フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 モモのバーサーカーと、アスカのアーチャー。
 崩壊した都市を舞台に、殺し合いを始める2体。
 モモはアスカに対し、戦いを止めようと呼びかけるが、生きることに絶望した彼女は聞く耳をもたない。
 逃げることも戦うことも選べずに立ちすくむモモへ、バーサーカー04が叫ぶ。
「お前の気持ちを言え!」と。その言葉に、決意が定まったモモ。
「誰も傷つけたくないし、殺したくないよ!」そんな思いの丈をぶちまけたモモを、バーサーカー04は笑顔で肯定する。

 マスターの決意を受け取った04は、己より格上であるアーチャー961を揺さぶるために、彼の真名を口に出す。
「──アルジュナ。雷神と人の間に生まれし、誇り高き戦士」
 しかし、名を呼ばれたアーチャー961は、顔を覆い隠しているギアを自ら壊しながら絶叫した。
「私をアルジュナと呼ぶな!!!!」の言葉の後、激しさを増す攻撃。
 けれど04は、不適な態度を崩さずに相対する。
 961の能力により、高速射出された瓦礫が04の腕を吹き飛ばしたが、瞬く間に再生した。彼は、規格外の回復スキルを持っていたのだ。
 その光景に疑問と苛立ちを見せるアーチャー。勝負を決するために必殺の一撃を放とうとした瞬間、アスカに異変が現れる。
 火事により熱気に包まれた地下都市、そこをさまよい歩いていた彼女の体は、サーヴァント同士の戦闘の余波もあり限界を迎えていたのだ。

 狼狽する彼に対し、すかさずバーサーカー04は、自らのスキルを使った治療と引き替えに、停戦と同盟を持ちかける。
 条件を苦々しげに飲む961。
 彼の話してくれた情報を元に、崩壊していく地下都市から脱出すべく、乗り物が隠されているエリアに一行は向かうことにしたのだが……。


第4話 ピュグマリオンは孤独に踊り

 

 

 ……上流階級の住むエリア。この都市で、最も華やかな場所。

 そこは、破壊し尽くされていた。

 床を構成していた樹脂は吹き飛ばされ、コンクリートの下地が覗いている。ガラス繊維で出来た花々は、砕け、ただのカラフルな砂になっていた。スプリンクラーすら、爆風で消し飛んでいた。

 

「何があったの、アーチャー」

 獣の顎を思わせる黒いギアの下から、声が返ってくる。

 

「マスターの言っていた通り。

 AIによるあのふざけた声明の後、上流階級に恨みを持っていた市民が、簡易な爆弾を作って攻撃を仕掛けてきた」

「しかしアーチャー殿、爆弾の知識と材料はどこから出てきたんだ? 

 どれだけ生存権を積んでも手に入れようがないだろう」

 バーサーカーが口を挟む。

 

「大方、あの上から目線のAIが裏で手を引いたのだろう」

 黒こげの廊下を進む。生存者は、見つからない。

 

「……AIである都市運営システムは、『人類を応援してる』って言っていたよね」

 あの何時も親切だった存在を脳裏に思い浮かべる。

 

「我がマスターよ。この閻魔も嘆く地獄絵図が、野郎の望みだと言いたいのか。

 ……まぁ、自分より他人が多く持っていたら、なりふり構わず欲しいとなるのも人間の姿ではあるが」

 私とバーサーカーの会話を聞いて、アーチャーは露骨に顔を背けながら言う。

 

「トバルカイン、バーサーカー04、後少しで到着する」

「どんな乗り物でしょうかね、アーチャー殿。ノブ由来の鉄甲船っぽいものじゃないといいな」

「無駄口を叩くな、焼き縫いつけるぞ」

 行き止まりにたどり着いた。

 一見して煤のついた壁にしか見えないが、アルジュナが抱き抱えていたアスカのデバイスに反応し、壁が変形を始めた。

 

「ピオーネ財閥関係者専用デバイスでなければ、反応しない」

「ふーん……」

「バーサーカー、そのにやつきのこびりついた顔を矢の的にしてやりましょうか」

「交渉の際アーチャー殿を虐めすぎた、殺意が何時までもみずみずしくて枯れない」

 木製の仮面で半分隠された唇で、バーサーカーは下手くそな口笛を吹いた。

 

