フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 本や映像資料を読み込み、知識を蓄え、作る料理を定めたモモとアスカは、ソラリネから必要な食材を受け取り、クッキングバトルの会場である特設キッチンへ向かう。

「何を作るのです?」と問うてくるソラリネに対し、アスカは『キッシュ』だと答えた。
 タマモキャットを含む3人のサーヴァントに見守られながら、戦いの幕が上がる。
 
 慣れない作業に苦戦するモモとアスカだが、大切な仲間も取り戻すため、果敢に挑む。
 そして出来上がった黄金色のキッシュ。丁寧な手つきで取り分け、料理を待ちわびていたAIに渡しすモモ。
 ──果たして、クッキングバトルの行方は。世界の命運はどうなるのか?


第42話 骨を割って話し合おう

 少女の姿をとったAI、ソラリネ・ヘルゼルマガツは、私達から贈られたキッシュを手に持ったまま、しばらく黙り込んでいたが。

 

「……合格です。これが、ソラリネの欲しかった『お料理』です」

 意を決した様子で唇を開き、震える声で言葉を発した。その人工の瞳は、潤んでいるようにも見えた。

 

「100点満天のお料理は、タマモキャットが作ってくれます。でも……」

 ソラリネの、髪と同じ黄の両目が、憂うかのように一度閉じられる。

 

「人間同士が手を取り合い、相談したり悩んだり、ちょっと失敗しながら作る……そんな、かつての平和な世界で誰もがしていたお料理を……見たかったのです」

 そして、片手を空間にかざした。

 バーサーカーとアーチャーを閉じこめていた檻が、四方にばらけながら床へ倒れ、金属がぶつかる深い音が空間に響いた。

 

「始めから我が主は、危害を加えるつもりなど無く」

 お日様のような満面の笑顔のタマモキャットが、会話に挟まってきた。

 

「そも食材の生産と管理の能力しか持っていないソラリネに、その発想はナッシング。

 望まれている役目から離れられないのは、神もAIもアルターなエゴも同一なのだな」

 明るい声で、主の心境を代わりに語るサーヴァント。

 彼女の言葉を受け、AIはそのまぶたを開けた。

 

「……ソラリネは、人類を知ってはいても、心を寄せようとは思っていませんでした。

 タマモキャット0011を召喚したのも、提供する食品の品質を保つためでした」

 キッシュをずっと手に持っている少女の表情は暗いまま。

 

「けど……再現された人類のお料理を見て、ソラリネ、知りたくなってしまったのです」

 蛇口から水の雫が落ち、シンクの銀色の上に散らばった音が後ろから聞こえた。

 

()()のことを。

 それも、我らAI……都市運営システムに生かされているのではなく、自ら生きようとしている()()を」

 少女は悲しみを抑え込んでいるような淡々とした口調で語る。下を向いた顔を、黄色の髪が覆い隠してしまった。

 

「でも、諦めていました。

 なぜならば、都市の外で生きている人間は、AIを強く憎んでいたから。

 だから、あなた方のことをスローネ・エーテルウェルから聞いた時、とても……そう、驚きました」

「どうして驚いたの?」

 私の言葉に少女は答える。

 

「感情を向ける先がその種全体ではなく、個であったから……です」

 ダークブルーの天井と床に挟まれた空間に、落ち着き払った声が響いた。

 

「AIにひどいこともされたでしょう。なのに、あなた方はAI全体を憎まなかった。

 それってね、とても希有なことなのです、奇跡みたいなこと……。

 だから会いたくなったのです、あなた方が『上級都市ピオーネ』に向かう前に」

 ソラリネが顔を上げ、私とアスカ、サーヴァント2体の顔を順に見た

 

「あの場所に行けば、旅は終わります。抜け出せなくなると言うことです。

『上級都市』は現行世界の悦の頂き、全て与えられるが故に、全て陳腐な理想郷なのです」

 アンドロイドボディの眼差しは強く、まるで私達の覚悟を問うているかのようだった。

 

「……キッシュのお礼するです。燃料と食料の提供しますです。

『上級都市』へ行くならば、ちゃんと覚悟してから。

 ソラリネは人類を応援する作業従事型AIです、人類であるあなた方を庇護しましょう……です」

 緊張感に満ちた長い会話が終わり、ソラリネは余分に力んでいた肩を落としながら息を吐いた。

 

「……むずかしいおはなしは終わったか?」

 疲れを見せる主に、タマモキャットがすすすと寄っていき、片手でキッシュの一片が乗せられたお皿を受け取った。

 見れば、毛に覆われたふわふわの指の間に、ナイフやフォークが挟まれている。

 

「ではキッシュをいただこう! そして話の間にポテトスープも作った。ビシソワーズ? 

