フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 少女フィリア・ピオーネは、胸に晴れない気持ちを抱えたまま、上級都市で華やかに暮らしていた。
 ある日、うたた寝した彼女は夢を見る。
 明るい庭園で……消して朽ちず、死なず、滅びない『永遠』を探していた、幼い子どもの夢を。
 子どもは青年と出会い、悲しみに寄り添い合い、共に生きていくことを誓うが……叔母であるエトに起こされ、夢は終わってしまう。

 心静まらぬ彼女は、サーヴァントオークション会場出口にてエトと別れ、他の娯楽施設を横目に歩いていく。
 彼女が行き当たったのは、人気(ひとけ)の無い映画館。
 その最奥のスクリーンでは、『マハーバーラタ』なる物語が上映していたね。
 心惹かれるものを感じた彼女は中に入り、幕が上がるのを待っていたが、いつまで経ってもスクリーンは光らず、闇のまま。

 ただ待ち続けていた彼女に声をかけたのは、顔の見えぬ謎の青年。
 青年は自らを「亡霊、残留思念」だと名乗ると彼女へ手を差し伸べる。
 そして、「ここから出て、終わってしまった物語の外へ旅立ちましょう」と言うのであった。


第65話 「時の砂は流れ落ち、再び降り積もることない」

 

 

 移動した場所は、劇場エリア内の休憩室兼、遺失物置き場。

 背もたれのない革張りの数個の椅子と、雰囲気作りのため、レトロな造形の自動販売機が並べられた空間。

 隅には、木製風の背の高い置き時計もあり。

 わたくしと……幽霊と名乗った青年以外、誰も居らず。なんだか廃駅のように忘れ去られ、寂れていました。

 

「何か無くしてしまったのですか? ■■■」

 訪ねる青年の声。

 わたくしが、エメラルド付きブローチを指先でいじりながら眺めていたのは、台の上にある忘れ物達。

 青年も横に立ち、散らばったそれらを眺めています。

 

「……そう言うわけではないのですが……どうしても何か、忘れているような焦燥感があるのです」

 色も形も千差万別、7つの忘れ物。

 白い車のおもちゃ。

 金属素材の小さな蟹。

 黒い紙飛行機。

 赤い2本角がついた、愛らしい造形の男の子のぬいぐるみ。

 ガラス細工の真っ赤な薔薇2輪。

 数種類の花の種が入った袋。

 目玉焼きの食品サンプルがあしらわれた髪留め。

 そのどれにも共通点など見つけられないというのに、心がざわついて、目を離す事ができないのです。

 

「あなたのこと、なんと呼べばいいのでしょうか」

 忘れ物を見つめたまま、隣に立つ彼に訪ねます。

 

「亡霊や、幽霊……などとお呼びください。現にそうですから」

「……では、幽霊さん……と」

 わたくしは目線を移し、彼を見上げますが……顔にはやっぱり(かすみ)がかかっていて、何も見えないのでした。

 

「幽霊さんには無いのですか? その……忘れ物や、焦燥感は」

 彼は顔の輪郭に、白い手袋に包まれた片手を当てると、首を傾けます。

 そして。

 

「──遠い昔、心を、置き去りにしてしまった。

 あの時の私は、それが素晴らしい考えのように感じられて……」

 と、穏やかな声で話し、そのまま言葉を続けます。

 

「少し長い話になりそうです。座りましょうか」

 銀色の脚をもつ四角い椅子へと促され、わたくしも彼も腰を下ろしました。

 

「……私の心の奥底には、私が切り離していた感情の(さかずき)があった」

 じじじと鳴いたのは、2台並んで置かれた自動販売機の電灯の音。

 

「その感情は……余裕がなくて、恥ずかしくて、みっともなくて……けれど、紛れもなく『人』のものでした。

 しかしその心の動きを、私は英雄には相応しくないと思っていた。

 嫉妬、嫌悪、疑念、怒り、嘆き、諦め……悲しみ。

 胸の内によぎる度、切って捨てて……『これは自分の感情ではない』と、心に刃を突き立てていたのです」

 わたくしは彼へ自らの言葉を伝えます。

 

