フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 少女フィリア・ピオーネは、幽霊だと自称する青年と出会い、上映の終わったスクリーンから、遺失物置き場へ向かう。
「幽霊さんには無いのですか? その……忘れ物や、焦燥感は」と少女に訪ねられた青年は、少し昔話を始めるのであった。
 
 青年が語ったものは、『自らの心を蔑ろにしていた』という過去と、『それでも、自らの心がもう一度世界に生まれてくるように』との祈り、そして『多くの人を殺してしまった』、罪と、心残りの物語だった。
「幽霊のような形で私は貴女の元へやってきた。語る以外力を持たない今の私ですが、何か意味があるはず」
 青年は少女にそう言うが、少女は戸惑い、悩むばかり。

『胸に灯火がある限り、きっと思い出せる、生きていける。──もう一度、巡り会える』
 不安げな少女に、青年は最後にそう伝えた。
 2人は、死んだ者と生きている者、ふれ合うことのない握手を交わして、別れる。

 午後3時。エトの様子が気になったフィリアは、いつも通り帰宅した。
 けれど、そこに平穏は無く。家を占拠していた謎の男達の手によって、エトは銃殺されてしまった。
 目の前で行われた残酷な行為で、フィリアは思い出す。
 ──かつて住んでいた地下都市で起きた惨劇を。そして、自らのサーヴァントの……「死なないでくれ! 生きることを諦めないでくれ!」という、叫びを。

 少女は記憶と己を取り戻し、生きるために家からの逃亡を試みたが、右手首を打ち抜かれてしまう。
 それでもフィリアは、いや、アスカの足は止まらない。
 彼女は大切な仲間ともう一度巡り会うため、なにより生きるために、駆けだしたのだ。


第66話 誰もが誰かのリソースリソース

(痛い……痛い……血が止まらない、どうしよう……)

 わたくしは居住エリア内の、ガラス張りの廊下を走っていました。

 左手で力一杯に押さえている右手首は、銃弾が貫通して穴が空いてしまい、白い樹脂で出来た床へ、あふれた血が落ちていきます。

 

「逃げなきゃ……ほかの人にも、伝えなきゃ……」

 わたくしは自分のことを考えながらも、都市に住んでいる人々のことも思います。

 銃を持ち、相手の殺害も辞さない人間が内部にまでやってきている……それはひどく危険で、異常な事態だからです。

 

「君達! 何を……それは武器か?! やめろ! 考え直したまえ!」

 わたくしが向かう曲がり角の先に、品のいい老人がいました。

 ここからは見えない場所である、道の奥にいる誰かと言い争い、そして。

 

「ぎゃっ」

 また、ちゅちゅんと変な発砲音

 老人は弾かれたように後ろへ吹き飛ぶと、ぴくりとも動かなくなりました。白い床の上に広がる血。

 

(また……人が死んだ……)

 わたくしは傷を受けた右手を抑えながら、辺りを見渡し、耳を澄ませます。

 ……聞こえる。

 

「やめてやめていや撃たないで切らないで……ぱっ」

「大人しく従いますか……らぁぁぁ? あっあっ……」

 居住区の至る所から聞こえる、悲鳴、懇願……絶命の声。

 

「おい、廊下に1匹居たぞ!」

 わたくしは我に帰ります。そして、扉のある居住区側の壁へ体を貼り付けました。

 なぜなら。

 

(……銃が、また撃たれた!)

 黒い覆面とミリタリージャケットで体を隠した男性が、躊躇無く発砲してきたから。

 壁へ体をくっつけたことで、幸いにも弾の軌道から逃れることが出来ました。

 銃弾は真っ直ぐ飛んでいき、廊下突き当たりのガラス壁にヒビを作ります。

 

「人的資源だ! 狩れ狩れ!」

 他の人間を呼ぶ黒ジャケットの男。

 わたくしは考えます。

 

(どこもかしこも、銃を持ち、発砲に戸惑いもない人間ばかりです……! 

 逃走……経路は……)

 目線だけを動かして、思い当たりました。

 

(よし……この高さなら……大丈夫、きっと大丈夫です)

 男がわたくしから意識を外した瞬間に、駆け出します。

 あふれる血も、右手首を苛む激痛にも耐えて腕を振り、目指したのは、先ほどの発砲でヒビの入ったガラス壁。

 

「……どりゃぁぁぁぁぁぁ!」

 左肩で体当たりし、砕き破りました。

 その勢いのまま、わたくしは外へ……足場も何もない、(くう)へ。

 しかし、焦りは無く。自暴自棄の末の行動でもありません。

 落ちていく体の足先から、濡れていくのですから。

 

