フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 ……、……、……。

 女神によって傷つけられ、絶体絶命の危機に陥っていた筈のモモが目を覚ましたのは、狭い診療所のような空間だった。
 目の前に現れた少女、ノインやミライはモモの無事を喜んでくれると、矢継ぎ早に情報を伝えてきた。

 ここはレジスタンス『アカツキ』の本拠地である『巨大移動要塞カルナ』の中だということ。
 14歳であるミライがレジスタンスのリーダーだということ。
 5万人を超える人々が暮らしているということ。

 不安を表に出す暇もなく、モモは2人の少女に連れられて、自分と同じ『トバルカイン』の名を持つ男性、ガトモスの元へ案内された。
 もう一人のトバルカインはモモの身元引受人となることを受け入れると、自宅に入るよう(いざな)うのであった……。


第59話 もう一人の『トバルカイン』

 

 

 同じ苗字を持つ老人、ガトモス・トバルカインの家へ私は足を踏み入れた。

 

「空いている椅子にでも座っておくれ。何か甘いものあったかな……」

 扉から繋がっていたリビングには、裸の黄色電球が天井コードからぶらりと垂れたがっていて、全体をアンバランスに照らしていた。

 家具は、樹脂製の丸い机と椅子が1セットだけ。四角い狭い部屋だ。

 『ボツ』『ボツじゃない』と書かれている2つの箱からあふれ出した紙の束が、床の上にごちゃごちゃと広がっている。目を向けてみると、文字や図面が細かく書き込まれているのが分かった。

 

「あったー! チョコレート味のレーション! 過去の僕のへそくりだぁ……」

 廊下が玄関から右、左と横に伸びている。部屋は他にもあるのだろうか? 

 

「モモタ、そのちくちくしているローブも脱ぐといい。

 コート掛けなんて無いから、そこらへんの床に落としておいて」

 彼の優しさから来たその言葉に、私はうろたえてしまった。

 

「あの、びっくりさせちゃうかもしれないです」

「え? なんで?」

 私はローブの袖だけまくると、切断されて、今は包帯に包まれている短い右腕を彼へ見せる。

 

「こういう……ことで」

「あー……そういうことかぁ……」

 ガトモスは見つけ出した銀色の袋を手に持ったまま、黒い瞳で私をちらっと見た。

 

「嫌ならローブ被っていていいよ。僕、無神経だったね」

 彼はテーブルの上にレーションの包装を置いて、さっと部屋から出ていった。

 その間に、ローブを着たままの私は、1つだけの椅子に腰掛けた。

 

「隻腕かー……つまり、パワーアームが付けられるってことだな、格好いいぞぉ……!」

 ……落ち込ませてしまったかと思ったが、元気そうな独り言が隣の部屋から聞こえた。

 

「コップが2個あった、君にお茶を出そう」

 私がいる部屋に戻ってきた彼は、テーブルにマグカップを置き、湯気の立つ透明な液体をケトルから注いだ。

 

「……お茶の葉無いから、ただのお湯なんだけど」

「ありがとうございます」

 熱い湯を飲めば、不安がちだった心は少し落ち着いた。

 両手のない私の事を心配してくれたのか、ガトモスはチョコレート味レーションの封を切ってくれた。

 

「いただきます」

 ノインがくれたゼリーを食べたことで、胃袋が動き始めたから、若干の空腹感を覚えていたところだ。大口を開けて、遠慮なく甘いチョコレートにかぶりつこうとしたが。

 

「あっ……」

 ……(よわい)60を越えているであろうガトモスは、黒い瞳を揺らして、私の手の内にあるいい香りのレーションバーを物欲しげに見つめている。

 

「……半分こに、しましょうか」

「いいのかい?! いやぁ、悪いなぁ……!」

 彼にバーを渡せば素早く半分に折ってくれた。甘みのある小さな欠片が、紙束だらけの床にぱらっと落ちていく。

 

(……この人、感情が全部顔に出ちゃうタイプだ)

 まだ会って数分だけれど、なんだか彼の性格が分かってきたような気がした。

 バーサーカーは表情と感情が離れていたり、くっついたりしていた……ややこしい人だったから、ガトモスくらい分かりやすい人だとなんだかほっとする。

 

