要塞都市内部のマーケットで、アスカは様々な物を知る。
食事、人々の生活や話題、地下都市とは全く違う社会体制を。
レッドに案内され、アスカが連れて行かれたのは数件の質屋。男は彼女の持っていた宝石を探していた。
「なんで、ですか」と言うアスカに対し、「大切な物なら、取り戻したいだろ?」と返すレッド。
彼の理由が分からない優しさに、彼女は困惑するばかりだった。
マーケット内部で、アスカはキャスターメディアの姿を目にする。
『紫姫』と呼ばれ慕われている彼女は、唇を動かしアスカへ何事かを訴えかけてきたが、その意味を十分に考える時間はなく、次の質屋へ連れて行かれた。
アスカは友を失った悲しみに苛まれながら、翌日を迎える。
レッドに言われ、集合住宅屋上に登った彼女の前にあったのはビーチチェア。
寝そべれば、暗闇に沈んだ要塞へ無数の光が注がれる景色が頭上に広がった。
太陽光を浴びながらしばし昼寝をするアスカは、黒い機械で出来た四つ足の獣の夢が荒野を行く見るが、それは少女の声によって中断させられる。
白昼に包まれたマーケットで、アスカはとうとう声の主と出会う。
枯れ噴水に座る少女は、サーヴァントであるキャスターメディア。
彼女はアスカの持ち物を取り出しては、持ち主へ返していく。
アスカはメディアへ不思議な感情を抱きつつも、彼女に「わたしの家でお話ししましょう」と誘われれば、付いていくしかないのであった。
宝石類や小型ブラックボックスは、胸ポケットやズボンのポケットにしまい、白昼の中、メディア……さんと、わたしは並んで歩いていきます。
刺すような日差し降り注ぐ大通りには、やはり誰一人いません。
「みなさん、どこへ行ったのでしょう。日光浴でもしているのでしょうか」
思わず口から出た疑問に、メディアさんが答えてくれました。
「家に閉じこもっているのですよ」
「えっ?」
予想外の言葉に、足が止まります。そんなわたしを彼女は振り返って見つめ、同じく立ち止まってくれました。
「今の人々にとって、快晴の空は『蛇』の攻撃が落ちてくる可能性をもった、恐ろしいものでしかありません」
「では何のために、天井が開いたのですか?」
「要塞内を日光消毒するためです。
……古くは、人々の健康維持のためだったのでしょうが」
少女の形をしたサーヴァントは、微笑を崩さないまま言葉を続けました。
「リリスは人々から、空を仰ぎ、日の光に微笑むという幸福すら奪ったのです」
「……」
言葉が出ない。
わたしは外の世界を、「不安もあるけれど、様々な人との出会いに満ちた、優しいもの」だと信じていました。
でも、多くの人にとっては違う。常に死の恐怖がやって来る、冷たい世界……。
「……けれどレッドは、日光浴を」
1つ疑問が解消すれば、直ぐに次の疑問がわたしの内からやって来ます。
『空を恐れる』ことが常であるこの世界において、なぜ彼だけは日の光に微笑み、喜んでいたのだろう。
「レッドは、日の光を浴びることの重要性を知っていますし……それ以上に、とっても変わり者ですから」
サーヴァントがくすりと笑います。それは、初めて出会った時の虚無を感じさせる笑みではなく、幼い子どもへ見せるような慈愛に満ちたものでした。
「お話はここまでにして、歩きだしましょうアスカさん。
私の家へは、もう少しで着きますから……」
「は、はいっ」
乾いた地面を踏みながら、先に行ったメディアさんを小走りで追いかけました。
「メディアさんの家……なのですか? ここが」
目の前に、土のような質感の素材で作られた、低い四角の建物がありました。
「正確に言えば、レジスタンス幹部が集団で住んでいる家なのです。
サーヴァントである私は、この空間の一角を与えられているにすぎません」
メディアさんは扉の無いただの四角い穴である玄関から中に入り、わたしを手招きしました。
彼女に続いて中へ。
「おじゃま……します」
建物の天井は、幾つかの電球が吊り下げられた殺風景なもの。玄関直ぐの部屋には、机や椅子がぐちゃぐちゃと並べられていました。
「こっちですよ」
彼女の声を頼りに、初めて入る建物を進んでいきます。
扉のない部屋がいくつものあって、それら全てを通り過ぎて、突き当たりの部屋に招かれました。
「椅子を持ってきますね。よいしょ……よいしょ……」
入った部屋はひときわ天井が高く、明かり取りのための天窓からは、柔らかい太陽光が差し込んでいました。
空中に漂う埃がきらりと輝き、静かな部屋に神秘的な雰囲気を与えています。
