取りの前に、煮物と飯で簡素な食事を摂っていた。

 妻の、当て布のつなぎ目が多い着物を見ると、少しでも稼ぎ、良いものを買ってやりたいなぁと思う。

 

「あたしの事、大切?」

 痛んでぱさぱさとしている髪が気にかかり、つける油や櫛も贈りたいなんて考えながら、ひえとあわ、麦の混ざった冷たい飯を噛む。ごくりと飲み込んでから、妻の質問に答えた。

 

「……大切だと、思っているよ」

「やった」

 まだ若い妻は、無邪気な笑顔を見せる。

 

「いいこと教えてあげようか」

「なんだい?」

 彼女の喜ぶ姿は、俺の胸を温かくさせてくれる。

 

「お隣さんからね、もうすぐ『あの方』が帰ってくるって噂に聞いたの。そうしたらきっと……この国はもっと豊かになるね。

 年貢も軽くなって、肥えた場所で米も育てられるようになって……」

 眉をひそめる。

 その話を聞いて不機嫌になったという訳ではない。

 4つの頃から聞こえる脳内の声が、ざわざわとうるさくなり始めたからだ。

 

「そう……だな」

 俺は妻と平行して会話しつつ、当然のように繋がっている『あの人』の言葉にも思考を割く。

 

「嬉しくないの?」

 彼女は黒い大きな瞳で俺を見る。浮かない俺の顔と暗い緑の瞳が映り込んでいた。

 

「嬉しい、よ」

「えへへ……あたしと同じだね」

 内心をおくびにも出さず、妻へ嘘をついた。

 純粋な彼女はにこにことした笑顔で、飯と煮物を食べる。

 

(……こんなに、愛しているのに)

 俺は、悲しくてたまらなかった。

 

(きっと、『あの人』を一目でも見たら……)

 胸の内に、確信があった。幼い頃からずっと、考え、思い続けていたこと。

 

(俺の中身、全部空っぽになって、彼女の事も、どうでもよくなってしまうんだ)

 昔はそれが運命なのだと受け入れていた……けれど、大人になった今、ひどくそれが恐ろしかった。

 

(大切、なのに……)

 父様、母様、妻、いつか腕に抱く子ども、家に田畑、僅かな金品。

 己以外の大切な物が増えすぎて、全部が愛おしかった。

 

(大好き、なのに)

 子どもが泥で出来た団子を潰して練り直すみたいに、俺の心、思考、叩き壊されて……最後には。

 頭の声は、大きくなるばかり。

『あの人』を誉めそやす周りの声も、聞こえてくる。

 

(神様、仏様……)

『彼』が帰ってくる。この国に住む者誰もが待ち望んでいる、『彼』が。

 

(どうか、俺を壊さないでください。どうか、俺を少しだけでいいから残してください)

 よく煮込まれて、黒く染まった根菜が俺を見ている。

 

(……俺を『彼』の機能の一部にするなんて事、実現させないでください)

 怯えが妻に伝わらないよう、震える歯で頬の内側を噛んだ。

 

 

 

 

 ……悲しい夢を見たが、目覚めた後の瞬きをした間に、その内容は思い出せなくなってしまった。

 だから、胸に残ったのはおぼろげな寂寥感だけで。

 

「そうだ、朝風呂をしよう」

 美味しいご飯に歌、踊り。夜遅くまで続いた宴の翌日。

 夢を振り払うかのように、私はふわふわのお客さん用ベッドから体を起こすと、朝の空気に包まれているひんやりとした廊下をサササと歩いて、温泉へ向かった。

 パジャマを昨日と同じ様に脱いで、タオルで体を隠し……。

 

「一番風呂イェイ! イェーイ!」

 元気な声上げ、露天へいざ突撃私。

 ──誰もいないはずだというのに、ばちゃばちゃと、お湯がかき混ぜられる音が聞こえた。

 

「あれ?」

 私は思わぬ人物の姿に声を出す。

 真っ赤な顔をしたアスカが、温泉に浸かったまま両手をわちゃわちゃと動かし、慌てふためいていた。

 

 

