上級都市を目指して走行するデザートランナーが遭遇したのは、暴走する機械ワームと、それに追われる女性サーヴァント。
アーチャー961の攻撃と、女性サーヴァントの連続攻撃によってワームは倒され、荒野に平穏が戻る。
追われていた女性サーヴァントは、自らを「ブリュンヒルデ・シグルドリーヴァ」とモモ達に紹介する。
……そう、大神オーディンの娘にして、勇士の魂を天へ届ける使命を持つ、美しき
外で長々と話すのも危険なので、ブリュンヒルデを含む私達4人は車内に戻り、運転室で集まって事情を聞くことにした。
彼女もその案に了承してくれて、今は運転室内の余っている席に、手を膝に乗せて肩を落とし、ちょこんと座っている。
「……あの、わたくし、いつまで自室待機していればいいのでしょうか?」
律儀に部屋の中でずっと待っていてくれたアスカも呼んで、あらましを説明した。
全員集まったことを確認してから、ブリュンヒルデへこちらも自己紹介をする。
名前や旅の目的……「聖杯戦争を止める」など。
そうしてから、彼女の話を聞くこととなった。
「リソースと物資補充のため遠征していたのですが、資源回収用のワームロボットに見つかってしまい……。
必死で撒こうとしたのですが、うまく行かず……」
「しかし貴女の戦闘能力は確かなものに見えた。逃げず、真っ向から撃破すれば良かったのでは?」
バーサーカーがそう言うと、彼女は紫水晶のような瞳を細めて苦しげに言葉を続けた。
「戦うわけにはいきませんでした。液体リソースを無駄に消費してしまいますし、それに……」
彼女が小さなプラスチックケースを取り出すと、手のひらに乗せて私達に見せてくれた。
「これが、壊れてしまう可能性がありましたから。頑強に作られているリソースボトルと違い、脆い物です」
彼女が蓋をスライドさせて、中身を優しげな眼差しで眺める。
「放棄された地下研究施設で見つけた、草花の種です。その……大切な人のため、花を、育てていて」
黒い丸の粒が、ケースの中をからころと転がっていた。
「とっても素敵なことだと思いますわ」
「はい。きっとあの人も喜んでくれるはず……」
アスカの言葉と純真な眼差しを受け、はにかむブリュンヒルデ。
「私……あの人の元へ帰らなくては」
彼女は椅子の上で急にそわそわとし始めた。
「あの人とは?」
バーサーカーの問いかけ。
「決まっています。
「……なるほど」
答えを聞き、彼は頷いてから次の言葉を続けた。
「その……差し出がましい言い方なのだが、俺達もついていっていいだろうか。
貴女の話をもっと聞きたい」
「それは……」
彼女は視線を泳がせる。
「代わりと言っては何だが、先程倒したワームロボットから回収したリソースを、貴女の住処へ運ぼう。
かなりの量があるから、タンクや車両でもないと運ぶのは難しいだろう」
彼女は目を一度閉じてから、バーサーカーの提案に答えを出した。
「……分かりました。けれど、あの人に危害を加えようとするならば容赦はしません……殺します」
「そんなことはしないさ。
何はともあれ、俺の提案を飲んでくれてありがとう、ブリュンヒルデ」
バーサーカーが裏表の無い誠実な態度で礼を言う
「よし、じゃあワームロボットを解体してリソースをタンクに詰めよう。
モモ、アスカ、手伝ってくれ。アーチャー殿は……お疲れでしょうし、このまま運転室で休んでください」
私もアスカも立って外に出ようとする。けれど私は、思わず足を止めてしまった。
ブリュンヒルデの鎧の隙間から覗く肩、その白い肌に小さな傷がついていることに気がついたからだ。
「ブリュンヒルデさん、肩に怪我をしていますよ……大丈夫ですか?」
彼女は目を丸くしてから、はっと言われた場所を見る。
「私のバーサーカーは治癒スキルを持っていますし、それを使って治療を……」
「いえ……いいえ!」
慌てた様子で、彼女は片手で肩を隠した。
「……後で、治癒のルーンを使います。お気遣いなく」
「それならいいんですけれど……」
サーヴァントだって怪我をすれば痛いはずだ、早く治してあげたい。
けれど、彼女は自分の傷は自分で治すつもりらしい。
「我がマスター! どうかしたのか!」
「なんでもない! 今行くねー!」
