突如、AI率いるドローンやロボット軍団に襲われるレジスタンス『アカツキ』。
モモはガトモスに誘導され、避難場所であるシェルターに向かった。
──だけど、それは卑劣な罠。
そこで待ちかまえていたのは、『メルティハウリン・キルロード』と名乗る、残酷趣味なAIだった。
シェルター前で捕まり、逃げられない状態にされた人々と、ガトモスを人質に取り、とっさに隠れたモモを炙り出そうとするキルロード。
モモは孤独を感じながらも覚悟を決め、AIの前に姿を表す。
「私はサーヴァント! 人類の守護者にして、お前を殺せる力を持った存在だ!」
偽りの情報でAIを油断させ、ガトモスを奪還することに成功したモモであったが、事態は依然として絶体絶命の危機のまま。
銃で応戦するガトモスに言われ、彼のリュックを漁り……ある武器を見つける。
……彼女は知る由も無いだろうが、それは世界で初めて人を殺し、神に嘘をついた男に由来する、凶器の欠片。
「それは……『人』が触れちゃいけない物なんだ!」
止めるガトモスの声に、モモは自らは「『人』じゃないんですよ」と返し、触れる。
一瞬の激痛の後……彼女の心は、ある男の元へと飛んでいた。
「あれ……」
気がつくと、先ほどまでいた移動要塞内部とは違う風景に囲まれていた。
「どこだろう……ここ……」
目に映る世界は全てセピア色。
空を見れば、薄い雲が上空の風に吹かれてちりぢりになっているところだった。
周りは砂が舞う荒野だけど、私がいた世界とは違い、枯れ草などが生え、次に訪れる命の気配を感じさせた。
「……君は、こう思ったことはないか」
目の前に筋肉質な男性の背が見える。うんと大きな背中で、髪は白色だ。
乾燥地帯特有の長い布の衣服で、右手には……血が滴る棍棒が握られていた。
「誰かを、殺したいと」
凶器の太い先端からは、ねっとりとした血が一粒ずつ地面にたれ落ちていて、石の地面を汚していた。
「……ありません、でも」
「でも?」
問いかけてきた男性が振り向く。
精魂な顔立ち、影のある銀の瞳、かさついた皮膚、その上に飛び散ったまばらな模様の血飛沫。
光彩は銀河のようにちらちらと燃えつつも、何もかも終わった後のような、静かな心の内が覗き見えた。
「……誰かを助けたいと思ったことは、何度もあって」
私の答えを聞くと、男性は目を細めた。
「君の名前を教えてくれないか」
低く落ち着きはらった声には、邪気も嫌みもない。
感情も薄く、簡潔な語り方をする人だ。
「……モモタ・トバルカイン」
胸に左手を置きながら、落ち着いた気持ちで答えた。
「私は……カイン。アダムの子」
彼はゆっくりと瞬きをした。
「初めて人を殺し、初めて嘘をついた男だ」
白いまつげの下にある瞳の影は、限りなく深かった。
「君は私の末裔だな」
「そんな……感じです」
セピア色の枯れ草を、遠い場所から吹いてきた風がかさかさと揺らした。
「……時に、君は運命の存在を信じるか? どうしようもない、世界の流れを」
繋がりが一見なさそうにも思える問いかけに、私は戸惑い無く言葉を返す。
「私の……家族みたいな人は、運命って言葉を嫌ってました。
それに……最後にお別れする前に、こうも言っていて」
目の前の人物に気持ちが伝わるよう、唇をそっと動かす。
「『世界も人間も、救わなくていいんだ。
誰かが書いた運命なんてないし、そんな苦しいだけのものは、君の人生に要らないだろう。
どうか、好きなように生きて』って……そんな、優しいことを」
一字一句間違いなく思い出せた。
私のピンク色の髪が揺れて、ほっぺたをこする。
「私、運命と呼ばれるものは、あるような気がするんです。
でもそれは……誰かに一方的に押し付けられるものなんかじゃなくて、自分で作っていくものだ」
「作る?」
「はい。どう生きて死ぬかは、自分で選ぶ、作り出せる」
定まった心で、私は自分の考えを述べていく。
「私はそうしたい。そのために……力が欲しい!
