食料生産管理AI、ソラリネ・ヘルゼルマガツから押し付けられたクッキングバトルに、みごと勝利したモモとアスカ。
報酬として燃料や食料を貰い、ソラリネのサーヴァントから予言まで受け取った。
「脳裏にぱっと見えた二重螺旋、別れゆく道、巡り会う2人、最後には命のどんとこい底力。
あとすごい爆発、ぐわっと開いた後にがーっと聞こえた、しかして舞台は天元を超えてギャラクシー……」
意味はまだ分からないが、ソラリネとタマモキャットに穏やかな空気の中お別れして、モモ達は出発する。
目指すのは、アスカの生まれ故郷であり、階級の高い人間が暮らす『上級都市ピオーネ』。聖杯戦争の謎が分かるかもしれない場所。
胸に一抹の不安を抱きながらも、旅は止まることなく進んでいくのであった。
第46話 真実の星が降る夜は、君と秘密の話をしよう
「モモ、我がマスター、起きてくれ」
自室で眠っていた私を、バーサーカー04が起こす。
「流星群が来ているんだ、すごく綺麗だぞ、一緒に見よう」
性根に似合わず無邪気な声で語りかけてくる彼の提案に、私は乗ることとした。
キルケーが持たせてくれた、保護の力が込められたエメラルドの飾りをパジャマにつけて、のそのそと車外に出る。
「……」
夜特有の、乾いた冷たい空気を、胸いっぱいに吸い込んだ。荒野に生き物や文明の痕跡はない。
「流れ星、どれ?」
「あそこだよ、あの青い星と赤の星の間に……ほら、流れた」
瞬く星空の中で、落ちてくる流星を探す。
バーサーカーは片目しかないというのに、私より先に次々と落ちていく星を見つけては、腕を伸ばして指で軌跡をなぞる。
「……あっ、見えた!」
私は声を上げる。渦巻く星屑の雲の横を、白い線が斜めに走り、すぐに消えてしまった。
「昔の人は、願い事したんだっけ」
「らしいなぁ」
「なにその反応、バーサーカーも昔の人でしょ?」
「俺の時代には無かった風習だからさ」
「……そうなんだ」
「そうだよ」
優しい声で返ってくる言葉。取り留めのない、それゆえに心地よい会話だった。
「……うーんと」
少し冷えた両手をすり合わせてから、指を祈る人のように組んでみた。
「みんなの健康とか、旅がうまくいきますようにとか、願ってみようかな」
絶え間なく降り注ぐ流星を瞳に捉えながら、心の中で祈りの言葉を3回唱える。
「……バーサーカーはやらないの?」
無事終えてから、そんな事を聞いてみた。
「俺、願い事は自分で叶えたいタイプだからさ」
荒野にすっくと立って、整えられていない黒い髪を夜風に揺らしている彼は、焦がれるような眼差しで星を見つめていた。
「……俺、いつもこうして星を見ていたんだ」
「そうなんだ」
「うん」
バーサーカーはそっと言葉を続ける。
「気持ちがざわつく夜は、星の瞬きを見ると落ち着いて眠れたから。
それに、そうしていると大切な人がすごく近くに感じて……ああ、好きだったな」
「好き……」
彼の、『運命の人』。その人の名前を私は知らず。
「……愛、していたんだ。
人間とは違う形でも……例え、その報いが永遠に無くとも私は平気だった」
そこまでの強い愛の感情も、私は知らない。
「だからずっと、死んだ後もこの感情を大切にしていた」
「死んだ後って?」
「……今もってこと」
バーサーカーは切れ長の瞳を細め、小さく私に微笑む。
流星の軌跡が、深い青の空に幾本も刻まれていた。
「……じゃあ誰も、バーサーカーから一番愛されている人にはなれないんだね」
彼を見上げながら私はつぶやいた。
「ああ。誰であろうと、『あの方』以外は、俺の一番にはなれない」
彼の口調に迷いはない。
「お嫁さんも、子どもも……私も、あなたの一番大切な人間にはなれないんだ」
「……ショック、かい?」
「そうだね、ちょっと傷ついた……かも」
星は遠い、けれど瞬くその輝きは不思議と近くに感じた。
「でも、『一番愛している』って嘘つかれるよりは、いいよ。
筋が通っているって、ことだもんね。
それに、私を大切に思っていないってわけじゃないことは、知っているから」
一緒に暮らして10年以上。
バーサーカーが私を大切にしてくれて、心から思ってくれているくらい、ちゃんと分かっている。
だから私は、晴れやかな気持ちで言葉を続けることが出来るのだ。
「一番じゃなくてもいいや。
だって、バーサーカーの心の中には、私への『愛』ってやつがきちんとあるんだもんね」
彼は私を愛してくれている。ただ、ものすごく不器用で、滅多にそれを見せてくれないというだけで。
「……俺、人でなしだな」
「そうだね」
「けれど……本当にしょうがないことに、君が理解を示してくれたのが、俺はとても嬉しいんだ」
バーサーカーが懐から封筒を取り出した。
「いつだか刑部姫に、折り紙や便せんを貰っただろう?
