動けないアイン及び天秤座の機械化サーヴァントを、一方的になぶっていくロボット部隊。
生まれた意味、努力の意味、存在の意味を全て否定されたアインは、その精神を歪ませ……『女神リリスより生み出されたものとしての本能』に目覚めてしまう。
それすなわち……人を害し、壊し、人で楽しむという振舞い方。
アインは機械化サーヴァントを再起動させ、ロボット部隊を楽しみながら殺戮していくが、自らの終わりも感じ取っていた。
──そして、終わりが来る。巨大な青く燃える剣を手にしたロボットを操縦するアーチャー961によって、アインは魂たるブラックボックスごと破壊され、沈黙した。
彼女が最後まで感じていたものは……『まだ生きて、リリス様の役に立ちたい』という、献身だった。
長きに渡る戦闘を終えたアーチャー961は、内部より来る痛みでうめいていた。
『炎神アグニ』と『雷神インドラ』。その2神を実験によってねじこまれたことにより、彼は強力な戦闘能力を得ていたが、体は機械部品で戒めていなければ崩壊するという、危うい均衡となっていたのだ。
しかしそれでも、体を引きずりながら961は歩き続ける。仲間を求めて。マスターであるアスカを探して。
軌道エレベーター外部の通路で、961とアスカは再会を果たすが、突如現れた女神リリスが、それを961の腕ごと切り裂いた。
目の前でアスカが落ちていく光景を見せられた961。
呆然とする彼を、女神リリスは軌道エレベーター内部へ連れ込んだ……。
内部はオレンジの光源で仄かに照らされた、嫌な熱気と湿り気のある空間だった。
「リリス、彼は?」
「私を殺すために作られた哀れなサーヴァントだよ、アサシン。
でも実験があったのは数百年も前だから……どこかで冷凍でもされていたのかな、不思議だね」
白い衣服に身を包み、タブレットに目を落として作業を行っていた男の顔は、あのバーサーカー04と瓜二つだった。
違う部分は、顔の半分が木製の仮面で隠されていない事と、瞳の色が緑ではなく黒である事くらいで。
「胸に貫通の傷……片腕は無い……切り落としたのか、何のために?」
「だって彼、弓兵だそうから」
背後から、嬉しそうなリリスの声がする。
「切り落としたら、ショックを受けるかなって。そしたらどんな顔をしてくれるのかなって」
「……君の予定外の行動で、被害を被るのは主に私なのだが?」
アサシンと呼ばれたその男は、声すらバーサーカー04と近しくて。
そんな存在が敵と会話しているという光景は、酷く俺の精神を不安定にさせた。
「初めまして、アーチャー961。私はリリスのアサシンだ。
それ以上の意味も価値も持っていない、だから君は私を記憶する必要はない」
男は淡々と告げると、再びタブレットへ入力作業を再開する。
「アーチャー961! 君をここに連れてきたのは他でもない! 君とお話ししようと思ったんだ!」
彼女は俺を樹脂製の椅子に座らせると。
「っ……!」
左太腿に白い剣を突き刺し、椅子に縫い付けて拘束した。
舌を噛んで痛みに耐える俺の顔を、笑みを浮かべて覗き込んでくるリリス。
「単刀直入に言おうか……私と家族になっておくれ!」
荒い呼吸をする度に、喉奥から血が溢れてきて、口内を鉄臭さが満たす。
会話をする気力も無く、ただ相手の言葉を耳に入れていく。
彼女の後ろで立っているアサシンが、大きくため息をついたのが見えた。
「家族になろう! いつだって笑いの絶えない、素敵な家族に!
私が姉で、君が弟! 兄が1人! 年の離れた叔父はアサシンさ!
