自らが置かれた状況を把握するためにも、アーチャー961はガレスへ質問をする。
彼女は人から聞いた情報も交えつつ、快く答えてくれた。
ここは『砂塵の迷宮』と呼ばれる場所の中の、比較的安全な所に作られたアジト。
アーチャー961は、ガレスや酒と共に回収された。
ガレスは、自らのマスターや召喚の目的を知らないということ。
回収されてから、アーチャー961は2日ほど眠り通しだったらしい。
ガレスは話の間、961のことを「アーキマン」と呼んでいた。
その理由についても訪ねて見れば、彼女は961の首からかけられた職員証を指さす。
961はそれを見て、彼女の認識を訂正するべきか悩んだが……やがてこう名乗った。
──「アーキマン」、元型の男だと。
話の終わり際、部屋に新たなサーヴァントが訪ねてくる。
アンとメアリー、二人一組の女性サーヴァントと、海賊……フランシス・ドレイクが。
アジト内にいる全員が集まり、簡単な自己紹介も終わった後、場を移動させ、岩の中、広間にて会議が始まった。
本題に入る前に、961へ「霊体化して傷を癒せ」と言うドレイク。
彼女の言う通りにしてみたのだが……961の腕は治らない。
まるでその結果を分かっていたかのような振る舞いをドレイクは見せると、ためらうような手つきで唇に灰色の口紅を乗せた。
その瞬間、彼女の瞳は金に変わり、雰囲気を一変させる。
戸惑う961に対し、メアリーが説明をした。
「彼女はダユー。キャプテンの霊基に精神だけくっついている、困った海賊公女様」だと。
「──足りないわ」
フランシス・ドレイクが行った化粧を合図にして、その内側から意識を表に出したダユー。
背徳的な伝説と共に知られている彼女は、現れるなり、金の瞳を瞬かせつつそんな一言を漏らした。
「何が足りないのさ」
メアリーは白髪を揺らして小首をかしげた。
疑問ある表情を浮かべた彼女に視線を投げながら、ダユーが唇を動かす。
「ダメよ、可愛いメアリー。
そんな説明では、わたしの立場がどれほどのものなのか、腕なしのお方に伝わらないじゃない」
「……」
王侯貴族のような口調で語る彼女。
メアリーはそんな態度に慣れっこなのか、傷のある顔をしかめ、無言で肩をすくめた。
丸テーブルの向かい側に立っていたダユーは、歩いて俺へ近づくと、自身の赤い衣の裾を摘まみ、淑女のように腰を少し落として、膝を軽く曲げ品のある挨拶をしてくれる。
その後体勢を直すと、琥珀を思わせる澄んだ瞳でこちらを見上げた。
「初めまして、腕なしのお方。
わたしはグラドロン王の娘、ダユー。
自由なる略奪の都イースを統べる者。その中での行い全てに、わたしの名を以て許しを与える者。
水上において最も美しく、最も尊ばれるべき高貴なる花」
……あまりにも尊大な物言い。ともすれば、自らの実力も分からず立場をひけらかしているだけの言葉にも聞こえるが、彼女の声からは強い誇りと確固たる自信が読み取れた。
(振る舞いといい思想といい……ダユーという女は、天性の『王』か)
王とは、人の身にして人ならざる者を指す。
……人のままでは王になり得ない。
故に、誰もが何かを犠牲として王となる。
宝物、家族、心、肉体、人間性、産まれ……など。
そこまでしてようやく、王は人の上に立つ者となれる。
そこまでしたからこそ、民草は王を王として尊ぶのだ。
(ダユーは、王とはなんたるかを産まれながらに理解している……)
まだ数分しか彼女と接してはいないが、生前の悪行はどうであれ、その気高さは十分に理解できた。
──公女たる自分のみが人を管理し、統べる権利を持っている。だからこそ自分は気高く貴重な存在なのだと心の底から思い、責に対して誇りを感じている。
……そう、考えているのだろう。
(メアリー達の言う通りだ。
『厄介な海賊公女様』……癖の強い相手だ)
このままでは相手の纏う
であれば、俺がするべきことは。
(俺の腕が治らない原因について、彼女は何か知っていそうだ。
それを直球で聞いてみよう)
仲間を無くし体を欠損し、もはや約束しか持っていない身だ。公女のご機嫌をとるため、下手に出たところで意味が無い。
それに、アン、メアリー、ガレスも、ダユーの一挙手一投足に目を光らせている。
彼女が俺の発言に激昂し、攻撃をしてくれば、それを止めてくれるだろう。
(他者を身勝手に信用し、それを利用するような形だが……今はやむを得ないか)
俺は言うべきことを思い浮かべてから口を開く。
「……自己紹介ありがとう、ダユー。
けれど、これ以上の御託はいらない」
ぶつけられた強気な発言に、彼女は金の瞳を細めた。
「俺の腕は再生しないと、貴女は初めから知っているようだった。
であれば……その理由まで分かるのか……?」
「──ふふっ」
目を輝かせ、口元に手を添えながら笑うダユー。それは実に意味深長な振る舞い。
そんな態度の彼女から答えが返ってくる。
「物事をよく『見る』者であれば、すぐに分かること。
あなたはただ切られたのではない。
その程度の傷であれば、サーヴァントは自己の力で治癒できるでしょう」
「ならば」
「……貴方の腕はね、
そして、奪われたものが再び貴方の元へ帰ってくることは……」
灰に塗られたダユーの唇が、音を放つべくゆっくりと形を作る。
「──ない」
……希望を断つ言葉を。
「っ」
思わず下唇を噛んだのは、その発言に嘘やからかいなどが感じられなかったからだ。
「……公女ダユー」
緊張が高まり、硬直を始めた会話に割って入って来たのはガレスだ。
「アーキマン殿の傷は、ある種の呪いのようなもの……なのでしょうか?
