フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 ──バーサーカー04の追憶から、そして物語はモモの旅路へと戻ってくる。

 廃墟や地下都市を訪れ、様々な人、サーヴァントと出会い、別れを繰り返す。
 世界の謎はまだ輪郭すら見せず、荒野を白い車で駆けていく彼女達は、次にどんな者と巡り会うのだろうか。


第10章 彼女に胸に愛はあり、彼の腕に恋はある
第33話 荒野の出会い


 

 

 可憐なる赤き剣士、ネロと別れ、廃墟になっていた『上級都市レグルス』を出発し、はや数日。

 雲を失った青空の下、デザートランナーを走らせながら私達4人は旅を続けていた。

 

「『上級都市ピオーネ』に着くまでどのくらいかかりそう?」

 運転席に座りアクセルを踏んでいるバーサーカーに私は質問した。

 彼は振り返らずに答える。

 

「およそ1ヶ月だが……燃料が足りない、どこかで補充しないと」

「そっか」

 私は立ったまま棒状の携帯食料をぽくぽくと齧った。

 アスカは自室に、アーチャーは車上で見張りに。今運転室にいるのは私とバーサーカーだけ。

 彼はハンドルで走行路を微調整し、速度を一定に保ちつつ、右手で色々なモニターに触れて操作している。

 

「また廃墟を探すか、前回のように機械化サーヴァントを討伐するか……」

「今までは……たまたま、うまくいっていただけだもんね」

 その発言で、私は今までの旅を思い返す。

 偶然にも都市に保護され、偶然にもキルケーと出会い、偶然にも『上級都市ピオーネ』の座標を手に入れた。

 燃料、食料も、足りなくなる前に補充の手立てが見つかっている。

 

「不自然なくらい運が良いよね、私達」

 携帯食料を手に持ったまま私はそう言った。

 

「……作為的なものを感じるよな!」

「バーサーカーもちょっと不信に思ってるんだ」

「不信というより、そうだな……」

 がたんと車体が小さく跳ねる。

 

「誰かの筋書きをなぞらされているようで、気にくわない」

 彼が冷たく言い放った後、空いた席に置かれていた通信用の貝殻がカタカタと動いた。

 

『9時の方向に砂煙が舞っています』

「アーチャー殿」

 バーサーカーが反応する。車体の上で偵察をしていたサーヴァントからの連絡だった。

 

『姿は分かりませんが、体長は100m以上。幸いな事にこちらには気づいていない様子です』

「横のカメラで詳しく見てみる」

 フロントガラスの一部がモニターとなり、車体備え付けのカメラが送ってくれた映像が表示された。

 

「これ……」

 長い砂の巻き上がり方、私はそのシルエットに見覚えがあった。

 

「モンゴリアンデスワーム……じゃなくて、資源採掘用のロボットワームだ!」

 砂塵の合間から姿がちらちらと見え始めた。

 六角形の柱を繋ぎ合わせたような多関節構造は、ミミズのような尺取り虫のような。

 荒野を頭部で破壊、噴き上がる砂を口から飲み干し、波打ちながら地面を移動している。

 バーサーカーがその映像を精査してから、唇を開いた。

 

「資源回収をしているんだろう。アーチャー殿の言うとおり、こちらに気がついていない様だ。緩やかに距離を取って……」

『──いえ、待ってください』

 彼の言葉を車上の弓兵が遮る。

 

『誰かがワームの前方にいて……追われる形で逃げています。04、映像をズームに出来ますか』

「分かった、マスターと確認をする」

 アーチャーの指示を聞き、ズームにされるカメラ。

 モニターに映った映像は、解像度が低いためかコマ送り状になっている。

 私は運転席の背もたれに手をかけ、身をぐっと乗り出し、目を凝らして観察する。

 

「本当だ、誰か……」

 茶色と黄土色の合間に、荒野とは全く別の色彩を持つ誰かがいた。

 白い長髪、紫と青い鎧、槍のような物を抱く細い体。

 全体的な印象をまとめると、女性のように思えた。

 映像はカクカクしながら進み、ワームが引き起こす地面の振動を受け、名も知らない女性がよろめいた。

 

