砂塵の迷宮、その最奥にある伝説の船を求めて、ホバーバイクで探索に向かうドレイク一同。
だが、迷宮の中は塵の体を持つ怪物がはびこり、地形すら容易く変わる。踏破は困難を極めていた。
ドレイク達は突如現れた渓谷を前に今日の探索を切り上げ、アジトに帰還するのであった。
夜、アーチャー961は割り当てられた自室で、新たに湧いた疑問を整理していた。
ドレイク達に協力をし、その後去った『終わりなき製造の使徒』なるサーヴァントについて。
リリスが、複数のサーヴァントと契約している可能性。
それほどまでの力を持っているというのに、AIを
……異常なまでに、サーヴァントとの家族関係を持つことにこだわるその訳。
限られた情報の中で考察するしかない961。思考の袋小路に迷い込みそうになっていた時、ガレスが訪ねて来た。
彼女に連れられ、彼はアジト内の泉へ案内される。
アジトである巨岩内に湧いた清水のほとり。
騎士として、961の筋肉に興味を示し、それをじかに見たいと、鍛錬のコツを知りたいと詰め寄ってくるガレスに、訊かれた彼は慌てふためく。
……そんなやり取りもあってか、961がガレスに対し感じていた緊張は解れていくのであった。
ひと悶着も終わり、穏やかな会話を961とガレス。
それは泉を湧かせてくれた、亀のようなドラゴンを連れた聖女についてだったり。
生前、ガレスが共に戦った、隻腕の騎士についてだったり。
会話の最中、961はガレスの二の腕にリボンが巻かれていることに気づいた。
リボンに対し、「魔術師マーリン」の気配を感じると言い、郷愁を帯びた顔をするガレス。
けれど彼女は、気持ちを切り替えるように顔に明るい笑顔を浮かべる。
笑顔でいるその理由について訊く961。
ガレスは「皆さんには笑顔でいてほしい。……だから、まずは自分が笑っていようと」、と穏やかに答える。
961は、彼女の心の強さについて触れ、自らもいつかそうなれるだろうかと、望みを抱くのであった。
そんな穏やかなやり取りから数日。
砂塵の迷宮が、彼らの旅を依然として阻んでいた。
いま俺がいるアジト内、照明が無くとも、天井の隙間から入る光で仄明るいこの部屋は、テーブル、椅子、使い道の分からぬ機械などが置かれ、会議にも使われる重要な場所だ。
机に上半身をべったりと突っ伏しているアンとメアリーの二人組や、タブレット片手に壁へ図形を刻んでいるドレイク、椅子に座り休憩をとっているガレスの姿を目に入れながら、俺は今日までの数日間を振り返った。
(目覚めてから2日目は……)
砂嵐の勢いが強すぎて、そもそも探索自体が出来なかった。
3日目は黒い塵で出来た亡霊に次々と襲われ、進行ルートから外れてしまい、夜を前に引き返すしかなかった。
4日目、つまり今日の探索の結果も芳しくなく。
先ほどドレイクが言っていた通り、連日の砂嵐で地形が大幅に変わり、彼女らが作り上げてきた地図が役にたたないものとなってしまった。
「アン、ラム酒ついであげるよ」
「ありがとう、メアリー」
相方より注がれた液体を喉にごくりと送った後、彼女は手の甲で口を拭った。
「んん……ふぅ。
……昨日のことといい、あの亡霊達なにか勢いづいてきていません?」
「アンの言うとおりだ。
もごもごとこっちに話しかけてくるようになったし、一段と不気味……」
2人のやりとりを聞いて、ドレイクがその背中をぶるりと震わせた気もするが、俺の見間違いだろう。数日前に「ちぃっと苦手」だと言葉こぼしていたが、彼女ほどの豪気な人物が幽霊程度を恐れるわけがない……と思うのだが。
(亡霊、か……)
3日目の探索の時を思い出す。
メアリーとアンにも、ガレスと俺にも、黒い塵で出来た大量の人型がまとわりついてきたため、ホバーバイクを動かし、回避行動のためルートから大きくはずれるしかなかった。
(かつて散っていった、サーヴァント達の……)
断片的に聞こえた亡者達の声が、脳裏に蘇る。
(『……えて、きたのか』
『かえってきた、のか』
『かえって、きて、くれたんだ。俺達の、ために』
『えい、ゆう。えいゆう。えい……』)
そんな言葉達に思わず問いを投げようとして、併走していたメアリーから「死者の妄言に耳を貸すな」と、注意されたことも覚えている。