癒えぬ傷を与える術など、ブリテン島でもいくつか見たことはありましたが……」
「そうね。執念が生んだ、呪いみたいなものかもしれないわ。
その腕を奪った者はきっと……すごくすごく餓えていた」
気にかかる言葉があり、俺は思わず聞き返す。
「餓え?」
ダユーは口角を上げ、蛇の如き微笑みを浮かべると、こちらを見た。
「
……その誰かさんはね、欲しいものを、自分には手に入りっこないって諦めかけていたのに、目の前にやってきたから欲しくなってしまった。
よっぽど羨ましかったのよ、あなたのことが」
「俺が……羨ましい?」
彼女の言っている意味がよく分からない。
アルジュナを失い、心ひとつだけで世界に放り出され、生きる意味も価値も見いだせず。
(マスターも守れず、とうとう両腕まで失った男のどこに、羨むようなものがあるのか。
……いや、待てよ?)
情けない事実を並べる前に、思い出すべきことがある筈だ。
(『……私と家族になっておくれ! いつだって笑いの絶えない、素敵な家族に!』)
脳内に響いたのは、狂い人のように見えた女神リリスの発言の数々。
まずは羨望。次に。
(『私の家族になってくれない存在なんて、いらない』)
諦め、呪い。そして、怒りで揺れていた彼女のペリドット色の瞳を思い出す。
(……まさかリリスは心の底から、サーヴァントとの家族関係を欲していた?)
あの言葉の数々を「俺を苛立たせるための口から出任せ」や「狂気からくる言葉」だと判断していたが、そうではなく、よもやリリスは本当にそれを望んでいたというのか?
(だとしたらあの女、どこまで……)
狂っているのか。純粋なのか。
過去を含めて逡巡する最中──ふと、思い出した景色があった。
(『わたしと家族になりましょう? アスカともきっと仲良くなれるわ!』)
初めて出会った時、自分にそう笑いかけ、手を差し伸べてくれたフィリアの姿を。
(『いきましょう? わたし、あなたと生きていたくなったから』)
人工植物が生い茂る明るい庭で、膝をついていた俺を立ち上がらせた、小さなアスカの姿を。
(──リリスはこんな関係性が欲しかった。そして欲しがったんだ。
俺から奪おうとして……出来なかったから羨んだ。
だからあれほど、俺を絶望させようとしてきたのか。
……自分が、そうだったから)
ダユーの言葉で、ただの狂った女のように見えていたリリスの本質が、少しつかめたような気がした。
「アーキマン殿……大丈夫ですか……?」
かなり長い時間沈黙し、考え込んでいたのだろう。そんな俺の様子を、ガレスが丸い瞳で伺っていた。
「ううん、なんでもない。少し考え事をしていただけだ」
心を配ってくれた彼女に一言いれ、ダユーに再び顔を向ける。
「腕なしのお方。わたしがあなたへ伝えたいことは、今はこれだけ。
そうね、次にお会いするときには……」
彼女は両手を腰に当て、その豊かな胸を張り出すと、俺へ顔を近づけた。
吐息の温度まで感じる距離。
「──わたしの好きなことのお話を、いっぱいしましょう?」
更に詰め寄られ、ダユーの灰色がのった唇が肌へ触れそうになる。
金の瞳に自分の黒の瞳が映る。彼女から逃れたくとも、咄嗟には出来ず。
その時。
「はいはいはーい。そこまででーす」
ダユーの両脇に誰かの手が入り、俺から引きはがしてくれた。
「作戦会議の途中ですし、キャプテンドレイクをわたし達に返してくださいな?」
赤い瞳を不機嫌そうに細めながら、ダユーの耳へ声を流し込んでいるのは、金の髪を持つ海賊、アンだ。
「……言われなくても。
フランシスったら、わたしの中で先からずっとうるさいのだもの」
拗ねた顔でダユーがすらすらと不満を言う。
両脇の下に腕を通され、アンの体へ背中を押し付けられるようにして拘束させられているその姿は、悪い遊びを親の手で中断させられた少女のようだ。
「ドーレーイークー! と、呼ばないと、またキャプテンがへそを曲げますわよ?」
「そんな名前を呼ぶのなんていやよ!
