フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 シグルドではなく、それを模したアンドロイドだと名乗る彼に案内された場所は、隠されていた地下研究施設。
 そこにあったのは、大量に捨てられたブリュンヒルデ型アンドロイドの残骸の山だった。
 英雄を再現するために作られたと語るシグルド型アンドロイドの説明を聞きながら、モモ達は強いショックを受ける。特にアーチャー961は何か思う所があるようで、動揺を強く見せていた。

 自己認識が壊れている事を突きつけられたブリュンヒルデ。彼女の「帰りましょう」という悲痛な声を聞き、居住区へ全員は戻ってきた。
 それぞれ精神的苦痛に向き合っている中、バーサーカー04は「施設を調べたい、絶対に何か分かる」と言い、単身研究所へと向かう。
 ……全員の疲労は色濃く、アスカとモモはアーチャー961に見張りを任せ、早めの就寝を行った。

 真夜中、モモはすすり泣く彼女の声で目覚める。部屋の中で見つけたブリュンヒルデに慰めの言葉をかけるが──。
 振り向いた彼女に瞳は無く、狂気に満ちた様子で暴走を始めた。
 突如現れたブリュンヒルデに似た謎の存在を、自らが出会った彼女ではないと看破するモモ。
 頼りになるサーヴァントはおらず、モモはアスカを起こし、デザートランナーへ向かい逃亡を始める。

 出口までの通路に無数にいる壊れたアンドロイドに見つからないよう、音を殺して進む2人。だが、追いつかれ、絶体絶命の危機に陥るが……ブリュンヒルデ型とシグルド型が、協力して助けてくれた。
 ブリュンヒルデ型は確固たる意志をもって、シグルド型は幼い自我をもって。
 心ある頼もしい仲間と合流できたモモとアスカは、出口に向かい、前進を始めるのであった。


第37話 砂中(さちゅう)に没する

 

「良かった、車は無事みたい」

 シグルド型の擬似宝具のおかげで戦闘は避けられ、危なげなく出口までたどり着くことが出来た。

 砂が外から吹き込んできて、コンクリートの上を黄土色に染めている。その色に、おかしなものが混じっていることに私は気がついた。

 

(黒い塵?)

 しゃがみ、指で触ると、更に細かい破片へ砕けてしまう。

 

(赤いセイバーが戦っていた黒い人型と、雰囲気が似てる気がする、いや、同じ物かも)

 そんな感想も抱いたが、今は置いておき、車体の無事をアスカと一緒に確かめることにした。

 

「アーチャー961もバーサーカー04も見当たりません」

 ブリュンヒルデさんが中から出てきてそう告げる。

 車体の外部破損が無いか確認していた私達に代わり、車内を探索してくれていたのだ

 

「では……どこへ?」

 アスカが首を傾げた瞬間、轟音が外の荒野から聞こえ、砂と塵がざぁっと吹き込んできた。

 空を見る……雲すら失った世界だというのに、黒い粒子が舞い上がり、薄く曇っていた。

 

「……雷撃と風を裂く音。何者かが戦闘を行っているものと当機は判断する」

「行ってみよう、きっと誰かいる!」

 シグルド型に私は言葉を返し、その場にいた全員は急ぎ足で外へ向かった。

 

 

 

 

 空は砂煙と黒い塵で覆われ、星の輝きが消え失せていた。

 地面に散らばっているのは、戦乙女(ワルキューレ)の形を模したアンドロイドの破片。

 そして次に見えたのは、肩を大きく動かしながら荒い呼吸を繰り返すアーチャー961と……立っている大きな存在。

 

「これは……いったい……」

 ブリュンヒルデさんが見上げながら、呆然と立ち尽くした。私も彼女と同じものを目に映す。

 ──それを、なんと言い表せばいいのか。

 

『マーアア……ギュイオォォォー!!!!』

『クアッカクアッカ……キィィィィ……!!!!』

 不気味な声が重なり響く。身長300mを超えている巨人が2体、荒野にたたずんでいた。

 しかしその形は、異様。

 黒い塵で作られた体はふわふわと実体感がなく、肩の辺りで巨人同士の体は接合していた。

 

「はぁ……くっ!」

 アーチャー961は苛立ちを隠さず、歯ぎしりをする。

 彼の状態を見れば、衣服の一部は千切れ、露わになった肌には細かい傷が付き、じくじくと出血しているではないか。

 そんなサーヴァントの姿を見下ろし、溶け合っている巨人は2個の頭を前後に揺らしてケタケタ笑った。

 

「アーチャー……」

 アスカは制服の胸元を両手で掴み、今にも駆け寄りたい気持ちをぎゅっと我慢している。

 

(敵……しかも大きい)

 私は状況を整理するため、周辺の様子を素早く見る。

 

(この残骸の山は……アーチャーがやったのかな、1人で戦っていたの?)