「わっ、はぷ……はぁ……はぁ……」

 ガラス壁の下にあったのは、子ども達のための公園。

 わたくしが狙って落下したのは、四角いプール。

 深さもあり、大きさもあって、2階相当の高さから落ちたわたくしの体を受け止めてくれました。

 

「ふぅ……ふぅ……」

 水泳経験なんて有るはずもなく。両手をとにかくがむしゃらに動かして犬掻きをし、縁にたどり着いて水から上がります。

 へたり込んで息を整えていたら、ちょうど目の前にあったベンチに、広げられた白いハンカチの忘れ物がありました。

 

(ごめんなさい……)

 持ち主に心から謝り、その布を右手首に巻きつけます。

 未だに血は滲みますが、こうして圧迫し続ければ、出血は防げるはずです。

 ……ずっと右手を抑えたまま、逃げるわけにもいきませんから。

 

「どこ行った?! まさか本当に飛び降りたのか!!」

 壊れた廊下から降ってくる男の声。

 わたくしは姿勢を低くし、人工樹木の木陰に潜みます。

 

(逃げるだけではだめ……向かう場所を決めないと……)

 頭の裏側がどくどくうるさいけれど、それを無視してわたくしは考え込みます。

 

(行うべきは……何か)

 思考は高速回転。

 

(モモとバーサーカーを探す、アーチャーを探す、デザートランナーへ戻る……)

 出てきた3つの案。1つずつ精査します。

 まず、モモ・バーサーカーと合流する案。

 

(……だめです、居場所の検討がつかない)

 世界反逆罪で拘束、連行された彼女彼らの向かった先をわたくしは知らない。

 

(アーチャーを、探す)

 2つ目の案も……悲しいけれど、現実的ではない。

 つるりとしたフォルムの棺……コフィンに詰められた彼の行き先、『リソースセンター』なる場所も、どうやって向かえばいいのか見当もつかない。

 

(令呪があったのなら……こんなこと!)

 悔しさで、自分らしくもなく歯軋りします。

 

(……でしたら、わたくしが取れる行動は……1つ)

 デザートランナーを預けたドッグの位置であれば、道のりも知っている。

 そこまでなんとかたどり着き、乗り込み、一旦都市の外へ出て……。

 

(旅の中、大きなワームロボットにも出会ったし、巨人と見紛うばかりの機械と戦ったけれど……最後には勝利した! デザートランナーを取り戻せれば、きっと、何とかなる、はずです……)

 行き先は決まった。

 ここから3km遠く。

 居住エリアを抜け、ショッピングモールエリアも駆け抜け、エレベーターで降りたその先にこそ、仲間との再会の力を持った車がある、わたくしを待っている。

 

「行かなくては。痛くてもひとりぼっちでも、行かなくては……」

 わたくしは決めました。

 かつてあの庭で……『彼』と共に生きていきたいと決めた、あの幼い時と同じ様に。

 

 

(……血と、それを引きずった痕跡が幾つかありますわね)

 吹き抜けのあるショッピングモールエリア。

 淡い色彩の丸がプリントされた壁には、時間の経過により粘性を増した血飛沫。

 ショーウィンドウには真っ赤な手形が。床には、引きずって連れて行かれるときに抵抗したのか、長々と深い爪の跡。

 

(こんなにも酷いことが起きているのに、なぜ、都市運営システムは何の行動も起こさないの?)

 シェルターへの避難を呼びかける声も、襲撃者の迎撃に躍り出るロボットなどの存在も見えない。

 ──都市自体が全くの無抵抗。

 わたくしの脳裏に、金のおさげを持つ、無慈悲で美しい青の瞳のアンドロイド、アイン・ピースフル・エーテルウェルの姿が思い浮かびます。

 

(彼女は自らを『人類を応援し、都市の安全を管理するAI』だと言っていたのに……)

 わざと使命を放棄しているのか、または、彼女がそれどころではない状況に置かれているのか。

 疑問はあるが、余分に思考を割くわけにもいかず。

 襲撃者の気配を伺いながら、不気味なほど静かなショッピングエリアを通り抜けました。

 

 

(この廊下……覚えていたとおりです! 

 この先にエトおばさまと再会した広場があって、外部からの人間の洗浄室があって……地下ドッグが、デザートランナーがある!)

 何の彩りも無い廊下を、穴が開いている腕を振りながら、がむしゃらに走ります。

 

(あと……少し……!)

 デザートランナーがあれば……デザートランナーがあれば、デザートランナーがあれば! 

 

(きっと、みんなにもう一度、会えっ……!)

