フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 ブリュンヒルデが日々の生活を営んでいる場所に招かれたモモ達は、安全な部屋と温かい食事のもてなしを受ける。
 サーヴァントである彼女を交え、5人で和気あいあいとした時間を過ごすが、その最中、ブリュンヒルデは突如眠り込んでしまう。
 頭から倒れそうになったブリュンヒルデをバーサーカー04はベッドに運び、しばし考え込んだ。
 そして唐突に、シグルドの眠る箱を壊しにかかったのである。驚いたモモはバーサーカーを止めようとしたが、「俺のスキルでシグルドを治療する」と言う彼に押され、強い口調で止めることは出来なくなった。

 バーサーカー04のスキルで治療され、イバラのようなケーブルの中から目覚めるシグルド。
 目を開け、体を起こした彼は、衝撃的な事実を口にする。
「我が名は戦闘型アンドロイド、タイプ、シグルド」、「当機は英霊を人工的に再現しようとした機械であり、その失敗作である」

 その言葉を聞き、部屋に駆け込んできたのは眠っていたはずのブリュンヒルデ。涙を流しながら彼の言葉を否定する。
 シグルドを模したアンドロイドは「真実を君に見せよう」と、自らの発言を否定した彼女を何処かへ案内するのであった。


第36話 真実は、泥土のように積み上がり

 

 

『解除キーを認証できません』

 機械音声でそう告げている扉のある場所は、ブリュンヒルデが育てていたささやかな花壇の側だった。

 

「当機のコードで解錠不能? なぜだ?」

 開くのに手間取っている様子のシグルド型アンドロイド。

 横からアーチャー961が手をかざし、雷の形をとった魔力を扉へ流し込む。

 

『……』

 機械音声は沈黙し、それからしばらくして、横にスライドして開いた。

 

「嘘……嘘……嘘……嘘……」

 ブリュンヒルデさんはバーサーカーに肩を抑えられ、ぐらぐら揺れながらも何とか自立している。

 アスカはその様子も、前を歩いていくシグルド型アンドロイドのことも、不安そうな面持ちで見つめていた。

 

「感謝を、アーチャー961。

 この先に研究ブロックがある、前進する」

 アンドロイドはどこまでも冷静で、冷徹にも見えた。

 

「トバルカイン、手を握ってもいいでしょうか……?」

 アスカの言葉に頷いてから、私は迷わず手をとった。彼女の手は冷や汗で濡れ、かたかたと震えている。

 開いた扉へ向かい、シグルド型アンドロイドを先頭に、私達は懐中電灯を持って進んでいく。

 

「計量器とかコンピューターとか、機械が雑多に置かれてる、薬品が入れられた瓶もあるね」

 白の灯りに照らされ、ぼんやりと見えた物を私は口に出す。

 

(映画に出てくるマッドサイエンティストの研究所みたい……)

 アスカと手を繋ぎながら、深い暗闇に沈んでいる未知の場所の探索を始めた。

 アーチャー961は先頭を行くシグルド型のすぐ側に控え、バーサーカーはブリュンヒルデを支えながら最後尾を歩いていた。

 

「……通電確認、照明を点灯しよう」

 シグルド型が壁にある何かを操作すると、急に空間が明るくなった。

 不安感を煽る白熱灯の画一的な光が、コンクリート剥き出しの壁と床を照らす。

 

「あれが廃棄棟。リソースセンターへ回収するまでの間、廃棄機体を収容していたブロックだ」

 狭い通路の一面がガラス張りになっていて、下にある空間には深い穴が見えた。

 そこにあったのは。

 

「なに……あれ……」

 恐怖で体が指先まで冷えていく。

 ──無数のブリュンヒルデが、山のように積み重ねられていた。

 人間と見間違う、いや、それ以上に美しい存在が無造作に捨てられ、どの体もだらんと弛緩し、瞳孔が開いている。

 アスカは悲鳴一つ出さず、ただ私の手を握る力を強めた。

 

「……っ」

 目の前に広がった光景にアーチャーが一瞬たじろぎ、顔を背けたが、それを誰にも気取られたくなかったのか、ぎこちない動作で前方を向き直した。

 

「神の子でもある戦乙女(ワルキューレ)をサーヴァントとして召喚するのは高難度であり、故に、その能力を技術的に、機械的に再現する方向へ研究は舵をとられた」

 私達の衝撃をよそに、シグルド型は説明を開始する。

 

「その他にも、半神や神に近しい英霊を作り出すべく様々な研究が進められたが……」

 ブリュンヒルデがゆっくりと顔をあげ、その光景を見て……何も言わず、顔をただ下に向けた。

 

