フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 アスカとメディアは、400年前に録音されたアルジュナの声を聴く。

 イアソンから、女神リリス側にいるカルナとの戦いについて『本当はやりたくないだろう』と言われたアルジュナは、本心を隠そうとしたが、続けざまに『カメラに向かって、ぶちまけちまえ』と提案される。
 アルジュナは、ただ一人となってからその心の内を話し始めた。

 散っていった仲間達から託された「神々の力」のこと。
 明日の戦いに勝利したとしても、自分の存在は消滅しているであろうこと。
 血の繋がった存在である『カルナ』と戦うことへの苦悩、疑問。

 気持ちをぶちまけたアルジュナは、最後に、『仲間と共に切り開いた未来が、良くなっているように』と祈りの言葉を込め、録音を止めた。

 声を聞いたアスカは、絶望に沈んでいる自らを恥じた。
 メディアはというと、「希望は残されています」、「400年前に戦った彼らが、私達へ未来をくれたように」と彼女を再度励ます。
 そしてアスカは、祈り、想い、希望が今の世界に託されてきたのだということを実感し、友であるモモタの事を想起する。
 「世界を救いたい」と夢を語っていた彼女の覚悟を理解し、アスカは、「もう一度友達に会いたい」との夢を抱く。

 希望と目的が見えてきた矢先、アスカとメディアの耳に悲鳴が届く。
 慌てて表に出てみれば……そこには、男性に酷い暴力を受けている女性の姿があった。


第82話 人(まと)う理性という肉は、本能という骨より剥がれ落ちた

「セイザルさん、あなた、前もレジスタンス上層部より警告されていましたね?

 ……『手荒に扱うな』と」

 メディアさんは感情の乗っていない声で、女性へ暴行を加えていた様子の男に呼びかけました。

 

「あー? 紫姫様じゃねぇか? なんだよ? 戦績たんまりな俺に口答えか?」

 男は女性の髪から手を離します。

 倒れたまま、起き上がれず震えている女性へ、わたくしは駆け寄りました。

 

「……」

 涙を流しながら、恐怖とそれ以外の感情でがちがちと歯を鳴らす女性。

 薄い布で出来た服は、胸のあたりで破かれていました。

 わたくしは作業服然とした上着を脱ぎ、彼女の体にかけて肌を隠してあげると、肩を貸して立ち上がらせ、少しでも男から離れた場所……メディアさんの後ろへと歩きます。

 辺りには、怒声を聞いてやってきた野次馬がわき始めていました

 

「紫姫様とー……後ろに居んのは……ははは! レッドリーダーが買った女か!」

 男、セイザルは何がおかしいのか、こちらを指差してけたけた笑っています。

 

「リーダーもおかしな買い物するなぁと思ったさ!

 だってよぉ……病気持ってるかもしんない、傷つきの女買うなんてさぁ!」

 ……言葉の意味は深くは理解できませんでしたが、ひどく侮辱的なことを言われているということは感じていました。

 

「やっぱり女は、アイツみたいな傷なしじゃないとなぁ。

 それに、俺みたいなロボット乗りで、優秀な男は、繁殖のお仕事がよぉ……」

 彼の言葉に、上級都市『ピオーネ』で聞いた「持って帰って、交配実験に使う。女の子は子どもを産んでもらうよ」との男達の発言が、頭の中で反響しました。

 

「セイザルさん」

 よたよたと近づいてくる男に対し、その動きを止めさせるかのようにメディアさんがすっと立ちふさがります。

 

「……」

「……」

 セイザルは小さなメディアさんを睨みつけ、一方彼女は静かに見上げています。

 両者は至近距離で相対していますが、ただの人間であるセイザルの方が不利です。

 サーヴァントはどのような見目をしていようと、人間では敵わない存在。それを、わたくしは今までの旅で知っています。

 

「……おい!」

「はい」

 空気が張り詰め、その緊張が頂点に達しようとしていたその時──。

 

「なにやってんだ、セイザル、アスカ」

 わたくしを買った男であるレッドが、野次馬をかき分けて場に入ってきたのです。

 

 

 

 

「リーダー! ちょっと待ってくれよ! レッドリー……」

 セイザルが彼の名と役職を言うより早く、レッドの拳が顔に飛び、いえ……めり込みました。男は受け身も出来ず、地面へ勢いよく尻餅をつきます。

 

「まってください! 俺にもじじょ」

 レッドはセイザルに馬乗りになると、両腕を用い、連続して打撃を叩き込みます。

 ……先ほど見た、女性とセイザルの光景とまるっきり真逆です。

 

