フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 狂ったアンドロイドが徘徊する危険な廊下を、ブリュンヒルデ型とシグルド型に助けてもらいながら、駆け抜けたモモとアスカ。
 通路出口に停車していたデザートランナーの無事を確かめることができたが、アーチャー961とバーサーカー04の姿は見当たらない。
 不安を募らせるモモ達の元に、激しい戦闘音が届いた。慌てて外に向かえば、黒い塵の体を持つ異形の巨人を相手に、たった1人で戦っているアーチャー961の姿が。
 
 2つのコアを中心に、何度攻撃を受けても再生するその巨人を、ブリュンヒルデ型は機械化サーヴァントだと見抜く。
 先んじで戦っていた961の情報を基に、作戦を建て、サーヴァントと戦闘型アンドロイドは討伐に挑む。

 壮絶な戦いは、ブリュンヒルデ型、シグルド型、アーチャー961が勝者となった。戦いの傷を癒すため、ブリュンヒルデ型の自室に向かうモモ達。
 そこには、今まで姿を見せなかったバーサーカー04がいた。
 961は04の不審な行動を鋭い口調で責めるが、咎められている彼はのらりくらりとそれを(かわ)す。
 

 ……両者の間に、剣呑な空気が流れ始めたその矢先、ある人物が口を開いた。
「喧嘩は、良くないと、当機は考える」
 無垢なる心を持つシグルド型の一言に、2人は緊張を解き、いつも通りの関係に戻ったのであった。


第38話 だからあなたと2人がいい

 

「これが、貴重な本……ですか?」

 ブリュンヒルデが困惑しながら、美しい形の手で表紙を撫でる。

 

「ああ、とっても貴重だぜ」

 バーサーカー04が困り顔の彼女に答え、私も、そ集まるみんなの背中越しにそれを見た。

 刑部姫に貰った折り紙とは違う質感の紙、本は3cmほどの厚さがあり、手にもって鼻を近づけてみると、植物由来だと思われる不思議な匂いがした。

 

「ですがこれ……」

 私の次に本を持ち上げたアスカが、繊細な手つきで紙を(めく)った。

 

「白紙……ですわ」

 本だと言われたのに、ページをどこまで進めても文章などは見つからない。紙の動くぱらぱらと乾いた音が部屋に響くばかりだ。

 

「貴重だろ? あらゆるものが資源不足を理由に電子データ化されているのに、何も書かれていない白紙の本があるだなんて」

 仮面に隠れていない左側の顔に、得意げな表情を浮かべるバーサーカーの言葉には納得できる。確かに貴重で、高級品だと思えるが。

 

「何か、特別な仕掛けがあるのだろうか」

 アスカから受け取り、しげしげと観察しているシグルド型の瞳には、純粋な好奇心が透けて見えた。

 

「紙の本の解析はまだだが、この施設にあった電子のデータ……他の研究施設のデータもあったな、それは俺のスキルとデバイスでぶっこ抜けた。

 ほとんど壊れてたけど、がっかりしないでくれ、デザートランナーの設備があれば直せそうだからな」

 彼の発言に対し、前から思っていた疑問をぶつけてみた。

 

「ハッキングってどうやってしてるの?」

「んー……相手に伝わるように説明するのは難しいんだが」

 彼は説明を始める。

 

「接続するまではデバイスでやって、そっから先はスキルでやる。

 欲しいデータや干渉したいシステムを人間の心に見立てて、俺の脳内で解体し、理解して、欲しい情報やシステム権限をコピーする。んで、複製したそれらを元に、デバイスでハッキングを続けるんだ。

 ……分かったか?」

「モモタさっぱり分かんない……」

 想像以上に難解な理屈だった、何を言っているんだろうコイツは。

 

(バーサーカーの話すことって、時々わけわかんないんだよねー……)

 彼なりに理論立てて喋ってくれているのだろうが、私や周りに伝わらないことはたまにある。彼が高揚などをしている時は特に顕著だ。

 

