旅の始まりからずっと目指していた場所、『上級都市ピオーネ』に到着するその前夜。
眠っていたモモを起こしたのは、バーサーカー04だった。
「流星群が来ているんだ」と彼らしくもなく無邪気に言われ、モモは冷たい荒野に歩み出た。
流れ星を探しながら、他愛もない話に花を咲かせ、誰にも知られない秘密の時間を分かち合うサーヴァントとマスター。
そんな時間を過ごした後、04は懐から手紙を出す。彼の全部が書かれたというそれを受け取るモモであったが、差出人が記されていないことを指摘する。
04は慌てながらそれを返してもらい、「名前を書いてからもう一度渡す」とモモに約束する。それはつまり、マスターに隠し続けていた真名を明かす、ということだった。
胸の内を明かしあい、モモは自室で眠りにつくが、幼い時のことをふと思い出してしまった。
バーサーカーに初めて会ったあの時、彼は「殺して欲しい」と懇願したのだ。
その理由を知らないことに、大きな見落としをしているような感覚に襲われながら、モモは眠りについたのであった。
次の日、とうとう上級都市ピオーネの座標に到着したモモ達。
そこには何も無く見えたが……サーヴァント2体は成層圏まで届くような巨大建造物があると口にした。だが、モモとアスカには全く見えない。
ひとまずその謎については置いておき、コンタクトしてきた都市AIへ保護を要請し、とうとう一行は上級都市へ足を踏み入れる。
出迎えたのはアスカの叔父……ではなく、その妻、『エト・ピオーネ』であった。
アスカ以外にそっけない態度をとる彼女へ、モモは何か引っ掛かる気持ちになったが、エトの後ろに付き、都市内部に向かうのであった。
「わぁ……」
私は首をきょろきょろと動かしながら、かつて暮らしていた故郷の地下都市を思い出す。
中流階級である自分の住んでいた世界は、オレンジ色の樹脂で多くの物が作られた、飾り気もない画一的な空間だったが。
「綺麗な場所……」
しかし、上級都市*1は何もかもが違う。
「綺麗? やっぱり別の都市から来た人は不思議なことをいうのね」
アスカの親類であるエトが、私の方へ軽く振り返りながら首を傾げた。
こちらを見た彼女に言葉を返す。
「はい、カラフルで、色んな物があって……」
今歩いている廊下と広場の中央は吹き抜けになっており、そこから他の階層を覗くこともできた。白い壁には、様々なパステルカラーで丸模様が無数に描かれている。
目を向ければあちこちにショーウィンドウがあって、人々が品物を外から眺めていた。
白色の道は、行き交う大小の掃除用ロボットにより磨かれ、天井の光を反射するほどピカピカ。
「上級都市の内部はこんな風でしたのね。
わたくし、幼かったから本当に何も覚えていなくて……」
私と同じように、アスカも周りの風景を物珍しそうに見ていた。
そんな彼女の後ろを、アーチャーは従者らしく静かについて来ている。
「へぇ、こんなに違うもんなんだなぁ」
バーサーカーは切れ長の暗い緑の瞳に、人々の営みを映していた。
私も行き交う人々を観察してみる。
身なりも整えられていて、衣服も清潔、顔色もいい。幸せそうで、満ち足りているような印象を受けた。
数分歩き、エレベーターに乗って階層を上がり、居住区へたどり着いた。
廊下の壁は透明で厚いガラス張り。そこから見えた下には公園のような設備が。
ちらりと覗くと、子ども達はカラフルな遊具に登ったり、深さに種類があるプールで泳いだり、犬や猫に似たペットロボットと、人口芝生の上を競い合うように駆け回ったりしていた。
(なんだか楽しそう……)
ガラス壁で隔たれているので声こそ聞こえないが、子どもも、それを見守る親も笑顔で、この幸せを当たり前のように享受していた。
「さぁ、いらっしゃい」
エトさんはある扉の前で立ち止まると、デバイスが埋め込んである手首をかざし、彼女の自室の施錠を解いた。
「少し狭いかもしれないけれど」
彼女の言葉とは裏腹に、玄関から一つなぎになっているリビングは広く、奥の方には書斎のような部屋が見えた。
柔らかい白の光で照らされた空間、木の年輪がプリントされた明るい色のフローリング。
「テーブルについて。昼食にしましょう。
サーヴァントは……ソファーにでも座っていて」
リビングから見えるように設置されたキッチンにエトさんは立ち、タブレットを操作しているのか指先を細かく動かしている。
バーサーカーは指示に従い、一人掛けのふわふわのソファーに難しい顔をしながら腰を掛けたが、アーチャーはその姿を霊体化させて消えてしまった。
「では、お言葉に甘えて……」
言われたとおりに、木目調が施されたテーブル前の椅子に座った。アスカも同じように。
「料理、子ども、大人、兼用、検索……注文」
エトさんが言った単語の後に電子音声がピピッと鳴り、数分もすれば良い香りが漂ってきた。
