フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 レッドの言いつけを破り、アスカは要塞端に住む人々を助けに向かう。
 襲撃や戦いの影響で燃えていく町を駆け抜け、ほんの数時間前まで屋上で歌っていたその平屋にたどり着いた。

 中に閉じこもっていた人々は、状況を正しく認識できていなかった。
 迫る危険をアスカは説明し、避難を呼びかけたが、人々は動こうとはしない。
「紫姫様が助けてくれる」、「だからここにいなきゃ」、「火の手がここまで来るはずない」、「逃げても何も良くならない」……。
 アスカは、思考を停止し、生きることを諦めようとしている人々の姿を見て、人の心をそうしてしまった『世界』の残酷さについて歯噛みする。

 そして彼女は叫んだ。「それでも、生きるために──ここから逃げないと!」と。
 周りの大人達は狼狽えるが、子どもであるリーシェはアスカに賛同する。
 少女の前向きな姿勢に、空気が変わっていき、人々は『生きる』ために逃げることを受け入れた。

 アスカ含め31人は、ゴミ山の間を通り避難用シェルターへたどり着く。
 シェルターを開けてみると、中から大量の棺があふれてきた。
 それを見て、アスカはアーチャー961が納められたのも、このような形の棺であったことを思い出し、サーヴァントの存在に心踊らせるが──背後から聞こえてきた声が、その期待を終わらせる。
 
 アスカは人々をシェルターに押し込み、その戸を閉める。
 そして改めて声の主に向かい合った。
 桃色の髪を持つ少年の姿をしたそれは、「人類を応援する都市運営システムの1体。反逆者殺戮専用。ヴォイドメロディ・キルロード君だよ」と自己を紹介した……。

 ──戦う術も力も無いまま、アスカは敵と相対する。


第85話 わがままガールになっちゃえ

 

「都市運営システム、人類を管理している存在、ですか……」

 冷や汗が首裏を伝うのは、かつて出会ったアイン・エーテルウェルに、手も足も出なかったことを思い出してしまったからでしょう。

 

「うん、よく知っているね、女の子。

 でもまぁ、僕がどういう存在であるかは、今はどうでも良いんだ。

 今大切なことはね、放送で伝えた通り、奪われたものを取り返しに来たんだってこと。そして……正当な復讐を遂げにきたということ」

「復讐……?」

 人間がAIに復讐するなら理由が思い当たるが、その逆とはいったい……。

 

「だってね、君達レジスタンスは仲間を殺し、リリス様が世界を救うために作った軌道エレベーターを破壊、大勢の人を殺した。

 それは、道徳的に考えれば考えるほど、許されることじゃないね」

「違う……いや、違わないけど! 

 軌道エレベーターを壊したのは、このレジスタンスじゃ……」

 レッドから聞いた話が正しいのであれば、『リリスの蛇』という兵器が地下都市ごとそれを破壊したはずなのに。

 

(AIですら、何が起きているのか正しく認識できていないの……?)

 わたくしは困惑の会話を続けながらも、ちらちらとシェルターの様子を見ます。

 灰色の箱は、入り口を固く閉ざした状態で依然としてそこにあり、下へ降りていく気配はありません。

 

「シェルター、うまく仕組みが動いてないみたいだね」

「そんなことありませんわ……直ぐにでも作動して、中の彼女達は無事に外へ……」

「それって──」

 少年は制服の裾を熱風にはためかせながら、瓦礫の上を牡鹿のように軽やかに降りてきました。

 

「道徳的じゃない、よねぇ?」

 地面が、いえ、少年背後の瓦礫の山が揺れ、動き出します。

 飛び散る金属ゴミから垣間見えるその姿。

 機械の多脚が要塞の床を引っかき、巨大な尾が煙混じりの大気の中に揺れる。

 その形は、まるで。

 

「機械化サーヴァント、その形と力は『蠍座』を示す」

 ヴォイドメロディ・キルロードは、尊いものを称えるかのように、機械化サーヴァントを両腕を広げ仰ぎます。

 大きさは5mほど。キチキチと鳴きながら、金属製の6本足の先で地面を削り、巨大な2つのハサミと、1本の尾を見せびらかすように動かしていました。

 少年はわたくしに語りかけます。

 

