フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

62 / 121
 前回までのあらすじ
 突如、AI率いるドローンやロボット軍団に襲われるレジスタンス『アカツキ』。
 モモはガトモスに誘導され、避難場所であるシェルターに向かった。
 ──だけど、それは卑劣な罠。
 そこで待ちかまえていたのは、『メルティハウリン・キルロード』と名乗る、残酷趣味なAIだった。

 シェルター前で捕まり、逃げられない状態にされた人々と、ガトモスを人質に取り、とっさに隠れたモモを炙り出そうとするキルロード。
 モモは孤独を感じながらも覚悟を決め、AIの前に姿を表す。

「私はサーヴァント! 人類の守護者にして、お前を殺せる力を持った存在だ!」
 偽りの情報でAIを油断させ、ガトモスを奪還することに成功したモモであったが、事態は依然として絶体絶命の危機のまま。
 銃で応戦するガトモスに言われ、彼のリュックを漁り……ある武器を見つける。
 ……彼女は知る由も無いだろうが、それは世界で初めて人を殺し、神に嘘をついた男に由来する、凶器の欠片。

「それは……『人』が触れちゃいけない物なんだ!」
 止めるガトモスの声に、モモは自らは「『人』じゃないんですよ」と返し、触れる。
 一瞬の激痛の後……彼女の心は、ある男の元へと飛んでいた。


第62話 次に咲くのは灰色の──

 

「あれ……」

 気がつくと、先ほどまでいた移動要塞内部とは違う風景に囲まれていた。

 

「どこだろう……ここ……」

 目に映る世界は全てセピア色。

 空を見れば、薄い雲が上空の風に吹かれてちりぢりになっているところだった。

 周りは砂が舞う荒野だけど、私がいた世界とは違い、枯れ草などが生え、次に訪れる命の気配を感じさせた。

 

「……君は、こう思ったことはないか」

 目の前に筋肉質な男性の背が見える。うんと大きな背中で、髪は白色だ。

 乾燥地帯特有の長い布の衣服で、右手には……血が滴る棍棒が握られていた。

 

「誰かを、殺したいと」

 凶器の太い先端からは、ねっとりとした血が一粒ずつ地面にたれ落ちていて、石の地面を汚していた。

 

「……ありません、でも」

「でも?」

 問いかけてきた男性が振り向く。

 精魂な顔立ち、影のある銀の瞳、かさついた皮膚、その上に飛び散ったまばらな模様の血飛沫。

 光彩は銀河のようにちらちらと燃えつつも、何もかも終わった後のような、静かな心の内が覗き見えた。

 

「……誰かを助けたいと思ったことは、何度もあって」

 私の答えを聞くと、男性は目を細めた。

 

「君の名前を教えてくれないか」

 低く落ち着きはらった声には、邪気も嫌みもない。

 感情も薄く、簡潔な語り方をする人だ。

 

「……モモタ・トバルカイン」

 胸に左手を置きながら、落ち着いた気持ちで答えた。

 

「私は……カイン。アダムの子」

 彼はゆっくりと瞬きをした。

 

「初めて人を殺し、初めて嘘をついた男だ」

 白いまつげの下にある瞳の影は、限りなく深かった。

 

「君は私の末裔だな」

「そんな……感じです」

 セピア色の枯れ草を、遠い場所から吹いてきた風がかさかさと揺らした。

 

「……時に、君は運命の存在を信じるか? どうしようもない、世界の流れを」

 繋がりが一見なさそうにも思える問いかけに、私は戸惑い無く言葉を返す。

 

「私の……家族みたいな人は、運命って言葉を嫌ってました。

 それに……最後にお別れする前に、こうも言っていて」

 目の前の人物に気持ちが伝わるよう、唇をそっと動かす。

 

「『世界も人間も、救わなくていいんだ。

 誰かが書いた運命なんてないし、そんな苦しいだけのものは、君の人生に要らないだろう。

 どうか、好きなように生きて』って……そんな、優しいことを」

 一字一句間違いなく思い出せた。

 私のピンク色の髪が揺れて、ほっぺたをこする。

 

「私、運命と呼ばれるものは、あるような気がするんです。

 でもそれは……誰かに一方的に押し付けられるものなんかじゃなくて、自分で作っていくものだ」

「作る?」

「はい。どう生きて死ぬかは、自分で選ぶ、作り出せる」

 定まった心で、私は自分の考えを述べていく。

 

「私はそうしたい。そのために……力が欲しい! 

