モモの前に現れたのは、400年前に人類を救ったという伝説の女神、リリスだった。
やけにフレンドリーな態度を見せる女神に困惑しつつも、モモとバーサーカー04(依然として簀巻き状態)は美しい庭園の席へ座る。それを、白の仮面で顔を隠した謎めいたリリスの従者が見つめていた。
女神は客人に振舞うお茶を手ずから用意すると、世界がなぜこうなってしまったかについて勝手に語り始めた。
自らが人類を救うために造られた人造女神であるということ、世界が滅びた大戦の理由、液体リソースのおぞましい正体、女神の作った発明の数々……。
──モモが女神と同じ技術で造られた人ならざる存在であり、16歳までしか生きられないということを。
思わぬ真実を聞いて苦しみながらも、モモは女神に問う。
「貴女が人類の庇護者だと言うのなら、なぜそんな悲劇が起こることを許したのですか」と。
女神は、バーサーカー04が地下実験施設で見つけ出した白い本を取り出した。
04に解読させたと彼女は言い、それを『S文書』と呼んだ。そして、この本には『世界を救う方法』が記されていると。
次から次へと明らかになる事実に動揺を隠せないモモへ、女神は誘うように告げた。
「私と終わりの無い旅に出よう」
「駄目になってしまった地球を捨てて、人類と共に外宇宙へ旅立とう」
「理解者になってくれるのなら、君の体も治してあげよう」
『S文書』に記されている『世界を救う方法』さえ教えようと言う女神に対し、モモは考えに考えた言葉をぶつけた。
「──貴女の賛同者にはなれません。
人間やサーヴァントの命や心を、物みたいに扱って、苦しめることを良しとしている、貴女の賛同者には」
「……例え死ぬことになったとしても、私は貴女から何も受け取りたくはない」
「その方法があるのだとしたら、自分と仲間達で見つけてみせる。
貴女からは、絶対に教えて欲しくない」
この言葉を聞いてもなお完璧な態度を崩さない女神へ、ずっと黙っていたバーサーカー04は口を開く。
「お前、モモが頷いたとしても、世界を救う方法を教えようなんて思っていなかっただろ」
「人類のことも、救おうだなんてこれっぽっちも思っていない」
「……誰に召喚されてもお前は変わらないね、本当に悲しいよ」
まるで彼を知っているかのようなことを呟くと、女神リリスは従者へ命じて『S文章』を燃やし、白い剣を手に取った。
「君、ここで死にたまえよ」
──女神は玉の如き双眸を輝かせると、モモ達の殺害を宣言した。
「やぁ!!」
慈愛ある神のような見た目からは、想像もつかない勇ましい声と共に、座っている私の胴へ、リリスの白の剣先が突き刺さろうとするが。
「──令呪をもって、我がサーヴァントに命ずる。
私と共に戦って! バーサーカー!」
魂からの叫びに呼応して、彼の自由を奪っていた縄が千切れ飛んだ。
「──良いだろう、俺は君の暴力装置、感情の代弁者……そして、サーヴァントだ!」
内より輝く彼の瞳の色は、風を受けてそよぐ明るい緑の草原を思わせた。
バーサーカーは私へ手を伸ばすと、首根っこをぐいっと掴み、椅子から無理やり持ち上げて、リリスの攻撃から避けさせてくれた。
「この場所は狭い、移動するぞ」
彼は私を片腕に抱えて走り、庭園の入り口を抜け出て、人工の滝に囲まれた、天井が高い通路へと移動する。
遠目に見える美しい庭は、白紙の本から広がる火に包まれて、じりじりと焼け落ちていこうとしていた。
「ああ、そう簡単に殺されてはくれないのか……モモ」
白い手に白い剣を携えた女神が、私達を追って庭園の入り口に立っていた。
そのかたわらには、白の仮面で顔を隠した従者が。
「ここから逃げる。そして、アスカ、アーチャーと合流する」
私はバーサーカーに地面へそっと降ろされながら、方針を確認する。
(リリスのテリトリーで戦うのは無謀、私とバーサーカーだけでは勝てない)
そう判断したからだ。
「……逃げられないさ、この世界の全ては、女神たる私のものなのだから」
神を自称する彼女の体から、透明な圧のあるオーラが、空間を歪ませんとばかりに湧き始めていた。
何かの前触れなのか、肌がぞくりとする。
「撤退戦だな、了承した。指示と援護を頼んだぞ、我がマスター」
バーサーカーは黒い持ち手の、波紋と反りが入った日本刀を右手で構え、目の前の敵を見据えていた。