「幽霊さんは、自分の心を……ずっと傷つけて、大切にすることが出来なかったということですか……?」

「振り返ってみれば、そうだったかもしれませんね」

 隣に座っている彼を見ます。膝より下の足は薄く消えかかっていて、本当に幽霊みたいでした。

 ……確かに今ここにいて、とても穏やかな声で話しているというのに。

 

「切り落としていた感情達は、積もり、淀み、固まり……。

 私の人生の終わりには、まるで1つの存在のように生きていける、人間性を持つまでになった」

 幽霊さんはわたくしへ真っ直ぐに顔を向け、語りかけてくれています。

 

「けれど、抱えたまま私が死ねば、誰にも知られずに失われていくはずのものでもありました。

 気にかけられない、省みられない、想われない、呼ばれない……愛を知らない。

 だからでしょうか……死ぬ前、命を天へと返す前に、私はこう考えてしまった」

 その言葉を口に出す前に、彼は一拍息を吸いました。

 

「『……私が死んだら、この感情はどこに行くのだろう?』……と」

 人々から忘れられてしまった遺失物置き場には、ひんやりとした空気に包まれています。

 まるで──高い山の上にいるかのような温度と気配でした。

 

「私は……死後、私の心が産まれ落ちますように、と自らへ祈った。

 神々に対してではなく、人にでもなく。自分へ祈りを捧げたのです。

 私の問い続けた心も、その奥底の幼い欲心(エゴ)も、いつか再び産まれ、生きられるようにと。

 ……そういう気持ちへ至った私が、無数に引かれていく世界の線のどこかにいたのです」

 彼の静かな声は、まるで降り積もった雪が溶けて流れ出た清水のようでした。

 

「最も苦難していた頃の私は、何回でも召喚され、その度に悩み、苦しむ。

 ……己の中の、もう1人の私に支えられながら。

 ですが、その痛み苦しみこそが、『生きていく』ことだと……」

 そこまで話すと、彼は顔を逸らし、絞り出すような声色に変わりました。

 

「しかしこの世界では……結果的に彼を1人にしてしまった。

 彼の側に、私がいない。おかしなことだ、2つ合わさっていなければ、人である『アルジュナ』たらないのに」

 アルジュナ、と、その名を呼びながら、拳をぎゅっと膝の上で握る彼。

 

「アルジュナの人生は……放浪、試練、苦難、出会い、別れが散りばめられていた。

 けれど……それ以上にあったのは……『死』、だった」

 彼の声は苦しげでありながらも、自らの業を真っ直ぐ目を逸らさずに見つめている人の、()()がありました。

 

「血の繋がった者同士での、殺し合い。幼い頃に教えを受けていた師との、殺し合い。

 顔も性格もよく知っている人の、殺された姿……。

 兄弟の子と……自らの子の死。心を打ち明けた友と、その親族の死……。

 何万という人々の死。戦いの後、聖地いっぱいに倒れていた人と動物の(むくろ)……。

 ──そして、私の手によって殺された者達の、絶命した後の表情」

 彼が膝の上で握る拳の強さは、声の力強さと比例するかのように増していきます。

 

「後悔の多い……人生だった。もっと、何か別の道はないかと探し続けた旅路でもあった。

 だが、私に与えられた全ての時の砂は流れ落ち、再び降り積もることない」

 彼はもう一度わたくしへ顔を向けます。にじんだ水彩画のような、このわたくしの目では捉えられない顔を。

 

「……この世界に召喚された私と彼を呼び水に、幽霊のような形で私は貴女の元へやってきた。

 語る以外力を持たない今の私ですが、何か意味があるはず」

「意味……ですか?」

 わたくしは考え込みます。

 幽霊さんに、いや彼に、わたくしがしてあげられること、あるのだろうか。

 

「何も思い浮かばない……まるで深い霧の中にいるみたい、右も左も分からないのです」

 それが自分の正直な気持ちで、発言の無責任さと中身の無さにうつむいてしまいました。

 

「──でも、胸に焦燥感が、『灯火』があるのでしょう?」

 わたくしは下を見たまま、心臓の上に手を当てました。

 とくとくと、鼓動を刻む小さなそれ。

 

「大丈夫。その熱があれば、きっと思い出せる、生きていける。

 ──もう一度、巡り会える」

 姿を目に焼き付けるため、わたくしは顔を上げ、彼に細い声で聞いてみます。

 

