上級都市レグルスが崩壊した原因を探るモモ達。修復したモニターが映し出したのは、壊滅していくレジスタンスの悲劇だった。
もっと詳しい情報を得るため、バーサーカー04のスキルも使い、機械化サーヴァントから回収したブラックボックスを探る。
その中に閉じこめられていたAI、ベルゼ・キラライトと会話をするが、『レジスタンス』の存在を口にした彼女は、仕組まれていた何かによって殺されてしまった。
AIが死んだ後に開示された情報は、『上級都市ピオーネ』の座標。
モモ達は何か作為めいたものを感じつつも、セイバー66と別れ、その場所へ向かい旅立つのであった。
荒野を行く旅の途中、アーチャー961は夢を見ていた。それは、彼が『アルジュナ』と離れ離れになる夢。度々見る悪夢。
目覚めると、バーサーカー04が車上にいた。見張りだというのに眠っていたアーチャー961を咎めることもなく、手紙を書いていたその男。
男はアーチャー961に言う。
「俺が世界を救う方法について知っていると言ったら、貴方は笑うか?」
バーサーカー04は、絶句するサーヴァントに向かい、その方法を打ち明ける。
……しかし今から始まるのは、世界を救う方法についての内緒話ではなく、バーサーカー04の人生の追想である。
第31話 私の『愛』の話をしよう
我がマスター、モモに宛てた手紙を書く間、私は何となく人生を回想していた。
荒野の夜は青く冷え切っていて、夜空の星はゆっくりと動いている。
デザートランナーの下に立っているアーチャー殿は、こくりこくりと船を漕いでいた。
「……」
文を綴る片手を止め、顔の右半分を覆う木の仮面に当てる。そして、息を深く吸い込む。
鼻を通り、肺に入っていく大気は、水気のない乾いた……知らない世界の匂いがした。
子どもの頃から順番に、記憶を思い起こしていく。
裕福ではなく、俺含め、上の兄、下の弟達はいつも腹を空かせていた事を覚えている。
母が
寒く、腹が減り……しかし幸せだった。
家族がいて、少ないながらも日々の食べる物があり、衣服があり、寝るところがあり、小さいけれど土地もある。
俺は自分が恵まれているという事を、幼い時分から分かっていたのだ。
3歳くらいの頃だったろうか、頭の内側から水の音がした。
雨粒が入ったのかと思い、耳に手を当て、出てもこないし濡れもしないので、不思議だと首を傾げた。
……つまるところ、それこそが、私とあの方が繋がった事の証左であり、終わりの始まりであった。
4歳の半ば。脳に響く音は大きくなるばかりで、俺は家の手伝いもままならなくなった。
母と共に神仏に祈り、医者や僧侶などに助けを求めたが、ただの耳鳴りだと言われ、俺は布団の上でうめき続けるしかなかった。
聴覚、視覚、触覚、味覚、嗅覚、思考、その全てに、自分以外の誰かが混ざってくる。
感覚が重なり合い、脂汗が止まらず、吐き気すら自分のものか分からない。
そんな状態が長々と続いたので、父が伝手を頼りにある者達を連れてきた。
……それから数年、俺は体を切り刻まれる事となる。
今でも彼らが何者か分からないが、国を思って立ち上がった集団……であろうとは推測できる。
小さな手を引かれ、連れてこられたじめっとした古寺には、年齢も性別も様々な大勢の子どもがいて、ぺそぺそと泣いていた。
俺は膝を抱えて座り、頭の内から湧き出る感覚を受け流す事に必死だった。
小さなろうそくの火が揺れていたのを覚えている。
やがて、1人、また1人と、頭も口元も布で隠した男に連れて行かれ、一際大きな悲鳴が聞こえた後、静かになった。
「禁忌を使えど、上手くいきませんな」
「しかしこれが我らの未来に繋がると思えば……」
似たような格好の男が2人、ぼやきながら私の元へ歩いてくる。
「……何をしているのですか」
怯えを精一杯押さえ込みながら問い掛けると、男達は声を弾ませた。
「ただの童であるお前達が、我らの希望である『あの方』のお役に立つのです、素晴らしいことだと思わんか?」