「貴重と言えば……まだ、缶詰めや食料が幾つか残っています。

 私達は食べられないので、皆さんに差し上げます、振る舞わせていただきます」

「当機も手伝おう」

 ブリュンヒルデさんとシグルド型の提案に乗って、難しい話は置いておき、美味しい夜食をお腹いっぱい食べることにした。

 メニューはポトフと、そこに新しくパンが加わった。

 パンは板状になっていて、水を上から垂らすと膨らみ、瞬く間にふわふわもちもちのパンになった。

 お湯でやってみると、熱々のパンに。

 ポトフのスープに浸しながら食べると、水分を含んだ生地がとろとろになって、実に美味。

 全員で食卓を囲めば、先ほどまであったギスギスとした空気も完全に無くなる。

 

(ご飯は大事だなぁ……)

 食事の大切さとありがたさを噛み締めつつ、私は幸福感で胸一杯になっていた。

 

 

 アンドロイドに襲われてからというもの、夜通しの行動が続いたので、食事の後、私とアスカは仮眠を取った。

 一方バーサーカーは何をしていたかというと、アーチャーと、アンドロイドであるブリュンヒルデとシグルドの治療をし、持っていく物資の選定をしていたようだ。

 数時間の睡眠がとれた後、私達は出発することにした。

 

 

 

 まだ空に夜の星が取り残されているであろう、明け方の時間。

 

 

「知りたくないの? 本当のこと」

 出発の前、四角い部屋の中でブリュンヒルデにそう問いかけると、彼女は困ったような表情をした。

 

「……きっと、シグルド型が見せてくれた情報以上のものは、研究データの中にはないでしょうから」

 燃料の補給も終わり、食料もありったけ詰め込んだ。水のボトルもあって、それもいただいた。

 後は……彼女と会話をして、旅立つだけ。

 

「それより、もっと」

 彼女は座ったまま、目線を彼に向ける。

 

「あの人へ、時間を使いたいのです」

 その先にいるのは、シグルド型。白紙の本を(めく)り、熱心に眺めている。

 

「……傷は貴女のバーサーカーが治してくださいましたが……寿命までは、治せません」

 彼女の言葉を聞いて、私は胸が苦しくなり、思わず顔を下に向けてしまった。

 

「耐用年数の限界が近づいています、パーツを交換しても、もう保たない」

 何て事のないように話し続ける彼女。

 

「だから、私という存在が死んでしまう前に、あの人と穏やかに過ごしたいのです」

「……どうして?」

 顔を上げ、次にそっと訪ねると、彼女はほころぶ花のような笑顔を見せた。

 

「私がブリュンヒルデの似姿だから、という訳ではなく。

 棺に眠るあの人を一目見た時から……好き、だったのです」

 優し気な表情で語る今の彼女は、とても機械だなんて思えなかった。

 

「なんてことでしょう……何百年も片思いだったのですね、私。

 ふふ……それに気がつくことが出来たのも、皆さんと出会ったおかげでしょうか?」

 肉体があり、心があり、魂が、そこに確かにあると、私は感じてしまったのだから。

 

「……一目惚れ、です、好きなのです、彼の事がどうしようもなく」

 シグルド型がブリュンヒルデさんに見つめられているのに気がついたのか、目線を白紙の本から上げ、彼女に向けて小さく微笑んだ。

 彼女もまた、同じくらい小さく微笑み返す。

 その光景が美しくて、私は胸が熱くなり、涙が瞳に溜まるのを感じた。

 

「私の終わりはここでいいのです、モモタ・トバルカイン。

 自分を知り、心を知り、愛を知ることが出来た……これ以上の幸福は、ないでしょうから」

 ……何も、言えなかった。

 いや、詭弁は言えるだろう、「ここを出て旅をすれば体を治せるかも」とか。

 けれどそれを彼女は望んでいない。だから、もう何も言えなかった。

 

「お別れですね、私とあなた」

「はい、ブリュンヒルデさん。ありがとう……ございました」

「私がそうしたいからしただけのこと、気にしないでください」

 ブリュンヒルデの形をした、アンドロイドを真っ直ぐに見る。

 白い髪、紫水晶の瞳、小さく笑んでいる唇。

 初めて出会った時と何も変わっていないのに、とても輝いて美しく見えた。

 

 

 

 

「当機は貴殿らの旅の成功を祈っている、また会おう」

「お気をつけて、さようなら。……また、どこかで」

 2人に見送られながら、私達はデザートランナーへ乗り込んでいく。

 