「……」

「うん、美味しい、美味しいね、チョコレート味」

 彼はしわの刻まれた顔を綻ばせながら、嬉しそうにレーションをかじっている。

 

「あの」

「なに? ベッド1個しかないから使っていいよ、僕ソファーで寝るから」

「……気にならないんですか、私のこと」

「ああ……ああー」

 彼は立ったまま頭に手を添え、うんうん唸り始めた。

 それから数秒後、ぽつりと言葉をもらす。

 

「……何をどう聞けばいいのか、分からなくて」

 眉尻を下げた、お手本のような困り顔をするガトモス。

 

「ガトモスー! Dr.シャーンだけど! リーダーに言われたから来たけどー!」

「わー! 助け船だー!」

 彼は玄関に向かい、ミライに見せた態度とは違い、扉をさっと開いた。

 

 

「へぇ、カイヤさんのお孫さん? ……あのカイヤの孫!? うわマジで!?」

 入ってきた人は、180cmほどの高身長で白衣を着て、前髪のある黒髪をショートボブに切りそろえていた。

 纏う雰囲気は独特で、中性的な容姿もあり、男性か女性か、私では判別できなかった。

 

「僕の親戚? になるのかな」

「こんな終末世界で、奇遇な出会いもあるんだね」

 やってきた人物、Dr.シャーンと気負わない声で話をしているガトモス。

 彼は私と入れ替わって椅子に座り、左腕に布を巻いて、空いている右手で手のひらサイズの丸いポンプをしゅこしゅこ押していた。

 ポンプと布はゴムチューブで繋がっていて、布は腕をゆっくりと圧迫しながら膨らんでいく。

 

「血圧、ちゃんと計れてる?」

「うん、このアナログ血圧計にもだいぶ馴れてきたからね」

「よしよし、ガトモス前主任は賢いね……」

「賢いよ!」

「あのね、皮肉だから」

「へー」

 気心の知れた仲なのだろう、Dr.シャーンとガトモスは小気味良く会話を繋げていく。

 

「名前はミライから聞いてるよ、モモタ・トバルカイン」

 来訪者が、壁にもたれかかっている私に声をかけてきた。

 

「私はこのレジスタンスに所属している、医師のDr.シャーン。

 性別とかは自分で決めてないから、君の好きに感じ取って。

 旧世界の人みたいに医師免許を持ってるとかではないんだ、技術も知識も叩き上げさ」

 彼、彼女? ……ドクターは、ヘーゼルナッツ色の瞳で私を観察している。

 

「ノインが言っていただろうけど、解熱剤が効いてるから今動けているだけ。

 薬が抜けたらきつくなるよ、40℃位まで体温上がると思う」

 私はローブを中途半端に外して、包帯で覆われた腕の切断面を見せた。

 

「この治療、あなたがしてくれたんですか?」

「そうそう。君の怪我は一段と酷かったから、死んでしまうんじゃないかと肝が冷えたけどね……」

「……その」

「うん?」

「私、どうしてここにいるんでしょう」

 ──起きてからずっと疑問だった。

 私は軌道エレベーター内部に招かれて、女神リリスに負け、腕も切られて。

 そこから人口の滝の下へ、バーサーカーと一緒に落ちて行ったはずなのに。

 なぜ、こんなにも明るい温かな場所にいるのか。

 

「……私からは何も言えない、説明はリーダーがする。それよりも、私が君に聞きたいな」

 ドクターが私へ問いかける。

 

「内臓機能はぼろぼろで、とても10代の体とは思えない、今年で60歳の引きこもり、ガトモスの方が健康体さ。

 君の体は老化というより劣化を始めてる。もしかして、『地下生まれ』はいずれこうなってしまうのか……?」

 何かを懸念したのか、黒眉をひそめるドクター。

 

「後学のためにも事情を話してくれないか。言いたくないなら、それでいい」

 その質問に、私の心が強く痛んだ。

 

「私は……」

 けど、同じ家系であるガトモスのためにも、話をしようと重たい口を開いた。

 

 

「トバルカインの家が作ったリリスの後継機。いわゆる人造人間か」

 話終えると、アナログ血圧計を医療カバンに片付けながらドクターはつぶやいた。

 

