フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 上級都市を目指して走行するデザートランナーが遭遇したのは、暴走する機械ワームと、それに追われる女性サーヴァント。
 アーチャー961の攻撃と、女性サーヴァントの連続攻撃によってワームは倒され、荒野に平穏が戻る。
 追われていた女性サーヴァントは、自らを「ブリュンヒルデ・シグルドリーヴァ」とモモ達に紹介する。
 ……そう、大神オーディンの娘にして、勇士の魂を天へ届ける使命を持つ、美しき戦乙女(ワルキューレ)、その人であった。


第34話 紫水晶の乙女

 

 

 外で長々と話すのも危険なので、ブリュンヒルデを含む私達4人は車内に戻り、運転室で集まって事情を聞くことにした。

 彼女もその案に了承してくれて、今は運転室内の余っている席に、手を膝に乗せて肩を落とし、ちょこんと座っている。

 

「……あの、わたくし、いつまで自室待機していればいいのでしょうか?」

 律儀に部屋の中でずっと待っていてくれたアスカも呼んで、あらましを説明した。

 全員集まったことを確認してから、ブリュンヒルデへこちらも自己紹介をする。

 名前や旅の目的……「聖杯戦争を止める」など。

 そうしてから、彼女の話を聞くこととなった。

 

「リソースと物資補充のため遠征していたのですが、資源回収用のワームロボットに見つかってしまい……。

 必死で撒こうとしたのですが、うまく行かず……」

「しかし貴女の戦闘能力は確かなものに見えた。逃げず、真っ向から撃破すれば良かったのでは?」

 バーサーカーがそう言うと、彼女は紫水晶のような瞳を細めて苦しげに言葉を続けた。

 

「戦うわけにはいきませんでした。液体リソースを無駄に消費してしまいますし、それに……」

 彼女が小さなプラスチックケースを取り出すと、手のひらに乗せて私達に見せてくれた。

 

「これが、壊れてしまう可能性がありましたから。頑強に作られているリソースボトルと違い、脆い物です」

 彼女が蓋をスライドさせて、中身を優しげな眼差しで眺める。

 

「放棄された地下研究施設で見つけた、草花の種です。その……大切な人のため、花を、育てていて」

 黒い丸の粒が、ケースの中をからころと転がっていた。

 

「とっても素敵なことだと思いますわ」

「はい。きっとあの人も喜んでくれるはず……」

 アスカの言葉と純真な眼差しを受け、はにかむブリュンヒルデ。

 

「私……あの人の元へ帰らなくては」

 彼女は椅子の上で急にそわそわとし始めた。

 

「あの人とは?」

 バーサーカーの問いかけ。

 

「決まっています。戦乙女(ワルキューレ)である、ブリュンヒルデの大切な人……勇士、の元にです」

「……なるほど」

 答えを聞き、彼は頷いてから次の言葉を続けた。

 

「その……差し出がましい言い方なのだが、俺達もついていっていいだろうか。

 貴女の話をもっと聞きたい」

「それは……」

 彼女は視線を泳がせる。

 

「代わりと言っては何だが、先程倒したワームロボットから回収したリソースを、貴女の住処へ運ぼう。

 かなりの量があるから、タンクや車両でもないと運ぶのは難しいだろう」

 彼女は目を一度閉じてから、バーサーカーの提案に答えを出した。

 

「……分かりました。けれど、あの人に危害を加えようとするならば容赦はしません……殺します」

「そんなことはしないさ。

 何はともあれ、俺の提案を飲んでくれてありがとう、ブリュンヒルデ」

 バーサーカーが裏表の無い誠実な態度で礼を言う

 

「よし、じゃあワームロボットを解体してリソースをタンクに詰めよう。

 モモ、アスカ、手伝ってくれ。アーチャー殿は……お疲れでしょうし、このまま運転室で休んでください」

 私もアスカも立って外に出ようとする。けれど私は、思わず足を止めてしまった。

 ブリュンヒルデの鎧の隙間から覗く肩、その白い肌に小さな傷がついていることに気がついたからだ。

 

「ブリュンヒルデさん、肩に怪我をしていますよ……大丈夫ですか?」

 彼女は目を丸くしてから、はっと言われた場所を見る。

 

「私のバーサーカーは治癒スキルを持っていますし、それを使って治療を……」

「いえ……いいえ!」

 慌てた様子で、彼女は片手で肩を隠した。

 

「……後で、治癒のルーンを使います。お気遣いなく」

「それならいいんですけれど……」

 サーヴァントだって怪我をすれば痛いはずだ、早く治してあげたい。

 けれど、彼女は自分の傷は自分で治すつもりらしい。

 

