フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 ──バーサーカー04は思い出す。
 人の体で生まれ、人では無い存在として生きた、己の生を。
 そして今から思い起こすのは、男が死んだ後の物語
 呪いと恨み満ちる世界の外、そこはきっと運命の始まる場所。


第32話 私の『恋』の話をしよう

 

 死後、私は地獄へすら行けなかった。

 六道輪廻の外、呪いだけがあるその場所へ落とされ、何もかも壊された。

 

(当然の報いか)

 罪を冒せば罰を受ける。そうでなければ世界は立ちゆかない。

 怨嗟が肉を溶かし、魂を焼き焦がして炭に変えてしまった。

 ……家族のこと、心配だったけれど、もう死んだ私では見守ることすらできない。

 甘んじて責め苦を受ける私へ、泥が形をとり、言った。

 

「──呪われよ」

 その形は、あの美しい人を思わせるような、違うような。

 

「よくも豊臣を騙したな、よくも(ひろい)を騙したな、よくも妾を騙したな」

 名前を呼ぼうとしたが、とっくの昔に顎が溶け落ちていた事を思い出した。

 生前はとても記憶力が良かったというのに、我ながら情けなく。

 

「誰もお前を許さない、永劫に、お前は呪われ続ける」

 泥は、あの織田の血を引く姫君、茶々様のような形に成ろうとしていたが、ぐちゃぐちゃと崩れるばかりで見苦しい。

 そもそも茶々様がこんな場所にいるはずもない、もっと上の場所にいるはずだろう。

 次に泥が形を真似たのは妻だった。

 

「貴方……貴方……ひどい……私を20年も捨てて……子を見捨てて……」

 頬を撫でようと思って、手の形を忘れてしまった事に気が付いた、

 けど妻がこんな所にいる筈もないと私は改めて思い、その泥を無視した。

 

「父上……父上……」

 泥が次に形を取ったのは息子達だった。

 あっ……あいつがいない……まぁ恨み言をわざわざ言いに来る性格でも無いしな。

 本当にさっぱりしていた、俺に似ないで強かったし……。

 

「父上……貴方が獣だったせいで、生まれた私も人の心がなく、他者の苦しみが分からず……」

「父上のせいです……私は流浪と幽閉の身……苦しい……まるで箱の中のよう……」

 謝った後に来世へ向けた激励を贈ろうとしたが、そう言えばこれは本物ではないなと考えて言葉を受け流した。

 

 

 悪意と呪いが合わさった泥と一体に成りつつも、空を見上げていた。

 随分と遠い空に、一際輝く星がある。

 あれはひょっとして上様なのだろうかと思い、見つめる。

 もう何百年経っただろう、頭蓋が溶けたせいで忘れっぽくなったが、思い出せる事はまだある。

 楽しかった気がする、悔やんでいた気がする。

 でも、被害者ぶるのはごめんだったので、静かに静かに黙っていた。

 

 ……ある事実に気が付くまでは。

 

 

 

 

 男がいた。

 その男は生前『■■■■』という役割に縛られ、それ以外の人生を選ぶ事など出来なかった。

 私はその悲しみも苦しみも知っていた。

 だから、あの人が死を迎え、その役割から解放されたのだと……思いたかった。

 ──思い、たかった。だが、現実は違う。

 

「死は、救いじゃなかったのか……? 

 ずっと安らかに眠っていられるはずじゃなかったのか?」

 声なき声で叫んだ。

 

「■■■■にして、あんな世界へ置くだなんて……。

 あんなに苦しんだんだぞ! あれほど悔やんだんだぞ! あれほど目の前で殺されたんだぞ!」

 喉などないはずなのに、震えた気がした。

 

「……死した後もなお、背負わせようというのか!」

 感情は心の枠を壊して、その衝撃で泥が波立った。

 

「例え……この身が人の世の呪いその物になったとしても……! 

 例え……魂も心も消え失せようとも……!」

 骨の欠片に付いた泥で腕を作り、天へと伸ばした。

 あの星の正体に、私は気が付いてしまったから。

 

「いつか必ず、あの星を御座から引きずりおろしてやる!!!!」

 生前は誰にもぶつけた事などない激情は、俺の欺瞞を暴き、本性である獣に至らせた。

 ……心が定まれば体が動く。

 俺はただ憎悪のみで、六道輪廻の外から世界に這いずり出ようと決めた。

 

 

 残っていた骨の欠片を、俺を恨み続ける泥で肉付けた。

 糸のように散らばっていた神経を通し、数百年ぶりに頭をもたげてみる。

 ただ黒い液体が詰まっているだけの、塊だけれど。

 