(彼らは誰を待っていたんだろう、誰に帰ってきて欲しかったんだろう)
探索に出ては失敗し、1日、2日と時が過ぎて行く。
俺はこの頃、考え事ばかりをしていた。
(こんな調子で、船を見つけることなど出来るのだろうか……)
気持ちに焦りも出てくる。
しかし、俺を含めてサーヴァント達が、魔力不足や自身の消滅に関して危機感を持っていないのは、この『砂塵の迷宮』という場の
『サーヴァントの幽霊、なんて非常識な事態が起きている場所ですもの。
わたし達、ここでは簡単に消えられないのです』
数日前、金の長髪を揺らしつつ、俺にそう教えてくれたのはアンだった。
彼女曰わく、『空気中の魔力濃度が異常に高いため、息を吸って吐いているだけで、現界には問題ない程度の魔力は得られる』のだとか。確かに非常識な話だ。
(液体リソースの残量に気を配り、旅をしていた頃が遠い日のように感じる……)
あの半分顔を隠した緑の目のバーサーカーは、これを聞いたら何を言うだろう。
いつも通りにたりと笑って、意味深なことでも言うかも知れない。
(でもそれも、奴が消えた今となっては分からないことか……)
なんとなしに
「──暗い!」
書き物を終え、タブレットを机に荒っぽく置きながら言うドレイク。
「何がです?」
ガレスは、髪の一部である黒い2つの房を揺らしながら彼女を見た。
「……空気だよ空気! うまい酒もあるっていうのになんだか湿っぽいじゃないか!」
ドレイクは片手を顔の前でひらひらとさせながら、うんざりしたかのように顔を苦々しく歪める。
「ああもう! でも一番良くないのはアタシだ! 本当にらしくない!
ちまちま地図を作り! 計画を建て! ……亡霊まみれの迷宮に挑むなんざ!」
壁に描いていた記号に彼女は小石を突き立て、大きくバツ印を付けてしまうと、テーブルへ突っ伏しているアンとメアリーを両手で揺さぶる。
「船員ども! 計画変更だよ! 変更!」
「どうするのです?」
「我らがキャプテーン!」
緩み切ったふわふわした声で変更内容を訊く2人。
「ガレス、アン、メアリー! ……倉庫にある酒、ぜーんぶ持ってきな!」
「ドレイク卿、まさかやけっぱちに……!」
声をかけられた少女騎士は、大きな瞳を見開いて驚きの感情を露わにする。
「違う違う、そんなんじゃないよ!」
きゃあきゃあと声を上げ、はしゃいでいるアンとメアリー。そんな2人を床に転がしながら、ドレイクは答えた。
「後先考えて
全部飲む、食べる! 歌う! 金なんてばらまき使い尽くす!
それが海賊! それがアタシ!
自分らしくあれば! 自然と運もついてくる!
あれだ……水と食料が無くなった時にこそ、新しい島が見つかるってハナシ!」
「そ、そんな無計画な……」
「これで駄目なら死ぬだけさ!」
「無計画なー!」
ガレスは彼女の命令に反抗しようとしたが、肩を押されぐいぐいと廊下に出されてしまった。
「アーキマンはアタシと一緒に机を退かす!
ほらほら、早く早く」
「あ、ああ……」
有無を言わさぬ雰囲気に俺も圧倒され、机の移動を足などで手伝った。
それが済めば、広々とした床に転がっているアンとメアリーの横に、ドレイクはジョッキやら缶詰やらを並べ始める。
……どうやら彼女は本気で、全力で酒盛りを始めるつもりのようだ。
「お酒、持ってきましたが……ほんとにこれを全部……」
廊下の幅ぎりぎりの大きさの樽を、ガレスは両手で引きずって持ってきた。
それを部屋の中心に設置する。
「おおガレス! 騎士王に猛る狼とまで称えられた騎士ガレスよ!」
ドレイクは立ち上がると、芝居かかった仕草で両腕を広げ、少女を後ろから抱きしめる。
「……なんですか、ドレイク卿」
腕の中から、じとりとした眼差しで彼女を見上げるガレス。
こうやって見ていると、ドレイクの方が7cmほど背が高いようだ。
「アンタも飲みな! 今までアタシ達に遠慮して、飲まないようにしてくれていたんだろう?」
「まったく……少しだけ、ですからね」
ドレイクが差し出された金属製のジョッキを両手で受け取り、ガレスはまんざらでもない顔で目を伏せた。
「アーキマン! アンタも! 極東風に言えば今日は『ブレイコウ』ってやつ!