「アスカ、約束していた花の種です。好きな場所に蒔いてくださいね」

「清水の湧くような美しい場所に蒔きます。それまで大切に持っていますわ」

 ブリュンヒルデとアスカは短い会話と希望を語り合い、別れた。

 

「ありがとう、ブリュンヒルデさん……シグルドさん。どうか……幸せに」

 私は、そんな責任もとれない言葉しか言えなかったけど、もう、お別れするしかなかった。

 時間も物資も、追い立てられるような旅が再び始まるのだ、まだ全貌の見えない謎を抱えたまま。

 

「ねぇアスカ」

「はい、なんでしょう?」

 廊下にて。

 運転室へ向かおうとしていた友達に聞いてみる。

 

「あのアンドロイド達、幸せかな」

 アスカは少しだけ考え込みながら、紫の石がはめ込まれた髪留めを指で触った。

 

「きっと幸せです、お互いに愛し合っているのですもの」

 彼女は晴れやかな表情を浮かべ、迷いのない口調で言い切ると、運転室へ歩いて行ってしまった。

 

「……そっか」

 私は取り残され、廊下に立ちながら1人思う。

 彼女と彼の幾末は、きっと別れだろう

 それでも幸福はそこにあり、2人が満足ならば、それでいいのだろうか。

 

「愛……か」

 愛って、そんなにすごいものなのだろうか。

 自己の消滅も、死も、傷も、痛みも、恐れることなどないと思えるくらいに。

 

「だとしたらやっぱり……愛って怖いなぁ……」

 車は動き、愛し合う2人の住処から遠ざかっていった。

 

 

 

 

 

「私、もうすぐ停止してしまうのです」

 モモさん達を見送り、コンクリート剥き出しの長い廊下を歩いている最中、共に歩んでいる彼へそう言いました。

 

「当機も同じく」

 彼の言葉は偽りもためらいも無くて、だからこそ私の胸に真っ直ぐ届くのです。

 

「……それまで、どう過ごしましょう」

 私がぽつりとこぼした言葉の後、彼の歩みが止まります。

 

「植物が芽を出している」

 彼に習い、私も下を見てみると、湿った土の下から緑が芽を出していることに気がつきました。

 

「あっ……」

 次に私は周りを見ます。

 機械化サーヴァントがまき散らしていた暗黒色の塵に無理やり動かされ、そして壊れてしまった沢山の廃棄個体が転がっている。

 

「日のある内は草花を育て、彼女らを弔いたい」

 そんな彼の言葉に頷いてから、私はしゃがみ、足元の草を指の腹で撫でました。

 小さくて柔らかくて、今にも失われてしまいそうで……だからこそ愛おしい。

 

「では夜は……語らいましょう」

 彼に私の考えを告げると、不思議そうに眉を上げます。

 

「何を語り合う?」

「そうですね……まずは、お互いの名前を決めましょう」

「名前」

「はい。だって、私とあなたはブリュンヒルデとシグルドではないのですから」

「そして、どうする」

「次に日々を記しましょう。この体が止まるまで」

「その次は?」

「娯楽を見つけましょう、映画や、書物。共に見て、楽しみ、感想を言い合いましょう」

 声も言葉も話題も気持ちも、不思議と弾んでいきます。

 

「次は」

「周辺を散策するのも良いかも知れません、徘徊するワームロボットに気をつけながら」

「それも終わったら、何をしよう」

「朝の日と、夕日を一緒に見ましょう」

 私は思う。

 1人だとやりたいことなんて見つからなかったのに、2人に増えた……なった瞬間、したいことがどんどん見つかって。

 驚いてしまう、どきどきしてしまう。

 私が顔を上げると……彼のアイスブルーの瞳と、目があいました。

 

「……そうか、それはとても」

 にこりと、彼は固い頬を動かして笑うのです。

 

「楽しい日々に、なりそうだ」

 少年のような邪気の無い笑みで。

 私はきっと、このひとときを忘れることはないでしょう。

 

(そして……)

 次の言葉は、胸の内だけで呟きました。

 

(死んだとしてももう一度生まれ、この人と過ごしたい。彼も同じ気持ちであれば……私、とても嬉しいのです)

 小さな独占欲からの言葉は、最後に伝えられるのでしょうか?