「アスカさん。どうぞお座りになってくださいな」
「はっ、はい」
わたしはパイプ椅子に座ります。そして……横にある『それ』を見上げるのでした。
「この巨大な機械は……?」
様々な材質で作られた、長大な箱型の『それ』は、大きなモニターやボタン、キーボードなどがついており、古めかしく、物々しい。
「レジスタンス手製の解析機械だそうです。これで、鹵獲したロボットやAIのブラックボックスからデータを吸い出し、解析するのだとか」
メディアさんはそう言うと、椅子から離れ奥の部屋へ。
「お茶をお入れしますね! どんなフレーバーが……」
彼女の言葉がうまく耳に入ってきません。何故なら、『解析機械』という単語に、わたしが引っかかってしまったから。
「でしたらメディアさん! わたしの持っているブラックボックスも、これで解析すれば……!」
奥の部屋から、小さなヤカンとプラスチック製のカップ2つをトレイに乗せた、彼女が帰ってきます。
「……ああ! その発想はありませんでした!」
明るい声と笑顔でそう応える彼女に、わたしは顔に手を当て、その……好意的にいえば呑気さを、心配するしかありませんでした。
「ここを開けて、ブラックボックスをセット。……小さいので、空間が余りますね」
メディアさんはこの機械を「使ったことありません!」と元気良く教えてくれました。
「ですが! 心配しないでくださいね。
レジスタンスの皆様が使っている様子を、後ろからじーっと見ていましたもの。
こんな感じにセットして、これを……」
手袋をつけたままの指で、大きな大きなボタンを押します。
「……動きませんね、メディアさん」
「……あれ? 機械さん、どうしてですか?」
メディアは小さな拳でコンコンと機械を叩きまました。すると。
「……燃料不足!」
そこはやはりサーヴァントというべきか、原因をすぐさま解明した彼女は、お茶セットを持ってきた奥の部屋に早足で向かい、何かを持ってきます。
「それは……ひょっとして」
彼女の手の内にある液体入りの小瓶を見て、わたしは青ざめてしまいます。
「はい。『液体リソース』ですよ」
メディアの言葉の後、全身がひゅっと冷える感覚がしました。
「アスカさんは、これがどのように作られているのか、既にご存知のようですね」
「ええ……はい……」
上級都市『ピオーネ』で、知った残酷な真実。
……燃料を得るために、人間の遺体やサーヴァントを切り刻んでは、それを加工しているということ。
「……私が持っているこれは、討伐した機械化サーヴァントから採取したもの。誰かの死をもって作られた物ではないですよ」
メディアさんはわたしに優しい言葉をかけてから、背を向けると、機械横の燃料タンクに液体を注いでいきます。
とくとく、とくとくと音を立てて流れていく、青く発光する美しい燃料。
「……けれど、真実を知るアスカさんから見れば、同じことかもしれませんね」
寂しげな声でそう言う彼女の心情は、わたしには想像も出来ませんでした。
ビンの中の最後の
うっすら埃かぶっていたモニターが明るくなり、『データ開封、及び解析完了まで、後30分』との文章が表示されました。
「少し……空きの時間が出来てしまいましたね」
プラスチックのコップ2つに、メディアさんはお茶を入れます。
爽やかな香り纏う蒸気が、乾いた部屋の空気を湿らせます。
「お茶をどうぞ」
わたしは無言でカップを手に取り、熱い液体を口に含みます。
その味わいはどこか、懐かしい記憶を思い出させました。
(モニカさん……)
もう何ヶ月前の出会いになるのか。
都市28で出会った、アーチャー255と共に暮らしていた穏やかな女性。
彼女とお茶をした時のことを、思い出してしまったのです。
(『5人で、またお茶をしましょうね』)
脳裏で蘇ったその優しい声の約束は、果たせそうに無く。
目尻からこぼれた涙が、カップの中に落ちていきました。
「お菓子はどうですか? レーションを錬成して、クッキー風にしたんです」
勧められるまま、薄い焼き菓子を口へ運びます。
それを飲み込めば、涙と一緒に、言葉が自然とあふれ出していました。
「わたし……家族も、友達もいたんです」
少女の形をしたサーヴァントは何を言うこともなく、わたしの膝に手を乗せました。
「でも、みんな、みんな死んでしまった!
わたしがもっと……がんばっていれば、きっとどうにかなったはずなのに……!」
悔しさと共に口から出てきたのは、やはり甘い願望で。
「旅の中で、わたしは守られてばかりだった……!