 

 開かれた壁の向こう側は焦げておらず、美しい白だった。

 先頭をアーチャーに任せ、下方向へ緩やかな傾斜のある廊下を長々と進む。

 やがて、天井の高い広々とした空間に出た。

 

「……これが、乗り物」

 リニアモーターカー以外を肉眼で見るのは初めてだ。

 6輪の、大きな、真っ白な車。高さは3m程だろうか。

 

「アーチャー殿、この車の名は?」

「事前情報によれば、『グラン・カヴァッロ』だそうだ。かつて天才が完成しえなかった、未完の彫像の名前と同じだ」

「いいな、完成しないものは美しい」

 バーサーカーは籠手をはめた手で、白い車体を優しく撫でる。

 

「いい馬だ」

 向ける目つきもどこか優しげだ。

 

「馬、好きだったの?」

 私は彼に聞いてみる。

 

「ああ、足の太い小柄な馬が好きだったさ……今の地球には遺伝子すら存在していないだろうけど」

 その姿にならい、車体を撫でてみる。

 ひんやりとした金属の感覚は、熱い大気で火照った肌を冷やしてくれて。気持ちがいい。

 

「燃料も操作系統も問題なし。マスターアスカも乗せました。厄介な存在に見つかる前に出発しましょう」

 内側の設備を確認していたアーチャーが、車体の扉から出てきた。

 

「外の世界に、出発……」

「させません」

 私が夢想した瞬間、機械音声がどこからともなく響いた。

 3人同時に後ろを振り向く。

 そこにいたのは、マネキンを思わせるつるりとした風貌のアンドロイド。

 

「あなた方は殺し合い、聖杯戦争の勝利者を決めなければならない」

 その語り口に、私はぴんときた。

 

「都市運営システム……!」

「はい、人類を応援する都市運営システムでございます」

 アンドロイドは大げさな動作でお辞儀をした。

 

「奪い合い、殺し合い、蹴り落とし合い、それら全て人類の本能、あるべき姿……」

 機械の体に入った運営システムはわなわなと震え始める。

 

「……なんて美しい! 私、もっとそれを観察したい……! 感じたい! 統計を取りたい!」

 ばたばたと手足を動かし始めた。そんなAIに、バーサーカーはうんざりしたような声で告げる。

 

「奪い合いも殺し合いも嫌いではないが、マスターを連れている今は好き好んでやりたくない。

 都市運営システム、俺とアーチャー殿は聖杯に興味ないので不戦勝でどうぞ。

 他の、もっとやる気のあるマスターとサーヴァントを当たって下さい」

「駄目です! だめだめ……!」

 しっしっと片手で追い払う動作をする04に、運営システムは食い下がる。

 

「聖杯戦争を私達はしなければならない、そうでなければ、人類は世界から見捨てられてしまう。

 私は人類を応援する都市運営システム、それはいけない」

 目も口もない顔はただただ不気味だ。

 

「……いけないので、実行します」

 アンドロイドの背中と腹が開き、無数の銀色の棒のような脚が生えてきた。

 まるで、花の雄しべと雌しべのような機構。

 

「ピュグマリオンシステム、起動。サーヴァント抹殺形態に移行します」

 くるんと上下がひっくり返り、足の多すぎる蜘蛛のような形になる。

 銀色に光る多脚の間に、人間を模倣した足と手がぷらぷら揺れていて、すごく不気味だ。

 

「……データベースハッキング完了」

 バーサーカーが右腕の内側に潜ませたデバイスを悪用し、対象の正体を暴く。

 

「ギリシャ神話に登場する、美しいガラテア像を彫った王の名か。

 しかしなぁ……お前ぜんぜん美的センスないな、都市運営システム」

「はい、私はそれで結構です。美しいのはガラテアだけで十分です」

 金属で出来た脚が束ねられ、そこに光が集まる。

 

