キャスター171に誘われ、工場見学へ連れて行かれるモモとアスカ。
その先で謎の金属製品が作られているのを目にするが、それを何に利用しているかをキャスター171に問うてみても、はぐらかされるばかり。
中途半端な所で見学は終わり、アスカは市長に呼ばれ、別行動を取ることとなる。
生まれ育った地下都市とあまり変わりない町を、ぼんやりと観光するモモ。
駅の終点で、この世界で広く信仰されている『女神リリス』の立体映像を眺めていると、老婆モニカと、作業着を身に纏う黒髪の男性、アーチャー255に出会う。
穏やかな会話の中、意気投合し、モニカの家へ招かれるモモ。
人工的に作られたレモンティーを飲みながら、家族やサーヴァントとの関係について話に花を咲かせるが、突然モニカの容体が急変する。
「私を助けないで」と言うモニカへ、アーチャー255はサーヴァントの現界にも使われている『液体リソース』を飲ませ、発作の治療を行った。
アーチャー255はモニカの気持ちを知りつつも、静かに呟く。
「彼女の願いを叶えてやりたい気持ちと、彼女を死なせたくない気持ちが、いつもせめぎ合っている」
モモはモニカを彼へ預け、居住区に帰る。
「私の大切は……何だろう」と考え込みながら。
市長から借り受けている部屋にモモが帰った瞬間、先に帰宅していたアスカが、言葉を放つ。
「貴方のバーサーカーが処分された」
それは、彼を家族の様に思っていたモモの心を折るには、充分だった。
『都市運営システムが午後6時をお知らせします。都市運営システムが……』
ベッドの上、膝を抱えて、2時間くらい、泣いていた。
「バーサーカー……なんで、処分なんて。
彼が理由もなく暴れるなんて事、あるはず無いのに」
情けない、不甲斐ない、でも、それ以上に悲しかった。
「貴方の……本当の名前すら、まだ私……知らないのに……」
手の甲、時計のような赤い紋章の上にも、悔し涙の粒が……。
「……令呪」
はっとした。
違和感がある、そうだ、死んだおばあちゃんは私に何を教えてくれた?
10年以上前、サーヴァントとマスターの事、何と言っていた?
「サーヴァントを失った場合、令呪は未使用であろうと消える……!」
バーサーカーが処分されたというのに、赤い時計の形は損なわれていない。
依然、私の手の甲に。
「処分って言い方も、おかしい……!」
例えば……「倒した」とか「戦った」とかならまだ分かる。
だが、処分だなんて……まるで、一方的だったみたいじゃないか。
それに──あのバーサーカーが、大人しく負けることを良しとする男だろうか?
「アーチャー961!」
廊下を走り、リビングへ向かう。
テーブル周りの椅子に、アスカとアーチャーが座っていた。
「私のバーサーカーから何か聞いていない?
最後に会ったのはあなたでしょう?」
アーチャーに問いかけると、ヘッドギア付きの頭をわずかに傾けて、思考を巡らせる。
「……『アーチャー殿は対魔力あるからいいですね』と、それが、なに」
言葉を途中で切ると、外骨格で塞がれた口を手で覆った。
「バーサーカー04、まさか」
「どういうこと……ですの?」
話の流れがうまくつかめていないアスカに、アーチャーは段階をおいて説明する。
「対魔力は魔術に対する耐性です。私は持っており、奴は持っていない。
つまり、魔術的な手段で罠を仕掛けられた場合、バーサーカー04は為す術がない」
「ええっと……それが」
アスカは戸惑いを見せている。私も、声に出してこそはいないがそうだ。
「……ツヴァイのサーヴァントはキャスターだ、魔術に長けたクラスです。
奴は自らに何かをかけられると想定し、向こうに悟られぬよう私に警告した……のか」
アーチャーが口元から手を離す。
「市長とキャスターとの対面でそこまで先を考えたか。
だとしても分かりやすく伝えろ、賢しい男め……」
苦々しそうに吐き捨てるアーチャー961の声を聞きながら、私は令呪を指でなぞる。
「今分かることは、私のバーサーカーはまだ死んでいないという事。
市長とそのサーヴァントが何かしたという事の2つ」
リビングで、私は宣言する。
「アスカ、私、市長さんと話をしてくる」
その言葉を聞いた彼女は、椅子に座ったまま少しだけ悩む素振りを見せたが、顔を上げ、力強く頷く。
「わたくしも行きます。やっぱり! あの男悪巧みをしているのですわ!