「襲われてるなら……助けなくちゃ!」

 私の結論を知っていたかのように、バーサーカーがアーチャーへ繋がる貝殻に声をかける。

 

「……と、我がマスターは言っていますが、アーチャー殿はどうお考えで?」

 返事がすぐさまやってきた。

 

『逃げている人物は恐らくサーヴァントです。助ければ何か情報が得られるかと』

 アーチャーがそう答えてくれたのは、私はとても嬉しかった。

 さて……どうすればいいのかを考える。

 

「バーサーカー、前みたいにロボットと通信して止められない?」

 あの時の光景を思い出しながら彼へ提案する。

 

「さっきから試みているが……あのワームロボットにはその機能が無いみたいだ。

 通信器が壊れたのか、元々無かったのか、どちらかは分からないが説得も停止も望めない」

 モニターをちらりと見る。女性にワームの頭部が迫る、それに粉砕機能が付いていることを私は知っている。

 手段を選んでいる時間は無さそうだ。

 

「ごめんなさい、アーチャー、あのロボットを倒して彼女を助けてあげて」

 今は自室で眠っているアスカの代わりに、アーチャーへ指示を出す。

 

『問題なく倒せます。マスターアスカを起こす必要もありません』

 車体が軽く揺れた。恐らく、ここを足場にして彼が跳躍したのだろう。

 

「モモ、席に座りベルトを」

 私にそう伝えた後、部屋にいるアスカにも「部屋から出ないように」とスピーカー越しに連絡した。

 

「アーチャー殿を援護できるよう車体を移動させる」

 バーサーカーはアクセルを踏んで速度を上げ、ハンドルを傾けると、あのワームロボットと距離を空けて併走を始めた。

 

(アーチャー961、大丈夫かな……)

 フロントガラスの一部が再びモニターとなり、映像が切り替わる。

 アーチャーが矢を放ち、それがロボットの胴体に数本突き刺さっているのが見えた。

 ロボットは体をぐにぐにと動かしながら、全身をゆっくりとアーチャーの方へ向ける。

 そのまま頭をもたげると、太陽が隠れ、巨大な影が弓兵に落とされた。

 

『……はっ』

 貝殻の通信器越しにアーチャーの息づかいが聞こえる。

 彼はワームロボットへ相対したまま後ろへ飛んで、跳躍の最中に矢を放つ。

 ロボットの六角形の胴体の下側に刺さっていく矢達。しかしダメージを受けている素振りはない。

 敵は砂の中に埋まっていた長大な体を砂の上に出し、ずるりと起こす。

 ──天へ向かって伸びる、石柱にも見えた。そしてそのまま、アーチャーを叩き潰さんと前のめりに倒れる。

 

「アーチャー!」

 座っているだけの私だったが、思わず叫んでしまった。

 

「マスター、落ち着け。あのアーチャー殿がデカいだけの相手に倒される訳が無いだろう」

 ……バーサーカーの言うとおりであった。

 巻き上がる砂と砕かれた地面、その中に彼もいて、衝撃で浮かび上がった岩の斜面に降り立っていた。

 未だ宙に浮かんでいる岩の上で、揺れも傾斜も影響が無いかのように立つ。

 姿勢を正し、矢を落ち着いた様子でつがえた。

 ただ、白い外套だけがゆっくりと風になびいていた。

 

『……貫け!』

 青い炎をまとった矢が、ワームロボットの胴体を目掛けて放たれる。

 横から撃たれた矢。それは青い一線を描きながら胴体の金属を融解させ、爆発を起こしながら大きな穴をぽっかりと空けた。

 

『ピギャァァァァ!』

 ワームロボットの悲鳴が大気を揺らす。

 離れて走行しているデザートランナーもびりびりと衝撃を受けた。

 

