天翔ける船、『ヴィマーナ』に乗り、アーチャー961の前へ現れたギルガメッシュ王。
その男は驚くべきことに、961が思い悩んでいる疑問、それら全てに答えを与えると言い放った。
「夜が明けるまで」との条件付きだったが、961は王へ質問を重ね、驚愕の真実を知っていく。
それは、ロマニ・アーキマンの約束の相手、『トワ・キリエライト』という少女が不老不死であり、現在まで生き続けているということ。
南極にある『カルデア』という施設、その廃墟にいること。
カルデアの周りには猛烈な嵐がうずまく『最後の海』があり、通常の手段では渡れぬこと。
最後の海を渡るためには、北極へ向かい、そこに隠されている『シャドウ・ボーダー』と『ペーパームーン』を手に入れる必要があること……など。
多くの情報をもたらしてくる王に対し、961は言う。「何を企んでいる?」と。
ギルガメッシュは彼の疑問に対し、ある物を蔵より取り出した。
それは……砕けた
961には見ただけでそれが何なのか分かってしまった。
……英雄、カルナの鎧の一部に相違ないと。
鎧がなぜ破壊されているのか、それを説明するために、ギルガメッシュは『女神』の話を始める。
それは、今から400年前の物語。8体のサーヴァントを呼んだ女神の物語。
……そして、最後には忘れ去られる定めの、神の物語。
月が青々とした光を砂漠へ注ぐ冷たい夜。
巨岩の上、姿隠しと、盗聴を防ぐ力を持った柔らかい陣幕の中、俺は石椅子に座り、ギルガメッシュの語る声に耳を傾けていた。
内心は……穏やかではなかった。
「
そして目の前に立つ少女こそが、自身を呼んだマスターだと気が付くと、各々名乗りを始めた。
……我以外がな?」
その情景は、脳内で容易く思い浮かべることが出来た。
強靭で美しいサーヴァント達が
「形式ばった名乗りが終わった後……なあアーキマンよ、リリスは何を言ったと思う?」
「そんなの俺が分かる筈が……」
──いや、分かる。
「……『私と家族になって』」
オレンジの光で照らされた軌道エレベーター内、太ももにリリスの剣が貫通し、椅子へ縫い留められた状態で、女神を自称する彼女よりかけられた言葉を、自らの口でもう一度。
……言った後、舌の上に強い苦みを感じた。
「一言一句間違いなく正解だ。口直しに飴でもやろうか?」
後ろの空間より小さな何かを取り出しながら、感心したような物言いをする男。どこまでもわざとらしい態度だ。
「いらない」
俺は首を否定の意味で横に振る。この男から情報以外の物を貰うなど勘弁だ。
「なんと意固地か。幼童らしく、素直に
……さて、話を戻せば、リリスが驚くべき程の──」
男は飴を金の空間の中へ仕舞う。
「馬鹿な、発言をした辺りであったな」
そして犬歯を見せながら、獲物を前にした獣の如く笑んだ。
「我は笑ったさ。
目の前に立つ少女が、健気にも王を笑わせようと、渾身の冗談を飛ばしたものだと判断したからな」
8騎のサーヴァント、そして1人の少女がいる空間で、彼の笑い声はそれは恐ろしく響いたことだろう。
「だが、リリスは我が大笑いを収めた後も、全く同じ言葉を繰り返した。
我は『つまらぬ冗談は一度でいい』と諭した。
……心無き人形が如く、奴は愚直にも同じ発言を繰り返した」
ギルガメッシュは遠い景色を見るかのように、赤い瞳をひときわ細める。
「我はその瞬間、リリスがどのような存在であるかを理解した。
──よって、殺そうと思い立った」
「待て、それは論理が飛躍していないか?」
男がマスターへ向けた唐突な殺害宣言に、とうの昔の出来事とはいえ、俺は驚きのあまり足を動かしてしまった。
衝撃で沸き立つ心のまま、ギルガメッシュへ質問をぶつける。
「当時のリリスは少女だったのだろう?
