片腕を失ったモモタ・トバルカインは、新しい力を得て、レジスタンス組織『アカツキ』の元にいる。
アーチャー961は、重傷を負ったが、謎のサーヴァントと出会い、砂の中より引っ張り出された。
では……アスカ・ピオーネは、今どこにいて何をしているのだろう?
上級都市『ピオーネ』で傷を受け、女神リリスの手によって目の前でサーヴァントを奪われ、友の死を告げられ、崩れていく足場から謎のロボットの手によりさらわれた彼女の行方を、これから見ていこう。
……失意に沈んだ彼女の心、誰が救ってくれるのか。
第78話 絶望性の落下、その
暗い、暗い室内にて。
わたしは、ごわごわした布の上に足を崩して座り込んでいました。
「──アスカ・ピオーネさん」
悪意や敵意のない少女の声。うつむいていた顔を上げます。
「手を出してください」
その先に立っていたのは……『完璧なお姫様』でした。
シルクのような質感の布で作られた、紫がかったドレスを着て、長い髪を一つ結びにし、ふわりとしたシュシュで留めている、大きな瞳を持った女の子。
手袋と、足を飾るタイツは、左右で明るい緑と濃い紫の色違い。
「手首に受けた銃創の治療のため、水薬を塗布します」
けれど、そう告げた顔に浮かべている微笑みは、わたしから見れば、安堵を感じさせるものではなく、強い空虚を思わせるものでした。
「痛みを感じさせてしまったら、ごめんなさい」
手には封を開けられた缶詰めが。その中に少女の言う水薬が入っているのでしょう。
少女の姿は、天井に吊り下げられた電球の光で、全身に薄いオレンジ色がかかっています。
「……」
わたしは無言で腕を出しました。上級都市『ピオーネ』を襲ってきた者の銃弾によって、砕かれた右手首を。
「布を……取りますね」
少女は、まばらに小石が散らばっている床へ膝をつけると、缶詰めを脇に置き、深くしゃがんで、わたしが応急手当に巻いていたハンカチをそっと外しました。
時間が経ち、変色した褐色の血に染まった布が、床へ落ちます。
「……かわいそうに」
哀れむような言葉を少女は漏らした後、手袋を外し、痛々しい傷口に指をかざしました。
「では……治療を施しますね」
銀色の缶詰めが傾けられ、水飴のように透明で粘性のある薬が垂らされます。
電球のオレンジの光を抱き込んで、それは琥珀のように輝きました。
「いたっ……」
薬はわずかな痛みをもたらしましたが、その感覚はすぐに無くなり、続くように傷口も消えていきます。
「凄い……あっという間に治って……傷痕も何も……」
目の前で起きたことが信じられなくて、何度も手首を回し、先ほどまで傷のあった場所を確認してしまいます。
「体に、痛みの痕が残るのは悲しいことですもの」
少女は水薬を片手に立ち上がります。ドレスの裾が床の上の砂埃を引っかき、三角の線を描きました。
「ありがとうございます、その、お名前……」
きちんとしたお礼をするため、立ち上がろうとしたわたしを、少女は片手を見せて、やんわりと動きを制しました。
「私は、キャスター0067。真名、メディアと申します」
再びその顔に浮かべるのは、空虚のにじむ笑顔。
「女神ヘカテの一番弟子であり、皆様に寄り添う良き魔女──」
「キャスター67! こっちに来てくれ! 治療の必要な戦闘員がまだ沢山いるんだ!」
荒っぽい男性の声が奥から聞こえてきました。
「それではさようなら、アスカさん。
また機会がありましたら、お会いできるといいですね」
メディアは腰を折って丁寧な礼をすると、軽やかに駆けていってしまいます。
部屋唯一の光源である電球が、焦げるような音を立てながら明滅しました。
第18章 世界はゆっくりと牙をむいたから
わたくし……いや、わたしの名前はアスカ・ピオーネ。
かつて、上流階級であった者……です。
「……」
モモやバーサーカー04と共に、たどり着いた上級都市『ピオーネ』。
けれど、味方と思っていたエトおばさまに裏切られ、大切な友達と離れ離れになり。
アーチャー961も、令呪を無理矢理使わされた事で、理不尽に奪われました。
「……」
記憶まで消され、偽りの感情すら植え付けられていましたが、目の前でエトおばさまが殺された事で、本来の自分を取り戻しました。
「……」
傷だらけで逃げて、命を救ってくれた存在もまた目の前で失って……アーチャー961が、女神リリスなる者に殺害されるのを見て。
女神リリスに、『モモとバーサーカー04を殺害した』との事実を告げられて。
「……」
こんな悪い自分は死ぬべきなんだと、終わるべきなんだとと思って、建物の崩壊と、自分の死を受け入れたのに、なのに……。