 心の中だけで言ったことなのに、恥ずかしくてはにかんで、そんな私を不思議そうに見つめる愛しい人へ微笑んで。

 それから、立ち上がり、彼と手を繋いで帰りました。

 胸はオーバーヒートも起こしていないのにやけに熱く、瞳からも涙が溢れ出そうで。

 何度も何度も、こう思ってしまったのです。

 

(ああ、私……)

 

 

 第38話 だからあなたと2人がいい

 終わり




 登場キャラクター紹介


 戦闘型アンドロイド タイプ:ブリュンヒルデ


 身長/体重:172cm・? kg
 出身:地下研究施設 年齢:200年以上
 属性:中立/善 性別:女性型
 好きなもの:未設定
 嫌いなもの:未設定
 好きも嫌いも、これから知っていくのだろう。

 かつての世界大戦の最中に召喚されたサーヴァント、ブリュンヒルデの情報を元に、それを技術的機械的に再現するべく作成された戦闘能力を持ったアンドロイド。
 先行量産機、タイプ:ブリュンヒルデ。
 しかし能力は低く、通常のサーヴァント3割ほどの力しかない。
 見た目はかの戦乙女と同じだが、宝具は形すら再現できず、スイッチによって膨張する金色の槍が精一杯の武装である。
 涙を流せる機能があるが、これは感情表現のためではなく、空気中のわずかな水分を集め、他者に分け与えるためのもの。

 廃棄処分されるはずであった個体の山から、彼女は偶然にも目を覚まし、棺の中で保管されていたタイプ:シグルドを発見した。それから200年あまり、彼を起動させるために奔走することとなる。
 彼女は自らを本物のブリュンヒルデだと思いこむことで、『失敗作である』という真実から目をそらし、自我の破壊を防いでいたのだ。
 しかし、本当のことを知り、涙を流しながら己と向き合うことで、自我を再定義する事が出来た。
 誰かに似せられて作られたとしても、その魂と心までも、似せる必要はなく。

 タイプ:シグルドへ抱いた淡い感情の正体を認識し、それが原典のブリュンヒルデの模倣ではない、自分自身が抱いた『愛』だと分かった時、彼女の心は温かなもので満たされた。
 ……機体に限界が来て、全てが終わってしまうその日まで、彼女は恋する乙女の如く生きた。
 そして、最後は彼の腕に抱かれ、棺の中、愛を胸に灯したまま瞳を閉じた。
 きっともう一度、共に生きられる時が来ることを夢見て。


 戦闘型アンドロイド タイプ:シグルド

 身長/体重:178cm・? kg
 出身:地下研究施設 年齢:数日
 属性:中立/善 性別:男性型
 好きなもの:未設定
 嫌いなもの:未設定
 好きも嫌いも、これから知っていくのだろう。

 かつての世界大戦の最中に召喚されたサーヴァント、シグルドの情報を元に、それを技術的機械的に再現するべく作成された戦闘能力を持ったアンドロイド。試作機、タイプ:シグルド。
 しかし能力は低く、通常のサーヴァント3割ほどの力しかない。
 見た目はかの竜殺しと同じ。
 宝具『偽・破滅の黎明(フェイク・グラム)』は、電磁誘導などの技術を使用し、所有者の意のままに動く魔剣を再現している。

 彼は試作機であるため数体しか作られず、何度かの実験の後、廃棄コフィンに封印された。
 それから数百年後、タイプ:ブリュンヒルデが長年に渡り注入し続けた液体リソースと、バーサーカー04の治療スキルによって目覚めることとなる。

 精神モデルはかの大英雄を模しているが、活動を初めてから数日しか経っていたいので、その心は無垢な幼子のものに近い。
 先んじて目覚めていたタイプ:ブリュンヒルデのような、確固たる自我を持ってはいないが、芽生えつつある。

 彼はタイプ:ブリュンヒルデとの残されたわずかな日々の中で、様々な感情の動きを学習した。
 そして、彼女を一目見たときに感じた思いについて言語化するまでに至った。
 即ち、『恋』。
 彼は停止する前に、誰の真似でもない、他者へ恋する心を得ることが出来たのである。
 最後の日、彼は止まりゆく彼女を、恋と共に腕に抱き、同じ棺で眠りに落ちた。
 いつかまた、どこか美しい場所で再び巡り会えることを信じて。
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