フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 モモ達に手紙だけを残し、単身戦いに向かったセイバー66、もとい、皇帝ネロ。
 彼女を「ひとりぼっちにしちゃだめだ」と強く感じたモモは、仲間を引き連れ助けに向かう。

 獅子型の機械化サーヴァントと打ち合う皇帝ネロを見つけたモモ達。
 彼女の心の痛みと孤独を癒すため、バーサーカー04とアーチャー961は助力する。
 敵が増え、逃げようとする機械獅子。ネロは自らの宝具を発動し、黄金の劇場をここに開いた。
 死んでしまった自らのマスターに愛を謳いながら、セイバーは機械獅子を両断する。
 見事仇討ちを為したセイバーだったが、ダメージや無理な宝具使用がたたり、気絶してしまう。
 モモ達はそんな彼女をデザートランナーまで運び、治療を施すのであった。

 倒された機械サーヴァントから、大量の液体リソースと、ブラックボックス1個を回収。
 それらを用い、この『上級都市レグルス』で何が起きたのかを、モモ達は調べに行くのであった。 


第30話 花の眠る丘

 

 

 車両もそうだが、まだ眠っているセイバーも心配だったので、廃墟の中をぎりぎりまでデザートランナーで進む。

 切れたケーブルと壁の破片が絡み合った細い道にさしかかった辺りで止め、リソースを詰めたタンクと共に、私達は目的の場所へ向かった。

 

「リソース注いで……この端子を繋いで……え? こっちなのか? ややこしいな……」

 天井の崩れていない、大きなホール。昼を迎えようとしている太陽の光はここまで届かず、中は暗闇に覆われていた。

 その中心部に立つ、円柱内部にある自家発電器を、バーサーカーは誰かと会話でもしているような独り言を呟きながら、修理している。

 

「よいしょっと……」

 私は、前回訪れた時のように、懐中電灯を点けて室内を照らす。

 地面に転がるごみは変わりなく。缶詰め、アルミの袋、飲料水が入っていたであろうボトル。

 

「よし、モニター、映るぞ」

 バーサーカーの言葉の後、壁に立てかけられた液晶パネルが淡く光り、サーヴァント含む私達4人は、それを食い入るように見つめた。

 

 

『ベルゼ・キラライト! 私の管轄する都市に、こんな地獄絵図を描くことが君の望みだったのか!』

 男性の声が始めに聞こえてきた。しかし、画面は依然としてほの明るい黒のままだ。

 

『そ、そんなつもりでは……』

 受け答えをする、聞き覚えのある女性の声。

 彼女が『ベルゼ・キラライト』……ブラックボックスの中にメッセージを残したAIで間違いないだろう。

 相対している男性は、先ほどの発言から考えるにこの都市のAIだろうか。

 男はヒステリックな声色で言葉を続ける。

 

『機械化サーヴァントとの戦闘で、君達レジスタンスは壊滅状態! 

 数合わせの兵隊にされた私の都市の住民は、フレンドリーファイアを頻発し、総崩れだ! 

 どう責任をとってくれる!』

『けれど、この攻撃を耐えて反撃……そう! 反撃すれば!』

『頼むから現実を見てくれ……ああ、君を差し出し、今すぐ降伏したい所だ!』

 AIの口論の後ろから、振動や悲鳴が聞こえる。

 

『籠城して他の上級都市やレジスタンスの援軍を待ちましょう! 諦めなければきっと、私達が勝利を掴める! 

 だって、私達こそが正義なのですもの! 聖杯戦争を止めるために旗を掲げた、真に人類を愛している存在なのですもの!』

『ベルゼ、君には無理だったんだ……私にも、無理だったんだよ』

 映像から響いてくる無数の悲鳴は明らかに人間のもので、すすり泣く声もあった。

 

『上層部はこの行いを許さないだろう。衛星軌道上に展開しているあの兵器で、この都市は焼かれる……もう終わりだ……』

『そんなことない、ないの! 信じていれば、戦い続ければ、私達は勝利を!』

『リリス様を疑わなければ良かった……私は自らに与えられた都市すら守れぬ愚か者……』

 男の声は段々とか細く小さくなり、他の音と混ざって聞こえなくなった。

 それとは対照的に、女性が叫ぶ。

 

