フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 キッシュを受け取ったAIソラリネは、「合格」だとモモとアスカに告げる。
「これが、ソラリネの欲しかった『お料理』」なのだと。
 彼女は沈んだ声で、なぜ2人を試したのか話し始めた。

「人間同士が手を取り合い、かつての平和な世界で誰もがしていたお料理を……見たかった」
「再現された人類のお料理を見て、知りたくなってしまった」
()()のことを。
 それも、都市運営システムに生かされているのではなく、自ら生きようとしている()()を」
 しかし半ばソラリネは諦めていたのだ、そんな人間はいないと。
 けれど、彼女の前に現れたのだ。どんな事が起ころうと運命を、世界を呪わず、生きていこうとするモモ達が。

 「味覚機能がない」からと言い、キッシュを食べようとしないソラリネをタマモキャットはそっと諭す。その言葉を受け、口に運んでみたAIは、そこに作りての心を感じ、衝撃を受けるのであった。

 アーチャー961とバーサーカー04も解放され、華やかな宴が始まった。
 タマモキャットとソラリネの手による真心込められた料理を食べ、気力と栄養を充填したモモ達。
 迫る上級都市へ不安を感じつつも、モモは眠りにつくのであった。


 深夜、アーチャー961は皆が眠っている広場を抜け出し、貯水槽を見つめていた。
 そこに現れたバーサーカー04は、彼の心に踏み入るような言葉を放つ。

 ──弓兵が、狂戦士の首を締め上げる。
 抵抗できないように足の骨を折り、助けが呼べぬよう喉を潰し、逃げ出せぬよう押し倒した体へ重みをかけながら。


第43話 その男は致命的な微笑みで

「……」

 突然、俺の手によって床へ叩きつけられたバーサーカー04は、驚いたのか眉を上げて、それからぱくぱくと口を動かす。

 

『で、き、る、も、ん、か』

 声も発しないまま俺を試す男のその緑の瞳に、死を目前とした焦りの色は無い。

 喉を潰している左手の力を強く……右の手も添えた。

 

(こいつを殺せば、真実は明かされない、ずっと闇の中だ。

 俺の、俺の正体を知ったものは、生かしてはおけない……!)

 バーサーカーの異常な回復スキルの正体はようと知れないが、首と頭を潰して心臓をえぐり取り満遍なく(いかずち)で焼けば、回復に使う魔力が尽きて死ぬはず、いや、死ね。

 

(死ね、死んでしまえ、今すぐにでも死ね、絶命しろ……! 

 俺を見るな、俺を知るな、理解を示すな、俺を……)

 時間が経つにつれ、手をかけている男の顔がどんどん赤らんでいく。

 皮膚の下を通っている動脈は鼓動早く跳ね回り、頭へ懸命に血を送ろうと無駄なあがきを続けていた。

 男の瞳に『俺』が映る、機械パーツで覆い隠された顔。

 

(隠れていて良かった、俺の顔なんて、俺自身が見たくない……!)

 脊髄の通っている太い骨まで砕かんばかりに、強く、強く、両手で握りしめる。

 

「死ね、はやく、はやく死んでしまえ、死んで! 死んで……」

 永遠に感じてしまうほどの、数分が経った。

 バーサーカー04の全身から力が抜け、まぶたがとろりと落ちる。

 

「……」

 あがきを見せていた口が閉じられ、死を迎える瞬間、本当に、本当に小さく──こぼれ落ちるように微笑んだ。

 己を殺す相手への怒りも憎しみも、抱いていないかのようなその笑みが、ある記憶を呼び起こす。

 

(──?!!!!)

 そのものではない、この男は『あの男』ではない。

 けれど、俺はその笑みと似たものを知っている。

 いや、知っているのは『俺』ではない、その目で見たのは──。

 

 

 

 

 空の下、車輪が地面に沈み込んだ戦車が見える。

 地に伏した白い肌の男が、終生の敵である『彼』を見上げた。

 戦う術を失った者に武器を向けるなど、戦場で行ってはいけない禁忌だと心が叫んでいたが、けれど、矢をつがえる腕の動きは止まらない。

 

(目の前で伏している男は、戦士だ。

 それも自分と拮抗するほどの力の持ち主で、相手側だって、今まで多くの禁忌を侵してきて、だから、この殺人は、きっと、ずっと……。

 この行いは、世界に望まれている。人に、神に、だから……)

 

 ──殺す理由に、正当などあろうはずもなく。

 

 指が離れ、その矢先が狂いもなく首に届いた瞬間、撃ち倒された男は、なぜか……()()()()()()

 

 

 

 

「あ、か、か……」

 おかしい、首を絞めているのは俺の方だというのに、息が出来ない。喉奥が痙攣を繰り返し、意味のないただの音が連続する。

 

「……」

 バーサーカー04は相変わらず、『あの男』を思わせる笑みのままで。

 

「あ、ああああああ!!!!!」

 意味のない絶叫だけが、俺に吐き出せる全てだった。

 

(……言えない言えない言えない言えない言えない! 