いかに態度や発言が気に喰わなかったとはいえ、無垢なるものを殺そうとするなど……マスターを裏切るなど……!」
「裏切りではない、慈悲だ」
男から聞こえてきた声は、感情すら推し量れないほど平坦なもの。
「『人の管理者』としては、あまりに稚拙に作られた女だった。
それが、死した星の上で
リリスが自らの展望について考える能があったならば、
そこまでを、よどみなく勢いよく言い終えたその男。調子を取り戻すためか、深々と息を吸い、吐いてから、続きを口に出す。
「全てを終わらせるべく、剣を振るった訳だが……防がれた。
そう……我は
「うっかり?」
俺は聞き返しつつ、椅子に深く座り直す。
「うっかりだ。その場に7騎のサーヴァントがいることを失念していたのだ。
我は捕らえられ、生かしたまま封印される運びと成った。
……リリスはなぜ我を殺さなかったのかの理由など、分かり切っている事は聞くなよ?」
言葉を受け、それについて少し考えてみる。
(幼いリリスは、ギルガメッシュから刃を向けられたというのに……それでもなお、『自分の家族になってくれるかもしれない』と、無邪気に期待でも……していたのだろうか……)
推測は終わったけれど、同時にある疑問が湧いてきた。
「……どうして貴方は封印に抵抗をしなかったんだ。
サーヴァントの力もある。いま展開している陣幕のような、宝具だって使えたはずだ。
なぜ大人しく
俺からの問いかけを受け、ギルガメッシュは顎に片手を添えると、紅玉を思わせる目を瞬きさせた。
「『封印』は、味わった事が無かったからな」
一言の後、そのまま舌なめずりでもしそうな雰囲気を漂わせ始める。
表情の変化だけで、男の好奇心と、それから来る興奮が感じ取れた。
「……俺は今日、貴方に対して驚きと諦めの感情を何度抱けばいいんだ」
男の態度に、サーヴァントでありながら疲労感を覚えていた。
「好きにせよ。
ともかくだ、我は放逐された事はあれど、封印の経験など無かった。
何より気になるではないか。王である我を完全に封するものなど……」
「……」
俺は言葉を失ってしまう。
(……この話題について、これ以上訊くのは止めよう)
ギルガメッシュを問い詰めたとしても、傲慢、油断、慢心に満ちたこの態度を改めることなど、期待できやしないだろうから。
「……貴方の好奇心についてはもういい。
『続きが知りたい』と、問えば話は進むのか?」
時間を無駄にはできないので、不躾な言い方で続きを促す。
男は機嫌を損ねるわけでもなく、テーブルへ腕を伸ばした。
「……そしてようやく、貴様の兄の鎧の話となる。
召喚された7のサーヴァントは、我を生かしたまま封印するにはどうするべきかと、無益な話し合いを続けた。
その果てに、愚かなリリスはこれまた愚かな提案をした」
ギルガメッシュの指先が、テーブルにのっている砕けた欠片に触れる。
「ランサー、カルナの鎧を加工し、『封印の
「それは……」
過去のリリスが下した結論に、呼吸が荒くなってしまう。
男も俺と内心は同じなのか、浅く頷き返した。
「貴様の嘆きと驚きも当然か。黄金を泥に変えるようなものだからな」
指先で鎧を撫でながら、男は低い声で話を続けていく。
「ランサーが鎧の半分を差し出し、キャスターやアサシンが理論を組み立て概念を補強し、セイバーが
作られたきっかけはくだらんが、出来た
我の玉体が余さず入る大きさ、表面には
「そう……だろうな……」
目を泳がせながら、櫃に対し想いを馳せる。
太陽神の息子へ贈られた鎧、それを加工したのだ、下らぬ出来の物になる筈がない。
「……その内側にて、中々斬新な体験もした。
あの櫃へ封印されるという事は、例えるならば、恒星の表面へ生身で投げ出されるようなもの。
眼前に広がるは、天地全てに暮れること無き
襲い来るは、熱という言葉で表すのが不適当と思えるほどの熱き嵐。
全身の水分は一瞬にして沸き立ち、その勢いで髄と骨が爆ぜた……」
挙げられた単語の凄絶さとは裏腹に、ギルガメッシュは涼やかな声で物語っている。
「だというのに、リリスとパスが繋がっているため、消える事すら許されない。
焼ける、塵となる、復活を成す、また焼ける……これが幾たびも繰り返される」
ギルガメッシュが腕を組む。
「幼さとは惨忍よな? 『我を家族へ迎え入れる』という、叶う筈もない願いがために、すがった者を生き地獄へ放り込めるのだから」
そこまで言って初めて、男は顔を軽くしかめた。
「知らぬ味であったが、二度は味わいたくない。
あれならまだ、人の悪性情報の海、原初の混沌に近き闇の中で寝屋を作り、身を沈める事の方が
ギルガメッシュはため息にも似た呼気を吐いてから、組んでいた腕を解いた。
「鎧が半分となっていた理由は、これで全て明らかとなったな。
さて……リリスの話、それの続きが訊きたいか?
