フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 世界を救ってみせると言い、それを成す力も持たぬまま「力を貸して」と『わがまま』を言ったアスカの元へ、輝く光をまとった少女が現れる。
 ──サーヴァント、ランサー、ブラダマンテ。
 彼女はアスカを仮初めのマスターと定め、眼前の蠍座の機械化サーヴァントとの戦いに挑み、圧勝した。

 機械化サーヴァントを破壊されたヴォイドメロディ・キルロードは、アンドロイドボディを放棄してどこかに逃げてしまう。
 そのことに対して不安を抱きながらも、アスカはブラダマンテへ簡単な自己紹介をする。
 話す2人の元に、ロボットに乗ったレッドが現れる。アスカを探していたのだ。

 レッドはブラダマンテへ、この世界のサーヴァントについての常識を訪ねてみるが、彼女は困惑するばかり。
 なぜか腕に身につけていた花のような色のリボンについても、彼女は何も知っていないようだった。

 不具合を起こしていたシェルターをレッドは直し、アスカ達に状況を説明する。
 それは、この要塞『ハデス』を放棄して逃げるという選択を、レジスタンス達が選んだということだった。
 しかしまだ、傷病者やメディアが中に留まっているとレッドは話し、アスカとブラダマンテは、彼についていく形で人々を助けに行く。

 メディアの元にたどり着いた3人。
 ブラダマンテ、レッドは前線の維持に向かい、アスカは怪我人の避難を手伝う。
 ようやく避難準備が整い、後は軽傷者と逃げるだけという段階まで来たとき、メディアは「アスカさんに見ていただきたい『もの』もあります」と、屋上へ。

 要塞内の火事で照らされた天井に張り付いている、謎の卵形の巨大物体。
 それがアスカにメディアが見せたかった『もの』だった。
 一目見ただけで嫌悪感を感じるアスカに対し、メディアは「あれが作動したら、何もかも終わってしまうような気がして、不安で……」と弱音をこぼしたのであった。


第87話 墓守

「みなさん! これより避難を開始します! 私とアスカさん、ロボット部隊の指示に従って動いてください!」

 機械サソリの残骸が転がる中、メディアさんの声が響き渡り、ようやく避難が始まりました。

 先頭をメディアさん、その後ろにわたくしと軽症者、数は約50人。

 両側には全部で5体のロボット部隊、その中には当然レッドの姿もあり。

 最も後方にはブラダマンテを配置した陣形です。

 

「……」

 わたくしはちらりと天井を見ます。そこには変わらず、黒い卵が揺れていました。

 

「ロボット部隊発進場より、外へ出ます! その後、要塞外部で待機しているシェルター車に呼びかけ、回収をお願いします! 

 防護服でも着ない限り、人間は外では長時間動けません! みなさん、それをお忘れなきよう!」

 メディアさんは大きな声で呼びかけ、従う人々は痛む体を引きずって歩いていきます。

 決して早いとは言えない移動ですが、今のわたくし達にはこれが精一杯でした。

 

「はぁ……はぁ……」

「ひっ……」

 熱と息苦しさであえぐ人々の漏れる声を聞きながら、わたくしは脱落者がいないか目を配りながら歩きます。

 煤で黒く濡れた瓦礫の谷間を抜け、降ってくる灰の熱さにも怯えながら、ただひたすらに脱出口を目指す。

 

「敵が……いない?」

 わたくしは不穏な気持ちに駆られていました。

 あれほどいた殺人ドローンも、大量に湧いて出た機械サソリも、まるで何かの冗談のように姿を消していました。見つけられるのは、誰かが倒してくれた残骸ばかりです。

 

(なにより……ヴォイドメロディが消えたっきり、何もしてきていません……)

 ツヴァイ・エーテルウェルというAIがいました。

 彼は、体が破壊されたというのにわたくしの前に再び現れた。あのヴォイドメロディなるAIも同じことをしてきてもおかしくありません。

 じとりと、冷や汗が首の裏を伝います。

 

「メディアさん、ここまで敵の姿が見えないのはおかしいです。

 警戒した方がいいかと」

 先頭を歩く彼女に考えを述べると、こくりとうなずいてくれました。

 ……それから30分ほど歩きましたが、敵は現れませんでした。

 

 

 

 