 『あの男』の名を俺が呼べるはずもない!)

 今見た悪夢を振り払うかのように、首を振りながら叫び続け──。

 

「うっ……」

 もう何もかもがどうでもよくなり、手の力が緩んで、バーサーカーの首から指が離れた。

 

「……けほっ、こほっ。なーんだ……止めたのか」

 首をさする男。

 真っ赤な締め付けの痕は、回復スキルのおかげか、数秒で消えて無くなった。

 俺は男から離れるため立ち上がったが、ろくに歩けもせず、床へ座り込んでしまった。

 

「うーん……」

 バーサーカーはさっさと姿勢を起こし、足首をくるくる回して、俺に折られた足の骨が治ったことを確認すると、水槽に体の側面からもたれかかった。

 

「ああ……びっくりした、本当に……」

 吐息混じりの声に俺への非難の響きはなく、遠い場所へ語りかけているかのように穏やか……なのに。

 

「どうして殺すのを止めたんだ? 

 俺の表情は……ひょっとして、誰かにとても()()()()()()()()

 死の間際に浮かべた奴の微笑みは……俺にとっては余りにも、致命的だった。

 

「なぜ……どうして……」

 まるで、心の中身をこじ開けられ、隅々まで覗かれたかのような恐怖に支配された俺は、そう男へ問いかけるのが精一杯だった。

 おかしな話だ。俺はいつだってこの男を殺せるというのに。

 殺せるはず、だったのに。

 

「得意なんだ、こういうの」

「得意……?」

「ああ。相手の心の一番柔らかい場所に」

 男は俺の心臓へ指を向ける。

 その顔は、まるで底の見えぬ井戸のように暗く、無表情で。

 

「刺さる表情が分かるんだ。

 まぁ、今は顔を隠しているから、威力も半減なのだけど」

 声はまるで別人が話しているかのように、優しかった……怖気で逃げ出したくなるほどに。

 

「俺は、俺が単体で存在しているという現実に耐えられない。

 ……だが、自害することも出来ない」

 床に座り込んだまま、自嘲をこぼしながら呟く。

 おかしなことばかりだ。俺が単体で存在していることが、それを許している世界すら。

 

「ずいぶんと投げやりなことをおっしゃる」

 声の調子を普段通りの、『信用できない男』のものに戻しながら、左目で俺を見た。

 

「貴様には、規格外の回復スキルがあったな」

「ああ」

 暗い緑の瞳は濁った翠玉のようで、視線は変わらず俺に向けられている。

 

「……それは、見えない傷も治せるのか? 例えば」

 言わない方がいいと予感を覚えつつも、言葉を吐き出す。

 

「壊れた精神を治療すること、とかは……」

 ──そう言った瞬間、バーサーカーは目を開き、立ち上がって俺の側へ来ると、片膝を床につけて腰を落とし、胸元の布を勢いよく掴んだ。

 

「アーチャー961」

 怒りのにじんだ声。

 それにしてもよく声色の変わる男だ、まるで人の話し方を真似る魔物と話しているかのような気分になる。

 

「望むなら、慈悲無く救ってやる。

 貴方という個体の心をねじ曲げ、飴細工のように形を変えて救うことだって、出来る……」

 命を感じない水をガラス越しに眺めることの出来る廊下に、感情を露わにした男の声が響く。

 俺は抵抗する気力もなく、捕まれたまま脱力していた。

 

「……しかし私は貴方を救いたくない。

 それは貴方の今までの努力を上から一方的に踏みつける行為だからだ」

 バーサーカーが指先を離す。

 

「アーチャー961、今の貴殿は傷で編まれた黒曜の(びょう)だ、癒やせば全てを失うぞ。

 心を、記憶を」

「……構わない」

 倒れたまま、俺は彼の言葉に答えた。

 

「思考を停止し、責任を私へ丸投げしようとするのは止めろ。

 貴殿のマスターであるアスカは、どうなると」

「アスカも喜ぶ」

「いいや喜ばないね、こればかりは断言しよう」

 要求を呑まない男に苛立ちを感じ、俺は天井を睨みながら声を発した。

 

「ならば俺はどうすればいい! 何もかもをぶちまけてアスカに話せと?! 