「だからお風呂で裸になりたくなかったんだ」

「はい……」

 少し薬っぽい香りのするお湯の中で、体操座りをするアスカ。

 

「令呪がお腹にあるだなんて、恥ずかしいですから……」

 太ももと膝の間から、ちらりと見える腹部の大きな赤い紋章。それが彼女の令呪のようだ。

 翼を広げた赤い鳥のようなその形は、巨人との戦いの中で1画消えて、片翼のみとなっている。

 ……令呪が浮かぶ場所は人様々だとおばあちゃんから聞いたが、まさかお腹とは。

 

「困った場所にあるね……」

「手の甲に浮かんだトバルカインが羨ましいです……うう……」

 首を曲げ、空気中の水分をしっとりと含んだ黒髪を顔にかけているアスカ。

 とても落ち込んでいる事がよく分かる。

 

「もっとかっこいい箇所であれば……せめて背中ですとか……」

 彼女は肩甲骨の辺りをさわさわと白い手で撫でる。

 

「確かに、背中だったら光るのかっこいいかもねぇ」

 人差し指を顎に添えて、アスカの呟きを脳内でイメージしてみる。

 敵に追い詰められ、絶体絶命! 勝つために令呪を使用! 赤く輝く背中! 

 マスターの目の前に現れて必殺技を放つサーヴァント! アーチャー961!

 ……悪くない、むしろいい。

 

「でも、現実はお腹……間抜けです……」

 アスカのもらした深いため息が、お湯の表面をごくわずかに揺らした。

 

「トバルカインに見られちゃった……はぁ……うう……」

 彼女のショックは相当のようだ。

 

「見ちゃってごめんね……」

 深刻に謝るのも彼女を傷つけてしまいそうなので、なるべく明るい声でごめんなさいをする。

 

「事故のようなものですから、仕方がない……です……です……です……」

 私に背を向けたまま、彼女はしばらくうんうんとうなっていたが、近くの岩の上に畳んで置いてあったタオルを取ると、お湯から立ち上がりつつそれを体に巻く。

 

「トバルカイン」

「なに?」

 彼女が起こしたお湯の波紋が、浸かっている私にちゃぷちゃぷとぶつかる。

 

「……やっぱり貴女の事が許せません! 

 何が『イェイ! イェーイ!』ですか! もっと確認してから入室するべきです!」

 お湯が頭から顔にかかる。

 濡れたまぶたをぱちくりさせる私。数秒後に、彼女にお湯をかけられたのだという事を理解した。

 

「や……やったな!」

 私も立ち上がり、タオルを体に巻くと、腰をかがめて両手でお湯をすくい、彼女の顔めがけ、ばしゃんと放り投げる。

 さらさらのお湯が狙い通りの箇所へかかる。

 

「……もう許しませんわトバルカイン! 湯船に沈めて差し上げます!」

「望むところだ! 今考えた必殺のばしゃばしゃ拳法でびしょびしょにしてやる!」

 ムキになってお湯をかけあう私達。温泉がお互いの間を行き交い、子どものようなケンカは10分ほど続いた……。

 

 

「……気持ち、上向きになった?」

「はい……とても不本意ですが……」

 ずぶ濡れになり、疲れ果てた私達はまたお湯に浸かる。

 

「『温泉は心も体も剥き出しにする場』だと、貴女のおばあ様が言っていた意味が分かった気がします」

「そうだね、アスカとあんな風にケンカをするなんて初めてかも」

 薄い雲で白んでいた空は青みを増し、地下の都市に1日の始まりを告げていた。

 

「旅に出てから、そんな事する余裕なんてありませんでしたものね」

 一息ついた私達はのんびりと会話をする。彼女の全身を支配していた嫌な感じの強張りは取れていた。

 何であれ、友達の元気が出て私も嬉しい。

 

「その……こっそりお風呂に入っていた理由、言っていませんでしたよね」

「お腹の令呪を他人に見られたくないから……じゃないの?」

 膝立ちをして、岩の上に絞って水気を切ったタオルを広げる。

 そうしてから振り返り、彼女に向き合うと、淡い桃色に頬を染めた顔が目に入った。

 

「昨夜……」

 黒い瞳でお湯を見つめる、暗い顔のアスカ。

 

