アーチャー255に抱えられ、機械カニの暴れる下の空間へ降り立ったモモとアスカ。
暴れる機械カニは、2体のサーヴァントの攻撃にも、アーチャー255が呼び寄せたワームロボットの攻撃もものともしない。どれほど傷をつけても、修復してしまうのだ。
攻め倦ねる現状を前に、モモは機械カニを見つめ、確信する。
「あの中に、バーサーカー04がいる」
サーヴァントを取り戻すため、ためらわず令呪を使用するモモ。
彼女の手の甲が輝き、時計のような形の令呪から1角が消えていった。
──草木湿る戦場の跡地にて、男は遺体を埋めていた。
死んだ人間の名を1人1人呼びながら、土を掘るその姿は、紛れもなく狂人。
死者の尊厳を貶める追い剥ぎの武士崩れも殺し、疲れきった男は倒れ込む。
その時、聞こえた少女の声……モモの声だった。男は自らがサーヴァントであったことを思い出し、己を取り戻す。
暴れ続ける機械カニの内側から、令呪により力を増したバーサーカー04が飛び出してくる。
機械カニは、内に閉じこめていたバーサーカー由来であった、傷の修復能力を失い、アーチャー961の攻撃によって倒された。
ひとまず危機を乗り越えたモモ達の前に、キャスター171と、市長が現れる。
バーサーカー04は、市長の正体をAIだと看破すると、敵意と共に槍を向けたのであった。
第9話 いつか世界を救うもの
「
キャスター171のターコイズブルーの大きな瞳が、自らのマスターを不安げに見上げた。
「キャスター、しばらくは、静かに」
市長は慌てる事なく、ぴったりとした白手袋をはめた人差し指を唇に当て、サーヴァントへ指示をした。
そうしてから、前に進み出る。足音が天井の高い空間に響いた。
「おぞましいな、バーサーカー04。あの状態から戻ってくるとは」
男は両手を広げながら、嫌みな声で、私のサーヴァントを表面上は誉めた。
「マスターに令呪を切って貰ったんだ、戻ってこないと、なぁ……」
全身を錆色の液体で濡らしまま、バーサーカーは市長へ一歩近づく。
「──なぜ、私がAIだと気が付いた?」
市長は首を後ろに反らしながらネクタイを緩めると、自らの正体を見抜いたサーヴァントに問いかける。
「言葉を交わした時、好奇心が押さえ切れていないのを感じた。
見た目は成人だと言うのに、幼子のようだと」
「へぇ……」
整った唇の上に、弧を描く市長。バーサーカーは言葉を続ける。
「他の都市運営システムや、ワームロボットと会話をして、思ったよ。
みな、純粋すぎる、濁りがない……」
心底飽き飽きしたと言わんばかりの声色で語る彼。
「清水より、毒混じりの水の方が好きだ」
そして、右の手の平を広げ。
「俺がただれるほどの感情を寄越せ、AI」
いまだ体を濡らしている錆色の液体が飛び散る程の強さで、握りしめた。
「……黙れ、旧時代の亡霊が」
市長の声が、苛立ちを隠せない物に突如変わった。
まるで、スイッチでも押したかのように。
「人間を糧に自己進化を続ける私達AIと違い、成長しない英霊が、何を語る? 何を夢見る?」
まくし立てる顔が歪むが、私はそれに微妙な違和感を覚えた。
まるで……役者が学ぶお手本のような、怒り顔。
「馬鹿馬鹿しい……資源の無駄だ!」
頭を振り、金の髪を乱しながら市長は話し続ける。
「この地球全土を舞台にした聖杯戦争の主役は、私達のような究極に進化したAIだ!
人間のマスターやサーヴァントなどでは決してない!」
その語りを、バーサーカーは冷めた緑色の眼差しで見ていた。
「世界を刷新するのは、リリスが作ったAIでも! 自業自得で絶滅寸前の人類でもない!
私だ……このツヴァイ・エーテルウェルこそが! 星の海を行く新しい知的生命体の祖となるのだ!」
バーサーカーは彼の発言と感情を受け止めてから、低い声を出す。
「いきなりハイテンションになって夢をぶち上げるな、先達を少しは敬え……」
市長は言葉を返さず、計算し尽くされたにやついた笑みを浮かべると、こめかみに人差し指を当てた。
「人間……サーヴァント……ははっ、進化を止めた存在になぜ敬意を払わねばならない?
地球を食いつぶし、AIに生かされ管理されるだけの、神を失った動物だというのに!
