次の日、ガトモスと闇市に出かけることに。
道すがら、レジスタンスの常識について彼から話を聞く。
携帯食料が貨幣の代わりということや、モモのような地下都市育ちについては、うっすらとした差別意識があるということを。
家具屋にたどり着いたモモ達。
モモは店の主人の子である少年に話しかけられる。
少年と話す最中、手作りのコップを贈られた。
受け取るため手を伸ばそうとしたモモだったが、うっかり中途半端に切断された右腕を出そうとしてしまった。
見えたそれに対し、少年は怯えることも無く自らの右腕を出す。
「おれとおんなじだ」と語る少年は、明るく夢を語った。いつか父と同じような立派な人になると。
「おねえちゃんは、なにになりたい? やりたいこと、ある?」
……少年の問いかけに、モモは何も答えることは出来なかった。
家に帰ってきたモモ達。Dr.シャーンが、薬やモモの荷物を届けてくれていた。
その中には、亡きバーサーカー04からの手紙もあったが、血のようなものがついていて読むことが出来なくなっていた。
「時間はかかるけど綺麗に出来る」と言うガトモスに、モモは手紙を預けた。
続けて物を受け取ろうとしたその時、液体の入ったボトルが落ちた。
……それは、『液体リソース』
正体を知っていて使っているのかと問い詰めるモモに、ガトモスはうなだれながら言う。
「レジスタンスに所属している大人なら、みんな知っている」と。
使うも使わないも自由だと言われ、モモはボトルを受け取る。
眠る前、自らの「やりたいこと」について考えるモモ。
祖母の言葉、旅立った理由、仲間の安否……バーサーカーが残した言葉。
──そして決意する。
「……『知りたい』、もっと、世界のこと。
そして、アスカとアーチャーを助けたい。もう一度、友達に会いたい」
情報を集めるためにも、レジスタンスのリーダー、ミライと会うことを決めた。
翌日。ガトモスとも相談し、2人で出かけようとした矢先、緊急放送が入った。
避難を呼びかける声の後に続いたのは、甘ったるい少女の声。
『メルティハウリン・キルロード』と名乗った存在は、自らを反逆者殺戮専用AIだと紹介し、要塞内をロボットやドローンで侵略していく。
人々の悲鳴を聞きながら、ガトモスは冷静に戦う準備と持ち出す物資を整えると、モモを連れて家を出るのであった。
「シェルターへ行くために表通りを横切るよ。何があっても、絶対に足を止めちゃだめ」
「分かりました」
私よりも経験が豊富そうなガトモスに従い、布と棒で作られた出店の横から体を出す。
「……妙だな、敵影がない」
彼の言葉と同じ疑問を私も抱いていた。
先ほどの挑発的な発言とは裏腹に、空飛ぶ殺人ドローンも機械化サーヴァントも見当たらない。
「あと数百mでシェルターの入り口がある広場に着く、頑張って」
何事もなく通りを横断し、別の裏道へ入る。
(何だろう……変な雰囲気だ……)
襲撃を受けたというのに、こんなにも静かなものなのだろうか?
「うん、敵影なし。行ける」
ガトモスが頭を動かし、安全を確認している。
目の前に見える、建物の間に義務的に作られたかのような四角い広場には、敵の影も無ければ人の影もない。
(……やっぱり、おかしい気がする)
でも今の私には、この感覚が『ただの心配しすぎ』なのか、生物的直感なのかの区別が出来なかった。
「僕が先に行ってシェルターの中の人とお話ししてくる。少し建物の裏に隠れていて」
ガトモスが周辺をもう一度見渡してから、リュックサックの金具を少しだけ揺らして走っていく。
その後ろ姿を眺めていたときだった。
「──みっけ♡」
甘い声が頭上からして。
「ザックリ! ザクザク♡」
空気を裂く、ひゅんとした音が耳で聞こえ。
「ぐわぁ!」
馴染みのある血の匂いが、続いて嗅覚に届いた。
ガトモスが右足を抑えながら転がる。
「そんなに大げさに反応しないでね、足の腱を切っただけだから♡」
四角い広場に降り立ったのは、女学生のような服に身を包んだ少女。ただ、スカートの丈はかなり短い。
化粧でもしているのか、頬は淡くオレンジだ。
「顔認証……へぇ、兵器開発の主任さんなんだぁ♡ すってきー♡」
心にもないことをずらずらと並べ言うその声は、加減なく甘く。
「はじめまして、ガトモス・トバルカイン♡ メルティハウリン・キルロードちゃんです♡」
ピンク色のツインテールは腰下より長く伸ばされて、少女のわざとらしい挨拶に、ダイナミックな動きと色彩を添えていた。
「他の人間を……どうした!」
「ここだよ♡ ドローンちゃんたち、迷彩シート持ち上げて、めくってー!」
足の出血箇所を抑えながら敵を睨みつけるガトモス、
彼女は質問の答えを出すように、ぴょんぴょん飛びながら合図すると、上空に集まってきたドローン数機のプロペラ稼動音が大きくなり。
「じゃーん♡」
小さなロボットアームで虚空が摘ままれ──がぱりと、景色自体がめくれた。
その下に隠されていたのは、プラスチック製の猿ぐつわを噛まされた何十人という人達。
