フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 恋の歌の練習という、楽しい時間を過ごしたアスカは、深夜過ぎにレッドの家へ帰宅する。
 アスカを待ち、夜中まで起きていた様子のレッド。
 彼に対し、昼に見た『暴力』の情景を思い出してしまいそうになる彼女だったが、押しとどめ、何か言いたげなレッドも抑え、汚い部屋を協力して掃除するのであった。
 
 レッドは自らの人生をアスカに打ち明け始める。

 上流階級であり、アスカとは、住んでいた都市は違えど親類同士。
 子どもの頃、都市が『トコヤミ』に襲撃され、上流階級の大人子どもで殺し合いを強要された。
 ……けれど大人達は、女神リリスに人類は見捨てられ、遅かれ早かれ滅びることを、十分な教育と知識で悟っており、生きるも死ぬもどうでも良い無気力な態度だった。
 
 レッドの話は陰惨さを増していく。
 殺し合いをしようとしない上流階級に苛立った『トコヤミ』は、他の階級の者を連れてきて、強引に殺し合いを始めさせる。
 幼かったレッドにすら銃が向けられ、彼は逆にそれを奪い、他者を殺した。
 ……そして最後に自らの両親を殺し、『トコヤミ』に認められた。

 彼は時に怒りながらも話し終え、レジスタンスに入った後のことは淡々と喋った。
 ロボットの操縦者となり、その部隊のリーダーとなり、他の地下都市を滅ぼし人を殺し、暴力によって相手を支配する人間となったことを。

 レッドは言う。
「アスカのこと、綺麗だなって。()()()()()()()って意味な」
「……オレにも、アスカみたいな道があったんだろうなって思ったら、話したくなった」
「どうして人も殺さず外の世界に逃げてこられたんだ? どうしてアスカの手は綺麗なままなんだ?」
 問われた彼女の胸によぎったのは、仲間の姿、気高い心、そして……。

「アスカは、楽な手段取らないでくれよな。
 今の世界で楽な手段って、きっと手が汚れることだから」
 優しい呼びかけを聞いた後、会話は終わり、アスカは休息へ入る。
 上流階級の破滅的な様子の意味を、『見捨てられた絶望によるもの』だったのだと、アスカは知ることが出来た。

 彼女の夢に現れたのは、戦士シグルドと戦乙女(ワルキューレ)ブリュンヒルデ。
 雪つもる森を歩く2人だったが、夢見るアスカは、シグルドの胸に穴あき、心臓が無いことに気が付き……自らの首が切断、飛ばされることで目覚めた。

 レッドが夜中に無理やりアスカを起こした。
 外から聞こえてくるのは少年の声。

『僕はヴォイドメロディ・キルロード。「トコヤミ」の排除のため、やってきました』
 殺戮と略奪を宣言した少年を、レッドは「人殺し特化のAI」と呼び、要塞防衛のため出撃してしまう。

 自宅待機を命じられたアスカであったが、倉庫のような建物に住んでいた人々が避難できているか気にかかり、言いつけを破って外へ向かってしまうのであった……。


第84話 暗く燃え、音が響くなら

 

 

 廊下に出してあったゴミ山の中から、ペンを見つけ出し、続けて適当な大きさのボードを引っ張り出す。

 それに書き置きをして、扉の前へ出しておきます。

 

『レッドへ。

 ごめんなさい、言いつけを破ります。要塞端の平屋へ、女性達を助けに行って来ます』

 敵に読まれる可能性も考えましたが、レッドがわたくしを心配し、探すことなど無いようにしておきたかったのです。

 

「外の……様子……」

 闇に包まれた町を照らすのは、誰かが付けた火。

 集合住宅の3階廊下から見えた景色は、あちこちの家屋から火や煙が登り、ガスが大気を濁らせている絶望的な光景でした。

 

(密閉空間に火が回ったら……!)

 要塞都市の換気機能がどれほどのものなんて、わたくしは知りません。

 このままではみんな焼け死ぬか、その前に一酸化炭素や有毒物質で中毒を起こして気を失うか、それとも、攻めてきた『ヴォイドメロディ』なるAIに殺されるかの3択です。

 

(近くの人はどうしています?)