まぁいいさ……もう会うことも無いだろう! さらばだ過去の遺物ども!」
捨て台詞の後に、ぶつんと大きな異音が聞こえ、市長は後ろ向きに大の字の形でばったりと倒れ込んだ。
「……彼、死んだの? バーサーカー」
私は、緊張で固まった肩から力を抜きながら声を出す。
「違うと思うぞ、マスターモモ。人格だけネットワークに逃げたな」
彼は倒れたアンドロイドボディを槍先でつつくが、反応はない。
「機体を調べれば何か分かるかもしれない」
やりとりを無言で見ていたアーチャー255がすたすた歩いてきて、市長の白スーツを剥がし、機体の分解を始めた。
「青色電撃ばちばちアーチャー殿、それはどうだろう」
バーサーカーが、手際よくパーツを外していくアーチャーの隣にしゃがみながら言う。
「外すぞ」
彼の素早い手つきにより、つるりとした胴体の前半分が、蓋のようにぱかりと外される。中身が開かれたその瞬間、異臭が漂った。
「情報漏洩対策か、よく考えられている」
感心したように声を漏らしながら、両手に持った胴体パーツを床に置くアーチャー255。
私は近づいて、機械の体の内側を恐々と見る。
「うわぁ……」
内部は熱を放ちながら、どろどろに溶けていた。
「こんなに体を張ったのに……実入りが少ない……」
中腰のバーサーカーの背をよしよしと撫でて、慰めてあげる。
……手に錆色の液がつく。
「……これなに?」
指の間でこすり合わせてみた。やけにねばねばして、気持ち悪い感触。
「たぶん機械油じゃないかな……霊体化すれば取れるんだけどさ、気持ち的には湯浴みしてー」
「私もお風呂入りたい……」
いつも通りの雰囲気の会話を始めた私達の後ろから、可愛いらしい咳払いが聞こえた。
「トバルカイン、バーサーカーが帰ってきたからといって、和まないでください」
「アスカちゃん、ごめんね」
立ち上がり、彼女の方へ振り向くと、961の方のアーチャーが誰かを捕まえていた。
「マスターに見捨てられました……しゅん」
市長のキャスターは抵抗せず、親猫に首を咥えられた子猫のように大人しくしている。
「さっすが! 赤色電撃ばちばちアーチャー殿! 拷問しようぜ!」
バーサーカーは右の二の腕に左手を置き、腕を組み合わせてから、右の拳を上げて嬉しそうに宣言をする。
「止めて下さい! 全部お話します~!」
足をぱたぱたと動かしながら、キャスターはわざとらしく半べそになった。
2体のアーチャーに運んで貰い、私達は戦っていた地下工場から、市長室含む居住エリアへと戻ってきた。
……アスカはお姫様抱っこだったのに、私だけお米の俵のように運ばれた、ロマンチックじゃない。
「怪我していないー?」
「モニカさんこそ! 大丈夫でしたか!」
車椅子に座り、私達を待っていてくれた彼女に声をかける。
「大丈夫に決まっているじゃない! 元気いっぱいよ!
ふふっ、ここからでも見えた青い雷、綺麗だったぁ……」
ピンクに染まったつやつやの頬に手を当て、モニカさんは笑った。
「ただいま、モニカ」
「お帰りなさい! 私のアーチャー!」
朗らかに声を掛け合う2人の様子を、アスカはじっと見る。
「アーチャー、その……」
ヘッドギアをつけたアーチャー961が、声を受けて自らのマスターに顔を向ける。
わずかな動きだったけれど、肩から伸びている白い外套がふわっと揺れた。
「格好良かった、ですわ……」
もじもじしながらアスカが口に出した言葉に、アーチャー961は何を思ったのだろう。
元気そうだけれど、体調に不安の残るモニカさんには、アーチャー255と共に別室で待っていてもらうことにした。
「市長室で拷問かー……テンション上がるなー!」
私が初めて入る市長室。
調度品は、作業用の大きな机と来賓用の小さな机、数個の椅子のみ。
壁には窓を模したパネルがはめ込まれ、数百年前の緑あふれる景色が映し出されていた。
「うう……拷問されちゃいますぅ……」
人工革の貼られた1人掛けのソファーに、獣耳をぺたんとさせたキャスターがちょこんと座っている。
「マスターアスカ、キャスター171を拷問しますか? ……その、皮剥ぎ、などを?」
「マスターモモ! 首の下まで埋めて、ノコギリ持ってきます!
これが俺のおすすめです! 道行く町民にも大人気!