よろしくて? アーチャー」
「私は貴女の武器です、従いましょう」
「2人とも……ありがとう」
アスカの両手を自分の両手で包み込み、礼を言う。
「気にすることはありません、トバルカイン。
それに……権力を持った悪代官をやっつけるのは、いつだって上流階級の役目ですもの! 多くの物語で目にしました!」
そう続けた後、自慢気に彼女は幼い胸を張った。
「アポイントメントがないと~……」
「キャスター171、もう一度言います、市長に会わせて」
道中は特権階級であるアスカのデバイスのおかげで、システムに止められることなくスムーズにいったが、最後に大きな障害が。
「
獣の耳を持った彼女、キャスター171が市長室の前に控えていた。
ターコイズブルーの瞳をうろうろと動かしながら、のらりくらりと彼女は話す。
「明日! 明日はどうです? お茶とお菓子もご用意できますし……」
「いいえ。今、お話ししたいのです」
時間稼ぎをされていると感じたのか、アスカは強い口調で告げた。
「……駄目で~す」
笑顔のまま、きっぱりと拒絶するキャスター。
「そう……とっても残念です」
わざとらしくアスカはため息をつくと、デバイスの仕込まれている右手首を見せた。
「都市28が上級都市ピオーネへ反乱を企てていると、報告させていただきます」
「……ふむふむ、ふみふみ、脅し、ですか。でも~……」
キャスター171の耳がぴくぴく動く。
「そんな権限、貴女に本当にあるんです?」
──笑みを絶やすことなく彼女から放たれた発言に、空気が冷たく張り詰めた。
「通してあげなさい。キャスター171」
「
奥の通路から、金の髪に青い瞳を持つ、白いスーツを着た30代ほどの男がやってきた。
昨日会ったばかりの人物、ツヴァイ・エーテルウェルだ。
「アスカ様にモモタ様、どうしたのです? 血相を変えて……」
「ごきげんよう、ツヴァイ市長。
お話したいのです。あなたのサーヴァントは抜きで、今、ここにいる3人で」
真剣な面立ちでアスカが言っても、彼はにこやかな笑みを浮かべるばかりだ。
「……市長さん、私のバーサーカーをどこにやったんですか?」
その笑顔にほだされず、私は畳みかけるように言葉を重ねる。
市長は体を揺すり戸惑いを見せながら、「ほぅ」と息を吐いた。
「お2人とも何か誤解されているようですね。
製造エリアでも見学しながら、お話ししましょうか」
応接室ではなく、奥へ続いている廊下へと、キャスターと一緒に歩き出そうとする市長。
「駄目です、キャスターは置いていって」
それをアスカが制した。
「アスカ様はアーチャーという凶器を持っていますのに、私には丸腰でいろと?」
彼は渋るような態度を見せたが。
「……しかし、ピオーネ家のご令嬢の言葉とあれば仕方がありませんね。
いいでしょう。キャスター、この受付で待機していて」
「仕方がないですね……」
市長とサーヴァントは条件を受け入れた。
手の動きを交えて自らのキャスターに命令すると、彼女は肩を落としながら従う。
「さぁ、朝の社会見学の続きと参りましょうか」
人当たりの良い笑みを顔の上に作ると、市長は私達を呼んだ。
「ここは溶鉄エリア、ここまではご存じですね」
「うん……」
廊下に開けられた窓の下は、朝見た景色だ。
外から回収された金属が分別され、溶かされていく。
一定の形になったそれらは冷やされ、インゴットとなり、ベルトコンベアを流れていく。
「精錬した金属は加工されます」
景色が知らないものへと変わる。
インゴットは再び溶かされ、ロボットアームが叩き、鉄板にしている。暗い空間に火花が散る。
「……何を作っていますの」
「内緒です」
アスカの質問に市長はまともに取り合わず、前を向いたままそう言った。
大量に作られた鉄板や部品は、ベルトを流れ次の場所へ。
ほの暗い空間が長々と続く。
「この都市を運営するのは大変でした。
自分がどれだけ他の存在に助けられていたのか、よく分かった」
白い靴が床に当たり、こつこつと音を立てた、
「苦労が骨身に染みてね……キャスターを召喚したのはその頃です。