認識が致命的にまでずれていると感じたけれど、それに言及する暇もなく、両脇を持ち上げられ、私は運ばれる。
「革で両手足首を固定しろ、猿ぐつわも忘れるな。前の子どものように舌を噛み切られては叶わん」
暗い色調の板の上、無造作に敷かれた
取り替えられたばかりのろうそくの火が、俺の乱れた呼吸で揺れたのを覚えている。
抵抗など出来ず、俺は拘束され……あまり、面白くない事をされた。
……生きてはいた。ただ、心の内で絶叫し続けていただけで。
男達は俺を思う存分切って繋いで詰め込むと、きっちり縫い合わせ、軟膏などを塗り、布でぐるぐる巻きにして、板の上に放置した。
あれに何の意味があったか分からないが、良いことはあった。
頭の中から湧き出る感覚の主を辿れるようになり、ぼんやりとしていた人物の輪郭がはっきりと分かるようになったからだ。
「お前は箱なのだ」
そう、男達に再三言われた。
「あの方のお体が損なわれた時……心と魂を収める箱。
鬼の如き強力と、鷹の目を持ち、千里をかけられる足を持つ……あの方のための箱となるのだ……」
男へ何か言い返したくとも、喉が完全に繋がっていないので、うめき声も出せない。
「この個体も駄目だったか……埋めてこい、獣に掘り返されぬように穴は深く掘れ」
「はい」
「術を施して3日も保たなかったか……勿体ない」
そんなやり取りも聞こえきて、動かない瞳から涙を流した。
どうして、そんな事をしたのか。この行為に、それほどの価値があったのか。
心中で思う。せめて、誰か1人でも名前を覚えていれば良かった。
そうだったら、彼ら彼女らが誰の記憶にも残らずに死ぬことなかったのに。
……それ以来、出会う人全ての名と顔を覚えるのが常となった。
何も見えないので、ずっと繋がっている『あの人』の視界を見ていた。
整えられた木、磨かれた石が底にある池、泳ぐ魚。
「これこれ、池に寄ってはいけません」
愛おしそうに視界の主を呼ぶ女性の声。
「ん!」
「この間まで乳飲み子だったというのに……歩けるようになると本当に手がつけられませぬ」
言葉とは裏腹に、本当に嬉しそうに語るその声。
俺は眼差しを借りてその女性を見る。
本当に綺麗な人だった。仕立てと色合わせの良い着物、丁寧に撫でつけられた髪。
「あなた様はこの国の未来……そう母を心配させないで下され」
「う!」
「ふふ……我が子、大切な我が子……」
膝に乗せられ、何度も背を撫でられる。
そんな美しい女性が病床に倒れた頃、俺は家へと戻された。
俺を刻んだ男達はどこへ消えたのか分からない。
確かなのは、俺の体は男達が期待するほど強くは成れなかったと言うこと。
生家に戻された俺の姿に、母は口をつぐみ、父は呆然として、受け入れた。
顔は変わっていなかったので、表向きは何事も無かったかのように家族に迎えられ、日常が戻ってきた。
切られた体が痛み、突っ張り、満足に動かせない、戦いの訓練も出来ない。
戦で手柄を立てる未来など半ば諦め、ひたすら土を耕し、藁を編み、薪を拾い……父の仕事の手伝いをして過ごしていた。
国の主が変わり、生活が苦しくなったが、俺は大人へと成長していった。
「うう……うう……」
あの人が泣く時は、深夜、誰もが眠りについた時だけ。
「とうさま……かあさま……」
無理もない。
両親は死に、住む場所は異国の地、味方は数人の家臣しか居らず、それ以外は全て敵。
いくら気丈に振る舞おうと、限界が来る。
「大丈夫だよ」
俺は撫でる者も居ない丸まった小さな背に声をかけるが、この思いが届かない事を知っている。
「大丈夫だよ、いつか家には帰れるし、君の味方もいるんだ」
流れ込む感覚は一方通行なのだ。
彼から私へ流れても、私から彼へは流れない。
「みんなが君の事を好いているよ、愛しているよ」
だからどんなに語りかけても、何の意味も生まれない。
けれど、俺はどんどん彼へ惹かれるようになってしまった。
「愛して……」
必ず訪れる出会う日を、恐れるほどに。