周りや世界から押し付けられるまやかしの運命、それをはねのけられる力を!」
そこまで言うと、私は一度唇を閉じた。
「……そうか」
カインと名乗った男性は、両腕を体の脇で弛緩させたまま、天を仰ぐ。
「君には間違いなくカインの血が流れている。
だが……君と私は、全く違うものだ」
彼は血塗れの体のまま歩いてくると、私の右肩に手をおいた。
「君は私の力だけ使うといい。カインの物語と感情は……いらないだろう」
私を見下ろすその顔は、とても穏やかで。銀の星瞬く星海の瞳には、私の桃色の瞳が映っていた。
「君は私の力を持つ。けれど、違う運命を描く。
借り物だと卑下する事はない、既に対価は支払われた──カインは君の言葉を得た」
祈りのような言葉が、流れていく。
「目を一度閉じて……また、開ける。その瞬間から、君は変わるだろう」
自分のものではない柔らかい力で、まぶたが閉ざされた。
「人間でも、英霊でもない存在……生者と死者の狭間、黄昏の道を行く者となる」
耳の横を、暖かい風が吹き抜けていく。
「……始まりの殺人者『カイン』が、自らの末たる君に力を貸そう」
彼に聞きたいことがまだまだあるのに、時間は止まることなく、むしろ加速していくような。
「鉄を打ち、そして」
切り落とされ、失われたはずの右腕に感覚が灯り、じんわりと温かくなっていく。
「──殺したいと願ったものを、殺せる力を」
そう思っていた矢先、全ての感覚が消え、私は光の中へ投げ出された。
目を、開ける。
半透明のパネルで蓋をされた長大な天井、火薬の臭い、遠くから聞こえる人の悲鳴。
移動要塞の中、閉ざされた空間。
(ああ……帰ってきたんだ)
心は凪いだ海のように穏やかで、目に映るもの全てが夕日の輝きを帯びているかのように見える。
なのに、全身の感覚は鋭く尖って、周辺のあらゆることを私に伝えてくれていた。
「……なに? ウサギちゃんどーしたの?」
光に包まれる前と同じ場所に、敵の姿があった。
「モモ、君……その姿は……」
震えているガトモスの声。
頭部に違和感があったので手を櫛代わりにして解かすと、ごっそりとピンク色の髪が抜けた。
「……もういい! 飽きちゃった! 死んじゃえ!」
メルティハウリン・キルロードが、手に持っていたナイフを投擲するが。
「……」
私は眼前に迫ったそれを、
そう、手だ、
ガトモスのリュックサック、その中にあった武器は、私の体と融合して、新しい手と腕になったのだ。
血に塗れたような黒色の、自在に動く右腕。
「なんで? さっきまでウサギちゃんの右手……無かったのに……!」
奪った刃物を手のひらに広げ、じっと観察する。
黒い金属を加工して作ったかのような、新しい私の右手のひらの上に、刃渡り30cmほどの軍用ナイフ。
私はそれを手の内で握ると……『作り替えた』。
オレンジ色にとろけながら物質が融解し、どろりと下向きへ伸びていく。
「キ、キルロードちゃんのナイフが……」
うろたえる敵の声を聞きながら、私は作り替えたナイフを手の内で回す。
それは、1mほどの長さの『槍』に変貌していた。
「あなた、なに……?」
ひるがえる刃の表面に、私の姿が映る。
色素の抜けた灰色に近い白髪、桃色を捨て去った銀色の瞳。……見える景色も、5cmほど高くなっていた。
私は右手に槍を構え、彼女が私へそうしたように、敵に自己紹介をした。
「──私はサーヴァント。我が真名は……『カイン』」
ガトモスが息を飲む。
「一番初めの嘘つきで、一番始めに、人を殺した」
人間だった頃のピンク色の髪が、地面にはらはらと束になって落ちていく。
映画で見た、桜の花びらみたい。
「……カインの鉄が、あなたを倒す」
