モモは少女剣士に自らが敵ではないと訴えた。それを聞いた彼女は、砂の丘へ横になってしまう。
後から来たバーサーカーに起き事を話すモモ。眠りにつこうとする少女に、バーサーカーは会話を試みる。
少女はサーヴァントであり、その名を『セイバー0066』だということが分かった。
事情がありそうな彼女に、バーサーカーは唐突にアイスクリームを勧めると、彼女はその身を起こし、デザートランナーの元までやってきてくれる事となった。
セイバー66は、アイスの礼だと言って、自らの事情を話してくれた。
上流階級の持ち主がいたこと、主とはとても仲が良かったということ、住んでいた都市で聖杯戦争が起こったこと。
……話を聞く中で、モモ達は彼女の主はもうこの世には居ないのだという事実を感じ取ってしまう。
再び瓦礫の丘で眠ると言うセイバーを呼び止めたのは、アスカだった。乱れた髪を
身だしなみを整えてくれたお礼として、廃墟を探索している間、デザートランナーの警備をすると言ってくれたセイバー。
その言葉を信じ、モモ達は都市レグルスの探索を始める。
何かデータが入っていそうなコンピュータが見つかったのだが、電源はあっても、それを動かす自家発電器の燃料がない。
一旦デザートランナーへ戻り、休憩と夕食をとることに。
食後、モモは今日見つけた物についてセイバーに話す。燃料確保の手段を知っていると言いつつも、口ごもるセイバー。
彼女に対し、聖杯戦争によって人の死を見たという事と、それを止めたい、理由を知りたいのだと気持ちの丈を伝えるモモ。
全てを聞いたセイバー66は立ち上がり、「燃料のある場所を教えよう」と言ったのであった。
「柱につけた傷は……あるな。うむ、ここで曲がる……」
夜の深い闇に包まれた都市を、私やアスカの持つ懐中電灯のか細い光が照らす。
セイバーは彼女なりの目印をつけていたようで、落ちた破片と砂で、狭く複雑になっている通路を、迷うことなく歩いていく。
「真っ直ぐ行けば……みな、そこで止まれ」
携えていた剣を、光の粒子へ変えて仕舞うセイバー。
「アーチャー961よ、弓を仕舞ってほしい……頼めるか?」
彼が首でも動かしたのか、身につけている拡張パーツとヘッドギアが、軋んだような音を立てる。
けれどアーチャーは何も言わず、白い弓を手の内から消した。青い炎が残像として目に焼き付く。
「この柱の影よりそっと覗け……懐中電灯の明かりは良いが、殺意は決して飛ばすな」
彼女の声は緊迫感で張りつめていた。
頷いてから、私とアスカが懐中電灯を片手に最初に覗く。
光を動かす。
セイバーと出会った円形闘技場のような丸く広い空間、ぐるりと取り囲むようにある崩れかけの柱には、細工のようなものが彫られている事が、細い光源のもと辛うじて分かる。
明かりを上から中心部へと移動させた時、セイバーの警戒していた存在の正体が分かった。
「──あれ、なんですの?」
アスカの声は強い恐怖でうわずっていた。
……獅子が、そこにいた。大きさは50mほど、金属製の胴体が、当てた懐中電灯の光をてらてらと反射している。
横たえている腕の間に頭を置き、獣が眠るような姿勢で停止していた。
だが、アスカに恐怖を与えた原因は獅子だけではない、その周辺だ。
「う……」
私はそれをはっきりと見てしまった。
風化激しい、白い脆そうな欠片と、細長い筒が溶けてくっついた固まり。
明らかに、それは人骨と、誰かが持っていた武器だった。
人間が惨殺された跡。それが、畑のうねの如くこんもりと獅子の周りに積み上がっている。
「忌々しき機械化サーヴァント。恐らくは、この都市を崩壊させた一因でもあろうな」
セイバーが柱の影に立ちながら小さい声で話す。
「そして……余のマスターを数週間前に殺した、仇でもある」
彼女は肩を振るわせながら、拳を強く握った。
「あやつも液体リソースで動いている。倒せば、それを得られようが……」
強くなっていく体の震えを止めるためか、セイバーが自らの肩を手で抑えた。