 地面に広がるアンドロイドの腕や足、大量の黒い塵。

 

(バーサーカー……いない?)

 東洋風の鎧を纏った彼の姿はない。手の甲にある自らの令呪を見る。

 

(どこか別の場所にいる?)

 枠を失った時計の短針と長針を思わせる紋様は変わらずそこにある。これがある内は、バーサーカー04の存在も消えていないという事だが。

 

「……」

 アーチャーは腰に装着していた箱からボトルを出した。

 液状のリソースが入っているそれの蓋を乱暴に開け、中身を一気に飲み干し、捨てる。ボトルはアンドロイドの残骸に混ざり、すぐに見失ってしまう。

 彼は手の甲で雑に口元を拭った。

 

「再び……──消し飛べ!」

 弓につがえるのは青い矢。そこに空間が揺らぐほどの熱が込められ、炎の輝きが増していく。

 すぐさま攻撃は放たれ、300m強の巨人は、ただ一撃で体を構成する塵を飛ばされ霧散した。

 

「ひどい傷です……アーチャー、なんて無茶を……!」

 アスカが走って彼の元へ行くので、私とブリュンヒルデ、シグルド型も追いかける。

 

「……マスター、まだ終わっていません、危ないので、離れて」

 やってきた彼女に対して途切れ途切れに話すアーチャー。

 今にも膝をつきそうな彼が天を指差す。目を向けると、何か丸い物が浮いていた。

 

「再生……するのです、あの敵は」

 球体は2つ。高速回転するそれは、散ったはずの塵を引き寄せ、あの巨体をもう一度作り上げようとしていた。

 

「あの塵が、廃棄されていたアンドロイドに潜り込み、動かしていました。

 デザートランナーを破壊しようとしたそれらを何百体と倒し、あの敵も、倒そうとしたのですが……」

 体制を大きく崩したアーチャーを、シグルド型が支える。ブリュンヒルデは細い金の槍を持ったまま、じっと敵を観察していた。

 

「……あれはきっと、双子座です」

「双子座?」

 彼女に私が聞き返す。

 

「人間であった兄の死を悲しみ、神の血を引き不死であった弟は共に星座になることを選んだ。

 空にて輝く双子の戦士、恐らくその伝説を再現した……機械化……サーヴァント」

 ブリュンヒルデの表情は険しく、声は暗い。

 それも当然だろう。機械化サーヴァントの登場によって、彼女ら戦闘用アンドロイドは廃棄を決定付けられたのだから。

 

「アーチャー961、あれは倒せません」

「……いいや、倒せる。なぜならあれは偽物ですから」

 ブリュンヒルデの言葉をアーチャーは強く否定した。

 

「塵を剥ぎ取ってから球体に攻撃を加えた時、再生は遅くなった。

 つまり、攻撃を加え続ければ必ず倒せます」

 私はアーチャーを見る。傷は多く、液体リソースは少ない、満身創痍に近い状態だ。

 

「その口振りは……何か策がある、ということか、アーチャー961」

 シグルド型の問いに彼は頷いた。

 

「……1人では出来ない策でした。ですが」

 ひびの入った暗い琥珀色のヘッドギアから、アーチャーの瞳がうっすら透けて見えた。

 

「戦闘が行える存在がここには3人いる。ならば……勝てます」

 彼は服についた砂を払い、心配そうに見ているアスカの肩を軽く撫でてから、異形の双子巨人へ向かい合った。

 

 

 

 

「アイハブコントロール……擬似宝具展開、偽・破滅の黎明(フェイク・グラム)……」

 シグルド型の周りに浮かび上がる、青い短剣。彼はそれを掴み、黒い塵の巨人へ幾度も投擲する。

 砂っぽい大気を裂きながら、キラキラと飛んでいく透き通った剣。

 

