機械化サーヴァントとなっていたシグルドを一度退け、アスカやその仲間達は燃え尽きていく移動要塞『ハデス』から脱出した。
同じく逃れた人々共に、その場から離れ、岩影にあった泉で一時の休息をとった後、アスカはこれからの旅路と、仲間との再会を考えては涙を流すのであった。
一方その頃、アーチャー961はというと……とんでもないことになっていた。
いやぁ! なんなのだろうねこれ! 無責任すぎると思うけど?
……っといけないいけない、中のお兄さんの意見を出しすぎるのはNGなのだった。
──さぁ! ドキドキワクワクのサーヴァントジャーニー! はじまるよ!
第90話 悪夢の中の手を取って
「もう、本当にやってられないよ」
「もう本当にやってられません!」
二人で一組の女性サーヴァントが、炎天下をけだるい様子で歩いている。
周りは草も石も、サソリすらいない砂漠だ。
「海賊なのに船も無し」
「海賊なのに酒も無し」
「海賊なのに、取り巻く『砂塵の迷宮』のせいで楽しい冒険も無し」
「海賊ですのに! 心躍らせるお宝の夢すら見られません!」
彼女達は愚痴りながらも、どこか目的地があるようで、歩みを止めることなく進んでいく。
「でもさ、アン」
「なんでしょう、メアリー」
名を呼び合う2人は、気心の知れた仲のようだ。
「昨日アイツが言ってた……『金に光る空飛ぶ船が何かを落としていった』って話、本当かな」
「本当でも嘘でも構いません。
あんな娯楽も何もないアジトに引きこもっていたら、退屈で死んでしまいますもの」
「僕も同感。久しぶりに心躍る話だったから、あの海賊公女の嘘でも見間違いでも良いけど。
……結果がどうであれ、キャプテンに土産話はできるし」
背の低い方、メアリーと呼ばれた、顔を斜めに走る傷をもった
「方角はこれであっていまして?」
「うん、ばっちりさ」
会話をしながら、やがて彼女らは目的地にたどり着く。
「ん……アン、これ、この独特の香りって……」
「メアリーも気が付きました? ええ間違いありません……」
2人は鼻をひくひくと動かしてから、喜びが浮かぶ顔を見合わせる。
「お酒! 酒の匂い!」
「それもとびっきり上等のラム! ブドウ! ビール!」
目を輝かせながら、2人はすり鉢状になっていた砂を滑り降り、匂いの元へまっしぐら。
降りた中心部。そこには、人が入れそうなほどの大きな酒樽が5つ置かれていた。
「こっちはビールだったよ! アン、そっちの中身は?」
カトラスで乱暴に蓋をこじ開けながら、少女が相棒に声をかける。
「ブドウ、ブドウ酒です!
なんて芳醇な……ああ……おつまみが欲しい……塩っ辛い魚が恋しいです、栄養ブロックはもうこりごりで……」
「アン! ラム酒が行方不明だ! 探さないと!」
まるで、大切な船員が海に落ちたかのような口調で話すメアリー。
「はーい。探します……あら、この酒樽だけ匂いも無く、妙に軽いですわね」
背丈のある美女、アンと呼ばれた彼女が異変に気がついたようだ。
「……話がうますぎると思っていたんだよね。やっぱり、罠かな」
メアリーもアンも、酒を見つけた興奮からすっかり冷めてしまった様子で、剣と銃をその手に構え直す。
「爆弾とか、物騒な魔術が中に詰まっている可能性はあります。
どうしましょう、わたしのマスケット銃で遠くから撃ち、中身を確認しましょうか?」
「ちょっと待って」
銃口で樽の横を小突くジェスチャーをする相棒。そんな彼女をメアリーが手だけで静止する。
「……中から音が聞こえる。これ、寝息かな」
「生き物ですか?