だからその……手紙を、書いていたんだ……君宛てに」
説明をする彼の頬は、星明かりの下でも分かるほど赤く染まっていた。
「口で話そうとすると……うまくいかないし、私、照れてすぐにふざけてしまうから」
いつもと違って、口振りは素朴で、恥じらっているのか体は落ちつきなさそうにそわそわしている。
「何が書いてあるの?」
「俺の全部。一から十まで君へ伝わるよう、書いた」
封が施されている真っ白な封筒を受け取り、なんとなく裏表を見た。
「差出人の名前、書かれていないよ?」
とくに考えもなく彼に言う。
「うわ! 本当だ、俺としたことが……こんなうっかり、昔はしなかったってのに……」
バーサーカーに封筒を渡すと、彼は普段は見せない慌てた態度で受け取った。
「ごめんよモモ。ちゃんと名前を書いてからもう一度渡すよ、約束する」
「……それって、ひょっとして真名?」
「うん、ひょっとしなくても真名。君に言わなくちゃとずっと思っていたから」
彼は封筒を夜空にかざす。
あんなに口が悪いし、冷徹な態度を敵に見せる時もあるというのに、その横顔は夢に焦がれる青年のもの。
その表情は……なんだかすごく、「この人を信じてみたい」という気にさせるのだ。
「今度はちゃんとしてね、バーサーカー」
「ああ。次こそはうまくやるよ」
星の位置が少し変わってきた、流星群を見始めてから一時間くらい経ったのだろうか。
「星空の下で手紙を渡せばいい感じの雰囲気になって、いい感じに話が進むと思っていたが、うまくいかなかったな……」
「打算がたっぷり……」
「打算半分、本気半分、願望一匙だ」
彼は懐に手紙をしっかりとしまい込んで、私に犬歯を見せながら笑いかける。
「長話になってしまったな。
モモ、明日はいよいよ『上級都市ピオーネ』に到着だ、英気を養うためにぐっすり寝てくれ」
「はーい」
彼の言うことを素直に聞いて、デザートランナーの中に戻り、自室の寝台へ横になった。
(……そういえば、バーサーカーは初めて会ったときにどうして、私に「殺して欲しい」と言ったのだろう)
幼い子どもに、彼はなぜそんなことを懇願したのか。
この話題は、何となく両者の間でタブーとなり、私も大きくなるにつれあの時の衝撃を忘れてしまった。
(……なんで、だろう。嫌だな、私、何かとても大きなことを見落としている気がする)
不安で鼓動が早くなる心臓をなだめながら、私は目を閉じた。
夢は、見なかった。
翌日、朝。
「インスタントワンタン麺美味しいね。アスカはどう?」
「はい、この白い麺がつるっともちっとしていて、スープも香り高く美味です」
座標の場所に到着する前。
「上級都市に住んでいた頃のこと、よく覚えていませんから、わたくし、不安ですわ……」
何が起こるか分からないので、全員で贅沢な食事を摂ることにした。
AIソラリネが開発したインスタント麺は、ヌードルとは違った食感と味わいで、心が落ち着かない時でも喉を通る。
「……」
「醤油味で美味しいですね、アーチャー殿」
アーチャーも顎のギアを変形させて、口元を露わにし、中身をゆっくりと食べ進めている。バーサーカーもどことなく上機嫌で、つるつるとワンタンを口に運んでいた。
「怖いこととか、起きませんように……」
食用フィルムで出来た緑のネギを見ながら祈り、茶色の透き通った温かいスープを飲み干した。
食事の後片付けも終わり、私達は車を走らせた。
「ここが『上級都市ピオーネ』……になるのかな、地上には何も……」
廃墟都市から手に入れた座標の地点。
「いや、あるぞ」
バーサーカーが私の発言に言葉をかぶせた。
「えっ? 何も見えないよ?」
「はい、わたくしも何かあるようには見えませんが」
私とアスカは顔を見合わせてから、フロントガラス越しに外を見る。
砂っぽい荒野、雲一つない青空。
「アーチャー殿には見えていますよね?」
「はい」
サーヴァント2体はお互いの認識を確かめ合っている。
「えっと、参考までに聞きたいのだけど、どんな物が2人には見えているの?」
私は彼らに問いかけてみた。アーチャーがヘッドギアをつけた顔をこちらに向けて答える。
「成層圏まで届いていそうな巨大な『樹』、いや、塔と、周りを取り囲む円上の建物が見えます」
「えっ?」
『樹』という単語に聞き覚えがあったが、それ以上に脳を驚かせる事実があった。
成層圏、それは、高さにして地上から12km~50kmの空。
「そんなに大きな物があるのに、私達の目には見えていないの?