『ミャアッハー!!』

『キャイッヒー! ヒヒーヒ!!』

 巨人は粒子で出来た腕で物体を絡めとり、落とそうとしたが、その動きよりずっと剣は速く、腕は空振りをした。

 そして、短剣を投擲したのは敵に攻撃するためではない。

 

「……後は策通りに、アーチャー961」

「ええ、策通りに!」

 その上を跳躍していくのはアーチャー。そう、足場とするために剣を飛ばしたのだ。

 巨人を取り巻く螺旋階段のような形を取った青の剣。その刀身を、雨の森を行く牡鹿のように、彼は足取りも軽く跳んで行く。

 

「お前を吹き飛ばした回数など忘れた……さっさと霧散しろ!」

 頭上をとったアーチャーが敵へ向けたのは、その手の平。(いかずち)がほとばしり、空間に光の幾何学線が記される。

 

『ヒャハ……』

『マハー!!』

 感情の読めない声を発しながら、巨人の五体が散って消えていく。

 再び宙に現れた真っ黒な球体。いっそゆっくりに見えるほどの高速度で回ると、落ちていく塵を集積しようとしたが。

 

「併せてっ……」

「了解……!」

 それを止めるのはブリュンヒルデ型アンドロイドと、シグルド型アンドロイド。

 

偽・死がふたりを分断つまで(フェイク・ロマンシア)……!」

 彼女が宣言と共に投げた槍が、アーチャーからダメージを受けていた球に刺さり、穂先が内側でぶわりと膨張、それを受けて球も歪に巨大化した。

 重さと勢いに耐えきれず、1つの丸が地に落ちる。

 地面に伝わる重たい振動。

 

「攻撃を続ける!」

 浮かび、未だ回転を続けている残った2つ目の黒の球体に、刺さった1本の青い短剣。

 動きを止め、宙でゆっくりと斜めに傾いた球へ、無数の剣が高速で突き刺さる。

 

偽・壊劫の天輪(フェイク・ベルヴェルク・グラム)……!!!!」

 傷を受け、のたのたと飛んで逃げようとした球体。その更に上へ跳躍したシグルド型アンドロイドの姿。

 一瞬だけの無音の後、拳が叩き込まれ、敵は地面へ落とされた。その場所には金の槍によって落とされていたもう1つの球体が。

 2つはぶつかり、50mを超えた高々とした砂柱が上がる。

 ──息が合わさった見事な三者の連携、僅か数秒の間の出来事。

 

「……とどめを!」

 ブリュンヒルデが後方へ退却しながら空を見る。

 砂と塵が混ざっている暗黒の空から、アーチャー961は自由落下していた。

 彼は手に弓と矢を持ち、頭から地面へ落ちながら、敵を見据える。

 琥珀色のヘッドギアの破片がこぼれ、風に巻き上げられながら、空へキラキラと上がっていった。

 

「融解……そして終われ!!!!」

 彼の体に残された力、全てが乗った矢は、球体に触れた瞬間に諸共爆発、発生した衝撃波で霞んでいた夜空は完璧に晴れ渡った。

 輝く並びが星座を形作る空に、中途半端に溶けたアンドロイドのパーツが火の玉となって、弧を描きながら幾つも飛んでいく。

 機械化サーヴァントは跡形もなく滅び、攻撃の中心点は小規模なクレーターと化していた。

 じゅうじゅうと音を立てている地面へ、アーチャーは危なげなく優美に着地し、乱れた髪を整える。

 その立ち姿が揺らめく陽炎越しに見えた。

 

「……戦闘終了を確認」

 シグルド型の声を聞いた瞬間に、ずっとその様子を岩陰から見守っていた私とアスカは、緊張が解け、へなへなと腰を抜かしてしまった。

 

 

 

「……俺、最近アーチャー殿の活躍を肉眼で見れていない気がします」

 戦ってくれたみんなの回復のためにも、液体リソースを求めてブリュンヒルデさんの居住区へ戻ってきた。

 

「きっと格好良かったんだろうな……惜しいことをした」

 オレンジの光で照らされた空間にあるのは、刃物によって残虐に刻まれた数十体のアンドロイドと。

 

