フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 レジスタンス組織『トコヤミ』に回収されたアスカは、物のようにオークションへかけられ、レッドと名乗る男に買われることとなる。
 赤い髪のその男は、アスカに食事を与え服を与えたが、それ以上何をするわけでも無く、さながらペットの如く彼女を飼っていた。
 
 友の死と、上級都市『ピオーネ』が『リリスの蛇』なる兵器によって蒸発させられたことを知ったアスカは、己が生きる意味を見いだせず、日々を絶望に沈みながら過ごしていた。
 そんなある日、レッドは彼女をどこかへ連れ出す。
 奇妙な縁で結ばれた2人の向かう先とは。


第79話 ヌードルと宝石、男と光、そして姫

 レッドの家である集合住宅から、裏路地に出て更に移動し、人でごった返す大通りへやってきました。

 男は言います。「まずは腹ごしらえ」だと。

 

「オヤジの店のヌードルが一番ウメェ。合成卵が絶品ー」

 樹脂製の箸で麺を掴みながら、テキトーな口調で料理を褒めるレッド。

 その隣に座って、わたしも食事をとっていました。

 

「レッドよぉ……褒めてもツケは減らないからな?」

「オヤジの店のヌードルが世界で一番ウメェ。麺、麺がサイコー」

 横に座るレッドと、店を切り盛りする、筋肉質な男性主人のやり取りが聞こえてきます。

 

「適当な事ばかり言いやがって! 今すぐ先月と先々月と先々々月の代金を払いやがれ!」

「オヤジのゲンコツが一番イテェ……力加減が絶妙ー……」

「あたりめぇだ! 昔はバリバリの前線組だったんだぞ!」

 2人をぼんやりと目に移してから、ラーメンどんぶりへ視線を向け、麺を啜ります。しょっぱい感じです。

 

「オヤジー、レッドなんかどうでも良いから、俺に替え玉」

「あいよ! 先に代金もらうぜ」

「ん、レーション」

「はい、替え玉。いつも通り、やや固めね」

「オヤジ、サービス最高だな」

 常連らしき男性と、店の主人の会話。

 

「……」

 食べ終わったわたしは、油でベタつく丸椅子の上から、辺りを眺めます。

 丸い形の赤いお店は開放型で、他の露天が並ぶ大通りにも机やテーブルが置かれています。

 中心部にあるキッチンからは、麺を蒸しているのか蒸気がもうもうと立ち込め、空気を湿っぽくさせていました。

 

「飯何にするー?」

「アレにしようぜ、アレ」

 今日の食事について相談している2人組。

 

「上級都市からの略奪品、数取れなかったらしいな」

「邪神リリス様が、『蛇』使って地下都市丸ごと吹き飛ばしちまったせいだろ?」

「明日は我が身だよなー」

「この要塞ハデスが見つかるはずないって。だって外からは見えない要塞なんだし」

「それもそうか。もう200年も見つかってないんだもんな」

 世間話に花を咲かせている人。

 それ以外にも、区別つかないほどの声や話題が耳に入ってきます。

 少し息苦しさを感じて、顔をカウンターに向けました。

 

「よう、レッドのお連れのお嬢ちゃん。替え玉いるかい?」

 お店の主人が、人当たりの良い声で話しかけてくれます。

 

「要りません」

「おう、そうかい」

 会話を短く終わらせて、目線を横に座るレッドに向けてみれば、拳骨で殴られた頭頂部をさすりながら、麺をモソモソと食べているところでした。

 

「しかしレッドよぅ……」

「なんだよオヤジ」

「オレ以外の店にもツケがあるってのに、女の子なんか家に飼ってどうするんだよ」

「……うるせー。黙ってスープ混ぜて、麺蒸してろよ」

 口の中の物を飲み込んでから、主人へぶっきらぼうに答えるレッド。

 

「へいへい」

 レッドが会話につき合ってくれないからか、主人はわたしへ顔を向けました。

 

「なんでラーメン屋やってるか教えてやろうか、お嬢ちゃん。

 昔な、映像資料で見たラーメンが旨そうで旨そうで……。

 良いよなぁ、昔の人間は。旨いもんもあったし、『リリスの蛇』がいないから、自由にどこにでも行けたんだろ?」

「リリスの……蛇」

 どこかで聞いた単語を、思わず繰り返してしまいました。

 

「そうさ、邪神リリスが地球の空に浮かべている、機械蛇! 

 空飛ぶ奴がいればビームで撃ち落として、レジスタンスの移動要塞を見つけたら、光線でドロドロに溶かしちまう!」

 主人は「おおぅ……」と声を漏らすと、わざとらしく怯えて見せます。

 

「リリスリリス、邪神リリス様! 