「研究も計画も全て、およそ200年前に凍結された。

 サーヴァントを召喚し、それを粉砕、混ぜ合わせ、装甲を着用した機械化サーヴァントの方が、戦力を得る上で確実性の高いものであったから」

 ブリュンヒルデが倒れないよう支え続けているバーサーカーは、彼の説明を聞きながら辺りに目を向け、情報を収集している様だった。

 

「……以上がこの施設と関連した当機の説明である、何か質問は」

 ぽたりと、コンクリートに何かが落ちる。

 

「何も……ありません……」

 ブリュンヒルデさんの瞳からこぼれ落ちた、涙だった。

 

「……」

 シグルド型はその雫を見て、何か言いたげに唇を動かしたが、すぐに固い無表情へ戻ってしまう。

 

「帰りましょう……皆さん……」

 今にも泣き崩れてしまいそうな彼女の言葉に、私達は従うしかなかった。

 

 

 

 

「眠らせてください……」

 ブリュンヒルデを模したアンドロイドの乙女はそう言い、寝室に籠もってしまった。

 断続的に、悲しげなすすり泣きの声が聞こえてくる。

 シグルド型を含むこの場にいる全員は、ただ沈黙し続けるしかなく。

 

(ブリュンヒルデも、シグルドも、再現されただけのアンドロイド……)

 真実は残酷で、衝撃的だった。アスカも目線を下に落とし、じっと黙っている。

 

(でも、ブリュンヒルデさんは……機械とは思えないほど、優しくて、親切で……)

 私は彼女のことをただの作り物だとは考えられなかった。

 ほころぶような笑顔、大好きな人のために花を育てたいと語った言葉、アスカや私に向けてくれた優しさ、料理を振る舞ってくれた温かな手つき。

 

(人間よりずっと……人間らしくて)

 彼女の存在の真偽に関わらず、私はそこに心を感じてしまったのだ。

 ぐるぐると考えていた矢先、バーサーカーが立ち上がり、部屋を出ようとした。

 

「どこへ行くの」

 彼は緑の瞳だけを動かして私を見て、強い意志を秘めた言葉を口から出す。

 

「もう少しあの施設を調べたい、絶対に何か分かる」

「何かって……」

「世界がどうしてこうなってしまったのか、なぜサーヴァントがこんなにも多く召喚され続けているのか……知りたくないか、モモ」

 ……私はすぐに言葉を返せなかった。それは、とても魅力的な提案だったから。

 

(聖杯戦争を始めた人のことも、過去の歴史のことも、分かるかも知れないけれど)

 私はカーテンで仕切られた寝室の方を見る。

 

「……今は、いい。ブリュンヒルデさんの側に居てあげたい」

 彼女を1人にしたくなくて、バーサーカーの誘いを断る。

 

「……やはり俺のマスターは優しいなぁ」

 彼は感心したような響きの声で言い残すと、廊下に出て先ほどの研究施設へ行ってしまった。

 

「アーチャーは……行かなくていいの?」

 ずっと立ったままでいる彼に声をかけてみる。

 

「マスターアスカが強いショックを受けています、離れるわけにはいきません。

 それに、バーサーカーが戻るまで、あなた方の護衛役が必要でしょう」

 彼はそう言うが……彼自身があの場所に行きたくないと、言外に私達へ告げているようにも思えた。

 

「アスカ、今日はもう寝る?」

「そう……します、お休みなさい、トバルカイン」

 彼女の顔からは、あの光景で受けた恐怖からか血の気が引いて、肌がいつもより更に白くなっていた。

 

「同じ毛布で一緒に寝る……?」

 アスカは目元を手の甲でぐしぐしと拭ってから、提案にこくりと頷いた。

 

 

「……ぐすっ……うっ……うう」

 どのくらい眠っていただろうか、彼女の……ブリュンヒルデさんのすすり泣く声で目を覚ました。

 固いコンクリートの上に布を敷いただけの簡素な寝床だというのに、隣にいるアスカはすーすーと眠っている。

 

(ちゃんと眠れたんだね、良かった)

 私は友達の様子に安心しながら、寝る前に近くへ置いておいた懐中電灯を手探りで探し出し、かちりと灯りを点ける。

 

「ブリュンヒルデ……さん、起きているのですか?」

 四角い部屋のあちこちを灯りで照らす。夕食を摂っていた丸いテーブル、廊下へ繋がる扉、そして、シグルド型アンドロイドが眠っていたあの四角い箱。

 そのすぐ横に彼女は立っていて、両手で顔を覆い、泣いていた。

 私はゆっくりと近寄る。

 

