モモ達はワームロボットに襲われていたサーヴァント、ブリュンヒルデを助け出した。
彼女から事情を聞くと、暴走する機械から逃れながら、液体リソースや物資を探していたらしい。
地下研究施設から見つけ出した植物の種を、大切な人のために他にも育てていると言い、愛しげに眺めるブリュンヒルデ。
情報収集のためにも、彼女の住む場所へ向かうことにした。
倒したワームロボットから液体リソースを回収している間、モモはアスカからブリュンヒルデの伝説を教えられる。
恋に落ちた2人の幸福な日々と、その終わりを聞いたモモは、「やっぱり愛って怖いものなんじゃあ……」といった感想を抱くのであった。
デザートランナーで向かったその場所は、棄てられた地下の研究施設。
ブリュンヒルデと穏やかに会話をしながら奥へ進むと、部屋があり、その中心に群青色の箱が据えられていた。
その側に嬉しそうに駆け寄り、声をかけ続けるブリュンヒルデ。
モモがそっと覗いたその中には……アスカから聞いた伝説の勇者、シグルドが横たわっていたのであった。
時間は経ち、夜。私達は部屋の隅にある丸いテーブルを囲んで食事を摂ることにした。
四角い部屋にはリソースを燃料とした発電機によって灯りが点き、安心感を覚える黄色灯の柔らかい光で全体が照らされていた。
「ポトフをどうぞ。発掘品の缶詰めを温めただけのもので、申し訳ないですが……」
「ありがとうございます」
ブリュンヒルデさんが目の前に置いてくれた『ポトフ』なる料理をしげしげと眺める。
強化プラスチックの白いお椀の中に、湯気を立てている透明な液体と具材が入っていた。
底へ沈んでいるオレンジや緑のブロック、これは野菜を再現したもの。
茶色と白が交互に層となっている大きめのブロックは……肉を模したものだろう、昔映画で見たベーコンと似ている。
「いただきます」
私の後に続いてばらばらと「いただきます」が続く。
お腹もペコペコだったし、プラスチック製のスプーンで液体を早速口へ運んだ。
(……いい匂いがして、ちょっと甘くて、しょっぱい)
食欲が湧いてくる味だ。次にオレンジ色のブロックをスプーンの縁で細かく切って食べる。
少しほくほくしていて、けど、しゃきしゃき感もあり。
次は、茶色と白の2層が重なって出来ているブロックを。
つついてみると、ぶにぶにと弾力があり、スプーンで切ることは難しい。
お行儀が悪いと思いながらも、大きく口をあけて食べた。
口に広がる塩味、脂のこってりとした甘味、もちもちとした肉繊維の食感。
「とっても美味しいです!」
「ああ……よかった……」
そう答えてくれたブリュンヒルデさんは何も口に運んでおらず、私達を眺めるばかりだ。
「ブリュンヒルデさんは食べないのですか?」
アスカが聞く。
「サーヴァントは食事を必要としませんから、気にしないでください……」
彼女は椅子に座り、足の上へ両手を重ねて置く、たおやかな所作をしていた。
「かつて人間であった者も多いから、食べた方が安心するというサーヴァントもいるが……」
ブリュンヒルデの言葉を聞いたバーサーカーが、そんなことを言いながら温かいスープを飲む。
少し離れた場所に座っているアーチャーも、顎を覆っている獣のような黒いギアを変形させて口元を開け、黙々と食事を食べ進めている。
「そうだね、バーサーカーも時々は食べていたもんね」
私は自分のサーヴァントの発言で、地下都市に住んでいた頃を思い出した。
バーサーカーは食事に執着するタイプではないから、私が薦める時か、よっぽど興味が惹かれる時にしか物を口にしなかった。
アーチャー961も同じ感じだ、振る舞われない限りは食べない。
アスカは3食きちんと摂っているが、その量は少な目だ。
なので、私ばっかり食べているような感じもするが……。
(いや、腹が減っては戦が出来ぬと言われているし、食べるのは大事なことだ、うん)
けして私が食い意地が張っているという訳ではない、ないのだ。
「どうしてシグルドさんは眠っているんですか?」
「それは……」
私が質問すると、ブリュンヒルデさんは目線を中央に置かれている、棺のような箱へ向けた。