 周りや世界から押し付けられるまやかしの運命、それをはねのけられる力を!」

 そこまで言うと、私は一度唇を閉じた。

 

「……そうか」

 カインと名乗った男性は、両腕を体の脇で弛緩させたまま、天を仰ぐ。

 

「君には間違いなくカインの血が流れている。

 だが……君と私は、全く違うものだ」

 彼は血塗れの体のまま歩いてくると、私の右肩に手をおいた。

 

「君は私の力だけ使うといい。カインの物語と感情は……いらないだろう」

 私を見下ろすその顔は、とても穏やかで。銀の星瞬く星海の瞳には、私の桃色の瞳が映っていた。

 

「君は私の力を持つ。けれど、違う運命を描く。

 借り物だと卑下する事はない、既に対価は支払われた──カインは君の言葉を得た」

 祈りのような言葉が、流れていく。

 

「目を一度閉じて……また、開ける。その瞬間から、君は変わるだろう」

 自分のものではない柔らかい力で、まぶたが閉ざされた。

 

「人間でも、英霊でもない存在……生者と死者の狭間、黄昏の道を行く者となる」

 耳の横を、暖かい風が吹き抜けていく。

 

「……始まりの殺人者『カイン』が、自らの末たる君に力を貸そう」

 彼に聞きたいことがまだまだあるのに、時間は止まることなく、むしろ加速していくような。

 

「鉄を打ち、そして」

 切り落とされ、失われたはずの右腕に感覚が灯り、じんわりと温かくなっていく。

 

「──殺したいと願ったものを、殺せる力を」

 そう思っていた矢先、全ての感覚が消え、私は光の中へ投げ出された。

 

 

 

 

 目を、開ける。

 半透明のパネルで蓋をされた長大な天井、火薬の臭い、遠くから聞こえる人の悲鳴。

 移動要塞の中、閉ざされた空間。

 

(ああ……帰ってきたんだ)

 心は凪いだ海のように穏やかで、目に映るもの全てが夕日の輝きを帯びているかのように見える。

 なのに、全身の感覚は鋭く尖って、周辺のあらゆることを私に伝えてくれていた。

 

「……なに? ウサギちゃんどーしたの?」

 光に包まれる前と同じ場所に、敵の姿があった。

 

「モモ、君……その姿は……」

 震えているガトモスの声。

 頭部に違和感があったので手を櫛代わりにして解かすと、ごっそりとピンク色の髪が抜けた。

 

「……もういい! 飽きちゃった! 死んじゃえ!」

 メルティハウリン・キルロードが、手に持っていたナイフを投擲するが。

 

「……」        

 私は眼前に迫ったそれを、()()で掴んだ。

 そう、手だ、

 ガトモスのリュックサック、その中にあった武器は、私の体と融合して、新しい手と腕になったのだ。

 血に塗れたような黒色の、自在に動く右腕。

 

「なんで? さっきまでウサギちゃんの右手……無かったのに……!」

 奪った刃物を手のひらに広げ、じっと観察する。

 黒い金属を加工して作ったかのような、新しい私の右手のひらの上に、刃渡り30cmほどの軍用ナイフ。

 私はそれを手の内で握ると……『作り替えた』。

 オレンジ色にとろけながら物質が融解し、どろりと下向きへ伸びていく。

 

「キ、キルロードちゃんのナイフが……」

 うろたえる敵の声を聞きながら、私は作り替えたナイフを手の内で回す。

 それは、1mほどの長さの『槍』に変貌していた。

 

「あなた、なに……?」

 ひるがえる刃の表面に、私の姿が映る。

 色素の抜けた灰色に近い白髪、桃色を捨て去った銀色の瞳。……見える景色も、5cmほど高くなっていた。

 私は右手に槍を構え、彼女が私へそうしたように、敵に自己紹介をした。

 

「──私はサーヴァント。我が真名は……『カイン』」

 ガトモスが息を飲む。

 

「一番初めの嘘つきで、一番始めに、人を殺した」

 人間だった頃のピンク色の髪が、地面にはらはらと束になって落ちていく。

 映画で見た、桜の花びらみたい。

 

