フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 生まれて初めて足を踏み入れる上級都市の景色に、思わず見蕩れてしまうモモとアスカ。
 全て美しく管理され、暮らす人々は幸せそうで、とても満ち足りている様子だった。
 
 モモ達はアスカの叔母であるエト・ピオーネの家へ招かれ、昼食を振舞われる。
 だが、エトはアスカ以外の存在には不躾な態度を見せた。

 食後、案内された寝室で休憩をとるモモ達。髪留めをおもむろに外したアスカは、それの由来を語り始める。「お母様の形見なのです。我が家に代々伝わる家宝」だと。
 友達らしく、他愛もない話に花を咲かせていた2人だったが、エトが突然にモモだけを呼んだ。
 モモはバーサーカー04を伴い、リビングへ向かう。

 部屋の中に立っていたのは、制服を身に着けた少女型アンドロイド。
 彼女は自らを「アイン・ピースフル・エーテルウェル」と名乗り、AIであることを明かすと、モモを世界反逆罪で逮捕しに来たのだと告げた。

 04がアインのアンドロイドボディに武器を突き付けるが、彼女はそれの返答としてエトへ銃を向けた。
 殺意と悪意が混ざるリビングに、決死の覚悟で入ってきたのはアスカ。
 モモを自由とするため、自らの生存権を全て支払うという彼女の取引は、アインにことごとく否定される。
 
 モモは友と、エト、そして上級都市の安全を守るためにもアインに逮捕されることを受け入れた。そして皆へ別れの言葉を短く告げて、突如現れたAIアインの手により連行されていくのであった……。


第48話 その破滅は女の形をしていた

 

 

「アインはあなたを連行します。

 サーヴァントを使っての逃亡など考えもしないように。

 分かりましたか? モモタ・トバルカイン」

 前を歩く彼女の、金の髪で出来た大きな三つ編みが揺れている。

 私はそれを目に映しながら、左手で令呪浮かぶ右手の甲を覆った。

 

(──怖い)

 旅の中で見たものを、どうしても思い出してしまう。

 サーヴァントを令呪で無理矢理縛り付け、他のサーヴァントは機械に改造していた、あの冷徹なAIを。

 レジスタンス活動をしていた都市が、兵器で焼き尽くされて滅ぼされたという過去の事実を。

 

(けど、勝手な想像で怯えてはいけないんだ。優しいAIだっていることを、私は知っている……)

 タマモキャットと穏やかに話していた、ソラリネ・ヘルゼルマガツのことを思い出す。少女の姿をとった、あの元気なAI。

 

(相手がAIというだけで、先入観を抱いちゃ駄目。

 だって私はまだ何もされていないのだから)

 これから先の事を思いながら暗い表情で歩いている私を、すれ違う上級都市の人々は見向きもしない。

 ……それもそうだろう。彼らはそんなこと気にならないほど、満たされているのだから。

 

「デザートランナーはどうなるんだ?」

 バーサーカーが彼女に聞く。

 

「アインはサーヴァントと会話をします。

 デザートランナーは元々ピオーネ財団のものです。

 あなた方にどんな罪科が発生しようと、取り上げたりなどしません」

「……エト・ピオーネと取引でもしたか。

 例えば、通報の対価に生存権を報酬として支払うとか」

「アインはその考えを笑い飛ばします。

 他のAIのことは知りませんが、アインは賄賂も裏取引も行いません、タックスヘイブンも嫌いです」

 エトさんに案内されて辿ってきた順路を、今度は逆に。

 ショーウィンドウが輝く、パステルカラーで彩られた通路を歩き……初めて見る場所、そこにあったエレベーターの中へ入るようAIに指示された。

 

「……どこに連れて行くつもりなんですか?」

「アインは細部を説明します。

 都市外部、地上と『樹』の周辺にある労働地区へ連行します。

 あなたと同じく罪を犯した者もいれば、生きるために勤勉に働いている中流、下流階級の人間もそこにはいます」

 AIが階層を設定するパネルを操作すると、隠されていた階層を示すボタンが浮かび上がってきた。精巧な作りの白指(しらゆび)がそれに触れる。

 

(『樹』……サーヴァントだけに見えたあの大きな建造物か。

 もしかして、人間の目には見えないよう不思議な力で細工でもされているのかな)

 エレベーターの箱の中でがたがた揺さぶられながら、私は顔を下に向けて考えを巡らせる。

 