「確保!!」

 目の前に突然巨大なネットが。

 わたくしの頭から被さり、体に絡みつきます。足がもつれ、倒れ込んでしまいました。

 

「あっ、なんで……!」

 もがきます。けど、四肢に黒いネットは絡んでいくばかりで。

 

「1人確保。手首に傷つきです、一応そっちへ連れて行きます」

 おばさまを銃殺した人とは少し装備が違う、顔を下半分覆うマスク、ジャケット姿の男が、襟に付けられた小型の通信機に話しかけつつ、わたくしを見下ろします。

 片手には、ネットを発射したと思われる大筒が。

 

「お願いです、見逃してください……! わたし、会いたい人がいるんです!」

 網に拘束され、床に転がったまま、懇願しました。

 

「そんな感じのお願い、もう30回は聞いたな」

 男は日常ごとのようにわたくしの言葉を切り捨てながら、ネットの端を掴んで動けない体を引きずり始めました。

 

 

「生存者こんだけか? あっちのレジスタンス殺しすぎだろ……」

「人道主義の『アカツキ』じゃないですね、俺達『マヒル』でもないし……『トコヤミ』の奴ら、頭空っぽの弾パンパン野郎しかいないんですかね?」

 運ばれた場所は、デザートランナーを預けた場所と似たような雰囲気の、天井の高い地下ドッグ。

 しかしあの頼もしい白の車は無く、襲撃者の持ち物か、無骨な砂色のトラックが何台も停められていました。

 

(他の人達も……捕まっている)

 わたくし以外の人も数人いて、同じように、黒いネットで拘束されていました。

 女性も男性も、子どもも、顔を青ざめ、歯を鳴らしながら、がたがたと震えています。

 そして、床に転がされている者達がまだいます。

 

「遺体は沢山集まりましたね」

 2人組の襲撃者達がのんびりとした口調で声をかけたのは、何十という死体……でした。

 死体は鼻や口から血を流し、目をかっと開いた状態のまま……明らかに、絶命しています。

 

「こんだけあると持っていけないですね、ここでリソースに変えていきますか?」

「そうだな、帰りの燃料の予備も欲しいし……」

 男達は、わたくしにはよく理解できない会話をしながら、作業を開始します。

 トラックの荷台から出てきた、車輪付きの大きな箱に、まるでゴミでも投げ込むかのようにして、女性の遺体が投入されました。

 がががと、柔らかいものと固いものを砕く水っぽい音。辺りに漂う、濃い鉄臭さ。

 

「──何をしているのですか……?」

 なぜでしょう。わたくしは、聞く前から答えを知っているような心地でした。

 

「うん? ああ、『地下生まれ』の人間は知らないのか?」

 男の1人がわたくしの前まで来て、教えてくれます。

 

「人間やらゴミやらを砕いて、地核から汲み上げた原液と混ぜたのが、『液体リソース』の正体さ」

 箱は……内側に機械の歯でもあるのか、ずがが、ずががと唸りつつ、死体を次から次へと砕いていきます。

 

「やっぱり人間だけだと質が悪いですね、サーヴァントのミンチ混ぜたら変わるのかな……」

「予備の燃料だし、こんなもんで十分だろ」

 そして、下部の蛇口を捻ると、あの馴染みのある、青に淡く光る液体が流れ出してくるのでした。

 

「……まだ生きている人達も、そうするのですか?」

 後ろで震えている人達に代わり、わたくしは問いかけます。

 

「いや、他の人間は……」

 箱の駆動音の合間から、男の答えが聞こえてきます。

 

「持って帰って、交配実験に使う。女の子は子どもを産んでもらうよ。人類は絶滅寸前だからさ」

「えっ? えっ?」

 思わぬ返答に、わたくしは混乱します。

 交配って、つまり。

 

「ごめんな。これも、生きるか死ぬかの生存競争だからさ」

 男達は網で覆われた人達をずるずると運び、トラックの中の箱へ詰め込んでいきます。

 白くて、まるで棺のような形のそれら。

 

(……あの箱に入ったら、もう二度と誰とも再会できないような気がする)

 直感でした。わたくしはもがき、少しでも襲撃者から距離を取ろうとしますが、上手くいきません。

 

(……わたし、アーチャーが、モモが、バーサーカーがいないと、何も出来ないんだ)

 じりじりと、男達はわたくしへ近づいてきます。全ての終わりが近づいてきます。

 

「ただの……無力な、女の子なんだ……」

 思わずぽつりと、頬を伝う涙と共に、口から諦めの言葉が出た瞬間。

 

「──いいや、アスカ・ピオーネ。君は無力だろうが、利用価値がまだある」

 聞き覚えのある、男性の声が聞こえました。

 

「誰だ!」

 襲撃者2人組の片方が銃を構えますが、その体に、暗がりから飛んできた銃弾が突き刺さり、倒れ伏します。

 残った1人も同様に撃たれ、持っていた銃を床に転がしながら、静かになりました。

 