上下も無く、生前やっちまったことも関係なく、楽しもう!」
彼女はストローをさしたジョッキを押し付けてくる。
「……酒は飲まない。けれど宴には付き合おう」
俺は地面にあぐらをかいた。
「いぇーい! 酒盛りでーす!」
石の床から急に顔を起こしたアンの明るい声を合図に、酒も食料も使い尽くす酒宴が始まった。
サーヴァントとも言えど、飲めば心は火照るようだ。
「このビール、とっても美味しいです……しゅわっとしてて、ちょっぴり苦くて……」
「ナッツとか魚とか、良いツマミが無いのだけは残念だよねー」
メアリーはその体をガレスにしなだれかけ、とろんとした目元を酔いで赤く潤ませている。
「サーヴァントといえど、夜の冷えは堪えますよ。きちんとしてください」
ガレスがそんな彼女のはだけかけている服を、白い指で直してやっていた。
「栄養ブロックをぶどう酒に付ける……いえ、勿体ないですわね。
それにしても本当に美味しいお酒。
ふふっ、キャプテン、ジョッキへお代わりを注いで差し上げますわ」
「ありがと……良い酒、良い船員、良い夜……とくれば、後は歌が欲しいねえ」
アンはドレイクに上機嫌で酒を飲ませている。
(……ん)
酒精でも吸ったか、それとも和やかな雰囲気に場酔いでもしたのか。
俺はサーヴァントらしくもなく、粘性のある眠気を覚えていた。
「……あれ」
冷たい床の上でひとり目を覚ます。
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。上体の筋肉を使って立ち上がる。
「……」
ガレス、アン、メアリー。
3人の女性は互いに折り重なるような形で床に転がり、寝息を立てている。
「えへへ……兄様……ガヘリス……ランスロット様……」
騎士として常に自制を心がけている様子の彼女が、寝言を漏らしてしまうほどの深い眠りのようだ。
「……ドレイク?」
俺は散らかった部屋を見渡す。あの赤い服を纏ったキャプテンの姿が見えない。
「自室に戻ったのか?」
床に転がっている3人を起こし、寝室へ戻るように呼びかけようかとも思ったが。
「んん……」
「メアリー……うふふっ……」
幸せそうな寝顔を見ると、朝まで寝かせてやった方が良いような気がしてくる。
(サーヴァントは夢を見ないはずなのに。眠りなど必要ないはずなのに……)
この酒、ガレスは『自分達と同じ場所に置かれていた』と言っていたが、何か
……サーヴァントを酔わせ、眠らせ、夢まで見せる、そんな力が。
「部屋に帰るか……」
巨岩の中にあるアジトは冷え切っている。人間では耐えきれないほどの寒さだろう。
肌に冷気を感じながら歩けば、ふと外の様子が気になってしまった。
「……」
廊下を歩き、戸など建てられていない入り口から外へ。砂嵐は治まっていた。
大地はどこまでも厚い砂に覆われ、その上にある月は丸く、青い光を静かに地上へ注いでいる。
冷たく光る砂丘と、輝く星。俺は美しい光景に息を吐いた。
「──こんばんは」
知っている者の声に振り返る。
ダユーがそこにいた。
巨岩にもたれかかるように立ち、片手で細い金属の棒を振って遊んでいる。
灰色の口紅が、月の光を受けて鈍く輝いていた。
「素敵な夜になるでしょうね、腕なしのお方」
彼女がふいに差し出してきた金属の枝を、受け取る手を俺は持っていない。
「約束通り、お話ししましょう?」
ダユーが腕を上げ、指さしたのは巨岩。
「月を見ながら……ね?」
その提案に、俺はうなずき返す。
……我ながら、あまりにも迂闊で呑気な振る舞いだった。
数日ぶりに会う彼女から、何か情報が得られるかもしれないと、軽い気持ちでその時は思っていたのだ。
アジトのある巨大岩の上へ、登るように言われ、俺は従うことにした。
月明かりの下、濃い影を作る張り出した岩に足をかけ、慎重に上がれば、大地を見下ろせる岩場へとたどり着けた。まるで石舞台の上に立ったような気分になる。
「お話ししたいこと、たくさんあるの」
俺を招いたダユーは歌うように話すと、巨岩の上になぜか備え付けられている石の椅子へ腰かけた。
俺も、石で出来た丸テーブルの向かい側にある椅子へ座る。
彼女は、机の上に置かれていた金属製のグラスを手に取ると、その中身を啜った。
……艶やかに濡れた唇が開く。
