フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

81 / 121
 前回までのあらすじ
 メディアと歩きながら会話をするアスカ。
 その内容は、空を見る自由すら女神リリスによって奪われ、人々は怯えるばかりとなってしまったのだという、世界の現状のお話。
 アスカは自身の認識の甘さに落ち込みながらも、レッドのようにまだ日の光を喜ぶ人がいることも思い出し、喪失感にも負けず歩みを進めていったのだった。

 案内されたレジスタンスの建物で、データ解析装置を見つけたアスカは、彼女に自分が持っているブラックボックスの解析を願う。
 解析完了するまでの間、2人は様々な話をした。
 自分の力不足を嘆くアスカを、メディアは慰め、「あなたは、私に希望を思い出させてくれた人」なのだと言葉をかけた。

 それからメディアは、世界に対する疑問を口にする。
 サーヴァントが召喚されるのではなく、棺のような物体から発見されることについて。
 マスターが居らずとも、長期に渡り現界を続けられるという不可解な事象について。
 メディアは、アスカが来てくれたおかげで、世界に対する考察を深めることが出来そうだと喜び、女神リリス、『リリスの蛇』、『心無き竜』の打倒を口にした。

 無事データの解析が終わり、膨大な情報の中から、メディアが気にかかった……破損した映像データの音声を聞いていく2人。
 400年前の2317年に録音されたというそれからは、イアソンと、ブリュンヒルデの声が流れてきた。
 決戦を前に、リリスが契約したサーヴァントについて振り返り、己に与えられた役割を噛み締めるイアソン。
 しかし音声はそれだけでは終わらず、思いがけない存在が登場したのであった。
 ──アーチャー、アルジュナ。
 彼はイアソンに名を呼ばれると、その口を開いた……。


第81話 弓兵は祈れど、世界は甘く腐れ……

 

『……イアソン、どうかしたのですか』

『どうかしているのはお前の方だ! 

 マストに登って、冷たい夜風に身をさらすなんて……いかにサーヴァントとも言えど、体調を崩すぞ。

 それにお前……いや、説教はやめておく。

 とにかく慎重に降りて来いよ……よーし、よし』

『英雄イアソン。私、いつまでこのビデオカメラを持っていれば……』

『撮影役ありがとう、ブリュンヒルデ。それは俺が預かろう』

『妹達が心配ですので、様子を見に行ってきます。作戦前夜で、きっと緊張しているでしょうから。

 何かありましたら、4番船室まで……』

 3人のやり取りから1人抜けて、何かを手渡すような音が入り、またしばらくの沈黙。

 その後、誰かが口を開きます。

 

『映像記録を撮っていたのですか』

『おう! 作戦成功の暁に、全員で冷やかす用のな!』

 400年前のアルジュナと、イアソンなるサーヴァントの会話が始まりました。

 

『撮るべきものは撮ったんだが、容量が少し余ってな。

 どうだアルジュナ? 何かメッセージでも遺してみるとか……』

『……作戦終了後まで、私が生き残っている可能性は低いでしょう。

 何か想いを遺しても、それには意味がありません』

『お前にしては弱気な発言だな。

 ……ラーマとシータ、ラクシュミー・バーイー、哪吒、ウィリアム・テル、アスクレピオスの消滅と、ケイローンが鹵獲されたこと、気にしているのか』

 どちらかが息を吸う音が聞こえます。

 

『イアソン、戦況は限りなく不利です。

 毒によって正気を失わされ、魔術強化も施された「狂える蝕みの使徒、ヘラクレス」との戦闘で、多くのサーヴァント、人命が失われました。

 特に、作戦の中核を担っていた神性サーヴァント複数の退場は手痛く。

 それほどまでの犠牲を払ったというのに……討伐は出来なかった。私は……』

『あれはお前の責任じゃない。何より、アルジュナがリリス側の機械歩兵を殲滅してくれていなかったら、本隊までやられていたんだ。

 ……随分と落ち込んでいるな、アルジュナ。決戦を前に緊張しているのか? 連日の戦いの疲れか?』

『……』

『それとも、サーヴァント達に託された「あれ」のことか』

 イアソンが口に出した「あれ」が何なのかは、今の音声だけでは分かりませんでした。

 