人間であれば、80年以上は生活できる量の液体リソースが召喚に必要でした。
やってきてくれた彼女は、本当に私を助けてくれて……」
窓の外を見る。車輪を足とした運搬用のロボットが、せわしなく行き交っている。
「ここが終点です、お疲れさまでした」
廊下にはそれ以上先はなく、彼は立ち止まり、こちらを向いた。
「窓の外の……下を見て下さい」
暗い空間を切り裂くようにして、オレンジの光が何かを照らしていた。
「あれは……」
目を凝らす。
銀色の金属で出来た……巨大なカニ? のような八本脚の物が、鎮座している。
「モモタ様、あれが、貴女のサーヴァントですよ」
市長は私の横に立つと、そう言った。
「──えっ……?」
理解できず、惚けた表情になっている自分の間抜けな顔が、ガラスに反射していた。
「令呪を持って我がサーヴァントに告げる……来い! キャスター!」
鋭い声が廊下に響いた。
「はぁ~い。呼ばれて飛び出てキャスター171で~す!」
手品のように紙吹雪を巻きながら、遠い場所で待機していたキャスターが何の脈絡もなく現れる。
「そんな……!」
狼狽えるアスカの声。
「どうやら、サーヴァントについて勉強不足のようですね。
それではどんなに素晴らしい英雄を呼び出しても、意味なし、資源の無駄遣い」
市長の前に、人ならざる彼女が降り立つ。
「聖杯戦争にも生き残れませんね、かわいそうに……。
ですので、お2人のサーヴァントは回収し、私が使います。よろしいですね?」
両手の人差し指をぴんと立てからゆっくり前に倒し、市長は私達を指差した。
「ふざけないで……! アーチャー!」
アスカが指示を飛ばすより前に、彼は戦闘態勢を取っていた。
極小の
「令呪を持って我がサーヴァントに告げる。敵を分断しろ! バーサーカー!」
ガラスを突き破り、巨大な機械が突っ込んできた。爆音と共に廊下を形作る樹脂が砕け、ガラスが散乱する。
「バーサーカーはアスカのアーチャーを無力化。キャスターは2人を処理して」
「……はーい」
やや沈んだ声でキャスターが返事をした後、バーサーカーと呼ばれた機械カニが、4本の爪でアーチャー961をがっちりと掴んだ。
そして、自らが飛んでやってきた暗い空間へと力任せに引きずり下ろす。
「ツヴァイ・エーテルウェル! 貴方の目的はなんです!」
そう叫ぶアスカに、彼は金色の眉を片方だけあげて、興味深そうな顔つきで見下ろしつつ、言った。
「──聖杯です。聖杯戦争ですからね」
粉砕された樹脂の粒子が空間に舞う。
「私はキャスターと機械化バーサーカーと共に、この星を舞台にした聖杯戦争に勝利し、願いを叶えます」
彼は行き止まりであったはずの廊下に手を当てる。すると、壁がせり上がり、さらなる通路が現れた。
「後は任せますね、キャスター171」
「待て! 市長!」
私の声を無視し、市長は現れた通路へと消えていく。
「ごめんなさい、
甘い香りが辺りに漂い、人ならざる力を持つサーヴァントが私の真横に立った。
「幻に落ちて下さいね? お嬢様達」
ステップを踏み、身にまとう布を翻して、彼女は踊る。
視界が虹色に変色していく。背骨が揺さぶられ、感覚がぐるぐると回る。
「これが魔術……? 私のバーサーカーも! これで幻に……!」
「大正解です!」
首を動かし、私より後方にいたはずのアスカを探す。
「逃げて! アスカ!」
私のわがままにつき合ってくれた彼女を、私の破滅にまでつき合わせるわけにはいかない。
「大丈夫ですよ。ぽわぽわ~ってなって……全部、忘れてしまうだけですから」
「嫌だ!」
キャスターの言葉を無視し、アスカの元へ駆けようとしたが、足がもつれて転んでしまう。
前も後ろも分からない。けれど、前だと信じた方へ這っていく。
「誰か……誰か! アスカを助けて!」
手の甲にあるはずの令呪の形すら分からない。
情けなくて涙が出てきた、今日で2回目だ。
自分1人では何も出来ない、みんなに、迷惑かけてばかりで……。
「なぜ涙を流す?」
やけに自信満々な声がはっきりと聞こえた。目を開ける。
「天才が来たというのに」