「……会えるかな、誰かに」

「ええ、必ず」

 彼は立ち上がりました、けれど……その体は、もうほとんど消えかけていました。

 

「幽霊さん、さようなら……なのですか」

「別れの時です。突然に来た亡霊ですから、去る時もこのようなものです」

 わたくしは慌てて立ち上がり、彼に手を差し出します。

 

「なぜでしょうか……! あなたと手を繋ぎたいと思ってしまったのです。

 とても強い気持ちが心の奥からあふれてきて、だから、私……!」

 彼は手を伸ばしてくれましたが、その指先も透明になりかかっていました。

 触れ合うことはなく、手と手が重なります。

 

「──さようなら、見知らぬあなた」

「──さようなら、私ではない私と巡り会ったあなた」

 そう言って、彼は手を離しました。

 

「私は、私の物語の中へ帰らなければ」

 言葉だけを残し、ゆっくりとわたくしへ背を向けると、服の長い裾を揺らしながら、『マハーバーラタ』の映画が上映されている14番スクリーンに入っていってしまいました。

 ……扉は、二度と開くことは無さそうでした。

 

「……あっ」

 休憩室隅の背の高い置き時計が、振り子を動かしては、ぼーんぼーんと音を鳴らします。

 時間は午後の3時、おやつの時間です。

 

「帰らなきゃ。エトおばさま、待っているでしょうから」

 わたくしは遺失物置き場を今一度見ます。

 白い車のおもちゃ。金属素材の小さな蟹。黒い紙飛行機。赤い2本角がついた、愛らしい造形の男の子のぬいぐるみ。ガラス細工の真っ赤な薔薇2輪。数種類の花の種が入った袋。目玉焼きの食品サンプルがあしらわれた髪留め。

 共通点の無い、ただの物体に見えていたはずの忘れ物達は、今見ると不思議と統一感があるように思えました。

 

(会いたい……この胸の焦燥感をもたらしている正体の、誰かに)

 きびすを返して、茶色のローファーでふかふかの絨毯を蹴りながら走りだしました。

 

 

 

 

 ショッピングエリアも、吹き抜けのある明るい道も、小走りで駆け抜けていたので、行き交う人は不思議そうな顔でわたくしを見ていましたが、気になりませんでした。

 

「エトおばさま……ただいま帰りました……」

 息を切らしながら玄関をデバイスの信号で開けて、我が家に帰ります。

 

「……あれ?」

 違和感がありました。

 エトおばさま、わたくしが外出から戻ると、手を広げて迎えてくれるというのが常ですのに、姿も、『おかえりなさい』の声すらないのです。

 

「おばさまー?」

 わたくしは考え無しに、リビングへ足を進めました。

 目に映ったものは──。

 

「逃げてぇ! フィリアァァァ!!」

 おばさまは居ました。フローリングの上に倒れていて、誰かに足蹴にされた状態で。

 所々に赤い線の入っている黒い服と、ぴかっと光を反射する黒いガスマスクをつけた、体格の良い2人組。

 

「あっ」

 黒い筒が、涙で顔がぐしゃぐしゃのおばさまの頭に当てられ、ちゅちゅんと変な声がして、足蹴にされていた体がちょっと跳ねました。

 その後に、淡い色のフローリングの上にじわりと赤い液体が広がっていきます。

 おばさまの着ている服にもそうです。

 

「……?」

 何が、起こっているのでしょうか。

 勝手に家に上がり込んでいる人達は、声の低さからどうやら男性のようで、わたくしの前で話し出します。

 

「お前なー……サイレンサーかませてるけど、そうバンバン撃つなよ。

 音が響くし、何より弾は高い。くそったれな世界の貴重品なんだぞー」

「でもこのおばさん、ずっとうるさいくせに対した情報も言わないし、イラっと来ちゃって」

「あーもう……次から気をつけろよ、気持ち切り替えろよー」

 2人の会話は終わり、わたくしへ、持ち手のある黒い筒の先が向けられました。

 

(あれは……)

 筒の正体がはっきり分かりました。映画で見たことあるそれは、『銃』。

 

