メディアと歩きながら会話をするアスカ。
その内容は、空を見る自由すら女神リリスによって奪われ、人々は怯えるばかりとなってしまったのだという、世界の現状のお話。
アスカは自身の認識の甘さに落ち込みながらも、レッドのようにまだ日の光を喜ぶ人がいることも思い出し、喪失感にも負けず歩みを進めていったのだった。
案内されたレジスタンスの建物で、データ解析装置を見つけたアスカは、彼女に自分が持っているブラックボックスの解析を願う。
解析完了するまでの間、2人は様々な話をした。
自分の力不足を嘆くアスカを、メディアは慰め、「あなたは、私に希望を思い出させてくれた人」なのだと言葉をかけた。
それからメディアは、世界に対する疑問を口にする。
サーヴァントが召喚されるのではなく、棺のような物体から発見されることについて。
マスターが居らずとも、長期に渡り現界を続けられるという不可解な事象について。
メディアは、アスカが来てくれたおかげで、世界に対する考察を深めることが出来そうだと喜び、女神リリス、『リリスの蛇』、『心無き竜』の打倒を口にした。
無事データの解析が終わり、膨大な情報の中から、メディアが気にかかった……破損した映像データの音声を聞いていく2人。
400年前の2317年に録音されたというそれからは、イアソンと、ブリュンヒルデの声が流れてきた。
決戦を前に、リリスが契約したサーヴァントについて振り返り、己に与えられた役割を噛み締めるイアソン。
しかし音声はそれだけでは終わらず、思いがけない存在が登場したのであった。
──アーチャー、アルジュナ。
彼はイアソンに名を呼ばれると、その口を開いた……。
『……イアソン、どうかしたのですか』
『どうかしているのはお前の方だ!
マストに登って、冷たい夜風に身をさらすなんて……いかにサーヴァントとも言えど、体調を崩すぞ。
それにお前……いや、説教はやめておく。
とにかく慎重に降りて来いよ……よーし、よし』
『英雄イアソン。私、いつまでこのビデオカメラを持っていれば……』
『撮影役ありがとう、ブリュンヒルデ。それは俺が預かろう』
『妹達が心配ですので、様子を見に行ってきます。作戦前夜で、きっと緊張しているでしょうから。
何かありましたら、4番船室まで……』
3人のやり取りから1人抜けて、何かを手渡すような音が入り、またしばらくの沈黙。
その後、誰かが口を開きます。
『映像記録を撮っていたのですか』
『おう! 作戦成功の暁に、全員で冷やかす用のな!』
400年前のアルジュナと、イアソンなるサーヴァントの会話が始まりました。
『撮るべきものは撮ったんだが、容量が少し余ってな。
どうだアルジュナ? 何かメッセージでも遺してみるとか……』
『……作戦終了後まで、私が生き残っている可能性は低いでしょう。
何か想いを遺しても、それには意味がありません』
『お前にしては弱気な発言だな。
……ラーマとシータ、ラクシュミー・バーイー、哪吒、ウィリアム・テル、アスクレピオスの消滅と、ケイローンが鹵獲されたこと、気にしているのか』
どちらかが息を吸う音が聞こえます。
『イアソン、戦況は限りなく不利です。
毒によって正気を失わされ、魔術強化も施された「狂える蝕みの使徒、ヘラクレス」との戦闘で、多くのサーヴァント、人命が失われました。
特に、作戦の中核を担っていた神性サーヴァント複数の退場は手痛く。
それほどまでの犠牲を払ったというのに……討伐は出来なかった。私は……』
『あれはお前の責任じゃない。何より、アルジュナがリリス側の機械歩兵を殲滅してくれていなかったら、本隊までやられていたんだ。
……随分と落ち込んでいるな、アルジュナ。決戦を前に緊張しているのか? 連日の戦いの疲れか?』
『……』
『それとも、サーヴァント達に託された「あれ」のことか』
イアソンが口に出した「あれ」が何なのかは、今の音声だけでは分かりませんでした。
『明日、私はカルナと戦い、これに勝つ。
……完全な鎧を身に
その後、作戦通り、地上より女神座す空中要塞を撃ち落とします』
『作戦が1つでも上手くいかなかった日には、俺達は木の実をすり潰すみたいに、ゆっくり全滅していくだろうな』
『……そうしなければならないから、私はそれを成す。
戦士の使命、ただそれだけに己を純化させましょう』
『なぁ、アルジュナ』
『はい』
『──お前、本当はやりたくないだろう』
その言葉の後、沈黙が数分続きます。ひりひりとした空気が、現代にまで伝わって来るかのようでした。
『……戦士として、アルジュナとして、戦いに個人の感情を持ち込みたくは無いのです。これ以上は私に語らせないでください』
『そうかー? 話すだけでも楽になることはあるぞ』
『……』
『俺に話したくないのなら……ほら、このビデオカメラに向かって、ぶちまけちまえばいい。