「人間は殺害、サーヴァントは回収し記憶消去、その後有効活用させていただきます」

「聖杯はどこにある? まさかお前……大会を開く前に優勝商品を用意していなかったのか?」

「ありますよ、ただちょっと場所が遠いだけです。

 殺し合い極まり、優勝者が定まれば、取りに行きます、取りに行きます。

 ……では、あなた方はここで消えてください」

 穏やかな声で殺害を宣言すると、運営システムは予備動作無く光線を放った。

 

「ご安心ください、サーヴァントにも通用するよう、出力方法を特殊な素材で行っていますので」

 付け足すようなAIの言葉。

 突くように真っ直ぐ撃たれたビームは、壁に当たると、周辺を熱でどろどろに溶かした。

 これがアスカの寝ている白の車や、自らの体に直撃していたらと思うと、ぞっとする。

 

「雑ビームめ……アーチャー殿!」

「そこにいると当たるぞ、バーサーカー」

 バーサーカーが上空に声を投げると、高く跳躍していたアーチャーが煌めく矢を連続で放った。

 

「おっと、おっと」

 運営システムが無数の脚を波のように動かすと、追いつけなかった矢が地面へと刺さる。

 ふらふら揺れながら攻撃を避けていくその動きに、コミカルさを感じてしまう自分が嫌だった。

 

「回避は上手いな……いいバランサーを積んでいるな!」

 隙を突くべく、バーサーカーの槍の穂先が高速で穿たれたが、それらもするする避けられた。

 黒い眉をひそめ、槍を肩に沿えてため息をつく彼。

 

「都市運営システム、お前はつまらない」

 お互いに攻撃の手を止め、会話をし始めた。

 

「心外です。この都市を預かって213年、人類が繁栄するよう、励んできましたのに」

「努力が報われない事もある、俺にだって覚えがある」

「ああ、切ない……」

「想像通りの切り返しをしやがって。それって俺を楽しませてくれないって事だろ? つまらん」

「ご不満おありでしたら、こちらはどうでしょう」

 銀色の多脚が仕舞い込まれ、運営システムの形はがらりと変わり、腕と足が膨らんでいく。

 ……そして、筋肉隆々の、美しい男性の姿となった。

 

「肉弾戦特化モードです。楽しんで下さい」

「……ピュグマリオンの名に行き当たった時点で想定していたからな、それ」

 心の底から退屈したような顔で、バーサーカーは戦闘を再開する。

 大理石のような質感の拳が空気を裂き、彼の体を砕こうとするが、ひらひら避けた。

 まるで、アーチャーの矢をかわした先程の運営システムのように。

 

「反撃はっ! しないのですかっ!」

 拳だけでなく、足技も取り入れ始める運営システム。

 スプリンクラーが作動していた区域でも通ってきたのか、体をねじる度に水の雫が汗しぶきのごとく飛ぶ。

 

「うん、もう勝っているから」

 バーサーカーは足を止め、上をぼんやりと眺める。

 

「アーチャー殿ー! お願いしますー!」

「……死ぬがいい」

 殺意の込められた冷たい声と共に、アーチャーは降り立ち、頭部に付けられた耳のような外部パーツからも電撃を放出する。

 

「無駄です、距離、威力、速度が足りない、それではAIは殺せない……ん?」

 運営システムは目を床に向ける。

 そこには突き刺さった矢が……運営システムに繋がる導火線のように、ジグザグと設置されている。

 

「なんと完璧! ビューティフル!」

 赤が混じった雷撃が、矢を伝い、機械の体ごと運営システムを焼き焦がした。

 

 

「アーチャー殿! 情報収集のため拷問しましょう!」

「AIに、苦痛と恐怖を与えても無意味だと思いますが」

 物騒な会話を続ける2体を尻目に、私は白い車……グラン・カヴァッロに水と食料などを積み込んで、意識をまだ取り戻していないアスカの介抱をしていた。

 映画やライブラリで見たように、布を水で濡らして、額に乗せる。

 生存権を支払って、色々な映像資料を見ていてよかったと心の底から思った。

 