「時系列を初めから並べてお話します。
……私はこの場所で目を覚まし、そして、眠り続けるシグルドを見つけたのです」
彼女は目線を上に、私へと戻す。
「彼の体を調べてみましたが、異常はなく……眠りの原因は不明。
なので、とにかく液体リソースを集め、彼へ注ぎ、目を覚ますのを待ち続けているのです……」
事情を一通り聞き、私は考え込む。
(アスカから聞いたお話と、何だか反対になってるなぁ……)
かの伝説の内容を思い出す。
炎の館でイバラに覆われ眠り続けるブリュンヒルデと、それを目覚めさせる勇者であったシグルド。
今の彼女の状況は、ちょうど反対の形になっているだろうか。
「今日は……ワームロボットを皆さまと倒せたおかげで、大量のリソースを手に入れることが出来ました。
これを続けていれば、いつか、きっと、目を開けてくれるはず。愛しい人、大切な貴方……」
笑顔のまま話す
その動きは大きくなり、やがてぐらりと、椅子に座ったままの体が崩れ落ちて、頭から床へぶつかりそうになってしまった。
「おっと……」
それをバーサーカーが素早く受け止める。
「……」
抱き止められたというのにブリュンヒルデさんは無反応だ。ただ、すーすーと穏やかに息をしている。
「疲れと緊張による気絶……だろうか」
バーサーカーがそう診断しながら彼女を軽々と抱き上げる。白い髪がさらさらと流れ落ち、その内側が室内灯の光を反射し煌めいた。
「寝台は……ここか、寝かせておいてあげよう」
四角い部屋から繋がっている小さな空間に、布が敷かれた簡素な台があった。
そこにブリュンヒルデさんを横たわらせ、バーサーカーはそっと毛布をかけると、仕切り代わりのカーテンを引いた。
「バーサーカーは優しいのですね」
アスカがお椀をテーブルに置いた。
「いや……そうではないよ」
彼女がしっかり寝ていることを確認したバーサーカーは、もう一度席に座ると、腕を組んだ。
「どうしたの?」
私は彼に声をかける。暗い緑の瞳がうろうろと動き、何かを考え込んでいる様子だったからだ。
「……疑問を解消するなら早い方がいいか」
独り言を呟くと、ゆっくり立ち上がり。部屋の中央、シグルドが眠っている箱へ歩いていった。
「04」
アーチャーが短く彼の番号を呼ぶ。声の響きには鋭さが感じられた。
「ご心配なく、アーチャー殿」
バーサーカーは意味がよく分からない返事をしながら、箱のすぐ横に
(何をしようとしているの?)
私はポトフをすくうスプーンを中途半端に止めた。アスカもお椀を手に持ったまま、不思議そうに彼を眺めている。
「よっ……と」
バーサーカーは短いかけ声を出した後、力任せに蓋を取り外し始めた。
サーヴァントの筋力に負けて板はべきべきと割れ、床に透明な破片が散らばっていく。
「バーサーカー?! 何をしているの?!」
私は彼の行動が理解できず、驚きの感情もあって思わず声を荒げてしまった。
「ブリュンヒルデさんにとって大切な人がそこにいるんだよ! そんな乱暴なこと……」
急いで部屋の中央に走り、彼を止めるため肩を掴んだ。
「……俺のスキルでシグルドを治療するだけだ、我がマスター」
私の言葉も聞かず、ケーブルで埋め尽くされた中に手を突っ込む。
彼がスキルを発動したのか、イバラのような管の合間から緑の光が漏れ出した。
「でも……こんな方法でなくても……今みたいに振る舞ったりしたら、ブリュンヒルデさんがショックを受けるだろうし……。
殺されちゃう……かもしれないし」
車内でのバーサーカーと彼女の会話を脳裏に浮かべ、次にアスカから聞いた伝説もよぎった。
「──彼女には誰も殺せやしないよ。そこまでの力は彼女には無いから」
「えっ?」
ブリュンヒルデもサーヴァントである以上、バーサーカー04を殺せる可能性があるはずなのに、彼はばっさりと切り捨てる。
「……目覚めるぞ」
バーサーカーの声。緑の光が収まり、数秒後にその人物は目を開けた。
眼鏡の向こう側にある鋭い眼差しの色は、山肌を流れゆく氷河を思わせるアイスブルー。
「……ここは」
目覚めた英雄シグルドは、寝たままの状態で首を動かす。固いケーブルがかさかさと動いた。