「僕は妹のメルティと違って、人間を道徳的に殺したいんだ。

 撃ったり切ったりして殺すのは……道徳的じゃないからね」

「道徳的に殺すって……」

「おや、サンプルが見たいのかな」

 少年が機械のサソリに命じたのでしょう。機械化サーヴァントは、瓦礫の中から何かをほじくり出し、ハサミの先に摘まむと、地面へ丁寧にずらずらと並べていきます。

 

「人……」

 思わずわたくしの口から出た言葉。

 それは、この要塞に住んでいたありふれた人々でした。

 みな、緊急事態だというのに瞼を閉じており、顔にはうっすら笑みすら浮かべてもいます。

 

「ねぇ……女の子。この人達、眠っているみたいでしょう」

「え、ええ……」

()()()()()()()()()()()()?」

「?!」

 わたくしは、横になっている人達を食い入るように凝視しました。

 呼吸はなく、身じろぎもなく……()()()()()()()()()()

 

「蠍座の機械化サーヴァントの分泌した毒が、一切の恐怖無く、痛み無く、彼らを道徳的に殺したんだ。

 その証拠にほら、みんな安らかな笑顔だろう?」

「う……くっ……」

 歯を噛みしめたのは、吐き気と怒りがお腹の中を駆け回っているからです。

 わたくしに語りかけているAIは、心の底からこれが道徳的な殺し方だと信じているのでしょう。

 

「物資も娯楽もない外の世界で生きていくのは、とても苦しいこと。

 だから、せめて最後は安らかに送ってあげないと」

 蠍座の機械化サーヴァントは、AIの意見を肯定するかのように尾を揺らしています。

 

「──これって、とっても道徳的じゃないかなぁ」

 言い返している余裕なんてありません。

 

「うう!」

 シェルターは依然として下に移動はせず、わたくしが後ろ足で蹴ってみても、うんともすんとも動きません。

 

「女の子、君を殺した後は、シェルターの中の皆さんも送ってあげないと」

「そんなことさせません……!」

「今僕に殺される以上に、良い未来ってあるのかな? 

 他のAIに見つかればもっと苦しく死ぬだけだし、君だってシェルターに入れなければ、有毒ガスや一酸化炭素の中毒で死ぬだけだ」

 わたくしは目だけを動かして、手だてを探します。何かないか、何か──。

 

「うん、時間切れ。代替案が無いのなら僕の案を通させてもらおう」

 サソリの尾が真っ直ぐわたくしを狙い、振り下ろされます。

 

「……ぁっ!」

 地面に転がって、奇跡的にそれを回避。頬に砂が付きました。

 尖った尾の刺さった先は、シェルターから運び出した(コフィン)です。

 ……中身ごと完全に貫通しています。

 

「君、これを見た瞬間顔色が変わったね。何か大切な物でも入っていたのかな」

 少年はサソリに指示を出し、次から次へと、それを刺し貫いていきました。

 

「やっ……やめて……」

 金属が特殊なプラスチックを砕いていく音は、シェルターの中にも伝わっているのではないかと思うほどの衝撃です。

 ガンガン、ゴンゴンと響く音。

 

「うん。安心して。中に入っていてもどうせサーヴァントだし、棺の中は空っぽだ」

 尾が勢いよく振られると、棺がすっぽ抜け、瓦礫と廃墟にぶつかって粉々になります。散らばっていく青の破片は、煤と闇に満ちた空間に煌めいて……。

 

「サーヴァント達はどうやら、保存の仕方が悪くてみんな消滅したらしい」

「消滅……」

 『やはりあの棺は、サーヴァントを保管していたものだったのか』と思うのと同時に、逆転の手札になるかもしれない存在が、失われていたというショックが全身を襲います。

 