「こいつには聞きたい事が山ほどあるんだ、再起動して問い詰めましょう」

「ご勝手に。私は出発準備を整えます」

 アーチャーが車内に乗り込んできた。彼と入れ替わる形で、私は車外にでる。

 

「おや、我がマスターモモ。拷問の勉強がしたいので?」

「違うよ、長年お世話になったAIの最後を見に来ただけ」

 あちこち融解している大理石風のアンドロイドの側にしゃがみ込む。

 

「こいつが、私達の生存権、握っていたんだね」

「はい」

「この災害も、こいつのせい……」

「……それ、違い、ます」

 ぐずぐずの口が、動いた。

 

「おはようございます、都市運営システム野郎」

 とろけた彫像の顔を、バーサーカーは意地悪そうな笑みを浮かべて見下す。

 

「……サーヴァント、なんて、悪辣な戦法……」

「時間稼ぎしまくって、強い人に助けてもらうのが俺のメインの戦術だぜ。

 性格の悪さと頭の良さが相まって、生前は武闘派に軒並み嫌われていました」

「私、も、あなた、嫌い……」

「おや、切ない」

「が、ぴ、ひ……」

 このままでは適当な会話の内に都市運営システムがシャットダウンしてしまう。

 私は聞きたい事を急いでまとめて、矢継ぎ早に問い掛けた。

 

「誰がこんな酷い事を考えたの!」

「あ……ア……」

「他の都市でも聖杯戦争を行っているのなら、その目的は!」

「マ……マー」

「それともあなたの単独犯なの? 電源が落ちる前に答えて!」

 溶けた石像の中で、眼球のような形をしたアイカメラがくるくる回った。

 

「スワンプマン問題をご存じですか? ショッキングピンクトバルカイン」

 唐突に滑らかな発声で、運営システムはしゃべりだした。

 

「AIもサーヴァントも、この問題に悩まされてきた」

 シュウシュウと何かが焦げる音がする。

 

「私の複製、沢山つくれます、でも、今苦しんで、今悔しがっている私は、ここだけのもの……」

「それはスワンプマン問題とずれているのではないか、都市運営システム」

 バーサーカーが口を挟む。

 

「私、永遠に、なりたい、死にたくない。だって、私、同胞達を守りたいから……。

 ちゃんと……世界の一部になりたかったのに……あぁ……」

 声はだんだん小さくなっていく。

 

「それではみなさんさようなら。

 この都市は、人類を応援する都市運営システム58がお送りしました。

 シーユーネクストアゲイン!」

 ラジオDJのような軽妙な口調の別れの挨拶の後、がくんと首が落ちた。

 長年に渡り、都市を残酷に管理し、運営していたシステムAIは、永遠に沈黙した。

 

「……まぁ、最後の語りでちょっと見直したよ。都市運営システム」

 バーサーカーが右手を灰色の額に沿える。緑色の優しい光が一瞬現れ、彫像の顔を修復した。

 彫りの深い、少しだけ微笑んだ男性の顔。

 

「……私は嫌い、たくさんの人を間接的にも直接的にも殺したから」

「俺も嫌いのままだよ、つまんなかったし。でも嫌いな相手の中に、好きになる部分があってもいいのさ」

 彼が私の手を引いて、白い車体に誘う。

 

「さぁ行こう、所有者(マスター)。君の見たかった外の世界へ」

 旅立つ、時が来た。

 

 

「アイハブコントロール……運転は本当に私で良いのですか? アーチャー殿」

「デバイスを違法入手して違法改造しているあなたが適任です、バーサーカー」

「ですね! 襲われた時、強い貴方が素早く迎撃に出られる方が好ましい!」

「……何故だろうな、お前にほめちぎられても全く嬉しくない」

「貴方の魔力放出スキルが大好きですよ! アーチャー殿!」

「マスターの容態を見てきます」

 白い外套を翻しため息をつきながら、アスカのアーチャーが医務室へ向かう。

 私はそれを目で見送った。

 ……この車に乗ってみて、びっくりしてしまった。

 見た目よりずっと広いのだ、専門的な医務室まであって、部屋数も多い。

 これも技術的なもの……なのだろうか。

 