『バーサーカー、今の内に追われていたサーヴァントをそちらで回収してください』

 敵の動きを止めることに成功したアーチャーの声が届く。

 

「了解した……と言いたいが」

『……なんだ』

「アーチャー殿、上をご覧に」

 車外カメラが映したもの。

 それは、倒れたロボットを踏み台にして、太陽を背に大きく飛んだ女性の姿。

 

『やぁぁぁぁ!!』

 女性の声が貝殻から響く。

 彼女は上空から手に持つ金色の細い槍を投擲した。それはロボットの胴体に刺さり、アーチャーの矢に続いて大きなダメージを与える。

 

『ピギュ!!』

 ワームロボットは悲鳴を上げながら地面へ潜ろうとしたが、すでに遅し。

 

『とどめっ……!』

 彼女は刺さっていた槍を素早く回収すると、暴れて動き回るワームロボットの胴体上を駆けた。

 ぶんぶん振り乱している頭部に到着し、刃を突き立て、何度も刺す。

 その度にロボットが鳴きつつ100m以上の全身をのたくらせ、地面が揺れた。

 

『ピギ、ピッ、ピチュ、ピピ……』

 数分間刺され続けたロボットは徐々にその声と動きを静かにし、やがて完全に沈黙した。

 

「……アーチャー殿を迎えに行こう、車両を寄せるぞ」

 当面の危機は去ったというのに、バーサーカーの声は固かった。

 デザートランナーは速度を落としながら、アーチャーと追われていたサーヴァントの元へ近づく。

 

「マスターアスカは部屋で待機していてくれ、俺とモモが外へ出る」

 バーサーカーはそれだけ告げると、車を停止させ、私と共に車外へ向かった。

 

「……外、眩しい」

 魔女から貰った緑の宝石のお陰で、80℃を超える熱波も、オゾン層で遮断されずにそのまま降り注いでいる紫外線も、私の体に害は及ぼさない。

 けどやっぱり眩しくて、目をしぱしぱ瞬きさせた。

 

「助けていただき……」

 ワームロボットの上から、追われていたあのサーヴァントが軽やかに降りてきた。

 

「ありがとう、ございます」

 先程の戦闘の際に、たまたま聞けてしまった叫び声とは違い、落ち着いていて、しっとりとした声の女性だ。

 彼女が頭を下げて礼をすると、腰の下まで伸ばされた白い髪が揺れた。

 そのたおやかな所作に、私は思わず目を奪われてしまう。

 

「あの……」

 彼女の長い足は、翼を思わせる飾りがついた青紫の装甲で堅牢に覆われていた。

 腕も同じく指先まで隠され、肩や太ももの僅かな隙間から雪のように白い肌が覗いている。

 

「その……」

 足や腕の守りの堅さに比べ、胴体と腰を隠すのは黒い服とひだのついたスカート。

 首と胸を飾る黄色いリボンと相まって、女生徒の制服のようなシルエットだ。

 だが、一番目を向けずにいられないのはその髪だろう。

 

「ええと……」

 地面まで届くか届かないかまで伸ばされた髪は、表面は白だというのに内側はまるでオーロラを写し取ってきたかのようで、夜空を思わせる色にきらきらと輝いている。

 頭頂部には黒い羽で出来たティアラみたいなものがあり、ぺたりと髪に添ってくっついていた。

 美しすぎるその容貌が、言外に彼女を人間ではないと私に伝えている。

 

「名乗ってもいいでしょうか……」

 彼女はおずおずと控え目に提案した。バーサーカーが無言で頷く。

 

「はじめまして、旅のお方。私はブリュンヒルデ、ブリュンヒルデ・シグルドリーヴァ」

 いつの間にか側で立っていたアーチャー961も、ヘッドギア越しに彼女へ目線を向けていた。

 

「大神オーディンの娘にして、勇士の魂を天へ届ける使命を持つ、戦乙女(ワルキューレ)の1人です」

 風が吹いて、砂が彼女の具足に少しだけついた。

 

 

 第33話 荒野の出会い

 終わり


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