『明日、私はカルナと戦い、これに勝つ。

 ……完全な鎧を身に(まと)っていないあの男など、ものの数に非ず。

 その後、作戦通り、地上より女神座す空中要塞を撃ち落とします』

『作戦が1つでも上手くいかなかった日には、俺達は木の実をすり潰すみたいに、ゆっくり全滅していくだろうな』

『……そうしなければならないから、私はそれを成す。

 戦士の使命、ただそれだけに己を純化させましょう』

『なぁ、アルジュナ』

『はい』

『──お前、本当はやりたくないだろう』

 その言葉の後、沈黙が数分続きます。ひりひりとした空気が、現代にまで伝わって来るかのようでした。

 

『……戦士として、アルジュナとして、戦いに個人の感情を持ち込みたくは無いのです。これ以上は私に語らせないでください』

『そうかー? 話すだけでも楽になることはあるぞ』

『……』

『俺に話したくないのなら……ほら、このビデオカメラに向かって、ぶちまけちまえばいい。

 後で俺はその部分のデータを見ずに消す。

 そうすればほら……誰にもお前の胸の内はバレやしないだろ?』

 また何かが手渡される音。イアソンが、アルジュナへカメラを渡したのでしょう。

 

『気持ちを、ぶちまける』

『そうさ! 言ってやれ言ってやれ! 英雄だって、たまには息抜きしなくちゃな!』

 快活な声の後に、遠ざかっていく足音。

 しばらくの間、夜風が通り抜けていく寂しげな音ばかりが録音されていました。

 

『……私は、この世界においても、多くのものを託されてしまった』

 沈んだ声。それはあまりにも、このアスカ・ピオーネという人間に、ある存在を思い出させるものでした。

 

『希望、夢、そして……「神々の力」。

 今、私の力は自らの霊基、霊核を壊すほどに高まっています。

 ……神の血を引いたもの、神の加護を受けていた多くの仲間達が、消滅の前に、私へ贈ってくれたから』

 その「神々の力」が、イアソンなるサーヴァントが気にしていた「あれ」のことなのでしょう。

 ……それにしても、こうして聞く彼の声は、本当にアーチャー961のものとそっくりで。

 

『明日、私は成すべきことを成し、その後、必ずや砕け散るでしょう。

 それは千里眼で見ずとも分かっていることです。

 ……問題は、いつ砕け散るべきなのかということ。

 つまり、私は二者択一の問題を抱えている』

 でも、少しアーチャーと違うような感じもして……不思議な気持ちになるものです。

 

『カルナを優先するか、空中要塞の破壊を優先するべきか。

 ……私があの男と当たらなければ、サーヴァント部隊は大きな被害を受ける。

 かといってあの男と戦えば、勝っても負けても消滅は免れない』

 ふと気配を感じて振り向くと、メディアがわたしの直ぐ後ろに立ち、ちょっとぽやっとした顔でそこにいました。

 

『やりたくないだろうと、イアソンに言われた。

 ……胸の内を見透かされ、落ち込んだ。

 そう、私は戦いたくないのだ』

 わたしは一度椅子に座りなおします。

 

『戦いたくない、けれど、リリスによって世界が閉ざされることも看過できない。

 ……私は、血を分けた家族を、運命の螺旋の中であと何回殺せばいい?』

 アルジュナの発言は、わたしの胸を強く打ちました。

 ……英雄アルジュナと英雄カルナは異父兄弟であるということは、伝説が語る通りです。

 そして、最後の決戦『クルクシェートラの戦い』の際、凄惨に殺しあったということも。

 

