モモは、バーサーカー04が処分されたと聞かされ、落ち込んでいたが、自らの手の甲に刻まれている令呪が消えていない事実から、彼がまだ消滅していないことを確信する。
アスカ、アーチャー961と市長室へ急ぐモモ。
秘書であるキャスター171に再びはぐらかされそうになるが、そこに市長本人、ツヴァイ・エーテルウェルが現れ、朝に見学した工場のさらなる奥へ招かれる。
金属加工の工程を廊下から眺めながら、自らの苦労話を語る市長。
彼に連れられ、最奥にたどり着いたモモとアスカ。
眼下に見える広大な空間にあったのは、カニのようなシルエットをした巨大な機械だった。
ツヴァイは「あれが貴方のサーヴァントですよ」と、モモに告げる。
市長の令呪により、突然姿を表すキャスター171。廊下を突き破り、アーチャー961を連れ去っていく巨大な機械カニ。
自分達を守ってくれる存在を全て奪われたモモとアスカに、キャスターの魔術が迫る。
絶体絶命と思われたその時、青い雷撃と共に威風堂々たるサーヴァントが現れた。
アーチャー255だった。そして、彼の所有者であるモニカも。
モニカから了承を得て、アーチャー255の協力を受けるモモとアスカ。
彼に抱えられ、アーチャー961と機械カニが激しく争う下へ向かうのだった。
「……ふわふわ、していますわ」
勢いよく真っ逆さまだと考えていたが、そうではなく。
広がったパラシュートのように、緩やかに私達は落下していた。
「天才である私のみであれば、垂直落下も耐えられようが、君達は柔肌もつ乙女!」
「トバルカイン! このサーヴァント声が大きい!」
「新鮮だね! アスカちゃん!」
「この天才に全てを預けたまえ! ははははは!」
高笑いと共に降下し、数十秒の浮遊感の後、アーチャー255の足が地面についた。
「ありがとう、アーチャー255さん!」
そう言って彼の腕から下りる、バーサーカーの元へ向かおうとしたが。
「すごい埃……何も見えない!」
口を腕で押さえる。
「お困りかな」
「はい!」
「では……道具を使おう。ドラマチックなものを!」
アーチャー255は仁王立ちのまま右腕をあげると、高らかに指を鳴らした。
『──キュオオオオオォォォォン!!!!』
その駆動音を、私達は一度聞いている。
見上げた粉塵の中に浮かぶシルエット。
六角形の柱を長々と連結させたようなごつごつとした形、手足のない、巨大すぎる胴体。
「モンゴリアンデスワーム!」
「違うぞ! モモタ・トバルカイン!」
見覚えのある巨大機械が、スピーカー越しの機械音声を響かせる。
『こんばんは。人類を応援する資源採掘用ワームロボット1111です』
デザートランナーの外から、肉眼で見るそれは、あまりにも巨大だった。
「1111、粉塵除去を!」
アーチャー255はタブレットを取り出し、画面に何かを素早く入力する
『命令を受諾、バキュームモード』
丸い口がきゅるきゅる鳴き、空気ごと舞っている埃を凄まじい勢いで吸い込んでいく。
アーチャー255に掴まっていないと、せっかく立った体が崩れてしまいそうなほどだ。
「見えたぞ! 雷神が!」
強制的にクリアにされた空間に目を走らせる。
上からの注ぐオレンジのライトは、影を濃く作る。
「アーチャー!」
アスカの声が矢のように飛ぶ。
「……」
彼女のアーチャーの姿が徐々にはっきりと見えてきた。
全身から金の雷をほとばしらせている彼は、頭部にある角のような拡張パーツの片方が折れ、暗い琥珀色の断面を晒している。
はためく白の外套のあちこちは裂けていた。
それでも、アーチャーから戦意は失われていない。
外套は電撃をまといながら、穏やかな波のようにうねっていた。
背をぴんと伸ばし、美しい姿勢で矢を放つ。2本、3本……飛んでいく方向には。
『ギー、ギー』
バーサーカーと呼ばれた、機械カニが動いていた。
機械カニの体を支える巨大な脚、その前面の装甲に矢はぶつかり、ぽろぽろ落ちていく。
肉色の柔らかなそうな関節部分に矢がいくつか刺さったが、内側から赤い液体とともにぶしゅりと押し出され、抜けていく。
どうやら、受けた傷を高速で治す厄介な能力を持っているようだ。
「……」
アーチャーは攻撃を続けようとするが、機械カニがジャンプし、覆い被さるように距離を詰めようとしたため、後方へ軽やかに飛んだ。
「……いる、中にバーサーカーが」
ここまで近づいてようやく分かった。
「あの機械カニの中に、どんな仕組みかは知らないけれど、彼がいる……」
感じるのだ、マスターである自分だけが。
「どうしますの? トバルカイン」
「……機械カニの動きを止めてもらう、2人のアーチャーの力を借りて」
青白い光をまとっているアーチャー255を私は見上げる。