「とても、恐ろしく冷たい夢を見たのです、わたくし」

「夢?」

「たぶん、アーチャーの記憶……かと」

 彼女の言葉は続く。

 

「サーヴァントと契約しているマスターは、彼らの記憶や過去を夢に見る……。

 ライブラリで読みました、トバルカインは知っていましたか?」

「うーん……おばあちゃんがそんな事を言っていたような……」

 お湯に肩まで浸かり、幼い頃の学びの記憶を思い出す。

 

「都市で監理された日々を過ごしていた頃は、不思議な夢など見ませんでした。けれど、旅に出て、様々な体験をしたからでしょうか……見るように、なってしまって」

「そう、なんだ」

 私は温泉の中で体育座りをして、腕で膝を抱える。

 

「……夢だったのに、全身が凍えて。だから、お湯に浸かろうと」

「怖かった……?」

 おずおずと聞くと、アスカは首をこくりと動かした。

 

「トバルカイン、誰にも話さないと、約束してくださいますか」

 感情を自分1人では抱えきれないと判断したのか、アスカは震える声で私に問いかけた。

 

「うん。絶対に誰にも話さない」

 私はしっかりとした口振りで彼女に約束をした。

 

「……では、話します」

 熱いお湯に肩まで浸かっているというのに、アスカの顔は青ざめて見えた。

 

「どこまでも、白い雪に被われた斜面で。

 遠くに見えるのは青い断崖絶壁、草木もなく……でも、星だけはやけに近くにありますの」

 脳内に浮かぶのは、人の痕跡など無い雪山。

 

「風に舞う粉雪の間からアーチャーの背中が見えます。彼、とても急いでいるのか、ずんずん歩いていって……」

 白い外套を強烈な風ではためかせ、ひたすら前へ行くアーチャー961の姿が見えるようだ。

 

「そして、そのまま雪で視界が埋め尽くされて……治まった頃には、誰もいない」

 足跡すら残されていない、白い美しい山腹が、脳裏に描かれた。

 

「そして、この言葉だけが、山麓を通り過ぎていく風の狭間から聞こえたのです……『さよなら』と」

「どうしてそう言ったのだろう……」

「分かりません、誰へ宛てたものなのか……」

 アスカは黒い瞳を一度閉じた。まるで、彼女のサーヴァントである人物が、遠い昔、冷たい雪山でそうしたかのように。

 

「けれどその声は、寒さに震えていない、とても穏やかで、感謝に満ちたものでした」

 アスカのアーチャーの唇が動いて、優しい別れの言葉を紡ぐ姿は、想像することが出来なかった。

 

「わたくし、今日の夢はきっと、彼が死ぬ時に見た景色だと思うのです」

「っ……どうしてそう思うの?」

 衝撃的な言葉に私は思わずたじろいだ。お湯が静かに波を立てる。

 

「だって、彼、背負っていなかったから。いつも使っている綺麗な弓も……重たそうな責任も」

 彼女は瞳を開き、夢で見たアーチャーの背中へ眼差しを向けている。

 手の届かない、遠い世界を見つめる瞳だった。

 

「えっと……」

 かける言葉が出てこない。波紋が泳ぐ水面のように、私の心も衝撃で揺れていた。

 

「トバルカインは見たことありますか? 自分のサーヴァントの夢を」

 彼女の黒い瞳の焦点が、ようやくこの世界に戻ってきた。

 目の前にいない存在ではなく、ここにいる私を確かに見つめている。

 

「うん! あるよ、ある……」

 動揺した心のまま、彼女の問いに素早く答える。

 

「どんな夢でしたの? わたくしも、トバルカインがそうしてくれたように、ちゃんと秘密にしますから……」

 重たい秘密を吐き出したおかげか、アスカの声色も表情も明るい。

 見られている私は瞳を泳がせて、口をもつれさせてしまう。

 

「アスカほどよく覚えていないんだ。場面も人物も時系列も無茶苦茶で……」

「パッチワークみたいな?」

 忘れずに残っている場面を思い浮かべる。

 夢の中のバーサーカー04は、子どもだったり大人だったり、その場にいなかったり。

 

