961が棺の中で見た夢は、英雄アルジュナが死を迎えるその時の光景。
しかし、一方的に流れるただの映像であったはずの夢は、961に語り掛けてきた。
……別れの言葉。「さようなら」と。
彼は目を覚ます。そこは人と英霊を砕いてエネルギー資源に変えている工場、リソースセンター。
遺体納められた棺の山に961は立つと、ある人物の声が聞こえてくる。
声の主はアイン・エーテルウェル。都市の安全を司るAIであり、モモを世界反逆罪により連行し、アスカを薬剤とナノマシンで操った存在。
人を守るサーヴァントと、人を管理するAI。
相容れぬ両者は戦闘へ移行したのであった。
アインがアーチャー961を殺さなければいけない理由は、主に3つあります。
1。彼は既に処分を決定づけられたサーヴァントだから。
2。アインの守るべき都市を、世界を乱す存在だから。
3。先日見つかった『S文書』。そこに書かれていた実験により生み出された、リリス様を殺しうる力を持ったサーヴァントだから。
けれど、もっとも強い思いは。
(何より……リリス様を殺せる力を持った存在を、アインは許せないから)
この世界には女神の敵が多すぎる。
地上にはびこるレジスタンスしかり、我ら『都市運営システム』に下っていない機械化サーヴァントしかり。
世界を守るため、人間を生存させるために、敵は殺さなければ。
(ですから、全武装をもってあなたを殺害します)
アインが両手に構えた銃を連続発砲する度に、強い反動が手首にかかりますが、特殊シリコンを混合した関節部が衝撃を吸収します。
これにより、本来発生する弾のぶれを最小限に抑え、ほぼ予測通りに標的へ攻撃が着弾。
「攻撃に……対処」
目標は、961が放った燃えたつ矢。
それへ銃弾を何発もぶつけ、着弾地点をずらします。わずかに逸れた矢は、液体リソースが詰められた後方の金属タンクへ突き刺さり、内容物を噴出しながら中規模な爆発を起こしました。
暗闇が燃える炎によって照らされ、工場内部は揺れます。
「アインは索敵を開始します……」
爆発による煙が晴れる前に、弾を撃ち尽くした拳銃を捨て、予備のもの……スカートをたくし上げ、太ももに巻いたホルスター内の拳銃2つと交換します。
そしてアインが向かった先は、初撃を終えて、人がすれ違うのがやっとなほどの狭い連絡通路へ降り立った、アーチャー961の側。
「……アスカはどこだ? トバルカインは?」
彼から矢継ぎ早に質問が。
「答えるとお思いで?」
銃口を2つ、サーヴァントへ向けました。
「……はっ!」
961は白い外套を爆風ではためかせながら、アインの行動を失笑します。
それもそのはず。サーヴァントには神秘が込められていない攻撃は通用しない、アインですら知っています。
だから、アーチャー961は2丁拳銃の弾を避けようともしない。
「……?!」
──けれども、その強者ゆえの油断が命取り。
彼の、機械部品の無いむき出しの頬を弾が掠めた瞬間、紛れもなく皮膚が切れ、小さな傷を作りました。
「魔術……いや、違うな。何らかの遺物を用いて、神秘を付与している……」
指先で傷口をなぞるアーチャー961。
「アインはあなたに理由を答えません」
続いて射撃しながら、サーヴァントを牽制。
(……攻撃が通用した
この銃の弾頭は、リリス様がお持ちの『衛星軌道上展開兵器ヴリトラ』の肉体を、一部練り込んだ特殊弾。
機械化サーヴァントである『ヴリトラ』の体は、サーヴァントに通ずる確かな神秘を携えています。
地球外周よりも遙かに大きい体を持ち、空を覆い、星にとぐろを巻く蛇竜『ヴリトラ』は、リリス様の強大な力の証明とも言えましょう。
「だが……その体を壊してしまえば、貴様がどんな奇策を用いようと関係ない」
獣性すら感じる、961の低い声。牽制射撃により、弾を打ち尽くした銃をリロードしている暇など、超常の存在であるサーヴァントは与えてはくれません。
「強い口調で述べます。簡単に壊せると思わないでいただきたいですね」
アインは袖の内側に仕込んであった予備の2丁拳銃を手の内に落とし、構えなおしました。
「……」
961は唇を固く結んだまま、走り……というより通路を低く飛ぶ勢いでアインに迫ります。
音速もかくやで突き出されたサーヴァントの片腕を、しゃがんで回避。髪の数本が吹き飛びましたが、それに構わずアインは動きます。
「ふふっ」
わざと笑い声をこぼしながら、金属製の狭い通路を前転して前に転がり、彼とすれ違う。
攻撃を避けられた961の、輝く金の瞳が滑らかに動き、アインの動きを追うのが見えました。
「……」
アインは、腰を低く落とした前転の状態から素早く立ち上がって、彼の顔めがけて発砲しますが、機械部品を付けた足の側面ではじかれました。
けれど、彼も無傷という訳ではなく、パーツに小さくヒビが入っているのが確認できます。
「……小賢しい真似をするんだな、都市運営システムというものは」
「はい、とアインは自らの行動を肯定します。
だって……世界には、処理に手間取る存在がたくさんいますからね」
短い会話の後、両者は走り出し、アインと961は真っ向から対決することになりました。
「……!」
どちらが息を吐いた音なのか、今は判断できません。
961が行った第一の攻撃は踵落とし。それも、足を高く上げて行う単純なものではなく、通路手すりを踏んで跳び、高さと全体重をかけた強い攻撃。