バーサーカーに声だけでせっつかれたので、大きな声で返事をする。
先ほどの彼女の取り乱しように、理由のわからない疑問を抱いたまま、私は外へ向かった。
「トバルカインは、
「んー……詳しく知らないかも」
砂っぽい大地の上で動作を停止したワームロボット。
壁のように地面へ伏しているそれが生み出す大きな影の中に入り、直射日光を避けている私とアスカ。
バーサーカーが液体リソースをポンプで汲み上げる作業が終わるまで、体力温存のためこうして休んでいる。
「では、わたくしが知っている知識の中で、短くまとめてお話をしてあげます」
アスカはやや波打っている黒髪を耳にかけつつ、ワームの胴体にもたれかかった。
「
みな美しい少女の姿をしていて……主な仕事は、勇者の魂を回収して天に届けること、人間同士の戦いへの介入などです」
頭上からポンプが起動する音がした。
「ブリュンヒルデもその1人でした。
けれどある時、勝たせてはいけない方の人間の陣営を勝たせてしまい、オーディンから罰を受けます」
「どんな罰?」
「呪いによって燃え盛る館の中に閉じ込められ、固いイバラで覆われ、封印されてしまったのです。
オーディンはこう告げました。『彼女を救い出せるのは、本当の勇気を持つ者だけ』と……。
長い間、ブリュンヒルデは待ち続けました、いつか出会う勇者のことを夢見て」
アスカは黒い瞳をうっとりとさせながら遠くを眺めた。
「そしてある英雄がやってきました。
彼こそ、邪竜を倒し、その心臓を食べて、尽きることのない叡智を手に入れた勇者シグルド……!」
私はアスカを見る。白いほっぺに朱が差して、ほんのりピンク。
(アスカって結構ロマンチックなお話好きなんだなぁ……)
上で稼働しているポンプが、きゅんと音を立てた。
「シグルドは炎を越え、ブリュンヒルデを包んでいたイバラを切り裂き、彼女を封印から救い出します。
そして、2人は……恋に落ちるのです」
「……なんで? 恋に落ちるポイントあった?」
命を救ってくれたという感情は、恋に変化するものなのだろうか。
「何でって……えっと……それはその……」
アスカは分かりやすくうろたえて、整えられた黒い眉を寄せ、指同士をつんつんさせながら考えに考えている。
「……分かった! きっと一目惚れですわ!
シグルドは美しい彼女を見て心奪われ、ブリュンヒルデも危険を
「うーん、それだけだと動機が弱くない?」
「弱くありません! 2人は運命的な……もう!」
アスカは砂の上でじたんだを踏む。クリーム色のスカートがひらひらと動いた。
「とにかく! 2人は恋に落ちたんです! トバルカインが納得できなくても茶々を入れないでください!
そして! 貴女はもっと恋愛小説などを読んで、恋について学んでください!」
「でも……映画とか物語とか見て思うけど、悲劇の原因って恋とか愛とか多いよね。
そんな厄介で恐ろしいこと知りたくないなぁ……」
アスカはわざとらしく咳払いをした。
「トバルカインの恋愛感についてはまた後で聞きます、話を戻します」
「うん」
私はロボットの胴体にもたれかかった。アスカのお話が続く。
「愛する人を見つけたシグルド。けれど、彼はある予言を受けていたのです。
それは、『ブリュンヒルデと恋に落ちれば、必ず破滅する』というものでした」
「ふんふん」
「けれど彼はそれを恐れることなどなく、愛を注ぎ、ブリュンヒルデもまた彼を愛しました。
彼女と結婚の誓いをし……勇者と
太陽はまだ高く、私達に落とされている影も色濃い。
「しかし幸せは続きませんでした。
ブリュンヒルデと結婚をしたいと考えた王の息子、グンナルと、己の娘グズルーンをシグルドと結婚させたいと考えていた王妃であり魔女が、手を組んだのです。
恐ろしい計画が立てられ、実行に移されました。
シグルドは忘れ薬を飲まされ、愛の記憶を全て奪われてしまいます。
その後、グンナルに強引に迫られたブリュンヒルデ。
彼女は彼に対し『試練を乗り越えられる者としか結婚しない』と告げますが……」
「どうなったの?」
「グンナルはシグルドに言いました。
『
ブリュンヒルデは姿を変えてやって来たシグルドに捉えられ、その後、計画通りにグンナルと結婚させられます。