『勝つの! だって! 私達は、レジスタンスはこの世界の真実を知っていて、正義は……』

 ぶつりと映像が途切れ、パネルは再びただの黒い板に戻った。

 

 

「終わってしまいましたの……?」

 懐中電灯で白く照らされたアスカが、怖々とバーサーカーに問いかける。

 

「ああ、映像はこれだけ。後は……リニアの時刻表とか生活資源の管理とか、ありふれた情報しかない」

 バーサーカーは、自家発電器内に余った分のリソースを、手押しポンプできゅるきゅると回収する。

 

「うーん……」

 私は困り果てた。

 セイバーが倒してくれた獅子から回収したリソースまで使ったというのに、得るものがほとんど無かったからだ。

 いくつか気になる単語はあったが、その答え合わせすら出来やしない。

 

「ブラックボックスを開ければ、もっと色々分かるかな……」

 まだ全てが徒労に終わった訳ではない。アーチャーが見つけてくれたブラックボックスがまだ残っている。

 

「じゃあ、そっちもあたってみるか、我がマスター」

 足早に暗いホールから出て、デザートランナー内へ戻った。

 

 

「どこに行っていたのだ! 余は、余は心配していたのだぞ!」

 運転室に入るなり、そう声をかけてきたのはあのセイバーだった。

 緑色の明るい瞳にうるうると涙を湛え、拳をぶんぶんと振って子どものように感情を露わにしている。

 

「ごめんなさい、セイバー。コンピューターを起動させて情報を集めていたの」

 彼女に手短に行動を説明する私。

 

「おお! 昨夜、余に話してくれたあれの事だな。して、どうであった?」

 彼女は指で涙の雫を払うと、柔らかい笑顔を向けてくれた。

 

「あまり収穫はなくて……」

「むむ……なんと……」

 腕を組み、目を閉じるセイバー。

 

「ですが、ブラックボックスを手に入れられたので、こっちを調べてみようと……」

 私の後ろに立っていたアスカがひょっこりと顔を出した。

 

「それはなんなのだ?」

「えっと、AIの心と魂を、一時(ひととき)の間留めておく箱……なのです」

「つまりこの黒き箱は、人で言う所の肉体か。なんと不可思議な物か……」

 アスカがAIスローネから聞いた、ブラックボックスの概要をセイバーに伝える。

 そんなやり取りをしている間に、バーサーカーが黒い箱に色々と機器を接続し、右手を置いて、開封の準備を進めていた。

 

「AIの魂とは何であろうな、アスカよ」

「人間の魂すら定かではありませんのに、難しいお話ですわね……」

 セイバーの事はアスカに任せ、私は台の上で作業をしているバーサーカーの側に寄る。

 

「開けられるの?」

「うん、開けられる。俺の体の中に内蔵されてるデバイスあるだろ、あれでハッキングして、開封する」

 ……もう何日前になるだろう。

 聖杯戦争の火に焼かれたあの故郷で、彼は死体の手首からデバイスを違法に手に入れたのだ。

 バーサーカーというサーヴァントは本当に、目的のためなら非道な手段を取る事をためらわない。

 

「……よし、開封を開始する。全員集合してくれ」

 アーチャーの隣にアスカ、私の隣にセイバー。

 

「セイバー?」

「なぜそう不思議そうな顔をしている、モモタよ。もしや……先ほどのように、余をまた仲間外れにするつもりか?」

 腰に手を当て、頬を膨らませる彼女の愛らしい姿を見て、私もアスカもアーチャーも、無下な態度は取れなかった。

 

「じゃあ、中身を調べてみるか……」

 バーサーカーが手を箱に手を当てると共に、一番外側にある黒いパネルがはらりと剥がれていく。

 その内にあるのは、キルケーと見たあの輝く琥珀色の箱。

 

「……中に、誰かいる」

 彼の声に警戒の色が混じった。

 

『……誰、ですか?』

 接続したスピーカーから響いたのは、女性の声。

 真っ先に答えようとした私を、バーサーカーは箱につけていない左手を動かして制した。

 

「地下都市から逃げ出し、旅をしている集団だ。貴殿はAIか? 個人名はあるか?」

 質問をする彼の姿を、アーチャーもセイバーもじっと見ている。

 

『ある……あります! 私の名前はベルゼ・キラライト!』

 初めはぼんやりとしていたが、徐々に口調がはっきりとしてきた。

 

『ずっと……ずっと獅子型機械化サーヴァントの中に閉じこめられていたの! 