あの『砂塵の迷宮』からあふれてくる変な怪物のお仲間ではないといいのですが……」
「僕が開けるよ。罠だったら後ろから援護して」
「では後方に下がりますね」
お互いの位置取りが完了してから、メアリーは酒樽の蓋にカトラスを突き立て、ぐいっとひと思いに開けた。そして、背を伸ばして中を覗き込む。
「……アン、ちょっと僕のところに戻ってきて」
危険がないことを確認してから、相方を呼んだ。
「どうしましたー?」
呼ばれた方は、砂を蹴り飛ばしながら駆け寄る。
メアリーの隣に並び立ち、同じく中を見た。
「これは……」
「人、いやサーヴァントが入ってるね。しかも2騎だ」
「あら……ますます謎が増えましたわね」
金の髪の少女と、黒い髪を持つ青年の姿をしたサーヴァントが、まぶたを閉じて眠りについている。気絶している、と言っても良いかもしれない。
「……どうする、これ」
「少女の方は無傷ですが、男の方はひどい怪我……両腕が無くなってしまっています。
ううん、酒だけ回収するわけにもいかなくなりました」
アンは服の裾についた砂を払ってから、困り顔の頬に手を当てる。
「全部持って帰って、キャプテンの判断を仰ごうか」
「そうしましょう」
言い争うこともなく方針が決まった。
「じゃあ僕はビールの樽を運ぶ。アンはその2人が入ってる樽を持ってきてよ」
「良いのです? 酒の方が人より重くて運びづらいですのに。
……まさかメアリー! 運搬者の役得として、ビールを先んじていただこうとしていません?!」
「ちぇっ、バレたか」
メアリーは、軽いいたずらがばれた子どものように唇を尖らせた。
「私だってお酒飲みたいのに……こうなれば東洋に伝わる取り決め、じゃんけんで何を運ぶのかの決着を……」
「あれ? 男の方の首に何かかかってる。
ペンダントじゃないな、なんだろう……」
メアリーが男の首元に手を伸ばし、それが何なのかをアンが確認する。
「写真と、その人物の名前でしょうか。ずいぶんと古ぼけていますわね……。
ううんと……『ロマニ・アーキマン』と書かれてあります。この男性の名前?」
「なんにせよ、とっとと運ぶのが良さそうだ」
2人は手分けして樽を抱える。
「……お酒が先で、サーヴァントが一番後でいいですわよね」
「サーヴァントは直射日光で痛まないけど、お酒は痛むからね」
「人手が足りません。あの海賊公女を連れてこればよかった」
「どうかな? アイツ、欲しがるばかりで分け合おうっていう気概がないじゃん」
水分などない砂漠に、酒が波打つ水音が聞こえ始める。
「うーんでも、困ったところはありますが、彼女のおかげで助かっている部分も……いや、トラブルの方が多い……ですわね」
「話をしている間にお酒が駄目になりそうだ。行こうよ、アン」
「はぁーい、メアリー」
酒樽を運搬しつつ、2人は船も無く冒険も無く酒も無い……いや、これから酒だけはあるアジトに帰っていく。
そしてまたこの場所に来て、今度はサーヴァント2騎が入った樽を運んでいくのだろう。
第19章 砂漠行く賊なんという?
第90話 悪夢の中の手を取って
──目だ。
赤い瞳が、俺を見つめている。
「……ぁ」
竜の如き深い瞳孔、燃えるような赤の虹彩。
ただ一つだけの目は、途方もない大きさで、それ自体がまるで恒星のよう。
足場など無い暗黒空間。
「ぁ……」
俺は、宇宙のごとき広さ深さを持った眼に頭から落ちている最中であった。
さながら、太陽に引かれ燃え尽きていく星屑のごとく。
『アルジュナよ、オレはお前を殺すぞ、それが運命なのだから』
瞳の持ち主の声が闇で出来た空間を震わせた後、俺の体に無数の白い手がすがりついてきた。
白い手が花のようにゴミのように折り重なり、肉の蕾へ変じると、それが柔らかく割れ、中から大小さまざまな女が出てくる。
胴体を半ば溶け合いさせながら、俺に絡みついてくる顔は全て同じ。
……ガレス・キリエライトと呼ばれていた少女だ。
「死は、扉をくぐるようなもの。わたし達にとって、生と死は等価」
何十という唇が全く同じ言葉をささやく、輪唱する。
彼女らの瞳に感情の色はなく、どこまでも無垢で純白だった。
(生きるも死ぬも……同じことなのだろうか……)
苦しい、ここでは息が出来ない。あの瞳に見られていては、俺は生きていくことなど出来やしない。
思わずあえげば、水中のように大きな泡が出た。白の輪郭を伴った空気は、落ちていく俺とは反対にとにかく上へと昇っていく。
(死にたい、死んでしまいたい。
仲間は死んだ、アスカは死んだ。前の……『マスター』も……)
『彼女』を思い浮かべた瞬間、体に絡んできたガレス・キリエライトが1つにまとまり、服を纏ったある女の形となった。
アスカとよく似ている、だけど違う。
(フィリア……ピオーネ……)
落ちていく俺の腕の中で、アスカの母であった彼女は目を開けた。
「アーチャー! わたし、貴方の側にずっといてあげる!
わたしと……家族になりましょう? アスカともきっと仲良くなれるわ!」
娘よりもずっと無邪気な微笑みを浮かべながら、彼女は俺にこの台詞を言ったのだ。
けれど──。
「あっ……」
彼女の胸辺りの布地に、血がにじむ。
「ぁ……」
その瞳から、急速に光が消えていく。
(フィリア! フィリア!)