それとも題を変えるか?」
軽い調子で言われる。そのことに、俺は違和感を覚えた。
(……)
質問をするのを一旦止め、男が少し前に言っていた事を思い出す。
(「鎧がなぜこうなっているのか、お前に仔細を伝えるためには……リリスの話を少しばかり吟遊する必要が出てくる」)
彼の言う「少し」は、もう終わりなのだろうか?
(「……話は長くなるぞ、座れ」)
だと話していたのに、なぜここで別の質問を促すような素振りを見せたのか。
(……ギルガメッシュは、露骨に話題を変えたがっている?
俺に、リリスの情報を渡さないようにしているのか……?)
嘘は言わないと俺へ対し宣誓していたが、嘘を付かずとも、情報を隠す方法は幾らでもある。
例えば、俺が疑問を抱かぬよう、言葉巧みにそこから思考を遠ざけたり。
(リリスについて知る機会など、ギルガメッシュの言葉を借りれば「未来永劫と無い」はず……。
でも、質問の時間は限られている。もっと別に訊くことだって……)
『砂塵の迷宮』の攻略に関する情報や、『伝説の船』の位置を訊くなどすれば、ドレイク達の助けになれる。
北極までの道のりに、どのような種類の危険があるかについても、知る必要があるはずだ。
──けれど。
(俺は、リリスの事をもっと知りたい……)
胸の内で感じているその欲求が、あまりにも強かった。
(これが……ドレイクの言っていた、俺が心から思う『やりたいこと』なのだろうか……)
金細工が施された椅子に座る、ギルガメッシュを見る。
俺を眺めては口角を上げ、何かを待っているような様子だった。
次なる質問を決めるためにも、俺は考えを重ねる。
(リリスは、アスカを殺した……)
だけでなく、人、サーヴァント、AI……大量の命と感情の行く末を、彼女は残酷なまでに支配している。俺はそれを長年の地下都市での生活で知っているし、自分自身でも体感した。
なのに、それに対し、憎しみといった負の感情を抱き切れない……というのが、俺の気持ちだった。
(発言も行動も、狂い人のように見えるのに、なぜ……)
あんなにも寂しげで、怒りをはらんだ瞳をしていたのか。
(俺は、俺の全てを奪い、俺へ家族になることを求めてきた女神について知りたい。
……知らなくてはいけないように、思う)
空を見た。星の位置はまだ朝には遠く、時間は残されていた。
「……リリスの話、続きを聞かせてくれないか」
重い口を開き、男に伝えれば、相手は無言のまま笑みを深くする。
「貴方から聞いた限りでは、400年前のリリスは……愚かではあったかもしれないが、今のように凶行を繰り返す存在とは思えなかった」
俺の言葉を受け、ギルガメッシュが口を開く。
「その狂気に至った原因を我は知っている……とでも言いたいような口ぶりだな」
「リリスが何者であるかも、何が起き、現在の彼女にまで繋がったのかも、知っているんだろう?