 隣部屋や下の階から気配は感じず、しんとしています。もう避難したのでしょうか、そうだといいのですが……。

 

(逃げたと信じるしかありません。今は彼女達の下へ行きましょう)

 とにかく先を急ぎました。

 

 

 

 一昨日、レッドとラーメンを食べた大通りは、逃げる途中に捨てられた荷物やゴミが散乱し、和気藹々としていたあの場所とはまるで別の雰囲気です。

 露天などもそのまま。人に踏まれたアクセサリーが壊れ散らばって、火を反射し、道へ煌めきを添えています。

 場違いなほどに、美しい光景でした。

 

「誰か……いませんか?」

 要塞都市の中心であるはずなのに、敵の姿も味方の姿も発見できず、聞こえるのは遠くからの悲鳴だけ。

 

「敵が見えませんが、その方が良いに決まっています。

 ともかく、あの場所にたどり着かないと……」

 不安からか独り言が多くなってしまいます。

 わたくしはメディアさんに案内された道を思い出しながら、目的地へ向かいました。

 

 

 

 

「誰ですか?!」

「わたくしです、あにょ……昨日メディアさんと共にアルダさんを運んだ者です! 名前はアスカ!」

 平屋建ての扉へ近づいた瞬間、中から敵意ある鋭い声で問われました。

 舌を噛みながらも自らの立場を明かし、『敵ではない』ことを伝えます。

 

「きのうあった、おねーちゃんのこえだー!」

 扉の内より聞こえるのはリーシェの声。

 

「……どうぞ。中にお入りください」

 スライドで開かれた扉へ、作業服を着た体を滑り込ませます。

 わたくしとやりとりをした女性は、外の様子をうかがってから、素早く鍵をかけ直しました。

 

「おねーちゃん、どうしてきたのー?」

 リーシェや、周りでおろおろとしている女性達の姿を見て、すぐに分かりました。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「皆さん、避難放送は聞きましたか?」

「え?  いいえ何も……」

 カーテンの様な布を服とした女性が答えてくれます。

 

「ただ、火事が起こっていることは分かったので、煙を吸わないよう、消火されるまでの間、室内に避難していようと……」

「そうですか……」

 わたくしはその女性へ、この建物に住む人全てを呼ぶようにお願いをして、集まってきた彼女らに、今この要塞都市で何が起きているのかを簡潔に伝えました。

 

 

 

 

「──ということです。

 皆さん、ここにいたら死んでしまいます。わたくしと一緒に避難しましょう」

「でも……」

 目の前に立つ約30人は、決断できないのか迷いを見せます。

 リーシェ含む子ども達が、不安そうに大人の服の裾にしがみついていました。

 

「紫姫様がきっと……みんなを助けてくれるもの……。

 だからここに居なきゃ……姫様に助けてもらえるように……」

 祈りのように絞り出された女性の声に、他の方々もうなずき返します。

 

「だよね。ここにいないと……」

「ここは要塞の端だし、敵も火事も来るはず無いし……」

「逃げたとしても……何も良くならない……」

 みな、自分に言い聞かせるように口へ出しては、誰に向けるものでもなく首を振っています。

 

「……っ」

 言葉だけでは彼女達を動かせないと分かったから、わたくしは唇を噛みながら、拳を握りしめてしまいます。

 それこそ……レッドやセイザルのように暴力に訴えるか、メディアさんのように、能力と信頼で心を動かすしかないのでしょう。

 

(この人達も……生きるのを諦めてしまっただろうか……)

 暴力に耐え、外は危ないからと同性同士で閉じこもり、「誰か助けて欲しい」と涙をこぼす。

 ……もちろん、彼女達が悪いわけではない。

『この世界』が、彼女達から「逃げよう」という生きる意志まで奪い去ってしまったのだ。

 だから、明らかな危機が迫っているというのに動けない、震えることしかできない。

 

「……それでも」

 わたくしに力はない、メディアさんのように魔術が使える訳でもない。

 モモのように、純粋なまでに一所懸命な心も持ってない。

 

