女神の剣がモモに迫る。
到底避けることなど出来ない攻撃、運命かと見紛うばかりの剣先が迫るが、サーヴァントのマスターである彼女は、その運命を拒絶した。
「──令呪をもって、我がサーヴァントに命ずる。
私と共に戦って! バーサーカー!」
絶対の力が込められた命令が、バーサーカー04にかけられていた戒めを吹き飛ばす。
04はモモを抱え、火が回り始めた庭園から脱出するサーヴァント、それに追いすがる女神。
──神とサーヴァントの戦いが幕を上げた。
モモは女神には勝てないと判断し、ここから逃げて、アスカ・アーチャーと合流するべきだと考え、その思いを04と共有する。勝利を目的としない、苦しい撤退戦である。
女神は激情と強烈な攻撃を次々に04へぶつけていく。傷つきながらも、持ち前の回復スキルで体を治し、マスターを守ろうとするバーサーカー。
モモは敵の様子……依然として動かない謎の従者の動向に気をかけながら、外へ繋がる通路に向かっていく。
だがそれを許さないリリスは、人工の滝から水を呼び寄せ、モモと04を攻撃した。
04へは苛烈に、モモへは手を抜いていたぶるように。
やり場のない苛立ちをぶつけてくるリリスへ、バーサーカーは冷たく言い放った。
「……かつて君の側に、『俺』が居たんだろう?」
「けれどな、『俺』は君のサーヴァントではない。
君のバーサーカーの代わりには、どの『俺』も成れないんだ」
リリスはまるで、捨てられた子どものような今にも泣きだしそうな表情と言葉を見せると、モモに向けて絶死の熱線を放った。
迫る熱線からモモを庇う04、顔の右半分を隠していた仮面が砕け散った。
──その下にあったのは、どこまでも穏やかな光だった。
それを「
「自分の内側、いや、霊核を他者のものにすり替えていたのか……?!」
「そんなこと出来るはずがない! 肉体と魂の齟齬が起き、激痛と共に崩壊していく!」
「な、何のため、に……」
男は迷うことなく答えた。
「──世界を救うために」
とうの昔から狂っている男は、明かされた
「地に足着けさせてやろう! リリス!」
黒い持ち手と鍔の日本刀を構え、そう吠えたのはバーサーカー04。
「くっ……!」
上空に浮いていた女神は、目の前の敵に対応するため、先ほど奪われた白い剣の代わりとなる、全く同じ形、質感の剣をどこからともなく出現させた。
それを手に持ち、激しい激突音を響かせながら、下からの強烈な攻撃を受け止める。
「貴様っ……!」
彼女の眼前に、じりじりと迫るバーサーカー04。
武器と武器を削りあう、激しい鍔迫り合いの音が辺りに響く。
「馬鹿なっ……」
リリスは宝石の如き碧の瞳を見開いて狼狽する。
それもそのはず。だって、彼に浮遊する能力なんて先ほどまで無かったから。
──だが、今は違う。
「霊基を破損させながらの魔力放出……! 気狂いめ……!」
バーサーカーの両足はプラスチックみたいにひび割れて、内側から莫大な光が噴出しており、その勢いをもって宙を飛んでいた。
「くっ!」
天井から光の差し込む、明るさに満ちた通路上での攻防は続く。
リリスは剣で彼を押しのけ、後ろに下がった。
「水よ!」
喚ばれた無数の水の槍が、飛んでいるバーサーカーの360度を隙間なく包囲し、一斉に襲い掛かったが。
「……甘い!」
彼は槍で出来た包囲網を剣圧一振りで崩壊させ、地面を伝い下から発生した追加の槍も、脚部からあふれ出ている光を円状に拡散させることで蒸発させてしまった。
「やつの刀……ステータスアップをもたらす宝具か!」
結論をそのまま声に出してしまうほど混乱している女神へ、狂戦士がロケットのように直進して食らいつく。
静かに流れていた人工の滝の
バーサーカーは彼女を容赦なく攻め、防戦一方にさせる。
「そんな……自身の崩壊もいとわない戦法をなぜとれる!
自らの消滅が恐ろしく無いのか!?」
「──
「ふざけたことばかり……言うな!」
両者の戦いは、舌戦もヒートアップしていく。
「多くの人間を見た! 多くの英霊を見た! その誰もが、死と消滅に恐怖していた!」
「……サンプルが偏っていただけだろう。もっと統計を取れ」
「お前は、人間でも、英霊でも、いや、生命の基本原理に即した命ですらない!