『この()の記憶には無いだけで、きっと私は何回でもカルナを殺しているのでしょう。

 その逆も然りです。カルナも私を何度も殺しているはずだ。

 ……私とあの男は、同じ宿痾(しゅくあ)に蝕まれている。

 人理が紡がれ続ける限り、この病が癒えることは無いだろう。

 だから私は、人の世のためにもこれを受け入れるしかない。

 ……でも』

 声はささやくように静かに、小さくなりました。

 

『──心は違うんだ。

 心の隅にはいつも、涙を流している幼い自分がいる、納得いっていない大人の自分がいる。

 「どうして、なぜ」と、運命に問いを投げかけ続けている自分が』

 誰にもばれないよう、隠れ潜んでいるかのような声で、彼は心境をぶちまけていきます。

 

『私は、クルクシェートラの戦いにおいて、カルナを殺した時……自分の心まで、散り散りに引き裂いてしまった。

 傷はいつまでも癒えず、心は戻らず……今でも小さく痛むんだ。

 ……でも、それを表に出すのは()のわがままだから、我慢しないと』

 強い風の音が、音声のノイズを大きくしました。

 彼はそれが収まるのを待ってから、もう一度言葉を続けます。

 

『確かにイアソンの言う通りでした。こうして口にしてみるだけでも、気持ちが楽になります。

 うん、大丈夫、私は大丈夫だ。きっとこれからも、英雄アルジュナとして戦っていける──』

 わたしはその発言を聞いても……何も、大丈夫だとは思えませんでした。

 

『明日、私は作戦を遂行させ、消滅します。

 皆から預かった力は、私の四肢を引き裂き、魂を砕いて、塵すら残らないものとするでしょう。

 ──しかし構いません。

 私の一矢が、今を生きる人の未来に繋がるなら……ええ当然、自己の消滅など恐れるに足らずです』

 モニターを見れば、音声データの最後が近づいてきていました。

 

『そうだ! この最後の数秒だけは消さないよう、イアソンへ頼んでおきましょう。

 ええっと……』

 また聞こえる、小さな風の音。

 

『──これを聞いている誰かへ。

 貴方が今、健やかで、明日に怯えず、苦しい思いをしてはいないよう、私は強く願っています。

 世界に緑が戻り、海と山が変わらずそこにありますように。

 朝には鳥が歌い、野には獣達が駆けまわっていますように。

 命が巡り、世界へ幸せな想いを(いだ)いて、生まれてきますように』

 彼が口にしたそれらは、希望を夢見る純粋なまでの……祈りの言葉でした。

 

『私と私の仲間達が切り開いた未来が、少しでも良きものになっていることを、祈っています。

 西暦2313年、アーチャー、アルジュナ、これを記す……と。

 ……言いたいことは全て言えた。これでいい、これでいいんだ』

 自らに言い聞かせるような声で彼は語り終えると、音声データはその再生を止めました。

 

「アルジュナは……」

 400年前の彼は、どんな気持ちで最後を迎えたのか。

 それを思ってしまえば……当然、自らのサーヴァント、アーチャー961のことも考えてしまいます。

 

(リリスに腕を切られ、わたしが落ちていく様を目の前にして……それで、それで)

 ──きっと、絶望しかなかったはず。

 だから、わたしの名前を血を吐くような声で呼んでいたのだ。

 

「わたし、何をしているんだろう……」

 虚無感が足先から胴へ昇ってきます。

 

(情けないよ……みんなが死んだって事実にいじけて、めそめそ泣いて……)

 でもその喪失に抗う力が、少し足りなくて。

 

(女神リリスに言われた通りです。『何にもなれなかった、女の子』……)

 結局今でも、心地よい絶望の湯にどっぷり浸かりきったままなのです。

 

「アスカさん」

「……はい」

 ネガティブな思考の奥底から我に返り、呼ぶメディアの声に答えます。

 

「このデータ群を閲覧し終えましたら、キルケーとコンタクトをとってみようと思います」

「そんなこと出来るのですか?」

「距離によってはとても難しいかもしれませんが……私も魔女ですし、彼女も魔女ですから、出来ないことはないかと」

 明るい調子で話す彼女を眺めます。

 

「アスカさんのサーヴァントや、お友達の安否も調べることが出来るかもしれません」

「……それって」

「アスカさん、どうしてみなさんが死んだって決めつけたんです? 