「アスカー、夕飯食うか? カップ麺だけど」
まだ、のうのうと生きています。
「ビール飲む?」
「いりません……」
「そっか」
ベッドもキッチンも一部屋に詰め込まれた、息の詰まるような狭い空間。
地面に直置きされた低いテーブルの上には、コンロとヤカン、カップ麺が2つ。
卓上電気コンロで熱されたヤカンから、湯気が立ち上るのが見えました。
「ビール、ビール……ぷはぁ、常温でもうめぇ!」
正座をしているわたしの向かい側で、あぐらをかき、缶の酒をあおっているタンクトップ姿の短い赤毛の男は、『レッド』という名前です。
「オレ、カップ麺は短めの時間で食うのが好きなんだよ」
レッドは、瓦礫と一緒に落ちていたわたしの命を救った人間であり、回収され、オークションで格安で売られていたわたしを、購入した男でもあります。
ビールを飲んだ後、樹脂製の箸でカップ麺の中身を掴み、ずるずると啜っているレッド。
「もう3分経つぞー」
わたしはカップ麺の蓋を剥がしました。樹脂製の箸を使い、無気力に食べ進めます。
「アスカ、何があったか知らないけど、もう全部過ぎた事だろ。
誰々が死んだとかで泣くより、毎日を頑張って生きようぜ」
男は酒を飲みつつ、わたしにそう言いました。
「だってアスカ、生きちゃっているんだし。
オレとお前、『元上流階級同士』さ、仲良く、仲良くー」
わたしは黙って、カップ麺を食べ続けました。
レッドなる男に回収されたわたしは、家宝である紫の宝石付き髪飾りや、キルケーから贈られた、守護の力が込められたエメラルド、ツヴァイ・エーテルウェルから託されたデータ入りブラックボックス……つまり、持っている全てを奪われた後、都市を襲って手に入れた戦利品の一つとして、オークションにかけられました。
「早い者勝ちだ! さぁ、張った張った!」
ですが、値段は格安です。感染症の危険もある、手首の傷のせいでした。
買い手がつかず、液体燃料にするためのミキサーにかけられそうになっていたところ。
「じゃあ、オレが買う! オレが回収したもんだし!」
レッドは会場にズカズカと入ってくると、立ったまま簀巻きにされていたわたしの縄を切って、貨幣代わり(と後から彼が言った)の携帯食料を競売人の男に渡し、連れ帰ってしまいました。
それが数日前で、レッドはわたしを病院へ運び、傷の治療まで施し、何か手荒い事をするのでもなく……寝床や食事、水を与え、わたしを部屋で飼っています。
「ごぉぉぉ……ぐぉぉぉ……」
夜12時ごろ。
男のいびきを聞きながら、薄い毛布にくるまって、床に転がります。
「ごっごっ……がぉぉ……」
レッドから聞くに、ここは『移動要塞ハデス』なる建造物の中だそうです。
レジスタンス『トコヤミ』の人員や様々な兵器を内に抱き込みながら、敵に補足されないため、常に移動しているとか。
今いるレッドの家は、横に長い集合住宅の最上階……といっても、三階建てなので、そう高い建物ではないのですが。
「トコヤミ……」
それは、都市に攻め込んで、人を殺し、物を略奪していた団体の名前。
「わたし……何のために、生き延びてしまったんだろう……」
食事のゴミや、缶詰めが雑多に並べられた狭い部屋を眺めても、気が滅入るばかり。
「都市『ピオーネ』は……」
レッド達が引き上げていた途中に、破壊されたと聞きました。
天から降り注いだ極大光線……レジスタンス団体の彼らが言う『リリスの蛇の邪眼』によって。
子規模な隕石の直撃と同等の力によって、全て破壊され、クレーターが残るばかりになったと。
「モモ……バーサーカー04……」
彼女達は、きっと遺体も残らなかったに違いない。
「アーチャー……961……」
都市に回収された彼も、生きてはいまい。
「わたし……」
エトおばさんも、殺されてしまった。
上流階級なんて事も、今は何の価値もなく、意味もない。
今のわたしは、ただの生きているだけの肉の塊だ。
「……」
薄暗い部屋の中で、目に留まった物があった。寝ころんだまま手を伸ばしてみると、それはテレビの操縦装置……リモコンと呼ばれる物だった。
反発ある素材のボタンをでたらめに押してみると、部屋の隅にあったテレビが明かりを灯した。
『……のワンダフルキッチン! みんな元気だったかな?』
料理番組が放映されていた。それも、わたしが知っている人物の。
『えっ? 上手く撮れていなかった? もう1回? しょうがないなぁ……』
笑顔と白の歯が眩しい、西洋的な顔立ちの男性は、口角を大きく上げた笑顔で、テレビの前の人々に微笑むのです。
『トミーのワンダフルキッチン!