「数日前に出会った時のあなた、何も欲しくないって顔してたのに、今は欲望に満ちた横顔」
そうなのだろうか。自らの顔に触ってそれを確かめたくとも手が無い。
冷たい夜風が頬を撫でた。
「──素敵。欲しくなってしまった。奪わせて?」
彼女は俺に手を伸ばすが、丸テーブルに阻まれ届かない。俺を求めるその指が、月の光でなおのこと白く見えた。
「……俺は何も変わってないし、約束しか持っていないよ。
この通り腕も無いんだ」
「あら……」
そう答えると、ダユーは俺の予想した通り、唇を歪めて微笑んだ。
「そう思いこんでいるかもしれないけど、あなた……まだ何か、持っている」
「何かだと? そんなはずない。自分のことは自分が一番よく分かっている……」
「──つもり、でしょう?
いいの! 己を完全に理解している者なんて、誰一人としていやしないのだから!」
「んん?」
彼女が俺に欲するものが分からず、心からの疑問で首をかしげた。
ダユーは中身の見えない金属のグラスから、液体を啜り、笑んでから話す。
「春に種が芽吹くように、永久凍土の下から太古の獣が目覚めるように。
その内側より何かが育つ……そんなものを感じてしまうの。
ああ! やっぱり素敵! 育つって未知よ、何も分からないの!」
「育つ? サーヴァントは成長しない、何を言っているんだ、ダユー」
常識を言えば、やはり彼女は笑った。
「変な人。あなた、まだ自分がサーヴァントだと思っているのね」
──思考が止まる。
「……俺はサーヴァントだ。それ以外の存在であるはずなものか」
衝撃で鈍化した頭から絞り出せたのは、そんな言葉だけだった。
ダユーが置いた金属のグラスの側面に、目を泳がせている自分の顔が歪んで映る。
「サーヴァントがサーヴァントでなくなることだって、あると思わない?
ましてや、砂と一緒に
「何を根拠に……そんなことを……」
ダユーの一言一言が、己の根底をぐらぐらと揺さぶってくる。
「実はね……わたしもあなたと同じ。サーヴァントらしからぬサーヴァントなの」
彼女は瞬きを繰り返した。金の瞳、その表面に映る光が揺れる。
「この世界で目覚めた瞬間から、フランシスとぐちゃぐちゃに混ざった存在となっていた。
不思議……わたしと彼女にどんな縁があったのかなんて、さっぱり見当つかないのだけど。
そう考え込んでいたら、どちらが体の主導権を握るか、比喩ではなく本当に転がりながらの争いが始まった。
そしてフランシスが勝ち……わたしはわたしを奪われてしまった……」
金の瞳を伏せながら彼女は物語る。
「
『奪う者であるわたしが、他者より奪われることなどあってはならぬ』と。
──でも違った。フランシスがわたしの影響を受けたように、わたしも彼女から影響を受けた。
つまり……生き汚くなってしまったの」
ダユーは小さなため息をつきながら、言葉を続ける。
「自らの誇りを汚されたとしても、死ぬことまでは出来ない。
あと少しだけでも生きていきたいって……」
「それが、為政者である貴女がドレイクに大人しく従っている理由か?」
「うん……奪うことのみを、至上の命題と出来なくなってしまった……」
しおらしい態度の彼女を見て、俺の心は落ち着いてきた。
また、奇妙な親近感も抱いてしまった。
「……俺もダユーと同じだ。
貴方とドレイクのように思想や感情が混ざっているという形ではなく……内側に別の存在、はっきりと言えば『力』が混ざっているんだ」
「わたしの考えていた通りの答えね! やった!」
あどけない少女のように喜ぶ彼女。
「俺のようなサーヴァントが他にもいるとは思わなかった。
ダユー、俺のような『混ざりもの』であるサーヴァントに会ったことは?」
「あなたが初めて……他には知らない」
赤い髪を揺らしつつ、彼女が首を振る。
「フランシスに体を奪われている間、どうしてこんなに不思議なことばかり起きているのか考えていた……。
例えば……リリスなる神様もどき以外にも、『聖杯』の影響であるかもしれない、なんて」
「……聖杯か」
その単語を聞くのは数か月ぶりのような気がする。
アスカと共に住んでいた地下都市、狂った都市運営システムAIが宣言し……。
(『この都市、でー! いっちばん! 優秀な者を決める! 戦争!