「それでも!」

 今までの自分なら、ここで大多数の意見に流されて、なぁなぁで済ませていたかもしれない。

 ……かつて地下都市で暮らしていたころ、『上流階級である』という理由だけで行われるクラスメイトからの嫌がらせを、ただ受け流していたように。

 

「生きるために──ここから逃げないと!」

 自分でもびっくりするほど大きな声が出て、薄い仕切りしかない部屋にビリビリと響きました。

 

「ア、アスカさん。落ち着いて。ここにいれば安全……」

 わたくしの肩を掴んで、座らせようとしてきた女性へ訴えかけます。

 

「安全じゃないんです! 火はすぐに回ってきます! 敵の姿は見えないけど、近くまで来ているかもしれない! 

 入り口が一つしかないこの建物では、敵がやってきたときに素早く逃げられない! 

 だから! 逃げる……必要が……」

 馴れないことをしたせいか、それとも吸った火事の煙のせいか、激しくせき込んでしまった。

 

「……逃げるって、言ったって」

 わたくしの提案を聞いて、人々がお互いに目を合わせます。

 

「シェルターに逃げても……逃げた先に敵か誰かいたら、そいつらに何をされるかわからないじゃない……!」

 自分の体を抱きしめ、さめざめと泣く女性達。

 その時声をあげたのは……リーシェでした。

 

「あたし、おねーちゃんについてく。

 だって、おねーちゃんはうそついてないと、おもうもん」

 人々へ伝えた後、わたくしの拳に手を振れ、固く力を入れていた指を解いてくれました。

 

「それに、なにかあったら、リーシェがみんなをまもるよ! 

 おばあちゃんもおかあさんも、そうしてくれたもん!」

 幼い彼女の微笑みを見下ろしながら、わたくしは皆さんへ声をかけます。

 

「わたくしも、リーシェと同じように皆さんを守ります」

 気休めな言葉かもしれないが、そう励まさずにはいられなかった。

 

「ここから出るの? わたし達……」

 まだ不安な顔をしている人が多いですが、全体の意志は変わり始めていました。

 

「……ここから、逃げてみよう」

 誰かがそう言い出して、何人かがうなずくのが見えました。

 

「大切なものだけ、少量を持つようにしてください! 全員点呼してから、シェルターへ移動をします!」

 わたくしは学校で行った避難訓練を思い出しながら、建物に住んでいた女性達へ呼びかけます。

 子どもも大人も老人も、わたくしが数え、名前は知り合い同士で共有してもらう。

 こうして、自分含む31人での避難が始まりました。

 

 

 

 

 煙を吸い込まないよう、口元に濡らした布を巻き、子どもは大人が背負って移動を早くする。

 

「それにしても……アスカさん、あんなに啖呵を切っておいて、シェルターの場所を知らないだなんてね」

「ごめんなさい……」

 わたくしは昨日会話した老婆、リーシェの祖母である『エルナ』と道順を確認しながら歩いていました。

 彼女は白髪交じりの頭を揺らしながら、先を進んでくれている。

 

「でもいいよ。私が知っているから」

 避難は不気味なほど順調です。

 都市の縁、捨てられた家具や家電、よく分からない機械が積み上げられたゴミ山にも、敵の姿はありません。

 

「シェルターがどういう仕組みになっているかはご存じ?」

「いいえ……」

「箱型になってて、人が入るとそれごと最下層まで降りるんだ。

 んで、外に逃げ出せるよう、小さな車に変形するんだと。

 ただめったに使わないから、レジスタンスの幹部やらが倉庫にしてるとかも昔に聞いたね」

「へぇ……」

「外なんて……生きている間に行くとは、思ってもみなかった……」

 苦労が忍ばれる顔で、遠くを見つめるエルナさん。

 

「ふぅ……みんな、着いたよー!」

 わたくし達31人の目の前に、誰も入っていない様子の、長方形で灰色の箱が。

 車輪も見えず、とても車に変形するとは思えませんが、今はエルナさんの言葉を信じるしかない。

 