だって……フランシスの方が愛せる響きだわ」
「さっさとキャプテンに変わる!」
「お父様、みんながダユーを虐めるわ……」
最後に深々とため息をつくと、彼女はその琥珀の瞳を閉じた。
そして数秒後。
「……ダユーときたら、妙に上機嫌だったねぇ」
目が開かれる、色は青。意識がドレイクに戻ったようだ。
「それに……いつもより言葉遣いが上品だったかな」
と、キャプテンの発言に言葉を付け足すのはメアリー。
「アーキマンのことを狙ってでもいるのでしょうか?」
そして、相方へそう返すのはいつも通りアンだった。
「アーキマン狙わないの? 良い男じゃん」
「わたし、今回の現界ではそういうの……ちょっと控えます。
嫌な目に遭いましたし……」
「あーそうだった、そうだった。思い出させちゃってごめんね」
「許してあげまーす」
気心知れた仲同士の会話を聞きながら、ドレイクは姿勢を直し、腰を伸ばし肩と首を回す。
次に、服の内側から刺繍が施されたハンカチを取り出して、そっと灰色の口紅を拭えば、俺が初めて出会った時の彼女の状態へ戻っていた。
俺の向かい側に移動しなおして、テーブル上のコップから水を飲み、会議を再開させる。
「アーキマンの腕が治る見込みは無し。この問題に関しては、今は置いておくしかないね。
──仕切り直して、本題へ入ろうか」
ガレスが一瞬不安げな眼差しを俺に向けてきたが、直ぐに話しているドレイクへ戻した。
「ガレスやアン、メアリーには言ってあるけれど、アンタはアタシ達がどうしてここのアジトに詰めているかの理由をまだ知らないね」
「はい……」
彼女の言葉に俺は頷いた。
「ここはね、『砂塵の迷宮』と呼ばれる地形の中。
かつて散っていった無数のサーヴァント達、その怨念と熱砂が混ざり、吹きすさぶ場所さ」
「迷宮……ということは、簡単には出られないのか?」
「察しがいいね、アーキマン。脱出には幸運の女神様に微笑んでもらう必要があるだろう。それか空にかっ飛んでいくか。
……でも、無一文で天に祈り、見上げ、せこせこ逃げ道を探すのなんて賊らしくないし。
そんなことのために、この迷宮に自分から飛び込んだ訳じゃない」
「自ら足を踏み入れたのか?!」
「ああそうだよ?」
俺の驚きを、ドレイクは飄々とした声でさらりと流してしまう。
「……何のためにお前達はここにいるんだ?