「……状況を確認、起床する」
彼は短くつぶやくと体を起こす。
首や衣服に繋がっていた管が千切れ、淡く光る液体リソースが少量辺りへ飛び散った。
パワードスーツにも秘密部隊の装束にも見える、近未来的な黒く硬質な鎧が姿を表す。
「貴方がシグルドさんですか……? ごめんなさい、私のサーヴァントが勝手に治療を……」
突然起こされて混乱しているであろう彼に、私は慌てながらも謝罪した。
シグルドはそんな私を、瞬き無くじっと見つめている。
「……情報の齟齬の発生を確認、速やかに訂正する」
彼は立ち上がり、箱の中から出てくる。身長はアーチャー961と同じくらいのようだ、つまり170cmから180cmくらい。
「当方は、シグムンドとヒョルディースの子であり、邪竜を打ち倒し、その心臓より叡智を得た英雄シグルド……でない」
彼はそう述べた後、私達に軽く一礼する。
「お初にお目にかかる、我が名は戦闘型アンドロイド、タイプ、シグルド」
感情の読めない平坦な声で彼は告げた。
「当方、いや、当機は英霊を人工的に再現しようとした機械であり、その失敗作である」
──受け入れ難い、真実を。
「……えっ?」
私の思考が数秒止まり、素っ頓狂な声を上げることしかできなかった。
「先行量産型であるタイプ、ブリュンヒルデと同様、廃棄コフィンに収められ、リソースセンターへ運ばれる予定であったはずなのだが」
「どういうこと……ですか?」
アスカの口からも、そんな言葉が出てきてしまう。
シグルドはアイスブルーの瞳に私達を映した。
「当機は機械である、戦闘能力を保有するアンドロイドである。
あちらの寝台でスリープモードとなっている機体も、同じくアンドロイド」
「で、でも! ブリュンヒルデさんは自分をサーヴァントだって」
私は彼の言葉に思わず口を挟んでしまった。そうしたいほど、彼女から聞いていた話と何もかもが違ったからだ。
「……自らを真実の
彼は淡々と事実を積み上げていく。
「違う!」
そんな声と共に、カーテンが勢いよく引かれた。
叫んだのは、眠っていたはずの乙女、ブリュンヒルデ。
肩で息をして、整っていた顔は、苦痛を感じているかのように歪んでいる。
「私は、私は……ブリュンヒルデ・シグルドリーヴァ!
英雄シグルドと恋に落ちた
彼女の声は震え、今にも泣き出しそうなのに、火がつきそうなほどの激情が込められていた。
「違う。貴殿はそう自らを錯覚しているアンドロイドでしかない……当機も、ただの機械でしかない」
アンドロイドは否定する。
ブリュンヒルデはよろめきながら近づき、立っている彼の体にしがみついてから、その頬を両手でそっと包み込むと、恋い焦がれる乙女が恋人にそうするように、揺れる瞳で顔を見上げた。
「違う……貴方はシグルド、機械なんかじゃない、私の大切な人、そして……私が唯一愛を注ぐ人……」
ブリュンヒルデもまた、彼の意見を否定する。
アメジストと同じ色の瞳は人間のように潤み、その横顔は悲しみを湛えていて……。
「お願いですシグルド、私の名を呼んでください。喉を震わせ、もう一度私の名を……」
「出来ない。何故ならば、当機はシグルドでは無い。偽りを述べる訳にはいかない」
2人の会話は平行線で……どこまでもどこまでも、お互いを傷つけ合うだけのものだった。
「では──」
シグルドではなかったアンドロイドが口を改めて開く。
「真実を君に見せよう、こちらへ」
頬をブリュンヒルデの手に包まれたまま、機械は彼女を何処かへ
第35話 氷細工の勇者
終わり
単語説明
ポトフ
フランスの家庭料理の一種。肉を数種類の野菜、香草と共に煮込んだもの。
本来であれば上記の具材で作られるが、終末を迎えた後のこの世界では、遺伝子組み換え作物を加工して出来た食材ブロックで再現されている。
缶詰
たびたび発掘される、中に食べ物が入っている密閉された金属製の缶。貴重。
多くは、人類が地下都市に住み始めた時代の初期に作られた。そのころはまだ争いの火種がくすぶっており、外からの攻撃で、配給を含む都市機能が麻痺する事が多かったからだ。
現在は金属資源の減少も受け、ほとんど作られていない。