怪物め! 化け物……!」
「女神に言われてしまうと切なくなるな……元よりこの俺は」
バーサーカーの黒い刀が、白の剣を砕く。
「ただの、箱だ。中身にこそ価値あれ、
女神は武器を再び失い、破片を浴びながらその体制を崩した。
──リリスが、落ちる。黄色レンガの敷かれた美しい道へ。
「……令呪を持って命じる! やつを殺せ! ……私のサーヴァント!」
少女のように叫びながら落下する彼女。
その右腕が、ドレスの布越しに赤い光を強く放った。
あの不気味な白の従者が、主の命を受けて僅かに身
「……バーサーカー! 今がチャンスだ! 逃げよう!」
「そうだった我がマスター! これは撤退戦だったな!」
やはりその事を忘れていた自らのサーヴァントに声をかけ、我に帰らせる。
「後少しで、別の通路に!」
私は駆ける。その後ろから飛んでくる水の槍を、バーサーカーは刀で弾いてくれていた。
「また私から逃げるのか! バーサーカー!!」
女神の嘆くような響きを持った怒声を無視し、私はひたすら前に、前に走る。
「……いや、逃げられるはずが無いだろう」
聞き覚えのあるような無いような男性の声が、直ぐ側で聞こえて……その後、私の足が急に止まった。
「あれ……」
服の布地が生暖かい、べしょべしょしてる。
胸に目を向けてみると、灰色の作業着を貫いて、血と脂で濡れた刃が、私のお腹辺りから飛び出していた。
「……サーヴァントが倒せないのならば、マスター狙いになるとなぜ想定していない?
根っからの楽観主義者なのか?」
トゲトゲしい言葉に反論は出来ず、刃を支えに体が持ち上げられ。
「ほら、死ね」
そのまま上へ、人形みたいに放り投げられた。
私は手足を間抜けにぷらぷらさせて、くるくるぴゅーと飛んでいく。
「マスター!」
バーサーカーが上空に跳んで、受け止めてくれた。
その後、あふれる光によって胸の傷は塞がれる。
「ぁ……ぁ……」
でも、私は動けない。今感じた痛みの記憶が脳を蝕んで、まともに頭が働かない。
「……お前も、死ね」
私に刃を突き立てたのは、庭でバラの花を落とし続けていた、あの白い仮面の従者だった。
床に私を一時的に置いてくれたバーサーカーに対して、日本刀で打ちかかり……斬り合いをしているのが、ぼんやりと見えた。
「重ねて令呪をもって命じる、バーサーカーを殺せ」
女神の声。
床に転がったまま目だけ動かせば、彼女が幽鬼のようにふらふらと左右へ揺れながら、こちらへ歩いてきていた。
「重ねて令呪をもって命じる、バーサーカーを殺せ」
腕はずっと光り輝き続けている。
「重ねて令呪をもって命じる、バーサーカーを殺せ」
その命令数は、3回を越えていた。
「重ねて令呪をもって命じる……私のアサシン! バーサーカーを殺せ!」
白い従者は女神の力と命を受け、私のサーヴァントの手首を切り上げ、ぶつりと切断する。
「……マスター! 俺が時間を稼いでいる内に、逃げろ!」
焦り混じりの声。バーサーカーはなぜか攻め倦ねていた。
攻撃を置いた場所には既に敵サーヴァントの刃があり、いなされる。または、かわされる。
(まるで、手の内が読まれているみたい……)
私は体を起こして立ち上がり、少しでも脱出経路に近づこうとする。
(痛みなんて押し殺せ……! 足を動かせ……バーサーカーの気持ちに応えろ!)
通路の手すりに掴まり、ふらつきながらも一歩一歩踏み出す。
後ろを気にかけている余裕などない、ただ、前へ。
(ここまでこれた! なら……)
暗い連絡通路は目の前だ。最後の令呪を使い、バーサーカーを呼び、一緒に逃げよう。
姿勢を正し、振り返りながら叫んだ。
「令呪をもって、我がサーヴァントに命じる! 来て! バーサーカー!」
手の甲に輝く時計の短針、それが消えた。
「……させないよ、モモ。君の旅はここで終わるのだから」
バーサーカーではなく、なぜかリリスが目の前にいた。
柔らかな微笑み、輝く碧の双眸、膝下まで伸ばしたままの金と桃色の綺麗な髪。
こうして近くに立っていると、180cmくらいあるんだなぁと、思ってしまった。
「ほら、君の令呪はここだよ?」
リリスがふりふりと片手に持っていたのは、私の
「あれ……?」
右手も無い、おかしいな?