サーヴァントとモモの後ろに隠れて、怯えて……何も、してこなかったから、誰かの危機にも、何も出来なかったんだ……。
わたし、わたしは……!」
顔を下に向け、涙は、重力に従って落ちていくのに任せます。
情けないのに悲しくて、後戻りは出来ないはずなのに、過去に戻りたくて。
心の中は……ぐちゃぐちゃで……。
「アスカさん」
メディアさんの手が伸びてきて、わたしの顔の縁に振れると、そっと上向きにさせます。
「アスカさん」
眉を下げ、瞳を潤ませた、悲しげな彼女の顔が見えました。
彼女は左手をわたしの胸に当てると、そこにある胸ポケットの内側から、エメラルド製の護符を取り出しました。
それがわたしの膝上に置かれます。
「この護符と、あなたを見たとき……私、夢から覚めたような心地になったのです」
「夢から……覚めた?」
「今ここにいる理由が、ずっと分からなかった私。
そんな私が、やるべきことが見えてきた……と言った方が正しいでしょうか」
白い布が、わたしの涙をぬぐい取ってくれました。
「あなたは、私に希望を思い出させてくれた人なのですよ」
「……希望を?」
わたしの言葉を聞き、彼女はにこりと微笑みます。
「あなたは、あなたであるというだけで、誰かの希望になっている。
命とはそういうものなのです。力の優劣など無く、全て輝かしい星……」
天窓を見上げたメディアさんに習い、わたしも上を見てみました。
埃や、突き出した金属部品。それらが太陽の光を反射して煌めいて……少しだけ、星のように見えたのでした。
「……私の話をしてもいいでしょうか、アスカさん」
「どうぞ、キャスターメディア」
モニターを持つ機械は振動を続けており、『解析完了まで、後10分』と表示を変えました。
「今より10年前。私はこの世界で、箱の中から目を覚ましました。
……そう、
「それは……おかしな話では? だってサーヴァントは……」
水分不足からなる頭痛を覚え始めたわたしは、急いで紅茶を飲みました。
その後、言葉を続けます。
「サーヴァントは
「かつてはそうであったかもしれませんね」
「かつて、ですか」
「けれど私は、箱の中より見いだされ、液体リソースを注がれ、永き眠りより覚醒を果たしたのです。
……その事について、私は目覚めてよりこんこんと考えていました」
両者共に、椅子へ深く座り直します。
「レジスタンスの方々は、時折サーヴァントを発見しました。
それは、マスターも持たぬ『野良』であったり、棺のような箱に収められた──」
機械の振動が一時だけ強くなり、わたしは反射的に体を竦めてしまいました。
「『冷凍品』であったり、です」
「れい、とう」
サーヴァントという力強い存在とはかけ離れたその単語を、思わず繰り返してしまいました。
「私はこの10年、幾つもの推測を立て、世界に対する考察を深めてきました。
世界にとっての傍観者である私から見れば、この世界はおかしなことばかりなのです」
わたしは紅茶を再び飲みます。
嵐みたいな悲しい気持ちや、開いた穴のような虚無感は収まって、沸き立つような「なぜ?」という気持ちが、全身を満たしていました。
「召喚されるのではなく、箱より見いだされるサーヴァント達。
彼ら彼女らは、マスターと契約せずとも、存在を長く保ち続けます。
いかに液体リソースが魔力源として優れていようとも、おかしなことですね?」
「そうなのですか?」
「サーヴァントが世界に留まり続けるには、楔が必要なのです。
その楔がマスター。人であろうと、物であろうと……」
初めて知ることの多さに、わたしはまばたきを繰り返します。
「──けれど、それ以上考えを深めることが、私には出来ませんでした。
私の目の前には、傷つき倒れた人が多くいて、世界に対する考察は、命よりは優先できませんでしたから……」
「メディアさん……」
優しい彼女は、謎の解明よりも、人を救うことを優先した、いや、せざるを得なかったのだ。
「限界を感じていたのです。自分の力にも、知識にも。
……けれど、アスカさんが現れました!」
曇っていた彼女の表情が晴れる。
「アスカさんは地下都市よりやってきたお方であり、サーヴァントのマスターでもありました。それに」
指さしたのは、エメラルドの護符。
「調べてみて、すぐに分かりました。
私の姉弟子、キルケーの手による物に違いないと」
「確かに……キルケーさんから贈られた物ですが……」
「もし、彼女から力を借りることが出来たなら……」
彼女の瞳がきらきらと輝きを増していきます。そして立ち上がると、わたしの両手を手にまとめて取って、ぎゅっと握りしめるのです。
「世界の謎を明らかにし、『リリスの蛇』の脆弱性を暴き、『心無き竜』すら打倒して、女神を失楽させることだって出来るかもしれません!」
明るい声とは裏腹に、飛び出た言葉達は物騒な響きを持っていました。
『リリスの蛇』……これはリリスが有する兵器のことでしょうが、『心無き竜』とはなんのことでしょう?