「……カインの鉄が、あなたを倒す」

 キルロードの顔に浮かんだ感情は、強い恐怖。それを見ながら私は思う。

 

(なんだか……遠いところまで来ちゃったな……)

 人間を止めて、サーヴァントに。

 

(でも、だからこそ! 出来ることがあるんだ)

 もう、守られて、右往左往しながら逃げるだけの自分じゃない。

 目の前の現実を変える力を、私は確かに手に入れたのだから。

 

「……よくも、よくもキルロードちゃんのお気に入りナイフを!」

 ピンクの髪の2つの房を振り乱しながら、顔を激しく歪める彼女。

 

「ガトモス、銃貰うね」

「あっ」

 腰を抜かしている彼の手からそっと銃を奪い取って、敵へ向ける。

 狙いは。

 

「きゃぁっ!」

 アンドロイドの足の膝。

 弾丸は狙い通りに着弾し、シリコンと金属で出来た関節部を打ち砕いた。

 私の右腕に発射の反動が伝わるが、それはごくわずか。

 片足の機能を失った敵はがくんと姿勢を崩し、ピンクツインテールがふわりと揺れ動く。

 その一瞬の隙を、私は逃さない。

 

「……うっそ!」

 跳躍する、高さにして3m。

 落下の勢いを利用し、敵の胴体へ強烈な蹴りを飛ばす。

 ばったりと背中から倒れたキルロードの頭部へ、銀の槍を突き立てた。

 

「キ……キルロードちゃんが、こんな……人間……に……」

 彼女の体から噴き出す赤い潤滑油が、返り血のごとく私にかかる。

 被っていたローブと着ている飾り気のない茶色の作業服が、一気にぎとぎととした油の臭いに包まれた

 

「倒し……たかな?」

 破壊した彼女の体の上に、へたり込みながら肩で息をする私。

 

「──まだだ、モモ!」

 ガトモスの声で振り返り、彼の指さしている方向へ目を向けると、人型(ひとがた)のものが建物の隅から逃げ出そうとしている所だった。

 揺れるピンク色のツインテール、先ほど破壊したばかりのキルロードと同じ姿。

 

(そうか! 意識だけ別の体に移したのか!)

 かつて出会ったAI、スローネから得た情報を思い出す。

 ブラックボックスからブラックボックスへ、AIは意識を移すことが出来るのだと。

 

(全部のアンドロイドボディを潰さないと……殺せない!)

 遠い場所から悲鳴が聞こえてくる。

 

(でも、ただ殺したら分からないことが増えるばかりだ! 

 何体も倒している猶予なんてない! 活動を停止させる!)

 周辺を見渡す。使える物はないか。

 

(あれを!)

 私は低い箱型の建物の壁を蹴り上がって、殺風景な屋上に登り、そこからまた跳ぶ。

 手を伸ばしたのは、敵が使っていた迷彩シート。

 機能が停止されたのか、白く変色したそれは、丈夫そうで、分厚い。

 持ち上げていたドローンから無理やり奪い取って、ばたばたと風を受ける音をたてながら、そのまま別建物の屋上へ着地。

 

「よし、追いかける!」

 シートを手早く畳んで脇に挟み、キルロードの姿を探すが、路地が入り組んでいて、見下ろす屋上からでも視界は悪い。

 

(もっと高い場所……)

 そう考えながら目線を上に移すと、小型プロペラで浮遊している何体ものドローンが目に入った。

 

「……いくぞ!」

 迷い無く飛んで……ドローンに足をかける。

 当然私の重量に耐えきれずに、ぐんと空中に沈み込むが、墜落する前に次のドローンへ跳躍する。

 さながら、軽装の武士が飛び石に移って川を渡るように。

 壇ノ浦八艘飛びならぬ、要塞内ドローン飛び。

 私は、宙を駆けていく。

 

「嘘! 化け物じゃん!」

 キルロードの焦った声。

 敵より上をとっているおかげで、彼女の姿……箱や瓦礫が障害物になっている裏路地を、もたもたと逃げているのがはっきりと見えた。

 

「やだやだやだ! 来ないでよぉ!」

 彼女は涙ぐむ人のように声を怯えさせるが。

 