「アーチャー255さん、良い案、ありませんか?」
「あるとも」
数秒の待ち時間もなく、答えが返ってきた。
「アスカ君、君のアーチャーが巻き込まれないよう、気をつけたまえ」
「……分かりましたわ。
アーチャー! こちらの方と協力できましてー?!」
機械カニと踊るように攻防を繰り広げていたアーチャーは、アスカの声を聞くと、矢を連続して3本も放つ。
それに機械カニが圧されている間に、大きく上空へ飛び、空中で一回転した後、私達の前に着地した。
「知らぬ顔のアーチャー、策は?」
風で浮かび上がった白の外套が、背に沿うようにゆっくりと降りていく。
「では……ごらんあれ! 私と異なる雷をその身に抱くものよ!」
アーチャー255が私達全員の前に出て、両手の平を機械カニに向ける。
空気の焦げる匂いを、私は生まれて初めて嗅いだ。
彼の腕に、青白い光が、いや雷がまとわりつく。
それはばちばちと鳴き、竜のようにのたくりながら宙を走っていく。
「宝具の真名を解放するまでもなく! 人類神話をお見せしよう!」
破壊された壁が、散らばった未使用の金属部品が、浮かんでいく。
そして──。
「天才の行う事は……常に劇的でなければならない!」
あのデザートランナーよりも巨大な、ワームロボットがふわりと浮かんだ。
「楔を受け取りたまえ!」
機械カニは上空を見て、慌てて後ろに下がろうとしたが、努力虚しく、ワームに押しつぶされた。
『ギュミミミミ!! ミー!!!』
機械から生物的な悲鳴が響く。衝撃で地面が揺れ、その後に旋風が巻き起こる。
「行くがいい! 少女よ!」
「アーチャー255! ありがとう!」
塵で霞んだ景色の中、私は両足に力を込め、背を伸ばして真っ直ぐに立つ。
(使い方は……知っている。魂が教えてくれる)
甲を見せつけるようにして、右手を天に突き上げる。
「令呪を持って命ず! 私の元へ戻れ! バーサーカー!」
時計のような形の令呪、その一番外にある丸い枠が強い光を放ちながら消え、短針と長針の2画が残された。
──土を掘って。
──遺体を埋める。
湿った暗闇の下に行くのは、見知った顔ばかりだ。
「熊太、子どもが生まれたばかりだったのに。
笛子、残った旦那さんが泣いているぞ。
六吉、おっかさんの隣にしてやろうな……親子仲良くな……」
名を呼びながら、遺体を抱えて、穴に横たえていく。
「■■郎! 何やってんだ!」
後ろから聞こえる声の主の名前も、俺は当然知っている。
「今日の戦で死んだ奴、みんな覚えてんのか……?
忘れろ! ぶっこわれちまうぞ!」
俺を見ていた男が、そんな事を言った。
聞き捨てならないその言葉へ、声に怒気をはらませて返す。
「忘れない。俺が忘れたら、本当に無くなってしまう。
まるで、そんな人間など居なかったみたいに」
男が、小さい悲鳴をあげた。
「……日が沈んだら、止めるから。それまで、埋葬を続けさせてくれ」
殺意を向けられた男が、怯えた足取りで去っていく音がした。
振り向かず、土を掘るのを再開する。
獣が寄ってくる前に埋めてあげないと可哀想だ。
カラスは柔らかい所から遺体をつつき、野犬は浅く埋めてあるものを掘り返す。
「だから……深く、もっと、深く……」
うわごとと思われても仕方がない事を呟きながら、湿った土を木の道具で掻いていく。
その時。
「おー、農民のくせに、良いもん持ってるじゃねぇか」
知らない人間の声が聞こえた。
手を止め、気配を消し、茂みに潜みながらその方向へ向かう。
「剥いでおけ剥いでおけ、小金になるぞ。
神にも仏にも見放された奴らさ、罰なんて当たるはずねぇよ」
日が沈んだばかりの薄暗闇の中、下卑た笑みを浮かべた武者崩れが、皆の遺体を掘り返していた。
戦の後では良くあることだ。落ち武者狩り、刀拾い……遺体からの、追い剥ぎ。
「ぱひ?」
「ん? どうし……」
後ろから刀で切り、それでも足りない分は槍を首に差して捻り捨てた。
出来た首なしの2体を、見下ろす。
「この世は、地獄か……」
疲労が泥のように全身を包み込んで、立っていられなくなった。
血だまり広がる地面、絶命の絶望が張り付いた顔の側に寝そべる。
このまま目を閉じ、眠ろうか。全て忘れて眠ろうか。
「寒い……寒い……」
今日は仲間が71人死んだ。それでも死者はまだ少ない方なのだ。
一揆を叩き潰そうと、織田の軍勢が明日もやってくる。
そうすれば、また人が死ぬ。きっと最後には10人も生き残れないだろう。
「熊太、笛子、六吉……」
死ぬ、殺される、埋める、死ぬ、殺される、埋める。
いつか、その順番が自分にもやってくる。
だから、それまでは、忘れないように。
名を呼んで、自我が壊れるほどに刻む。
「トキ子、一太郎、十べぇ、お八、桃田……」
ももた?