だって貴方は……リリスのサーヴァントなのだから」
それを言った瞬間、幼いアスカの姿が脳裏に走った。
嬉しいことも悲しいことも、「サーヴァントだから」と、俺に必ず教えてくれた、彼女のはにかんだ笑顔を。
「しかしなあ……」
ギルガメッシュはあの男の鎧の欠片、その内の一つを手の平で転がす。
「その問いは、貴様の望みであるアーキマンとの約束を果たす事に、何か関わりがあるのか?」
「……無い」
無い。
「けれど! 俺はリリスの事を知りたい、知らなくてはいけないと感じ……」
「──噛んで含めるように言わねば分からぬか、アーチャー961」
辺りを薙ぐ、重圧のこもった声。それと共に男は立ち上がった。赤い飾り布が揺れる。
「リリスの真実を知る事が、一夜で終わるはずも無い。
そして……知れば、今までの貴様には戻れなくなるぞ」
空間に満ちていた夜の冷気が、放たれた声だけで一段と冷えを増していく。
「ここで問いを終えれば、貴様の旅の終わりは『アーキマンとの約束の成就』になるだろう。
だが、これ以上続けるというのであれば、その終わりは変容する」
俺は、見えない何かに体を押さえつけられているかのように、身動き出来ない。
「貴様の存在の『消滅』こそが、貴様の旅の終点だ」
その単語をやけに強めて言うギルガメッシュ。
「消滅……」
冷や汗を首筋に流しながらも、俺は言葉を返した。
「俺は、マスターを失ったサーヴァントだ。
約束を遂げるまでそのつもりは無いが、遅かれ早かれこの世界から去る定め。
……旅の終わり方なんて、変わらない。変わるはずも無い」
「そうか。お前の理解は、まだ
ギルガメッシュは眉尻を下げ、険がとれた表情をすると、豪華な椅子へ戻った。
「……貴様が今抱いている知的好奇心も欲。いわばエゴ」
語る声に、先ほどまでの圧は無くなっていた。
「我は欲を愛でる。人を、ただ唯一の個人たらしめるものだからな。
貴様にここまで
唐突に別の話題へ入ったギルガメッシュ。俺は流れが読めず困惑した。
「今ならば、何も聞かなかったと忘れてやろう。
忘却出来ぬ身である我が、貴様の失言を『無かった事』としてやるのだ。
これほど寛大な処置もあるまいて……」
男は欠伸を噛み殺すような調子でそんな事を言った。
(ギルガメッシュという男が、俺に何を求めているのか……全く分からない)
問うことを許したかと思えば、決定的な話題から逸らす態度をして。
優しく諭す素振りを見せたかと思えば、震えあがるような圧を向けてくる。
(だが、質問をした時、威圧してきたことはあれど、俺へ攻撃を行うことは無かった)
ならばもっと踏み込めるはずだと考え、赤い瞳を真正面から見据えながら、彼に問う。
「──俺は知りたい。リリスの事も、400年前、何が起きたのかも」
俺の声に込められた熱で、冷え冷えとしていた砂漠の大気が温まる……そんな錯覚を抱いた。
「……いいだろう、話してやる。王の慰めとなる事を歓喜せよ。
そして」
男はガーネット色の虹彩に、オニキスを思わせる深い黒の瞳孔を広げながら、俺の姿をその中心に捉える。
「覚悟を持たぬまま欲を振るった事、精々後悔するがいい」
その言葉の意味も飲み込めぬ内に、核心へ迫る夜話が始まった。
朝は──まだ遠い。
第96話 教えて英雄王
~リリスのサーヴァントと封印されし者~
終わり
単語説明
封印の
リリスの7の滅びの使徒が1体、ランサー、カルナの鎧を加工して作られた物。
アーチャー、ギルガメッシュを生かしたまま封印する事を目的としている。
カルナの鎧を砕いて材料とし、シグルドが槌を振るい形を作り、エジソン、セミラミスが概念を補強した。
セイバーであるシグルドが、鍛冶師に育てられた伝説を持っていたことが、この櫃を作る際に有利に働いたのかもしれない。
その内側は、語られた通り、獄炎の大地が延々と広がる荒野であり、封印された者は焼かれ続ける。
ギルガメッシュはこの櫃に400年近く閉じ込められていた。