「ここから外部連絡通路に出ます」

 アインの声に従い外へ出ると、金網で出来た廊下があり、地上が数百mほど下に見えた。

 風が吹き抜け、きしきしと接続部が鳴いている。

 同じような作りの連絡通路とリニアのレールが、いましがた出てきた上級都市から何本も伸びていた。

 

「専用のリニアモーターカーに搭乗してください」

 強化プラスチック製のリニアへ。

 座席に座ると、内部から青い空が綺麗に見えて、焦がれるような荒涼感が胸に湧いた。

 

 

 

「……何も、見えないのだけど」

 私は車内から呟く。

 到着した場所に先などなく、青い空と大地の狭間が広がっているばかりで、アインが語った労働地区などありはしなかった。

 

「ああ、アインはうっかりしていました。今からあなたのデバイスに働きかけます」

「デバイスに?」

「はい。世界の本当の姿を見せてあげましょう、と、アインは得意気に宣言します」

 彼女の声の後、視界が一瞬真っ白になり、私は姿勢を崩して膝をリニアの床につけてしまった。

 頭を振りながら立ち上がる。

 すると、前には。

 

「なに、これ……」

 ──成層圏まで届くほどの、巨大な塔、その下部にドーナツ状にへばりついている建物。

 アーチャー961がデザートランナー内で語っていたとおりのものが、私の視界に広がっていた。

 リニアの開いた扉から砂塵混じりの風が吹き込んで、スカートを下からぶわっと膨らませる。

 

「通常、成人前の市民は、生体内蔵デバイスによって視覚を電子制御され、見ることは出来ません」

 アインが塔を指差す。

 

「ご説明します。あれこそ人類救済のために、リリス様が世界へ13と突き立てた塔……今は4つしか現存していませんが」

 彼女は讃える言葉を感情のせることなく紡ぐ。

 

「地球外へ繋がる軌道エレベーターであり、新たな世界に旅立つための準備なのです」

 ……理解が追いつかない。

 デバイスが人間の感覚を操作していた? 成層圏にまで到達している塔が4本もある? 

 

(まさか『あれ』が、キャスター171が予言で言っていた、『星海に幹かける4本の樹』……なの?)

 そしてあの『樹』は軌道エレベーターで、人類を救うための物で……。

 

「アインはあなたを案内します、こちらへどうぞ」

 いつまでも混乱してはいられない。

 リニアから足を踏み出すと、金属製の廊下が確かに足元にあることや、遠くにも建物があることを実感できた。

 

「マスター」

「なに、バーサーカー」

「……焦るなよ」

「う、うん」

 側で控えてくれている彼の暗い緑の瞳を見ると、混乱でざわつく胸が少し落ち着いた。

 深呼吸してから廊下を歩き、ドーナツ状の建物に入る。

 

「う……」

 信じられない光景が内部に広がっていた。

 廊下の両側には広大な空間があり、オレンジの光源の下、何千という椅子が設置されていた。

 そこへ座らされている人々は、年齢も性別も様々で、頭をすっぽりと覆うヘルメットを被っていた。

 

「……労働、ですよね」

「アインはその通りだとあなたを誉めます」

 眼下の光景を見つめている私に、AIは説明をする。

 

「2種類の労働の内、頭脳労働と呼ばれるものです。

 1日10時間、ランダムに選出される問題を解き続けます。そして報酬として生存権が配給されます」

「……学校で勉強していたから、知ってはいた」

 いつか大人になったら、こうやって椅子に座って……延々と知識を搾り取られ続けるのだと。

 

「そしてこの頭脳労働は、発生したばかりのAIの成長のために行われています。

 人間が食物を摂取し、その体を育てるように……我らは人間との知的コミュニケーションをもって成熟するのです」

「それが、あなた達が人類を保護している理由なの」

「否定します。そんなかつての家畜のような理由ではありません」

 オレンジの光が彼女の緑の瞳を照らした。

 

「ですが、あなたに与えられるのは頭脳労働ではなく。こちらへ」

 私は彼女についていく。

 バーサーカーは下の空間に詰め込まれている人間を無感情な瞳でちらりと見てから、歩みを進めた。

 

「単純労働をしていただきます、下流階級や他の罪人と同じように」

 隔壁につけられた扉へ入ると、雰囲気はがらりと変わった。

 オレンジから白に光源は交換され、機械のきしむ音や、人間の雑多な声、油の匂いがする。

 

「では、あなたのサーヴァントを預からせていただきます……提出してくださいますか?」

 私は不安でたまらなくなり、バーサーカーを見上げた。

 目があった彼は、左半分しか見えない唇を固く結び、至極真面目な表情をしていた。

 

