フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 天翔ける船、『ヴィマーナ』に乗り、アーチャー961の前へ現れたギルガメッシュ王。
 その男は驚くべきことに、961が思い悩んでいる疑問、それら全てに答えを与えると言い放った。
 「夜が明けるまで」との条件付きだったが、961は王へ質問を重ね、驚愕の真実を知っていく。
 
 それは、ロマニ・アーキマンの約束の相手、『トワ・キリエライト』という少女が不老不死であり、現在まで生き続けているということ。
 南極にある『カルデア』という施設、その廃墟にいること。
 カルデアの周りには猛烈な嵐がうずまく『最後の海』があり、通常の手段では渡れぬこと。
 最後の海を渡るためには、北極へ向かい、そこに隠されている『シャドウ・ボーダー』と『ペーパームーン』を手に入れる必要があること……など。

 多くの情報をもたらしてくる王に対し、961は言う。「何を企んでいる?」と。
 ギルガメッシュは彼の疑問に対し、ある物を蔵より取り出した。
 それは……砕けた金色(こんじき)の鎧。
 961には見ただけでそれが何なのか分かってしまった。
 ……英雄、カルナの鎧の一部に相違ないと。

 鎧がなぜ破壊されているのか、それを説明するために、ギルガメッシュは『女神』の話を始める。
 それは、今から400年前の物語。8体のサーヴァントを呼んだ女神の物語。
 ……そして、最後には忘れ去られる定めの、神の物語。


第96話  教えて英雄王  ~リリスのサーヴァントと封印されし者~

 

 

 月が青々とした光を砂漠へ注ぐ冷たい夜。

 巨岩の上、姿隠しと、盗聴を防ぐ力を持った柔らかい陣幕の中、俺は石椅子に座り、ギルガメッシュの語る声に耳を傾けていた。

 内心は……穏やかではなかった。

 

(おれ)を含め、一つの部屋に8騎のサーヴァントが召喚された。

 そして目の前に立つ少女こそが、自身を呼んだマスターだと気が付くと、各々名乗りを始めた。

 ……我以外がな?」

 その情景は、脳内で容易く思い浮かべることが出来た。

 強靭で美しいサーヴァント達が(かしず)く中、ただ一人、唯我独尊の姿勢を貫くギルガメッシュの姿……。

 

「形式ばった名乗りが終わった後……なあアーキマンよ、リリスは何を言ったと思う?」

「そんなの俺が分かる筈が……」

 ──いや、分かる。

 

「……『私と家族になって』」

 オレンジの光で照らされた軌道エレベーター内、太ももにリリスの剣が貫通し、椅子へ縫い留められた状態で、女神を自称する彼女よりかけられた言葉を、自らの口でもう一度。

 ……言った後、舌の上に強い苦みを感じた。

 

「一言一句間違いなく正解だ。口直しに飴でもやろうか?」

 後ろの空間より小さな何かを取り出しながら、感心したような物言いをする男。どこまでもわざとらしい態度だ。

 

「いらない」

 俺は首を否定の意味で横に振る。この男から情報以外の物を貰うなど勘弁だ。

 

「なんと意固地か。幼童らしく、素直に甘味(かんみ)で瞳輝かせておればいいものを。

 ……さて、話を戻せば、リリスが驚くべき程の──」

 男は飴を金の空間の中へ仕舞う。

 

「馬鹿な、発言をした辺りであったな」

 そして犬歯を見せながら、獲物を前にした獣の如く笑んだ。

 

 

「我は笑ったさ。

 目の前に立つ少女が、健気にも王を笑わせようと、渾身の冗談を飛ばしたものだと判断したからな」

 8騎のサーヴァント、そして1人の少女がいる空間で、彼の笑い声はそれは恐ろしく響いたことだろう。

 

「だが、リリスは我が大笑いを収めた後も、全く同じ言葉を繰り返した。

 我は『つまらぬ冗談は一度でいい』と諭した。

 ……心無き人形が如く、奴は愚直にも同じ発言を繰り返した」

 ギルガメッシュは遠い景色を見るかのように、赤い瞳をひときわ細める。

 

「我はその瞬間、リリスがどのような存在であるかを理解した。

 ──よって、殺そうと思い立った」

「待て、それは論理が飛躍していないか?」

 男がマスターへ向けた唐突な殺害宣言に、とうの昔の出来事とはいえ、俺は驚きのあまり足を動かしてしまった。

 衝撃で沸き立つ心のまま、ギルガメッシュへ質問をぶつける。

 

「当時のリリスは少女だったのだろう? 