「……一度戻るぞ、あの敵について話さなければ」
彼女の言葉を聞いた私は手首を動かし、懐中電灯の光を機械の獅子から、帰り道へ移動させた。
何事もなく広場にたどり着くと、デザートランナーの横にある空間に、私達は円になるよう感覚を空けながら腰を下ろした。
焚き火代わりに中心にあるのは懐中電灯数個だ。
「獅子の名前を冠する都市を、獅子の形にした機械化サーヴァントに襲わせるとは、襲撃者は悪趣味だな」
座るなりそう発言したバーサーカーを、じとりとセイバーはにらむ。
彼は向けられた感情を涼しい顔で受け流して、緑の瞳で赤いサーヴァントを眺めた。
「バーサーカー」
私がたしなめる意味を込めて名を呼ぶと、彼は口の端をわずかに吊り上げた。
そして。
「……敵は悪趣味であると、補足しただけですのに」
付け足すよう、それだけ言って、今度こそ本当に口をぱくんと閉じた。
「……余は一度あの獣と交戦した事がある。その結果、マスターを失った」
セイバーは張り詰めた口振りで話を始めた。
「ここにたどり着いたばかりの頃の話だ。
車の燃料を探している最中、機械化サーヴァントの内部に液体リソースがあることに、余とマスターは気づいた」
数日前の戦いを思い出す。確かに、巨人と見紛うばかりの牡牛型の敵を倒した後、中から大量のリソースが得られた。
「なので、食料を探しつつ、小型の物を狩り、燃料を確保しようとしていた」
懐中電灯の白い光に照らされながら、アスカがセイバーをまっすぐ見つめていた。
「……ある日の事だ。マスターを物陰に隠し、敵を切り伏せている所を、あの獅子は卑怯にも狙ってきた」
彼女の顔が歪む。それが悔しさによるものか、憎しみによるものなのか、私には分からない。
「一撃で……奏者の胴、は、裂けてしまった。
余が剣を振るい、追い払おうとしたが、執拗に迫り、その間にも、奏者は……」
血濡れの光景が脳裏に浮かぶ。
地面に倒れ込んだ見知らぬマスター、瞳を絶望で細かく揺らしながら、呆然とした表情で見つめる、セイバーの立ち姿。
「余に出来ることは全てした……だが、奏者は間もなく死んだ」
セイバーも何か思い出したのか、荒々しく息を吐いて、それから頭を何度も振った。
そのよぎった光景を、思考の外へ追い払うかのように。
「……あれは、倒せぬ」
セイバーは目線を私達からそらした。
バーサーカーが右手で空をかき混ぜる動作をしつつ、彼女に話しかける。
「なぜそう言い切るのだ赤き剣士よ、こちらにはアーチャー殿だってついているのだぞ。
……大地を割り、天を砕くアーチャー殿だぞ!」
彼女は瞳を廃墟へ向けたまま、バーサーカーの疑問に答える。
「普段は彫像のようにああして眠っているが……殺意を感じ取れば暴れ出す。
余の剣で少しの傷は与えられるが、あの速さではろくに捉えられん。武器や銃なども使ってみたが、まるで効かぬ。
そして何より……あの獅子は執拗に人を狙う、人間そのものに強い憎悪を抱いているかのように」
セイバーの言うとおりなのだとしたら、確かに、勝つのは難しそうだ。
「……よしんば倒せたとして、そなた達のマスターが無事ではすむまい」
彼女の顔は暗く、背筋は丸まっている。
「まるで……『ネメアの獅子』のようですね」
アーチャーが話に出た特徴をつなぎ合わせてから、推論を呟いた。ヘッドギアには、懐中電灯の白い光が反射している。
「そうだ……『ネメアの獅子』、まさにそれだ!」
彼の言葉を聞いて、セイバーがぱっとアーチャーへ顔を向ける。彼女なりに合点がいったのか、すらすらと言葉を続けた。
「アルゴナウタイの伝説に出てくる、英雄ヘラクレスによって倒された恐ろしき怪物。
人の作りし道具では傷をつけられず、かの英雄ですら、豪腕で獅子の首を絞めあげ、討伐するしかなかったという……」
オリーブの油を想起させる、彼女の緑の瞳が細まっていく。
「……であれば、通用するのは己の肉体か。それとも、人ではない存在が作った武具であれば」
セイバーの推理に続いて、バーサーカーが言葉を続ける。