「しかも寿命は16年ときた。なんて非人道的だろう。ガトモス、何か知ってる?」

「僕もそんな存在初めて聞いた。カイヤは何をしでかしたんだ……」

 2人は一気に深刻な表情になる。

 

「私だけが知っているべき情報じゃないな。リーダーの所に連れて行こう」

「でも、モモタは怪我してる。1日2日くらい休ませてあげようよ」

「ガトモス、これはレジスタンスの存亡に関わる事柄だ」

「でも、彼女はまだ子どもだ」

「……我らがリーダーも子どもだ、年齢は関係ない」

 ドクターがそう言った瞬間、座っていたガトモスは激昂したのか立ち上がった。

 樹脂製の椅子が倒れ、床に転がる。

 

「そうやって子どもを祭り上げることで! 子ども達の逃げる言い訳を君達大人は奪ったんじゃないか!」

「落ち着いてくれガトモス、君はすぐに感情的になる」

「今回ばかりは我が儘を通させてもらうぞ! 

 どんな事情があろうとこの子はカイヤの孫だ! だったら僕の大切な家族だ!」

 荒れていく会話に私は居たたまれなくなり、割って入る。

 

「2人とも落ち着いてください!」

 私の声を最後に、部屋は静まり返った。

 

「……ごめんなさい、ガトモス、モモタ。

 私は一度帰るけど、体の様子が心配だからまた来るよ」

 ドクターはカバンを持って立ち上がり、白衣の裾をはためかせながら玄関へ向かう。

 

「今度は扉を開けないぞ」

「ガトモス、頼むから大人になってくれ」

「僕は大人だ。ただ、君達の望む大人になんて、なってやるもんか」

「……では、またね」

 来訪者との会合は、喧嘩別れに近い形で終わった。

 

「はぁ……怒ってしまった」

 椅子を起こし、そこに座りなおして、机に両手を広げているガトモスの背中は、腰が曲がっているせいもあってか小さく見える。

 

「落ち込まないでください、その、私……」

 彼に自分の気持ちを伝えるために声をかける。

 だって、胸の内にはとても暖かいものが広がっていたから。

 

(嬉しかったんです。貴方が、私のことを思いやってくれて)

 自分の意思とは関係なく物事が決まり、どうしようもなく進んでしまいそうだった所を、彼は声を荒げてまで止めてくれたのだから。

 

「シャーンだって悪いやつじゃないんだ。ただ、どうしようもなく大人と言うだけで」

 そんな感謝の気持ちを伝える前に、ガトモスは話しだしてしまった。彼の灰色の長いひげがふわふわと動く。

 

「レジスタンスに個人のわがままは許されない。

 家族が止めてと懇願しても、助からない奴から治療は切り上げられていく。

 死にたくないと大声を出しても、銃を持って前線に立つ人間が必要だ」

 彼は背を丸める、姿はますます小さく見えた。

 

「それを周りに強いて、いざという時は強いた自分自身も投げ捨てる。

 それが大人だ、それがレジスタンスだ、それが、世界を救うための手段……」

 座っている椅子の脚を、彼は(かかと)でちょっと蹴り飛ばした。

 

「くそったれぇ!! カイヤはそんな振る舞い、しやしなかったぞ!」

 気持ちを吐き出すかのように、彼は喉から声を絞り出していく。

 

「カイヤは全部自分でやろうとした! 仲間になりたいと言った奴だけ巻き込んでいた! 

 どんな立場の奴の話も聞いて……目の前に映る者は、手の施しようが無くたって! 助けようと足掻いてた!」

 彼の叫びを、立ったまま私は静かに聞く。

 

「300年続いたレジスタンス『アカツキ』よりも! カイヤの方がずっと……ずっと……」

 すすり泣く音が混じる。

 

「格好良かったなぁ……」

 がくんと肩が落ちた。

 

「……ガトモスさんは、カイヤおばあちゃんの」

「同い年の従兄弟だったんだ。生まれた地下都市も同じ、60年も前のことだ」

 彼はテーブル上の布で鼻をかむ。

 