「……何かあったら令呪を使え」

「うん、分かった」

 短いやりとりを終えると、バーサーカーはアインの横へ移動する。

 

「バーサーカー0004、あなたにはお誘いの手紙が」

 AIは便箋を指先に挟んでひらりと取り出した。白い紙には、真っ赤な封蝋が押されている。

 

「香も焚きしめてあるな……ずいぶんと凝っている、雅な様式だ」

 彼はそれを受け取り、裏表をくるくると返して観察した。

 

「単純労働で配給される生存権、その余剰分が罪の償いに当てられます。

 世界に対する反逆という罪を許される日が来ましたら、またお会いしましょう。

 そしてアインは、ここから先は労働区長に任せますと言い残します」

「……分かりました」

 バーサーカーは暗い緑の瞳をじっと私に向けた。ちょっとだけ心配がにじんでいる眼差し。

彼に向かって私は「大丈夫だよ」と、音を出さず口だけをぱくぱく動かした。

 

「あー、あんたがモモタとかなんとかか」

 別れを惜しむ暇もなく、廊下の奥から30代くらいの男性が歩いてきた。

 中肉中背で、グレーの作業着を着ている。

 

「はい、そうです」

「じゃあこっち来て」

 私は自らのサーヴァントの姿を目に焼き付けてから、背を向けて歩く男性へ付いていった。

 

 

「これに着替えてな。あと持ち物全部没収だから」

「……はい」

 コンクリート打ちっぱなしの部屋に案内され、ビニール袋に包まれた灰色の作業着を受け取る。

 男性が外で待っているので、クリーム色と緑の綺麗な制服を急いで脱ぎ、長袖ズボンの服に着替える。

 

(私、本当にこれから罰を受けるんだ……)

 エメラルドの飾りだけはどうしても取られたくなくて、悩んだあげく、昔見た映画みたいにズボンの内ポケットへ隠した。

 

「じゃあ、移動するから」

 待機していた男性に案内され、階段を下り、上級都市と比べ色の無い労働地区を歩いていく。

 

「心配しなくてもいいよ。俺はあんたが何で送られてきたとか分からないから。

 知ってたとしても……言いふらしたりなんてすれば、生存権が没収されちまうし」

 換気扇が回るような音が遠くから聞こえてくる。少し埃っぽく感じて、私は咳き込んだ。

 

「作業止めー! 新入り来たからー!」

 天井から蛍光灯が何本もぶら下げられている場所に出た。

 アインに「労働地区長」と呼ばれていた男性は、メガホンを手に持って全体に呼びかける。

 それに応じ、今着ている作業着と同じ物を着た男性や女性が集まってきた。

 髪型は事故防止のためか、男女ともに短く刈り揃えられている。

 

「C45さんだ、みんな仲良くするように」

 労働地区長の言葉に、やる気のなさそうな返事がばらばらと返された。

 

「あの、私、名前……」

「気にしない気にしない、そんなのこの場所では何の意味もないから。さっさと忘れてね」

 私を気にもとめず、労働地区長は手をひらひらと動かす。

 

「C45さん、今日はそんなに難しくない作業から任せるから」

 私は腕を引っ張られるように、ベルトコンベアの前に立たされた。

 

「缶詰めが流れてくるから、それを6個ずつ手前の箱に詰めて。

 入れられたら、後ろの別のコンベアに箱を流して、足下にある次の空箱を手前の台に乗せてまた缶詰を詰める」

 急な説明に対し、私はうなずくことだけで精一杯だった。

 

「分かった?」

「……はい」

「分かんないことはあそこに立ってるN10に聞いて。じゃあ、作業再開ー」

 私の意志など関係なく事態が進んでいく。

 

「よろしくね!」

 N10と呼ばれた、私と背の高さはそう変わらない、20代ほどに見える短い赤毛の活発そうな女性が、白い歯を見せながら笑顔で挨拶してくれた。

 ……それから5時間。私はひたすら中身の分からない丸い缶詰を箱に詰め続けた。

 

 

「お仕事終わった~。ねぇC45ちゃん、夜ご飯食べに行こうよ」

「う、うん」

 中途半端な姿勢を取っていたため、痛む腰をさすっていたら、N10に声をかけられた。

 どうやら結構気さくな人物のようだ。

 