「アーチャー殿の弓は、炎神より授かったもの……ですよね?」
「はい」
そう聞かれた彼は、頷きながら声を返した。
「……余の剣も、天の理を秘めたもの。敵の速度に負けず、幾度も同じ箇所を斬りつければ、致命傷を与えられるかもしれぬ」
セイバーが剣の刀身を手のひらに乗せ、緑の瞳で眺める。人工灯の白い光を反射し、複雑な形の刃は美しく輝いた。
「作戦を立てよう。あの獅子を確実に殺せて、かつ、マスター達に危害が及ばない方法だ」
バーサーカーの提案に、その場にいる全員が肯定の意味を込めて首を縦に振る。
「セイバーとアーチャー殿が重要なダメージ源となる。つまり、それ以外の者で補佐する形となるか……?」
腕を組みつつ思案するバーサーカーの言葉に、アスカがおずおずと付け足す。
「前の戦いの時のように、デザートランナーに私とトバルカインが乗って、囮になるとか」
彼女の意見に、アーチャーが声を重ねる。
「それは難しいかと。
あの時は障害物の少ない外でしたが、ここは狭く入り組んだ都市の内部です、車体を走らせるのは危険です」
親しい者の言葉に、アスカが黒い瞳をうろうろと動かした。
「では、もっと小型の……バイクのような2輪車などがあれば……?」
「なぜそう前のめりなのです、我がマスター。
デザートランナー内部で貴女もトバルカインも待機しているのが、一番安全かと考えますが」
2人の会話の間に、セイバーが鋭く声を飛ばす。
「……いや、危険だ。獅子は四足歩行で都市を縦横無尽に走り、鋭い爪であらゆる物を切り裂く」
眼差しは揺らぎなく、金の眉尻は上がり、面もちは真剣そのものだ。
両手を膝の上に揃えているバーサーカーが、そんな彼女の顔をのぞき込むように、体を折りながら口を挟む。
「デザートランナーごと殺害される……と?」
「うむ、その通りである」
赤い布をまとう腕を組みながらセイバーは同意する。
「……やはり、どうあってもそなた達に危険が及ぶか」
ずっと思いつめた表情の彼女が心配で、私はこう意見を出した。
「機械の獅子は、簡単には動かないんだよね?」
私の声で、目線を、瓦礫転がる冷たい地面に向けていたセイバーは顔を上げた。
「う、うむ。強い殺意を向けぬ限りはあの場所でじっとしている」
「それならさ、もっと都市を探索して、使える物を集めようよ」
私は彼女を安心させるために気持ちを伝える。水、食料、リソースもまだ余裕はある、焦る事は無いのだ。
「そうですわ。万全の準備を整え、こてんぱんにしてやればよろしいのです!」
アスカが真っ白な拳を突き出して空にパンチを数発繰り出す。
「じゃあ、明日から都市探索して、討伐の下準備進めていくって方向でどうかな」
考えをまとめた私を、バーサーカーが左半分だけの顔で、感心したような眼差しで見た。それからこう話す。
「マスターの意見に賛成かな。焦っても勝機を逃がすだけだ、慎重に行こう」
互いに意見を出し合う作戦会議はひとまずそこで終わり、明日へ備える事にした。
(たくさん頭を動かしたからか、眠れないな……)
寝台の上で、私は目をぱっちりと開けていた。
(外に見張りのサーヴァント居るよね。その人とお話でもしたら、気持ちが落ち着くかも……)
薄い毛布から体をもぞもぞと出して、ローファーを履いた。
静かな車内の廊下を歩いて、タラップをリズミカルな足音を立てながら降りた。
背をそらして都市を見上げる。攻撃で空いた穴から見える、小さな丸い星空。
(誰が居るかな……)
目線を下に戻して、懐中電灯で照らされている広場をこっそりと覗く。
(あっ、バーサーカーいる……)
馴染み深い彼に声をかけようと足を踏み出した私。けれど、その行動は止めざるを得なかった。
「話し相手にする分には悪くないぞ、異邦の軍師よ」
積み重なった瓦礫に腰掛け、金属製のマグカップを膝上にちょこんと置いたセイバーもそこにいたからだ。
彼女の前には紙とペンがあり、何か文章が書かれていた。
(あれは……前に刑部姫からプレゼントされた物だ! バーサーカーが渡したのかな?)