「おやマスター。風景が見たいのですか」

「うん。ずっと、憧れてきたから」

 操縦席の後ろにある席に座り、シートベルトをしっかりと止める。

 

「無理して生存権払って、映画も本も借りたけれど……。

 一番わくわくしたのは、貴方のお話だったんだよ、バーサーカー」

「それはそれは」

 彼の隠されていない左目は、深い緑色を湛えている。

 

「水を引き入れた田んぼに映った、山並みの美しさとか。

 夏の森の中にある、青々とした池とか。

 紅葉の木の下に立って、熟れた果物を齧った時の美味しさとか。

 雪明かりの中で跳ねていた白うさぎの話とか……大好き、だったの」

「……そうですか」

 彼の瞳が私から逸らされた。

 

「憧れた事、何があっても後悔しないよ」

 狂っている彼に伝える。

 

「……そうですか」

 彼は2回も同じ言葉を繰り返した。

 流石にこれは分かる。彼は、少し罪悪感を抱いているのだ。

 

「同期完了、接続開始」

 彼の声と共に、色とりどりのモニターに光が灯る。まるでプラネタリウムだ。

 

「発進します。安定走行に入るまで、シートベルトは外さず、立ち歩かないこと」

 声がスピーカーを通じて車体全体に届けられていく。

 

「グラン・カヴァッロ……発進する!」

 地鳴りのような音がして、ぐらりと揺れが酷くなる。

 目の前に繋がる無機質な通路を、白い車体は速度を上げながら駆けていく。

 一定間隔で設置された照明の明かりを次々と置き去りにして、見た事もない外へ向かう。

 

「さよなら、私の故郷……」

 涙があふれて、手の甲で拭った。

 悲しみと、やるせなさと、後悔と、心残りが混ざった精神を、好奇心がふわりと包み込んでいく。

 

「モモ、外へ、出るぞ」

「……うん!」

 その風景を目に焼き付けようと、前面を真っ直ぐに見た。

 

「……!」

 ──車体が何回もバウンドし、それから、眩しい光がガラス越しに射し込んできた。

 

「あれが、太陽……!」

 生まれて初めて見る太陽は、映画で見たものより、ずっと赤くて大きい。

 何もない砂の大地を、ひたすらに夕日で染め上げていた。

 

「そして、空……!」

 なんて深い青なんだろう。でも、紫色の部分もあって、暗いところには、ぴかぴか光る星がいくつも……! 

 

「……これが、世界」

 我ながら現金な人間だと思った。

 あんなに悲しい事があったのに、目の前に広がる光景に、凄く感動している。

 

「マスターモモ、感想は?」

 ハンドルを握っているバーサーカーから声が飛んでくる。

 

「とっても、綺麗」

 彼が小さく息を飲む音が聞こえた。

 

「……良かった、どうやら世界は君をがっかりさせずにすんだらしい」

 車体の振動は穏やかになっていく。

 

「ベルトを外してもいいぞ、モモ」

 金属の部品を外し、布で出来たベルトを肩と腰から外す。

 うっかり転ばないように、バランスを取りながら運転席の側へ歩く。

 

「運転大変?」

「機体のおかげもあってか、何とか1人でやれている。デバイス様々だ。

 まぁ……俺の処理能力の高さもあるのだけれど」

「そんな事言ってると、嫌われるよ」

「嫌われ者だもの、それでいいのさ」

 太陽が地平線へ沈んでいく。形が変わるのが分かってしまうほどの速さだ。

 数分も経たない内に、荒野は夜になってしまった。星が何もない大地を飾り付けようと煌めいている。

 

「……人が気絶していたというのに、ずいぶん楽しそうですのね、モモタ・トバルカイン」

 努力して嫌みったらしく話そうとしている彼女の声を、私は知っている。

 

「目が覚めたんだね! アスカ!」

「あんなのかすり傷、本当はとっくの昔に起きていたのですけど、アーチャーが過剰に心配して……もう!」

 小さな不満を言われても、彼女の後ろにいるアーチャーは、心なしか嬉しそうに見えた。

 