あったはずの場所は空っぽで、血が、勢いよく──。
「あの……返してください……私の手……」
「嫌だ。もう人間のお願いを聞くのはうんざりなんだ」
彼女は私の腕を胸に抱える。
じわりと、白のドレスが私の血で汚れた。
「令呪をもって、バーサーカー04に命じる……霊核を明け渡せ」
膝の力が抜けて倒れそうになった私を、リリスは腰に空いていた手を添えて、支えてくれた。
だから、目の前の光景が、彼女の体越しに全部見えたのだ。
「……くっ……がはっ、かはっ」
血を吐き出すバーサーカー。
その胸、心臓からは、背中側から突き立てられた刃が貫通していて、先ほどの私みたいになっていた。
刃が横に払われると、肉や鎧の破片と共に、輝く四角が1つ、地面へ転がった。
壊れかけの頭部や腕、脚部から放たれていた光が、徐々に消えていく。
「……」
バーサーカーが前のめりに無言で倒れると、白の従者が輝く四角を拾い上げ、手の平でそっと包み込んだ。
「貴方が、私達を一番に……家族として当たり前のように、
恨みごとのように、呟き。
つるりとした質感の白の仮面が、戦闘の衝撃に限界を迎えたのか、ひび割れながら落ちた。
「……あっ」
私は小さく声を漏らす。
仮面の下に隠されていた、その顔は。
(バーサーカー……?)
彼とそっくりだったから。
でも、瞳は彼と違って黒色で、手で包んだ輝く四角を、優しそうな、苦しそうな、諦めたかのような、人間らしい複雑な表情で見つめている。
「モモ」
リリスはそっと、腕の中に抱いている私の名を呼んだ。
「もうおしまいだね、君と彼」
私は、切り落とされた右腕からの大量出血が原因による寒さに歯を震わせながら、反論する。
「まだ……終わっていない、仲間だって、私には、いる」
「上流階級のあの子だね。愛すべきアスカ・ピオーネ。
でも……」
耳元で、ささやかれた。
「あれから数日経った。
……君ばかりかまって、どうして彼女達には何もしないと思っていたのかな?」
痛み由来ではない冷や汗が、首筋を伝った。
「……あっ、あっ、アス、カ、アー……チャー」
「ふふふ、おしまい、おしまい。
胸躍る冒険も、ボーイ・ミーツ・ガールはここでおしまい」
リリスは私を地面へ落とした。
「はっ……はっ……」
バウンドしてから、死にかけの羽虫みたいに弱々しく這う。
血が、止まらない、寒い、頭が鈍る、怖い。
「助けて……誰か、助けて……おばあちゃん……」
情けない、何も叶わなかった。
「どうして?」がいっぱいで、「悔しい」がいっぱいで。
(こんな事になるなら、旅になんて出なければ良かった。
アスカまで、巻き込んでしまった)
そんな、思ってはいけない後悔も、少し。
「……バーサーカー」
左手を彼に伸ばす。届かないけれど、伸ばす。
「……──マスター」
突っ伏していた彼が、頭は半分以上崩壊し、心臓にあたる物を奪われ、両足も右腕も砕けて、左腕も千切れかけのサーヴァントが、返事をした。
「……俺はお前の暴力装置、感情の代弁者」
起き上がる。足もないのに、起き上がったのだ。
「
……死ぬべき時には死んでおけと!」
バーサーカーと同じ顔をしたサーヴァント、アサシンと呼ばれていた彼が切りかかるが。
「これは……泥、いや、呪いか?!」
砕けた右腕を焦がしながら噴出した黒い泥に、阻まれる。よほどの熱を放っているのか、アサシンの持つ刀が燃え始めた。
「うーん、何というか……」
バーサーカーはまだ人間の形を保っている唇で、敵へ語りかけた。
呼ばれた男は、驚愕と憎しみが浮かんだ顔で彼を見る。
「もう倒したものと思って相手を侮る悪癖、次会うまでに治しておけ。
お父さんからのアドバイスだぞ、
ふざけ交じりの低い声でそう告げると、バーサーカーは、床の上を手負いの獣の如く、形定まらぬ濁流のようにも移動した。
脚部からは泥があふれ、黄色レンガを焦がしていく。彼の顔もべったりと汚れていた。
「──殺した程度で終わるものだと思うな」
私を千切れかけの左腕で抱えると、バーサーカーは通路の手すりを乗り越えて、この場から逃れるため、頭から真っ逆さまに落ちていく。
「……ごめんな、マスター」
彼の言葉を聞きながら、私は人工の滝壷へ、落下地点も見えない深い場所へと落ちていった。
第52話 「愛してくれたなら」
終わり