 いかに態度や発言が気に喰わなかったとはいえ、無垢なるものを殺そうとするなど……マスターを裏切るなど……!」

「裏切りではない、慈悲だ」

 男から聞こえてきた声は、感情すら推し量れないほど平坦なもの。

 

「『人の管理者』としては、あまりに稚拙に作られた女だった。

 それが、死した星の上で永久(とわ)に一人となる前に、殺してやろうと刃を向けただけの事。

 リリスが自らの展望について考える能があったならば、(こうべ)を垂れ、我が裁定を受け入れこそすれ、拒む道理など無かった」

 そこまでを、よどみなく勢いよく言い終えたその男。調子を取り戻すためか、深々と息を吸い、吐いてから、続きを口に出す。

 

「全てを終わらせるべく、剣を振るった訳だが……防がれた。

 そう……我は()()()()していたのだ」

「うっかり?」

 俺は聞き返しつつ、椅子に深く座り直す。

 

「うっかりだ。その場に7騎のサーヴァントがいることを失念していたのだ。

 我は捕らえられ、生かしたまま封印される運びと成った。

 ……リリスはなぜ我を殺さなかったのかの理由など、分かり切っている事は聞くなよ?」

 言葉を受け、それについて少し考えてみる。

 

(幼いリリスは、ギルガメッシュから刃を向けられたというのに……それでもなお、『自分の家族になってくれるかもしれない』と、無邪気に期待でも……していたのだろうか……)

 推測は終わったけれど、同時にある疑問が湧いてきた。

 

「……どうして貴方は封印に抵抗をしなかったんだ。

 サーヴァントの力もある。いま展開している陣幕のような、宝具だって使えたはずだ。

 なぜ大人しく虜囚(りょしゅう)の身などに……」

 俺からの問いかけを受け、ギルガメッシュは顎に片手を添えると、紅玉を思わせる目を瞬きさせた。

 

「『封印』は、味わった事が無かったからな」

 一言の後、そのまま舌なめずりでもしそうな雰囲気を漂わせ始める。

 表情の変化だけで、男の好奇心と、それから来る興奮が感じ取れた。

 

「……俺は今日、貴方に対して驚きと諦めの感情を何度抱けばいいんだ」

 男の態度に、サーヴァントでありながら疲労感を覚えていた。

 

「好きにせよ。

 ともかくだ、我は放逐された事はあれど、封印の経験など無かった。

 何より気になるではないか。王である我を完全に封するものなど……」

「……」

 俺は言葉を失ってしまう。

 

(……この話題について、これ以上訊くのは止めよう)

 ギルガメッシュを問い詰めたとしても、傲慢、油断、慢心に満ちたこの態度を改めることなど、期待できやしないだろうから。

 

「……貴方の好奇心についてはもういい。

 『続きが知りたい』と、問えば話は進むのか?」

 時間を無駄にはできないので、不躾な言い方で続きを促す。

 男は機嫌を損ねるわけでもなく、テーブルへ腕を伸ばした。

 

「……そしてようやく、貴様の兄の鎧の話となる。

 召喚された7のサーヴァントは、我を生かしたまま封印するにはどうするべきかと、無益な話し合いを続けた。

 その果てに、愚かなリリスはこれまた愚かな提案をした」

 ギルガメッシュの指先が、テーブルにのっている砕けた欠片に触れる。

 

「ランサー、カルナの鎧を加工し、『封印の(ひつ)』とすればよい、とな」

「それは……」

 過去のリリスが下した結論に、呼吸が荒くなってしまう。

 男も俺と内心は同じなのか、浅く頷き返した。

 

「貴様の嘆きと驚きも当然か。黄金を泥に変えるようなものだからな」

 指先で鎧を撫でながら、男は低い声で話を続けていく。

 

「ランサーが鎧の半分を差し出し、キャスターやアサシンが理論を組み立て概念を補強し、セイバーが(つち)を取った。かくして櫃は作られ、我はものの見事に封印された。

 作られたきっかけはくだらんが、出来た()()は素晴らしかったぞ?