私のサーヴァントは立ったままで、遠い星空に目線を向けている。
「赤く燃え立つ皇帝にそう言われるとは、俺も捨てたものではないらしい」
冷たい風が話すバーサーカーの黒い髪をざわめかせ、彼女のドレスの白いレースを少しだけ揺らした。
穏やかな時間が2人の間に流れている。
「04、余の質問に答えよ。装飾された言葉はいらぬ、そなたの心の内が知りたい」
「はい、セイバー」
彼は彼女に背を向けたまま、落ち着いた声を返す。
「……この世に永遠のものがあると思うか?」
振り向き、暗い緑の瞳の内に赤の少女を映すバーサーカー。
「随分とロマンチックな質問だ。私よりモモタやアスカの方がよほど上手く答えるでしょう」
「だからこそ、そなたに聞いておるのだ」
「セイバー、貴女の考えは?」
「ある。そして……」
彼女は膝のマグカップを横に置いてから、立ち上がる。
広場の床にある懐中電灯を腰を曲げて拾い上げると、壊れた建物へ登り、バーサーカーを見下ろした。
「それは、愛なのだ」
崩れかけの壁からは、風化した赤いビニールシートが垂れ下がり、それは天幕の形にも見えた。
彼女は登った場所に懐中電灯を置いて、自らを照らす。
立つ彼女に、追加の白いスポットライトが当たった。孤独に謳う彼女に光を当てたのは、バーサーカー。
(劇みたい……)
役者はセイバー、照明を操る裏方はバーサーカー。そして、覗き見している私は招かれざる者。
くるりと役者が身を動かせば、石舞台の上でドレスがひるがえり、独白のような謳が始まった。
「例え千の時が過ぎ、この世界が朽ちて、天に瞬く星が残らずその灯を消そうと……」
むき出しのケーブルがつる植物のようにつたう背景に、光を受けたセイバーの影がくっきりと映る。
「愛は消えない。余の胸に、人々の胸に、思いは燃え続ける」
バーサーカーは至極真面目な顔で、じっとセイバーを見ていた。
「だが、愛を注いだ相手が消えてしまう事はある。事故……病……他者の手によるもの、様々な……」
胸に手を置き、寂しげに立つその姿。
「余はマスターを愛していた……しかし、力及ばず、守りきれなかった」
私は、この劇が誰に向けて行われているものなのか分かってしまった。それは、彼女の死んでしまったマスターのため。
ただ1人のためだけにこの真夜中の舞台の幕は上がり、彼女は謳っているのだ。
「だが!」
少女のその白い手の内に一瞬で現れた剣が、石の舞台を叩いた。
火の粉が刃より噴き出して、ちらちらと舞い、夜風に飛んでは、丸い天へ昇っていく。
「死という大河で隔たれようと、余は愛を証明し続ける!