そして、全てを忘れたままのシグルドは、王の娘グズルーンと結婚しました」
ポンプの駆動音が激しくなり、ぎゅんぎゅんとけたたましく辺りに響く。
「……けれど、偽りは暴かれるものです。
試練を乗り越えた勇者が、今結婚しているグンナルではなく変身したシグルドで、自分が何もかも騙されていたことを知ったブリュンヒルデは……」
ポンプの音が、止まった。
「──全員を、殺しました。
王、王妃、グンナル、グズルーン、親族……愛し合った、シグルドまでも。
そして最後に自分も炎へ身を投げて、死んだと伝えられています。
これが、わたくしの知るブリュンヒルデの伝説です」
風が吹いて、アスカの長い髪を揺らした。
「やっぱり愛って怖いものなんじゃあ……」
私が何とか絞り出せた感想はそれだった。
液体リソースをポリタンクにつめ、バーサーカーと共に積み込み、その後ブリュンヒルデの案内を受けて彼女の住処に向かった。
時間は午後4時、日は傾き始めている。
「ここから地下に入れます……この辺りはワームロボットも多いですから、車体を地下に隠した方がいいでしょう」
ブリュンヒルデの言葉に従い、ぽっかりと口を開けた地下への入り口に車を向かわせる。
「……ここまでくれば大丈夫、降りて荷物を運びましょう。お礼にお料理なども……振る舞いますね」
「ブリュンヒルデさん、ありがとう」
私は彼女にお礼を言う。
「いえ……皆さまは命の恩人ですから……これくらいは」
彼女はまた柔らかくはにかんだ。
タラップを展開し、スムーズに降車出来るようにして、私達はポリタンクを1人1個ずつ持った。
ブリュンヒルデの案内を受けながら、彼女とも協力して奥へと運んでいく。
コンクリート打ちっぱなしの廊下は、地上に近いのか、ひび割れた箇所から日の光がちらちらと射し込んでいた。
……かつて世界にあった木漏れ日というものは、こんな感じだったのだろうか。
「トバルカイン、見てください」
タンクを両手で持っていたアスカが声をあげた。
「あそこ……土があって、草が生えています」
天井の一部に透明なパネルが貼られていて、太陽の光が存分に注ぐようになっている。
そこに、盛り土があり、緑の短い草が生えていた。
「液体リソースを使って育てているのです。まだ草しか生えていませんが、いつかきっと……」
ブリュンヒルデがやってきて、その場所を愛おしげに眺めた。
「後でアスカさんにも、少し種をお分けしましょうか?」
「ありがとうございます。とても嬉しいお言葉ですわ!」
アスカの黒い髪と、ブリュンヒルデの白い髪が陽光を反射して煌めく。
「まだ目的地まで距離があります、タンクを代わりに持ちますね」
ブリュンヒルデも荷物を抱えているというのに、私とアスカが1個ずつ運んでいたタンクを軽々と持ち上げてしまった。
「さぁ、行きましょうか」
急に手ぶらになった私とアスカは後をついていく。アーチャー、バーサーカーも、タンクを運びつつそれに続いた。
「ただいま戻りました……」
コンクリートで作られた四角い大きな部屋。
彼女はタンクを隅に置くと、自分の気持ちを抑えきれないといった様子で中心へ駆けていく。
そこにあったのは、長方形で群青色をした箱。
「とっても優しい人に出会って……ええ、ええ、そうです、勇気もあって……」
彼女は穏やかに報告する声の中に嬉しさを込めながら、話し続ける。
「だから貴方も早く、目覚めてくださいね」
──返ってくる言葉などない、会話のような独り言。
バーサーカーとアーチャーはブリュンヒルデに近寄ろうともしない。
なので、私とアスカが彼女へ恐々と近寄る。
彼女が声をかけている箱は、蓋だけが透明な素材だった。
背伸びして中を覗いてみる。
(中に、誰か横たわってる……)
内側はイバラのように尖ったケーブルで満たされていて、それに覆われるように瞳を閉じた男性がいた。
髪型は白と紫に近い紺のツーブロック。顔立ちは凛々しく、鋭い線を描くまぶたの上には細いフレームの眼鏡がかけられていた。
「シグルド、私の愛しい人……」
アスカから聞いた、竜殺しの英雄シグルドその人が、死者のように人形のように眠りについていた。
第34話 紫水晶の乙女
終わり