みな一様に足から血を流していて、座り込んだまま、がたがた震えている。
その中には、昨日買い物をした家具屋の親子もいた。
青ざめた顔の父親は、腕に息子をしっかりと抱き、懸命に守ろうとしていた。
「……」
ガトモスが一瞬だけ私に目線を向け、口を動かす。
それは明らかに「出てきちゃ、だめだ」と言っていた。
「キルロードちゃんはね、人間さんにとってもムカついてるから……きっちり、1人ずつ殺してあげたいの♡」
彼女はガトモスの首根っこを掴むと、片手でずるずると引きずっていく。
地面に血の線が引かれた。
「他の場所でも同時進行的に殺しちゃってるから、人手不足は心配しないでね♡
キルロードちゃんには無数の体と、沢山のかわいいドローンちゃんがいるのだ♡」
私は姿勢を低くしたまま体を静かに動かし、広場の様子が見えるように移動する。
「このエリアの人間も集められたし、そろそろ殺そうかな♡
面白かったよ~。シェルターにたどり着いて~……『やったぁ! 助かったぁ!』っていう、安堵の表情♡」
彼女が手に持っていたのは、中抜きが施された、分厚い軍用ナイフ。
「ガトモスさん、さっきから物影を気にしてどうしたの?
……分かっちゃった! もう1人、居るんだね♡」
引きずられ、人間の集団の中にまとめられるように置かれた彼は、右ふくらはぎの裏を抑えたまま、何も答えない。
「だんまりー……でもいいもん♡」
彼女はリュックサックを背負っているガトモスを片手で楽々と持ち上げると、ナイフの刃を太い首の動脈へ当てる。
「ウサギちゃん! 10秒以内に出ておいで! そうじゃないと……ザックリ♡ いくよ?」
私は建物の冷たい壁にもたれかかる。
鼓動が早くなる心臓に手を置き、上を仰ぎ見た。
(……どうする)
どうしたいかは決めてある。でも、武器がない。
(こんなとき、バーサーカー04が居てくれたら)
きっと、多くの人間を助け出すことが出来るだろう。
アーチャー961が居てくれたら、あのキルロードというAIを粉砕し、あっと言う間に融解させてくれただろう。
(アスカが居てくれたら……きっと、震える私の手を握ってくれたはずだ)
それだけでもすごく、心が強くなれる、勇気が出てくる。
仲間が、居てくれたら。
……でも、今は誰もいない。残された左手で体をさすった。
「あっ、出てきた出てきた♡」
キルロードの後ろにいる人間達が、恐怖で乾いた目を見開いている。それはもちろん、ガトモスも同じで。
「ローブを被ったウサギちゃん、お顔を見せて? お名前教えて?」
小首を傾げる彼女に、私は大きな声で言い返した。
「──なぜ、お前のようないかれたAIに名乗らなければいけないんだ?」
唇を大きく動かし、誰にでも聞こえるようにはっきりと発音。
「……いかれてるのはあなたじゃないのー? ウサギちゃん」
彼女はぎらつくナイフの刃をガトモスの首に向けたまま、私へ言葉を返す。
「ずいぶんと余裕な態度だな、AI。お前の敵対者が目の前に立っていると言うのに」
キルロードは人工皮膚上にしわを寄せ、化粧があっても幼げな顔に怪訝な表情を作る。
私は切り落とされていない部分の右腕につけたそれを、左手の指で指し示した。
「──私はサーヴァント! 人類の守護者にして、お前を殺せる力を持った存在だ!
……それでもなお、その余裕な態度を保てるのか?」
彼女は私の宣言を聞き、髪色と同じピンクの瞳を細める。
「かわいいこと言うウサギちゃんだね? じゃあ……ちょっと遊ぼうか♡」
ガトモスが下ろされる、彼が服につけていた拳銃を、そっとキルロードは没収した。
「サーヴァントと戦うのは初めてなの♡ 優しくしてね♡ すぐにバテちゃだめだよ♡」
ピンクツインテールの少女は、右手に軍用ナイフを、左手に拳銃を持ち、安全装置を外して構えながら、上品に微笑む。
(……嘘に食いついてくれた。上手くやれれば、何人かは助けられる)
私は左手の指先で、バーサーカー04の腕章を触る。
そうしながら、周りの状況を見た。
上空には、迷彩シートを持ち上げているドローン。シートは機能を停止したのか、今は白くなっている。
AIの後ろには、足を切られて動けない人達、リュックサックを背負って座り込んでいるガトモス。
(一手目に相手がどう出るのかは、完全に運任せだ……。
今考えている以外のパターンで来られたら──死ぬ)
敵は、人間以上の身体スペックを持つAI。
対峙する私は、片腕もない、武器もないただの人間。
「……いっぱい遊ぼうね♡」
彼女が地面を蹴って、戦いが始まった。
「おっそーい! それでもサーヴァント?」
一瞬にしてキルロードは私の眼前に迫る。敵の桃色の瞳に、冷や汗で肌をぬらした私の顔が映っていた。
「じゃあ──右腕、もーらい♡」
甘すぎる声で宣言し、軍用ナイフを突き出し、肉へ刃を入れようとしたが。
「……あれ?! 空っぽ?!」
残念ながら、私に右腕は無い。
キルロードは受け止める対象がない突き出した腕と、踏み込んだ足の勢いで、バランスを前のめりに崩す。
(今!)