これは、未来永劫変わることのない絶対の事実であり、誓いである!」
彼女の声が、住む者のなくなった廃墟へこだまする。喉より放たれた想いは、まるで炎のようで。
胸にあるガラス細工の赤い造花が、燃え立つ剣の火の光をはらんで煌めいた。
「……余の考えは語ったぞ、次はそなただ。さぁ、照明係りに甘んじておるのではなく、舞台に上がるが良い」
セイバーは懐中電灯を拾うと、手の内で一回転させてから、バーサーカーの顔に白い光を浴びせた。
灯りを当てられた彼は、黒の細い眉をひそめて、露骨に嫌そうな顔をする。
「私の考えも似ているが……もう少し幅広い」
セイバーに誘われたというのに、バーサーカーは舞台には上がらず、倒れて積もった壁に腰を下ろした。
「というと?」
彼女はオリーブ色の瞳に、子犬のような愛くるしい好奇心を湛えて彼を見る。
彼は座ったまま、沈んで、それでいて確かな声で話し始める。まる役者が行う朗読劇のようだ。
「思いだ。人がその時感じた思いこそが永遠なのだ」
……セイバーはもうこの世にいないマスターを想い、心の内を謳った。
バーサーカー04、彼は、誰に向けてその心を謳っているのだろう?
「それはまばたきの間に移ろいゆくもの……けれど、その時心に刻まれた感情は、決して消えることはない。
例え、感じた本人が忘れてしまったとしても」
彼は胸に手を当て、何かを逃がさないように握り締める。
「なかなか興味深い思想だ。その中に愛も含まれているのか?」
そう謳いかけるセイバーに、彼は軽い笑みを向けながら物語る。
「当然そうだ。愛などその極地では?」
「確かに、愛は感情の極みであるな」
セイバーはこくりと頷いた。
「……そなた、誰かを愛した事は?」
バーサーカーは顔を動かし、目線を遠く、廃墟の闇深い通路へ向ける。
「俺は、色んな人を好いていたさ。妻、子ども、民、肩を並べる武士武将……けれど」
「ふむ」
「みな、それを信じることはなかった……俺は、身内から信用されない人間だったから」
バーサーカーの声に悲しみは無く、ただ諦観のみがあった。
2人の会話は続く。
「嫌われていたのか?」
「だいたいそうかな。
ああ、懐かしい……『戦で首をあげたわけでもないのに、殿に重用されるのはおかしい』と、私に言ったあやつの顔!」
バーサーカーは口を手で押さえて、子どものようにくすくす笑っている。
「あいつもあいつも、腕に覚えのあるものはみーんな私に妬いたのさ」
「そなたの主は、臣下をたしなめたりはしなかったのか?」
「殿は、戦が得意なやつと内政が得意なやつに仕事を振り分けて、毎日死ぬような思いで働いていたみたいだからな……そんな余裕も暇など……あったはあったけれど……うん」
強い郷愁が語り口に込められていた。遠い過去に過ぎ去っていった日々を懐かしむ感情。
「けどさ、戦働き出来るやつはいいなーと、俺は内心憧憬を抱いていた……幼子みたいに」
偽りなく言葉を紡いでいく彼の横顔が見える。少しだけ端の上がった口、光宿した緑の瞳。
本当に、わくわくしている子どもみたいで……そんな彼の顔は初めて見た
「だって……すごく格好いいじゃないか。傷1つ無く戦場を駆けた者、その鎧の赤だけで、対峙する敵を心胆寒からしめた者」
04の声が身内を自慢をする少年のように弾む。
「……アーチャー殿を好いている理由、これなんだ。一騎当千の力を宿す、誇りある戦士……。
俺ではどうあがいても大局を変えられないし、格好良くなれないからさ」
けれど顔に憂いが宿って、彼を大人へと変えてしまった。
「話の肝がまだ聞けておらぬ。そなたが一番に愛した者の事だ!」
セイバーは脱線が長いと言わんばかりに、唇を尖らせた。
「ん? んー……言ったつもりになっていたな……」