父親と母親は……まだ候補を決めていないけれど、必ず見つけだしてみせる!」
彼女はペリドット色に輝く瞳を、興奮からか激しく瞬きさせる。
「答えは? あっ、家族になってくれたのなら怪我は治してあげよう、それはもちろんさ」
俺は血を飲んで胃に送ってから唇を動かし、彼女に答えを返す。
「……頭がおかしいのか、貴様は」
それが、率直な感想だった。
「あーあ……君にも断られてしまった、モモと同じだね」
「……モモに、会ったのか……?!」
「うん。でも、拒否されてしまったから……」
リリスは自らの首に親指を当てると、真横に引き、顔に似合わない下品なジェスチャーをした。
「殺したよ、彼女のサーヴァントも殺した。
私の家族になってくれない存在なんて、いらない」
暗い部屋の隅の机に置いていた、白のハンドバッグの中から彼女は何かを取り出す。内側から明るい緑の光が迸るキューブだ。
「これは、バーサーカー04の霊核さ。
少し調べてみて驚いたよ。まさか、自分の魂を加工し、丸ごと親友の魂を収めるなんて、正気を疑うような事をするサーヴァントがいるとは……。
これも、私を裏切り騙していたあの『アルターエゴ』の仕込みなのかな?」
俺は座ったままリリスを見上げた。
「それでね、これ……」
彼女はキューブに手を沿えると。
「えい」
拳を作り、叩きつけた。
大人だというのに、癇癪を起こしている子どものようにアンバランスな振る舞い。
「えい、えい、えい!」
テーブルの天板にひびが入るほどの力で、それの破壊を試みていたが、先に置かれているテーブルの方が壊れてしまった。
床に固い破片がばらばらと落ち、その中に四角が埋もれた。
「……バーサーカー04の霊基が薄く表面を覆っているだけなのに、中にいる存在の能力のせいで、ちっとも壊せない」
彼女は衝撃でわずかに桃色に染まった両手を、ペリドット色の瞳で見つめながら、無感情な声で言葉を紡いでいく。
「……私を裏切ったサーヴァントと、同じ真名を持つ男。
完全に殺してやりたいと強く思っているのに、全然駄目なんだ。
嫌な気持ちになるなぁ……本当に、苛つく」
その様子を眺めていた俺に、彼女は近づいて、腿に突き刺していた剣を抜いた。俺の首の後ろを、片腕だけで掴み上げる。
「話を戻そうか。
アーチャー961、随分頑張ってアインと戦っていたみたいだけど、無駄なあがきだったね。
君の仲間は死んだ。えーっと、君のマスターであるアスカは……アサシン、デバイス経由で生体反応を検索して」
マスターから片手間に命じられたサーヴァントが、タブレットを指先で叩く。
「アスカ・ピオーネ、生体反応無し、死亡、とのログがある」
「だそうだよ、アーチャー961」
彼女は俺を引きずったまま歩き、どこかへ向かっている。
「──残念だったね?」
俺が下ろされたのは、柵の無い通路だった。
遥か底には、あの原液リソースのプールが沸き立っている。
液体から放たれる強い青の光が、照明のオレンジの光と不安定に混ざり合い、空間を
「可愛そうに、アーチャー961。涙もでないのかな。
それもそうだろう。よく分からない実験にかけられ、神様の力を注入されて、うんと苦しい思いをしたのに、廃棄されて。
そのまま死んでしまえば楽だったのに、誰かに連れ出され、マスターが死ぬ光景を目に焼き付ける羽目になって。
……本当に、君はとっても可愛そうな男の子さ」
ちゃぷちゃぷと、熱い液体が波打つ音が聞こえる。
「君の前に、確実な死の方法がある」
リリスは白い剣で下を指した。
「楽になりたいのなら、飛び降りるといい。
原液は君を優しく抱き留め、全ての悲しい記憶を溶かしながら、暖かい死を与えてくれるだろう」
彼女は目を細めながら微笑んだ。
「サーヴァントの記憶処理にも使われている液体だから、効果は折り紙付きさ。
原液をサーヴァントの頭に流し込むとね……不思議と記憶を失ってしまう。
まるで、上から白のペンキをべったりと塗られた、油絵みたいに」
彼女の背後に、小さな少女がいつの間にか立っていた。
「おや、今来たのかい?