「我がマスター! どうかしたのか!」

「なんでもない! 今行くねー!」

 バーサーカーに声だけでせっつかれたので、大きな声で返事をする。

 先ほどの彼女の取り乱しように、理由のわからない疑問を抱いたまま、私は外へ向かった。

 

 

 

 

「トバルカインは、戦乙女(ワルキューレ)であるブリュンヒルデの伝説を知っていまして?」

「んー……詳しく知らないかも」

 砂っぽい大地の上で動作を停止したワームロボット。

 壁のように地面へ伏しているそれが生み出す大きな影の中に入り、直射日光を避けている私とアスカ。

 バーサーカーが液体リソースをポンプで汲み上げる作業が終わるまで、体力温存のためこうして休んでいる。

 

「では、わたくしが知っている知識の中で、短くまとめてお話をしてあげます」

 アスカはやや波打っている黒髪を耳にかけつつ、ワームの胴体にもたれかかった。

 

戦乙女(ワルキューレ)とは、主神オーディンの娘とも言われる、天からの使い。

 みな美しい少女の姿をしていて……主な仕事は、勇者の魂を回収して天に届けること、人間同士の戦いへの介入などです」

 頭上からポンプが起動する音がした。

 

「ブリュンヒルデもその1人でした。

 けれどある時、勝たせてはいけない方の人間の陣営を勝たせてしまい、オーディンから罰を受けます」

「どんな罰?」

「呪いによって燃え盛る館の中に閉じ込められ、固いイバラで覆われ、封印されてしまったのです。

 オーディンはこう告げました。『彼女を救い出せるのは、本当の勇気を持つ者だけ』と……。

 長い間、ブリュンヒルデは待ち続けました、いつか出会う勇者のことを夢見て」

 アスカは黒い瞳をうっとりとさせながら遠くを眺めた。

 

「そしてある英雄がやってきました。

 彼こそ、邪竜を倒し、その心臓を食べて、尽きることのない叡智を手に入れた勇者シグルド……!」

 私はアスカを見る。白いほっぺに朱が差して、ほんのりピンク。

 

(アスカって結構ロマンチックなお話好きなんだなぁ……)

 上で稼働しているポンプが、きゅんと音を立てた。

 

「シグルドは炎を越え、ブリュンヒルデを包んでいたイバラを切り裂き、彼女を封印から救い出します。

 そして、2人は……恋に落ちるのです」

「……なんで? 恋に落ちるポイントあった?」

 命を救ってくれたという感情は、恋に変化するものなのだろうか。

 

「何でって……えっと……それはその……」

 アスカは分かりやすくうろたえて、整えられた黒い眉を寄せ、指同士をつんつんさせながら考えに考えている。

 

「……分かった! きっと一目惚れですわ! 

 シグルドは美しい彼女を見て心奪われ、ブリュンヒルデも危険を(かえり)みず自分を救ってくれた勇者を好きになったのです!」

「うーん、それだけだと動機が弱くない?」

「弱くありません! 2人は運命的な……もう!」

 アスカは砂の上でじたんだを踏む。クリーム色のスカートがひらひらと動いた。

 

「とにかく! 2人は恋に落ちたんです! トバルカインが納得できなくても茶々を入れないでください! 

 そして! 貴女はもっと恋愛小説などを読んで、恋について学んでください!」

「でも……映画とか物語とか見て思うけど、悲劇の原因って恋とか愛とか多いよね。

 そんな厄介で恐ろしいこと知りたくないなぁ……」

 アスカはわざとらしく咳払いをした。

 

「トバルカインの恋愛感についてはまた後で聞きます、話を戻します」

「うん」

 私はロボットの胴体にもたれかかった。アスカのお話が続く。

 

「愛する人を見つけたシグルド。けれど、彼はある予言を受けていたのです。

 それは、『ブリュンヒルデと恋に落ちれば、必ず破滅する』というものでした」

「ふんふん」

「けれど彼はそれを恐れることなどなく、愛を注ぎ、ブリュンヒルデもまた彼を愛しました。

 彼女と結婚の誓いをし……勇者と戦乙女(ワルキューレ)は確かに愛を育んでいたのです」

 太陽はまだ高く、私達に落とされている影も色濃い。

 

「しかし幸せは続きませんでした。

 ブリュンヒルデと結婚をしたいと考えた王の息子、グンナルと、己の娘グズルーンをシグルドと結婚させたいと考えていた王妃であり魔女が、手を組んだのです。

 恐ろしい計画が立てられ、実行に移されました。

 シグルドは忘れ薬を飲まされ、愛の記憶を全て奪われてしまいます。

 その後、グンナルに強引に迫られたブリュンヒルデ。

 彼女は彼に対し『試練を乗り越えられる者としか結婚しない』と告げますが……」

「どうなったの?」

「グンナルはシグルドに言いました。

 『(まじな)い……変身のルーンを使い、姿をグンナルに変えて試練を受けるように』と。

 ブリュンヒルデは姿を変えてやって来たシグルドに捉えられ、その後、計画通りにグンナルと結婚させられます。

 そして、全てを忘れたままのシグルドは、王の娘グズルーンと結婚しました」

 ポンプの駆動音が激しくなり、ぎゅんぎゅんとけたたましく辺りに響く。

 