「なーんてね♡ 嘘♡」

 くるりと振り返り、高速で後ろ走りをしながら、小振りの薄いナイフを取り出した。

 一度に5本ずつ投擲され、私の横を掠めていく。

 頬が切れた。新しく生えたばかりの白の髪もちょっとだけ切り落とされる。

 

「キルロードちゃんの主義に反するけど……ぁたし、ロマンチストより、リアリストなんだー♡」

 彼女の側に別のドローンが寄り、空輸してきた箱を落とす。

 綺麗な形のふくらはぎのある足で蹴り上げて、箱を開けると、側転しながら中身を手に取った。

 

「ずがががががー♡」

 中途半端な逆立ち状態のまま、片腕でぶっ放してきたのはサブマシンガン。

 私はドローンを飛び石にするのは止め、屋上に降りて腰を落とし、体勢を低くした。

 頭上を掠めていく無数の弾。着ているローブにも焦げ付いた穴が空く。

 私は小脇に抱えていたシートを投げるように広げた。

 

「わ! 小賢しー♡」

 白い布が空間に広がり、一時的だけど彼女の上方向の視界を奪う。

 

「さっきはちょっとだけびっくりしちゃったけど……もう油断しないもん♡

 人間が高知能AIであるぁたし達『都市運営システム』に、それこそ逆立ちしたって勝てるわけないもんねー♡」

 油断しきった、甘い声。

 でも私は、旅をして、彼らの弱点を知っている。

 

「……にゅ?」

 彼女は首を傾げていることだろう。

 だって、さっきまでいた屋上に私が居ないのだから。

 落ちていくシートと同じ速度で、建物下の地面に音もなく着地し、彼女に見えないよう、私は姿を隠したのだ。

 そして、低い姿勢を保ったまま体で布を押す。

 

「やぁん♡」

 ばさりと布がキルロードの体に被さったが、彼女は艶っぽさのある声を出すばかり。

 ……その油断に、私は甘えることにした。

 

(一瞬で決めないと、逃げられる)

 分かっている、だからこそ冷静に。

 

(頭は潰しても逃げられた、なら……)

 狙うのは胴体。布ごと彼女の胴体へ乗って……。

 

(脳みそであり心臓であるブラックボックスを……抜き取る!)

 その身を包むシートと制服と、人工皮膚を一瞬で槍先で切り裂いて、内側を露わにした。

 見えたのは、私の手のひらに乗るほどの黒い箱。

 

(読みが当たった!)

 迷わず手を伸ばし、繋がっているチューブを千切りながら、むしり取った。

 

「ぁ……」

 キルロードの体から力が抜け、サブマシンガンを取り落とした。ごとりと、乾いた地面に重たげな音と共に。

 ブラックボックスを傷つけないようにしながら立ち上がり、私は首を動かす。

 

「ドローンが……」

 ふわふわ浮かんでいた小型の機械達は、司令塔を失い、お互いにぶつかり合ったりして、がちゃがちゃと墜落していく。

 

「──動くな」

 私はその声にびくっと身を(すく)ませた。

 恐る恐る周りを見てみたら、幾つもの銃口が建物の影から私に向けられている。

 

「武器と持っている物を捨てて、両腕を上げろ」

 レジスタンスの人間達が、怯えと警戒を含んだ表情でこちらを見ていた。

 

「……武器は捨てます」

 私は槍を地面へ投げた。

 

「でも、ブラックボックスは捨てられません。壊れちゃうかもしれないから」

 発言を聞いて、数人の大人が銃のトリガーに指をかけた。

 

「待って」

 彼らを止めたのは、私が見たことのある人物。

 

(ミライとノインちゃんだ)

 防弾ベストと銃を装備した彼女らは、私に近づくと、警戒の色が濃い瞳でじっと観察している。

 

「貴女、強いんだね。まるでサーヴァントみたい」

 琥珀色の瞳を細めながら、ミライは冷静に言葉を続ける。

 

「それに、『ブラックボックス』の事まで知っているなんて、ただ者じゃないよね」

 私は胸に小さな黒い箱を抱きしめたまま、目をそらさずに会話をする。

 

「色んなこと、知っています。貴女が知らないようなことも」

 ミライは短い茶色の髪をなでながら言葉を返してきた。

 

「……司令部まで来て。貴女とお話ししたい」

 私は無言でうなずいた。

 

 

 第62話 次に咲くのは灰色の──

 終わり

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。