「はっ……はっ……」

 わたくしが助け起こし、肩を貸している女性が、その様子を見てうっとりと微笑むのが見えました。

 

「……セイザル、オレ、前に言ったよな?」

 レッドが殴る手を止め、地の底に響くような声で話し出します。

 

「『もうこう言うの止めにしよう』って。

 『やりたい放題していたら、誰にも助けて貰えなくなるぞ』って」

「げど……」

 口内から血をこぼしながら、セイザルがもごもごと反論します。

 

「そんなやぐそぐ、だれが、まもっでるんだよぉ……。

 りゃくだつも、すきにつかえるおんなも、あるから、みんな、ごんなクソみたいな、せいがつ、がまんできているんじゃないかぁ……」

 ……まとめると、セイザルはこう言っているのでしょう。

『略奪と、物みたいに扱える女が居るから、このような生活に耐えられる』のだと。

 

「……イライラは、女じゃなく敵にぶつけろよ。

 分かったな? 分かったよな? ……子どもじゃねぇんだからとっとと返事しろ!」

 レッドは片腕だけで無理やりセイザルを起こすと、ふらふらしている肩へ手のひらを叩きつけました。乾いた衝撃音が辺りに響きます。

 

「は……い……」

 なんとかそれだけ答えたセイザルは、逃げるように野次馬の方へよたよた歩いていき、人ごみに紛れて見えなくなってしまいました。

 

「……嫌なもん見せちゃったな! ごめん、アースカ!」

 レッドは人が変わったように朗らかに、短い赤の髪をかきながら、わたくしへ声をかけてきます。

 

「紫姫様と遊んでたのか? 

 そうかそうか、2人とも気品あるもんな、話も合うだろう……。

 でも、オレから離れたら危ないぞー」

 彼は真っ直ぐこちらに向かって歩いてきます。

 

「──帰ろう、アスカ」

 そしてにこりと笑って、手を差し伸べてきたのです。

 ……男を殴って真新しい血に塗れたままの、その手を。

 

「おっ、わりぃわりぃ。手が汚れてたな……」

 レッドは黄土色の固い布ズボンで手を擦りますが、血はなかなか落ちません。

 

「わっ、わたし……」

 現在進行形で、肩を貸している傷ついた女性を横目で見ながら、レッドに返答をします。

 

「この人、怪我してるから、安全な場所まで送り届けてから、帰ります」

「……ふーん。そっか! じゃあまた後でな!」

 レッドはぽかんとした顔をしてから、歯を見せて笑うと、くるりと身をひるがえして帰って行きます。

 「バイバイ」とでも言うように、手をふりながら。

 

「あの、メディアさん……」

「場所を移しましょう。ここは人目が多すぎますから」

 傷ついた女性を連れて、わたくしとメディアさんは、レジスタンス幹部の家から、更に奥の道へ歩いていくことになりました。

 

 

 

 

 道をひたすら進んでいくと、要塞の最果てにたどり着きました。

 果てである巨大な壁は、天井のある上方向へ湾曲しており、その下には、分解された機械やゴミが積み重ねられ、小山となっていました。

 暗闇とガラクタの合間に、1階建ての、倉庫のような雰囲気の建物があり、メディアさんがそこの扉を横へ開きます。

 

 

「むらさきひめさまだー!」

「はい、こんにちは。リーシェ」

 扉のすぐそばに控えていた5歳くらいの少女が、メディアさんへ抱きつきます。

 

「紫姫様! ああ……訪ねてきてくださるなんて……」

 リーシェの身内と思わしき老婆もやってきて、神にすがる人のように手を合わせて拝み出しました。

 

「その……アルダのことで……」

 メディアさんが老婆の耳へそうささやくと、言われた方は顔色を青く変えました。

 

「また……ですか」

「治療をしたいので、奥のお部屋を貸してください」

「はい、紫姫様……。

 リーシェ、大人の話をするから、家に帰っていなさい」

 老婆は少女を遠ざけると、案内を始めてくれました。

 

「……」

 わたくしが肩を貸している女性が、話の中に出てきた「アルダ」なのでしょうか。

 彼女は下を向いたままで、依然として無言です。

 

「……」

 そんな彼女と歩きながら、わたくしは建物の中の様子に目を向けます。

 だだっ広い空間を、布やトタンで仕切って部屋にしているらしく、複数の家族が一つ屋根の下で暮らしている様子がうかがえました。

 廊下には洗濯物がぶら下げられ、あちこちに缶詰めやレーションの袋が転がっています。

 人々は、見慣れぬ存在であるわたくしを目に移すと、逃げるように小部屋へ戻っていきました。

 ……とても鬱々とした雰囲気です。

 