飾りなど何もついていない服に身を包んだ、10歳ほどの少女。靴は履いていない、素足だった。
「はい。軌道エレベーターの魔術的主柱、ガレス・キリエライトです。
女神リリスの命令により、ここに来ました」
片目を髪で隠した幼い少女にリリスは歩み寄り、優しい手つきで頭を撫でる。
「キリエライト、私と家族に……」
「貴女はわたし達の発展系ではありますが、同族ではありません。
ですので、家族にはなれません」
「……では、さようならだね」
「はい、キリエライトは終了命令を受諾し、自らの死を求めます」
幼い少女は感情の薄い声で残酷な事ばかり並べると、通路の縁へ立った。
「軌道エレベーター内部に据えられたキリエライトクローンは、オリジナルであるキリエライトと同じく、不死なんだ」
聞いてもいないのに、リリスは力なく床に座っている俺へ説明を始める。
「今から700年前の、聖杯戦争終了の後、各国は主要兵器をサーヴァントへ切り替えた。
……多くの兵器より、クリーンで人道的だったからね。
そして、世界中の国のどこでも、戦争に対する抑止力としてサーヴァントを召喚できるよう、世界に細工をしたのさ」
下から吹き上がってくる湿った熱風が、キリエライトと言われた少女の服と髪を揺らした。
「その細工こそ、赤道を通るように建てられた13本の軌道エレベーター。
カルデアから奪取された理論を基に、英雄の集う円卓になぞらえて建造された。
その中心部に、英霊を誘うため13体のキリエライトクローンが据えられたのさ……魔術的シンボルとして、円卓に座った騎士達の代わりにね」
キリエライトは目を閉じ、胸の前で手を組んだ。まるで、自らの死を選んだ罪の許しを神へ乞うように。
「こうして、星は円卓へと作り替えられた。
それからずっと……300年くらい、人は飽きもせず聖杯戦争を続けたんだよ」
そんな彼女に女神は歩み寄っていく。
「けれどね、人柱として作られたクローン達にも、未熟ながらも心があった。
多くのサーヴァントの生と死のデータを流し込まれた彼女達は、700年の時の中、悪性情報に蝕まれ、疲弊していった」
リリスの語りは続く。
「しかし、誰も彼女達を殺す力も、権利も持っていなかった。だからね……」
俺の腕を切り落としたのと同じ剣を片手に携え、少女の首にそっと添える。
「救世主として造られた女神リリスが、聖杯戦争と、彼女達を終わらせてあげたんだ」
刃は狂い無く首と胴体を分かとうとしたが。
「はぁ……はぁ……」
俺は思わず少女を突き飛ばし、庇ってしまった。剣で貫かれていない方の右足で床を蹴り、体を無理矢理動かして、少女を押したのだ。
背中の上をリリスの刃が走り、新たな傷が出来る。
「ぐ、くぅ……」
俺は守るために少女の元へ這い寄りながら、体を丸め、うめいた。
「まだ英雄を気取るのか、アーチャー961。それは君の本当の気持ち? それとも誰かの猿真似?」
分からなかった、けれど。
「分からない……でも、目の前で誰かが死ぬのは……もう……嫌だ……!」
半身を起こした俺の、絞り出すような叫びを受け、リリスの唇が動く。
「──そうか」
彼女の瞳に感情の色は無く、ただ明るい緑に輝いていた。
「そんなに見知らぬ少女が大切なら、一緒に死んであげるといい」
柔らかい声でリリスはそう言うと、俺の胸を蹴り飛ばし、諸共に突き落とした。
「あああ! ぐぅ……がぁ!」
とっさに左手で通路を鷲掴む。
共に落ちそうになった少女に対して、俺は呼びかける。
「俺の足に掴まって、離さないでくれ!!」
