フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 セイバー66に案内され、向かったその場所にいたのは、全長50mを超える金属製の獅子……機械化サーヴァントだった。
 人骨と武器の残骸の中で眠っている獅子を、自らのマスターの仇だと言うセイバー。
 ひとまずデザートランナーの元まで戻り、全員で作戦会議をする。
 セイバーは依然として不安そうだが、話は討伐の方向で進み、後日その方法を求めて都市を探索をすることとなった。

 眠れないモモは、外で見張りをしているサーヴァントと会話をしようと思い立ち、寝台から起き上がる。
 そこで見たものは、バーサーカーと穏やかに会話するセイバーの姿。
 廃墟を舞台にし、2体は『永遠のものがあるのか』について語り合う。
 セイバーはそれを「愛」だと言い、バーサーカーはそれは「思い」だと話す。
 心を露わにして、真剣に話し合うその姿を見て、モモは静かに立ち去り、自室へ戻って眠りにつくのだった。


第29話 薔薇は誰がために咲く

 

 

 翌日。

 

「トバルカイン! アーチャーがパンケーキを発掘してくれたのです! 朝ご飯にいただきましょう!」

 アスカは朝から機嫌が良く、コンクリート片が転がる広場に設置した簡易テーブルの前に立って、朝食の準備をしている。

 昨夜の事もあり寝不足である私は、ぼんやりと折りたたみの椅子に座っていた。

 

「もう焼きあがった状態で、袋の中に入っているそうです。昔の保存食はリッチですわね……」

 強化プラスチック製の白い皿の上に、アルミ塗装された袋から出てきた、ぺったんこの茶色いディスクが盛り付けられた。

 うっすらと湯気が立っている、温めたのだろうか。

 寝不足のむくんだ瞳で眺め、白いフォークでつつこうとする私を、アスカが止めた。

 

「まだです。この……蜂蜜風味のシロップをかけてから……」

 黄金色のねっとりとした液体が、パンケーキの上を大河の如く穏やかな速度で流れていく。

 朝一番の日差しを浴びて、きらきらと光り、その向こう側に茶色い生地が透けて見えた。

 

「蜂蜜……」

 その言葉で、セイバーの事が頭に浮かび、気にかかった。起きてから彼女にまだ会っていない、朝ご飯を勧めないと。

 

「アーチャー、セイバーを見ていない?」

 仲間の中で、最も辺りの様子をいつも監視している彼に声をかけると、弓の弦へ目線を落とし、具合を確かめていた顔がこちらを向いた。

 

「いえ、見ていませんが……」

「わたくしも見ていませんわ」

 続いてアスカも答えてくれる。

 

「そっか……」

 白いフォークの縁でパンケーキを一口大に切りつつ、考え事をする。

 ……何か、変な感じする。

 

「バーサーカー」

「はーい」

 わざとらしいほどに満面の笑みな彼が、私の向かい側の席に座る。

 

「……セイバー、見ていない?」

 昨日の夜、彼女に会っていたであろう彼を問いただす。

 

「最後に見たのは明け方だ」

 答えた後、04は目でアーチャーを追った。何か気にかかる事でもあるのだろうか。

 

「あのセイバーが1人になったら、どうすると思う?」

 不安で、心臓が嫌なリズムを刻み始める。

 バーサーカーへ聞いているのは、今この場にいる者の中で最も心の機微に聡いから。

 その彼に、私の頭に浮かんでいる恐ろしい想像を否定してもらいたいからだ。

 

「砂の丘に戻るか……それとも」

 アーチャーが弓をその手に持ったまま、私と彼の会話を聞く。

 私が何を不安がっているのか、その理由を知らないアスカは、パンケーキがのったお皿を片手にうろうろと目線を動かしていた。

 

「食事やリソースも摂り、気持ちの整理もついたので、あの獅子へ仇討ちに行くか……」

 私は震える手でフォークをお皿の上に置いた。

 次の瞬間、遠くから振動が響き、組み立て式の机が、部品同士ぶつかる音でブルブルと音をたてる。

 

「──君達宛てに手紙を預かっているぞ」

 仮面で隠れていない唇の左端をつり上げながら、バーサーカーは懐から畳まれた薄い紙を取り出した。

 