 我の玉体が余さず入る大きさ、表面には(まじな)いの紋様が精緻に刻まれ、白昼の太陽に勝る輝きを放っていたのだから」

「そう……だろうな……」

 目を泳がせながら、櫃に対し想いを馳せる。

 太陽神の息子へ贈られた鎧、それを加工したのだ、下らぬ出来の物になる筈がない。

 

「……その内側にて、中々斬新な体験もした。

 あの櫃へ封印されるという事は、例えるならば、恒星の表面へ生身で投げ出されるようなもの。

 眼前に広がるは、天地全てに暮れること無き残陽(ざんよう)を貼り付けた無限の荒野。

 襲い来るは、熱という言葉で表すのが不適当と思えるほどの熱き嵐。

 全身の水分は一瞬にして沸き立ち、その勢いで髄と骨が爆ぜた……」

 挙げられた単語の凄絶さとは裏腹に、ギルガメッシュは涼やかな声で物語っている。

 

「だというのに、リリスとパスが繋がっているため、消える事すら許されない。

 焼ける、塵となる、復活を成す、また焼ける……これが幾たびも繰り返される」

 ギルガメッシュが腕を組む。

 

「幼さとは惨忍よな? 『我を家族へ迎え入れる』という、叶う筈もない願いがために、すがった者を生き地獄へ放り込めるのだから」

 そこまで言って初めて、男は顔を軽くしかめた。

 

「知らぬ味であったが、二度は味わいたくない。

 あれならまだ、人の悪性情報の海、原初の混沌に近き闇の中で寝屋を作り、身を沈める事の方が()()だった」

 ギルガメッシュはため息にも似た呼気を吐いてから、組んでいた腕を解いた。

 

「鎧が半分となっていた理由は、これで全て明らかとなったな。

 さて……リリスの話、それの続きが訊きたいか? 

 それとも題を変えるか?」

 軽い調子で言われる。そのことに、俺は違和感を覚えた。

 

(……)

 質問をするのを一旦止め、男が少し前に言っていた事を思い出す。

 

(「鎧がなぜこうなっているのか、お前に仔細を伝えるためには……リリスの話を少しばかり吟遊する必要が出てくる」)

 彼の言う「少し」は、もう終わりなのだろうか?

 

(「……話は長くなるぞ、座れ」)

 だと話していたのに、なぜここで別の質問を促すような素振りを見せたのか。

 

(……ギルガメッシュは、露骨に話題を変えたがっている?

 俺に、リリスの情報を渡さないようにしているのか……?)

 嘘は言わないと俺へ対し宣誓していたが、嘘を付かずとも、情報を隠す方法は幾らでもある。

 例えば、俺が疑問を抱かぬよう、言葉巧みにそこから思考を遠ざけたり。

 

(リリスについて知る機会など、ギルガメッシュの言葉を借りれば「未来永劫と無い」はず……。

 でも、質問の時間は限られている。もっと別に訊くことだって……)

 『砂塵の迷宮』の攻略に関する情報や、『伝説の船』の位置を訊くなどすれば、ドレイク達の助けになれる。

 北極までの道のりに、どのような種類の危険があるかについても、知る必要があるはずだ。

 ──けれど。

 

(俺は、リリスの事をもっと知りたい……)

 胸の内で感じているその欲求が、あまりにも強かった。

 

(これが……ドレイクの言っていた、俺が心から思う『やりたいこと』なのだろうか……)

 金細工が施された椅子に座る、ギルガメッシュを見る。

 俺を眺めては口角を上げ、何かを待っているような様子だった。

 次なる質問を決めるためにも、俺は考えを重ねる。 

 

(リリスは、アスカを殺した……)

 だけでなく、人、サーヴァント、AI……大量の命と感情の行く末を、彼女は残酷なまでに支配している。俺はそれを長年の地下都市での生活で知っているし、自分自身でも体感した。

 なのに、それに対し、憎しみといった負の感情を抱き切れない……というのが、俺の気持ちだった。

 

(発言も行動も、狂い人のように見えるのに、なぜ……)

 あんなにも寂しげで、怒りをはらんだ瞳をしていたのか。

 

(俺は、俺の全てを奪い、俺へ家族になることを求めてきた女神について知りたい。

 ……知らなくてはいけないように、思う)

 空を見た。星の位置はまだ朝には遠く、時間は残されていた。

 

「……リリスの話、続きを聞かせてくれないか」

 重い口を開き、男に伝えれば、相手は無言のまま笑みを深くする。

 

「貴方から聞いた限りでは、400年前のリリスは……愚かではあったかもしれないが、今のように凶行を繰り返す存在とは思えなかった」

 俺の言葉を受け、ギルガメッシュが口を開く。

 

「その狂気に至った原因を我は知っている……とでも言いたいような口ぶりだな」

「リリスが何者であるかも、何が起き、現在の彼女にまで繋がったのかも、知っているんだろう?