キルロードの顔に浮かんだ感情は、強い恐怖。それを見ながら私は思う。
(なんだか……遠いところまで来ちゃったな……)
人間を止めて、サーヴァントに。
(でも、だからこそ! 出来ることがあるんだ)
もう、守られて、右往左往しながら逃げるだけの自分じゃない。
目の前の現実を変える力を、私は確かに手に入れたのだから。
「……よくも、よくもキルロードちゃんのお気に入りナイフを!」
ピンクの髪の2つの房を振り乱しながら、顔を激しく歪める彼女。
「ガトモス、銃貰うね」
「あっ」
腰を抜かしている彼の手からそっと銃を奪い取って、敵へ向ける。
狙いは。
「きゃぁっ!」
アンドロイドの足の膝。
弾丸は狙い通りに着弾し、シリコンと金属で出来た関節部を打ち砕いた。
私の右腕に発射の反動が伝わるが、それはごくわずか。
片足の機能を失った敵はがくんと姿勢を崩し、ピンクツインテールがふわりと揺れ動く。
その一瞬の隙を、私は逃さない。
「……うっそ!」
跳躍する、高さにして3m。
落下の勢いを利用し、敵の胴体へ強烈な蹴りを飛ばす。
ばったりと背中から倒れたキルロードの頭部へ、銀の槍を突き立てた。
「キ……キルロードちゃんが、こんな……人間……に……」
彼女の体から噴き出す赤い潤滑油が、返り血のごとく私にかかる。
被っていたローブと着ている飾り気のない茶色の作業服が、一気にぎとぎととした油の臭いに包まれた
「倒し……たかな?」
破壊した彼女の体の上に、へたり込みながら肩で息をする私。
「──まだだ、モモ!」
ガトモスの声で振り返り、彼の指さしている方向へ目を向けると、
揺れるピンク色のツインテール、先ほど破壊したばかりのキルロードと同じ姿。
(そうか! 意識だけ別の体に移したのか!)
かつて出会ったAI、スローネから得た情報を思い出す。
ブラックボックスからブラックボックスへ、AIは意識を移すことが出来るのだと。
(全部のアンドロイドボディを潰さないと……殺せない!)
遠い場所から悲鳴が聞こえてくる。
(でも、ただ殺したら分からないことが増えるばかりだ!
何体も倒している猶予なんてない! 活動を停止させる!)
周辺を見渡す。使える物はないか。
(あれを!)
私は低い箱型の建物の壁を蹴り上がって、殺風景な屋上に登り、そこからまた跳ぶ。
手を伸ばしたのは、敵が使っていた迷彩シート。
機能が停止されたのか、白く変色したそれは、丈夫そうで、分厚い。
持ち上げていたドローンから無理やり奪い取って、ばたばたと風を受ける音をたてながら、そのまま別建物の屋上へ着地。
「よし、追いかける!」
シートを手早く畳んで脇に挟み、キルロードの姿を探すが、路地が入り組んでいて、見下ろす屋上からでも視界は悪い。
(もっと高い場所……)
そう考えながら目線を上に移すと、小型プロペラで浮遊している何体ものドローンが目に入った。
「……いくぞ!」
迷い無く飛んで……ドローンに足をかける。
当然私の重量に耐えきれずに、ぐんと空中に沈み込むが、墜落する前に次のドローンへ跳躍する。
さながら、軽装の武士が飛び石に移って川を渡るように。
壇ノ浦八艘飛びならぬ、要塞内ドローン飛び。
私は、宙を駆けていく。
「嘘! 化け物じゃん!」
キルロードの焦った声。
敵より上をとっているおかげで、彼女の姿……箱や瓦礫が障害物になっている裏路地を、もたもたと逃げているのがはっきりと見えた。
「やだやだやだ! 来ないでよぉ!」
彼女は涙ぐむ人のように声を怯えさせるが。
「なーんてね♡ 嘘♡」
くるりと振り返り、高速で後ろ走りをしながら、小振りの薄いナイフを取り出した。
一度に5本ずつ投擲され、私の横を掠めていく。