……それは懇願だった。無垢な瞳をした少女は、言われるがまま、足に掴まってくれた。
「君は意味の無い事をしている。
無駄に生き、無駄に嘆き! 無駄に悲しみ……」
まるで舞台に立っているかのように彼女は朗々と語り、白いドレスを着た身を翻す。
「無駄に……苦しんでいる。違うかい?」
「黙れぇ!」
俺は上に立つリリスに向けて、その言葉を否定するために叫ぶ。
「どうやら君は、とっても心が強いサーヴァントらしい。
ああ、困った……私、家族になる誘いを断った君の、心をどうしても折りたくてたまらないんだ」
リリスはだんまりを決め込んでいたアサシンへ声をかけた。
「私の大切な家族でありサーヴァントよ、知恵を貸しておくれ?」
「……『ヴリトラ』を使えばいいじゃないか」
間髪入れずに答えが返される。
「そうだった、私の蛇、星にとぐろを巻く彼の力を借りよう。
……まぁ元々、軌道エレベーターも上級都市も、私の世界にはもういらないから焼き滅ぼすつもりだったし、ちょうどいいや」
軌道エレベーターの、星の外に繋がる最上階の蓋が開き、開けた空の横から大きな球体がスライドしてくる。
上空より、振動が徐々に小さくなりながらここまで響いてきた。
その物体を、
巨大すぎる何かが見下ろしていて、目と目が、はっきりと合う。
「ぁ……」
全てが失われ、まるで、世界に『それ』と俺しか存在しないかのような感覚。
──
「先ほどから、音声でのログが1秒当たり30件来ていてな。
余分な負荷がかかるから、止めてほしいのだが……」
アサシンの声が、随分遠く感じた。
「どうやら彼は、400年前にアルジュナに負けたままでいたのが、よほど堪えたらしい」
薄いタブレットから、知っている者の声が流れ出した。
『アルジュナよオレは今歓喜に空の塵を震わせているまさか再びこの世界で会いまみえようとは思っていなかったああアルジュナなぜ腕がない至高の弓兵であるお前がよもやそのような姿になっていようとはオレは虚脱感を抱きかねないがまあいいそんな事はさしたる問題ではないオレはこの数百年我が父の軌跡に体を巻きながらお前を待っていたなぜか理由は互いに分かっているだろう雌雄を決するためだあの戦場でお前が我が半身を焼き焦がしておきながらとどめを刺さずに去った理由を戦いの中で問いただすためだオレはこの身を堕とし悪竜に変えてでももう一度お前と競い合いたかったそれも血を流し命を奪い合う戦場においてだなぜ反論をしないアルジュナ言葉を忘れたかオレはお前に投げるべき言葉を天駆けながら紡ぎ続けていた例えるならば遙か北の国に住まう戦乙女達が戦勝を占うかのようにそうか言葉すらオレ達の間には不要だとの結論にお前は至ったのかならばそれでいい我らが母は悲しむかもしれんがもとよりこうなる定めであったのならば言葉は不要』
神の血を引く、余りにも巨大な眼差しが、俺へ落とされていた。
『アルジュナよ、オレはお前を殺すぞ、それが運命なのだから』
衛星軌道に存在している眼球が、ぐりんと動いた。
虹彩の中心部には、竜の如き深い瞳孔が刻まれていて。
周りを覆う金属の部品も合わさり、あの男が決定的に変質している事を理解してしまった。
「紹介しよう、アーチャー961」
リリスが天を指す。
「我らが長兄、空を人類からあまねく奪った悪竜、機械化サーヴァント『衛星軌道上展開兵器ヴリトラ』だ」
遥か天に浮かぶ存在の視線に射抜かれながら、俺は言う。
「……違う、あの男はそんな名ではない」
衝動に駆られ、口が動いてしまった。
自分のその声には……呆然とした響きがあった。
第73話 素敵な家族
終わり