 

『みなへ。余の勝手な行動を許せとは言わぬ。ただ、そなた達には迷惑をかけた、申し訳ない、とここに書こう』

 上質な繊維で作られた紙の上に、美しい字が綴られていた。

 

『よく思案した結果、やはりあの獅子は余が倒さねばならないと思い、そうする事にした。

 あやつは奏者を殺した憎き仇。生かしてはおけない、許せるわけがない、仇を討つことを諦められない。

 モモタ、アスカ、アーチャー961、バーサーカー04。

 振る舞ってくれたアイスクリーム、コーヒー、ヌードル、どれも美味であった』

 バーサーカー以外の3人で頭を突き合わせて、その文を読む。

 

『余に愛を向けてくれたそなた達に格別の感謝を。そして、願わくば旅の果てに美しいものが見られますように』

 短くまとめられた文章の末尾に、彼女の名が。

 

『ローマ皇帝 ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクスより。

 夢を抱き荒野を行く旅人達へ、愛を込めて』

 アーチャーが、遠巻きに私達を眺めていたバーサーカーへ声を投げかける。

 

「……知っていて、行かせたな」

「ああ」

 弓兵に対し、狂戦士は悪びれもなく答える。

 

「だって、俺でも主を殺されたらそうするもんな」

 瞳孔を開かせ、犬歯をわずかに見せながら、彼は獰猛に微笑んだ。その内心は分からない。

 私は急いで手紙を畳み、制服の内に突っ込む。

 

「助けにいかないと……!」

 仲間内でギスギスしている暇はない。彼女の元に向かうべきだ。

 

「でも……セイバーは手紙の中で……」

 アスカが私へ手を伸ばそうとして、中途半端にその動きを止めた。

 

「心配ですけれど……けど、彼女の問題で……わたくし達部外者が口を挟めることでは……」

 眉を下げた顔には戸惑いが浮かんでいる。

 

「勝機もないのに挑むのは、ただの勇敢な自殺……綺麗でも何でもない。自暴自棄だよ!」

 私はみんなに自分の気持ちを言い表す。

 ……大小の瓦礫が転がる地面に目を落としながら、朽ちた円形闘技場で出会った時の、彼女の様子を思い出していた。

 気だるげで、弱気で、何もかも投げ出したような姿で、何より。

 

「ひとりぼっちにしちゃだめだ。彼女はそういう人……だと思う」

 身なり整える事も忘れるほど悲しみを背負った、寂しそうな、その姿。

 

「……ついてきて、バーサーカー」

 彼はデザートランナーの側面にもたれかかると、目を細めながら仕方無さそうに頷いた。

 

 

 

 

 昨夜獅子を見た、あの丸い闘技場へ移動。

 降り注ぐ日の光、舞う砂塵。その中心部に彼女はいた。

 

「セイバー!」

 斜めに倒れて複雑に絡み合う朽ちた柱の間から、私は彼女を呼んだ。

 

「……なぜ来たのだ! モモタ!」

 剣を構えたまま言葉を返す少女。獅子の姿は見えないが、あちこちから建物が軋む音が聞こえる。

 私の次に、アスカがセイバーへ声をかける。

 

「助けに来たのです……貴女は望んではいないかもしれませんが……」

 とても申し訳無さそうな声色。

 無理もない。アスカは迷っていたのに、私が無理矢理引っ張ってきたのだから。

 

「巻き込みたくないから1人で来たのだ! いますぐあの白き車に乗って逃げよ!」

 武器を構えたまま、セイバーの頭が右へ左へと動く。姿の見えない敵を探しているのだろう。

 

「──くっ!」

 剣に何かが当たり、刃が陽光を反射して輝きを放った。

 

「獅子め……」

 衝撃を受け流したセイバーが、ふらつきながら吐き捨てる。

 突如現れた敵がふわりと着地した。四足歩行、耳と爪と牙を持つ獣の姿。

 全長50m、尻から伸びている尾まで含めるともっと大きい。体高は7mほど。

 鉄の肉を持つ巨大な獅子が、廃墟の壁を突き破り飛び出してきたのだ。

 獅子と少女、両者は肩をいからせ、殺意に体をみなぎらせながら、円形闘技上の真ん中で向かい合う。

 