「オムライス! きっと美味しいはずよ!」
エトさんがテーブルに置いてくれた白のトレイの上には、黄色い半月型の物に、赤いとろっとしたソースをかけられた食べ物が。
これが『オムライス』……映画で見たことはあっても、味は知らない。とても綺麗な食べ物だ。
「みんなで食べましょう?」
「はい、いただきます」
バーサーカー達には悪いと思いつつも、一緒についてきたスプーンで一匙すくい、口の中へ。
赤いソースは甘酸っぱい、黄色は卵でとろりとした食感。そのすぐ下にソースと同じようなもので味付けられた炭水化物の粒があり、アツアツで香ばしい。
「アスカはこれからどうするの? ここに住む?」
「あの、考え中で……」
「そうよね、他の地下都市に保護されるなんて、ただ事ではないもの。
きっと、とてもひどい目に会ってきたのね……」
エトさんは私達の苦労でも想像したのか、茶色の瞳を潤ませた。
「……モモタさんはどうするおつもりかしら? 修学か就労か」
「えっと」
アスカにかけた労りの言葉とは違う、トゲを感じる彼女からの質問に、私は答えを迷う。
まさか本音そのまま、「聖杯戦争を止めたくてこの場所に来ました、知っていることがあれば教えてください」と言うわけにもいかない。
「考え中、です」
「そう、すぐに答えを出す必要はないわ」
私はもやもやした気持ちを抱いたまま、色鮮やかな食用フィルムで出来たサラダをフォークで刺して口に運ぶ。
しゃきっとして美味しい。海の広がるスローネの地下都市で食べた、本物の野菜のことを思い出してしまった。
「……何があったのか、私に教えてくれないかしら」
エトさんの言葉を聞いて、アスカが私を横目でちらっと見る。
「全部話すと長いから、かいつまんで話したらどうかな」
言外に、「本当の目的は話さない方がいいよ」と伝えたつもりだが、彼女は読みとってくれるだろうか。
「そうですわね、全部ではなく、かいつまんで……」
アスカはこくんとうなずいて、私にアイコンタクトを返した。良かった、気持ちが伝わったようだ。
「その、わたくしの住んでいた地下都市で、爆発事件があって……」
食事をしつつ、アスカはこれまでのことを、一部隠したり、脚色しながらエトさんへお話した。
「デザートまで出してくれるだなんて、良い人だね」
「お腹苦しいです……」
食事の後に寝室に案内された。白いシーツがぴんと張られた、巨大なダブルサイズベッドが1つ。
食べ過ぎてしまったので、ごろごろしている。もちろんローファーは脱いで床に揃えてある。
そんな私達を、サーヴァントの2体は半分呆れ顔で見ていた。
サイドには引き出し付きのチェスト、それ以外も部屋には鏡などの身だしなみを調える道具もある。
さながら、映画に出てくる高級ホテルのようだ。
「ちょっとお昼寝しない?」
「それも良いかもしれませんわね」
手で髪を
「髪留め、大切にしてるよね」
「ええ、とっても大事な物ですから」
手の平に輝くそれを乗せて、私より白い人差し指で紫の石の表面を撫でた。
「お母様の形見なのです。我が家に代々伝わる家宝、なのだとか」
初めて聞いた真実に、私は言葉を詰まらせてしまう。
「これより大切なのは……わたくしのアーチャー、でしょうか」
そんな私の感情が伝わってしまったのか、聡明な彼女はわざとらしくおどけてみせた。
「アスカちゃん! 私、私は?!」
「……10番目?」
「思ったより低かった!」
「誰かの愛情の一番になりたいだなんて、おこがましいですわよ」
彼女は頬をピンクに染めながら、くすくすと楽しそうに笑う。
「……モモタさーん! ちょっと来てー!」
「はーい」
ベッドから起き上がり、よれていたスカートのプリーツを整えた。ローファーを履き直して、ちゃんと立つ。
「ちょっと行ってくるね」
「はい、待ってます」
小さく手を振るアスカへ同じ動作を返して、寝室から出た。
「バーサーカーも来るんだよ!」
「……ああ」
ふざけた声で彼に話しかけるが、反応は
「なんでしょう、エトさん」
はきはきと私は喋りながら、リビングに足を進めた。
「──あなたがモモタ・トバルカインですね」
立っていたのは、紺色が主体の可愛らしい制服に身を包んだ、金の髪を後頭部で大きな緩めの三つ編みにした女性。
背丈は約165cm、私が166cmだから目線の高さは同じくらいか。
「自己紹介します。
私の個体名はアイン・ピースフル・エーテルウェル。人類を応援し、都市の安全を管理するAIの一種です」
20代前半くらいの年頃に見える、金髪碧眼の顔立ち整った彼女は、その瞳に私を無感情に映しながら告げた。
「アインは来訪理由を述べます。
家主の通報を受け、あなたを『世界反逆罪』で逮捕しに来ました。大人しく同行してください」
……指先が冷える、実感があった。
「……」