わざわざアジトまで構えて……」
辺りを見渡してみる。吹く砂が岩を削って出来たであろう洞窟には、誰かが運び込んだような機械や家具がいくつも置かれていた。
「そりゃあもちろん! 『お宝探し』のため!」
俺の率直な疑問に対し、ドレイクはというと満面の笑みで返してきた。
彼女は夢見る童女のように瞳を輝かせながら話を続ける。
「亡者渦巻く砂嵐を抜け、
……亡霊に関しては、アタシはちぃっと苦手だけど、今はダユーが何とかしてくれるから問題なし!」
彼女は夢見る童女のように瞳を輝かせながら話を続ける。
「迷宮の最奥、そこにある『伝説の船』を手に入れ! 世界最後の海が残る場所、南極へ向かうのがアタシ達の目的!」
「南極……!」
思わず繰り返してしまった。
だってそれは、いま名を借り受けている男から聞いた地名だったから。
(『キミにボクのカルデア職員証を貸すよ。そして、南極を目指すんだ。
施設が残存していれば、システムを修復して、この星を救う方法を導き出せるかもしれない』)
あの男は言っていた。それから。
(『けれど、もし……ある女の子に出会う事があったのなら、この職員証を渡してくれると嬉しい。
トワ・キリエライトという、ボクを勇気づけてくれた小さな女の子に。
もう、700年も待たせてしまっているから』)
……こんな願いも、口にしていた筈だ。
「どうだい、アーキマン。
船を手に入れ、最後の海を目指す旅……なかなかどうして、胸躍る話じゃないか!」
彼女は俺を見つめながら、相変わらず笑っている。
「……本当に船があるのか? その情報はどこから?」
体の内側からこみ上げるものを感じながらも、表面上は冷静に振舞う。
「船に関しては、あるサーヴァントから得た確かな情報。
海の方は……この世界の人間、レジスタンスから聞いたおとぎ話さ」
「
「嘘でも本当でも、どこかの誰かが『ある』と言ったなら、信じてみるのが海賊の
ドレイクは俺だけを目に映しながら、赤い唇を尖らせる。
「……浪漫」
呟いてみる。
浪漫。ロマン。ロマニ・アーキマン。
そんな単語が、頭の中をぐるぐると回っていた。
「アーキマンには、海賊の浪漫ってやつは分かんないかもねー」
「アーキマンは、心躍る浪漫を追ってみたいと思いませんの?」
メアリーとアンが語りかけてくる。
「ガレスは浪漫のこと、ちゃんと分かりますよ!
ドレイク卿からお話を聞いた時、とてもワクワクしたのですもの!」
岩の天井を、ガレスはまるで空が広がっているかのような遠いまなざしで見上げた。
「アタシは海賊。船があれば冒険が出来る、宝探しが出来る、商売だって出来る!
ついでに世界でも救っちまおうかい!」
キャプテンドレイクは笑っていた。
……俺は全員から目を逸らし、硬い地面を見る。
フランシス・ドレイクの物語を知っている。
そして俺は、彼女の苦労、困難だけを知っていた。
「あっ、でもダユーはなんて言うだろうね?
まぁ……アイツも海賊だから大丈夫かぁ!!」
この船探しとて、簡単にいくものではないだろう。
でも──彼女は笑っている。
道のりの困難さも、現実の厳しさも知っていながら笑っているのだ。
「どうして」
「ん?」
「どうして、貴女は笑えるんだ?
苦しいこと、悲しいことがたくさんあっただろうに……」
俺は胸が詰まるような思いを感じながら、言葉と息を吐きだす。
「笑いながら……何かに挑もうと思えるんだ……?」
「それは──」
「何も得られず、失うばかりかもしれないのに!」
ドレイクに対し、そう聞かずにはいられなかった。
彼女はグラスの中の水をぐっと飲みほしてしまうと、俺を瞳の中心に映しながら答える。
「──人生は一度しかないからだよ、アーキマン」
その言葉、胸に深々と突き刺さる矢のようで。
「サーヴァントだって人間だって、それは変わらない。
召喚されるごとにそれっきり! おんぎゃあと産声を上げちまえば、後戻りなんてできやしない!
……なら、感じるままに、『やりたいこと』をやった方が良いじゃないか」
彼女は空のグラスを逆さまにした。雫が垂れ落ち、乾いた地面へ染み込んでいく。
「アンタ、口ではうだうだ言いつつも……
そう訴えかけてくる彼女の青い瞳が、果てしなく広がる高い空の色に見えた。
「俺の……やりたいこと……」
ドレイクの言葉が刺さった胸が熱くなり、まるで血潮がそこから流れ出しているかのような感覚を抱き、俺はうつむく。
(やらなければならないことじゃなくて、『やりたい』こと……)
下を向きながら考えて──『それ』を、俺はすぐに見つけることが出来た。
命令ではなく、使命でもなく、あまりにも素朴な『人の願い』。
「……」
ロマニの顔が浮かぶ。そして彼の願いが、言葉刺さった心の傷を塞いだ。
「ある。俺にもやりたいことが……ちゃんとある……」
振り返れば、失ったものが多すぎる。
俺を見つけてくれたフィリア、カイヤ。
守るべき存在だった、アスカ。
一度は敵対したというのに、背中を預けてくれたモモ。
……俺の心に踏み込んだというのに、死ななかった
落ちて行くばかりで助けられなかった、ガレス・キリエライト。
……邪竜の熱線により、都市ごと焼かれた人々。
悲しみも喪失感も深い。けれど、ここで膝を折りたくはなかった。
(自分が存在している意味も、生きていい理由も見つからない。
けれど……無意味に消え、死んでいい理由も、今は無い)
心の中だけで、自分の気持ちを言葉にする。
(──敵を倒したり、世界を救うことは出来なくとも。
──たった一人の女の子を見つけ出し、ある男の夢を叶えてやることは、出来るかもしれない)
胸元には、顔写真が消えかけの職員証があった。
(腕が無くたって、足がある)
俺に願いを話してくれた人がいる。悪夢の中から救ってくれた少女がいる。
(……俺に、温かな思い出を作ってくれた人が……たくさんいたんだ。
まだ歩けるよ、だから──)
顔を上げる。決意を口にした。
「……俺は、ある人と約束をしたんだ」
ドレイクもその仲間達も、静かに頷いてくれた。
「それを果たしたい。そのためには移動手段がいる。
……船探し、手伝わせてくれ!」
誰かがテーブルを叩いた。その人物はガレス。
「道のりは困難でしょうが、ここにいる全員で見つけましょう、たどり着きましょう!