 こんなおぞましい存在である俺が、憎悪混じる激情も知らない清廉な彼女に、自身の正体を打ち明けろと?!」

「私に答えを求めるな! アーチャー961!」

「……バーサーカー04!!」

 俺は体を起こし、弓を顕現させ矢をつがえた。

 バーサーカーは後方へ跳んで距離を取ると、刀を抜き、攻撃を防ぐため、体の前で刃をこちらへ向けない状態のまま構えた。

 男が遠くから獣の如く叫ぶ。

 

「いいぞ、求めるがままに殺し合ってやろう! 

 首を落とし、貴方が望んだとおり、ありふれた人間のように地面へ転がしてやる! 

 それとも心を慰める言葉でも欲しいのか!? 

 かわいそうだと、哀れだと、お前はお前が言うように、誰の愛も得ることはないと、薬にもならない言葉を注ぎ続けてやろうか?! 

 ……だがな、そんなことをして何になる?」

 ──予感があった。

 どちらかが攻撃を仕掛ければ、その瞬間に全てが終わる。今までの旅も、マスター同士の友情も、何もかもが。

 

「同情で他者から与えられたものに意味などないと、貴方は分かっているというのに!」

 殺さなくてはと、思っている。この男はやはり危険だ、人の心を見通しすぎる。

 だというのに、指が矢羽根から離れない。

 

「私は仲間として貴殿が好きだ、信用している、出来れば戦いたくない。

 無理矢理に、一方的に救いたくも、ない。

 ……目先の簡単な方法に心奪われて、考えることを、足掻くことをどうか止めないでくれ」

 敵にためらうことなく矢を降り注がせることの出来る指が、今日はひどく重たかった。

 

「……私が、無遠慮だった。

 貴殿の状態を分かっていたというのに、訳知り顔で踏み込みすぎた。

 すまなかった……殺されたって文句は言えないな」

 男が刀を投げ捨て、手の平が見えるようにした両手を頭上にあげた。

 

「好きにしろ」

 無表情でそう言い放ったバーサーカーの首へ、矢の先を向けようとしたが。

 

「……っ」

 機械の仮面の下で唇を噛む。

 だめだ、出来ない、これは『英雄(アルジュナ)』のする行いではない。

 

「……貴様を殺せば、マスターアスカの友であるモモが、悲しみます、から」

 つがえていた矢を放たず、弦から外し、腕を下ろして、武器を床へ置く。

 混乱したまま、普段の自分の演技を引っ張り出してきて態度を取り繕った。

 

「……感情で動いたというのに、自らをごまかして理屈を後付けしたな、アーチャー殿?」

 首をわずかに傾げた男は、俺をしばらくじっと見てから、誰に語りかけているでもない言葉を呟く。

 

「私が何を言っても糠に釘、柚子に柚子胡椒か。

 けどいいさ。いつかちょうどいい時に思い出して、心を動かす起爆剤にでもなれたらそれでいい」

 そして、懐から白い物を取り出す。

 

「話題変えまーす。

 なぜならこの問題について、俺は答えを持たず、アーチャー殿が苦しみながらも答えを探し続けなくてはいけないものなので」

 宣言と共に出てきた物体を俺は見る。

 

「研究施設で貴様が発見した、白紙の本……ですか」

「『S文書』って書いてあった」

「……読めたのですか?」

 俺も解読のためにぱらぱらとめくったが、最初から最後まで記されているものなど無かった。

 

「ああ、読むことが出来た」

 モモ、アスカ、英霊の姿を象ったアンドロイド達が見ても、私と同様だったというのに、この男は解読出来たらしい。

 

「暗号? それとも薬品などによる浮き出し……などでしたか?」

「もっと単純だ、俺というサーヴァントの霊基にのみ反応し、読める状態になる」

 男はページをたぐるが、白のままだ。

 