「!」
後方へ下がることで回避しました。攻撃をもろに受けた通路の薄い金網床は、落とされ、工場の下に広がる輝くプールへ。アインと961の間に、飛沫の壁が出来ました。
わずかに出来た隙間の時間で、観察したサーヴァントの行動から、次の攻撃を予想します。
(彼は初撃以外、矢による攻撃を行っていない。
残存魔力が少ないのか。それとも、これから先のことを見越して、節約でもしているのでしょうか)
過去に起きたサーヴァント戦闘のデータを閲覧できれば、傾向や予測が立てられるのでしょうが、そういった過去のデータは、『あるAI』の権限によりロックされていて覗けません。
(行動あるのみだと、アインは攻撃を続けます)
1秒も使用していなかった思考を中断。
アーチャー961が水飛沫の壁を突き破りながら、こちらへ向かってきたからです。
「くっ!」
肉薄してきた彼に、右手に持つ銃でそのまま発砲しようとした瞬間。
「なっ……」
アインにとって予想外の行動を取られました。
アーチャー961の頭部を戒めていた獣のような形のギアが、内側から開く顎の力によって、上下に引き裂かれ。
「馬鹿なっ!」
剥き出しとなった口と歯で銃を捉えると……暴発の危険性もあるだろうに、躊躇なくかみ砕いたのです。
視界いっぱいに広がる、強化プラスチックの黒の破片。
彼は動きを止めることなく、アインの右腕を両手で掴みました。
そのまま、ねじってアインの体を投げ飛ばそうとしますが。
「……だとしても!」
呆けるなんて、人間らしいことはしませんとも。
右腕を
「弾け飛べ!」
内部に仕込んである爆薬を起動させ、手榴弾のように至近距離で破片を浴びせます。
「これで少しは時間と距離を稼げるはずで……いない?」
敵のダメージを確認しようと数歩さがったところ、爆炎が晴れた通路にアーチャー961の姿は居らず。
「──上ですか!」
工場内部の監視カメラ映像から敵の位置を確認した時には、全てが手遅れでした。
アーチャー961はアイン目掛けて落下してくる。残った左腕だけで胴体を守ろうとしましたが。
「砕けろ!」
サーヴァントの声と共に、敵の腕がアインの胴体を貫通しました。
衝撃で人工毛を編んだ金のおさげが揺れ、自らの肩に当たります。
壊された左腕と、胴体からこぼれていく部品は、下で輝く原液プールへ、ぽちゃんぽちゃんと落ちていきます。
「同じことを何度も言わせるな……アスカ、もしくはトバルカインの居場所を言え。
AIとて死にたくはないだろう」
「アイン、は、言いません」
絞り出すように破損パーツから言葉を伝えると、彼はアインの頭を、空いている方の手で掴んで、貫いていた腕からずるりと外しました。
そして、連絡通路の落下防止の柵に叩きつけると、原液プールへと投げ捨てました。
『残存機体数、1000』
ええ。サーヴァントを前にしたAI及びアンドロイドなんてこんなもの。彼らの機動力、攻撃力に、正攻法で叶うわけはない。
ですから──遠慮なく、邪道を使うのです。
「アーチャー961」
新しく起動したアンドロイドボディのブラックボックスの中から、アインは体を動かし、彼へ呼びかけます。
足を動かし、連絡通路の奥から、彼の背中へ声を投げる、
彼も先ほどの行動でアインを殺せたとは思っていないようで、驚きも見せずにこちらを振り向きました。
「投降してください、さもなければ」
アインは銃口を顔へ向けます。サーヴァント戦闘用ではなく、通常の拳銃です、特殊弾がもったいないですので。
「この人間を、殺します」
腕の中で怯え震えているのは、逃げ損ねた作業員の男性、下流階級です。
生存権は残り5年の、都市運営システム基準から見れば『非常時には切り捨て可』程度の価値しかありません。
「たす……けてください、まだ死にたくない……」
作業服を冷や汗で濡らし、震えながら命乞いする男性を、アーチャー961は感情が伺えない金の瞳で見つめています。
(アインは思案します。さて、彼はどう出るのでしょうか)
これから先見せる彼の行動によっては、作戦を変更しなければいけないのですから。
「……面白くもない手を使うのだな、AI」
「その通りです。アインにユーモアのセンスを期待しないでください」
彼はこちらを睨み付けながら、ゆっくりと両腕を上げます。
いわゆる降伏のポーズ……ですが、みた目通りの意味を持っているとはアインは考えません。
「膝をついてください、再度拘束します」
男性に銃口を向けたまま、アーチャー961に命令します。
遠隔操作しているアンドロイドボディ数体が、彼の後ろにつきました。
そして、アインに言われるまま、彼は膝をついて──。
「……炎神よ」
短くそう呟いた瞬間、アーチャー961の両足が燃え上がります。
湿度が高く、薄暗い地下工場を、原液プールの青い光とは別の、青い炎が照らしていく。
その熱は大気の温度を上げ、そして。
(金属製の通路が、換装用ボディが……)
まるで日の下に置いた飴菓子のように、いとも容易く通路が溶け落ちていく。
拘束のために動かしていたボディは、炎に包まれた足で蹴り飛ばされ、胴体を焼かれ、黒く焦げながら落ちていく。
(やはり、先ほどの戦闘では力を温存していたのですね。
……ではこうしたら、アーチャー961はどんな行動を取るでしょう?)