『データ開封、及び、解析完了』
機械は振動を小さくすると、男性のものを思わせる人工音声で、作業が終わったことを教えてくれました。
「画面上にたくさんデータが並んでいますね、アスカさん」
「日付を新しい順に、並べ替えて……このコマンドでしょうか、ああ、うまくいきました」
ブラックボックスの解析が終われば、次は中身を調べる時間です。
メディアが持ってきてくれた、分厚い取扱い説明書(恐らく、レジスタンスの方が作った物でしょう)とにらめっこしながら、データの入ったファイルを並べ、種類分けしていきます。
地下都市で使っていた端末とかけ離れた、とても古い様式なので、簡単な操作にも四苦八苦です。
「メディアさん、ひょっとしたら、世界の謎についても、手がかりとなるものが記されているかも」
わたしは声をかけます。彼女は瞳を動かし、画面を右から左へと眺めていました。
「……一番上にあるデータは、映像なのでしょうか」
わたしは旧式のマウスを操作して、メディアさんが気になったそのデータにカーソルを当てます。
「映像だったようですが、破損して、音声のみが復元されている状態ですね。
作成された日付は……西暦2313年」
今から400年も前の音声データです。
これもきっと、ツヴァイ・エーテルウェルが見つけたものなのでしょう。
「再生、してみますか?」
「お願いします、アスカさん」
このデータの何が彼女の心を惹いたのかは分かりませんが、わたしはクリックをして、機械に再生を命じます。
『……テスト、マイクテスト』
まず聞こえたのは、やや高めの男性の声。
『ちゃんと撮影できてるか?
最後まで話して! 「出来ていませんでした! 画面は真っ暗、暗闇です!」が、一番腹が立つんだぞ』
動画データが破損していなければ、その声の主がはっきり分かったのでしょうが、それを惜しんでいる時間は与えられませんでした。
『──大丈夫ですよ』
次に聞こえた気高さを感じるその声に、わたしは覚えがあり、心を乱されてしまったから。
『機材の点検は、このブリュンヒルデが妹達と共に行いましたから』
かつて出会ったアンドロイドとよく似た声が、機械のスピーカーから流れます。
『そうかー? ……であれば万全か、よし!』
女性の言葉を聞いて安心したのか、男性は朗々と話し始めます。
『西暦2313年、レジスタンス所属のサーヴァントが、これを記録する。
時刻は深夜。我らは明日、空中要塞との決戦を迎える』
わたしは様々なデータが並んでいるモニターから、後ろを振り向き、メディアさんの様子をうかがいました。
「そんな、まさか……」
澄んだ目を見開いて、体を細かく震わせています。
『士気を高めるため、宴でも開きたかったのだが……連日の作戦で流れる血が多すぎた、そんな気分の者はいないだろう。
……賢者ケイローンが、敵に鹵獲されるという事件も起こったしな』
メディアさんは自分の体をさすりながら、ある人名を呟きます。
「イアソン……様……?」
明らかに、知っている人を呼ぶ響きでした。
『さて、決戦を前に、リリスが契約しているサーヴァントを確認しよう。
レジスタンスの人間達は何て呼んでいたかな……「リリスの7の滅びの使徒」、だっけか? ずいぶん大仰な呼び名を付けたもんだなぁ!』
メディアさんの様子も心配でしたが、今はそれよりも彼の言葉に集中することにしました。
『こちら側に協力してくれているエジソンの情報が正しければ、総数は8体……』
リリスの7の滅びの使徒なる単語は、前に聞いたことがあります。
アンドロイドが廃棄されていた地下研究施設で見つけたデータ、その中にあったものです。
『アーチャー、ギルガメッシュを皮切りに。
セイバー、シグルド。
ランサー、カルナ。
ライダー、エウロペ
俺達の味方になってくれた、キャスター、エジソン。
アサシン、セミラミス。
バーサーカー……ヘラクレス。
そして、7つのクラスの外、エクストラクラス、7体目の8体目である……』
その後に何か名前が呟かれましたが、音声が壊れたのか濁っており、判別は出来ませんでした。
『最後のやつは例外として……どいつもこいつもトップクラスのサーヴァントだ!