「その……何て言えばいいのか、私も分からないけれど……」

 彼女はずっと、自分を『ブリュンヒルデ』だと信じ続けていた、そして、それが彼女の心の支えだったのだろう。

 シグルドを愛した戦乙女(ワルキューレ)という自意識。

 それが残酷な真実によって砕かれた……どれほどの衝撃だろうか。

 想像も出来なくて、だから、慰める言葉も考え出すことが出来なくて。

 

(私、こんなに旅してきたのに、まだ無力だ……)

 目線を暗い床に向けて、彼女の側で立ち尽くす。

 

「ああ……貴女は優しいのですね……」

「そんなことないですっ、私は何も」

 私の存在に気がついて声をかけてくれた彼女に言葉を返すため、地面を見ていた顔を慌てて上げた。

 

「そんなふうにされたら私……」

 彼女の顔を覆っていた手は払われて、雪より白い頬を伝う雫が、懐中電灯の灯りで煌めいた。

 

「困ります……」

 雫のその色は、コールタールのような粘度ある、黒。

 空の眼窩(がんか)から、異様な涙はどろどろと止まることなく流れ続けていた。

 

「あは、ははははは……」

 ずるりと、熟れた果物の皮が剥がれるように、彼女の白い髪が全て床に落ちた。

 腕が私へ伸ばされる。それは肌が削れて内部のパーツが丸見えとなっており、何年も放置された物の質感をしていた。

 

(私達が出会ったブリュンヒルデさんじゃない?!)

 嫌な予感を覚えて、後ろへ後ずさる。

 

「ふふ、うふふふふ」

 正体不明のアンドロイドの手が、近くの箱に触れた。

 黒々と汚れていく顔に美しい微笑を浮かべたまま、指の力だけで箱の側面をひしゃげさせる。

 続いてばきばきと、破壊音が響いた。

 

「──アスカ……」

 私は悲鳴をあげたい気持ちを抑え込んで、無防備に眠っている友達の名を静かに呼んだ。

 

「アスカ、起きて、逃げるよ、起きて、ねぇ……」

 全身が恐怖でひきつり、顔まで強張ってしまう。

 あのアンドロイドの標的とならないよう、姿勢を低くし、寝ていた場所へにじり寄る。

 

「どうかしましたの? ひょっとしてお手洗いに1人で行くのが怖いのですか? トバルカイン……」

「違うよ、逃げるから、懐中電灯持って起き上がって、早く……」

 必要最低限のことを寝ぼけ眼のアスカに伝えている間にも、部屋にある物が腕力のみで壊されていく音がする。

 前、右、左、上……本当にあちこちからだ。

 

「ブリュンヒルデさんと同じ姿の敵が、部屋の中にいる」

「……他の方々は?」

「分からない、居ない……みたい」

 シグルド型アンドロイドも、見張りをしてくれていたはずのアーチャーの姿も見えない。バーサーカーも帰ってきていない。

 恐怖で心が押しつぶされそうになりながら、それを表に出さないようアスカの手を引き、廊下へ。

 

「デザートランナーまで行こう。中で立て籠っていれば、バーサーカーかアーチャーのどちらかは来てくれるはず」

「……たどり着けますでしょうか」

 アスカが懐中電灯で廊下を照らした。

 目の前に見えた光景。

 

「ああ、ああ……」

「はーははは、ふふふふふ……」

「困ります、困ります、困ります……」

「お父様お父様お父様お父様お父様……」

 ……光が届いた数百m先まで、何体ものブリュンヒルデ型アンドロイドが徘徊していた。

 体のパーツが揃っている者は少なく、足や腕の無いボディでぐらぐらと不安定に歩みながら、闇の中で声を発する。

 髪も皮膚もなく、20世紀の衣装用マネキンと似た形をした彼女達は、何かにぶつかると、それを有らん限りの力で壊し、残骸へと変えていた。

 

「私……は、全てを壊す、いらない、あの人いない世界、いらない」

「愛無き世界、いらない、愛、どこ? なに?」

 全く同じ性質を持った声が言葉をばらばらと喋る様は、全身が凍えるような薄気味悪さがあった。

 

(私達が捕まってあの残骸と同じにされるのも、時間の問題……)

 盾になりそうな物を探す。

 液体リソースを運んできたポリタンクがあった。中身は無いので軽く、強度もそこそこある。

 冷や汗で額を濡らしているアスカにも手渡した。

 

「トバルカイン、何かあればわたくし、令呪を使います」

「でも……」

 私は考えを巡らせた。

 巨大な機械化サーヴァントを倒す最中にアスカは令呪を使い、残りは2角。

 