鏡のごとき刃に、彼の静かな殺気に満ちた緑の瞳が映る。
(令呪は、残り1角)
右の手の甲にある、時計のような形の赤い令呪を見る。
随分と前、機械化サーヴァントにねじ込まれたバーサーカーを助けるために1角使った。
そして今使用したので……模様は短針だけになっている。
「足手まといのお嬢さんを守りながら、どこまで戦える……かなっ!!」
声を荒げながら、羽もないのに通路を真っ直ぐ高速で飛んできたリリスを、止めるためにバーサーカーは前へ跳躍した。
白い滑らかな剣と黒い無骨な刀がぶつかり合い、通路の手すりが衝撃で震える。
「ふふっ、弱いなぁ、君のサーヴァントは……!」
戦闘に巻き込まれないようじりじりと後退している私を、女神は一瞥した。
「……お前の敵は俺だぞ、人造女神」
バーサーカーは刀で彼女の体を押そうとしたが、リリスは剣を斜めにすることでそれから逃れた。
「バーサーカー04!」
女神はその場で姿勢を低くし回ると、サーヴァントの胴体を勢いつけて両断しようとする。
「……っ、リリス!」
身を守るため04は躊躇無く手を捨てた。
つまり、攻撃の勢いを止めるため、左腕を剣に向かって突き出したのだ。
「ははっ……!」
笑った声は04のもの。
手の平を白い素材が貫通し、肉と骨が花弁のように外側へ咲く。
リリスは眉間に険しいシワを刻みながら剣を引き抜こうとするが、盛り上がる肉に武器は埋もれ、絡め取られていく。
「面白いだろう、こういうことも出来るんだぜ?」
バーサーカーの声には痛みの感情は込められておらず、ひどく淡々としていた。
自分に近接しているリリスの胴体を、彼は全力で蹴り上げる。
女神の体が数m浮いた。それ目掛けて、バーサーカーは日本刀を無事な右手でぶん投げる……が。
「そんな雑な戦法で……神を傷つけられると思うな!」
まるで背中に翼でもあるかのように、リリスはごく自然に宙で体制を直した。
刀は逸れて、陽光を和らげている
(……この通路は一本道、後ろに下がり続けていれば、出口へはたどり着ける、けど)
戦闘の様子は気になるが、その気持ちを諫めて、首だけ動かし一瞬だけ後方を見た。
300mほど後ろに、自分が乗ってきた車輪付き担架と、他の通路に繋がる暗い出入り口があった。
(あそこまで行って、令呪を使ってバーサーカーを呼ぶ。
そして、壁を壊してもいいから、2人で全力で逃げる。
アスカ、アーチャーと合流できれば……きっと全部、大丈夫だ)
勝つ必要はない、焦ることはない。これは撤退戦なのだから。
「──そろそろ、神の力の一端を見せてあげようかな?」
リリスは謡うように告げると、剣を奪われた両手を広げた。
「水よ!」
通路脇を静かに流れていた人工の滝の流れが止まり、水面が真横に盛り上がる。
物理法則を無視した、異様な動き。
「敵を串刺しにしろ!」
生まれたのは、水で作られた無数の槍。
それが横から上から地面すれすれから、虫のように飛んでバーサーカーに襲いかかる。
「ちっ」
バーサーカーの舌打ち。
武器が無い彼は、左腕に埋まっているリリスの白い剣を右手で抜き取ると、血と脂にまみれたそれで水の槍を砕こうとした。
だが、防ぎきれない分が鎧ごと体を貫通した。傷口から水とともに血が溢れて、黄色レンガの地面が黒く濡れていく。
敵から奪った剣も砕け、陶器みたいな白の破片が散らばった。
「……モモ、傍観者気取りはいけないな。君だって舞台上の役者なのだから」
当然、私が後ずさっている通路の横にも、人工の滝があり。
リリスの言葉の後、水で形作られた数本の槍が、私目掛けて飛んできた。
「……ぁぁぁぁ!!!」
恐怖で漏れ出る声を抑えきれず、叫びながら私は逃げ惑う。
姿勢を低くして、1本避け、そのまま地面に倒れ込んでもう数本避ける。
次に地面を転がって、残りの攻撃から何とか逃れた。
(……手加減、されてる)
バーサーカーに向けられた槍に比べれば、何て手ぬるい攻撃なのだろう。
乱れた息を急いで整えながら、起き上がる。
(敵に背を向けて一気に走り抜けるか……? でも、それは)
私はリリスのずっと後方に控えている、白い仮面の従者を見る。
庭園が燃えていく熱気で出来た、陽炎の中に彼が。
戦闘には参加せず、ただずっと立っている不気味な存在。