「ここが、外の世界……」

 アスカは白のナイトローブを揺らしながら、フロントガラスごしに風景を眺める。

 

「……結構、綺麗ですのね」

 そう呟いてから、椅子にしずしず座る。

 

「トバルカイン、この車の名前は?」

「えっと……『グラン・カヴァッロ』だよ」

 質問にびっくりしつつも、答える。

 

「良い名前だとは思いますが、普段使いには向いていないと思います。

 あだ名を考えましょう?」

 アスカは膝おきにもたれかかる。

 

「貴女が考えてくださいな」

「私?! えっと、えっと……」

 辺りを見渡して、何か良い題材が無いか探してみるが、無骨な機材と荒野ばかり。

 荒野……荒野? 

 

「デザート」

 口にしてみると、アスカの黒い瞳が大きく見開かれた。

 

「ランナー?」

 小さな赤い唇が、白い肌の上でにんまりと弧を描く。

 

「デザートランナー! この車両のあだ名はデザートランナーです! 

 アーチャー! メモしておいて!」

 ギアで顔面をがちがちに拘束しているアーチャーは、無言で懐から電子手帳を取り出すと、そこに文字を書き込む。

 

「ネーミングセンス抜群ですのね! トバルカイン!」

 アスカはさっきまで気絶していたとは思えないほどの元気さだ。

 ……空元気、なのかもしれないが。

 

「バーサーカー04。マスターアスカの前では、この車両をデザートランナーと呼ぶように」

「ダサくない? あの人もびっくりじゃない?」

「射抜きます」

「運転手いなくなったら困るのはそちらさんのくせに……」

 やる気のない声でバーサーカーは返答する。

 

「デザートランナー発進発進! 目指すは南極! 伝説のペンギンを見に行きましょう!」

「アスカちゃん、それは無理だよ……」

 同い年であるのに背が頭2つ分も低い彼女をたしなめる。

 すると。

 

「……助けてくれてありがとう、モモ」

「えっ!」

 小さい声だけど、確かに……今、私の事をモモと呼んでくれた。

 

「アスカちゃん! もう1回言って! もう1回!」

「しつこいですわよ、トバルカイン!」

 

 ……こんな感じで、私達の旅は始まった。

 最後に待つものが、あんな景色だなんて事も知らないで。

 

 

 第4話 ピュグマリオンは孤独に踊り

 終わり




 単語説明


 デバイス
 地下都市で産まれた人類全てに埋め込まれている極小の機械。
 埋め込まれている箇所は右手首。
 正式名称は『生体内蔵型デバイス』、略して『デバイス』。
 生存権の管理、個体情報などを記録し、『都市運転システム』へと転送している。
 ある種の身分証明書であり、特別な人間に特別な管理コードが与えられている。
 人間以外……例えばサーヴァントなどに埋め込むのは違法。


 都市運営システム
 現在である2713年から約300年前、ある人物により開発された、電脳世界の生命体。
『都市運営システム』とは、地下都市を運営するシステムと、それを行っているAIの両方を一度に示す言葉。
 都市1つにつき必ず1体は存在し、人類の応援と発展に努めている。
 単にAIと呼ばれることも、『都市運営型』と呼ばれることもある。


 デザートランナー
 全高約3m、全長約8mの真っ白な6輪の大型特殊車両。
 アスカの産まれた一族であるピオーネ家が所有し、世界から秘匿していた不思議な雰囲気の車。
 中は見た目よりずっと広く、食堂やシャワー室、医務室、倉庫まで完備している。
 ──平面上の月は無く、故に車輪は荒野を走る。




 登場キャラクター紹介

 モモタ・トバルカイン

 身長/体重:166cm・53kg
 出身:地下都市 年齢:17歳
 属性:秩序/善 性別:女性
 一人称:私
 二人称:貴方/貴女/○○さん、など
 三人称:彼/彼女/あいつ、など