……えっと、ノコギリを置いて、切りたい人が切りたい分だけ首に刃をぎこぎこと動かすやつなんですけど。
ん、でもこれ拷問じゃなくて処刑だな……」
2体のサーヴァントに対し、私とアスカはきっぱりと意見を返す。
「拷問しない方向でお願いします!」
「拷問しない方向でお願いします……!」
主を失った部屋に、華やかな茶葉の香りが漂う。
「
自らのマスターがAIであるという事は分かっていました」
先程までの弱々しげな素振りから打って変わって、毅然とした態度でキャスター171は話すと、温かい茶を口に含む。
「彼は地下都市を管理し、人類を庇護する者でした。だから、私は彼に従っていた」
カップを持ったまま言葉を続ける彼女は、位の高い貴人のような雰囲気を
「……変化が起きたのは1年前から。
聖杯の存在と聖杯戦争を知った
軽やかな青色の瞳がやや閉じられ、暗い色が差した。かちゃりと小さな音がして、ソーサーにカップが置かれる。
「サーヴァントには人格がある、魂がある。
どれほど令呪で縛り、クラスに押し込めても……破壊できるものではない」
彼女の会話を、私とアスカはテーブルの反対側の2人掛けのソファーに並んで座り、聞いている。
「けれど、
彼が独自に調べ上げた、過去の戦争の記録……そこから得た、おぞましい技法を使って」
アーチャー961は指先の間に矢を挟み、彼女が突然暴れ出しても対応できるように構えている。
「……回収したサーヴァントを特殊なミキサーにかけ、粉砕した。
出来たペーストを遠心分離し、使いたい能力だけを抽出して、砕いた肉ごと機械の体に詰め込んだ。
サーヴァントの破壊と、都合の良い部分のみを取り上げての再構成を行ったのです、あのAIは。
彼は出来上がった存在をこう呼称していました……『機械化サーヴァント』と」
衝撃的な真実が暴露されたというのに、壁に気怠げにもたれ掛かっているバーサーカーは、身じろぎ一つしなかった。
隣に座っているアスカが、恐怖からか冷や汗を流し、制服のクリーム色のスカートを両手で握りしめたのが分かった。
「……それがあの機械の正体かー」
霊体化で錆色から元の黒基調の具足姿に戻った彼は、顎を上げて、あらぬ方向へ目を向けながら、ぽつりと言葉を漏らす。
「バーサーカー04、貴方は砕いても砕いても治ってしまうので、そのまま突っ込んだんですけど……」
「俺を甘く見たな、マスターの令呪とすごいスキルで大復活だ」
突然キャスターに顔を向け、無表情で右手にピースを作り、高々と掲げる彼の内情がさっぱり分からない……。
「再生能力欲しさに、ちょっと処理が雑でしたねぇ……」
「研究が足りないぞ研究がー」
ふざけたような口調で、バーサーカーは彼女を顔色を変えずにおちょくる。
「……令呪で縛られていたとはいえ、私は余りにも多くの英霊を貶めた」
「地下工場で戦った機械に、ペーストして詰め込んでいたサーヴァントの総数は?」
「貴方を入れて14人です、バーサーカー04」
キャスターは真実を語ってから、部屋を見渡し、瞳を揺らさず言葉を放つ。
「私を、罰しますか」
彼女の声も態度も、真摯だった。
「マスターアスカ、そして我がモモ、どうする?」
バーサーカーは私達に問いを投げかけた。
「……罰、とは」
アスカは唇を震わせながら、キャスターに先ほどの発言の意味を問う。
彼女は自らの胸に手を当てると、落ち着き払った態度で答えた。
「死を、自らに課しましょう。
英霊を手に掛け、尊厳を貶める行為に荷担し、それを看過していた私など、もはや私ではない」
よどみなく言葉は紡がれる。青の瞳には強い意志が宿っていた。
「……トバルカイン、どう、します」
反対に、アスカの黒の瞳は潤み、揺れていた。
(どうするべきか)
深く考える。
彼女の存在の幾末が、私達2人の意見で決まってしまう。
生と死が、私の舌の上にのっていた。
バーサーカーへ目線を向けると、緑色の暗い瞳が私をじっと見ていた。
「……あの」
「何も?」
彼は唇の左端を上げて、ニヒルに微笑んでいる。
馬鹿にしているわけではない。ただ、私がどのような結論に至るのかを楽しみにしているのだ。
「……わたくしは、貴女を殺したくない」
アスカが私より先に自分の考えを述べた。
彼女の白い手は膝の上で強く握られ、ぷるぷると震えていた。
「私も、アスカと同じ意見です」
自分のピンクの瞳をしっかりと開き、彼女の深いブルーの瞳を真正面から見る。
「死ねなんて、とても……命令できない」
キャスターは私達に真剣な眼差しを注いでいた。
「では、どうするおつもりで」
私達の前に置いてある紅茶の細い湯気が、会話の息を受けて、ゆらゆらとたなびいている。
「貴女はたぶん……人の上に立つ人だと思うんです。きっと優秀な為政者だ」
立ち振る舞いや身にまとう気品から、私は一所懸命に推測する。
私が慎重に言葉を選んでいるその様子を、バーサーカーは楽しそうに興味深そうに眺めていた。
「この都市……あのAI市長が管理していたのですよね。
居なくなった今、誰がみんなの生活を保証してくれるんだろう」
落ち着いてきたアスカが、私の顔を上目づかいで見る。
「私が代わりに、この都市の管理をせよ……と?」
キャスターが形の良い唇を動かして、私の考えていることを先に言ってくれた。
「うん、死んでしまうより、私はそうしてほしいと思う。
……アスカはどう思うかな」
隣に座る友達の意見を聞く。
「死は、あまりにも重すぎますもの。トバルカインの意見に賛成です」
明るい顔で、こくりと頷いてくれた。
「では、この存在が消えるまで尽くすとしましょう。
砂漠で親を失った子がどうなるかなど、よく知っていますから」
彼女はカップに手を伸ばすと、冷えた紅茶を一息に飲み干した。
「みなさんは旅を続けますか?