それに……影だって地面に落ちていないとおかしい!」
私は疑問を勢いよく口から出す。
「人間には見えず、サーヴァントには見える……なぜだ?」
運転席に座っているバーサーカーは、しきりに首を捻っている。
混乱している状態の車内に、鋭い電子音が響き、その後に声が聞こえてきた。
『……デバイス情報により、優先保護対象、上流階級アスカ・ピオーネと確認。
その他生命体1名、サーヴァント2体も反応を確認しました』
女性の人工音声が言葉を紡ぐ。
「……わたくしのデバイスに反応したのですね」
アスカが自らの手首を黒い瞳でじっと見た。
地下都市出身者ならば、必ず人体に埋め込まれている小さな機械、それが『生体内蔵型デバイス』。
主に生態情報や生存権の残数を管理するのに使われている。これにも、中流、上流階級で違いがあるのだと、前にアスカが教えてくれた。
「感知されたってこと……だよね」
私は思いつめた表情をしている友達に声をかける。
女性のものを模した人工音声は続く。
『こちら上級都市ピオーネ、私達はあなた方を保護する用意があります』
その上から目線とも取れる口振りに、バーサーカーもアーチャーも何か言いたそうだったが、そのまま黙って言葉を聞いていた。
「えっと、保護、を、要請します」
アスカがつっかえながらも返答をする。
『分かりました、保護を開始します、しばらくお待ちください』
私達は、向こうの動きがあるまでの時間を使って話し込む。
運転席から半身だけ振り向いた姿勢のバーサーカーが、まず口火を切った。
「見え方の違う巨大建造物に対する疑問について、今は置いておこう。
俺達の目的は」
「……地球規模で行われている聖杯戦争を止める。
そのための情報を、この上級都市で手に入れる、だったよね」
私の言葉に、バーサーカーが深くうなずく。
「わたくしの親類である叔父様がいらっしゃるはずです。
その方にお会いできれば、様々なことが分かるかと」
「我がマスター、何があろうとあなたの身を守ります」
アスカとアーチャーも言葉を交わす。
『……保護を開始します、その場でお待ちください』
目的の確認がちょうど終わったころ、数百m前方の荒れ地の一部が割れて、大きな四角い穴がぽっかりと口を開けた。
『車両を外部入り口まで進めてください、車両を外部入り口まで進めてください』
繰り返される音声案内に従い、バーサーカーはハンドルとアクセルを操作した。
「ここが、上級都市……」
天井の高い格納庫にたどり着いた。飾り気はなく、特段変わった物も見受けられない。
『降車してください』
人工音声の言うとおりに車外へ出る。
バーサーカーは降りる前にデザートランナーの内部を一回りし、動力室の施錠などを確認していた。
『ルートに従い、進んでください』
目の前に赤い光の線が現れ、それをたどって足を進める。
『洗浄を行います。衣服や装飾品を専用トレイに預け、洗浄室に入ってください。
所有サーヴァントがある場合は、サーヴァントも同様の手順で洗浄してください』
曇ったアクリルガラスで仕切られた個室があり、合成樹脂性の台の上には銀色のトレイが置かれていた。
そこでみんなとは一旦別れ、それぞれシャワーを浴びることに。
(念のためエメラルドのブローチは持っておこう……キルケーが『おまじない』をかけてくれた貴重なものだし。
でもこっちは……)
獣耳のキャスター171から貰った制服とは、ここでお別れになりそうだ。
同じデザインのものを着回しつつ、洗濯して、大切に扱っていたが、ほつれや布の伸びなどが目立ち始めていた。
ローファーも同じく。合皮がへたって底がすり減ってきている。
(今まで私を守ってくれて、ありがとう)
感謝を思いながら痛んだ服をたたみ、靴と共にトレイへ乗せて、エメラルドの飾りだけを持ってシャワー室に入った。
『生存権を提出してください』
「そっちが浴びろって言ってきたのに……従うけどさ」
手首を壁に当て、デバイスから必要な分を支払う。この感覚も何だか久しぶりだ。
シャンプー、リンス、ボディソープで隅々まで洗って、入り口とは別の出口から退室する。
トレイの上に用意されていたタオルで全身を拭き、壁から出る温風で体を乾かし、新しく配給された服に袖を通す。
(デザインおんなじ!)