 人間から地上も空も、お日様浴びれる生活も奪っちまった、お綺麗な女神様!」

「オレは絶対ブスだと思う。人間にこんな仕打ちしている奴の性根は、絶対顔に現れていると思うね」

「おうレッド。食い終わったのか、替え玉いるか?」

「今日はいいや、御馳走さま」

 レッドは名の通り赤い髪を指先でいじってから、立ち上がります。

 

「ツケといて」

「来月には、絶対払わせるからな」

 主人に何も答えず、レッドは片手を上げてひらひらさせると、店を出て行きます。

 

「……御馳走様でした」

 わたしも立ち上がり、後をついて行きました。

 

 

「宝石さー、置いてない?」

 暗い夜に明かりへ釣られる虫のように、人でごった返す大通りを歩いて、隅にある小さな店にレッドは入ります。

 

「こんな湿気た質屋に、そんなもんがあると思うお前さんの頭が心配だね」

 カウンターの内側で、虫眼鏡でガラスの欠片を熱心に鑑定している痩せた老人が、この店の主のようでした。

 

「色付きの石なら何でも良いんだって! とにかく宝石!」

「今の世の中、宝石と呼ばれてるもんのだいたい、色付きガラスやジルコンだ。

 もし本物の宝石が見つかったとしても、レジスタンスのお偉いさんに取られて、砕かれて、兵器の加工に転用されるのが話のオチだよ」

「ジジイ! 石出せ!」

 レッドは子どものように地団駄を踏んでいます。

 

「無いと言っているだろうが! お前、今年で幾つだ!」

「たぶん……30超えた!」

「糞ガキめ! 帰ってカップ麺でも食ってろ!」

 お店の人が怒り出したので、レッドもわたしも急いで外に行きました。

 

「……宝石、探さないとな」

「なんで、ですか」

 レッドの目的が分からず、わたしは彼に聞いてみます。

 

「アスカさ、紫のやつと緑のやつ、持ってただろ?」

「……あっ」

 お母様の形見である、紫の石がはめ込まれた髪飾りと、キルケーから送られた、エメラルドの付いたお守り。

 

「大切な物なら、取り戻したいだろ?」

「それは……」

 レジスタンスの人達に取られたその時から、もう二度と返ってこないものだと、諦めていた。

 だから、彼の言葉は胸の内に響くほど衝撃的だった。

 

「……でも、あのおじいさん店主の言うとおり、もう砕かれてしまっているでしょう」

「分かんないじゃん、そんなのさー」

 レッドは人混みの流れに逆らって、力強く歩いていきます。

 

「もう一軒、馴染みの質屋あるからさ、そこも行こうぜ」

 疲れを見せない彼にため息をつきながら、背中を追いかけました。

 

「あっ、『紫姫様』だ。珍しいな」

 彼が誰かを見つけたらしく、不意に立ち止まり、ある方向を見ました。

 わたしも同じ方へ顔を向けます。

 

「──」

 枯れた噴水がある小さな広場に、少女が一人。

 歌いながら、煌びやかで柔らかなドレスを翻し、広場を囲む人々に舞を見せていました。

 

(メディア……さんだ)

 美しく儚げでありながら、存在感のある姿。わたしの手首の傷を治してくれたサーヴァント、メディアに間違いありません。

 

「──」

 少女が澄んだ声で歌い、布をステップの動きで揺らめかせれば、ごわついた作業服に身を包んだ人は、思わず立ち止まり、見入らずにはいられないようでした。

 歌の意味は分かりませんが、それ自体が素晴らしい旋律となり、次から次へと人が集まってきます。

 

「紫姫様は、レジスタンスのお偉いさんが所有しているサーヴァントなんだ。

 病院の仕事無い時は、こうして踊りと歌を披露してくれるんだよ」

「そう……なのですか」

 彼女の動きは穏やかで、声もそれほど大きくないというのに、その全てがはっきりと、目に、耳に届き、心惹かれてしまいます。

 

「──」

 紫姫が歌いながら、無邪気な動作でくるりと回ったその瞬間──わたしと、目が合った気がしました。

 

「──」

 彼女の唇が歌を止め、無音のまま何かを呟きます。

 

『ま、た、あ、し、た』

 と、言っているように見えました。

 

「アスカ、行こ」

「はっ、はい」

 レッドの声で我に返り、人混みから離れ、彼の言うもう一件の質屋へ向かいました。

 

 