 殺したくなんてなかったのに、無理やり制御されて、見せられて……ああ、助けてくれてありがとう……』

 名乗ったAIの発言に、セイバーは肩をぴくりと動かしたが、何もしようとはしなかった。

 バーサーカー主導で会話は続く。

 

「はじめまして、ベルゼ・キラライト。私はサーヴァントであるバーサーカー04だ」

『それ以外の人もいるの……? 

 機器を接続してくれているみたいだけど、まだ感覚器官が足りなくて、あなた以外の存在を感知出来ないの……』

「……何人か、君の声を聞いている」

 バーサーカーは彼女を警戒しているのか、はっきりとした人数を言わない。

 

「君のメッセージを受け取り、ここにやってきたんだ」

『本当?! じゃあ、あなた達は……』

 声だけでも彼女が嬉しそうなのが伝わってきて、私は胸が温かくなった。

 

『レジスタンスに参加してくれるって、こと……?』

 その言葉が呟かれた瞬間、空気が、冷たく変化していく気がした。

 

『あぅれ? ……何か、気分が……』

 出会いの喜びで弾んでいた声がおかしな響きとなり、音が歪む。

 

『お、ぼ……ぼ……も……きぃ?』

 意味にならない言葉がぶつぶつと出てきて、私はその豹変に血の気が引いた。

 

『れ、レジスタンスって、言った瞬間……思考、が、溶け……ひっ』

 彼女の声は続く。

 

『ごめ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!』

 それは怯えきった者の声で。

 

『……やだ、やだやだやだ! 溶ける、自我が溶けちゃう!』

 外側の黒いパネルが外された、むき出しの琥珀色のキューブが、彼女が叫ぶ度に激しく点滅した。

 

『なんでなんでなんで?! せっかくあの機械化サーヴァントの体から解放されたのに……! 

 おかしいおかしい! 私が正しいのに! 私は悪いことしてないのに、どうしてこんなひどい目に……』

 室内はオレンジの光がちかちかと飛び、目が激しく痛んだ。

 

『と、とける、しんじゃう……たすけて! だれでもいいからたすけて!!」

 彼女の懇願にはっと我に返り、私はボックスと接続しているバーサーカーに目を向ける。

 

「バーサーカー! 彼女を……」

 助けてほしいと言いたかったが、出来なかった。

 彼の瞳が見開かれて、遠く、この世界でない場所を見ていたから。

 

「……ああ、なんだ、そういう事か」

 遅れて、鼻から血が流れた。

 

「バーサーカー04! その箱から離れよ!」

 誰もが混乱している車内で、そう強く言い放ったのはセイバー66だった。

 

「力ずくになるが許せ! ええい!」

 箱の上に置かれていた彼の右手を引き剥がし、そのまま体ごと後ろへ倒れ込む。

 

『接続が切れた……や……やだ、誰もいない……ひとりぼっち……』

 AIの絶望しきった声。キューブの点滅はますます激しくなり、アーチャーがアスカの目を腕で覆って光から隠した。

 私も自らの腕で目を守る。

 

『死にたくないよ……あっあっ……あ……ぁぁぁぁぁ!!!!』

 絶叫が車内に響き、その後に箱は沈黙した。

 

「マスターアスカ、目は大丈夫ですか?」

 アーチャーが主の無事を確かめる。彼女はまばたきを何度もしながら頷いた。

 

「バーサーカー! 大丈夫!?」

 まだ強い光の点滅で白む視界で、私のサーヴァントを探す。

 

「起きよー!」

 床に尻餅をついたセイバーがぺちぺちと彼の頬を叩くと、彼は左しかない瞳を開け、手をつきながら起き上がった。

 

「……すまない、そしてありがとう、剥がしてくれて」

「うむ……よからぬ感覚に飲まれそうになっていた故な、あの顔はそういう顔であった」

 私も急いで彼の側に寄る。

 

「いや、うん、ちょっと、中にいる彼女の、死にゆく感触が逆流してきただけで……。

 くらくらとしたけれど、もう平気だ、心配はいらない」

 『死にゆく感覚』という恐ろしい単語に、私は震える。

 