 ひょっとしたらひょっとして、大脱出! からの大ワープをして、全員無事に助かったかもしれないのに」

「……そんな都合がいいこと、ありませんよ」

 わたしは彼女が冗談を言っていると思い、くすりと笑った。

 

「真剣にお話をしているんですよ、アスカさん。

 ……その目で確かめない限り、まだ分からない、希望は残されています」

 メディアさんは巨大な機械を指さしました。

 

「──400年前に戦った彼らが、私達へ未来をくれたように」

 わたしもモニターを見てみます。

 幾つもの音声、映像データが並び、文章の物もあり。

 

「そっか……わたし、託されていたんだ……」

 今まで自覚していなかった事実が、心へ染み込んでいきます。

 過去を生きた者達から、今を生きている者達へ『託された』のです。

 祈り、想い、希望が。

 

「世界を、救ってって……」

 この言葉は、モモがよく口にしていた言葉だ。

 

(『世界を救いたい』)

 彼女が旅する理由でもあったそれを、わたしはぼんやりとした輪郭しか受け取っていなかった。

 わたしにとって、彼女達との旅は、どこに行けばいいのかも、どうすればいいのかも分からなくて、目の前の困難を乗り越え、生きていくことに精一杯のもの。

 怖かったし……わたしには、モモのような信念が無かったのです。

 

(でも、今は違う)

 わたし、目的が出来ました。

 

「メディアさん」

「はい、なんでしょう」

 柔らかく微笑む彼女に向けて、わたしは……いや、わたくしは、自分の思いをぶちまけます。

 

「友達を探したい。もう一度! 大切な存在と出会いたいんです! 

 だからその……わたくしに、協力してはくださいませんか?」

 メディアは数秒、またぽやんとした顔して、それから本当に驚いたかのように答えます。

 

「びっくりしました! だって私、ずっとそのつもりでしたのに……」

 声をもらして、上品に笑い始める彼女につられ、わたくしも笑いだしてしまいます。

 

「ふふふ……」

「あははは……」

 久しぶりに、わたくしは心の底から笑うことが出来ました。

 

「元気を出してくださいね、アスカさん。

 貴女は素敵な女の子、誰かの希望になれる人なのですから……」

 かけられた優しい言葉に、わたくしは苦笑いで返します。

 

「そうだと……良いのですが」

 不安はまだあります。けれど、虚無感に心地よく浸るのはもうやめにしました。

 

「ではアスカさん、この膨大なデータ、次は何を確認し──」

「誰か! 助けて!」

 部屋を包んでいた和やかな雰囲気が、女性の悲鳴によって切り裂かれます。

 

「メディアさん、あの声は……」

「外に行きましょう。

 ……レジスタンスの者にこのデータを見られるかもしれません。一度、機械の電源を落とし、ブラックボックスはアスカさんにお返ししますね」

 彼女は素早く動き、機械から黒い小さな箱を回収し、渡してくれました。

 お茶セットも奥の部屋に戻してきて、早足で外に向かってしまいます。

 

「わたくしもついていきますから……!」

 慌てながらも、彼女の後を追いました。

 

 

 

 

「何を、しているのですか?」

 キャスターメディアの唇から、好意的な感情など一つも込められていない声が、建物の前に広がる路地に響きます。

 わたくしの目に映ったものは──。

 

「うぁ……あ……メディアさん……助けて……」

 殴られ、顔や体を赤く腫らし、目や鼻から流血した女性と、それに馬乗りになって、相手の髪を掴んでいる男の姿でした。

 

 

 第81話 弓兵は祈れど、世界は甘く腐れ……

 終わり

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。