「やぁっ!」

 かけ声と共に、セイバーは敵の前足を斬りつけた。

 剣は炎をまとい、陽炎を(くう)に残しながら、獅子の金属製の肉体をわずかに裂いた。

 

「浅い……だが、効いている!」

 よく見れば、獅子には細かな無数の傷がついていた。

 おそらく、セイバーはこうした攻防を何時間も繰り返し、ダメージを蓄積させたのだろう。

 獅子は傷のついた足をだるそうに頭の横まで持ち上げ、ぷらぷらと揺らす。

 そして急に飛び上がって体制を180度変えると、子規模な砂嵐を発生させた。

 怯まず風の中へ踏み込んだセイバーは、刃で大気を斜めに切り裂く。だが、そこに獅子はもういない。

 

「……はっ」

 目線を四方へと巡らせていたセイバーが息を短く吐いた。そして、剣で廃墟から猛スピードで出てきた塊をはじく。

 

「ケケーケ……クケッ」

 塊の正体は獅子だった。

 およそ獅子らしくもない、不快な鳴き声を喉から放ちながら、敵は攻めあぐねているセイバーをあざ笑う。

 軽やかな動きで腕を持ち上げると、小さな傷の付いた爪が日の光をきらりと反射した。

 

「逃がさぬ!」

 声と共に駆け出すとその下に潜り込み、足で地面を蹴り、垂直に跳ねつつ刃で切り上げた。

 しかし、わずかな傷が付いただけ。獅子は構わず腕を勢いよく下ろし、目の前をちょろちょろ動くを叩き潰そうとする。

 セイバーはドレスを揺らしながら金の靴でステップを踏み、獅子の爪と前腕の攻撃から逃れる。

 

「モモタ! アスカ!」

 4つの足がランダムに動いて地面を踏み、それも彼女は髪を乱しながら避ける。

 

「余は……1人で戦える! ずっとそうしてきたのだ! だから!」

 そう言い張った声は、本心を覆い隠すかのようにうわずっていた。

 

「……私は、嫌だ」

 彼女に対し、私はきっぱりと言い放つ。

 

「手紙を読んで……貴女を1人にしたくないと思ってしまったの」

 孤独に踊るその背中に向けて。

 

「だって! 凄く寂しそうだと感じてしまったから!」

 そう、彼女は寂しかったのだ。生前も、掛け替えのないマスターを失った今も。

 

「──」

 獅子から離れ、大きく距離を取ったセイバーがこちらを振り向く。

 ほつれた赤いドレス、砂のついた頬。

 見開かれたオリーブ色の瞳から、堰を切ったように涙があふれ、頬を伝っていた。

 機械の獣がその隙を見逃すはずがなく、にたりと口元を歪めながら爪を持つ腕をゆらりと伸ばす

 

「──ああ、無粋な獣め」

 ガラス切片で石を引っ掻いたような不快な音。

 都市の上層に登っていたバーサーカーが落下し、その勢いを利用して刀で攻撃を加え、獅子の腕を地面へ押しつけたのだ。

 

「俺の武器では傷は与えられないか、厄介な……何より楽しくないな」

 獅子は攻撃を中断し、跳んで後退する。一撃が弾き返されたバーサーカーは、危なげなく着地した後、セイバーに駆け寄った。

 

「バーサーカーよ、そなた……」

「すまない、マスター達にばれてしまった。その件に関する恨み言は、貴殿の勝利の後でたっぷり聞こう」

 手紙と秘密を預けた相手である彼を、セイバーは何か言いたげに見つめたが、言葉を受け、赤い小さな唇をきゅっと結んだ。

 敵に刃を向けるように、剣を構え直す。

 

「余とて無策ではない。食事による魔力の補充もし、勝てる算段がついたのでこうして挑んでいるのだ」

「……分かっているよ?」

「ええい! その他者の心をじろじろと値踏みするのを止めよ!」

 バーサーカーへ少しだけ怒ってから、セイバーは後ずさった獅子へ一足で跳んでいく。

 ドレスの色と合わさり、残像はまるで赤い流星の如く。

 敵の顔、ネコ科らしい黒い金属製の鼻先を真一文字に切り裂いた。

 刃の切っ先から薄青色の液体リソースが散り、放射状に飛んで、砂の上を淡く光らせながら濡らす。

 