「それに」

 彼が言葉を付け足した。

 

「死ぬ感覚を得るのは、『あの人』を含めて3回目だから……知っているから、大丈夫、大丈夫なんだ」

 ……それはどういったものなのだろう。今も生きている私には想像もできない。

 

「さて、彼女は」

 バーサーカーはふらつきながらも立つと、また右手を箱に置き、内部を確かめる。

 

「消滅してしまったか。死んだ、と言っていいのかな」

 私はAIの事を思う。彼女、ベルゼ・キラライトは、喜び、怯え、死んでしまった。

 ……人と、同じように。

 

「そしてとても悪趣味な事に、彼女が死んだ事で情報のロックが外れた。

 恐らく、初めから彼女は殺される予定だったのだろうな」

 バーサーカーがデザートランナーの中の装置を操作して、モニターにどこかの座標を表示する。

 

「『上級都市ピオーネ』……私達が初めからずっと目指していた目的の場所だ」

 青い画面に、白い光点がぴこぴこと浮かんでいた。

 

 

 

「そして、恋人と言い争う主人公の目の前に現れたその謎の人物こそが! 実の息子だったのだ!」

「まぁ……! それで、お話はどうなってしまいますの!?」

 車外に出ると、天高く昇った太陽が、一際強い日差しを広場に注いでいた。

 一応の情報は得ることの出来た私達。

 けれど、衝撃は大きかった。

 セイバーはそれを感じとったのか、ショックを受けていたアスカに物語を話し、気分を紛らわせてくれている。

 

「そこで舞台を壊しながら! 出てくるのだ!」

「いったいそれは……!」

「神である! 機械仕掛けの神が!」

「そ、そんな伏線ありませんでしたわ!」

「うむ、神、だからな! そして神の手から神の光が! 

 ……そして、全ての人は癒やされ、荒れ地に緑が戻り、世界は救われたのである」

「……ハッピーエンド、ですの?」

「万事解決! 文句なしのハッピーエンドである!」

「ええ……?」

 アスカはリアクションが良いからか、セイバーも嬉しそうに語り、話は弾んでいる。

 それを横目に、サーヴァント2体は出立の準備をしていた。

 

「あの……バーサーカー」

「どうした、我がマスター」

 発掘できた缶詰めなどの食料品を車内に運び終えた彼に声をかける。

 

「大丈夫? 体、変になったりしていない?」

「なんだよマスター、やけに心配するなー」

 からからと快活に笑うバーサーカー。それを見ても私の気持ちはちっとも晴れない。

 

(バーサーカーって、重要な事を私に話してくれていない気がする……)

 10年以上一緒に暮らしていたのに、私は彼をちっとも知らない。

 好きな映画も、食べ物も分かるのに、それ以外……考えている事とか、心情とか、知らない。

 

「何かあったら、相談……してね」

 きっと詰め寄っても明かしてはくれないだろう。そう言うだけが、精一杯で。

 

「えっと……」

 セイバーの方を見る。彼女のように、置き手紙のような形で気持ちを表してくれたら……。

 

「……そっか!」

 私はデザートランナーから伸びるタラップを登り、中へ。

 物の増えた倉庫に大切に仕舞ってあった『それ』を取り出す。

 

「バーサーカー! これ……」

 彼に差し出したのは、刑部姫がプレゼントしてくれた、この世界ではとても貴重な紙とペン。

 

「話せないなら、書いてほしいの。……いい?」

 彼がおずおずとそれを受け取る。

 

「……りょうかい」

 手に持った紙に日の光を透かしながら、彼は了承した。

 

 

 出発の時が来た。

 デザートランナーの点検や、缶詰めを開けて豪華なお昼などを摂っていたから、お日様がだいぶ傾いてきている。

 

「余はここに留まらねばならぬ……奏者が、待っているからな」

 崩壊した通路が覗く廃墟の壁を、夕日が真っ赤に染め上げていた。

 残るセイバーの姿も赤く染まっている。

 

「お別れ……ですのね」

「名残惜しいが、別れは旅につきもの」

 彼女はあどけなく微笑む。

 

「そして、出会いもまた旅の醍醐味である。別れを忘れるほどの出会いが、そなた達を待っているだろう」

 アスカは意気消沈しながらも、手に持っていた贈り物を渡した。

 