「あーあ、これだからレジスタンスの奴らは好きじゃないんだ。

 知識が中途半端だから、資源を無駄にするし、無駄に生きようとする。

 これほどのサーヴァント資源があれば、沢山の人を生かすことが出来たって言うのに」

「生かす……」

「うん。リリス様が生かし、我らAIが養育している地下都市の人々のことだよ。

 ……あれ以外の人間など、本当は生きてちゃいけないんだ。

 地下都市の彼らは良い。適切な量の資源で生きているし、繁殖も管理できる。

 何より……彼らは、死ぬべき時に死んでくれるもの」

 わたくしはよろめきながら立ち、少年の姿をしたAIを見つめます。

 

「それが……都市運営システムの本音、ですか」

 火災のせいで発生した風が、わたくしの黒髪を乱し、熱で毛羽立たせていきます。

 

「本音というよりは」

 相手の声は、遠くから聞こえるような感じ。

 

「これが、今の世界の常識ってことだよ、女の子」

 でも、そんなことどうでも良くて、わたくしの喉から出たのは……。

 

「──もう、たくさんだ!」

 心からの声でした。

 

「地上の世界では、暴力がまかり通り! みんな下を向いて過ごし! ただ死なないことだけに心を裂く……! 

 地下の世界では、生きるのも死ぬのも管理され、それに疑問を持つことすら許されず、飼い殺しにされる……! 

 これが人間のリアルだって? これが世界の本質だって? 

 だったら──それも含めて救ってやる!」

 大気の熱で喉が焼けていくけど、わたくしの思いは止まらない。

 

「今の世界が……人間が生きたいと思えない世界なんだとしたら、人間が獣のようにあらなくては生きていけない世界なんだとしたら……わたしが変える、変えてみせる!」

「突然どうしたんだい? ああそうか、気が触れてしまったんだね、可哀想に」 

 サソリの尾が迫るけど、目を閉じない、後ずさりもしない。

 だって、わたくしの後ろにはまだシェルターがある、『守る』と決めた人達がいる。

 もう自分の心を裏切りたくない、自分の気持ちを見過ごしたくない。

 

「だから、だから──わめくしかないわたしに! だれか力を貸して!」

 ……理論も気持ちもむちゃくちゃなまま、生涯最後になるかもしれないわがままを言った。

 

「可哀想な女の子。道徳的に、殺してあげる!」

 そしてサソリの毒滴る針が迫り、視界は闇に包まれる。

 でもなぜか、心臓だけはじくじくと熱を持ち続けていたのです。

 

 

 

 

「──はい! 喜んでお貸ししましょう!」

 少女の声。そしてわたくしの光彩を焼く虹色の閃光。

 光の中へ目を凝らすと、長身の女性が、サソリの尾を横から蹴り飛ばしているのが分かりました。

 ひるがえる白のサーコート、揺らめく金のツインテール。

 手には複雑な螺旋を描く翡翠の槍と──光をそのまま閉じ込めたような形を取り、輝きを放つ盾。

 女性は蹴り攻撃の後、なめらかに着地すると、わたくしの方へ振り返り、花のような笑顔を向けてくれました。

 

「はじめまして! 貴女の声で、冷たい棺より目を覚ますことが出来ました! 

 シャルルマーニュ十二勇士が一人、閃光の魔盾持つ白羽の騎士、ブラダマンテと申します! 

 偉大なる我が王に代わり、正義を為すためここに!」

 流星が輝くかのような存在感、大樹のようなどっしりとした安心感。

 ……間違いありません! 彼女はサーヴァント! 

 

「魔力のパスこそ感じませんが、貴女は私を目覚めさせてくれた人。

 今この時より、貴女を仮のマスターと認め、脅威を掃うべく戦いましょう! 

 ──指示を、マスター!」

 彼女は再び敵であるサソリと少年に向き直り、槍と盾を構え、全身に気迫をみなぎらせています。

 

「……あの機械が、みんなを殺してる。壊して!」

D'accord(ダ・コール)! ご指示のままに!」

 突如現れ、しかも力まで貸してくれると言ってくれたサーヴァント、ブラダマンテ。

 煙と闇と破壊に満ちた現実を裂いて、おとぎ話からやってきたような彼女の光と言葉を信じ、わたくしは敵をしっかりと見据えました。

 

 

 第85話 わがままガールになっちゃえ

 終わり

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