この都市に住む場所を作ることもできますが……」
「えっと、どうしようか」
思い出す。
故郷が壊れて、逃げるように外へ出た理由。それは。
──聖杯戦争。
「あの……キャスター171さん、聖杯戦争について、教えてくれませんか。
私もアスカも、よく知らなくて」
「殺し合いだとか、優秀なものを決める戦争……だということは、聞いたのですけれど」
2人並んで疑問をぶつけた。
部屋の隅で待機しているアーチャー961が、ぴくりと肩を動かした気がした。
「……少し、長くなります」
空になったカップに目を落としながら、彼女はそう言った。
「聖杯戦争は、万能の願望器を求めるための争いの事。
広義の意味はそう。でも、この世界……西暦2713年の現代では、違う」
褐色の美しい指で、空になった器の縁を彼女はなぞる。
「聖杯が存在しない状態で戦いが宣言されている。
なおかつ、都市によって宣言もばらばら」
「優勝商品も無いし、スタートも一斉ではない……という事ですの?」
アスカのまとめに彼女は頷く。
「ええ、これではただの殺し合い」
「そんなの……意味が無いじゃないですか!」
事態の凄惨さに私は声を荒げた。
キャスター171は真剣な表情で言葉を続ける。
「この世界でのサーヴァントは、ただ召喚され、目的のために消費される道具でした。
戦いも、喜びも、意義もない、ただそこに居るだけのぼんやりとした亡霊……」
バーサーカーとアーチャーは、じっと彼女の話に耳を傾けている。
「しかし、願いを叶える聖杯があると告げられれば、亡霊ではいられないサーヴァントも多い。
生きる時間が管理されている、この世界の人だってそうです……貴女達も、見たのでは」
故郷で起こった、上流階級エリアの惨状を思い出す。
生存権を多く所有する彼らへ、恨みを持っていた階級の人々による苛烈な攻撃の跡を。
「……
「なんで、そんな事に」
「戦争を呼びかけているのは、普通の地下都市にいるAI達ではなく、もっと上位の都市運営システムであるということは、私独自の調査で突き止めました。
しかし、それ以上は……」
キャスターが苦しげに目を伏せる。そんな彼女を思い、私は声をかける。
「貴女も……戦っていたんですね……」
彼女は目をつぶったまま、小さい動作で首を横に振った。
「私は情報を集めていただけ。いつかやってくる未来のために」
「未来?」
「ええ」
再び開かれたターコイズブルーの瞳は、陽光の下にある、神秘的な湖のようだった。
「貴女達2人が、この世界の未来でしたから」
突然飛び出てきた言葉に、私は驚きを隠せなかった。アスカも同じようで、黒い瞳を見開いている。
「そんな……冒険小説みたいな……」
彼女は私のたじろぐ声に耳をぴくぴくと反応させながら、布を身につけている手を優雅な動作で片目に当てる。
「私の瞳は、未来を見る……あまり、好きな行為じゃないんですけどね」
キャスターの話を、腕を組んで壁にもたれながら聞いているバーサーカーが、興味深そうに目を細めた。
「見えたのです。2人の少女が旅をして、聖杯戦争を終わらせる。そして、世界の運命を切り替える」
彼女から告げられた内容に息を飲む。
真剣な眼差し、声。とてもでたらめを言っているようには思えなかったからだ。
「旅に立つのも、立たないのも、自由」
キャスターの声だけが、市長室に響く。
「よく考えて、答えを聞かせてください」
彼女との会話は、そこで終わった。
第9話 いつか世界を救うもの
終わり