「クゥエ……イギエ……」

 奇怪な悲鳴を獅子は漏らし、思い切り後方へジャンプした。

 当然体が建物の残骸や柱にぶつかるが、全てべきべきと壊して強引に後ろへ距離を取る。

 

「傷を受ければ直ぐに逃げ、死角から攻撃をするばかり……獅子の風上にもおけぬ」

 数時間以上戦っているであろうセイバーは、肩で大きく息をした。

 

「だが、逃がさぬ、ここで打ち倒してみせる。その力が余にはある」

 梳いただけの金の髪を彼女は手で払ってから、胸にあるそれに指先で触れた。

 

「モモタ、アスカ……余が勝利を収める様を、そこで見ているがいい!」

 ドレスの上で輝きを放つガラスで作られた造花が、この場にいる誰よりも彼女を見守っていた。

 

「……我が才を見よ、万雷の喝采を聞け」

 剣を片手に彼女は謳う。それに呼応し、周囲の空気が変わり始めた。

 金の粒子と、半透明な花弁が舞い始める。

 

「インぺリウムの誉れを、ここに」

 崩れていた柱は、謳う彼女の思いを受け取り、修復され真っ直ぐに伸びていく。

 石の段が次々とそそり立ち、細かな装飾が施された。

 

(宝具だ。セイバー……いや、皇帝ネロの)

 全身に鳥肌が立ち、私とアスカは目の前の光景にただ魅せられていく。

 

「咲き誇る花の如く……」

 甘い香りが大気を満たす。

 青空を覆い隠していく金に輝く天井より、半透明からしっかりと色を得て赤く染まった花びらが、尽きることなく降り注いでいる。

 

「ガルギュグゥゥ!!!!」

 大人しく宝具の発動を許す敵ではない。不快な雄叫びを上げながら、細かな傷が無数についた体で飛びかかってくる。

 だが、その攻撃が完遂されることはなかった。

 

「……」

 変貌していく廃墟の裾から、舞台役者の様に跳んだアーチャー961が、宙を一回転しながら獅子を撃ったからだ。

 赤い花弁の間を、青白く燃える矢が数発、直線に飛び、機械の後ろ足を貫いて体制を崩す。

 ずしんと、50m強の獅子の巨体が地面に倒れ込んだ。

 アーチャーは精緻な模様が刻まれていく地面に姿勢低く着地し、膝を付いて背中を丸める。

 なめらかな質感の白のマントが、しわを作りつつも床に広がった。

 

「……感謝を」

 セイバーは彼の助力に顔を綻ばせたが、直ぐに戦意を宿した鋭い面立ちへと表情を戻した。

 剣の柄を両手で持ち、地面から数cm浮かせながら、最後の一文を高々と謳う。

 

「───開け、黄金の劇場よ!!!!」

 地面に剣が突き立てられた瞬間、彼女の完全なる宝具が、いや、彼女の思い描いた世界が姿を見せた。

 役者を上から観劇する、何千人と収められる客席、煌めく柱、床、花の舞う中で揺れる赤いの垂れ幕。

 皇帝ネロが生前作りあげたという黄金劇場、『ドムス・アウレア』がここにあった。

 

「レグナム、カエロラム、エト、ジェヘナ……」

 彼女が剣の刃を上から下へ撫でながら呟く。それが、剣に与えた名なのだろう。

 半円を繋ぎ合わせたような形の刃の表面に、徐々に灯っていく火の粉、それは瞬く間に業火へと変わった。

 それを片手で力強く振るったセイバー。

 赤いの軌跡が宙に描かれ、降り注ぐ花弁を飛ばし、優美な旋風を起こす。

 

「我が剣戟に喝采を!」

 誇りと共に謳われた言葉の後に、セイバーの姿が消える。

 敵を視覚で捉えられなくなった獅子は、矢傷を受けていない足をばたつかせながら起き上がり、首をぎしぎしと動かし辺りを見たが、その体が再び、がくんと落ちる。

 ──後ろ足が、一撃で断ち切られたからだ。

 がらんごろんと内部パーツを床にこぼしつつ、切り落とされた足は劇場隅に転がっていく。

 