 帰り道。

 大通りを離れ、集合住宅へ近づくにつれて、人通りはぐっと減ります。

 行きで見かけた、端でうずくまっていた老人は、姿を消していました。

 

「成果は無かったな。家に帰って、カップ麺食って寝ようぜー」

 路地にはレッドの声だけが響いています。

 

「……はい」

 わたしは口を動かしながらも、頭の中では少女、メディアの事を考えていました。

 

(サーヴァント……か)

 失ってしまったものと同じ存在を見た瞬間、心に浮かんだのは、『期待』の感情でした。

 

(あの唇の動きが、勘違いでなければ……メディアはわたしに、会いたがっている。その理由は分からないけれど)

 でも、会って何が起こるというのか? 

 

(ああわたし……まだ、『夢』を見ているんだ)

 帰路を歩きながら、胸に手を当てた。手のひらに伝わる、ごわついた布の感触。

 

(死んだはずの存在ともう一度出会うという、そんな『夢』を)

 子どもじみた自分の感情を、鼻で笑う。

 

(……そんなこと、あるはずないのにね)

 

 

 深夜。レッドと違い、ちっとも眠れないわたしは、テレビの電源をつけた。

 彼が言っていたが、このテレビは娯楽用にレジスタンスが要塞内で流しているものだそう。娯楽を生み出す力を無くした世界は、数百年前の娯楽にすがるしかなくなったのでしょう。

 見覚えのある声が流れ出し、男性の姿が映る。

 

『トミーのワンダフルキッチン! 

 今日は先週お伝えした予告の通り! みんな大好き鶏の丸焼きを作っていくよ! 

 キッシュに鶏の丸焼きが並んだパーティーなんて……考えてみるだけでワクワクだ!』

 画面の中、変わらぬ姿の男性は、香草や野菜、鶏肉について説明を始め、それをわたしはぼーっと見ます。

 鶏は、表面にバターを塗られ、お腹に野菜を詰め込まれると、オーブンの中へ納められました。

 

『焼いている間にそうだなぁ……トミーの友達の話でもしようか』

 手を洗い、付いた水分をタオルで拭き取りながら、男性は、太陽の光差し込む、明るく清潔なキッチンで語り始めた。

 映像の端には、朝露で輝く緑美しい庭が。

 ゴミと闇にまみれた、この世界とは大違い。だからこそ、現実を忘れてぼーっと見ることができるのです。

 

『トミーには……友達がいたんだ。幼なじみで、大親友。スクールも一緒で、趣味も合った』

 膝を抱えたまま、わたしは無感情に画面を瞳に映しています。

 

『けれどね……友達の体に、病気が見つかったんだ。

 ……治療の難しい、病気だった。お金だってたくさん必要になった』

 男性が頭を振りました。

 

『毎日、お見舞いに行って、道行く人に寄付もお願いした。

 友達は、信じられない量の薬を飲んで、腕には点滴を繋いでいた。

 ……顔はやつれていって、病状は瞬く間に悪くなっていった』

 トミーはカメラに背を向けると、鼻を小さくすする音を立てます。

 

『ある日さ、そいつ「キッシュが食いたい」って言い出して。

 俺はビビったよ、初めて聞く料理の名前だったから。

 ……作って、持っていったよキッシュ! もちろん、お医者さんの許可は得てね』

 耳に届いた料理の名前に、わたしはまばたきを繰り返しました。

 

『あいつ、「美味い、美味い」って何回も褒めてくれて、涙まで流したんだぜ? 

 その頃のトミーは料理の素人だった。キッシュの出来は……好意的に言って、40点ってところ。

 食べたがった理由を聞いてみたら、「前見たファミリー映画に出てて、美味そうだったから」……て』

 ……こんな考えが頭によぎった。「もしかしたら、彼の親友とわたし、同じ映画を見たのかもしれない」と。

 

『……そいつは最後まで、生きようとしていたんだ』

 画面外からスタッフがやってきて、トミーにハンカチを渡す。受け取った彼は、カメラに背を向けたまま、顔を拭く。

 

『えーっとね! トミーが何を言いたいのかと、まとめれば……友達は、大切にしようねってこと! 