「ももた……」
誰だその名前……いや。
「モモタ」
疲労を無視して、血塗れの体を起こす。夜の風が草を揺らし、虫が鳴き始めた。
俺は耳を澄ます。
『……サーカー! バーサーカー!』
名前、呼んでいる、彼女が、呼んでいる。
「モモ!」
あちこち焦げた草原で、俺は叫ぶ。
ここにはいない彼女を求めて、手を彷徨わせる。
この光景は生前見た風景、だが、まやかしだと気づいたから。
「俺を呼んでいるのか! モモ!」
戦火舞う濁った空へ手を伸ばし、空間を掴み、布を暴くかのように剥ぎ取った。
暗い。狭い。なんだここ。しかもうるさいぞ。
片目だけになった視界で、辺りを見る。
……呼ばれているし、帰るか。
「令呪、効いたよね……?」
私は不安に苛まれながら、戦闘による砂埃が落ち着き始めた前方を見る。
機械カニは自らを押しつぶしていたワームロボットから這い出ると、ダメージなど無かったかのように、こちらへ突進してきた。
「ふん!」
アーチャー255の腕から青い雷が放たれるが、カニの装甲の表面を滑り、後ろへ逸らされた。
『ギミミーミ! ミミー!』
金属で出来た爪がアーチャー255を掴もうとしたが、突然止まった。
『ミ、ミー……?』
背中の辺りが、内側からぼこんと盛り上がる。
「……ひょっとして」
私はつぶやく。
金属の板が、中から出て来た手によって、めりめり剥がされた。
「ひょっとするぜ! マスターモモ!」
誰かが内側から身を起こす。
『ミギュギュギュギュー!!!!』
輝く緑の瞳。半分隠された顔。極東風の鎧。
「ただいまマスター! 令呪使わせて、ごめんな!」
「バーサーカー!」
私のサーヴァントが、前と変わらぬ姿でそこにいた。
……全身錆色の液体で濡れて、やり過ぎたスプラッタムービーのようになっているが。
「……何だこの気持ち悪いロボ」
見下したような瞳で、今まさに自分が這い出て来たカニを見る。
『ギーギーギ! ギー』
カニは暴れ、バーサーカーを振り落とした。
べしゃんと落ちた彼を、アスカのアーチャーが金属製のカニ脚を避けながら駆けて、踏みつぶされない内に片手で回収した。
「アーチャー殿! 数時間ぶりですね!
私ごとカニを焼き焦がさないでくださったこと! 感謝します!」
バーサーカーはわざとらしいほど嬉しそうに言った。
「あのカニについて教えろ」
錆色になっている彼の首の後ろを片手で掴んだまま、アーチャーはぶっきらぼうに問いかける。
「時間が欲しいので、あれを無力化してくださいませんか?」
「……矢と雷では時間がかかりすぎる」
「矢は点攻撃ですから。面攻撃でいきましょう、30秒で済む」
バーサーカーは部屋の隅を指差す。
「ほら、この間、私の腕を吹き飛ばした時のように。
幸い、ここには薄い鉄板が散乱していますから」
彼の言葉の後、アーチャー961の白い外套が荒れた波のように動き、全身を赤と金の雷が走る。
「……やられっぱなし展開が続いて、みなさんイライラしているので」
首根っこを掴まれたまま、バーサーカーは両手を合わせた。
「
ずぱんと、カニの脚が柔い関節部が切断された。
『キー?』
製造エリアで作られていた鉄板。部屋の片隅に置かれていたそれが、電気を帯びて浮き、音速を超えた速度で放たれる。
巨大カニの脚は次から次へと細切れに。
『キ』
バランスが取れなくなり、崩れ落ちる間にも空中で刻まれ、胴体だけを残して、最終的に、ころんと地面に転がった。
「無力化しました、説明を」
カニを片手間に倒したアーチャーは、片手で掴んでいたバーサーカーを床に転がした。
「その前に、優先事項が、アーチャー殿」
彼が床から立ち上がり、槍の穂先で暗がりを差す。
「キャスター171、ツヴァイ・エーテルウェル」
余裕を無くした顔のキャスターと、無表情の市長が立っていた。
「なぜ、俺達を罠にはめるような真似を?」
バーサーカーの緑に輝く瞳が細められ、彼の顔立ちに精悍さが増す。
冷え切った声が、目の前に立つ存在に投げかけられた。
「市長……いや、AI、ツヴァイ・エーテルウェル」
キャスターを傍らに立たせている男は、こちらを青い瞳で無感情に見つめたまま、金の頭髪の生えた首を傾けた。
……モーターの静かな駆動音が、空間に響いた。
第8話 全て雷光で切り裂いて
終わり
登場キャラクター紹介
機械カニ
アーチャー961に撃破された機械。
なぜかサーヴァントに通じる神秘を持ち合わせている。
詳細不明。