「カイヤは昔から負けん気強くて、はっきりした奴でね。ライブラリ読んでる僕のお尻をよく蹴飛ばしてた」

「へぇ……」

「モモタも、お尻蹴飛ばされた?」

「どうかモモと呼んでください、ガトモスさん。

 ……一度だけ、お尻ぺんぺんのお仕置きを受けました」

「やっぱり! カイヤお尻叩くの好きだったもんな!」

 彼の顔は、怒りやら涙やら喜びやらで真っ赤になっていた。

 でも、嬉しそうな感情が勝っていて、その証拠に彼はしわくちゃの笑顔だった。

 

「カイヤはいつもこう言ってた。『何も知らないまま死ぬは、ごめんだ』って。

 知識欲が強い人だった。1人で色々調べて……17歳くらいのころ、外の世界へ出掛けるようになった。

 安全のため、太陽光がない夜に地下都市から抜け出して、発掘調査とか、レジスタンスの人と関わり始めた」

 私はガトモスが座っている椅子の側に寄った。

 

「僕は若かったし、カイヤのこと大好きだったもんだから、憧れだけで付いていった。

 外は危険だらけだったけど、レジスタンスから地下都市では聞けない歴史とかも聞けてね……邪神リリスを倒して、人間を自由にするんだって、無邪気に願ったもんだよ」

 彼は人差し指で頬をかく。

 

「みんなカイヤに惹かれて、集まりがどんどん大きくなった。

 この『アカツキ』も、カイヤに惹かれて来た人が多いんだ。でも、そうなると面倒な事になった」

「面倒……」

「当時のリーダーがね、カイヤを責めた。

『お前はレジスタンスをいたずらに分断し、混乱させようとしている。何も知らない地下生まれめ』って」

 ガトモスは大きくため息をついた。

 

「カイヤは『つまらないことを言うな』って話してたけど、でも事実そうだった。

 カイヤ派とリーダー派にレジスタンスが分かれ、対立始まっていた。要塞内部でも諍いが起こって……」

 自らを指差すガトモス。

 

「兵器開発主任である僕が残ること、カイヤがたった1人でレジスタンスを抜けることで手がうたれた。

 僕が30歳の時にお別れして、その後は……もっとつまんない話だよ、大人の話だ」

 私は彼のやるせない気持ちを思って、目を伏せた。

 

「それから先のカイヤの人生を、僕は知らないんだ。だから君を見たとき、とてもびっくりしちゃって」

 眼差しだけ動かして、彼の様子をうかがう。

 

「……だって全然似てない! カイヤは黒髪黒目だったのに、君はキュートなピンク色ときた!」

「変……ですかね」

「変じゃないさ! 

 良いことだよ、君に出会った人は、生涯君を忘れることが出来なくなるんだもの!」

 ガトモスは裏表のない笑顔を見せる。

 

「……おじいさんの面白くもない昔話をしていたら、こんな時間だ。

 解熱剤の効果がある内に少しでも眠ってくれ、部屋はこっちだよ」

 彼に案内され、暗い廊下を抜けて寝室へ。シングルサイズのベッドがでんと置かれている。

 

「僕は隣のリビングのソファーで寝てる、何かあったら呼んでおくれ」

「何から何まで、ありがとうございます」

「気にしないで。明日君の体調が良かったら、闇市行ってお茶の葉と甘いものでも探そうか」

「……その前に、椅子がもう1脚必要だと思います」

「それもそうか」

 私は安堵で息を吐く。

 

「おやすみなさい、ガトモスさん」

「おやすみなさい、モモ」

 左手でベッドのスプリントの具合を確かめてから、私は身を横たわらせ、毛布をゆるゆる被る。

 

(……私、生きてるよ。1人じゃないよ、バーサーカー)

 消えてしまったであろう、私のサーヴァントに心の中で語りかける。

 

(アスカとアーチャーも、無事でいるといいな)

 不安ばかりだけど、それは無理矢理に頭の隅へと押しやって、少しでも休めるように私は目をつぶった。

 

 

 第59話 もう一人の『トバルカイン』

 終わり




 単語説明


 レーションバー(チョコレート味)
 レジスタンスが作ったものではなく、地下遺跡や地下都市からの発掘品。

 農業や畜産を行う余裕など無い。地上に住むレジスタンス達は、過去の遺産に頼って生活するしかないのだ。
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