アインは後方へ逃げながら、腕に抱えていた男性をわざと前へ突き出しました。
どろどろに溶けながら廊下は落ちていますから、男性の行く末は決まっています。
「あっ……ああああああああ!!!!!」
突き飛ばされ、原液プールへ真っ逆さまに落ちていく人間。死を確信した叫び声が辺りに響きわたります。
しかし、液体に落ちていく寸前、当然のようにその男性を抱き抱える姿がありました。
「……っ」
もちろん、男性を助けたのはアーチャー961です。彼は救助した後、両足側面についている強化外装から、青い炎をブースターのように噴射し、再び通路へ戻ってきます。
途中で途切れた通路を挟みながら、相対する彼とアイン。
「なぜ助けたのです?」
殺し合いの最中だというのに、不釣り合いな英雄的振る舞いを見せた彼に質問します。
「ここで、この男性を見捨てるという行動は……」
彼の瞳が一際強く大きく輝きます。
「
その姿を見て、アインは考えを巡らせます。
(アーチャー961は、英雄的な行為をしなければならないという、自らへの縛りに捕らわれている。
ですが……今回のように、人質を取ったとしても、それを簡単に助けられる力量もあるわけで。
アインとしても、彼を殺すために人的資源を削るわけにもいきません。
さて、どのように切り崩し、殺しましょうか)
平行して重兵器の起動を行いながら、処分対象であるサーヴァントを見つめます。
「あなたとマスターの魔術的関係は切れています、お互いの存在はもう感じ取れない。
だから、あなたはアインや他AIからアスカの居場所を聞き出すしかない」
純然たる事実を投げかけます。
「ですが方法はもう1つあります。単純な事です」
アインは彼が戦闘から逃げるのを防ぐため、言葉を紡ぎます。
「──アインを殺害し、安全を確保した後、アスカも、あなたの仲間も、自らの足で探せばよいのです」
最も、人間用の記憶処理薬によって脳をいじくられた、アスカ・ピオーネもといフィリア・ピオーネが、彼を自らのサーヴァントだと認識するとは思えないが。
「……私を誘っているのか」
「アインはその言葉を肯定します」
人間であれば身が竦みそうなほどの、殺意込められた声色で言葉を返してくるアーチャー961。
「そんな見え透いた罠への誘いに乗るものか」
サーヴァントは立ち上がると、先ほど助けた男性を抱えたまま背を向けて逃げていきます。
彼はアインを殺すより、逃げて仲間を探す事を選んだようです。
「──どのような行動を取るにせよ、アインはあなたを逃がしませんよ」
地下工場内外の監視カメラ映像を収集しながら、彼が逃げた方向へ最も近い場所にあるボディに、意識を転送しました。
第70話 アンドロイドよ死者の王と踊れ 前編
終わり
単語説明
S文書
詳細不明。
↓
リリスの7の滅びの使徒の1体。
アルターエゴ『本多
同霊基でないと読めないよう魔術的ロックがかけられており、長らく誰も解読することは出来なかったが、リリスが捕らえたバーサーカー04へ命じて、解読がなされた。
S文書本体は女神が焼いてしまったが、全文データは残されている。
ツヴァイ・エーテルウェルが一部内容を盗み、コピーすることに成功したが、その中には。
・女神リリスが星を破壊し、別の星へ旅立とうとしていること
・女神リリスを殺す方法数種類
・世界を救う方法
などが記されていた……らしい。
これを、人やレジスタンスの者達が読めば、『狂った女神を殺さなければ』の義憤に駆られることだろう。