「これ……詩を書くための紙とペン、それと……」

「む?」

「……外套を」

 茶色で分厚い生地のそれを、セイバーは受け取り、腕の内に抱える。

 

「きっと、冷えるでしょうから」

 別れゆくサーヴァント思いやるアスカに、セイバーは大輪の花のような満面の笑みを浮かべた。

 受け取った外套をさっそく広げ、見つめる彼女。アスカがもじもじとしながら声をかける。

 

「セイバー、その」

「む? なんだ、アスカよ」

「背中に外套をかけて差し上げたいのですが、よろしいでしょうか。これから夜になりますし、冷えてきますから……」

 ──その提案を聞いた瞬間、セイバーはきょとんとした表情をしてから、寂しそうにも、嬉しそうにも見える小さな笑みを浮かべた。

 

「うむ、許す」

「では……」

 アスカは彼女から外套を受け取ると、後ろに回り、背にそっと布を贈る。

 茶色の布地に手を添え、セイバーは何かを確かめるように数回撫でた。

 

「感謝する、アスカよ。

 ……ああ、外套というのは、見た目よりずっと暖かいものなのだな」

 そう言った彼女は、顔を隠すように一度下を向いたが、ぱっと顔を上げる。

 

「うむ! 大義である! 余はそなた達の事を終生忘れ得ぬだろう!」

 見せてくれた表情は、やはり愛くるしい笑顔で。

 

「旅の成就を祈るぞ! 幸運あれ!」

 セイバーはアスカを抱擁してから、私を抱きしめ、続いてアーチャーにも行おうとして、やんわりと断られた。

 

 

 別れの言葉は尽きないが、私達は彼女を置いて、デザートランナーに乗り込んだ。

 フロントガラスから手を降るセイバーの姿が見える。

 私も力いっぱい振りかえしてから、運転室の席に座り、シートベルトをつける。

 

「デザートランナー、発進するぞ」

 バーサーカーが数日ぶりにハンドルを握り、アクセルを踏む。

 積もった瓦礫で出来たスロープをがたがた登り、私達は旅立った。

 とうとう座標を手に入れた『上級都市ピオーネ』、そこへ向かって。

 

(セイバー……)

 私は目を閉じて、彼女を思う。

 きっと、再びあの円形闘技場に戻り、出会った時と同じように眠りにつくのだろう。

 けれど違うのは、その背中に暖かい外套があり、胸には(うた)とガラス細工の薔薇があること。

 花と詩と胸に秘めて、彼女は眠りにつくのだ。

 ──愛する人と、共に。

 

 

 

 

 夢を、見る。

 神聖なる山、険しい斜面、果ての見えない雪景色。

 倒れた者は上から降り続く雪に埋もれ、静かに冷たくなっていく。

 

「待って、待ってくれ!」

 私は……いや、俺は叫んだ。

 遠ざかっていく、白い布をまとうその背中に。

 声が届いたのか、くるりと振り返る。

 浅黒くなめらかな肌、深遠の瞳、雪と相反する色の黒い髪。

 

「ああ、(クリシュナ)

 彼が、()()()()()が俺の名を呼んだ。

 

「ごめんなさい、私はどうしても、貴方を置いていってしまう」

 彼が俺に触れる。

 ああ、これはやはり夢なのか。

 だって、俺は肉体を持って生きた訳ではなかったから。

 アルジュナという、英雄の心の内でのみ生きていたのだから。

 

「幼い私の心……小さな私の欲……」

 彼の表情は穏やかで、黒々とした眼差しはどこまでも優しかった。

 

「貴方を受け入れ、育てることが出来たのならどれほど良かったか……。

 そうすればきっと……もっと良い方向へ何かが変わったかもしれないのに」

 彼は俺を見つめながら微笑む。

 

「ああすれば、こうすれば……最後にはやはり、そう考えてしまいますね」

 神々すら目を奪われた微笑みで、俺に笑いかける。

 

「さようなら、私の欲心」

 俺はただ立ち尽くす。絶望しきったその体で。

 

「死ぬ時まで、同じとはいかない。貴方は、私でない私を助けに行って」

「アルジュナではない、アルジュナ……?」

 彼は俺の言葉に頷いた。

 

「ええ。

 これより無数に生まれるアルジュナ、無限に旅を続けその中で迷う私に、寄り添ってあげてください。

 悩める彼らの、どうか助けに」

 風は強くなるばかりで。

 