叫んでも声は出ず、口から吐き出せるのはあぶくばかりで。
「ごめんなさい……わたし、先走ってしまって……」
彼女が俺の頬に手を伸ばそうとした瞬間、フィリアの全身にひびが入り、ぐちゃりと内側から崩れ、指先から焦げていく。
(──! ──!)
暗黒の中、発狂したかのように叫んが、やはり声は出なかった。
腕の中で燃え、炭に変わっていく彼女の変化を止めようと強く抱きしめるが、その程度で止まるはずがない。
(フィリア!)
彼女をもう一度見ようとしたら、顔はアスカのものに変わっていた。
「──アーチャー、わたし、貴方のことが好き」
少女の唇がその言葉を紡いだ瞬間、風船が割れるように小さく女の体が爆ぜた。
……薄っぺらく脆い灰となったアスカは、この暗黒空間の中心、燃える瞳へ落ちていく。
けれど、一番悲しかったのは彼女の言葉で。
(俺に……愛される資格なんて……無いのに……)
涙が止まらない。そして上へ流れていく。
そんな俺の隣を、流星のように落ちていくのはカイヤ・トバルカインだ。
「アーチャー961、あんたはどうしてこの世界に召喚されたんだ?
存在に意味はあったか? 全てを失ってまで、この世界にとどまり続けるその意義は?」
カーキ色の作業着に身を包み、金属の工具をぶら下げたズボンを履いた、白髪交じりの彼女が俺をなじる。
……カイヤとは短い付き合いだったが、こんなことを言う人間ではなかったと思う。
であればこの言葉は、『彼女から責めてもらいたかった』という俺の内なる願望から来ているものなのか。
「フィリアはあんたのせいで死んだ。
心臓をえぐり取られ、そこに爆弾を付けられて……電気と機械で無理やり歩かされ、目の前で爆発して死んだ。
それをアスカは知らない。だってあたしもあんたも話してないから。
……生きていくのに、残酷なことなど知らない方がいい。
それに──」
カイヤは空間を泳ぎ、俺に近づいた。そして、しわの刻まれた褐色肌の両手で顔を掴む。
「俺が人殺しだと、アスカに知られたくないものな?」
顔はカイヤだが、口調はまるっきり違う。
それはまるで……まるで──。
(
また姿が変わる。
「人殺し! 人殺し! 人殺し!」
それは心からの非難の声。
「どれほど己の手で殺した? どれほど見殺しにした?
お前はお前の罪を忘れているのではないか?
今も! 昔も! 全ての罪を!」
言い返すことなど出来ない。俺は声から逃れたくて下を見る。
燃える瞳がこちらを射抜いていた。
「アーチャー961! 貴様は死ぬべきだ!
アルジュナを失い!
サーヴァントとして、存在し続けて良いはずがない!」
男の手が俺の首に伸び、喉と骨を潰すほどの力で絞め上げた。
(……知っていたよ)
下にある瞳からも目をそらし、星など無い闇の彼方を見上げる。
(自分は死んだ方がいいなんてこと、ずっと前から知っていた)
自ら殺されることを受け入れようと、目を閉じる。
けれど。
「──いいえ。それは違います。
アーチャー961は、わたしを助けてくれました」
絞め付けが弱まる。誰かが、俺の首にかけられていた男の手を外したのだ。
(誰だ?)