クリーム色の布地に緑の縁取り、ラインが入った制服。
(……デザイナーAIとか、いないのかな)
疑問を抱きつつ、鏡で全体を確認。
いつも通りのピンクの瞳と、ショートボブからちょっと伸びた髪。
足にも腕にも筋肉がつき、体がぎゅっと引き締まってきている。映画の中の緩急あるグラマラスな美女とは遠いシルエットだ。
胸元の緑のリボンに宝石の飾りを着け、靴をきちんと履いてから外へ出た。
「トバルカイン、遅いですわよ」
明るい広場にアスカとアーチャーが立っていた。
アスカも同じデザインの制服を着て、ややウェーブしている黒の長髪の上には紫の石の飾りが光っていた。
「叔父様、わたくしのこと覚えてくださっているかしら。
ずっと離れていたし、忘れられているかも……」
彼女も私と同じくエメラルドのブローチを胸元につけている。
「マスターが一番最後とは意外な感じだな」
バーサーカーもいる。彼は首を動かし、光が降り注いでくる天井や、樹脂性のつるりとした壁をじっくりと眺めていた。
『しばらくお待ちください、しばらくお待ちください』
再びの音声を何となく聞きながら、私も周辺を見渡す。
プラスチック製の丸い半透明のベンチ。花壇にはガラスファイバーで出来た人工観葉植物が植え込まれていた。
側面の透明な壁の向こう側には、シダ植物を思わせる人工樹木が茂っている。
ぷしゅりと空気が抜ける小さな音がして、壁にあった扉がスライドして開いた。
「……アスカ、大きくなったわねぇ」
「あれ? 叔父様……じゃない?」
広場に入ってきた人物は、茶色の髪をお団子にまとめた40代くらい女性で、袖のある黄土色のドレスを着ていた。
「貴女のお母様のお別れ会以来だから……10年ぶりね」
薄くほうれい線の浮かんだ頬を持ち上げて微笑む彼女。
「エト・ピオーネよ、覚えていない?」
「……ああ! 叔父様の奥さんの」
アスカは思い出せたのか声をあげる。
「夫は亡くなって、だから私が代わりに来たの。不安にさせてしまったかしら」
目の前に現れた彼女、エトは申し訳無さそうに目を伏せる。
「いいえ! そんなことありませんわ、嬉しいです!」
知っている人物だからか、アスカは警戒を解いた。エトは彼女に近づいていく。
「ふふふ、そうやって笑うとお母様そっくりよ」
「そうなのですか? エトおばさま」
2人の微笑ましいやり取り。それをアーチャーはなぜか遠巻きに眺めていた。
「そちらに立っているのは?」
「初めまして、エトさん。モモタ・トバルカインと言います、モモとお呼びください」
「わたくしの……お友達、なのです」
私の自己紹介に、アスカはもじもじとしながら説明を付け足してくれた。
「……ではモモタさんとお呼びするわね、これからしばらくの間よろしくね」
エトさんは私を一瞥だけすると、淡々とした言葉をかけてきた。
「はい、よろしくお願いします」
彼女の態度に、少し気にかかるものがあったが、お世話になる人なので、私は腰を折って素直に頭を下げた。
「サーヴァント、アーチャー0961」
「……エト、お久しぶりです」
「そうね、元気そうでなによりだわ」
彼女はアーチャーにもそっけない態度を取る。
「もう1体はモモタさんのサーヴァントかしら。後で確認しておくわね」
バーサーカーは女性の物言いに一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに表情を人当たりの良い笑みを浮かべたものへ戻した。
「じゃあ私の家に向かいましょうか。ここまで来るのに大変だったでしょうから。
サーヴァントは霊体化してもしなくても、どちらでも良いわよ」
彼女の後ろをついて、私達はとうとう上級都市へ足を踏み入れることになった。
第46話 真実の星が降る夜は、君と秘密の話をしよう
終わり
単語説明
手紙
紙に字を書いて文章とし、誰かに送るもの。自分宛てに書く人もいるとかいないとか。
男は自らが照れも誤魔化しも出来ないよう、手紙をしたためた。
そしてこれは、ある種の呪い逃れでもあった。呪いと運命により名を口に出せぬのなら、いっそ世界にばれぬよう密やかに書き、封をしてしまえばいいのである。