「私では……私を救うことは出来ないから」

 雪はひどく冷たかった。

 

「さようなら、(クリシュナ)。私を人につなぎ止めてくれて、ありがとう。

 ああ、礼が言えた……これで何の心残りもなく、最後を迎えられる」

 彼が俺から手を離し、再び歩き出そうとする。

 

「また会うことがあれば、どこか美しい星の下がいい。

 夢物語、だろうけれど」

 真夜中の空は黒く濁り、地面はどこまでも白かった。

 

「さようなら、私の……心」

「嫌だ、置いていくな……置いて……」

 彼の背が、闇の中に消えていく。死という、冷たい世界へ遠ざかっていく。

 

「俺を置き去りにしないでくれ! アルジュナ!!」

 心からの叫びは空に吸い込まれ、夢の中の雪山は全て崩れ去っていった。

 

 

 

 

「……」

 目を覚ます。

 夜の砂漠。見上げた空は深い青で、星々が瞬いていた。

 

「アーチャー殿、起きたのか」

 車両の上であぐらをかいているバーサーカー04は、手を細かく動かし何か作業をしている。

 

「何を……している」

「手紙を書いているんだ。マスターにお願いされてしまったからな」

 男は書き上がったそれをしげしげと眺めると、満足そうに頷いてから畳む。

 

「……誰かに置き去りにされた時、お前ならばどうする」

 問いかけると、男は月を背にしてにたりと笑った。

 

「もちろん追いかけるのさ」

 手紙を便せんに入れ、封を閉じる。

 

「……どれほど離れようが、時が過ぎようが、俺は絶対に諦めない、追いついてみせる」

 緑の瞳が、戦闘時のように光る、

 

「アーチャー殿は……どうする?」

 俺は下から、彼を見上げた。何もかもを冷徹に見通す、邪悪な男。

 

「俺は……」

 どうすれば、良かったのだろう。

 この矛盾極まる体に閉じ込められた思考が、正当などない答えを求めてさ迷う。

 

「……話題を変えようか」

 バーサーカーがあぐらを解いて、デザートランナーの上に立った。

 

「アーチャー殿はこの世に永遠のものがあると思うか?」

 その問いに対しては、すぐに答えることが出来た。

 

「……全ては移ろいゆく。絶対に思えた正義でさえ、語る者が変われば裏返る」

「なんて現実的なご意見だ。もっとロマンチックに生きて欲しいな、貴方には」

「私の生き方は私が決める」

「そうだな。そしてそんな英雄の姿に、人は勝手に夢を見る……」

 バーサーカーが砂の上に降りてきて、俺を見た。

 

「でも、1つくらい永遠のものがあってもいいのではないかな」

 どうせ、何を言うのかは分かっているので俺は黙って聞いていた。

 天を見上げる。ああ、満天の星空。輝く星が手で捕まえられそうだ。

 

「……アーチャー殿、俺が世界を救う方法について知っていると言ったら、貴方は笑うか?」

 想定していなかった言葉に、思考が止まった

 

「その方法はな──」

 俺の虚をついた男は、何が面白いのか、仮面に隠された半分だけの顔で、白々しく微笑んだ。

 

 

 第30話 花の眠る丘

 終わり




 ……アーチャー961のマテリアルが更新されました。

(更新分のみ表示)
 終末世界のアーチャー


 出典:マハーバーラタ 地域:インド
 属性:秩序/悪(自己申告)
 彼は悪によって正義を証明する存在。その有り様は反英霊にも似ている。
 自らを悪だとうたい、そう振る舞い続ける。それが己の生まれた意味であると確信しているからだ。
 ……しかし、この属性は彼自身の自己申告であるため、マスターは彼を悪だとはとても思えないかもしれない。


 狂化:E
 詳細不明。
 ↓
 狂化:E
 私はアルジュナだ。
 ──いや、私はアルジュナではない。
 いや、私はアルジュナだ、そうではなくてはならない。
 今この身を襲う真実から目を背けよ、つながり続ける現実をねじ曲げよ。
 全ては矛盾の存在にて。されど私はアルジュナだ、そうでなければならない。


