アーチャー961が軌道エレベーター内部で目にした者は、沸き立つ大量の青い液体と、バーサーカー04と瓜二つの姿をした、『リリスのアサシン』。
女神は961を剣でもって椅子に縫い付けると、こう提案してきた。
「──私と家族になっておくれ!」と。
その提案を蹴る961。リリスはその決断を惜しみながら、ある物を取り出した。
……宝具でもあるバーサーカー04の霊核。そして、彼と、彼のマスターを「殺した」という事実を。
アスカが、死亡したという結果を。
絶望の色を深めている961に、女神はささやいた。要約すれば、「飛び降りて死んだ方が楽になるぞ」ということ。
次から次へと襲い来る「仲間の死」の情報に、思考が追い付かない961の前に、少女が現れる。
名は『ガレス・キリエライト』。不死の少女のクローンであり、サーヴァントを兵器として呼び出すために鋳造された儀式の素材。軌道エレベーター内部に据えられていた生体部品。
人類は世界に13の軌道エレベーターを作り、内部に円卓の騎士の属性を帯びた少女を設置することによって、星を『円卓』へと組み替えてしまったんだ。
やって来た少女、ガレス・キリエライトを殺そうとする女神リリス。
アーチャー961は、咄嗟に少女を助けてしまう。
「目の前で誰かが死ぬのは……もう……嫌だ……!」と叫ぶ彼に、「そんなに見知らぬ少女が大切なら、一緒に死んであげるといい」と、女神リリスは961ごと少女を足で転がす。
961は片腕で通路に掴まり、下にある液体だまりに落ちないよう、少女を助けようとしていた。その様子を見てリリスは、彼を絶望させるために『最終兵器』を使う。
──軌道エレベーターの最上階が開き、
そして、リリスのアサシンが持つ電子タブレットから、知っている者の声が流れ始めた。
『アルジュナよ、オレはお前を殺すぞ、それが運命なのだから』
長々と続いた声は、それを最後に終わる。リリスは嬉しそうに自らの素敵な家族を紹介した。
「我らが長兄、機械化サーヴァント『衛星軌道上展開兵器ヴリトラ』だ」と。
……それを否定する声は、961のもの以外誰もいなかった。
「アーチャー961、ヴリトラは貴方とは別種のアルジュナに、400年前に半壊させられてから、ずっとこんな感じだ」
情報を付け足すリリスのアサシンの言葉も、ろくに耳に入ってこない。
「嘘だ……嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ……」
頬を温かな雫が流れ落ちていく。
(──俺は、どうして泣いているんだ?)
恐ろしいのか、ショックなのか、悲しいのか。
(きっと、その全てだ)
リリスは天を指差すのを止め、俺の元に近づいた。
そして、優しい笑みをそっと浮かべて囁く。
「ああやっと……絶望してくれた。
良かった……。世界に生きるものは、最後には結局絶望するしかないのに、君がしてくれなかったら、どうしようかと」
彼女は剣を振りかざし。
「キリエライト、『死にたい』と願った、君達との約束を守るよ」
ずっと床の縁に掴まっていた俺の手を、左腕ごと切り落とした。
「ぁ……」
全てが遠ざかっていく。
リリスも、アサシンも、そして。
『──アルジュナよどこへいく』
あの男と同じ瞳をした、悪竜からも。
頭の方が比重は重いので、落ちる時は自然と下になる。
長い時間、落下して。その間、先に落ちていくキリエライトと目があった。
「……」
自らの運命を受け入れた少女の顔は、穏やかで、からっぽで。
見ていられなかった。
「う……あ、あああああああああ!!!!!」
俺は小さな温もりと共に、忘却の力を持つという原液に、実質的な死に、頭から落下した。
「キミで10人目……だね、ガレス・キリエライト」
「はい、わたし達はあと残り3人です」
「キミが連れてきた彼は? 名前を知っている?」
「アーチャー961さん……だそうです。
彼はわたしが偶然連れてきてしまった。それと、ひどい怪我もしています」
少女と男性が、穏やかに会話しているのが聞こえる。
「治療をお願いできますか、ドクター」
会話に出てきたそれが、話している男性の名前なのだろうか。
「う……」
背中と頭にクッションの柔らかさを感じながら、瞼を開ける。
壁も家具も、透明感のある白で、小さな診療所のような空間だった。
薄い布のカーテンが吹き込む風で揺れて、覗き見えた外には、青く澄んだ空があった。
俺は体を起こそうとしたが、支えにするための両腕が無くなっていることを思い出した。
「他の皆のように行ってしまうのかい、ガレス・キリエライト」
「はい、リリスから『終了』の上位命令が下されましたから」
「ボクはこの空間で、沢山のキミ達を見送ってきた……それしか、ボクには許されていなかった。
……いつも悔しかった。キミ達の最後にしか寄り添えなかったから」
「そう気を落とさないでください、ドクター。わたしは嬉しいのです」
横たわったまま、キリエライトと男性の声を聞く。
「わたし達はオリジナルである『トワ・キリエライト』と同じく、死を奪われた存在です、わたし達は常に置いていく側でした。
けれど、こうして死を与えられ、多くの人々と同じ様に死ぬことが出来る。
これはとても幸福なことだと、わたしは思います」