……
「死ぬことを受け入れていたわたしを、助けてくれたのです」
闇の中で光り輝く少女は、圧倒的なまでの生命力の擬人化にも見えた。
ただ一つだけの体で、懸命に闇の中泳ぐ彼女の名を、俺は心の中で呼んだ。
(ガレス・キリエライト……)
先ほど見たぐちゃぐちゃの群体ではない。キリエライトは淡く光る白のワンピースをなびかせながら、とにかく足をばたつかせている。
彼女は片方の手に、俺の首を絞めていた
キリエライトは口からあぶくをこぼしながら、男に言う。
「彼は、英雄ではないかもしれない。
そうあろうとしているだけの、ただの人なのかもしれない。
でも……その『ただの人』である彼が、わたしを助けてくれた」
男の輪郭が薄れ、端から散り散りとなっていく。
「──とても、嬉しかった」
その言葉がとどめにでもなったのか、黒を司る男は消滅していった。
「アーチャー961」
ガレス・キリエライトは、闇の中を慈愛の笑み浮かべたまま泳ぎ、そしてとうとう落ちていく俺と手をつないだ。
(──)
落下が、止まる。
それだけではない。
下で、その輝く虹彩を収縮させていた悪竜の赤い瞳の動きまでも止まった。
自分達以外、全てが静止した時の中でキリエライトは微笑むと、俺の首元を指す。
(職……員……証……)
謎の男、ロマニから託された物が、紐で繋がれ胸元できらきらと光っている。
(そうだ。俺、これを預かったんだ。
トワ・キリエライトという、どこにいるか分からない女の子に、これを……渡して欲しいって……。
何もかも無くしてしまったけど、この約束だけは残って……)
彼女は俺の両手を握り、頷いた。
「どうか死なないで」
暗闇の中で光を放ちながら、彼女は言葉を紡ぐ。
「そして、生きることを恐れないで
命は何度だって生まれ、次の新しい場所へ冒険に向かうものなのですから」
冒険、と呟けば、声の代わりに空気の泡が口から出る。
「願わくばその冒険の中で、もう一度大切な人に再会できますよう。
祈っています。生と死の向こうから、わたし……」
声はどこまでも優しく、俺と繋ぐその手に込められた力はどこまでもささやかだった。
俺は彼女にお礼を言おうとしたけれど、やはりこの空間では声が出ない。
己の情けなさからか、涙だけはあふれて止まらなかった。
「──悪夢の中での自問自答は終わったか? 幼子よ。
貴様の夜泣きにも飽いたわ」
空間にひびが入る。それほどまでの力ある存在の声が、辺りにこだました。
(ガレス!)
手を繋いでいた彼女は、笑顔のまま消えていく。
それを追いかけようとしたが……空間を突き破って現れた巨大な手の、親指と人差し指で、胴体をつまみ上げられた。
「ほう……? 少しは気迫ある顔になったではないか」
俺を見る瞳は2つ。金の色が僅かに混ざった輝く赤い色だ。
けれど、下に見える悪竜のものとは違う。
全てを見通し、全てを己の臓腑の中に収める──蛇の瞳。
「庭の砂を掃くのは庭師の仕事。
であれば、子を育てるは王の職務ではなく……女の仕事であろうな」
俺はさながら芋虫のように、胴体を2本の指で挟まれ、ゆらゆらと振られている。
「そら、共に掘り出した『姉』も付けてやろう」
何かを楽しむような口調と共に、俺は指から弾かれ、闇を突き破り、ただ明るいだけの方へ飛ばされていく。
「せいぜい育てよ? 欲心……」
その声を最後に、俺の意識は目覚めていく。
「──フィリア! アスカ! ガレスー!!」
叫びながら俺は身を起こし、両手で辺りを探ろうと……探ろうと?
「ぁ……ぁっ……」
して、両腕がないことを思い出した。
肘より下は無く、包帯が巻かれている。
岩山をくり抜いて作られたほの明るい空間に、俺は寝かせられていたようで、見れば胴体の上に薄い毛布がかけられていた。
「……っ」
俺の神性を制御・抑制していた機械部品はもうどこにもなく、空気に晒された顔や肌は、なんだか異様に無防備と感じ、心細い。
「はーい! お呼びでしょうかー!」
叫びが外まで聞こえたのか、誰かがばたばたと走ってくる。
「あっ! 起きたのですね、『アーキマン』殿!」
岩陰から顔を覗かせたのは、人なつっこい表情の少女。
緑に染められた服の上に、飾りのない薄橙色のチュニックを着て、武器は身につけていない。
金色の髪の一部は黒い房となっており、大きな丸い瞳も相まって、子犬のような雰囲気を持っている。
ともすれば素朴な村娘にも見えるが、彼女がサーヴァントであるということを、俺は本能で感じ取っていた。
「怯える必要も、逃げる必要もありませんよ。
ここに貴方の敵はいないのですから……」
彼女は俺の側でひざまづくと、金属製のバケツに汲まれていた清水の中へ布を浸し、固く絞ってから額を拭いてくれた。
「冷や汗がこんなに……」
甲斐甲斐しい『姉』のように、彼女は俺の顔に冷たいタオルを当ててくれる。
「……その、貴女は、いったい」
目の前のサーヴァントは敵ではないことは分かるが、それ以外何も分からない。
状況を知るために、彼女へ質問をした。
「おっとと……確かに、自己紹介がまだでしたね。失礼しました」
膝をついたまま少女は一礼し、胸に手を当てながら話し始める。
「サーヴァント、ランサー。真名をガレスと申します。
アーサー王が治めし円卓の騎士、その第七席を預かった者です。
これからよろしくお願いしますね!
……あれ? いま初めて名乗りましたのに、どうして私の名前をご存知で?」
ガレス。その名は、俺が助けようとして、救えなかった少女と同じ響き。
……なぜ、悪夢の中であの少女が俺を助けてくれたのか、理由が分かったような気がした。
第90話 悪夢の中の手を取って
終わり