「文字が浮かぶとか、そんな分かりやすいものではないらしい。

 本に練り込まれた魔術や魔力が反応し、俺の脳内へ情報が書き込まれる」

 そのややこしさに、私は思わずヘッドギアの下の眉間にしわを寄せた。

 

「なぜ、そんな特定の個人しか解けないようなセキュリティーが……」

「……俺が書いたものだからだ。正確に言えば、かつて召喚された別の俺が」

 バーサーカーは腕の輪に指先で触れた。『04』と記されているそれ。

 

「筆跡、回りくどいけれど確実な戦略、ちくちくしていて読みやすい文章……間違いなく、全て俺のものだ」

「……何が書かれていたのです」

「ざっくりまとめますと、世界を救う方法について」

 バーサーカーは本を閉じる。

 

「この旅だけでなく、召喚されてからずっと作為的なものを感じていた。

 既視感もあったが、その原因が自分の手によるものだとは……いや本当に性格が悪い……。

 運命とか嫌いだとか言ってたじゃん……自分を曲げているにもほどがあるぞ……」

 瞳も同じ様に閉じ、頭を振る。

 

「以前言っていた方法で、世界、救えるのですか」

「確実に。ただ……」

 俺に答えた後に、男は口ごもる。

 

「個人まで救われるかどうかは、分からない」

 発言してからわざとらしくバーサーカーはうんうんと唸っていたが、ため息と共に次の言葉を吐く。

 

「俺が、世界をこんな風にしてしまった。なら、きちんとその責を負わなくては。

 ……サーヴァントってすごく厄介なシステムだ、生前は1人しかいなかった己が、無限に増えて無限にご迷惑をおかけしているのだから」

 黒髪が生えている頭をがしがしとかきむしる。

 

「世界か人か。どちらかは治して、ちょっと手助けしなくては。

 そうすれば、みんなやり直せるはずさ」

「一方的に救うのは嫌いなのでは?」

「……極めて邪悪な過去の俺がこの案を考えたんだから、責任とって、やるしかないだろ」

 白い本を再び広げて、睨みつけるバーサーカー。

 

「愛かー……結局それが一番の薬ってことなのか?」

 男の目線が俺に移り、それから優し気に微笑んだ。

 

「私、貴方のことが好きだ」

 本心が込められているとは思えない言葉を、男はすらすらと語る。

 

「背中を預ける仲間として好ましいという意味でだ、それ以外の余分な感情はない」

 男に対し、俺は冷たい声で反論する。

 

「……俺は、自身の存在を好ましいと思ったことなど一度もない」

「うん」

 バーサーカーは軽く頷き、俺へ言葉をかけた。

 

「しかし、みなが貴方を好いて、そして夢を見るんだ。

 身勝手で傲慢な理想を貴方に対して抱く、何故だか分かるか?」

「……」

 理由など分からず、口ごもる。

 

「貴方が美しいからだ。

 姿形ではなく、その有り様が、生き様が、飾り立てなどされていない、魂の輝きが」

 そんな言葉に首を縦へ振れるほど、簡単な精神ではなく。

 

「貴方は貴方であるというだけで、多くの人に愛されている。

 ……俺の考えを述べたまで。好きに受け取ってくれ」

 ガラスの向こう側の水が、ちゃぷんと音を立てた。

 

「……先に休みます」

 頭も心も冷え切ってしまった。少しでも横になりたくて、バーサーカーにそう告げる。

 

「夢でも見られると良いな、アーチャー殿」

「……サーヴァントは夢を見ない」

 正論を言えば、男はそれを鼻で笑い、夢を語った。

 

「世界がこんなにおかしくなっているんだ、サーヴァントだって夢くらい見られるはずさ」

 バーサーカーは白い本に、黒い籠手まとう手を置いた。

 

「お休みなさい、英雄の半身、幼き欲心。

 俺はどんなことがあろうと、貴殿の味方だ」

「……信用できるか」

 率直な感想を述べると、男は演技っぽく悲しげな表情をした。

 

「懐かしい反応だ、生前も周りからそんな感じに言われてた。

 ……何がいけないのだろう?」

 俺の喉元まで、「その真意の読み解けない胡散臭い態度が原因だろうに」という言葉が出掛かったが、ぐっと飲み込んだ。

 

「……お休み、なさい」

「ええ、お休みなさい」

 何とかその言葉だけを絞り出して、来た道を戻り、あの暗い青色に包まれた広場へと戻った。

 

 

 第43話 その男は致命的な微笑みで

 終わり

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