生き残っていいのはたった1人だけ! 優勝者にはこれあげちゃうかも?!
聖杯! 願望を全て叶える万能の願望器!』)
響き渡った声、今でも思い出せる。
だが……
「……この世界に、聖杯は本当にあるのだろうか」
「分からない。
ダユーにも知らないことはあってよ」
もちろんこの場合の『聖杯』とは、聖遺物ではなく『万能の願望器』を意味する方だ。
「もし聖杯があり、それに願いを託すことが出来たなら……」
子どもじみた願望を口からこぼしてしまう。
ダユーはそんな俺に興味がそそられたのか、俺へ体を近づけさせるかのようにテーブルへ身を乗り出した。
「どうしたいの? 何もかも滅茶苦茶にしてしまう?
今のあなたの体のように?」
「そんなこと……しないさ……」
俺は己の未熟さに唇を噛む。
(──情報があまりにも足りない。だというのに、知りたいことばかりが俺の前に現れる)
リリスがああ振舞っている理由も。
なぜ
名ばかりで姿を見せぬ、聖杯の実在も。
アーキマンなる男より託された、約束の相手である少女の所在地も。
リリスが語った700年前の聖杯戦争の存在と、歴史書で読んだ『2300年代にリリスが戦争を治めた』という記述の食い違いも。
今いる『砂塵の迷宮』をさ迷う敵の存在と、船へたどり着くための道行き、その不透明さ。
何もかも何もかも、謎ばかりで。
(こんなに分からないことだらけで、俺は彼との約束を果たせるのか?)
船が見つかったところで、『未知』という脅威が減るわけではない。
そして『未知』が多いというのは、それだけで死の危険に直結する。
(であれば俺がするべきは、未知を探求し、暴くことなのか?
それとも、危機に対して場当たり的に対処するしかないのか?)
考える、考える、考え──。
「でもね?」
堂々巡りになりそうだった思考が、ダユーの声で止まった。
「あなたを、酒とガレスと共に捨てたあの男なら、知っているかも」
彼女の語るその男の名を、俺は知っている。
「女神と人間の間に産まれ、最後には一人ぼっちとなった王様。
全てを収め、全てを見て……それでいて、全てを手放した人」
俺は耳で、夜風が切り裂かれる音を聞いた。
「世界で一番古い英雄。彼なら」
ダユーの、乙女が謳う
星と月が輝いていた夜空に、光で出来たかのような巨大船が浮かんでいた。
(あれは『ヴィマーナ』……! 神々のための船……!)
目線を巨石の上の広場に戻せば、一目見れば二度と忘れられぬ男が降り立っていた。
翻る赤の布。夜の光を集めて輝き放つ金の鎧。
それらを纏い、風で乱れた髪を掻き上げ、赤い瞳をもって俺を見る──。
「……ギルガメッシュ」
俺が名を呼べば、彼は口元に弧を描いた。
「──少しは背が伸びたようだな。幼子よ」
その言葉、微笑み。ダユーのものよりも、特段と内心が読み取れないものだった。
第94話 全ては
終わり