「どけどけー! N10のお通りだーい!」

 両腕をぶんぶん振りながら歩く彼女の、後ろをおっかなびっくり付いていく私。

 労働を終え、疲れた顔をぶら下げた人々は、廊下をのろのろと進んでいた。

 その先にあったのは、長机がいくつも置かれた簡易な食堂。

 

「ここで2人分の席を取ってて。私がご飯持ってくるから」

 背もたれの無い鉄パイプ製の丸椅子に腰を下ろし、彼女を待つ。

 

「……新入りだって」

「女か……」

「でもN10と一緒にいた、あれじゃあ手だせない」

 ……噂話が至る所から聞こえて、周りのねぶるような視線も嫌だった。

 

「お待たせ! 熱いうちにどうぞ!」

「N10さん、ありがとう……」

 四角いワンプレートを受け取る。

 仕切りの中には、弾力のありそうなタンパク質ブロック、黄色いお粥のようなみずっぽいものと、栄養錠剤らしき数粒、小型の丸パンが置かれていた。

 

「いただきま~す!」

「いただきます」

 明日も頑張るため、スプーンを使って黙々と食べる。そんな私の姿を、舐めるように見る他の人間達。目はぎょろりと飛び出て見えて、まるで飢えた獣みたいで。

 こんな状況で味わうなんて……出来るけれども。

 パンはぼそぼそで、美味しいものだとは思えなかった。

 

「地区長から聞いてるよ、アタシと相部屋だって! いこいこ!」

 プレートを洗浄槽へ投げ入れると、彼女に手を引かれて部屋へと案内された。

 

「……よし、と」

 入るなり、N10は内開きの扉の前にベッドを移動させて、外から簡単には開けられないようにしてしまった。

 

「あの、何を……」

「安全の為ね、新入りは特に目を付けられやすいから」

 窓はなく、ただ通気穴だけが壁に設置された狭い灰色の部屋。

 ベッドは、今移動させられた物を含め、人間が寝られる最低限の大きさの物が2つ。

 

「さてさて、ようこそ労働地区へ。

 次の新入りが来るまで、アンタが一番下扱いを受けるから、数ヶ月はしんどいよ」

 私の安全を確保してくれた彼女は、寝台の上にあぐらをかいて、でんと構えながらそう言った。

 

「新入り来るといつもそうなんだけど、みんな意地悪するんだよね。

 ご飯こぼすように足引っ掛けたり、わざと変な物を作業コンベアに流したり。

 しばらくはアタシが守ってあげるから、頑張って」

「あの、ありがとうございます……」

 私は彼女へお礼を言う。

 今日初めて出会ったばかりだというのに、とても親切にしてくれていると感じたからだ。

 作業中も、食事の時も、私のことを気にかけてくれていた。

 

「いいよいいよ、ただし、条件有り」

「どんなものですか?」

 彼女は靴下を脱いだ素足の親指で、シーツをこねながら言う。

 

「……『外』の話をしてよ。

 アタシ、下流階級だから、この労働地区から出たことないの、知りたいの」

「……喜んで」

 ベッドの上、秘密のおしゃべり会が始まった。

 

 

「へー!! 外の空って青くなったり赤くなったりするのか! 

 黒くもなって、上にぴかぴか光る物が出てくるんだ! 工場にある灯りとは違う? もっと高い場所にある?!」

 20歳くらいの彼女、N10さんは私の話に目を輝かせながら聞いてくれる。

 

「青いってどんな色だろ? アタシ見たことあるかなー? ないかなー?」

 年齢よりもずっと無邪気な反応で、何を話しても喜んでくれた。

 

「あと……名前、だっけ? 

 モモタ・トバルカインかぁ……かっこいいな、アタシも考えちゃおうかな……!」

 笑ったり悩んだり、自慢げにしたり、表情がめまぐるしく変わる。

 前に出会った赤いセイバーや刑部姫をちょっと思い出した。

 

「ねぇモモちゃん、アタシの名前! 考えてみてよ!」

「ええ?!」

「N10より強そうなやつ!」

「うーんと」

 完全に無から考えるのは難しいから、もじるところから発想してみる。

 N、10、エヌテン、ダメだダサい。ネーミングセンス無し()であるバーサーカー04じゃあるまいし……。

 

「ナ……」

「な?!」

「ナットさん、とかどうでしょう?」

 Nはローマ字読みでナとも言われていたり……10は、日本語で「とう」と呼ばれていたり……するから。

 

「ナットか、強そうでいいな!」

 彼女は満面の笑みを浮かべて天上に拳を突き上げた。

 

「アタシがますます強くなっちゃうな、ただでさえみんなから一目置く置かれているのに」

「どうしてです?」

「単純な理由、アタシが一番昔から居るから! 