「──よし、わたくし含め31人、全員居ますわね」

 怪我もなく、パニックになってる者もいない。

 女性達は、未使用のシェルターが見つかったことでほっと肩の力が抜けたのか、ぎこちなく笑顔を浮かべていました。

 後は、開いて中に入るだけ……なのですが。

 

「なんだ、これ……」

 エルナさんがボタンを操作して開けた瞬間、中から大きな涙型の物がたくさん倒れてきました。表面は青くつるつるしていて、人が入れるくらいのサイズです。

 

「やっぱり、幹部の奴らが倉庫にしてたか……」

 誰かの苦々しげな声が聞こえます。

 

「移動させなくては……」

 わたくしも思わず愚痴のようなことをつぶやいてしまいました。これを退かさなければ、とても中に31人も入りません。

 

「ゴミ山の方に寄せよう!」

「そっちを持ってー!」

 子どもを背中から下ろした大人達が、総出でそれを転がして横へ除けます。

 

「うん?」

 わたくしもみなに協力して運びますが、形に見覚えが……これは! 

 

(アーチャー961が拘束された後、入れられていた(コフィン)……?)

 思い出したのは嫌な記憶でしたが、欲しかったものでもありました。

 あれもたしか尖った涙形で、表面は光沢があったはず。

 似ているというより、()()()だ。それが何本もシェルターの中からゴロゴロ運び出されている。

 

「……まさか!」

 思考が高速で回り、今までの旅で見たもの、聞いたものの中にあった、あらゆる情報の断片が噛み合っていく。

 

(サーヴァントは、棺の中で見つかるとメディアさんは言っていた。

 上級都市では、サーヴァントを棺に入れて管理していた。

 そして、レジスタンス『トコヤミ』は都市から資源を奪った……)

 地面へ無造作に転がされていく棺達へ目を向ける。

 

(──まさか、この中にサーヴァントが入っている可能性が?)

 被せられた青い蓋は、不透明な素材で作られていて中は伺えない。

 でも、もしこの仮説が正しいのだとしたら。

 

(アーチャー961だって、この棺のどこかにいるかもしれない)

 わたくしは、思わず手近な蓋を開けそうになり──。

 

「おねーちゃん!  シェルター、はいれるようになったよ!」

 リーシェの声で我に返る。

 振り向けば、30人全員がわたくしを心配そうに見ていました。

 

「はいってー!」

 続々とシェルターの中に入っていく人達と、呼ぶリーシェの声。

 

「え、ええ。ちょっと待ってくださいね」

 少女の声に惹かれるように、足を踏み出した瞬間。

 

「はぁ……なるほど。そうやって資源を隠して、逃げていたのか。

 それって、道徳的にどうなんだろう」

 若い男の声が、上空より降ってきました。

 

「おねーちゃ……」

 リーシェをシェルターに押し込んで、全員、つまりわたくし以外が入っていることを確認し、シャッターの取っ手を掴んで降ろしました。

 響く物々しい音は、内鍵がかかる音でしょう。

 エルナさんが言っていた通りであれば、これで内側からしか鍵が外せない状態となったはずです。

 仕掛けが作動すれば、シェルターは要塞の最下層まで降りていき、外へ皆さんは逃げられる。

 

「行動が速いなぁ。それって、君の道徳的に考えたってことかな」

 声が降ってきた方向へ顔を向けると、ゴミと瓦礫の山の上に、紺色の男子学生服に身を包んだ誰かの姿が見えました。

 

「あなた、誰ですか」

「放送したんだけど……まぁいいや、もう一回するね」

 目にその存在をはっきりと映します。

 桃色のさらさらとした髪をマッシュルームヘアにした、瞳の大きい、どちらかと言えば幼さ残る愛らしい顔をした少年です。

 彼は立ち上がると、気の抜けた声で話し出しました。

 

「僕、人類を応援する都市運営システムの1体。

 反逆者殺戮専用。格好いい格好いい、ヴォイドメロディ・キルロード君だよ」

 人の形をとったAIが、殺戮を宣言しながらわたくしの前に立っている。

 

「そう、なのですね」

 ……即ち、絶体絶命ということです。

 

 

 第84話 暗く燃え、音が響くなら

 終わり

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