「……俺は必ず、貴方の元へたどり着いてみせる」

 憎悪こもる水っぽい声が闇の空間に響き渡る。

 目的地は定まっている。

 地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間道、天上道……6つの世界を超えた先、悟らなければ抜け出る事の出来ない輪廻の外側。

 西方浄土、そこが私の目指す場所。

 

 

 腕の数やら足の数は適当に作ったので、指が多すぎるし長すぎるし、色々不便だったが直す時間も惜しかった。

 数十年かけて泥を階段の形に積み上げ、高い場所へ向かい、もたもたと登っていく。

 6個だか7個だかの瞳で空を見る……星はまだ遠い。

 

 

 地獄にたどり着く事が出来たが、またそこからが時間がかかった。

 鬼が巡回して見張っているし、不信な動きをすれば他の亡者に密告される。

 俺は地獄で罰を受けるなどごめんだった。

 それはいつか終わりが来る罰だからだ。俺はそんなものいらない、受けるなら永遠がいい。

 地獄の縁に手をかけ、体を持ち上げる。結局、次の世界にたどり着くのに100年ほどかかってしまった

 

 

 餓鬼道。満たされる事のない餓鬼があふれる世界。

 齧られそうになりながらもよじよじと登り、次の世界へ。

 

 

 畜生道は獣の世界、一番親近感が湧いたが、彼らを横目にしながらひたすら世界をよじ登った。

 

 

 修羅道は戦いに満ちた世界だ。切られたり刻まれたりには馴れていたので、うまくいなしながら次に。

 

 

 人間道が一番どうしようもなかった。全ては移ろい、私が見た人々の営みなど、どこにもない。

 その光景を眺めて、私の生きた時代から数百年も経ったという事を実感した。

 人は相変わらず殺し合い、憎み合い、滅ぼし合い……私の好きな人間のままだった。

 

 

 そう言えばこんな出会いがあった。

 肉体代わりに酷使していた泥達が水を飲みたいと泣き言を漏らすので、喉が乾くという感覚を思い出し、山から流れる美しい沢から水をすくっていた。

 日頃、私と「■■」へ向けた恨みばかり言っている彼らも、冷たい清水には流石に癒されるようで、ずいぶんと大人しくなった。

 聴神経を伸ばし音を拾ってみた。木々のざわめき、鳥の声、虫の声。

 腕を動かし田畑を耕していた頃を思い出し、じっと物思いにふけっていると、誰かが草をかき分け歩いて来る気配があった。

 

「──おまえ様、そこで何をしているのでちか」

 見る……17個の瞳で見てみると、幼い少女が木々の下に立っていた。

 体は薄く、瞳は幼子のように大きいので、未熟な印象を受ける。

 足は艶やかな黒に塗られた高い歯の下駄を履いていた。

 頭には雀の頭を模した冠、焦げ茶色の髪は後ろで一つ結びにされ、風で揺れている。

 上質な生地で仕立てられた羽織りは金の糸で縁が飾られ、炎のような模様が刺繍されている。

 首もとは白い羽毛でふわふわと包まれていた。

 

「雀達の報告を聞き、来て見てみまちたが……」

 舌たたらずな声はまさしく子どものものだったが、それとは相反するように、彼女の腰には見事な飾りと造りの太刀が下げられていた。

 

「何者でちか、おまえ様。人間、それとも物の怪のたぐいでちか」

 私は慌てることなく舌と声帯を生成して、問いかけに答える。

 

「貴殿にはどう見える?」

 彼女の足元で雀が数匹慌てふためいていた。

 

「……その間に見えまちゅ」

 彼女が指先だけを腰の刀に触れさせた。

 

「あちしは閻魔大王の養女である紅閻魔と言うもの。おまえ様の名前を聞かせて欲しいでちゅ」

「……忘れた」

 爽やかな風が山から吹き下ろしてきて、彼女の綺麗な羽織をなびかせた。

 

「時折おまえ様のような存在がここに迷い込みまちゅ。

 地獄にも天にも行けなかった亡霊……あちしは、そんな彼らを保護する役もつかさどっていまちゅ」

 雀は数匹で塊となり、俺へちゅんちゅん威嚇している。

 

「おまえ様に必要なのは……地獄の沙汰でち。

 閻魔大王の前で全てを打ち明け、罪に相応しいだけの罰を受けるべきでち」

「相応しい罰……」

「おまえ様の背負っているそれは……多過ぎでちゅ、自分以外の罪も過剰に負っているはずでち」

「……地獄へ行き、いつか解放されるべきだと?」

 木漏れ日が雀の羽を濡らした。

 

「そんなものお断りだ! いずれ終わる罰などいるものか!」

 俺はぎざぎざとした声で少女へ言い放つ。

 

「俺の罪も! あの人の罪だって私のものだ! 誰に許されなくてもいい! 求めた事もない!」

 雀が私の覇気に推されて、尻餅をついた。

 

「俺の存在全てが失われ、砂と化しても……構うものか! 