 生まれてこの方労働地区育ちだもん!」

「……生まれて?」

「うん、5歳の頃にはもうここにいたよ、軽い作業やってた」

「……外に出たいって、思ったことありませんか」

 私は目を伏せながら彼女に聞いてみる。

 

「あるよ! だって知らないことばっかりなんだもん! 

 新入りから話を聞く度にワクワクする! でも……」

 彼女はあぐらのまま前と後ろに揺れながら、寂しそうな表情を見せた。

 

「ここでいいや。

 だって、ご飯も食べれるし、服だってあるし、疲れたら眠れるし、シャワーも浴びれる。

 ここにいれば、生存権が稼げなくなるまでは確実に生きることが出来る。

 ……外に出るなんて、夢のままでいいよ」

 自らの暗い気持ちを短く吐き出した後、彼女はぱっと顔を明るくさせた。

 

「変な感じになってごめんね。

 アンタの話、面白いよ! 前の新入りよりいっぱい話してくれるし、かっこいい名前についても教えてくれたし」

「その……『前の新入り』という人は、今どこへ?」

「頭が良すぎたから頭脳労働の方に連れて行かれた。それから会ってないよ」

 彼女はあぐらを組み直す。

 

「外から来た新入りは、アタシみたいな強い奴が守ってやらないと、すぐ駄目になちゃうんだ。

 いじめられて、それが原因でおかしくなって暴れたりする。

 そうすると、都市運営をしてるAIの命令で上からロボットがいっぱいやってきて、連れてかれるんだ。

 たぶん、重労働であるリソースセンター行きなんだろうなとは思うけど」

「リソース……センター?」

 私は首をかしげる。どこかで聞いたような単語だったからだ。

 

「でもおかしいんだよな。

 時々リソースセンターに、人手が足りないからヘルプに行くんだけど、働いてる奴の中に連れていかれた新入りの顔とかはなくて」

 ナットさんが話している途中で、天井からぶら下げられた丸い照明が点滅を繰り返し始めた。

 

「あっ消灯の合図だ、もう寝ないと」

「でも、眠れる……かな」

「大丈夫大丈夫、脳みそがピピッとなったら、すぐ眠くなっちゃうから」

 彼女は大きなあくびをする。

 

「お休みー」

「お休みなさい」

 ……こうして、上級都市に来てからの1日は、希望の見えない労働地区で終わった。

 

 

 第48話 その破滅は女の形をしていた

 終わり




 単語説明


 労働地区
 生存権を得るために、人間が働いているエリア。
 成人した地下都市市民は、上流階級でも無い限り、生きる権利を得るために働くこととなる。

 中流階級がAIの相手をする思考労働と、下流階級や犯罪者が行う単純労働の2種類がある。
 10時間以上の労働と拘束が日常になっており、その対価として生存権が支払われている。

 下流階級は10~30年程度の生存権しか持っていないため、ほとんどが労働地区に住み込みで働き、その生涯を終える。


 階級
 下流・中流・上流の3種類が存在する。
 生まれた時から決まっており、その振り分け基準は不明。
 なので、市民達の間では『持っている生存権の量で区別されている』と考えられている。
 モモタは中流階級。アスカは上流階級。
 

 上流階級
 多くの『生存権』と学習の機会、娯楽が与えられている人間。
 主に上級都市に住み、一般都市に住んでいるアスカなどはかなり珍しい分類に入る。
 居住スペースは1人1部屋与えられており、サーヴァントの所有が認められている。


 中流階級
 60年程の『生存権』と学習の機会、少量の娯楽が与えられ、頭脳労働を課せられている人間。
 主に一般都市に住んでいる。居住スペースは1人1部屋与えられている。
 サーヴァントの所有が認められている。


 下流階級
 10~30年程の『生存権』と、単純労働を課せられている人間。
 居住スペースは家族や他人と共同である。
 サーヴァントの所有は認められていない。


 星海に幹かける4本の樹
 キャスター171の予言、キルケーの占いに出てきた単語。星を追っていけば、いずれたどり着くという。
 詳細不明。
 ↓
 軌道エレベーター
 獣の耳を持ったキャスター171の予言、キルケーの占いに現れた謎の存在、その正体。
 成層圏まで届く巨大軌道エレベーターであり、かつては世界に13本建っていたが、レジスタンスなどが行った爆破工作により、現存しているのは4本のみ。
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