「補充する方法なんて、あるかどうか分からないんだよ……? そんな貴重なもの、簡単に使わせるわけには」

 サーヴァントを使役するマスターの証、戦う意志の表明。

 思いを込めながら解き放てば、時空を超えた瞬間移動すら可能とする、摩訶不思議なこの紋様。

 かっこよく言うのであれば、いわゆる最終手段(ラストリゾート)

 私もバーサーカーを助けるために使ったので、あと2回しか使えない。

 

「だからと言ってためらい、取り返しのつかない事態になることの方が……怖いのです」

 語るアスカの表情は決意と恐怖が混ざったもので、私はそれ以上何も言えなかった。

 

「……私だって、令呪を使う意志はあるよ。お互いにお互いを守りあって行こう、アスカ」

「はい、トバルカイン」

 ポリタンクを盾にしながら、ゆっくりと前進を始める。

 出口までは……1km以上。敵の数は、とにかく沢山。

 

「……っ」

 ふらふら動き回る壊れたアンドロイド。その間を、足音も衣擦れもたてないよう慎重にすり抜けていく。

 

(生きた心地がしない……!)

 頑丈な設備も易々と破壊する力を目の辺りにしたばかりだ。アスカと同じように、冷や汗が私の額を流れていく。

 

「ああ!」

 アンドロイドは突然叫ぶと、何かに殺到していく。

 思わず懐中電灯を向けてしまった。

 どうやら、天井から小さなコンクリート片が落下して、その音に引き寄せられているようで。

 

「大きな音に、反応するのかな……」

「灯りをぶつけても、無反応ですものね……」

 体を寄せ合い、今見た光景について考察する私とアスカ。

 

「じゃあ、これを壁に投げて音をたてれば、道が開けるかも……」

 盾替わりに持ってきたポリタンク。軽いので遠くまで投げられそう。

 

「……ですわね」

 アスカは前を見据えた。コンクリート打ちっぱなしの廊下をぐるぐる徘徊する、アンドロイド数体がいる。

 

「私がポリタンクを投げる、出来た隙間を全速力で駆け抜ける、これでOK?」

「ええ、ついていきます」

 手順を確認しあい、私は懐中電灯をアスカへ預けた。腰を曲げ、タンクを両手で持ち、投擲の姿勢をとる。

 

「やっ……!」

 横にある壁、そのやや前方左斜めへ向けて投げた。深い闇に包まれた廊下に、軽い音が響き渡る。

 

「あっ」

「あっあっ」

 ぞろぞろと壁へ向かうアンドロイド達。出来た隙間を一気に駆け抜ける。

 

「やった……うまくいった」

 破れかぶれだったけど、ひとまず切り抜けられた。出口まで残りおよそ500m。

 

「もうひと息……」

「トバルカイン! だめ!」

 後ろから異様な圧を感じ、振り向く。

 アスカが懐中電灯で照らしてくれている視界に映るのは、揺れた自分のピンクの髪の端と。

 

「……ああ……ああ! ──ああああ?」

 片方の瞳だけを持った、損傷の激しいアンドロイド。

 泣き出しそうな声で意味など感じられない言葉を放ちながら、黒く染まった指を私へ伸ばした。

 

「令呪をっ……」

 アスカが力んだ声を出した瞬間、目の前のアンドロイドの腹から突き出す金の槍。

 

「触らせ……ません!」

 響いたのは、たおやかでいて、芯の強さを感じさせる声。

 

(私達が出会ったブリュンヒルデさんだ!)

 戦乙女(ワルキューレ)の似姿である彼女が、古くは自らと同じ形をしていたアンドロイドの胴体に、細い金の槍を突き刺し、ぐいと持ち上げて地面に叩きつけた。

 響く金属音。

 

「誰?」

「誰?」

「誰?」

 当然のように他のアンドロイドも反応し、こちらへ殺到してくる。

 

「モモタさんとアスカさんは私の後ろに……守ります、絶対……!」

 金の槍を両手で構え直し、両足で地面を踏みしめて、力強く立つブリュンヒルデ。

 その背に悲しみはなく、私達を守護する決意があった。

 

「いや、それには及ばない」

 聞こえてきたのは、低く落ち着いた男性の声。

 ブリュンヒルデの背中越しに見える前の空間を、青く光る物が飛んでいく。

 それは意思があるかのようにジグザグと動くと、壁へぶつかって反射し、高い音を幾度もたてた。

 

「ああ……ふふふ……」

 多くのアンドロイドが、音と、懐中電灯より強い光を追って、闇に沈んだ廊下の奥へ戻っていく。

 足音をたてず、誰かが歩いてきた。

 