「我が胸に情熱を!」

 次に尾が切り落とされ、続けてもう片方の後ろ足。

 

「我が腕に比類なき才知を!」

 反撃など許さない、まさにセイバーの独壇場。

 獅子の足は全て奪い取られた。それでもなお、顎で床をかいて逃げ出そうと機械はもがいたが。

 

「そして──我が魂に! 愛を!」

 上空から降り立ったセイバーが、そのあがきを終わらせる。

 

「天の(ことわり)を秘めた刃をもって、仇なる獣の幕を下ろさん……」

 剣がまとう炎はますます勢いを増し、彼女の体まで燃やさんばかり。

 金の髪はふわりと浮き上がり、明るい緑の瞳に激しい熱が宿った。

 

星馳せる終幕の薔薇(ファクスカエレスティス)!」

 50m以上ある獅子の胴体を、真横に一閃。

 揺れるドレス、リソースで濡れた赤い刃、勝利を収めた小さな体。

 彼女のマスターを殺した機械は見事切り裂かれ、その体をスライドするようにずらしながら、崩れ落ちた。

 

「うむ……大勝利、である!」

 輝きを放っていた劇場が、金の粒子に変わりながらほどけていく。

 また、朽ちた誰もいない廃墟へ。

 その中心に立つ彼女の体も、ぐらりと揺れて倒れた。

 

「セイバー!」

 ひどく彼女の事を心配していたアスカが真っ先に駆け寄り、小さな体を抱き起こす。

 

「気絶していますし、傷だらけ……直ぐに治療を!」

「はーい」

 アスカに間延びした声で返事をするバーサーカー。

 戦いを終えた彼女を癒すため、デザートランナーに急いで戻った。

 

 

「怪我も俺のスキルで治したし、液体リソースも追加で与えた。当面は大丈夫だろう」

 車内の空き部屋。

 寝台で横になっているセイバーの寝顔は、やるべき事を果たした後の、晴れやかなものに見える。

 

「でも、あんな小さな体で、何時間も戦っていたのですし……」

「サーヴァントはマスターアスカが思う以上に頑丈なんだぜ」

 不安そうに指をもじもじと合わせているアスカに、バーサーカーは軽い調子と態度で答える。

 

「ですが、怪我すれば傷つくのでしょう、人と同じように、痛いのでしょう……?」

 彼女は優しいから、相手がサーヴァントであろうとなかろうと、同じように心配してしまうのだろう。

 

「ただいま戻りました」

「あっ、アーチャー殿お帰り」

 獅子の残骸から資源を回収していたアーチャーが部屋に入ってきた。

 寝ているセイバーを合わせて、狭い長方形の部屋に5人、窮屈だ。

 

「場所を運転室へ変えましょう、マスターアスカ、マスタートバルカイン」

「そうですわね」

 休んでいる彼女を起こさないようにそっと退室して、ハンドルと計器、席が並んでいるあの馴染み深い運転室へ4人で向かった。

 

 

「液体リソースは相当な量を回収できました」

「それは良かった」

 アーチャーの報告に相づちを打つバーサーカー。

 

「それと、これも……」

 先んじて運び込まれて、床に置かれていた物が、ごとりと台の上に乗せられる。

 

「おっと、ブラックボックス」

 バーサーカーが緑の瞳を瞬きさせた。

 

「あの切り倒された獅子の頭部に収められていました。これが指示を出し、体を動かしていたと推測出来ますが……」

「後で開封してみるか、アーチャー殿」

「……恐ろしい罠が仕込まれていないとよいのですが」

 私はまじまじとその箱を見る。

 大きさはやはり子どもの頭くらい、艶のない黒色のパネルが4つの面にぴたりと貼られていて、文字にも見える模様らしきものが表面に走っている。

 

「じゃあ、アーチャー殿からの報告も聞いたことだし……」

 バーサーカーが肩を回しながら本題を切り出す。

 

「この都市、『上級都市レグルス』で何が起こったのか、知りに行こう」

 話す彼以外の、この場にいる3人が深く頷いた。

 

 

 第29話 薔薇は誰がために咲く

 終わり


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