「アスカさん、彼女を……アルダをここの布の上へ」

「はい!」

 老婆も手伝ってくれて、女性を寝かせることに。

 横たわらせた瞬間、アルダが震え始めます。

 

「もう大丈夫。怖いことなど何もありませんよ。

 ほら、水薬を……」

 メディアさんがどこからか細いガラス筒を取り出して、中身を彼女へ飲ませようとしますが、それを彼女は手を小さく動かして、「待って欲しい」との意を示しました。

 

「ねっねっ? セイザル、どうなった?」

 彼女の目だけが、別の生き物のようにギョロギョロと動いています。そこには、異様な輝きが見て取れました。

 

「あの……レッドに殴られて、逃げました」

 わたくしは彼女の雰囲気に呑まれ、思わず答えてしまいます。

 

「そう……ああ……いい気味……ぶん殴られんたんだぁ……女みたいに……」

 アルダが歯を見せてにたりと笑った瞬間、メディアさんは口を塞ぐかのように水薬を与えました。

 数秒も経たない内に彼女のまぶたがとろんと落ちて、寝息が聞こえ出します。

 

「……心も体も傷ついています。少し、眠らせてあげた方が良いでしょう」

 メディアさんがそう呟いた瞬間、息を殺していた老婆が、涙をぼろぼろとこぼしはじめました。

 

「もう……無理です……こんな世界で生きていくことなんて……」

 老婆を、メディアさんは優しく抱きしめました。

 

「大丈夫です。きっと、いつか世界は救われますから……。

 だから、希望を信じて、信じて……」

「……世界が」

 何かをこらえながら、老婆は言葉を振り絞ります。

 

「世界が救われるとき、私達みたいな者も、救われるんでしょうか……」

 その言葉に、わたくしもメディアさんも何も言えず、ただ老婆が鼻をすする音ばかりが部屋に満ちていきました。

 

 

 

 

「私が10年前、この要塞で目を覚ましたときから、この世界は()()でした」

 女性、アルダのことは老婆に任せ、わたくしとメディアさんは建物の屋上にて、体育座りで並びながら話をしていました。

 

「法を敷いても意味をなさず、情は乾ききって陳腐なものとされ、力のみが相手を従える(すべ)とされた世界……」

 2人で見上げる空に、星などあるはずもなく。濁った空気とどこまでも闇の天井です。

 

「私はこのレジスタンスの人間へ力を見せ、私の『法』を守るようにと……脅し、ました。

 無闇に暴力は振るわないこと、何事もまず話し合いから入ること、その他様々な『お願い事』です。

 ……如何に魔術師が人でなしと言われる者とはいえ、いたずらに命を傷つけ、奪う行為は無意味だと知っていましたから」

 わたくしは軽率に何かを言うわけにもいかず、彼女の言葉に相づちを打っています。

 

「でも、人の心を魔女である私が分かるはずもありませんでした! 人々は一夕(いちゆう)では変わりませんね! 

 ……みなさん、私の見ている範囲では大人しく振る舞っていますが、今日のセイザルのように、見えぬ所では力で自らの意見を通しています」

 明るい声でそう話す彼女の心は、痛んでいるのか諦めているのか、わたくしには分かりませんでした。

 

「男が女を殴ります。女が子を殴ります。子が更に下の子を殴ります。

 飢えた者が富んだ者を殴ります。殴られた者が殴った者を殴ります。

 それ以外にも様々な形で、人々はお互いを傷つけ合い、軋んでいっているのです。

 拳で。言葉で。道具で。」

「軋んで……」

「そして、それが今の世界なのですよ、アスカさん」

 彼女のアメジストのような澄み切った瞳が、わたくしを見つめています。

 

「──それでもあなたは、世界を救いたいと思えますか?」

「あっ……」

 問いに、答えられない。

 

(世界は……もっと単純だと、思ってた……)

 良い存在と、悪い存在がいて、悪い存在にみんな苦しめられていて、悪いやつを倒せば、みんな解決……。

 

(でもそうじゃなくて、善悪はぐっちゃぐっちゃに掻き混ざっている)

 突然目の前に現れたセイザルは、大勢の人にとっては悪者に見えただろう。

 レッドは、私にはとても優しかったけど、セイザルを殺すほどの勢いで殴っていた。

 セイザルに暴行された女性は、殴られる彼を見てせせら笑っていた。

 殴られていた男は、殴られるだけのことをしたのだろうが、そんな彼に振り落とされたのは感情に任せた私刑じみたもの。

 