 俺はこの道を自分で選んだ! 他の誰でもない、私が私の心に誓ったことだ!」

 彼女に背を向け、迷い込んだ世界から立ち去る。

 

「待ちなちゃい! そのまま進めば……誰にも救われない存在に成り果ててしまいまちゅよ!」

 声は真摯な響きを持っていたが、俺は構わず足を動かし続けた。

 世界で一番高い山に登り、次の世界へ手をかける。

 何回と繰り返してきたこの方法が、一番分かりやすく、手っ取り早い。

 

 

 天上道はひどく美しく、何もかもが満たされていた。

 花の香りが漂う大気、苦も楽もなく過ごす穏やかな者達。

 しかしそんな事どうでもよく、俺は輪廻の外へと体を投げ出した。

 

 ……輪廻の外、世界の外には時間の概念がない。

 なので、ここからは何百年、何千年、何億年経とうがそれは意味を持たないのだ。

 俺は歩み続ける。

 時が経過していくにつれ、肉体代わりにしていた泥が悲鳴を上げた。

 

『もうだめだ、そんなに長く恨み続けることなど出来ない』

 ずるりと剥がれ落ち、吹き飛ばされていく。

 

『もう無理だ、そんなに長く憎悪を抱くなんて出来ない』

 ぼろりと崩れて、吹き飛ばされていく。

 

『もう嫌だ、そんなに長く嫌っているだなんて心が張り裂けそうだ』

 ばらばらになって、吹き飛ばされていく。

 

 俺は知る。

 憎しみも、恨みも、嫌悪も、永遠ではなかった。

 ただ、あまりにも長く続くから、永遠に見えただけで。

 

(では……何が永遠なのだろう、何が永遠を保証してくれるのだろう?) 

 肉の代わりとなっていた泥は消え去ってしまったが、俺はそれでも前へ進み続けた。

 魂など失われて、足も腕も形さえ忘れて。

 どこで生まれたのか、誰と家族になったか、思い出せなくなってしまって。

 でも、自分の罪と、何を目指しているのかだけは覚えている。

 だから最後には、『想い』しか残らなかった。

 

「お願いです。どうか、その人を私から取らないでください」

 輝く光に、手を伸ばす。

 その手は、豆と血にまみれているようにも見えたけど……すぐに分からなくなってしまった。

 

「自分は、その人の一部です。その人が死んだら自分には何もないのです」

 乞う声を置き去りにするようにして、光は遠ざかっていく。

 俺はたまらず駆け出し、追いつこうとする。

 

「心も体も、魂だって、あげたってかまわないのです、だから……」

 手を伸ばす……腕だったものを伸ばす。

 

「その人を連れて行かないでください」

 悲しい……そうか、俺、悲しかったのか。

 

「■■■■にして、誰の手も届かないところに置くだなんて、そんな残酷な事しないでください」

 あの人が遠い場所に行って……悲しかったのか。

 温もりある光を、骨で感じて。

 ──もうすぐあの星に手が届く。

 

 

 

 

 ……とても綺麗な場所だった。

 地面は宝石を敷き詰めてあるみたいに輝いて、花びらがいい香りと共に遠くから流れてくる。

 空は雲の無い薄い水色で。聞こえる声は、悟りへ導く菩薩の語り。

 でももう、一歩も動けなくなってしまって。

 かつて自分だった骨の欠片が数個ぱらぱらと散らばっているばかりになった。

 幼い子どものように思う。

 着いたんだ、ここが浄土なんだ、お寺の僧侶様に小さい頃聞いた、仏様のいる所なんだ。

 温かい……。

 

 上様、俺、ここまで来ました。すごく時間がかかったけれど、来ました。

 貴方を……そうだ、ひとりぼっちにしたくなくて。

 ……それが一番始めに、小さい頃から思っていたことなんです。

 その理由以外なんて、全部、ひねくれて、かっこつけてみた……だけだったのです。

 だって、貴方の周りはかっこいい人ばかり、強い人ばかり。

 おれにできること、計算とか、策とか、そういうことばかりで。

 ……もっと分かりやすく強くって、貴方に襲いかかるもの全てから、貴方を守られたら良かったのに。

 無い物ねだりばかりで、恥ずかしい。

 

 どこですか? 目も耳も無くしてしまったので、分からないんです。

 どこですか? 寒くないですか? お腹が空いていませんか? こっそり泣いて……いませんか。

 

(ああ……生きていた時と同じように、あなたの感覚が私に届けばいいのに)

 

 

 

 

 それに『■■■■』は気が付くと、そっと拾い上げた。

 小さな骨の欠片。悟っていない身でここまで旅してきたせいで、それは小さく、今にも砂になりそうだった。

 ……すくわれた骨はかたかた震え、在りし日の形を取り戻していく。

 

 

 

 

 俺は目を開ける。

 澄み切った空、煌めく大地、舞う花びら。

 まるで、昔、ものの本で知った西方浄土のようだった。

 

「……上様?」

 俺は喉を震わせる。

 

(喉? 喉!)