 さぁ、チキンが焼けた!』

 オーブンからこんがりと焼けた鶏の丸焼きが出てきました。実に迫力のある料理。

 

「友達……大切……」

 そんなこと、分かってる。

 

「わたし、もっと、友達を大切に出来たんじゃないかな……」

 頬に冷たいものを感じ、指の腹で触れてみたら……わたし、泣いていた。

 

 

 

 

 翌日。

 

「レッド、これ、なんですか?」

 わたしは床にぺったりと座ったまま、低いテーブルの上に乗せられたカプセルを眺めます。

 

「ビタミンDの錠剤だよ。これが不足すると体が悪くなるんだって」

「栄養剤、ですか」

「今日は特別な日だから」

「何か、催しでも行われるのですか」

 わたしは錠剤を1粒手に取り、指先でつつきます。

 

「後で屋上行くから、その時分かる!」

 レッドは無精ひげの生えた口周りを掻いてから、大口開け、そこに錠剤を放り込むと、少量の水で飲みました。

 わたしは小さく唇を開け、錠剤を口内に押し込み、レッドとは別のコップで水を飲みます。

 

「よし! 屋上行くぞ、屋上!」

 彼の言うことを聞き、狭い部屋を出て、最上階である3階の、更に上へと向かいました。

 

 

 軋む階段を登り、屋上へ。

 転落防止の柵などない、平らな空き地には、幾ばくかの空き缶が転がっています。

 

「……何も、ない」

 立ち上がり、辺りを見渡しました。

 眼下に広がる闇の中には、背の低い建物が乱雑に立ち並び、その間を動く何かの姿が。

 人間でしょうか、それとも、恐ろしいものでしょうか。

 

「アースーカー! こっち、こっち!」

 奥でガタガタと物を動かしていたレッドが、わたしを呼びます。

 落ちないよう、なるべく真ん中を歩いて向かえば、この世界においてあまりにも場違いなアイテムが、2つ置かれていました。

 

「ビーチチェア……?」

 リクライニング機能がついている、全身を大きく伸ばせる特別製な椅子です。

 はるか昔には、こういった物が砂浜に並べられ、人々が寝そべり、心癒される時間を過ごしていたそうですが。

 それが、なぜこの闇に満ちた世界にあるのか、

 

「あんぜんせい? は確かだぜ! ほら、楽にして!」

「……」

 いい歳した大人であるはずのレッドは、少年のような屈託のない笑顔でわたしを見ています。

 (いぶか)しく思いましたが、ビーチチェアに体をあずけることにしました。

 

「闇……ですね」

 見上げた移動要塞の天井は、高さが分からないほどに暗く、一つの期待も持たせない風景なのに。

 

「いつまでも、そうじゃないさ」

「え?」

 レッドは何かを待ちわびているかのようでした。

 

「なに……が……」

 再び目線を上へ向けた時──世界が、一変しました。

 

「あ……」

 空に、直線的な光の亀裂が走ります。そして、暗闇が()()()いくのです。

 考えるに、天井が二重構造になっているのでしょう。外の光を防いでいたパネルがスライドして動き、透明なパネル天井を表にして、太陽光を取り込もうとしている。

 開いた天井から、わっと真っ白な光が降り注ぎます。

 

「今日はさ」

 弾んでいるレッドの声。

 

「『リリスの蛇』から逃げるために、いつも閉ざしている天井を、特別に開いて……太陽の光が中に注ぐ日なんだ」

 町を包んでいた闇が、光によって洗い流されていくかのようでした。

 注ぐ光が、空気中を漂う埃に反射して、辺りをきらきらと輝かせます。

 まるで……空から、光で出来た梯子が何本も降りてきているかのような……。

 

「……」

 わたしは言葉を失い、目の前の光景に心奪われていました。

 

「オレ、この時は、屋上で光を浴びながらお昼寝するのが好きなんだ」

 レッドはビーチチェアの上で大きく伸びをしてから、あくびを1つこぼします。

 

「アスカもさ、お昼寝しなよ。きっと気持ちいいぜ」

 わたしは、隣で眠りに入ろうとしているレッドの声を聞いてから、まばたきをします。

 

「お昼寝……」

 何て呑気な響きの言葉だろうか。

 でも……。

 

「そう……してみようかな……」

 まぶたが、すっと重くなってきた。

 過去も未来も、悲しみも楽しみも今は忘れて、ただ体を休める。

 ……思考が止まり、穏やかな眠りへと、わたしは落ちていきました。

 

 

 ──雲を失った、どこまでも青い空の下に広がる、砂世界。

 そこに何かが立っている。4つ足を持つ、黒の機械の獣だ。

 

(誰……ですか……?)