──全てがとろけたような視界の中で、青い雷が見えた。
「君が彼女らをこうしたのかね?」
「アーチャー相手は荷が重いですぅ……」
短い会話が途絶えた後、視界が少しずつ晴れていく。
「間に合ったみたいで良かった……モモタちゃん……」
モーターの静かな駆動音が聞こえ、目の端に車椅子が映った。
「モニカ……さん?」
「まぁ、顔が埃だらけ。これを使って」
ハンカチが顔の前に降りてきた、片手で掴み、濡れた目元を拭く。
「貴女にお詫びを言わなくちゃと思って、探していたら、アーチャー255が騒ぎ出してね」
まだしょぼしょぼしている目で、車椅子を見上げる。
「感じたのだ……私と異なる
「彼を追ってここに来たら、すごい音がして……。
もくもくして、なんだかアクション映画みたいねぇ」
ようやく感覚がまともになった。砂埃でじゃりじゃりする床に両手をついて起き上がる。
「アスカ……」
少し離れた所に、右頬を下にして、黒い髪の彼女が倒れているのが見えた。
不安定に立ち上がり、走り寄る。
「アスカ、ねぇアスカ!」
膝をついて、体を強すぎない力で数回揺さぶると、呻きながら彼女は瞳を開けた。
「気絶するの……生まれて初めてですわ……」
「怪我、ない?」
「幸運なことに。トバルカインは?」
「ちょっと膝を打っただけ。問題なし」
アスカもぐったりとしながら体を起こす。
そして、車椅子の老婆とその側に立つサーヴァントをぱちくりと見た。
「この方は……」
「助けてくれたモニカさんと、アーチャー255。今日知り合った人達なの」
キャスターを追い払ってくれた彼は、機械カニが壁に空けた巨大な穴から半身を乗り出し、下を覗いている。
「素晴らしい! まさに神の
彼は感激したかのように叫ぶ。その後に、轟音と雷鳴が聞こえてきた。
きっと、下にある巨大空間で機械カニとアスカのアーチャーが戦っているのだ。
「……私、行かないと」
あの機械カニが私のバーサーカーだと市長は言った。ならば。
眉間に力を入れ、時計の形をした令呪を睨む。
「止めにいく。アーチャー255、私を下まで連れて行ってくれませんか」
身を乗り出したまま、アーチャーは顔だけをこちらに向ける。
「モニカ、彼女を下まで運んでもいいかな」
「ええ!」
彼の言葉を嬉しそうな声で快諾すると、モニカさんは筒のようなものを取り出した。
「はい、ボトル」
淡く光る液体リソースの入ったそれは、彼女の発作を止める生命線であり、サーヴァントをこの世界につなぎ止めるためのエネルギーでもある。
アーチャー255はモニカさんを見つめながら、戸惑うことなくそれを受け取った。
「モニカさん……でも」
「私がそうしたいから、こうするのよ、モモタ。それに」
彼女は乙女のように微笑む。
「彼の電撃ばちばち! 1回見てみたかったのよー!」
その顔は、発作や死への恐怖などなく、希望に満ちていた。
「ちょっと間抜けな格好だけど……行ってきます、モニカさん」
アーチャー255は右脇に私を、左脇にアスカを抱えている。
「いいのいいの! アーチャー255! 頑張れー!」
「モニカ! そこで私の雷を見ているがいい!」
「かぁっこいいー! あなたまるでシネマスターよー! きゃー!」
電動車椅子に座ったまま、モニカさんは拳を突き上げて、黄色い悲鳴を上げている。
……アグレッシブ。
「アーチャー255、わたくし、速かったり高かったりするの苦手ですから、行く時は行くと言って……」
「では行こう!」
「このアーチャー全然人の話を聞きませ……きゃあー!!!!」
抱えられている体が浮き、戦闘の余波で粉塵舞う中へ飛び込んでいく。
(この先にバーサーカーがいる……!)
肺を痛めないように息を止めて、真っ直ぐにこれから向かう先を見据えた。
第7話 希望は手の甲の上
終わり
単語説明
液体リソース
淡く青色に光る、謎の液体。単に『リソース』と称されることもある。
この世界において唯一と言っても過言ではないエネルギー資源で、サーヴァントの魔力源にもなり、車・自家発電機の燃料にも使え、飲んだり塗ったりすれば、簡単な傷や病の治療も出来る。