「お帰りなさい、無事で何より」

 椅子に座り、紙で出来た書物を(めく)っているバーサーカーの姿。

 彼は広げた本を片手で持ち、表情を見せないようにしていた。まるで扇を広げて顔を隠す、気取った舞台役者のように。

 

「04、お互いのマスターの危機でした、戦力も足りなかった……お前はどこでなにをしていた?」

 アーチャーの言葉に込められていたのは非難の響き。

 敵対者を易々と滅ぼせる彼の怒りを真正面からぶつけられたというのに、バーサーカーは怯えも動揺もせず、ページを指端で(めく)りつつ答える。

 

「……研究施設を探索していたら、貴重な本を見つけた。

 それを持って帰還しようとしていた矢先、廃棄されていたアンドロイドが動き出したので、隙を伺いつつ撃破し、この場所を確保、待機していた。荷物と食料の防衛は大切だからな」

 ぱらりと、彼が指で1枚ページを進めたことが音で分かった。

 

「以上」

 バーサーカーは本を片手で音立てながら閉じ、座ったままアーチャーをじろりと見た。

 

「……本当に、そうだったのか?」

 2人の間に緊迫した空気が流れる。先程まで本で隠されていて、今は露わになっている彼の瞳は、緑が暗く、内心は伺えない。

 

(バーサーカーもアーチャーも、何か変だよ……)

 私は心の中だけで泣き言を漏らす。戦いが終わった後だというのに、一触即発の雰囲気だ。

 

「……戦闘に加勢できず、申し訳ない。

 そして、ブリュンヒルデ型とシグルド型アンドロイドと協力し、我がマスターを守ってくれてありがとう」

 礼の言葉を述べる彼に、アーチャーは何の反応も見せない。

 

 

「喧嘩は」

 重苦しすぎる空気の中、口を開いたのは意外な人物だった。

 

「良くないと、当機は考える」

 ブリュンヒルデの側にいたシグルド型は、眉間にわずかなしわを寄せながらぽつりとつぶやいた。

 うろたえながらも行動するその姿は、どこか幼い感じ。

 

「うーん……」

 バーサーカーは目を細めて何かを思案してから、椅子から立ち上がり、アーチャーへ歩み寄る。

 

「……私に怪我の手当てをさせてくださいますか? アーチャー殿」

 存外丁寧な口調でかけられた言葉に対し、顔を機械部品で隠した彼は無言で肯定した。

 

 

 第37話 砂中(さちゅう)に没する

 終わり




 登場キャラクター紹介


 双子座の機械化サーヴァント


 クラス:? 
 真名:詳細不明(十数体のサーヴァントが混合されたもの)
 マスター:? 


 サーヴァントを粉砕して、機械の体に詰めたもの。その体は双子座の力を宿す。

 能力は、見せかけの不死の譲渡。
 全長300m強。黒い塵で体が構成されており、肩の辺りで緩やかに接合、横並びの形で存在している。
 塵の正体は、停止したアンドロイドや人間の遺体などを動かすことが出来る、極小のナノマシン。
 本体である2つの球が塵に命令を送り、動かしている。
 球は2つである限りはいくらでも塵を集積し、体を復活させることが出来るが、2体の戦闘型アンドロイドと1体のサーヴァントの協力により、同時に壊され、蒸発した。

 ある1体の機械化サーヴァントがいた。
 ある1体の機械化サーヴァントがいた。
 お互いにお互いを守りあい、お互いにお互いを大事にしあっていた。
 しかしある時片方が破壊され、残ったもう片方は「自分の部品を流用してでも良いから治してほしい」と懇願した。
 願いは叶い、2つは1つに、2つは1つになった。
 ある1体の機械化サーヴァントがいた。
 それは破滅を撒き散らしながら、全ての嘆きを忘れて徘徊を始めた。

 2人でいるから生きられる、2人でいるから幸せだ。
 塵の体でどこまで行こう? アンドロメダ大銀河の向こうまで。
 くっついた体でどこまで行こう? オリオン座のベルトでもひやかしに。
 楽しいことばかり、楽しいことばかり、楽しいことばかり。

 ……双子の旅は砂漠にて終わった。

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