後で俺はその部分のデータを見ずに消す。
そうすればほら……誰にもお前の胸の内はバレやしないだろ?』
また何かが手渡される音。イアソンが、アルジュナへカメラを渡したのでしょう。
『気持ちを、ぶちまける』
『そうさ! 言ってやれ言ってやれ! 英雄だって、たまには息抜きしなくちゃな!』
快活な声の後に、遠ざかっていく足音。
しばらくの間、夜風が通り抜けていく寂しげな音ばかりが録音されていました。
『……私は、この世界においても、多くのものを託されてしまった』
沈んだ声。それはあまりにも、このアスカ・ピオーネという人間に、ある存在を思い出させるものでした。
『希望、夢、そして……「神々の力」。
今、私の力は自らの霊基、霊核を壊すほどに高まっています。
……神の血を引いたもの、神の加護を受けていた多くの仲間達が、消滅の前に、私へ贈ってくれたから』
その「神々の力」が、イアソンなるサーヴァントが気にしていた「あれ」のことなのでしょう。
……それにしても、こうして聞く彼の声は、本当にアーチャー961のものとそっくりで。
『明日、私は成すべきことを成し、その後、必ずや砕け散るでしょう。
それは千里眼で見ずとも分かっていることです。
……問題は、いつ砕け散るべきなのかということ。
つまり、私は二者択一の問題を抱えている』
でも、少しアーチャーと違うような感じもして……不思議な気持ちになるものです。
『カルナを優先するか、空中要塞の破壊を優先するべきか。
……私があの男と当たらなければ、サーヴァント部隊は大きな被害を受ける。
かといってあの男と戦えば、勝っても負けても消滅は免れない』
ふと気配を感じて振り向くと、メディアがわたしの直ぐ後ろに立ち、ちょっとぽやっとした顔でそこにいました。
『やりたくないだろうと、イアソンに言われた。
……胸の内を見透かされ、落ち込んだ。
そう、私は戦いたくないのだ』
わたしは一度椅子に座りなおします。
『戦いたくない、けれど、リリスによって世界が閉ざされることも看過できない。
……私は、血を分けた家族を、運命の螺旋の中であと何回殺せばいい?』
アルジュナの発言は、わたしの胸を強く打ちました。
……英雄アルジュナと英雄カルナは異父兄弟であるということは、伝説が語る通りです。
そして、最後の決戦『クルクシェートラの戦い』の際、凄惨に殺しあったということも。
『この
その逆も然りです。カルナも私を何度も殺しているはずだ。
……私とあの男は、同じ
人理が紡がれ続ける限り、この病が癒えることは無いだろう。
だから私は、人の世のためにもこれを受け入れるしかない。
……でも』
声はささやくように静かに、小さくなりました。
『──心は違うんだ。
心の隅にはいつも、涙を流している幼い自分がいる、納得いっていない大人の自分がいる。
「どうして、なぜ」と、運命に問いを投げかけ続けている自分が』
誰にもばれないよう、隠れ潜んでいるかのような声で、彼は心境をぶちまけていきます。
『私は、クルクシェートラの戦いにおいて、カルナを殺した時……自分の心まで、散り散りに引き裂いてしまった。
傷はいつまでも癒えず、心は戻らず……今でも小さく痛むんだ。
……でも、それを表に出すのは
強い風の音が、音声のノイズを大きくしました。
彼はそれが収まるのを待ってから、もう一度言葉を続けます。
『確かにイアソンの言う通りでした。こうして口にしてみるだけでも、気持ちが楽になります。
うん、大丈夫、私は大丈夫だ。きっとこれからも、英雄アルジュナとして戦っていける──』
わたしはその発言を聞いても……何も、大丈夫だとは思えませんでした。
『明日、私は作戦を遂行させ、消滅します。
皆から預かった力は、私の四肢を引き裂き、魂を砕いて、塵すら残らないものとするでしょう。
──しかし構いません。
私の一矢が、今を生きる人の未来に繋がるなら……ええ当然、自己の消滅など恐れるに足らずです』
モニターを見れば、音声データの最後が近づいてきていました。
『そうだ! この最後の数秒だけは消さないよう、イアソンへ頼んでおきましょう。
ええっと……』
また聞こえる、小さな風の音。
『──これを聞いている誰かへ。
貴方が今、健やかで、明日に怯えず、苦しい思いをしてはいないよう、私は強く願っています。
世界に緑が戻り、海と山が変わらずそこにありますように。
朝には鳥が歌い、野には獣達が駆けまわっていますように。
命が巡り、世界へ幸せな想いを
彼が口にしたそれらは、希望を夢見る純粋なまでの……祈りの言葉でした。
『私と私の仲間達が切り開いた未来が、少しでも良きものになっていることを、祈っています。
西暦2313年、アーチャー、アルジュナ、これを記す……と。
……言いたいことは全て言えた。これでいい、これでいいんだ』
自らに言い聞かせるような声で彼は語り終えると、音声データはその再生を止めました。