 だって貴方は……リリスのサーヴァントなのだから」

 それを言った瞬間、幼いアスカの姿が脳裏に走った。

 嬉しいことも悲しいことも、「サーヴァントだから」と、俺に必ず教えてくれた、彼女のはにかんだ笑顔を。

 

「しかしなあ……」

 ギルガメッシュはあの男の鎧の欠片、その内の一つを手の平で転がす。

 

「その問いは、貴様の望みであるアーキマンとの約束を果たす事に、何か関わりがあるのか?」

「……無い」

 無い。

 

「けれど! 俺はリリスの事を知りたい、知らなくてはいけないと感じ……」

「──噛んで含めるように言わねば分からぬか、アーチャー961」

 辺りを薙ぐ、重圧のこもった声。それと共に男は立ち上がった。赤い飾り布が揺れる。

 

「リリスの真実を知る事が、一夜で終わるはずも無い。

 そして……知れば、今までの貴様には戻れなくなるぞ」

 空間に満ちていた夜の冷気が、放たれた声だけで一段と冷えを増していく。

 

「ここで問いを終えれば、貴様の旅の終わりは『アーキマンとの約束の成就』になるだろう。

 だが、これ以上続けるというのであれば、その終わりは変容する」

 俺は、見えない何かに体を押さえつけられているかのように、身動き出来ない。

 

「貴様の存在の『消滅』こそが、貴様の旅の終点だ」

 その単語をやけに強めて言うギルガメッシュ。

 

「消滅……」 

 冷や汗を首筋に流しながらも、俺は言葉を返した。

 

「俺は、マスターを失ったサーヴァントだ。

 約束を遂げるまでそのつもりは無いが、遅かれ早かれこの世界から去る定め。

 ……旅の終わり方なんて、変わらない。変わるはずも無い」

「そうか。お前の理解は、まだ()()か」

 ギルガメッシュは眉尻を下げ、険がとれた表情をすると、豪華な椅子へ戻った。

 

「……貴様が今抱いている知的好奇心も欲。いわばエゴ」

 語る声に、先ほどまでの圧は無くなっていた。

 

「我は欲を愛でる。人を、ただ唯一の個人たらしめるものだからな。

 貴様にここまで胸襟(きょうきん)を開いているのもそういう事よ」

 唐突に別の話題へ入ったギルガメッシュ。俺は流れが読めず困惑した。

 

「今ならば、何も聞かなかったと忘れてやろう。

 忘却出来ぬ身である我が、貴様の失言を『無かった事』としてやるのだ。

 これほど寛大な処置もあるまいて……」

 男は欠伸を噛み殺すような調子でそんな事を言った。

 

(ギルガメッシュという男が、俺に何を求めているのか……全く分からない)

 問うことを許したかと思えば、決定的な話題から逸らす態度をして。

 優しく諭す素振りを見せたかと思えば、震えあがるような圧を向けてくる。

 

(だが、質問をした時、威圧してきたことはあれど、俺へ攻撃を行うことは無かった)

 ならばもっと踏み込めるはずだと考え、赤い瞳を真正面から見据えながら、彼に問う。

 

「──俺は知りたい。リリスの事も、400年前、何が起きたのかも」

 俺の声に込められた熱で、冷え冷えとしていた砂漠の大気が温まる……そんな錯覚を抱いた。

 

「……いいだろう、話してやる。王の慰めとなる事を歓喜せよ。

 そして」

 男はガーネット色の虹彩に、オニキスを思わせる深い黒の瞳孔を広げながら、俺の姿をその中心に捉える。

 

「覚悟を持たぬまま欲を振るった事、精々後悔するがいい」

 その言葉の意味も飲み込めぬ内に、核心へ迫る夜話が始まった。

 朝は──まだ遠い。

 

 

 第96話 教えて英雄王 

 ~リリスのサーヴァントと封印されし者~

 終わり




 単語説明

 
 封印の(ひつ)
 リリスの7の滅びの使徒が1体、ランサー、カルナの鎧を加工して作られた物。
 アーチャー、ギルガメッシュを生かしたまま封印する事を目的としている。
 カルナの鎧を砕いて材料とし、シグルドが槌を振るい形を作り、エジソン、セミラミスが概念を補強した。
 セイバーであるシグルドが、鍛冶師に育てられた伝説を持っていたことが、この櫃を作る際に有利に働いたのかもしれない。
 その内側は、語られた通り、獄炎の大地が延々と広がる荒野であり、封印された者は焼かれ続ける。
 ギルガメッシュはこの櫃に400年近く閉じ込められていた。
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