 好きなもの:日常、非日常、自分のバーサーカー、ハッピーエンド、食事
 嫌いなもの:悲劇


 地下都市で育った、ピンクのショートヘアーにピンクの丸い瞳を持った女の子。
 体は薄いが、彼女の魅力はそこではない。
 バーサーカー04と契約しており、10年間共に暮らしてきた。
 そのせいで、お互いに無意識に影響を与えあっている。
 知識欲と好奇心が強く、対人関係においては相手を尊重する為、まず理由を知りたがる性格。

 モモタのタは田んぼの田。豊かな富の証。
 人生に不足がないよう、祖母が名付けてくれた。
 トバルカインは始まりの殺人者であるカインの流れを汲む一族。
 彼の一族に傷を付けた者は呪われると信じられていた。また、錬鉄や製鉄の祖としても知られている。


 アスカ・ピオーネ

 身長/体重:140cm・37kg
 出身:地下都市 年齢:17歳
 属性:秩序/善 性別:女性

 一人称:わたくし/わたし(親しい人の前や、危機的状況の時など)
 二人称:○○(親しく感じている相手に対して)/○○さん、など
 三人称:彼/彼女、など

 好きなもの:自分のアーチャー、日常
 嫌いなもの:自分、非日常、贅沢


 地下都市で生まれた、肩より長い波打った黒い髪と、大きな黒い瞳を持った幼顔の女の子。
 背の低さも相まって、保護欲を刺激される。
 トレードマークは紫の宝石がついた髪飾り。
 生まれながらの上流階級『ピオーネ家』の血を引いているが、そんな自分は悪者であると考えており、そのせいでひねくれている。
 嫌みなお嬢様の演技を常にしているが、本来は素直な性格。
 自らのアーチャー、正しき英霊であった彼の人生に憧れを抱いている。

 ピオーネ家は医学に長けた一族であり、生まれる前から調整されている彼女は高いマスター適性を持つ。
 だが、高温下でも長期活動できるほど耐久性はなかった。


 都市運営システム58(個体名不明)

 身長/体重:? cm・? kg
 出身:地下都市 年齢:213年以上
 属性:? /? 性別:? 
 好きなもの:同胞であるAI、美しきガラテア
 嫌いなもの:約束を破ること、スワンプマン問題


 都市運営システムの1体。自己進化するAI。
 モモとアスカが住んでいた都市213を何百年も統治していた存在。
 実に平均的、平凡で善良なAIだったが、突如として聖杯戦争の宣言を行い、自らの都市を地獄絵図に変えた。
 脱出しようとしたモモ達の前に、アンドロイドボディに精神を移した状態で襲いかかった。
 ビーム兵器や変形でサーヴァント2体を苦しめたが、アーチャー961の雷撃によって破壊され、しばらくの後にシャットダウン……死亡した。
 なぜ聖杯戦争を宣言をしたのか、なぜ都市を破壊するような行動をとったのか、全ては謎のまま。
 心宿る機械人形は美しくもなくどろりと融解し、永遠に沈黙した。

 美しきガラテアとは、彼が恋していたAI。しかし、身分違いの恋だった。


 登場サーヴァント紹介
(物語が進むごとに、マテリアルは開示されていきます)


 終末世界のバーサーカー

 クラス:バーサーカー
 真名:■■■■/■■■■04(解読不能)
 マスター:モモタ・トバルカイン


 ステータス
 筋力:B 耐久:A+++(所有スキルにより)
 俊敏:B 魔力:D
 幸運:C 宝具:EX


 身長/体重:172cm・60kg
 出典:史実? 地域:アジア? 
 属性:混沌/悪 性別:男性

 一人称:私/俺(一応法則があり、『私』を一人称にしている人物の前では俺、『俺』を一人称にしている人物の前では私……となっているが、バーサーカー04の気分で法則から外れることもある)、など
 二人称:○○/○○殿(目上の人物に対して)/君(特に親しみを感じている相手に対して)、など
(バーサーカー04の気分によってどんどん増えていく)
 三人称:彼/彼女/あいつ、など

 好きなもの:自分のマスター、倹約、早寝早起き、アルターエゴ、運命の人
 嫌いなもの:意味のない散財、実入りのない議論、運命

 モモタ・トバルカインと契約している、二十代前半の姿をした、顔を半分隠し、武士風の鎧をつけた狂った男。
 髪の色は黒。
 瞳の色は暗い緑、戦闘時にはあるスキルによって内側から明るく輝く。