だからこそ、警戒を向けざるを得ないのだ。
(目を背ければ、もっと不利になるかもしれない)
その可能性が怖くて、リリスや従者から完全に目を離すことが出来ない。
「バーサーカー! 傷……」
「……かすり傷だ、この程度で致命傷になるのなら俺も色々困ってはいない」
鎧は汚れているが、血はすでに止まっており、花のように捻れ咲いていた左腕も元通りだ。
「……そのスキル、私は知らないな」
「リリス、お前は勘違いしているようなので言語化して伝えるが」
バーサーカーは新たに取り出した槍を振り下ろしながら、地に足着けていないふわふわした女神に言った。
大気を切り裂かれる音が、動作の後に続く。
「サーヴァントは全て同じ別人だ。召喚される度に生まれ、消えれば永遠に失われる」
リリスは何もしない。
「……かつて君の側に、『俺』が居たんだろう?」
リリスは何もしない。
「けれどな、『俺』は君のサーヴァントではない。
君のバーサーカーの代わりには、どの『俺』も成れないんだ」
諭すような言葉に、女神は浮かんだまま答えを返した。
「……じゃあ、もう、
その時、私の背筋がぞくっとしたのは……金と桃色の髪の合間から見えた彼女の顔が、あまりにも幼く見えたから。
だって、おかしな話じゃないか。400年も以上生きている存在が、あんな。
(拗ねて、泣き出しそうな顔をするだなんて)
リリスは手の平を私とバーサーカーに向けて。
「──全部、焼けてしまえ」
そこから細い熱線を放った。
「モモ!」
バーサーカーは体をひねり、迷わず私の元へ跳躍して突き飛ばす。
赤い閃光が、彼の顔右半分、仮面に覆われていた場所を消し飛ばすのがはっきり見え──。
「かはっ……」
私は背中から地面に落ち、その衝撃で肺の空気が一気に押し出されてしまった。
視界がちかちか明滅する。
「……バーサーカー!」
気絶している場合じゃない。砂埃が舞う中起き上がって、自身のサーヴァントを探す。
「──
聞こえるリリスの声は、怯えていて。
「答えろ! サーヴァント!」
砕けた地面から、彼が体を起こす。
「……なんだって、言われても」
ゆらりと立ち上がる頃には、粉塵は落ち、視界はクリアになっていた。
「
私の目に、バーサーカーの状態、いや、正体が映る。
「そんなっ……!」
私は思わず悲鳴のような声を出してしまった。
見れば彼の顔は半分無くなって、その縁は卵の殻のようにひびが入り、パリパリと剥がれ始めていた。
断面から肉や骨などは覗いていない。ただ、遠い場所から届くような穏やかで明るい光がこぼれだしている。
「自分の内側、いや、霊核を他者のものにすり替えていたのか……?!」
リリスはよほど混乱しているのか、考えがそのまま口に出ていた。
バーサーカーの顔は、何時までもどこかに続いている明るいくぼみが空いたままで、治る気配はない。
……きっと、今までもずっと、仮面の下には穴が空いていたのだろう。
「そんなこと出来るはずがない!
肉体と魂の齟齬が起き、激痛と共に崩壊していく!
数日だって保たない! 焼けた鉄を永劫に飲み続けるような行いだ! な、何のため、に……」
怯える彼女へ、彼は
「──世界を救うために」
どこか誇りすらこもっているその響き。
「そう願われたのなら……格好いいところ、見せたくなるよな?」
崩壊しかけの頭蓋のまま、男は言う。
「狂っているのか、お前……」
女神の声が震えていた。
「──ああ、もちろん」
バーサーカーは軽い調子で言った後……右腕を自分の頭の中に突っ込んだ。
「
そして、金の飾りと漆塗りの鞘に収められた太刀を、ずるりと取り出す。
「お借りしますねー」
内側から現れ出たのは、両面に血抜きの溝……
「よーし、リリス、二回戦だぞ!!」
半分しかない顔面で、男は本当に嬉しそうに笑ったのだ。
刀を握っている右腕が内側から徐々に割れ、それを覆いつなぎ止めている鎧の隙間からまばゆい緑の光が。
……目の前の光景を見て、私は心の中で独り合点する。
(そうか、バーサーカーの瞳が輝いていたのは、中から光がこぼれていたからなんだ)
木々の葉が日の光を透かすように、彼の瞳は遠い場所から来る輝きを透かしていたのだ。
全身を報いも来ない痛みで、軋ませながら。
第51話 「当たり前のように──」
終わり