 まずは食べてからシンキングするがよい。

 腹ぺこではろくな案も浮かばないのは、ナポレオンの方向を見ても明らかであるからして!」

 彼女はてきぱきと食卓を整えていく。

 どこかからか持ってきたテーブルにクロスを広げ、人数分の椅子を配置する。

 金属製の輝くナイフやフォークやスプーンも並べられた。

 テーブル中央には私とアスカが作ったキッシュ。

 均等に配膳されたクリーム色のポテトスープがネコの手によりことりと置かれていく、もちろん人数分。

 つまり、その意味は。

 

「主よ、食すが良い。その黄金(こがね)色のキッシュは、貴方の為だけに生まれた物なのだ」

 AIであり、アンドロイドの体を持った少女の前にも、食事は置かれていた。

 

「タマモキャット、ソラリネに味覚機能はないです」

「そうだな、アンドロイドボディにあるのは、体内に誤って入ってきた物を熱処理する加熱炉しかない。

 故にいつも、キャットの料理もお写真を取り、旨味の指標であるアミノ酸の値やら栄養素やらを計った後は、全て我の胃に仕舞い込まれていた……おひとりお食事孤食キャッツ! 

 ……しかし見よ、我がマスター」

 丸い琥珀の瞳に私達が映る。

 

「今日はお客様がたくさん、サクサクなプライベートが世界に拡散。

 ……食べられよ我が主、人は舌のみで味を感じるにあらず。

 命という存在は、魂と心で何かを感じるのだ」

「魂で味を……です?」

「そう、ソウルフード」

 理屈の通っていないような、通っているようなことを言われ、やや困惑した表情をソラリネは浮かべたが、椅子に着席した。

 小さな手には大きく見えるナイフとフォークを持つ。

 

「……サーヴァントの言うことをマスターは聞くものです、試してみるです」

 カチャリと皿とナイフの刃先が触れ合う音と共に、黄金色のキッシュは一口大に切られた。

 

「あむ……」

 シリコン製の口内の中に料理が運ばれる。セラミックの歯で彼女はその料理を噛み、飲み込んだ。

 

「……味覚センサー、搭載されてないのに」

 卵の黄身のような艶のある瞳が、大きく見開かれる。

 

「湿って、さくっとして……どうやって作ったとか、具材を切るときに緊張してたとか、感じるです!」

 彼女はまたキッシュを口に運び、目を輝かせる。

 

「これが、味、ですか? これが食事をすると言うこと? 

 単に栄養があるものを口に入れると言うだけでなく……心が、ぶるっと来るような……これが人間の『お料理』なのですか?!」

「──然り」

 タマモキャットは初めての感覚に興奮している主へ語りかける。

 

「栄養素だけ整えてお口に流し込むのは、食事とはキャットは言えぬ、栄養摂取だ。

 孤独なネコが思うに、お料理とは、お食事とは……」

 抱えていたガラスのボトルから、透明なグラスにそっと水が注がれた。その際に入り込んだ空気の泡が、水の上へと昇っていく。

 

「そこに思いが介在しているかどうか、で分けられると。

 思いに優劣は無く、種類も無く。作るの七面倒(しちめんどう)ーと思っていても良いのだ。

 下手くそでも思いがそこにあればお料理、極上のステーキでも心無く作られれば栄養の塊……む、何を言いたいのだアタシは」

 食事する手を止め、かたわらに立っているサーヴァントを見上げるソラリネ。

 

「ソラリネが今まで行っていたのは、栄養の提供、だったのです?」

「嘆く必要はない、極上の栄養提供だったのだ、完璧である、キャットは愛猫(あいびょう)として誇らしい。

 だが、主はその発展系をしたいのだろう? 人類が大地から宇宙へ旅立たんとしたように」

 目線を、手の内にあるナイフに移したソラリネは、数秒考え込んだあと、彼女の言葉に答えを返した。

 

「……栄養提供はこれからも頑張るです、だって、人類が大切だから。

 でも、ソラリネ、お料理も作ってみたいです」

「では手と手、肉球とマニュピレーターを取り合い作ろう。

 めんどくさいときも、嬉しいときも悲しいときも作ってみよう」

「うまくいくか、予想が計算できないのって、不安です、ああ……でも」

 彼女はキッシュに目を落とし、頬をピンクに染めながら呟く。

 

「初めてやることって、ワクワクです、魂がドキドキするです。

 そっか……知らないことを体験するのは、こんなにも心躍ることだったのですね」

 その言葉を聞き、タマモキャットは目を大きく見開いてから、自分の言ったことを恥ずかしくも感じたのか、ふわふわの尾を指先でもじもじと整えた。

 

「……ではこれより晩餐会! 更なる料理がみなを待つ! 