「アルジュナは……」
400年前の彼は、どんな気持ちで最後を迎えたのか。
それを思ってしまえば……当然、自らのサーヴァント、アーチャー961のことも考えてしまいます。
(リリスに腕を切られ、わたしが落ちていく様を目の前にして……それで、それで)
──きっと、絶望しかなかったはず。
だから、わたしの名前を血を吐くような声で呼んでいたのだ。
「わたし、何をしているんだろう……」
虚無感が足先から胴へ昇ってきます。
(情けないよ……みんなが死んだって事実にいじけて、めそめそ泣いて……)
でもその喪失に抗う力が、少し足りなくて。
(女神リリスに言われた通りです。『何にもなれなかった、女の子』……)
結局今でも、心地よい絶望の湯にどっぷり浸かりきったままなのです。
「アスカさん」
「……はい」
ネガティブな思考の奥底から我に返り、呼ぶメディアの声に答えます。
「このデータ群を閲覧し終えましたら、キルケーとコンタクトをとってみようと思います」
「そんなこと出来るのですか?」
「距離によってはとても難しいかもしれませんが……私も魔女ですし、彼女も魔女ですから、出来ないことはないかと」
明るい調子で話す彼女を眺めます。
「アスカさんのサーヴァントや、お友達の安否も調べることが出来るかもしれません」
「……それって」
「アスカさん、どうしてみなさんが死んだって決めつけたんです?
ひょっとしたらひょっとして、大脱出! からの大ワープをして、全員無事に助かったかもしれないのに」
「……そんな都合がいいこと、ありませんよ」
わたしは彼女が冗談を言っていると思い、くすりと笑った。
「真剣にお話をしているんですよ、アスカさん。
……その目で確かめない限り、まだ分からない、希望は残されています」
メディアさんは巨大な機械を指さしました。
「──400年前に戦った彼らが、私達へ未来をくれたように」
わたしもモニターを見てみます。
幾つもの音声、映像データが並び、文章の物もあり。
「そっか……わたし、託されていたんだ……」
今まで自覚していなかった事実が、心へ染み込んでいきます。
過去を生きた者達から、今を生きている者達へ『託された』のです。
祈り、想い、希望が。
「世界を、救ってって……」
この言葉は、モモがよく口にしていた言葉だ。
(『世界を救いたい』)
彼女が旅する理由でもあったそれを、わたしはぼんやりとした輪郭しか受け取っていなかった。
わたしにとって、彼女達との旅は、どこに行けばいいのかも、どうすればいいのかも分からなくて、目の前の困難を乗り越え、生きていくことに精一杯のもの。
怖かったし……わたしには、モモのような信念が無かったのです。
(でも、今は違う)
わたし、目的が出来ました。
「メディアさん」
「はい、なんでしょう」
柔らかく微笑む彼女に向けて、わたしは……いや、わたくしは、自分の思いをぶちまけます。
「友達を探したい。もう一度! 大切な存在と出会いたいんです!
だからその……わたくしに、協力してはくださいませんか?」
メディアは数秒、またぽやんとした顔して、それから本当に驚いたかのように答えます。
「びっくりしました! だって私、ずっとそのつもりでしたのに……」
声をもらして、上品に笑い始める彼女につられ、わたくしも笑いだしてしまいます。
「ふふふ……」
「あははは……」
久しぶりに、わたくしは心の底から笑うことが出来ました。
「元気を出してくださいね、アスカさん。
貴女は素敵な女の子、誰かの希望になれる人なのですから……」
かけられた優しい言葉に、わたくしは苦笑いで返します。
「そうだと……良いのですが」
不安はまだあります。けれど、虚無感に心地よく浸るのはもうやめにしました。
「ではアスカさん、この膨大なデータ、次は何を確認し──」
「誰か! 助けて!」
部屋を包んでいた和やかな雰囲気が、女性の悲鳴によって切り裂かれます。
「メディアさん、あの声は……」
「外に行きましょう。
……レジスタンスの者にこのデータを見られるかもしれません。一度、機械の電源を落とし、ブラックボックスはアスカさんにお返ししますね」
彼女は素早く動き、機械から黒い小さな箱を回収し、渡してくれました。
お茶セットも奥の部屋に戻してきて、早足で外に向かってしまいます。
「わたくしもついていきますから……!」
慌てながらも、彼女の後を追いました。
「何を、しているのですか?」
キャスターメディアの唇から、好意的な感情など一つも込められていない声が、建物の前に広がる路地に響きます。
わたくしの目に映ったものは──。
「うぁ……あ……メディアさん……助けて……」
殴られ、顔や体を赤く腫らし、目や鼻から流血した女性と、それに馬乗りになって、相手の髪を掴んでいる男の姿でした。
第81話 弓兵は祈れど、世界は甘く腐れ……
終わり