緑眩しい季節になったね! 今日は、楽しいパーティーにぴったりの刺激的なデザート……ティラミスの簡単レシピをご紹介!』
数百年前に世を去っている筈の彼は、今でも世界のどこかに生きているかのように笑って、お菓子の材料や道具を軽快に紹介していく。
「……モモ」
そう、あの子とこの番組を見たのだ。愉快なAIから持ちかけられた、クッキングバトルに勝つために。
(あの頃は、こんな事になるだなんて思っても見なかった。
こんな……全て取り返しのつかない残酷な世界に居るだなんて。
……いや、本当は薄々気が付いていたのに見ない振りしていただけなんだ)
自分の心すら騙して、気づかないようにしていた。
認めるのが、怖かったから。
「モモ……わたし、ひとりぼっちになっちゃった……。
もう、どう生きていけばいいのか分からないよ……。
ひとりじゃ、生きている意味ないよ……」
映像は、沈んだ気持ちと相反するように明るい音楽を流し、きらきらと輝くガラスと緑溢れる景色を映しました。
翌日。レッドはわたしに朝ご飯を与えると、外へ連れ出しました。
「A地区でまたガス漏れだってよー」
「マジ? じゃあ仕事何かあるかもな」
「行ってきまーす」
「食べ物持って帰ってきてねー」
集合住宅から出かけていく人々の様々な声が聞こえます。
「朝……」
わたしは呟いて、顔を上に向けました。
一日が始まるというのに、辺りは数十m先も見えない深い闇の中。
まさに
「アスカ、出かけるぞ。オレから離れないようにな」
「……」
「アースーカー!」
タンクトップの上から黄土色の作業着を羽織ったレッドが、赤い短い髪を少し揺らしながら、わたしを呼びます。
「……はい」
わたしの着ている物も、レッドとそう変わりはありません。
黄土色の作業着に、ズボン。都市から支給されていた制服とは違い、ごわごわして、硬い生地です。
「レッドは……仕事、行かなくて良いんですか」
集合住宅から離れ、もたもたと道を歩きます。
地面にはゴミが落ちていて、道にばらばらと立ち並ぶ街灯は、壊れているのか、不安定な光を辺りに振りまいていました。
「オレ、ロボット乗りだから、非常時にしか仕事ないの」
「非常時、ですか」
脳裏で思い出したのは、『ピオーネ』での惨劇。
「……都市を襲うのが、貴方の仕事なんですね」
投げやりな口調でレッドに言う。これで相手が激高し、叩かれようが殴られようが、もうどうでも良かったから。
「ちょっと違うぜ、アスカ。オレの仕事は……」
停電でも起きたのか、街灯が消え、辺りが一瞬だけ暗くなったその僅か数秒の間に、レッドは言葉の続きを言います。
「──人殺し、だよ」
街灯が点灯し、町は人工的な明るさを取り戻します。
「アスカは、人を殺したこと、あるか?」
足を止め、こちらに振り向いたレッド。
ためらいもなく問われたその言葉に、わたしは唇を堅く結びます。
(モモ、バーサーカー04、アーチャー961、エトおばさま……)
直接殺した事は無い。けれど、彼ら彼女らの死の原因として、自分がいる。
「……はい、あります」
口を開いて、言った。
「オレとアスカって、そういう所でも同じだな」
レッドはくるりと体を翻して、歩き始めました。
その後ろを、何も考えずついて行きます。
「……」
道端でうずくまっている老人が、うめき声をあげていることに気が付きましたが、何かをしてあげようという気持ちは湧いてきませんでした。
そんな冷血な人間ではなかったはずなのに。
(──今のわたし、空っぽだ)
身分も友達も失って、わたし、
第78話 絶望性の落下、その
終わり
単語説明
人間オークション
サーヴァントを競るオークションがあるならば、当然人間を売り買いするオークションも存在する。
貨幣価値ある携帯食料で取引は成立し、地下都市からさらってきた、見目が良かったり特殊技能をもった人間が対象。
それ以外の男性や女性は、オークションにかけられることもなく、求めた人間へ『配給』される。
レジスタンス組織『トコヤミ』
2713年現在、地上で大きく活動しているレジスタンス組織は3団体。
人道主義であり、人間オークションなども行っていない『アカツキ』。
善悪に対して中庸的な考えをもっている『マヒル』。
そして、打倒リリスを強く願い、悪辣な手段を取ることも辞さない『トコヤミ』である。
現在より200年前に作られた組織。超巨大移動要塞『ハデス』が拠点。
多数の兵器とロボットを所有し、人口も多い。