 首を手で触る。手も首も肌も、生前と同じような形を取り戻していた。

 目が2つ、鼻が1つ、口が1つ、いわゆる人間の顔だ。

 ただ姿だけがずいぶん若い……顔も触る、20代前半の男のものだ、肌にしわも無い。

 それに、とても立派な鎧を身につけている。

 兜こそ無いが、胴も籠手も臑も覆われて、日の光を浴びてぴかぴかと光っていた。

 しかし、そんな事を確かめている場合ではない。俺は視線を前に向けた。

 

「……上様」

 それは、光で出来た何か……途方もなく輝き、美しく、尊いもので、俺の目は焼けてしまいそうになった。

 だから、それを上様だと確信したのは形とかではなくもっと直感的なもので……うまく考えられない。

 嬉しくって笑い、手を伸ばす。

 触れた瞬間腕が内側から焼け、光がその端から肉を再生させていく。

 なるほど、尊いものとは触れると焼けてしまうらしい。

 そう言えば、お堂に納めていた仏の像を無理に見ようとして、目が焼けて盲目になってしまった僧の話を聞いたことがある。

 どうやら仏とはそのようなものらしい

 

「……こんなちっぽけな手なんて、届かない方が良かったのだろうけど」

 左手で、焦げ続ける右手を撫でてみた。

 

「でも、嬉しいんだ……狂っているからなのかな」

 永遠を私は見つけた。

 今感じているもの……この胸を焼き焦がす『想い』こそが、那由多を越えても消えやしない永遠のものなのだ。

 喉が裂けたっていい、無限の苦しみに襲われてもいい。

 本当に……嬉しかった。

 

「上様……」

 俺は涙を拭い、しゃんと立つ。

 暗い緑の両目で彼を真っ直ぐ見据え、逸らさない。

 黒い短い髪を指先で整えてから、彼へ手を伸ばした。

 

「もう二度と1人にしない」

 風が運んで来た花弁が、視界に移り、後ろへと吹き抜けていく。

 

「人は……貴方の事を、あまねく人間を苦しみから救う者だなんて言うけれど……。

 そんなの都合が良すぎる。貴方に役目を押し付け、救いだけを享受するなんて……私は納得出来ない」

 薬師如来は病や傷を癒やし、生きている人を救う御仏。

 

「行こう。俺の手を取り、もう一度六道輪廻の内へと墜ちてくれ」

 しかし、その役目を背負う必要なんて無いはずだ。

 

「上様……いいや」

 躊躇(ためら)いを捨てるため、首を振ってから、彼を真っ直ぐに見る。

 

「『竹千代』、君を迎えに来たんだ」

 もういいんだ。

 だって、彼は生前ずっと『徳川家康』という役割に縛り付けられていたのだから。

 

(……俺を傲慢だと、世界は言うだろうか)

 伸ばした自分の手の上に、彼の手が重ねられるのを待つ。

 

「人を助ける仕組みになってしまった君を──助けに来たんだ」

 張り詰めた表情で、俺は彼に心からの言葉を贈り……偽りも悪意もない眼差しで、答えを待ち続けた。

 

 

 第32話 私の『恋』の話をしよう

 終わり




 ……バーサーカー04のマテリアルが更新されました。


(更新分のみ表示してします)

 ■■■■:EX
 回復スキル。彼の異常な耐久性の秘密。
 男は生前から■■■■と繋がっており、更に、呪術的・外科的手法で器……『箱』へと改造された。
 そのおかげか、英霊となった後も入れ物としての適性が保たれている。
 ……彼は開かずの箱。開く鍵は運命の手の中に。
 ↓
 ■■■■:EX
 回復スキル。彼の異常な耐久性の秘密。
 男は生前から徳川家康と繋がっており、更に、呪術的・外科的手法で器……『箱』へと改造された。
 そのおかげか、英霊となった後も入れ物としての適性が保たれている。
 中身については他言無用であり、まだ秘密が隠されている。
 彼は開かずの箱。開く鍵は運命の手の中に。
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