20を越えたころ。
戦場で俺は彼を初めて肉眼で目にして。
『あの人』の戦の前の声かけに、一挙手一投足に、みなが歓迎を上げ心踊らされている間、俺は震えていた。
彼を目にした瞬間。
「──あっ……」
俺の人間としての生はそこで終わってしまったのだ。
口を手で押さえながら確信する。あの男こそ俺という箱の主、俺の真なる所有者。
俺は『あの人』の一部でしかなく、単体では存在できない。
己の正体を暴かれる感覚を存分に味わい、俺は己が人ではないと思い知った。
人を殺すのは好きだと認識したのは、その戦いの時だった。
砦を守る戦い、小雨が降る冷たい春。
「やだ……やめてくれ!」
逃げ遅れた敵兵ならば、身体能力が優れていない俺でも殺せる。
尻餅をつき、腕で地面を掻いて後ずさりする男の懇願を無視し、槍を胴に突き立てた。
「ひぃ……いぎっ……」
柔い感触の後に、肉が裂けるぷちぷちとした音が脳を満たす。俺は知らず知らずの内に微笑んでいた。
「あっ、ぎゃっ、ぎっ……」
俺の手によって、人間がただの生温かい肉の塊に変貌していく。返り血で体が濡れて、脂で指がぬめった。
「はーっ……はは、は」
槍にすがりつきながら息を整える。
男の絶命する瞬間の絶望しきった顔、ゆっくりと暗く開いていく瞳孔、まき散らされた腹の中身。
……本当に恥ずかしい限りである。
俺は、俺が人間の心を持っていない事にも気がつき始めていたし、それを取り繕って人間ぶっていた事も知ってしまった。
初陣は、膝に手ひどい矢傷を受けて終わった。
「どうして……どうしてなの!」
まだ若かった妻が叫ぶ。
「俺、国から出て行くよ」
みなは、上様さえ戻ってくれば国は良くなると過剰な希望を抱いていたけれど、そうはならなかった。
上様は日の本を統一せんとする織田信長と同盟を組み、戦のための取り立てはますます厳しくなった。
……なぜあの信長と組んだかの理由は知っていたが、俺の精神も肉体も限界を迎えていた。
流し込まれる感情は強くなるばかりで、嘆きは深くなるばかりで、俺は俺の感情すら分からなくなった。
ある日、御仏へ捧げるための寺の備蓄米すら取り立てられ、みなの怒りが噴出した。
同胞同士が嘆きながら殺し合う、大きな一揆が始まり、俺も兄弟と一揆側についた。
「ああ……」
無数の寺に火がつき、見知った景色が焼けていく、人が死んでいく。
反旗を翻した多くの武士が上様の言葉に従い、許されるために戻っていったが、俺は逃げた。
妻も、上様も投げ出し、遠くへ逃げた。
俺は人間に成ることを諦めきれなかった。悲劇に涙し、心労を吐露し、怒りに心震わせたかった。
……けれど、それは叶わぬ望みぞ。
俺は生まれながらに人の道から外れた者。私の先に道はなく、俺の後ろにも道はない。
のたうち回りながら、すがる信念を探しに行った。
多くの戦場を見て、多くの死を見て、弔って。
女と出会って、別れて、男と出会って、一時仕えて。
争いで肥え太る者達すら見て、俺はようやく分かった。
分かるのに、20年近くかかってしまったけれど。
「運命など無く」
俺は人らしく悲しみ、獣のように達観した。
「全ては、人の振る舞いによって決まる」
手紙をある者宛てに書き、上様から帰参の許しを得た。
20年ぶりの我が家に帰ると、妻は老け込んでいて、知らぬまに産まれていた子どもはすっかり大人となっていた。
「貴方は、私達の事など愛していなかったのね」
出奔先から連れてきた幼いもう1人の子を膝の上にのせながら、俺はこう返す。
「愛している、けれど、それは君とは違う形だったんだ」
20を超えた息子が、俺とは違う黒い瞳でやり取りを眺めていたのをよく覚えている。
あいつは人らしく振る舞うのが苦手な子だった。
息子は、俺が連れ帰ってきた弟を義務的ではあるが面倒を見てくれ、それなりに仲良くしてくれた。
多くの者が、数十年ぶりに帰ってきた俺を疑念の目で見た。
「上様に槍を向けた愚か者」
「妻子を捨てた男」