頬が切れた。新しく生えたばかりの白の髪もちょっとだけ切り落とされる。
「キルロードちゃんの主義に反するけど……ぁたし、ロマンチストより、リアリストなんだー♡」
彼女の側に別のドローンが寄り、空輸してきた箱を落とす。
綺麗な形のふくらはぎのある足で蹴り上げて、箱を開けると、側転しながら中身を手に取った。
「ずがががががー♡」
中途半端な逆立ち状態のまま、片腕でぶっ放してきたのはサブマシンガン。
私はドローンを飛び石にするのは止め、屋上に降りて腰を落とし、体勢を低くした。
頭上を掠めていく無数の弾。着ているローブにも焦げ付いた穴が空く。
私は小脇に抱えていたシートを投げるように広げた。
「わ! 小賢しー♡」
白い布が空間に広がり、一時的だけど彼女の上方向の視界を奪う。
「さっきはちょっとだけびっくりしちゃったけど……もう油断しないもん♡
人間が高知能AIであるぁたし達『都市運営システム』に、それこそ逆立ちしたって勝てるわけないもんねー♡」
油断しきった、甘い声。
でも私は、旅をして、彼らの弱点を知っている。
「……にゅ?」
彼女は首を傾げていることだろう。
だって、さっきまでいた屋上に私が居ないのだから。
落ちていくシートと同じ速度で、建物下の地面に音もなく着地し、彼女に見えないよう、私は姿を隠したのだ。
そして、低い姿勢を保ったまま体で布を押す。
「やぁん♡」
ばさりと布がキルロードの体に被さったが、彼女は艶っぽさのある声を出すばかり。
……その油断に、私は甘えることにした。
(一瞬で決めないと、逃げられる)
分かっている、だからこそ冷静に。
(頭は潰しても逃げられた、なら……)
狙うのは胴体。布ごと彼女の胴体へ乗って……。
(脳みそであり心臓であるブラックボックスを……抜き取る!)
その身を包むシートと制服と、人工皮膚を一瞬で槍先で切り裂いて、内側を露わにした。
見えたのは、私の手のひらに乗るほどの黒い箱。
(読みが当たった!)
迷わず手を伸ばし、繋がっているチューブを千切りながら、むしり取った。
「ぁ……」
キルロードの体から力が抜け、サブマシンガンを取り落とした。ごとりと、乾いた地面に重たげな音と共に。
ブラックボックスを傷つけないようにしながら立ち上がり、私は首を動かす。
「ドローンが……」
ふわふわ浮かんでいた小型の機械達は、司令塔を失い、お互いにぶつかり合ったりして、がちゃがちゃと墜落していく。
「──動くな」
私はその声にびくっと身を
恐る恐る周りを見てみたら、幾つもの銃口が建物の影から私に向けられている。
「武器と持っている物を捨てて、両腕を上げろ」
レジスタンスの人間達が、怯えと警戒を含んだ表情でこちらを見ていた。
「……武器は捨てます」
私は槍を地面へ投げた。
「でも、ブラックボックスは捨てられません。壊れちゃうかもしれないから」
発言を聞いて、数人の大人が銃のトリガーに指をかけた。
「待って」
彼らを止めたのは、私が見たことのある人物。
(ミライとノインちゃんだ)
防弾ベストと銃を装備した彼女らは、私に近づくと、警戒の色が濃い瞳でじっと観察している。
「貴女、強いんだね。まるでサーヴァントみたい」
琥珀色の瞳を細めながら、ミライは冷静に言葉を続ける。
「それに、『ブラックボックス』の事まで知っているなんて、ただ者じゃないよね」
私は胸に小さな黒い箱を抱きしめたまま、目をそらさずに会話をする。
「色んなこと、知っています。貴女が知らないようなことも」
ミライは短い茶色の髪をなでながら言葉を返してきた。
「……司令部まで来て。貴女とお話ししたい」
私は無言でうなずいた。
第62話 次に咲くのは灰色の──
終わり