バーサーカーは刀を抜いてから一瞬で距離を詰め、アインと名乗ったAIの首筋に真っ向から刃を当てた。
窓にかけられた白の薄いカーテンが揺れる。
AIは虚ろな瞳で前を見たまま、自らの後ろに立っていたエトさんに黒い銃を正確に向けた。
淡々としたAIの声が、部屋の中に冷たく響く。
「アインはサーヴァントの行動について、無意味さを説きます。
アインの本体はここにはありません。このボディを壊しても構いませんが、その瞬間にアインはエト・ピオーネへ発砲し、確実に殺害します。
世界秩序に寄与した善良な一般市民を、逃亡を含む自己保身のために殺してもいいのでしたら、破壊行動を実行してください、サーヴァント」
抑揚のない、文章をただ読み上げているかのような彼女の口調。
「……バーサーカー」
私は彼の名を呼び、刃を下ろさせた。
アインも腕を下ろし、銃口の先を床に変更する。
「モモタ・トバルカイン、同行してくださいますね?」
私は苦々しさを感じて唇を噛む。
(サーヴァントを使えば逃げられるかもしれない、けど……)
今のAIの行動を思い起こす。アインは私の確保のために、エトさんに武器を向けた……何の躊躇も見せずに。
(逃げようとした場合、もっとひどい手段を使ってくる可能性だってある)
例えば、アスカを人質に、いや、何の関係もない市民を連れてきて、巻き込むかもしれない。
「同行してもいい。けど、逮捕の後、私をどうするつもりですか」
「アインは質問に答えます。
あなたには罪に対応した労働が科せられます。なお、内容、年数については本人にしか開示されません」
寝室の扉が開く音が後ろから聞こえた。
「……罰金を、わたくしが払います。いくら積めば刑罰が取り消せますか」
「アスカ・ピオーネ」
重たげな声で会話に割って入ってきた少女の名前を、AIは無機質に呼ぶ。
「わたくしの持っている生存権、300年分を支払います」
前のめりに姿勢を崩し、顔を青ざめさせ、手の内で紫の髪留めを握りしめているアスカ。
「アインは答えます。
『世界反逆罪』について、本人以外からの生存権での支払いは原則認められていません」
「……400年」
「原則認められていません」
「……530年、持ち合わせ全部出します!」
「アインは警告します。どれだけ貴重な物を積まれようと、あなたと取引を行うつもりはありません」
取り付く島もなく、彼女は無慈悲な言葉を続ける。
「アインはアスカ・ピオーネに嫌みを言います。
持ち合わせ全部と言うことは、そちらのサーヴァント、アーチャーも提出してくださると?
しかし先ほどの発言と照らし合わせると、生存権の計算が合いません。
……あなたまさか、モモタ・トバルカインもアーチャー961も損なわずにこの場を乗り切ろうと、甘い展望を抱いていたのですか?」
「それは……!」
うろたえるアスカ。私は見ていられなくて声を張り上げた。
「ひどいことをアスカに言わないで!」
「……アインは自らの設定を開示します。アインは真面目で口が悪いのです」
彼女は相変わらず無表情のまま、虚ろな瞳で正面だけを見ている。
「同行命令を提示してから300秒以上が経過しました。
モモタ・トバルカイン、大人しく同行してくださいますね」
冷徹で不気味なAI相手には、時間稼ぎも出来ないらしい。
「……同行します」
「モモ! 駄目です! 何をされるか分からないのに!」
アスカは悲痛な声でそう言ってから、アインなるAIが来てからずっと黙っているエトさんへ目線を移す。
「エトおばさま、どうして、こんな、通報なんて……」
責める響きを持った言葉を聞いた彼女は、下を向いたまま、ぶるぶると肩を震わせながら声を絞り出した。
「……貴女のお母様が悪いのよ、アスカ」
そう言ってから上げられた顔。頬には、涙が伝っていた。
「貴女のお母様が、私を一番に愛してくれたなら、こんなことにならなかったのに」
真っ赤に充血した瞳を見開きながら声を振り絞ると、彼女は沈黙した。
「マスターアスカ、落ち着いて」
バーサーカーが彼女をなだめる。
「別に取って食われる訳じゃないんだ、俺もマスターも」
「でも、突然すぎます、なんでこんなことに、何をされるのかも……」
アスカは無理をしていたのか、腰が抜けて、フローリングにぺたりと座り込んでしまった。
そんな彼女へ、彼に続いて私も声をかける。
「大丈夫だって。すぐ帰ってこれるよ、心配しないで」
安心させるため、なんてことないように、今にも泣き出しそうな友達へ微笑みかけた。
「待っていて。必ず戻ってくるから」
強がりを見せながら気持ちを伝え……私はアインについて行くことにした。
「アーチャー殿、またいつか、バーチャル碁を打ちましょうね」
バーサーカーも軽い調子で彼に声をかけ、手を振って一時の別れを告げた。
第47話 上級都市ピオーネ
終わり
兵器の開発、製造、所有が唯一許されている。