ドレイク卿が聞いたおとぎ話の終着点──最後の海を越えた先にあるという、
元気いっぱいな声で宣言する彼女と目が合う。
……俺は、どんな表情を向ければいいのか分からなかった。
会議の後、洞窟外へ案内された。アジトは巨岩の中に作られていたのだとようやく分かる。
足元の砂は細かく、辺りは塵埃によって日の光遮られ、薄暗い。
他の者が言うに、晴れるのは一週間の内ほんの数日だけらしい。
晴れ間は貴重で長く続くことはなく、この砂塵の範囲外へ楽に出られる見込みは薄いとも。
俺やガレスが拾われた時、「晴れていた」との話も聞いた。
……どうやら俺は、運だけには
「アン、これはいったい?」
「船の情報をくれたサーヴァントからの贈り物、ホバーバイクです。
これ浮かぶんです! 大きな荷物こそ積めませんけど、とっても便利!
……砂漠を延々と2本足で走るの、サーヴァントでも心折れますので」
「いやそうじゃなく。俺のこの……おかれている状況についてなんだ」
ホバーバイクなる、先端尖った流線形のボディの下に、円盤が2つ付いて浮かぶ乗りものについてはよく分かった。
分からないのは今の状況。
俺は、鎧など付けず軽装のままバイクに乗ったガレスの胴体と、背中合わせになるようロープでぐるぐるに巻かれていた。
……まるで、後ろに積まれる備品が如く。
「腕が無いのですもの。運転の代わりに……」
アンが長い足を動かして、メアリーの駈るバイクの後ろへ腰かけ、相方の小さな体に背中を預け、後方の監視を始めた。
砂除けのためか、彼女は巨大な赤い提督服を羽織り、ドレスのように着こなしている。
「後方の見張りをお任せしたいなーって。
バイク、結構荒っぽく飛ぶから酔わないようにね。
吐くのも厳禁、ぶちまける海も無いし、エチケット袋なんて文明の力も無いし」
アンの台詞を受け継いだのは、黒コートで口元まできっちり隠したメアリー。
ハンドルを握りながら、間延びした声で俺に言ってくる。
「……」
今から始まるという船探しに、俺は先ほどの会議の時まで抱いていたものとは、別種の不安を感じずにはいられなかった。
「砂の動きが激しいね……地図の作り直しが必要かい? まいったねこりゃ。
海と違って動きが読めない読めない……」
ドレイクは白い羽付きの海賊帽を被って、単身でバイクに乗りながら、前方を見つめていた。
その方向にあるのは分厚い砂の幕。数十m先すら分からない。
上空も黄土色に霞んでいるが……いまだあの『ヴリトラの眼』を恐れている俺にとっては、ありがたい空模様だった。
(あの眼に秘められた力を俺は知っている。見つかれば一巻の終わり……。
けれどここは、幸いにして見通しが悪い。
如何に衛星軌道上で展開しているとはいえ、そう簡単には見つからない……と思いたい。
……とにかく今は、船探しに尽力しなければ)
脳内に浮かんだ破壊と瞳のイメージを、頭を振って追い払った。
「ドレイク」
今の状態が情けなさすぎるので、気を紛らわせたくて彼女に声をかけてしまう。
「アンタはもうアタシの船員だ。呼ぶならキャプテンと」
「……キャプテン、船の情報をくれたサーヴァントとは、一体誰なんだ?」
彼女がこちらを振り向く。
「男は、持ってきた発明品の使い方や地形の情報を喋った後、こう名乗った」
そして息を吸い込んでから、言葉を発する。
「女神リリスに仕えしサーヴァントの1体、キャスター。
真名は言わず、『終わりなき製造の使徒』と」
……エーテルで作られた自分の心臓が、強く跳ねるのが分かった。
第92話 欲しい物なら奪いましょう、やりたいことは見つけましょう
終わり