「うん、つぎはぎなの」

「精神が安定しないバーサーカーのクラスだからでしょうか……」

 アスカが空を仰ぐ。

 

「こういう夢を見ると、サーヴァント……彼らが死者であると実感します」

「死者……か」

 バーサーカー04もアーチャー961も、かつて、この世界で生きていたのだ。

 そして、人生を終え、死を迎えた。

 

「死んだらどうなるんだろうね。天国とか地獄とかに行くのかな」

 地下都市に住んでいた頃は考える事はなかった。

 だって、私達にとって『死』とは、生存権を失い、処分されるというただの結果だったから。

 

「お母様は……『運命が終わり、無限の自由が待っている』とおっしゃっていました」

 アスカがぽつぽつと話す。

 

「自由?」

 私は聞き返す。

 

「うん。みんなの嫌われ者が世界を救ってもいい、そんな自由が」

 アスカは湯に深く体を沈めた。お湯のかけ合いっこで濡れた黒い髪がゆらゆらと熱い水に広がる。

 

「……お母様がいなくなるまえに、そう言い残してくれましたの。

 わたくし、未だにその意味が分からなくて」

 小鳥が、自由に飛べる喜びに満ちた歌を地下の青空に響かせていた。

 

 

 

 

「アーチャー殿は朝ご飯何が好きです? 冷たいもの? 温かいもの?」

「……」

「俺は何でもいいかなぁ。そもそも、ゆっくり食べられるという事が贅沢だし」

「……」

「キルケーのキュケオーン……米を甘く煮たものはぎょっとしましたが、慣れればなかなか……」

「……」

「アーチャー殿、俺の分のデザートの林檎あげましょうか」

「私の分はもう用意されています。貴方の物なのですから、貴方がどうぞ」

「はーい」

 温泉で身も心もリラックスした後、朝ご飯をいただきにすっかり見慣れた大理石の広間に行く。

 そこで、宴の片付けが完璧に済んだ大きなテーブルの前に座り、アスカのアーチャーと私のバーサーカーが何事も無かったかのように食事を摂っていた。

 

「もも、あすか、おはよう!」

 2体に配慮しているのか、やや距離を開けて座っているアステリオスが、私達に挨拶してくれた。

 

「おはよう!」

「おはようございます、元気そうで何よりですわ」

 元気よく、挨拶を返した。

 

「バーサーカー」

 そうしてから私は、自らのサーヴァント、バーサーカー04の側に、ローファーの足音をつかつか響かせながら歩み寄る。

 

「マスター?」

 彼はキルケーの得意料理である麦を煮込んだキュケオーンを食べながら、木製の仮面で隠された半分だけの顔で、そこにある暗い緑の瞳で、私をきょとんと見る。

 

「……大丈夫、なの?」

 私は両手の指をもじもじと合わせてしまう。

 心配だったのだけど、それを彼へ正直に伝えるのも、気恥ずかしくて……。

 

「実は、重大な不調が……」

 彼は握っていた銀の匙を皿に置くと、表情を固くし、瞳をわずかに閉じて暗く曇らせた。

 

「それは……何……?」

 心臓が喉から出そうだ。それくらい、不安でどきどきしていた。

 重たげに、バーサーカーが唇を開いた。

 

「アーチャー殿の戦闘映像を見たら興奮で夜眠れなくなってしまって……。

 ハイパーロボットアクション格好いい……無理尊いしんどい推せる……もう推してた……マジで……? 不覚……」

「感極まり過ぎて気持ち悪くなってる……!」

 『推せる』という言葉の意味を、私はいまいち理解できていない。

 

「ともかく……体はキルケーのおかげで治りました、壊れたのも彼女のせいでしたが! 