「今でも変わらず、その者の事を愛しているのか?」
彼女に対し、バーサーカーは素直に返答する。
「ああ。五体が朽ちて泥となり、魂が黒い炭になろうとも、俺は『あの方』を愛している。
この思いだけは、誰にも歪められない、曲げられない」
彼がセイバーを見上げる。
「ほら? これこそが、思いが永遠に朽ちないものの証明、だろう?」
彼女は頭にあるぴんと立った1本の金の髪を揺らしながら、彼を舞台上から見下ろす。
「……バーサーカーよ、余とそなたは少しばかり似ているらしい」
「意外と近似点があったんだなぁ」
「まこと! 忌々しいがな!」
セイバーはわざと語句を強く発音した。
「……余もかつては、多くの者を愛したものだ」
目線と手を空へ向ける、未だ壇上の彼女。
「市民、近くに居てくれた者、献身的に支えてくれた者……だが、余の愛の形は彼らには受け入れられなかった。
そなたと同じようなもの……周りが、余の愛を信じる事が出来なかったのだ」
彼女は寂しそうな響きの声で言葉を紡ぐ。
「余の愛は、相手を焼き尽くす業火の如きもの。
みなが欲しかったのは、竈の火のような、穏やかに燃え続き、全身を温めてくれる愛。
そんな温もりのような愛が、人の世を繋いでいくものだとは……」
目を閉じると、かすかに動きを見せる自らの白い喉に、レース付きの袖から伸びる美しい手をゆっくりと添えた。
「自刃する寸前にそれに気づき……喉を裂いてから後悔した」
整えられた小さな爪が喉をかりりとかく。
(セイバーは生前、自害した英雄だったのか……)
私はそこから血が吹き出す様を幻視し、身を震わせてしまう。
「血に塗れて倒れた余の体の周りを、蜜蜂が飛んでいた。
知っておるか? 甘くかぐわしい蜜は、余の時代は遺体より蜂が作ると信じられていた……」
オリーブ色の瞳は潤んでいるようにも見える。眼差しの先にある夜空では、手の届かない場所にある星が冷たく燃えている。
「余の体が蜜であればよかったのに……。
甘き蜜になれば、誰かに無条件に愛され、口づけられたかもしれないのにな」
セイバーが目線を前へ戻してから、濡れた目元のままきょとんとした顔になる。
「……なんだ」
「いや……」
ずっと座っていたはずのバーサーカーが立って壇上にあがり、至近距離で彼女をじっと見つめていたからだ。
籠手をつけた腕はかちゃりと鳴り、布に包まれた手のひらは空へ表を向けている。
「……いい顔をしているなと思って」
「うっ……」
セイバーはしかめ面を見せながら後ずさりした。
「そなた、その理由が不明な好意を誰にでも向けていたから、胡散臭く思われていたのではないか……!?」
「理由は明確じゃないか! 人間とは違えど俺には心がある! だから人間を好きになるんだ!
人が悲しがっているのも、嬉しそうにしているのも……心惹かれるんだ!」
「それは性格が悪いと言われても仕方がない趣向だぞ!」
「強い感情の動きが好きで好きでたまらない……もっと近くで涙ぐむ顔を見ても?」
「良い訳がないであろう! 離れよ!」
舞台からバーサーカーを手で押して降ろそうとするセイバー。
「少し話をして気持ちが楽になったと……礼を言うつもりであったが……なしだ! やはり信用できぬ! あっちへ行け!」
「皇帝よ、もっとお話しよう! 俺は貴女の心揺れ動く様が……!」
「うううう……もう我慢できぬ! 切る!」
セイバーは剣を再び出現させると、ぶんぶんとそれを振る。
追われるバーサーカーはにこりと笑むと、石舞台の上を駆け出した。
(……帰って、眠ろう)
全てをこっそり見てしまった、招かれざる者である私は、急いでタラップを登り、誰にもばれないように自室へ戻ると、毛布をかぶって硬く目をつぶった。
第28話 永遠を語る夜
終わり