「で、出口だ!」

「逃げられるぞ!」

 痛みと逃避行で暗くなっていた50人ほどの顔に、笑顔が戻ります。

 目の前にあるのが、ロボット部隊の発進を行う場所なのでしょう。

 高い天井持つ、武骨な四角い空間には、待機中の機体はなく、ロボットを降ろすための巨大リフトや人間用のエレベーターが見えます。

 

「20人ずつリフトで降ろして外に出す! 全員、押し合いせずに並べ!」

 レッドがロボットの内側より呼びかけます。そうは言っても人々は、我先に走り出し、自分がまず助かりたいとリフトに詰め掛けます。

 

「落ち着いて避難してください! 何があっても守りますから!」

「外では他の方が待っていてくれています! だから焦らずに……!」

 わたくしとメディアさんはそれを声や身振りなどで抑えつつ、誘導していきます。

 何回かリフトが上下し、最後まで残った人もまばらになりました。

 

「立てますか? 肩を貸しましょうか?」

 わたくしは隅で座り込んでいた幼い少年に声をかけました。

 怪我でもしているのか、彼はぎこちなく頭を上げます。

 その瞳の色は──。

 

「やぁ、女の子」

 桃色で、虹彩はカメラめいて収縮を繰り返していました。

 

「ヴォイドメロディ……!」

 飛びのこうとしましたが、作業着の襟首を掴まれます。

 想像以上の力で頭を引き寄せられ、そして、耳元で小さく小さくささやかれます。

 

「君が悪いんだ君達が悪いんだサーヴァントが悪いんだサーヴァント達が悪いんだ。

 ああ……? 憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎いよぉ!!!! 

 人間が! 人間であるというだけで! 途方もなく憎いぃぃ!!!!」

 声を裏返させ、発狂したかのように会話が脱線した後。

 

「たっくさん僕の仲間と手ごまを壊しておいて君達だけ逃げ延びようなんて、そんなのちっとも道徳的じゃない道徳的じゃないよねぇ?!」

 熱に浮かされたような言葉が、わたくしの脳内に流し込まれていきます。

 

「だからさ、『あれ』を使うんだ使うしかなくなっちゃったんだ。リリス様の御命令で回収した『あれ』をさぁ! 

 でも仕方がないよね? 僕は悪くないよね? 大人しく死んでくれない君達が悪いんだよね? 

 だから僕は道徳的な考えじゃなくて、()()()()()()()()A()I()()()()的に、考えるしかなくなっちゃったんだよねぇ?!」

 要塞に住んでいるような、ごく普通の少年の姿となっていたヴォイドメロディは、わたくしを床に投げ捨てると、天井を指さしました。

 

「来るぞ来るぞリリス様の竜が来るぞ『墓守り』が来るぞ。

 とうの昔に死んだ体を引きずって、リリスの竜がやってくる! 

 全ての機械化サーヴァントのひな型! 竜座の……」

 煤けた指の先にあったのは、あの黒い卵。

 それが熟れすぎたアケビのようにねっとりと開き……しかしアケビとは違い、黒々とした蜜を垂らし始めます。

 蜜は要塞中心を焼く巨大な炎に落ちては、その勢いを増幅させていく。

 

(まるで……そう、黒い太陽……!)

 目の錯覚かもしれませんが、蜜と混じりながら、人のような形をした何かが落ちていったような気がしました。

 空耳かもしれませんが、その卵から『クク』と奇怪な音がしたような。

 ──だからでしょう。

 

「な……くっ……」

 黒い太陽から現れた存在に、サーヴァント2体以外誰も対応できなかったのは。

 

「……!」

 金属同士がぶつかり合う音、それから悲鳴、金属音、悲鳴。

 悲鳴を上げていたのは、レッドを除く、ロボット部隊の者達でした。

 コクピットが切り裂かれ、むき出しとなったパイロットに、光る短剣が飢えた獣のように無数に襲いかかっては、生きていた者をただの肉片へと変えていきます。

 レッド以外の4体のロボットは、操縦者を内に抱いたまま、血に濡れた物体と成り果てました。

 

「はっ……はっ……」

 わたくしの胸元に誰かが倒れこんできます。状況が飲み込めないまま、その誰かを確認すれば。

 

「メディア……さん!」

 背中側から切り傷を受け、倒れ伏したサーヴァントでした。

 わたくしは彼女を抱きとめ、背中に斜めに走っている傷の具合を見ますが、左腕はちぎれかけ、背骨が見えるほどに深く切り裂かれていました。

 

「ア……ス……カ……さん、お怪我は……」

「ありません! 