それ即ち魔力食いお化けってことだぞ?! カタログスペックしか見ずに召喚したのかぁ?!』
わたしですら知っている英雄の名前が、彼の口から語られました。声には驚愕と呆れが混ざっています。
『イアソン、どうか冷静に。これ未来へ託す記録なのですから』
そんな彼を諫める声は、あのブリュンヒルデなる女性のものでした。
『……幾つかの救いを言えば、ギルガメッシュが封印されていることと、絶大な防御力を誇るカルナの鎧が、既に半分失われているという所か』
女性の声で平静を取り戻したのか、彼は落ち着きました。
『しかし、マスターであるリリスも強力無比だと、エジソンから聞いた。
彼女はこの世界の管理者として作られた、母なる人造女神。
「成長すれば、手がつけられない存在になるだろう」と。
つまり私達は、幼い女神を手に掛けることになる……な……』
数秒の荒い呼吸の後、言葉が再開します。
『……。
俺が呼ばれた理由は恐らく、ヘラクレスを倒すためだと推測できる。
ブリュンヒルデは……きっと、シグルドを討つために。
その他大勢のサーヴァントも、理由があって召喚されたんだろう。
人を守るためとか、何もかも失われてしまった世界を救うため……とかな』
ぱんと、乾いた音が合間に響きました。
語る彼が、自分を鼓舞するためにどこかを叩いたのでしょうか?
『リリスを倒したら、次は聖杯探索だ。
世界を異常な状態に変えてしまっている聖杯を見つけて、壊すなり正常化するなりしなきゃならん。
こういう時、あいつが……メディアがいれば……って、何言っているんだ俺!
噂すれば影がさすじゃねーか!』
慌てるような足踏みの音。
「──くすっ」
聞こえた笑い声の主は、メディアさんでした。
『レジスタンス側の人間の装備も、サーヴァントである我々の準備は既に整っている。俺達にリリスの弱点を流してくれた、研究者の保護も済んだ。
誰が消えても作戦が遂行できるように、作戦データは分割で保管した。
……映像で記録することは、これで全てか』
名残推しそうに彼は言葉をこぼしました。
『それでは諸君! 作戦成功の暁には、こんな辛気臭いデータなんて笑い飛ばして蹴飛ばして! 酒を酌み交わそうじゃないか!
……おっと、映像切る前に、日付を言っておかないとな。
西暦2313年、偉大なるアルゴー船の長、最優なるセイバークラスである、イアソンがこれを記す……と』
音は途絶えました。
「……ふぅ」
わたしはほっと息を吐きます。肩へ力が異様に入ってしまうほど、重要な情報が次から次へと現れたからです。
「イアソン様が……400年前のこの世界に、居ただなんて……」
椅子に座ったまま、そう呟く彼女の表情は複雑なものでした。
嬉しそうでもあり……寂しそうでもあり……。
『うーん、まだ録画容量が残っているのか』
──しかし、終わったはずの物語には続きがありました。
『どうだブリュンヒルデ、何か言いたいこととか……』
『そのように迫られたら……困ります、私……』
『ちょいちょいちょーい! なんで槍が燃え始めてるんだぁ!』
スイッチでも切り忘れたのか、遺すつもりの無かった声が入ってしまっていたのです。
仲間にかけるような、明るくて気負わない声が暗い部屋へ響きました。
『誰でもいいから容量埋めに協力しろ! えーっと、ちょうど良いやつ……良いやつ……って!』
彼が遠くへ声を飛ばすためか、大きく声を張り上げました。
『おーい
まぁいいか、ちょっと降りてこーい!』
聞こえたその名前に、わたしの心臓は止まりそうになって。
……400年前のアルジュナの声が、ノイズ混じりにスピーカーから流れ出しました。
第80話 空仰ぐ自由と解析と遠い日の言葉と
終わり
単語説明
リリスの7の滅びの使徒
女神リリスが召喚したサーヴァント達。
彼女の手足が如く動き、レジスタンスやサーヴァント達を殺戮した。
アーチャー ギルガメッシュ
セイバー シグルド
ランサー カルナ
ライダー エウロペ
キャスター エジソン
アサシン セミラミス
バーサーカー ヘラクレス
エクストラクラス ???
で構成されている。
なお、ギルガメッシュに関しては封印され、カルナに至ってはその強みである『鎧』を半分失ってしまったとの情報を、当時のレジスタンス達は掴んでいた。