 千里眼:B+
 若干の未来視すら可能とする彼の瞳。
 思考が変われば目線も変わり、欲しい未来も変わる。
 ↓
 千里眼:B+
 若干の未来視すら可能とする彼の瞳。
 思考が変われば目線も変わり、欲しい未来も変わる。それ故に、もう1人の彼とは違い、戦い方が荒々しい。
 ……しかし元は同じ存在。どれだけ離ればなれになり、遠くに来たとしても、眼差しだけは変わらない。


 登場キャラクター紹介


 セイバー66のマスター

 身長/体重:? cm・? kg
 出身:地下都市 年齢:不明
 属性:詳細不明 性別:不明
 好きなもの:美しいもの
 嫌いなもの:争い

 セイバー66のマスター。上流階級の人間であり、芸術家。
 ある地下都市で開催された聖杯戦争に巻き込まれたが、戦いは選ばず、セイバー66と共に逃亡。
 その先でたどり着いた廃墟、『上級都市レグルス』に潜んでいた機械化サーヴァントに殺害された。

 地球は全て荒れ地となり、人類の数千年に渡る芸術文化は悲劇と共に消え失せた。
 その事実を知っていたがなお、美を求め続けた。
 信じていたからだ。何もかも失われたとしても、いつかまた、誰かが始めるという事を。
 このマスターはあの真紅の皇帝に出会い、それを信じる気持ちを思い出せたのだ。


 終末世界のセイバー

 クラス:セイバー
 真名:ネロ・クラディウス0066
 マスター:なし(魔力的な契約で繋がったマスターは存在しない)
 所有者:今はもういない

 5代目ローマ皇帝であり、国庫を傾け、愛していた市民に追われ、その末に自害した暴君。
 自ら火をつけたと噂された大火、ローマ全土に及んだ宗教弾圧など、彼女の人生は圧制的なエピソードに事欠かず、陰謀と血で飾られている。
 理解者は少なく、敵は多い。そんな生前を過ごしたからか、彼女は寂しがり屋であり、他者へ愛を向けずにはいられない。また、彼女自身も他者から愛を向けられたくてたまらないのである。

 彼女は見目美しいため、召喚されてからは高額で取引され、様々な持ち主の間を転々とした。
 反抗的な態度を取れば記憶を消去され、持ち主の都合が悪くなれば記憶を消去され……この世界に喚ばれた多くのサーヴァントと同じように、オークションにかけられていた。
 その果てにある人間と出会い、心を交わし会ったが、守りきれず、死なせてしまった。

 ……砂の丘の上で愛の詩を書き、眠る。
 周りには誰もおらず、1人。しかし、その背に少女から贈られた外套があった。
 三度洛陽を迎えるまで、誰からも見捨てられていた生前とは違ったのだ。
 美しい思い出と、愛が胸を暖め、彼女は安らかな気持ちで目を閉じた。


 獅子座の機械化サーヴァント

 クラス:? 
 真名:詳細不明(十数体のサーヴァントが混合されたもの)
 マスター:? 

 サーヴァントを粉砕して、機械の体に詰めたもの。その体は獅子座の力を宿す。

 能力は、人間の作った道具からのダメージを軽減する、というもの。
 本物のネメアの獅子には遠く及ばない、技術でそれらしく仕立てただけの模造品である。
 人でないものが生み出した道具……神々の武器や、地球の外から来た物質で出来た武器などの攻撃は防ぐことは出来ない。
 それ故に、セイバー66の隕鉄剣に敗れた。

 この機械化サーヴァントは、反抗運動をした上級都市レグルスを鎮圧するために送られた物であり、その中にはレジスタンス活動を率いたAIが見せしめとして埋め込まれた。
 鎮圧を生き延びた者達を、獅子は殺戮した。
 銃を向けた者を、命乞いをした者を、子を庇おうとした親も叩き潰し、なぶり殺しにした。
 内部に閉じこめられたAIはそれを見せつけられ、絶叫した。
 あらかた殺し尽くした後、獅子はスリープモードに入り、次の獲物を待った。
 制作者に残虐性と自己保身だけを植え付けられた機械の獅子は、勇気など学習するチャンスも無く、怒りと仇討ちに燃える皇帝に切り裂かれ、砕き尽くされた。
 卑怯者、卑怯者、伝説に謳われる価値もない。しかし、それを自ら嘆く心も無かったのだ。

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