「今更帰ってきたのは……他国の間者だからではないのか?」
「戦では役に立たぬ、同じ性を名乗っているのが恥ずかしい」
私は全て事実なのでありのまま受け止め、仕事に専念した。
多くは戦のために何がどのくらい必要なのかの計算、係る日数……まぁ、得意な事ばかりである。
前線に出るよりはずっといい。
どうも武器を持って敵と相対すると残酷な性質が強くなって、殺す以外がすっぽ抜けてしまう。
個人ならば私がへまして死ぬだけで済むが、今の私は国に仕えるもの、前に出過ぎて全体の足並みを乱す訳にはいかない。
ぐっとこらえて、粛々と計算を進めた。
上様は俺を恐々と扱っていた。
当然であろう、上様の考えは全て俺に筒抜けなのだ、国を背負う者としてこれほど恐ろしい事もあるまい。
彼は俺を手放せなかった。私も二度と彼から離れるつもりもなかった
『堺へ行く』と、私はむんずと連れていかれた。
信長のお膝元である堺の町は珍しい品々も異国の文化も見られ、とても勉強にはなった。
しかしその後が大変だった。
仏敵、織田信長が本能寺で死んだので、私達は一転して敵地に残される事になったから。
山を越え海を越え、ようやく国へ帰れた頃には、信長を殺した明智日向守光秀殿は討たれていて、またもや我が国と上様は絶対絶命の危機におちいっていた。
途中で別れた穴山梅雪殿も野武士に殺されていて、「ああ、とても可哀想な事をしたなぁ」と思った。
ある日の夜更け、上様が私を部屋に呼んだ。誰にも秘密で。
「どうすればいい」
内心は手に取るように分かる。なので、私は彼の求める答えを言った。
「どうとでもなります、あなたと私なら、何だって」
事実、どうとでもなった。
戦が何度もあって、私の策で多くの敵が死んだ。
大阪の城の堀を、民の家屋を壊した物で埋め、豊臣秀吉に愛されていた人々ごと燃やした。
あれほど嫌っていた信長と同じ様に仏敵となり、宗派を分裂させ宗徒を引き裂いた。
私は戦で益を得る側の人間となり、恨まれ、妬まれた。
……良いこともしたかもしれない。
上様から任された領地は苦もなく楽もないよう治めた。
大勢の人の助けを借りて、ぬかるむ土地の治水をしたし、町作りも行った。
いや、己を庇い立ててはいけない。生かした数より殺した数の方がずっと多い。
城内で、ある者が言っていた。
「あの方は恐ろしい……人の心がないのだ、人面獣心の者なのだ……」
人の顔をして、獣の心を持つ男。
ああ、事実だ、俺の心が人と同じであるはずがない。
俺は外付けの悪心。人間が遠い昔へ置き去りにしてきた利己的な獣心なのだ。
「どうすればいい」
晩年、上様が私へ問いかけた。
碁石を置きながら、返す。
「どうとでもなります、あなたと私なら、何だって」
彼へ向ける感情の形は、俺が抱くもの全てだった。
愛しているのと同じだけ憎い。殺したいのと同じくらい側に居たい。
爪で引き裂いて肉片にして、温もりの残る血で
矛盾した感情だけが降り積もり、それが俺なりの愛する心なのだと、長い月日をかけ、ようやく分かった。
人が人を愛する温かな心とは違う。冷たく尖って、暴力的で、どろどろとして、どうしようもないもの。
それが俺の
俺は愛に見返りなど必要なかった。だって、俺の内からそれは無限に湧き続ける感情だったから。
何も辛くなかったし、何も苦しくなかった。
上様が死んだ。
2ヶ月以上も痛みに苦しみ、七転八倒して、死んだ。
「あれをやらねば、これをやらねば……まだ、何も、何も……」
最後までそんな事を考えていて、ぱったりとその思考が途切れた。
私の脳内は、何十年かぶりに静けさで満たされた。
私を狂わせた元凶は死に、俺の生きる意味であった存在が永遠に失われた。
死んだ、ああ、死んだ。
上様より、俺の方が先に死ぬと思っていたのに。
呪いも恨みも全て、俺が受け皿となり、奪い取っていたのに。
死んだ、死んだ、死んだ……。
それから2ヶ月後、私は死んだ。
蓮の花咲く、暖かい季節だった。
第31話 私の『愛』の話をしよう
終わり