「上流階級の、悪い悪いお嬢ちゃん、動くなよー」

「口封じしないとな、弾節約にナイフで殺そうか」

 ……おばさまは、ぴくりとも動きません。

 

「あ、はっ、はっ」

 呼吸が乱れます、心臓がどくんどくんと脈を速くします。

 

「やっ、あぁっ、嫌……嘘……」

 おばさまは動きません、瞳孔がぽっかりと暗く開いているのが見えます。

 ……完全に、死んでいる。

 

「嘘……嘘です……嘘……」

 ──いや、嘘ではない。

 わたしは、これとよく似た光景を見たことがあるはずだ。

 

(知ってる……覚えている……わたしは……)

 数ヶ月前、住み慣れていた地下都市で、この光景を! 

 

『痛い……痛いよぉ……』

『何が爆発したんだ! あ……俺の腕……どこいった……?』

『お母様ー! 足が、私の足、無い、無いよぉ!!』

 ごく普通に暮らしていた人達が、突然に傷つけられ、そして。

 

『上流階級を! 見つけ次第殺せ!』

『生存権を独占している、悪人どもめ!』

『殺せ! 殺せ! 殺せ!』

 ただ上流階級であるというだけで命奪われる、その様を。

 

「わ、わたくし……」

 がくがくと足が震えて、今にも腰が抜けてしまいそうです。

 

「動くなよ。大丈夫、さっと殺してあげるからな」

 2人組の片方が、死体となったおばさまを跨いで近づいて来ます。

 

(ああ……でも、これが正しいことなのかもしれない)

 晴れかけていた頭に、再び深い白の靄がかかってきます。

 

(だってわたくしは……生きているだけで悪い、上流階級なのですから)

 目線を下に向け、全てから目を逸らします。

 思考を止めて、諦めて──。

 

『逃げよう、アスカ!』

 脳内に響き渡ったのは、『彼』の声。

 

『死なないでくれ! 生きることを諦めないでくれ! 

 ……だって! 俺をどこかへ連れて行ってくれると! あの庭で約束してくれたじゃないか!』

 懸命さが込められた声も、ヘッドギア越しに見えた顔も、白い外套と機械を身につけた姿形も、全て思い出した。

 あの惨劇を見て、死んでしまおうと心から望んでしまったわたくしの、手をとってくれた人。

 わたしに、『永遠』をくれた、『彼』。

 

「……いや! わたし……死にたくない!」

 わたくしは男性を突き飛ばし、足を動かし出します。

 

「まだ、死ねないの!」

 思い出した、思い出したのだ! 

 

(わたしの名はアスカ! そして……)

 転びそうになったけれど、フローリングに両手をついて姿勢を立て直します。

 

(わたしには……アーチャーと、大切な仲間達がいる!)

 玄関の扉に右手をかけ、逃げます。

 

「……いや死ねよ!」

 後ろから男性の声と、再びの変な音。

 わたくしの右手首に弾が当たって、玄関扉に血が、大輪の花を思わせる放射状にびしゃりとかかりました。

 

「死ねない、死にたくない!」

 わたくしは足を止めずに左手で開けて、廊下へ飛び出します。

 

「アーチャー、モモ、バーサーカー……!」

 銃弾を受けた右手首を左の手で抑えながら、わたくしは駆け出しました。

 もう一度、思い出した大切な人達と巡り会うために……!

 

 

 第65話 「時の砂は流れ落ち、再び降り積もることない」

 終わり




 登場キャラクター紹介


 ??????→英雄の心残り
 クラス:なし(サーヴァントではないため)
 真名:アルジュナ
 マスター:なし(サーヴァントではないため)
 無数のアルジュナが召喚されたこの終末世界に現れた、亡霊のようなもの。
 存在しないはずのスクリーンの中、終わってしまったの物語の中で『彼女』を待っていた。
 彼は幽霊よりも儚い存在であるため、映画館から映画館へ跳ぶくらいしか出来ない。
 元々は、全て朽ちた地の底のシアターで、登場の機会をはかっていたのだ。

 待ちわびていた『彼女』に想いを伝えると、演者は微笑み、終わってしまった物語の中へ帰って行った。
 二度と扉は開かず、出演の終わった彼と出会う者もいないだろう。
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