「例え、その生に苦しみしかなかったとしても……かい?」
開け放たれた窓の外から、鳥の歌う声がする。
「それは違います、ドクター。わたし達は苦しくなどなかった。
世界を円卓へと作り替える為だけに製造されたわたし達は、全てをありのままに受け入れていただけなのです」
「心残りはないのかい?」
「それはありません。胸の内には今、喜びだけがあります。
わたし達にとって生と死は等価です。どちらも素晴らしい、命に対して与えられた贈り物です」
木々の枝葉が風でこすれる音を耳に拾った。
「でも、ボクは……悲しい。例えキミ達自身が納得していようとも、ね」
「貴方を悲しませてしまい、申し訳なく思います」
家具が床を擦る音がして、少女が立ち上がった事が分かった。
「もう行かなくては。
さようなら、ドクター。全てのわたし達は貴方に感謝しています」
「さようなら、ガレス・キリエライト。ボクに出会わなかった女の子」
「苦しさも悲しさも感じていません。死は、扉をくぐるようなものだとわたしは思います。
命は何度だって生まれ、次の新しい場所へ冒険に向かうのですから」
蝶番が軋む音がして、扉が開き、少女の足音が遠ざかっていく。
「……ぁ、ぁぁ」
見送った男は、拳を壁に叩きつけてから、己を責めるように泣いていた。
声を押し殺して、泣いて泣いて、涙を布か何かで拭い、呼吸を整えていた。
その音に、俺はアルジュナを思い出す。
(ああそうだ。誰にも見られず、悟られないように、こんな泣き方をする男だった)
男の呼吸が整い、立ち上がる気配。
「見苦しい姿を見せてしまったかな」
寝ている俺を覗き込んできたのは、目元を赤く腫らした、20代ほどの若い男だった。肌の色は俺と違って薄い。
白衣を羽織り、緑色のインナーを着て、首からは何かカードのような物が下げられていた。
明るい亜麻色の髪は結んでおらず、腰当たりまでゆるゆると伸ばされたままだ。
「初めまして。
ボクの名前はロマニ・アーキマン。ロマンって呼んでくれると嬉しい。
さて……まずは傷の手当てかな」
ロマンと自らを呼称した男は、俺の体を抱き起こしてくれる。
「体に色々と……機械の部品のような物が付いているけれど、外しても構わないかい?」
「問題ない……」
もはや意味をなしていない、ごくわずかに残されていた強化外装が、ゴム手袋をはめた指先で取り除かれていく。
「簡単な痛み止め薬とか、ボクが作れれば良かったのに……」
彼はぼやいてこそいるが、治療の動作は素早い。
切れて長さが変わってしまった両腕の断面を、消毒してから包帯を巻く。
真っ直ぐ体を貫いている傷と、ざっくりと斜めに走っている背中の傷を、薬が染み込んだシートで覆うように保護、更に包帯でずれないように固定。
足はズボンの布を一部切り、そこから消毒液を注入するが、彼は一旦手を止めて、眉をひそめる。
「鋭利な刃物による傷で……貫通箇所は胴体、左太腿。
手術しないと……でも麻酔が無いし、それに、終わるまでボクの意識が保つかどうか……」
「傷口を包帯で巻くだけでいい。サーヴァントだから、問題ない」
首を横に振って、彼に意志を伝える。
「ああそうか……サーヴァント、か……そうだよね。
ごめん、人間を相手にする時みたいな態度になってしまった」
彼は机の前の椅子に座ると、血で汚れたゴム手袋を外し、丸めた。
「……お茶でも入れようか」
アーキマンは蛇口で手を洗ってから、透明な水を2つのグラスへ等分に汲むと、緑色の粉を入れて混ぜた。
「ストローでも飲めるよう水出しの緑茶にしたよ。
口に……合うといいんだけど」
俺が移動せずともいいように、アーキマンの手によって、ベッドの上に折り畳みの机が展開され、茶と、ビニール包装から取り出された丸いお菓子が置かれた。
背が痛むので、なるべく動かさないように体を倒し、ストローで液体を口に含む。
「このお饅頭、ボクのお気に入りで……」
丸い菓子を半分ほど食べるアーキマン。
「しっとりした皮と、中のあんこの控え目な甘さが、緑茶とベストマッチでね……」
長い髪を揺らしながら1人で語り続ける男の姿は、まるで空元気を出しているかのようだった。
「……ここは、何だ?」
血の張り付いていた喉を緑茶で清めた俺は、男に質問した。
「星の地核であり、それと溶け合っているボクの精神世界……?
でも、物質は物質として存在しているから、精神と物質の両方の性質を持った空間なんだ……たぶん」
「なぜ疑問系をとる」
「ボクの意識は連続していないし、外の様子も分からないから、憶測するしかないんだ」
「……お前の言う外とはなんだ」
「地上のことかな……」
彼は机に置かれている卓上カレンダーに目を向ける。
「ねぇアーチャー961、今って何年か分かるかい?」
「……2713年」
「へー、2713年……2713年!!??」
ロマンは驚きの声を上げながら、勢いよく立ち上がる。
その拍子に卓上のカレンダーが揺れた。印刷されている日付は……『2016年』。
「ボクが聖杯を封印してから700年近くも経ってるのか!?
外……というか地上はどうなってる?! 教えてくれ!!」
「……知ってる範囲で良ければ」
オーバーなリアクションをする男だなと思いつつ、歴史について手短に話すことにした。
第74話 君は終わりとなる男
終わり