「多数を相手にしての戦闘は不利だと判断、擬似宝具による誘導を行った」

 シグルド型アンドロイド、彼が、私達の方にやってくる。

 

「それ……サーヴァントの宝具と同じもの、ですか?」

 呆然としているブリュンヒルデやアスカにかわり、私が声をかける。

 彼の手には、青く輝きを放つ短剣が握られていたからだ。

 

「いや、違う。

 これは電磁石などの技術を応用し、英雄の宝具性能を出来うる限り再現したものに過ぎない。

 故に『偽・破滅の黎明(フェイク・グラム)』……偽物である」

 彼は、私達を守ってくれたブリュンヒルデの前に立つ。

 

「助けてくれて、ありがとう。シグルドではないあなた」

 力の入りすぎていた肩を、安堵感からか落とし、ブリュンヒルデは声を発する。

 

「無数の廃棄個体を目にした後、ずっと泣いていました。ずっと、ずっと……。

 でも、あんなに悲しかったのに、襲われそうになっていた2人を見たら、体が勝手に動いたんです」

 落ち着いた様子で言葉を続ける。

 

「この人達を助けたいと……思ったら、自然に。ただの壊れた機械である私を、助けてくれ皆さんを、守りたいと思ってしまい……」

 私とアスカはそっと彼女の後ろから移動した。

 

「それにきっと……本物のブリュンヒルデだって、そうしたでしょうから」

 穏やかさの中に、どこかもの寂しさを感じる笑みを浮かべる彼女。

 

「……では、君の行動は全て模倣なのか、タイプ、ブリュンヒルデ」

 彼の言葉に、ブリュンヒルデの白いまつげで縁取られた紫の瞳が、優しげに細められた。

 

「いいえ、それは違うのです、シグルドの形をしたあなた。何より私が、そうしたいと思ったから」

 彼女は幼子に語りかけるように、柔らかく言葉を紡いでいく。

 

「姿も記憶も偽りならば、せめて、心だけでも真でありたい。

 ……あなたはどうして、私を助けてくれたのです?」

 シグルドの似姿は、一度アイスブルーの瞳を長く閉じると、それから再びゆっくりと開いた。

 

「──とっさに体が動いた。戦法など、その後から考え出したものだった」

 返された答えに、ブリュンヒルデは嬉しそうに微笑んだ。

 

「それは、誰かの真似、でしたか?」

「大英雄であった彼の理念や思考を模倣したのかも知れないが……いや……」

 彼の瞳はずっと、目の前の乙女に向けられていた。

 

「当機の、思考したものであり……誰かに、傷ついてほしくないと、危ない目にあってほしくないと……」

 彼は悩み、自分の気持ちを表す言葉を必至に探していた。

 その様子は、まだ言葉の使い方に慣れていない子どものようで、ブリュンヒルデは優しい微笑みを深くする。

 

「私達は英雄に似せて作られました。だから、英雄に(なら)い、正義を成し、悪を滅する。

 ……けれど、同じ姿をしているからといって、心まで英雄の真似をする必要はないのです」

「当機には、貴殿の言葉は難しい」

 困るような表情を見せたシグルド型アンドロイド。そんな彼に彼女は語りかける。

 

「……私、ずっとブリュンヒルデのふりをしていました。

 100年、200年もの間……そう作られたから、そうあらねばならないと……。

 だから、真実で否定された時、ショックだった」

 私は彼女の過ごした年月の長さを思い、作られた者達への悲しみを感じてしまった。

 

「でも、そのおかげで自分の心を見つけることが出来ました。

 すごく苦しかったけれど……誰の真似でもない、悲しみと、慈しみと、愛を感じる心を」

 アンドロイドの乙女はそっと、まだ答えを出せないアンドロイドの頬に触れる。

 

「心を探すのは時間がかかります。だから今は、目の前の危機を共に乗り越えましょう」

 彼の手が、自らの頬を包んでいる彼女の手に重ねられる。

 

「……了解した、最も新しき戦乙女(ワルキューレ)よ」

 2人の会話は終わり、彼女彼らは私とアスカに向き合った。

 

「あなた方のバーサーカー、アーチャーと合流しましょう。居場所の心当たりは?」

 ブリュンヒルデの言葉に私が答える。

 

「……ひとまずデザートランナーを置いた入り口まで行こう。

 アンドロイドが徘徊しているここよりは、落ち着いて作戦が建てられるはずです」

「……分かりました、私と彼であなた方を守ります」

 力強く頷いてくれる2人に頼もしさを感じながら、私達は長い廊下を歩んでいった。

 

 

 第36話 真実は、泥土のように積み上がり

 終わり


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