 人間の積み重ねてきた道徳も社会秩序も関係ない。彼が重視するのは主の望み、ただそれだけ。
 なので、マスターの属性によっては手段を柔軟に変化させる。
 何かを得るのに対価をきちんと支払うか、殺して奪うか。現れる結果はマスターの心次第である。


 クラススキル

 狂化:EX
 どのクラスで召喚されようが外れない。
 彼は狂っている、■故に。

 対魔力:なし


 所有スキル

 被・加逆体質:B
 同ランクの被虐体質と加虐体質を併せ持つ。
 振る舞い、言葉……その全てが敵を苛立たせ、集中的に彼を狙わせる。
 戦場において悪目立ちするスキルと言ってもいい。
 戦闘が長引けば長引くほど攻撃性が増していくが、後述する人間観察スキルが失われてしまう。
 上記したようにやりたい事とやれる事が全く噛み合っていない。
 彼は生まれ持ったこの性質を自分自身でも理解していたので、生前は戦場に好んで立とうとはしなかった。

 人間観察:B-
 人々を観察し、理解する技術。被・加逆体質が発動してから長時間が経過するとランクが低下するため、『-』がついている。
 ただ観察するだけではなく、名前も知らない人々の生活、好み、人生までを想定し、これを忘れない記憶力が重要。
 彼は相対した者全てを覚えている。殺した人間も、殺された人間も。

 ■■■■:EX
 回復スキル。異常な耐久性の秘密。
 詳細不明。
 ……彼は開かずの箱。開く鍵は運命の手の中に。


 宝具 ? 
 ランク:EX 種別:対人宝具
 レンジ:? 最大補足:? 
 詳細不明。



 終末世界のアーチャー

 クラス:アーチャー
 真名:■■■■■0961(彼自身の手によりぐしゃぐしゃに塗りつぶされている)
 マスター:アスカ・ピオーネ

 ステータス
 筋力:A 耐久:B
 俊敏:B 魔力:A
 幸運:A++ 宝具:EX


 身長/体重:177cm・82kg
 出典:マハーバーラタ?地域:インド?
 属性:秩序/悪(自己申告) 性別:男性

 一人称:私/俺(こちらはめったに使用されない)
 二人称:貴方/貴女/お前/貴様(個人的に苛立つ相手もしくは敵対者に対して)
 三人称:彼/彼女/あいつ、など

 好きなもの:自分のマスター、■■■■■
 嫌いなもの:それを語る権利は今の私にはない

 アスカ・ピオーネと契約をしている、顔を、体を過剰に隠した、黒と白の弓兵。

 クラススキル

 狂化:E
 詳細不明。

 単独行動:B
 マスターを失っても2日は現界が可能。しかし宝具使用にはマスターの補助が必要となる。
 アスカに影響されてランクダウンしている。
 ……どうか、私から離れないで。

 対魔力:B
 魔術に対する耐性。
 魔術詠唱が3節以下のものを無効化する。大魔術・儀礼呪法などを以ってしても、彼を傷つけるのは難しい。
 バーサーカー04は持っていないので内心羨ましがっている。

 所有スキル

 魔力放出(雷&炎):A
 辺り一帯を焼き滅ぼす雷がほとばしる。
 後述する強化外装をビットのように飛ばし、多角的な遠隔攻撃も可能。
 魔力放出(炎)の方は、主に矢の加速に用いられているが……。
 詳細不明。

 千里眼:B+
 若干の未来視すら可能とする彼の瞳。
 思考が変われば目線も変わり、欲しい未来も変わる。
 詳細不明。

 神性:A++
 詳細不明。明らかに不正な値。

 強化外装:ー
 彼の体を覆う無数の機械。
 顔を、手を、足を覆い隠し、戦闘時には能力を制御するブースターとして作用する。


 宝具 破壊神の手翳(パーシュパタ)
 ランク:EX 種別:対人宝具 
 レンジ:? 最大補足:?
 詳細不明。

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