 何はともあれバーサーカー04完全復活です! いぇい! いぇーい!」

 無表情のまま両手で旧時代的なダブルのピースをする彼に、私はあきれ果て、ツッコミを入れる気にもなれなかった。

 

 

 

 

「大魔女の命令さ! スローネ! 『ブラックボックス』を持ってきておくれ!」

「どうぞ。島の守り神」

 全員の朝ご飯も終わり、デザートの林檎までしゃりしゃりといただいた後、大理石のテーブルの真ん中にその箱が置かれた。

 子どもの頭位の大きさの、複雑な文様に見える溝の彫られた四角い黒の箱。

 

「……アーチャー殿が教えてくださった『ブラックボックス』とはこれか」

「はい、バーサーカー」

 04と961は立ったままそれをしげしげと観察している。

 

「ねぇスローネ、これはどういう物なの?」

 放棄された地下都市で、黒いその箱を見つけた本人である私は、『是非に持って帰ってきてください!』と言ったAIに問いかける。

 有線コードやよく分からない機械をテーブルに並べ、キルケーに頼まれた貝殻や香草などを運んでいるスローネは、両腕いっぱいに抱えた荷物を机の上に置いてから質問に答えた。

 

「都市に必ず1つ配備されている演算器で……我らAIの本体です」

「本体?」

「ええ」

 スローネは背筋をぴんと伸ばすと、箱に片手で触れた。シリコンで作られた彼の皮膚の一部が、青く発光を始める。

 明け方の空と同じ色の瞳を持つキルケーは、口角をわずかにあげ、好奇心を隠しきれない表情を浮かべていた。

 アーチャー961は腕を体の横に軽くつけ、何が起きても対応できるように構えている。

 

「……これ、わざと誰でも開けられるように設定してあります」

 手でそれに触れているスローネの声は訝しげだ。

 

「言論統制された知識が、文書としてまとめてある……色々な事のご説明のため、展開、しますね」

 箱の一番外側、黒い外殻が小さな駆動音を立てながら剥がれていく。

 組み立てられた折り紙を、元の紙に戻すように、黒い板はひとりでに動いて、その中に包んでいたものを私達に見せた。

 

「わぁ……」

 アスカが両手をテーブルにつけて身を乗り出し、歓声をあげた。

 私も思わず見惚れてしまう。現れた物は、琥珀色に輝く美しいキューブだったからだ。

 内側では何千という光の粒が瞬き、キューブの中を縦横無尽に飛び回っている。目を奪われている私とアスカに、箱を操作したスローネは説明をしてくれた。

 

「外は特殊カーボン、内は『フォトニック純結晶体』と言われる物質で構成されています。

 光で思考を編み、都市運営に欠かせない複雑な演算を行い、そして、我らAIの魂と心の保管場所でもある」

 スローネは丸いメガネの位置を左手で直した。

 

「うんと大きなサイズの『フォトニック純結晶体』もありまして、そこでAIは産まれます。

 1からデザインされた特別製の子もいますけど、だいたいは自然交配ですね。

 もっとも、光の世界で行われる生殖活動は、有機生命体である皆さんには想像出来ないものでしょうが……」

 夕焼けを閉じこめたかのような、温かみのある色の箱。この中にAIの魂と心があり、都市の運営まで行っているとは信じられない。

 

「この中に、スローネのようなAIはいますの?」

 アスカは素朴な声を出す。

 

「いいえ。データだけ残して別の箱にお引っ越ししたみたいです。

 今こうしてアンドロイドボディを動かしている私のように、別の小さい『ブラックボックス』へ移ったのかもしれません」

 彼は手を輝く箱にかざしているだけのように見えるが、何か操作をしているようだ。

 

「開封者に宛てられたメッセージがありました、映像っぽいですね」

「では直ぐに見せておくれよ!」

 椅子に座りそわそわとしていた魔女が、たまらず声をあげた。

 スローネが無言で頷いた後に、ボックスがゆっくりと点滅する。

 大広間の空間に、立体映像が投射され始めた。

 

 

 第24話 それぞれの秘密

 終わり




 単語説明


 夢
 サーヴァントと契約しているマスターは夢を見る事がある。そのサーヴァントの過去にまつわる事柄を夢に見るのだ。
 これはマスターと契約しているサーヴァント側も同じく。もし、それ以外の理由でサーヴァントが夢見るのだと言うのなら、それは特殊な状態で召喚されていることに他ならない。
 ……この終末世界において、夢見る必要のあるサーヴァントだけが、夢を見るのだ。

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