「……けれど、偽りは暴かれるものです。

 試練を乗り越えた勇者が、今結婚しているグンナルではなく変身したシグルドで、自分が何もかも騙されていたことを知ったブリュンヒルデは……」

 ポンプの音が、止まった。

 

「──全員を、殺しました。

 王、王妃、グンナル、グズルーン、親族……愛し合った、シグルドまでも。

 そして最後に自分も炎へ身を投げて、死んだと伝えられています。

 これが、わたくしの知るブリュンヒルデの伝説です」

 風が吹いて、アスカの長い髪を揺らした。

 

「やっぱり愛って怖いものなんじゃあ……」

 私が何とか絞り出せた感想はそれだった。

 

 

 

 

 液体リソースをポリタンクにつめ、バーサーカーと共に積み込み、その後ブリュンヒルデの案内を受けて彼女の住処に向かった。

 時間は午後4時、日は傾き始めている。

 

「ここから地下に入れます……この辺りはワームロボットも多いですから、車体を地下に隠した方がいいでしょう」

 ブリュンヒルデの言葉に従い、ぽっかりと口を開けた地下への入り口に車を向かわせる。

 

「……ここまでくれば大丈夫、降りて荷物を運びましょう。お礼にお料理なども……振る舞いますね」

「ブリュンヒルデさん、ありがとう」

 私は彼女にお礼を言う。

 

「いえ……皆さまは命の恩人ですから……これくらいは」

 彼女はまた柔らかくはにかんだ。

 タラップを展開し、スムーズに降車出来るようにして、私達はポリタンクを1人1個ずつ持った。

 ブリュンヒルデの案内を受けながら、彼女とも協力して奥へと運んでいく。

 コンクリート打ちっぱなしの廊下は、地上に近いのか、ひび割れた箇所から日の光がちらちらと射し込んでいた。

 ……かつて世界にあった木漏れ日というものは、こんな感じだったのだろうか。

 

「トバルカイン、見てください」

 タンクを両手で持っていたアスカが声をあげた。

 

「あそこ……土があって、草が生えています」

 天井の一部に透明なパネルが貼られていて、太陽の光が存分に注ぐようになっている。

 そこに、盛り土があり、緑の短い草が生えていた。

 

「液体リソースを使って育てているのです。まだ草しか生えていませんが、いつかきっと……」

 ブリュンヒルデがやってきて、その場所を愛おしげに眺めた。

 

「後でアスカさんにも、少し種をお分けしましょうか?」

「ありがとうございます。とても嬉しいお言葉ですわ!」

 アスカの黒い髪と、ブリュンヒルデの白い髪が陽光を反射して煌めく。

 

「まだ目的地まで距離があります、タンクを代わりに持ちますね」

 ブリュンヒルデも荷物を抱えているというのに、私とアスカが1個ずつ運んでいたタンクを軽々と持ち上げてしまった。

 

「さぁ、行きましょうか」

 急に手ぶらになった私とアスカは後をついていく。アーチャー、バーサーカーも、タンクを運びつつそれに続いた。

 

「ただいま戻りました……」

 コンクリートで作られた四角い大きな部屋。

 彼女はタンクを隅に置くと、自分の気持ちを抑えきれないといった様子で中心へ駆けていく。

 そこにあったのは、長方形で群青色をした箱。

 

「とっても優しい人に出会って……ええ、ええ、そうです、勇気もあって……」

 彼女は穏やかに報告する声の中に嬉しさを込めながら、話し続ける。

 

「だから貴方も早く、目覚めてくださいね」

 ──返ってくる言葉などない、会話のような独り言。

 バーサーカーとアーチャーはブリュンヒルデに近寄ろうともしない。

 なので、私とアスカが彼女へ恐々と近寄る。

 彼女が声をかけている箱は、蓋だけが透明な素材だった。

 背伸びして中を覗いてみる。

 

(中に、誰か横たわってる……)

 内側はイバラのように尖ったケーブルで満たされていて、それに覆われるように瞳を閉じた男性がいた。

 髪型は白と紫に近い紺のツーブロック。顔立ちは凛々しく、鋭い線を描くまぶたの上には細いフレームの眼鏡がかけられていた。

 

「シグルド、私の愛しい人……」

 アスカから聞いた、竜殺しの英雄シグルドその人が、死者のように人形のように眠りについていた。

 

 

 第34話 紫水晶の乙女

 終わり

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