二度はないだろうAIのうっかりミスを、私は見逃さない。
「きゃっ……!」
私は決して引かず、体制を崩したせいで低くなっているキルロードの頭を、まだ残っている右腕の部位で上から思いっきり叩いた。
「……っ」
骨と神経に衝撃が走り、背骨が痺れる心地がする。
でも気にしてはいられない、次の行動に移る。
「わっ……なぁに?!」
今にも倒れてしまいそうなキルロードに、着ていたローブの一部を被せ、視界を奪う。
次に、私は半身だけを動かし、敵の後ろ手に握られていた物を掴む。
そうしてから、倒れていく方向とは逆に……つまり上方向に引っ張った。
意外なほど簡単に、武器がすっぽ抜ける。
動きに従い、私のローブがはためいた。
「やだ、銃取られちゃった!」
奪えた武器は、ガトモスの物であった拳銃。
敵は素早く身を起こし、一切のためらい無く右手に握っていた軍用ナイフを投擲しようとしたが。
「どこでもいい! 当たって!」
私は叫びながら、キルロードの手によって、既に安全装置が解除されていた銃のトリガー引いた。
独特の轟音と、焼けたような臭いが辺りに漂う。
「にゃん!」
敵の太ももに弾がかすり、柔らかいシリコンの皮膚がとろけながら飛び散った。
焦げ臭い液体が、彼女の引きずってきた人間の血痕の上にたれ落ちる。
「もう……サーヴァントなんて下手な嘘つくウサギちゃんは、みんなの前で皮を剥いであげるんだから!」
苛立った声を出しながら、敵は恐怖心を煽るかのようにゆっくりと近づいてくる。
足の腱を切られ、満足に動けなくさせられた人達が、噛まされた猿ぐつわの下で、声にならない悲鳴をあげた。
「……無茶をしたな!」
ふらつきながらガトモスの側へにじり寄ると、そんな事を言われた。
「でも、こうしないと貴方は死んで……!」
「銃を僕に! 片腕で当たったのなんてまぐれだ!」
彼に拳銃を渡すと、血を流しながら必死に膝立ちをして、敵へ狙いを定めていく
「リュックを下ろして中を漁ってくれ! 換えの弾が入ってる!」
言われたとおりにリュックを彼の背中から下ろし、ジッパーを摘まんで開ける。
その間に、2回、銃声が響いた。
漁る……けど、私が取り出したのは弾じゃなかった。
液体リソースの入ったボトルと、もう1つ。
「……モモ?」
困惑したようなガトモスの声。
手に掴んだそれは、60cmほどの金属製の筒で、揺らすとちゃぽんちゃぽんと液体が入っている音がした。
「……『これ』、わざわざ持ってくるほど、敵に奪われたくない武器、なんですよね」
最後の弾を打ち終わると、消炎混じりの大気をガトモスがはっと吸った。
「……やめろ、それは君が夢見ているような逆転の武器じゃないんだ」
筒の表にあるボタンを推すと、金属ケースの一部が開き、中身が露わになった。
「……武器、なんですよね」
淡く輝く青いリソースに浸されていたのは、棍棒だった。
木製にも見えるが、黒いべとべとした粘性のものがこびりついていて、得体は知れない。
「……やめろモモ、考え直せ。それは人類の大きな過ちであり、強い呪いなんだ!
この形に封印される前も、君みたいな人間の命を何十人も吸ってきた!
それは……『人』が触れちゃいけない物なんだ!」
私は左手を伸ばす。
「……ガトモス、私、『人』じゃないんですよ」
彼と彼の言葉に背を向け、私はその『武器』を迷わず手に取った。
その瞬間。
(……ぁ)
左手の指先から、皮膚が神経と共にめくれ、血がほとばしって、そして。
強い光が腕全体を覆い、怪我している周りの人も、ガトモスも、敵であるキルロードも含め、辺りは真っ白になった。
(……すごく、痛い)
──それが、私が私として最後に抱いた感覚だった。
第61話 花は散りゆき
終わり