 獣は、砂吹きすさぶ荒野を歩いていき……やがて見えなくなりました。

 

「ま……待って……!」

 思わず追いかけてしまうのは、なぜなのか。

 

「待って、ねぇ! 待ってよぉ!」

 きっとその姿が、わたし達を乗せて旅してきた6輪の黒い車……『デザートランナー』に、どことなく似ていたからかもしれません。

 

「──さん」

 空から落ちてきた声に、わたしは足を止めてしまいました。

 その瞬間から、足先が砂にとられます。

 熱い横風が強く吹き、動けない。まるで、砂で出来た小人達に、通せんぼうされているみたいで……。

 

「──アスカさん、起きてくださいな」

 少女の声が、幻想のような夢を終わらせたのです。

 

 

「……」

 わたしは、ビーチチェアの上で目を覚ます。

 空は、太陽の光を取り入れる透明な天井のままで。柔らかな日が頬に当たる心地よさに、息を吐きました。

 

「う……うう……」

 レッドの様子を伺うと……ビーチチェアの上で大きな体を丸め、震えていました。

 

「母……さん」

 脂汗が、彼の額に浮かんでいます。

 

「ごめんなさい……オレ、自分が生きたいがばかりに、オレは……」

 口からこぼれ落ちているのは、後悔の言葉。

 彼は自分自身のことを『元上流階級』だと言っていた。

 それがなぜ、都市を襲うレジスタンスに参加しているのか。

 

(レッドにはレッドの、悲しみがあるんだ……)

 きっと見ているのは悪夢に違いない。揺さぶって、起こしてあげようとしたその時。

 

「アスカさん」

 再び聞こえた少女の声。

 わたしはビーチチェアから立ち上がり、屋上をざっと見渡します。

 けれど、わたしとレッド以外は誰もいない。

 目線を下の町に向けてみました。

 闇をはぎ取られた通りには誰もおらず、何の音も聞こえてきません。

 

「──呼ばれている」

 確信がありました。そして、呼んでいる人物の正体にも。

 

「レッド、少し出かけてきます」

 悪夢に襲われている彼を置いて、わたしは軋む階段を慎重に降りて行きました。

 

 

 太陽の光のおかげか、要塞内部のじめっとした空気は乾き始めていました。

 携帯食料のゴミや空き缶が転がると共に、砂埃が辺りを白く濁らせます。

 人の姿はありません。レッドのように、屋上で日光浴やお昼寝でもしているのでしょうか。

 

「──」

 そして、わたしはめぐり逢います。

 枯れた噴水の縁に座り、1人、歌う少女……キャスター、メディアに。

 彼女は手元に、小型のハープを抱えていましたが、音を奏でるための弦は張られていませんでした。

 

「──」

 だというのに、彼女は指を動かしては、儚げな声で歌うのです。

 ……見えないものが、まるでそこにあるかのように。

 

「アスカさん」

 少女がわたしに目を向けました。

 急いでやってきて、肩で大きく息をしている、みっともないわたしを。

 

「……こんにちは、メディアさん」

「はい、こんにちは」

 彼女はしとやかに微笑みます。

 

「わたしを……呼んだのは……貴女ですね」

「ええ。お話したいと思いまして」

 砂舞う閉鎖空間の中、メディアは立ち上がり、わたしの側にやってきました。

 

「でもまずは、『これ』をお返ししないと」

 艶やかな布手袋に飾られた、両手の平に乗せられていたのは、紫の宝石がはめ込まれた髪飾りと、エメラルドで作られたお守り。そして……AI、ツヴァイ・エーテルウェルから託された、データ入りの小型ブラックボックス。

 

「どうして、貴女が『これ』を?」

 受け取った後に口にした、わたしからの問い。彼女は答えず、弦の無いハープの背を撫でました。

 風が吹き、彼女とわたしの髪を揺らします。

 

「こちらへ。私の家でお話ししましょう」

 捕らえ所のない態度ばかりを見せる彼女に、不思議な気持ちを抱きつつ、歩き始めたその背中を追いかけました。

 大通りは、昨日レッドと食事をしたラーメン屋さんまで、がらんと誰も居なくて。

 まるで、世界にわたしと彼女しかいないような……そんな気持ちになるのでした。

 

 

 第77話 ヌードルと宝石、男と光、そして姫

 終わり




 単語説明


 ヌードル
 要塞『ハデス』での名物料理。
 スープの中に蒸し麺が入れられ、タンパク質パウダーを着色し練って作られた合成卵がのっている。
 携帯食料では味わえないみずみずしい食感と、『すする』という独特の食べ方で人気を博している。
 麺を蒸しているのは、水と燃料の消費を抑えて調理するため。


 テレビ
 娯楽用にレジスタンスが要塞内で流している。
 現代で撮影されたものは無く、全て過去のものの録画。
 『トミーのワンダフルキッチン』は人気が高いので、よく再放送されている。
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