「アスカ・ピオーネ、生きていてくれてありがたい。

 君の右手首の内側の……『生体内蔵デバイス』*1は、壊れているのか信号を受信できなかったからな」

 砂色のトラックの向こう、暗闇から、足音を響かせつつ誰かが出てきます。

 手には2丁拳銃、体は白いスーツ、金の整えられた短髪、20代前半を思わせる顔には、深い青の瞳。

 

「あなた……は、いえ、お前は!」

 その姿に見覚えあり。数ヶ月前に出会った存在でした。

 

「ツヴァイ・エーテルウェル……!」

 都市運営システムである、AIの1体。

 獣の耳を持つキャスターを無理矢理に従わせ、わたくしとモモをだまし、バーサーカーを罠にかけ。

 サーヴァントをすり潰して、それを利用した兵器まで作っていた、悪魔のような男。

 

「ああ、『人類なんか俺達AIに負けて死んでしまえ』で、お馴染みのツヴァイ・エーテルウェルです」

 わたくし達の目の前で、アンドロイドボディを自己破壊して消えた彼。

 まるで何事も無かったかのような、変わらぬ姿で立っていました。

 

「久しいですね、数ヶ月ぶり。

 ……フュンフ、じゃなくてスローネから話は聞いていたので、無謀な旅をしていることは知っていましたが。

 まぁ、元気そうで何よりでした、アスカ・ピオーネ。

 あなたが生きていないとリリスを殺せませんからね」

 彼は均整の取れすぎている片眉を上げながら、黒い網の中のわたくしを見下ろしました。

 

(……なぜここで、女神リリスのことが出てくるのですか?)

 疑念が胸の内に沸きました。

 

「そう眉間のしわを深くしないでください、あなたとそのサーヴァントを助けに来てやったと言うのに」

「助けに……?」

「ええ、はい、嘘ではなく」

 アンドロイドの顔を動かし、AIは笑います。

 

「連れて行ってあげましょう、アーチャー0961のいる場所へ」

 ……その言葉の意味を、考え込みます。

 

(なぜ突然現れたのか? わたくしとアーチャーを助けようとしている理由は?   女神リリスの殺害……? 

 何を言っているの、この男は)

 分からないことばかりが突然ぽこぽこと湧いてきましたが、何時間も悩みあぐねている余裕はないのです。

 今この瞬間にもきっと、『上流階級』というだけで殺されている、自由を奪われている人間がいる。

 

「……わたくしを連れて行きたいと言うのならば……この都市にいる人間の安全を確保してください。

 そうでなければ、あなたの提案には乗りません」

 あえてきつい口調でAIに伝えます。

 また片方だけ眉を上げるツヴァイ・エーテルウェル。

 

「なぜそう偽善者ぶって、無理難題を押しつけてくるんだ? 

 ……まぁいいさ、やるよ、やる」

 彼は数回瞬きをしました。それだけで。

 

『非常事態宣言発令。市民は落ち着いて、直近のシェルターへ避難してください。

 繰り返します、非常事態宣言発令……』

 無機質な女性の声があちこちから聞こえてきて、市民に呼びかけ始めます。

 次にツヴァイは、白いスーツの内側から細身のナイフを取り出して、床にひざまずくと、人をくるんでいる黒ネットを切り裂き始めます。

 

「助けてくださって、ありがとうございます……」

「わたし達は……どうすれば……?」

 体が自由になっても、まだ事態が完全に飲み込めていない市民の方々。

 

「シェルターの場所までナビを設定した。デバイスの指示に従い、さっさと避難しろ、邪魔だ」

 そんな彼らを短い言葉で追い払い、ツヴァイは立ち上がります。

 

「防衛用ロボットも起動させました。満足しましたか? アスカ・ピオーネ」

 わたくしは人間を超えた存在である彼の手腕に、舌を巻きます。

 

「はーい、こっちです。あなたのサーヴァントと会わせてあげましょう」

 2丁の拳銃をふらふらと手の中で弄びながら、歩いていく彼の背中。

 情報も力も持たないわたくしは、ただついて行くしかありませんでした。

 

 

 第66話 誰もが誰かのリソースリソース

 終わり

*1
地下都市で産まれた人類全てに埋め込まれている極小の機械。

 埋め込まれている箇所は右手首。

 正式名称は『生体内蔵型デバイス』、略して『デバイス』。

 生存権の管理、個体情報などを記録し、『都市運転システム』へと転送している。

 ある種の身分証明書であり、特別な人間に特別な管理コードが与えられている。

 人間以外……例えばサーヴァントなどに埋め込むのは違法。

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