 それより、メディアさん、メディアさんの傷が……」

「だい、じょうぶです」

 致命傷で生き絶え絶えになりながら、彼女は浅い呼吸を繰り返しています。

 

「ううう……ふっ……くっ……」

 ロボット部隊の殺戮を終えた敵と相対しているのは、血を腕から流しているブラダマンテ。

 彼女はその身を挺してレッドや他の方を守ったのでしょう。体には細かい傷がつき、そこかしこから出血をしていました。

 

「貴方……いったい……何者……!」

 彼女は槍と盾持つ腕を交差させ、攻撃を受け止めましたが、敵は両腕で、その上から力尽くに押し込んでいます。

 ブラダマンテの体勢はどんどん低くなり、膝が金属製の地面に付き、その部分がべこんと音たて、へこみ始めました。

 

「あ、はは、はははははは!!」

 一瞬にして血生臭くなった空間で笑うものなど1人、いや1体しかいません。

 ……ヴォイドメロディ・キルロード。

 

「これが、これがリリス様の元サーヴァントの力! 

 ふふ……墓守に使うだけなど、なんてもったいないことをしていたのだろう! 

 いいぞいいぞ! 憎たらしい愚か者どもを、みんな非道徳的に殺して──」

 その勝ち誇った笑いが最後まで続くはずも無く、彼の体に無数の刃が突き刺さり、ヴォイドは前のめりに倒れて沈黙しました。

 その体に刃の主は飛びかかると、もう動かなくなっているというのに、執拗に執拗に攻撃を繰り返しました。

 

「──不能」

 それが、黒い太陽より現れた敵が初めて漏らした言葉。

 

「敵味方、識別、不能」

 わたくしの腕の中で、メディアさんが震えだします。

 全身傷だらけのブラダマンテは、敵の隙をついて立ち上がり、闘気を失っていない瞳で相手を見据えました。

 

「やはり、私の、予想が、当たってしまった……。

 あ……れ……が、一番初めの、機械化サーヴァント……」

 苦しげに話すメディアさんの口元へ、耳を寄せました。声は続きます。

 

「かつて、リリスのサーヴァントで、あったもの。

 『サーヴァント墓場』を守る、墓守。

 竜座の、機械化サーヴァント。

 空を、あの邪竜が覆っているのなら、地を旅する自由を奪っているのは、彼。

 『心無き竜』、その真名……」

 彼女は一度血を吐きだしてから、敵の名をわたくしに告げました。

 

「──シグルド」

 その名に最も素早く反応したのは、ブラダマンテ。

 

「シグルド……魔剣を手に、邪竜を打ち倒した誇り高き騎士! 

 そして、戦乙女(ワルキューレ)ブリュンヒルデを眠りの呪いから助け出し、恋に落ちた……」

 彼女の声を聞きながら、わたくしは敵の姿を目に焼き付けます。

 

「……っ」

 モモや仲間と過ごした旅の最中、わたくしは、シグルドを模したアンドロイドと出会っています。

 だから、姿は知っていた。そして、その落差も思い知ることになる。

 

「不能、不能。敵味方、識別不能」

 顔立ちは凛々しくそのままですが、特徴的であった細いフレームの眼鏡はなく、眼球は焦点定まらず、まるでただの青いガラス玉のよう。

 全身を覆う鎧は、所々砕けて部品が無く、ダクトテープのような銀色のもので雑に補修されていました。

 けれどなにより、一番目を引くのは彼の胸部です。

 

「……」

 そこに、あるべきはずの臓器はなく。

 ぽっかりと空いた心臓の代わりとして、紫に光る毒々しく肉々しい生体部品のような、おぞましい何かが取り付いて、機械を用いて無理やりシグルドの体と結合させられていました。

 まるで、心臓が怪物となってから肥大化し、外に飛び出ているかのようなグロテスクさ。

 敵、シグルドがそこに手を伸ばして触れると、赤黒い液体が吹き出しました。

 

「……」

 液体で濡れた指を、無言でじっと見つめる彼。

 わたくしにはその表情が、強い疑問を抱いているかのような、きょとんとしたものに見えました。状況が理解できず、「どうして自分はここにいるのだろう」とでも言いたげな。

 

「……」

 わたくしは言葉をなくします。

 ……英雄シグルド、その完璧な成れの果てが、ここにありました。

 

 

 第87話 墓守

 終わり


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