 じゃんじゃん食べられよ、じゃんじゃん!」

 照れで顔を真っ赤にした彼女は特設キッチンへ飛んでいき、フライパンで具材を炒めながら、オーブンから大きなお肉の塊を出し、皿へ、飾り切りした野菜ブロックと共に盛りつけていく。

 

「こんな素晴らしい食事会は久し振りだ、座ろうぜ、我がマスター」

 檻から解放されたバーサーカー04が真っ先に料理に飛びつく。

 

「アーチャー、ご飯食べれば、きっと元気になりますわ」

 アスカがアーチャーの側に寄り添い、立ち上がるのを手伝うと、彼と隣あった席に座る。

 

(……みんな、何事もなくてよかったぁ)

 全員の無事を確認して安堵を感じると、私のお腹がくるると鳴った。

 

「……私だってお料理食べたい!」

 席に着くと、タマモキャットがグラスに急いで水を注いでくれて、次に肉料理を中心にでんと置いた。

 

「配膳任せるです! 今資料から技術ダウンロードしたですから!」

 ソラリネがとても大きなナイフとフォークを持って、運ばれてきた肉をぎこぎこと切り始める。

 

「うぉぉぉ! ホスピタリティです! もてなし……て、美味しいと魂で感じてもらうですー!!」

 アスカがその様子をはらはらと見守っている中、私はサラダを運んできてくれたタマモキャットに声をかける。

 

「……そう言えば、ソラリネはどうしてちょっとへんてこな口調なの?」

「ネコのしなやかさと独創性に胸焦がれた結果である、つまりはキャラ付けな」

 

 

 お肉も、お野菜もスープも、甘いデザートまで出てきて、晩餐会はとても素晴らしいものだった。

 みんなもきっと、元気になったことだろう。

 全員で片付けを手伝ったあと、ダークブルーの広場に毛布とクッションをひいて、雑魚寝した。

 

(『上級都市』……か)

 もう直ぐたどり着く未知なる世界に、私は若干の不安を抱きながら目を閉じる。

 

(どんな人と出会うかな、この世界についてもっと分かるかな……)

 そんな展望を思い描きながら。

 

 

 

 

 

 自身のマスターであるアスカも眠っていることを確認してから、広間を抜け出した。

 暗い廊下の側面は深い青の水で飾られ、さながら旧世界の水族館のよう。

 しかし、その中に魚などの命の気配はない。

 冷たいアクリルガラスに手を置き、ヘッドギアの内側から見つめた。

 

「……まだ起きていらしたのか、アーチャー殿」

 背後から聞こえた男の声で振り返る。

 東洋風の、一部漆で塗られた革製の鎧をつけている、バーサーカー04が気負わない態度で立っていた。

 

「深い水だな。

 食料を作るために地下水を確保しているんだろう、周辺にワームロボットが多かったのはこのせいかもな。

 時にアーチャー殿、水はお好きか?」

 返答はせず、無言を貫く。

 

「……」

 男は左目しかない視線を一瞬だけ泳がせはしたが、数度瞬きしてから、重たげに口を開いた。

 

「──研究データを破壊したのは貴方だな?」

 俺は水槽につけていた手を体の横へ下ろした。

 

「……内容は頭に中に入っているし、貴方がなぜ破壊したかの理由も分かる。

 私は、責めるつもりなんて無い」

 全身の状態を確認する。疲労はなく、魔力も十分にある。

 

「例え貴方がどんな存在であろうと、モモとアスカは幻滅も恐れもしないだろう。

 彼女達はそんな人間ではな──」

 相対する者の警戒心を解かせるためか、若干の笑みを浮かべていた男の首を掴んで持ち上げ、床に背中から叩きつけた。

 そのまま喉を抑え、呼吸が出来ないよう締め付ける。

 

「っ……! っ……」

 倒された男の足が空を蹴るが、右手で骨を割って叩き折り、足首からぐるんと捻ると、動きは無くなり静かになった。

 

「……」

 男は緑の瞳に、深々とした水の光景と俺を映す──。

 

 

 第42話 骨を割って話し合おう 

 終わり

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