「世界って……血生臭いものなのですね」

 ぐるぐる考えて、ようやく口に出せた言葉はそれだった。

 

「むらさきひめさまー!」

 その時、下の方から声がしました。聞き覚えのある声、少女リーシェのものです。

 

「おくじょうにもちあげてー! ラジオききたいのー!」

「はーい。少し待っていてくださいねー」

 メディアさんはひらりと屋上から飛び降りると、また河鹿のように軽やかに一跳びで戻ってきます。

 色鮮やかなドレスで飾られた腕の中には、リーシェと、小さな機械が抱えられていました。

 

「ラジオ! おへやじゃきけないの! でもおばあちゃんは、そとでちゃだめって」

「屋上は外ではないのですか? リーシェ?」

「そとじゃないよ! うえだもん!」

 子どもらしい可愛い屁理屈の会話に、わたくしは緊張と考えで凝り固まった体が解れるような心地でした。

 

「おねえちゃんも、ラジオきこ!」

 少女はメディアさんの腕から屋上に下ろされて早々に、持っていた機械をガチャガチャ操作し始めます。

 

「アンテナー……のばしてー……」

 銀色した細い棒パーツを指で摘まんで伸ばし、ラジオらしき小型機械をそっと床に置きます。

 

「しずかにしててねー……」

 固唾をのんで見守っていると。

 

『……ジ、ジジ』

 雑音が聞こえ、その後から低い女性ボーカルの歌が流れ出しました。たぶん、ポップスと呼ばれるジャンルのものでしょう。

 

「リーシェは本当にラジオが好きなのですね」

「うん、そうだよ! むらさきひめさま! 

 レジスタンスの人がながしてる『唯一の娯楽』? だもん」

落ち着いたしっとりとした音も続きます。

 

「あたしのしってるうただ! えっとね……」

 リーシェはラジオに被せるように、綺麗な声で歌い出します。

 歌詞の意味を知っているのか知らないのか、それはそれは澄んだ子どもの声で歌うのです。

 それを、メディアさんは腰をかがめてニコニコと見つめていました。

 

「おねえちゃんは、このうたしってる?」

「えっ……知らない……」

 お嬢様(ロールプレイ)ぶった口調を忘れ、思わず素の声と態度で答えてしまった。

 

「ふふーん! このうたね、『恋の歌』なんだって!

 うーんと……『恋に出会えて幸せ、あなたに会えて幸せ』とか、うたっているんだって。

 おねえちゃん、こいしたことある? それっていいもの?」

「……『恋』、かぁ」

 心の奥底に封じたはずの『それ』について訊かれ、照れくさくなって体育座りの足の間に顔をうずめた。

 

「おねえちゃんも、おしえてあげるからうたおう! こいのおうた!

 むらさきひめさまも!」

 少女に袖を引かれ、わたしもメディアさんもラジオの側による。

 

「まずは、えっと、こううたうの。あたいのまねしてね」

 リーシェに導かれるように、わたしはか細い声で歌詞をなぞっていく。

 恋の歌。あなたに会いたいと乞うその歌。

 

(世界を、救いたいと、心から思えるだろうか……)

 喉を震わせながら思うのは、友達のこと。

 

(モモみたいに、心の底から、純粋なまでに世界を救いたいって……)

 見えていなかった『世界の血生臭さ』について知った今……そんな風に思えるほど、自信は無い。

 でも。

 

(こんな風に、誰もが澄み切った心で歌うことが出来るような世界になったら、いいなと思うの)

 この気持ちもまた、祈りなのだろう。

 かつて、400年前のアルジュナが、わたし達の世界の幸せを祈ってくれたように。

 

(世界を救いたいと、いつか心の底から思えますように……)

 わたしは恋の歌を紡ぎながら、自らへ祈っていた。

 

 

 第82話 人(まと)う理性という肉は、本能という骨より剥がれ落ちた

 終わり




 単語説明


 繁殖
 地下都市に生きる人間は、主に人工子宮によって繁殖を行っているが、資源も無く、高度な医療技術もない地上に生きる人間は、21世紀の人類と同じような方法で繁殖している。
 その際、母体となる女性達は、地下都市を襲撃した際にさらってきた者達であったりもする。


 ラジオ放送
 テレビと同じく、要塞内での娯楽となるようにレジスタンスの上層部が判断し、放送している。
 歌は発掘されたデータであることが多い。音楽教育する人材など滅びて久しいからだ。
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